ミコトは“人として繕った仮面”を全て剥がし、
ティスが眠りについたその時から始まった、長きに亘る放浪の間。私は一度たりとも彼を忘れたことは無かった。名乗りを変えても、信頼を置ける仲間が増えても、かつて潰し回った“紅世の徒”による組織の首領として担ぎ出されても。
そこに不死も蘇りもある。されど利用をここまで先延ばしにした理由は――異なる道を選んだ彼のため、私と同じ道を歩ませるのを
長く永く、私は遠回りをしつつ死に捕らえられたティスを取り戻す術を探し続けた。厳然と立ち塞がり続けたのは“死者は帰って来ない”という絶対の法則。いくら肉体の修復を完璧に施しても、いくら精巧な意思総体を作り出しても。ティスは何かを失って帰って来ない。
その何かはどこへ行く?
絶対の法則を見通し干渉するには?
それを拒む『恐怖』とは一体?
世界法則が『意思』を持っていると察したのは、比較的浅き時代だ。それがどの程度はっきりしているかは朧気にしか把握できないが、我々“紅世の徒”を恐れ拒絶する意志を確かに拾った。
自然と想起し、思考の最後に還ってくるのは、ミコト。不死の鍵だ。
あの者は喰われても死してもその場に戻る他、一度だけ未知の力の片鱗を見せた例があった。
そう、かの者を調べ、深く知ろうとした時。あれは“ミコトという入口から世界法則に踏み込もうとした”からではないか? ミコト自身がどれだけ己を把握しているかは知る由も無いが、話そうとしても何にも表出できぬ“縛り”が存在する。
だとすればかの者は世界法則と人間の狭間の存在。
(知られたくなくば、入口など作らねばよかろうものを)
そうせざるを得ないのは恐らく、入口というきっかけが無くとも
狭間とはいえ、属するとすれば『世界法則』。世界法則は“神”として人間の根源――“存在の力”に刻み込まれている。世界法則が宿す恐怖は、『神の一部を喰らった』“紅世の徒”にも反映される。その一方で『神喰らいとして』ある程度の法則を好きに弄ぶ。
“ある程度”。その制約を取り払うには、単純に“量を喰らう”だけでは叶うまい。
喰らう対象は人間ではなく神。手の届く場所に存在するのはただ一柱。それの正体を極東の神話にて見出し。準備が……終わってしまった。
道は、この先にしかない。だから、ミコトを呼び出した。
「そうであろう? ――
反応は上々。紅世由来でない得体の知れない力を宿し、ミコトはとうとう戦端を開いた。
“人として”のミコトはいくら喰らって殺しても意味が無い。下すべきは“夜の守護神”として世界法則を操る月読命だ。
だからこそ、我が元に集まってくれた“徒”たちには無論、強大な力を持つ『九垓天秤』の誰にもこのことは伝えていない。
ミコトは『剣の宝具』を構え、走り出す。人間ではあり得ない速度と力が、“存在の力”による強化が無いまま迫りつつある。立方体型結界――『清なる棺』を彼の四肢関節胴体それぞれを囲うように召喚する。物理的な壁でもある棺は身体を断裂させ、それだけでは済まさず爆散させようとする。
“棺の織手”常套手段であり、“王”やフレイムヘイズを幾多も葬ったそれは、妨害にすらならなかった。自在法に込めた“存在の力”があっさり捻じ曲がり、断った身体を傷一つ残さず繋いだばかりか、更なる推進力を彼に与える。
「そうだ。おまえに“敵の力を利用する戦い”を仕込んだのは、私とティスだ」
先の『清なる棺』は何よりも“干渉”を絶つことに重きを置いていたが、それすら上回るようだ。これは技術だけでない、圧倒的な“力”を伴っている。
瞬間の思考の合間に、刃は私を両断せんと振りかぶられる。『剣の宝具』が刃を通せるのは“存在の力”のみだったはずだが、咄嗟に身を捻じって逃れ、逃れきれなかった左腕の端をこそげ落とすように散らす。“本来の力”を取り戻したことで、斬る対象を選ばなくなったか。
「その速度と力、使いこなせていないようだな。把握にも至らぬ技なぞ、普段のおまえよりも低質ではないか?」
挑発を混ぜつつ、近接戦に挑む。ミコトは言うまでも無く自在師で、剣もその補助に使っていた。二千年の討ち手としての経験が、その明らかなる弱点をどう変えたか、見定める。
捻じった勢いに乗り、右の手背を叩きこむ。避けるか剣の鋭利さに任せ通過させるか、受け止めるか。ミコトは
そう簡単に斬らせてやるつもりもない。刃の軌道から外れ身ごと躱しつつ、奥の身体まで拳を通す。
手ごたえは、無い。それもそのはず、まるで見当違いの方向に拳を突き出しているのだから。
違和感――いや、これは歪みだ。空間に強く漂う『刃の軌跡に沿った』歪みに触れ、認識と身体運動に齟齬が発生したらしい。歪みを描きながら斬撃は続く。剣を振るうたびに増える歪みの隙間をくぐり、今度こそは回し蹴りでミコトの胴体部を抉った。
抉って、そのまま止まる。ミコトの崩れた『存在』が、捕縛の自在法の代わりに足を縫い留めている。逃れるためにあらゆる力を込めるという隙を作ってしまい、足を中ほどから切断された。棺を生み出し押されることで、無理やり距離を取る。
その間に足の再構成を試みるが、断面の存在が乱れ歪み、どうにもならない。毒に侵されるように徐々に崩れゆく足を、正常な部分から切り離すことで、崩壊を食い止め構成し直す。その間にミコトも胴部の抉れを修復し、未だ残っていた空間の歪みを全て消した。
「剣技格闘、拙さは相変わらずか。挑めど相手にならぬ経験と戦績のみを重ねれば、そうなっても仕方あるまい」
私かて自在師、近接戦は本領ではない。こちらの消耗は確実に進み、ミコトは人一人分の“存在の力”を寸分たりとも減らしていない。生半可な攻撃は一時的な“存在の力”への変化で受け流される。こちらの決定打に欠ける近接戦で挑めば削り殺されるのみ、そう判断せざるを得ない。
余裕を見せつけるために放る言葉をかけつつ、十を超える枚数を重ねた『清なる棺』でミコトを覆う。内部空間に『破壊』という結果を付与する、一枚で“棺の織手”随一の攻撃力を宿すものだ。
四半秒という包囲が完成する時間より早く、十枚全ての効果が書き換えられ――それは。
(外!)
破壊は結界の内部ではなく外部にて発動する。改変された式の断片から得た直感で反射的に『清なる棺』を織る。『絶対防御』の結界は間一髪間に合い、溶け落ちるそれを何度も張り直し、ぎりぎりで十枚分の“青の破壊”を遮った。
丘を覆っていた青々とした草原が、辺り一帯全て人間の身長分抉れた。
「発想が二千年前から成長していない。敵意に頼り切り自らを隠すのは、おまえの悪癖だ」
地にあらかじめ刻んでおいた二つの自在式が、私の爆発を引き金とし発動する。条件は“式が壊れた場合”、どれほど気配察知に優れていようと、発動を悟るのは不可能だ。
それは、私の物を除く自在法を始めとした剥き出しの“存在の力”の動きを停止させる、異能殺しの空間。それを覆うように、別の結界が完成した。
外側の『清なる棺』は、“あらゆる保護の自在法を無視し存在を分解する”効果を含ませている。
存在を分解されたミコトは、破片と成り果ててそのまま解けた。人間殺しと異能殺し、二つが重なる空間に静寂が満ち……。
気配は無かった。ただ、
音も気配も発さない不可視の刃が、全くの勘からの緊急回避を行った私を襲い、翼の二枚を断ち散らす。幻のように二重空間は消え、傷一つないミコトが再び現れ出でた。
「
翼の断面を切り離しつつ、
切った手札を易々と乗り越える様に戦慄を覚えるが、額面には一切出さず、
「『真なるおまえ』の力はその程度か? そうではないだろう」
“人である彼に”教えた戦闘方式が抜けきっていない、そうミコトに呼びかける。私自身の命を危険に晒すとしても引き出さねばならないのは、人間の延長線上であるこれではない。
十歩ほど開いた距離を縮めず、ミコトは剣を降ろす。更なる追い込みを狙って『清なる棺』の展開を図るが、『何か』に押さえつけられ叶わない。
――と。
世界が暗闇に堕ちる。
オストローデ市を見下ろす丘は、夜へと暗転していた。しかし地面には影が映っている。それを生み出しているのは、雲のかからない空に浮かぶ満月。
夜闇の中、私は“討ち果たすべき敵”を見失った。
“戦っていた”ならば存在するはずの『相手』も、“戦っている”ならば存在するはずの『私への攻撃』も、
不自然な空白は、広がりつつある。記憶を、そして私という存在を、徐々に、しかし止めようも無く蝕んでいる。
相対していたはずの存在は、世 法 で、この空白の正体は、世界の み。この現象を理解できるだけの情報を得ていたはずだが、重要なはずの語句は真っ先に空白に侵される。
私を構成する“ 在の ”が流れ出て、 界へと還ってゆく。このままでは消滅するだろうが、空白の浸食を止める術はとっくに と成り果てた。
私は何のために戦う。集ってくれた[ むら の ]の構成員たち。力と命を捧げてくれた九 を平 ぐ 秤分 たち。
時と共に得た“大切なもの”が、得る前へと戻るかのように“無かったことに”なってゆく。
数千年の記憶が空白へと変換されてゆく。掴んだものは、掴む前へと変転し、私はそれを茫然と手放すしかない。
やがて。
(――「……あなた様と、私と、子供たちで、暮ら……」――)
死にゆく愛しい娘の顔に、空白が――
「やめろおおおおぉぉぉぉ――――ッッッ!!!」
侵食を払い除けるのは、手でも力でも気力でも精神でもない。
「貴様ぁぁぁ!!! ティスへの『愛』はッ!!! 消させはせんぞ―――!!!」
そう、愛。
侵食が、止まる。世界を相手に戦い続けた私だからこそ、“世界を形作る何か”の影法師を無理やり手繰り寄せられる。“支配者”の動揺を掴み、揺らぎの発生源を特定する。
「『それ』かッ!!!」
空白だらけの認識に浮かぶ『ティスの形をした虚』。目には『煌々と輝く満月』として映っている。
それは余りにも遠い。手を伸ばしても術を凝らしても届かない、絶対的な隔たりが存在する。
「そんな物など関係ないッ!!!」
“それ”とは、確かな『絆』があった。
同じ種の傷ならば、それを起点に共振を生み出すことも可能。彼我に存在する隔たりは“紅世”からこの世へ渡る『狭間渡り』の術の応用で縮められる。
地上のものより幾らか弱い重力が、私を大地に立たせる。“夜の世界の支配者”たるこの大地を害すのが、恐らく“喰らうべき者の世界”から脱出する唯一の方法だ。
街よりも、都市よりも、国よりも大きいこの大地を。“紅世の徒”という種を遥かに超える、規格外に大きな敵を。
しかし、私は感じる。この大地の動悸を。
大地全体を脈打っている
私の雄叫びは大地の迷いを呑む。大地の躊躇は私の分解を手助けし――
唐突に、“日の光”の下へ放り出された。
「まだ、だ――」
限界を超えて力を振り絞った末に飛びかけた意識を、繋ぎ留めた。
太陽光に照らされた地表には、割れた銅鏡が落ちている。その傍らに立つ“気配だけは人間の神”を睨み上げた。
茫然とした表情のミコトは、焦点の合わない視線を彷徨わせている。
「ミコト……しっかりしなさい……! 排除しないと……また……!」
情緒不安定に叫ぶ“覚の嘯吟”の声に押され、ミコトはゆっくりと剣を構える。殺し合いの最中であると、やっと思い出したらしい。
闘気はおろか、世界法則としての使命感も喰われまいとする生物的本能も、定まっていない。こうなれば、陥落は時間の問題だ。
「ミコト、おまえは決して私に勝てない。『最弱のフレイムヘイズ』として負け癖のついた、おまえには」
三の内一つ、宝具を壊したのみ。消耗も見て取れない。
だが、後は時間さえ稼げれば良い。例え虚勢であっても“こちらが上だと”錯覚させる。
「耳を貸してはいけない……! まだ……戦えるでしょう……!」
「おまえは戦えない。ティスを愛するおまえは、ティスの蘇生を為し遂げる私を、止められない」
剣先が震える。放浪の中懸命に築いたのであろう“人としての彼”が、放浪と共に捨てた“神としての彼”を縛る。
「使命を……思い出して……! 本来の、あなたを……!」
「誓いを思い出せ。その為に二千年の時を捧げた、本当のおまえの」
都合の良いことに、“覚の嘯吟”は『道具』としての月読命を求める。その言葉に被せるように『麦の穂』としてのミコトを引き出し、葛藤を深める。
混乱が手に取るように分かる。人へと堕ちた神は、私の掌中で自滅してゆく。
「――に逆らったなら……本当に、消される……!」
「私には逆らえない。私と共に、ティスへの愛に殉ずるのだ」
手の震えは全身へと及んだようで、立っていられずミコトは膝を着く。一方の手は剣を離さず私に向け続け、一方の手は剣を離して頭を抑える。
「おまえ自身の『存在』を捧げ、ティスの復活の礎となれ――!」
最後の術は完成した。
私を侵食した『空白』、私が分解した『大地』。それらを動かした“間接的に観測した未知なる力”を、私は僅かながらでも取り込み制御下へ置くことに成功していた。
それを性質として付与させた『清なる棺』は、“この世の神”を
最も脆い部分を揺さぶられ続けたミコトに、最早抵抗する“心の強さ”は残っていない。
ぎい、と重々しく棺は開き、虚ろな目で身体を震わせることしかできない“神”を、内に奉じた。
―*―*―*―
土の露出跡が痛々しい戦場跡で、真っ先に『戦利品』を解析する。
内部には“紅世”の気配が残っている。“覚の嘯吟”に用は無いため、恐らく鍵だろう勾玉の宝具を破壊する。
元々勾玉は、人間でしかなかったミコトと“紅世”を仲介し、“存在の力”と自在法の操作を可能にさせる宝具だった。その知識から、フレイムヘイズと区別のつかない『気配』を形作ったのもこれだと当たりをつけて、それは正しかったらしい。異世界の気配は去り、“この世”の力のみが保たれる。
直ぐにブロッケン要塞へと帰還したが、存在構成にも響く消耗と抱える棺には、流石に不審がられた。幸い棺はティスのものだと受け取られたため、『最後の実験』で出ていたと言えば誤魔化せたが。私の望みは、皆が知っている。知っていて、神格化し、土足で踏み込むことを畏れた。
それ以上の詮索はさせず、私のみが進み入れるブロッケン要塞深奥へと急ぐ。誰が呼んだか名は『棺の間』。何も間違っていない。
速足で入り、無音に気を静め、ゆっくりと近付く。私はティスが眠る棺の横に、ミコトを封じた棺を並べた。
二千年という遥かな時を経ての、再会だ。“別れ”の前に――意味無き感傷だとしても――会わせてやりたかった。一歩下がり、物言わぬ二人の棺に視線を注ぐ。
この三人で過ごした“たった一年の間”は、私にとってはその後の二千年間よりも大きく、懐かしく切ないものだった。
まるで家族だ――ティスがそのようなことを言ったのを、唐突に思い出す。僅かずつ、一歩ずつ、しかし確実に、“心”というものを積み上げていくミコトの寝顔を見ての言葉だった。
その時私は、どう答えたのだったか。その後ティスは、どう続けたのか。記憶は時の彼方へと葬り去られ、決して戻ってこない。
ティスは夢見た。フレイムヘイズたる自分と、“紅世の王”たる私とが子を為し、穏やかな時を紡ぐ――。彼女にとってあの一年は、“夢の実現”だった。私自身は把握しきれぬ存在であることに加え……同性として扱っていたため、
ティスの声を聞け。古の別れにて、彼は言った。
赤子同然の精神性だった彼が、彼女の死と相対してそれを言えたのは、
そう。“人喰い”も“乱獲”も“フレイムヘイズ殺し”も。
「分かっている」
その呟きは、二人に向けてなのか、自分に向けてなのか。何にも向いていないのか。
「過ちなのだと、とうに理解している」
これが、立ち止まれる最後の機会。
彼女を黄泉返らせたとて、今のこの私は受け入れられないだろう。
過ちを、罪を。重ね過ぎた。
彼女が殺された時、私は、間違ってしまった。
彼女の愛を理由に、道を踏み外してしまった。
「ティス」
愛ゆえに。
「後戻りは――出来ぬ」
過ちを認めてしまっては。歩みを止めてしまえば。
「おまえが罪を被ってしまうではないか」
私が
この愛しい娘と交わした愛が
ティスが『愛』した世界は、ティスを悪としてとこしえに記憶する。
「私は、ゆく。許せとは申さぬ。……今一度、進む力を」
ティスの棺に、祈りを捧げた。
数秒の瞑目を経て、ミコトの棺を手に取る。
目前に控える『分岐点』は、二つ。
どちらの道も、例え最果てまで進めど、ティスの笑顔は待っていない。
―*―*―*―
私が率いる組織[
近年拾った、『分解』と『定着』の、恐ろしく緻密な自在式群。これを用いて私とティスの存在を融合した
この自在式が刻まれた金属板の起動はおろか、完全なる解析も、私たちは失敗している。『確実な起動が可能な宝具』は『九垓天秤』の宰相“
まとまった、希望量
そんなことは可能なのか。机上の空論なのではないか。モレクなどは
モレクの指摘は……真だ。
ここで鍵となるのが、“
世界法則“そのもの”を喰らうことで、私が世界法則へ――“神”へと成り上がる。自在法における『干渉可能な理』を、押し広げる。机上の空論も、死者の蘇生さえも、手中に収めるのだ。
これを配下たちに伝えない理由は、二つ。
一つは、私が突き止めた“この世の深淵”を広める行為が、余りにも危険なためだ。私自身は遠くからの推察や学習により“察する”に留めているためか、無事だが……『世界法則』の“知られることへの拒絶”は明らかだ。
もう一つが、この『神喰らい』は『都喰らい』との同時進行が必須であるためだ。配下たちには『都喰らい』に邁進してもらい、その作業の一環として私は『神喰らい』を進める。それが最も都合と効率が良い。
問題の“この世の神という概念を喰らう”手段だが。
例えばミコトの正体である“月読命”を完全に喰らうには、その神を
“彼”と同格とされている“天照大神”や“須佐之男命”と比べれば圧倒的に少なく済むだろうが……。この世の“紅世の徒”全員が一丸となって励んだとしても、成功は懐疑的と判断せざるを得ない。人間の数は膨大で、この世は広大だ。
この『膨大な数の人間を喰らわねばならない』問題の解決法は、単純だ。“そこまで知られていない神”を選べば良いだけのこと。例えば、辺境の土着神などを。
“全て一人で喰らう”行為を複数個の村で
となると、確実に『世界法則』として動いている“神としてのミコト”を喰らいきるのが妥当だろう。
“月読命”ではない。新しい神を捏造して。
『都喰らい』計画の要として、私は『鍵の糸』という自在法を編み出した。皆には『トーチを任意の瞬間に一斉に分解させるもの』と説明した。その効果だけでなく、人間に“新しい概念と信仰”という『種』を植え付ける力を持っている。『種』を形作る素材は、『世界法則』の力を孕んだミコトの“存在の力”だ。それを切り刻み、新たな神と信仰を生み出す。一斉分解の瞬間、『種』は回収され私の支配下に戻る。
喰らう直前に『鍵の糸』を仕込み、『新しい神への信仰』に目覚めた瞬間トーチへと変換する。植え付ける“人間及びトーチへの命令”は、新たな神を信仰すること、そしてそれを広めないこと。喰らう対象以外が知り、まかり間違って広まってしまうと、“神を知る全員を喰らう”ことが不可能となってしまう。
数は、少な過ぎてもいけない。一個人の妄想ではなく、得るべきは“神話の神”、概念だ。『都喰らい』計画における“最小数”である『オストローデ市の人口の一割超』ならば、事足りるだろう。数にして、二千五百。
最後に……私が成り代わるべき“新しい神”について、でっち上げねばならない。名は『ウェド』、ティスが生まれた地方では命――ミコトと同意義の言葉となる。神としての力は『愛する者をあの世から黄泉返らせる』――私が最も手にしたい“力”だ。
得たい力が得られるかは、微妙なところだ。全てが上手くいったとして、得られる力として最も可能性が高いものは、ミコトの本来の力――二千年ティスを蘇らせようとして、叶わなかった力だ。分類するなら『創世神』、の中の異端に割り振られるはずだ。戦った限り、“存在の力”と歪みを自在に操っているようだった。
だから、机上の空論であれ“紅世”の理論でも
儚き願いにどれだけの意味が通うかは未知数だが……やらぬより余程良い結果となるだろう。そう、信じた。
あの一戦の消耗を取り戻した私は、『都喰らい』及び『神喰らい』計画の最後のピース、『鍵の糸』作製についに取り掛かる。“神”を封じた神殿の内部を解析し、この世であり人間ではない“何らかの力”が宿ったままだと確かめた。神域を『実験室』全体に展開させ、棺の蓋を取る。
「許せとは申さぬ」
ティスへの言葉と同じものを手向けに、作業を始める。
喰らうのは『ウェド』であり“月読命”ではないのだから、恐らく復活は可能だ。
彼女が“家族”のように感じた……“二人の子”に最も近いだろう存在を生け贄に捧げるには、気休めでも良い、免罪符が必要だった。
―*―*―*―
私たち[
百を超えるトーチでフレイムヘイズたちは違和感に勘付き。五百を超えるトーチで易々と動けない『計画』が存在すると確信され。千を超えるトーチで敵対する“徒”の組織が戦を持ち込み。千五百を超えるトーチで一人一党のフレイムヘイズまでもが徒党を組みだした。
現在、『鍵の糸』を仕込んだトーチの数は、二千。
「主、ご帰還を感謝します」
宝具『九垓天秤』の中央に降り立った私を、宰相モレクが早口で迎える。
「忙しなきこと不本意ですが、戦況をご報告致します。南部の対フレイムヘイズ戦線は――」
収穫した“存在の力”を天秤の皿へと分け与えつつ、守備陣を維持するしかない[
「ご苦労。私も『鍵の糸』配置を急ぐ。残りはたったの五百、追い込みに入る故、皆にはあと少しだけの時間を稼いで貰う」
「はっ」
略式の敬礼を見届け、再び捕食へ飛び立とうとする私の背に、モレクは“最後の報告”を届けた。
「最後に。
「……承知した」
これは何時あっても可笑しくない“この世からの接触”を警戒してのもの。初めはさり気なく、遠回しに訊ねていただけだったが、いつしか戦況報告の末尾に添えられるようになった。
有能な宰相を“未知の現象”で失う訳には行かない。彼には『局所的な巨大な歪みによる想定外の事象への警戒』、とだけ伝えた。疑う余裕すら得られないのが現状だが、いらぬ心配をかけてしまった。
二千百。
傷ついた先手大将の二人を癒し、休む間もなく出陣させる。
二千二百。
大斥候が拠点への侵入者を察知し、命じる間もなく隠密頭が始末した。
二千三百。
中軍首将の陣が崩れかけるまで攻め入られ、遊軍首将によって事なきを得たと聞く。
二千四百。
『両翼』の出陣でも抑えきれない数に、囲まれた。
「二千五百」
保有していた『鍵の糸』全ての配置が、終わった。
喰らうべきは。
あと、一柱。
街の中央、拠点の中心に降り立つ。宰相、大斥候すら戦陣に出払い、誰も居ない。
好都合だ。始めよう。
オストローデ市全域に散らばる“私の自在法”へ、最後の命令を下す。
「芽吹きし『神話』よ。新しき神『ウェド』よ。私の贄となり、……愛する娘を、黄泉より還らせよ」
――起動した。
―*―*―*―
まず感じたのは、歪み。“紅世の徒”として恒常的に働かせている感覚が、それを拾った。
次に、僅かな力。二千五百に切り刻んだ『一人分の存在の力』を取り込んだ、小さな恩恵。
最後に。
「――――ッ!?」
感情。
流れ来る怒り。降りゆく憎悪。急襲する悲しみ。湧き出す絶望。
躍り出る恐怖。這い寄る恐怖。纏わりつく恐怖。去来する恐怖。
深淵から響く声が、私に言った。
――――ミツケタ
被食者の運命。
消滅のみ示す道しるべ。
――見つかった以上、避けられぬ、死。
深淵が手招きする。深淵に引き寄せられる。深淵が大口を開ける。
こんなもの。どうして抗えよう。逃れられないなら。せめて、一口、で――
(――「人知の及ばぬ災害や記憶に刻まれぬ恐怖を、人々は夜闇や悪夢に喩える」――)
ふと、紛れ込んだ記憶。これは、極々最近の、私の言葉。
(――「そうか。私は“人々を闇から救い”、“人々を闇から見守り”、“人々に秩序を与える”存在」――)
これは、誰の記憶だ。
誰の何を表すのか、分からない。
だが。
これは、私の力。
二千五百の欠片一つ一つに宿っていた意思を、私は手を加え歪め捕食した。
捕食者は、私だ。
手にしたのは“夜の守護神”の物語。物語とは呪縛であり、機構でしかなかった物を愛が為に刃を下す者へと変貌させた、願いの最終系。
ただ喰らうだけでは不可能な統御を、くまなく巡らせた私の意志が可能にさせる。“紅世”の存在では理解不能な“この世”の力を、完全なる制御下へ置いた。
いつしか閉ざされていた目を開く。忍び寄りし“深淵”を“夜闇を照らす力”で祓った。
ここは、オストローデ市中央、[
また、突如発生した桁違いに大きな歪みにより敵味方問わず浮足立っている。
世界法則の一端だった『それ』の本来の力は、この世の根本エネルギーの操作。世界法則の孕む空白が創世神ばかりに偏るのは、恐らくそれらが“存在の力”を司っているから。故に、“死と輪廻の法則”とは全く別の役割だ。期待通りとはならなかったが、
感覚は澄明に教えてくれた。何が可能で、何が不可能か。
(……)
それではどう繕おうが
であるから、あらかじめ用意した“
街という概念を捉える。街を形作る者、物の“ここに在ること”へ干渉する。吸収に適さぬ“余計な情報”を削除し、我々が使う物へと最適化させた。
解いて、引き寄せ、取り込んだ。
―*―*―*―
莫大で高純度な“存在の力”を得た我々は、勝利を収めた。
勇猛なる遊軍首将の犠牲の下、紅蓮を輝かせる“新しい敵”の到来を乗り越え、ブロッケン要塞へと帰還する中で。
(余りにも危険過ぎる)
“紅世真正の魔神”の契約者ではなく、己に宿った世界法則の力に戦慄した。
今回は“紅世の存在による机上の空論が当たっていた”と誤魔化せるが、それでは説明のつかない現象を引き起こせば。
“紅世の力”ではない。そう気付いた者全てに、あの“深淵”が赴くのだ。
私自身がそれを跳ね除けられたのは……。
(ミコト、か)
世界法則から弾き出された異端が宿った力に、助けられた所為だろう。
この力は恐らく、“紅世の徒”が散らした“存在の力”をこの世に適する形へ戻すことに使われていた。“存在の力”を扱い廻らせる中で、夜闇――“紅世”の存在から守って欲しい、その物語に中てられたのか。そう推察した。
何にせよ。
(迂闊には使えん)
“この世”を相手取った戦争は、未だ早い。
フレイムヘイズとの全面戦争が、これから始まるのだから。
―*―*―*―
身の内に世界法則を宿したまま、されど封印し、十八年。
『壮挙』との名で世界中を巻き込み暴走する“表の計画”は、最終段階に入っていた。
その渦中で、九垓を平らぐ天秤分銅はまた一つ、
現在の工程は、古き不明朗なる自在式の起動――が可能な宝具『
空いた大皿を見るたびに、
これは強い縛り――戒めだ。ミコトが抱えていた、世界法則への手掛かりを
踏み出そうとすれば、身ではなく魂を縛られたかのような、恐怖による拘束に襲われる。保有する極大なる“存在の力”と世界法則の力――“紅世”の一存在には不相応な、この世本来の力。
『壮挙』が為散ってゆく者らの命と、『必ず起こる』破滅への道筋。双方に揺れる私を嘲笑うかのように、身の内の世界法則は深淵をちらつかせる。
誓いを支えるティス、贄となったミコト。
しかし――『都喰らい』で得た“存在の力”の数割を一挙に吐き出すこの作業に移り。
分割し取り込んだ世界法則が一定量流れ出て。それを呼び水に余さず私の元から去ってゆく様を、笑って見送ったのは。
深淵の影から解放された安堵からでは、決してなかった。
(許されるなどとは、思っていない)
それでも。愛していたのは、確かだった。
(無事で、何より)