私は、微睡みの中を揺蕩う。
世界との絆を喪失してゆくものたちの、最期の夢の中を、漂う。
私は名を『ウェド』というらしい。役割は『愛する者をあの世から黄泉返らせる』こと。
願いとは運命で、名とは呪縛。これらを与えられた私は、誰かが私を求めるその時を、ただ待った。
二千五百に分かたれた幻が、ひとつの物語へと編み上がるその時を。
男は願った。女の蘇生を。女との再会を。
それが、私が果たすべき運命。求められたままに、力を振るった。
―*―
――声が聞こえる。
「――さん、目を覚まして――!」
私の『ウェド』としての役目は終わった。私を編んだ夢は、一つの個に束ねられ、儚き幻として消えゆくだけだ。
「ミコトさん!」
……それは、名。
「目を開けてください! 私です、ティスです!」
……その名を、私は知っている。
「どうか……気付いて! ミコトさん、私を……見てください!」
青の気配の女を、私は知っている。
『ウェド』より前にあった、砕かれ散らばった記憶が、その二つの名に呼ばれ、集まって――。
「っ!?」
「ミコトさん!」
我に返り、目を開く。
「ティス……?」
「はい! ティスです!」
身を起こしながら彼女を見る俺は、どんな間抜け顔なんだろうか。それでもティスは、涙を拭いつつも、昔と同じ笑顔で俺を見てくれている。
自然と頭に浮かぶ、ティスとは切り離せない彼の名前。
「……アシズ。そう、アシズだ。彼は?」
ティスは満面の笑みを曇らせ、首を横に振る。
「きっと、これが限界なのです……『世界』へと流れ解けた私を、もう一度私として織り上げることまでが……」
アシズと戦って負けた後に続くぐっちゃぐちゃな記憶から、何とか整合性ある情報を汲み取ろうとする。
「えっと……なんか。バラバラにされて……知らん神に祭り上げられて……二千五百?」
ティスは頷く。
「私を現世に蘇らせるには、
神話の世界から現世に干渉したなんて話、俺以外には無い。その俺がそんな真似を出来たのも、たぶんベースが“存在の力”って根本エネルギー関連の役目だったからだ。
管轄違いの“力”を持つには、もっともっとエネルギーが必要だ。でも
「無理だな」
「はい」
これだけでも、奇跡だ。アシズは、やってのけた。
辺りを見回す。どこまでも続く闇に、出口なんか見当たらない。ぼんやりとした青い光に包まれたティスと、俺がいるだけ。
「……アシズが、ガチで俺のこと喰いに来てさ……戻れない、かも?」
「……ごめんなさい」
「……」
ティスのせいじゃない、とは言えない。そう言ってしまうと、アシズのせいってことになる。アシズをかばいたいティスに慮って矛先を変えれば……アシズがあんな真似したのは、ティスのため、となる。
愛し合っただけなのに、こんな堂々巡りをするしかないなんて。どっかの軍師じゃないが、『世の中全くままならない』。
「アシズ様は……
アシズは一途すぎるんだ。たった一度、愛を理由にティスの生き様から外れてしまい、取り返しがつかないって誰よりも理解したから、もう戻れない。
死んで償うなんて逃げも、自分に許さない。それはアシズにとって、愛を手放すことに他ならないから。
「すまない……止められなくて」
「……」
ティスは黙る。同じような堂々巡りに嵌ったんだろう。
その代わり、俺と視線を合わせて、言う。
「ミコトさん。私にはもう、どうすることもできません。ですから……あなたに、託したいです」
「……」
方法を失ったティスよりは、まだ可能性があるだろうが……。
「ティス、聞いてくれるか?」
ティスは肯定による沈黙を返す。
「ティスが死んでから二千年、ずっと。……俺は、人間になろうとした」
ティスは頷く。あの頃とは別の存在みたいな俺を受け入れて。
「人間の俺は、人間にしてくれたティスと、会いたくて。……そうじゃない俺は、『道具』としてアシズを殺そうとして。ティスとアシズと一緒だった“あの一年”を壊したくなくて、でも壊すべきで、迷って。人間になりたい、でも、“『道具』の俺が”、本分だって、分かってて……」
どう言えばいいか、分からない。言葉の続きを失ってから、ティスは訊ねた。
「ミコトさんは、……『道具』としての本分が、嫌いなのです?」
全の殺し屋としての自分。……嫌々続けて来た訳でも、無かった。
初めて向き合って、そう気付いたから、ゆっくり否定した。
「『道具』だとしても、“正しい”って思ってるから」
全を隠すという使命が。
隠されて“捕食者”の目から逃れられて、初めて束の間の安らぎを得られる“それ”を
「だから、あんなに迷った。どうしたらいいか、分からなくなった。結局何も出来なかった俺は、『道具』失格だ。それだけじゃない。……ティスの蘇生を本当に諦めた今、人間としてもどう生きればいいか、分からない」
心底悩んでる俺を見て……ティスはくすりと笑った。
憮然とした目で見返すと、ティスは謝りながら手を握って来た。
「よくある悩みです。『フレイムヘイズ』の間では」
俺はフレイムヘイズじゃない。ティスも十二分に分かってるはずなのに持ち出されたそれを、彼女は誇りと共に口に出した。
「フレイムヘイズとは――復讐への奮起、何かを守る意志……人間が“心に”抱いた想いを、『世界のバランスを守る』という志の下で世界へ証す戦士です」
まるで、神からの福音のように。
「弱い人間の感情、強い“紅世の王”の大志。そのどうしようもない乖離の狭間で、悩み戦い生きる――それが私たちです」
言葉によって、洗われる。
「その乖離の埋め方は……それぞれ個々人で見出すしかありません。ですが、答えを得て感情と大志を
彼女は、そう在ろうとした。
乖離を『愛』で埋めて。
――だから、強い意志が宿る表情は、こんなにも切ない影を帯びていた。
「ミコトさんの使命は、アシズ様が抱いていた使命とは、違うものなのでしょう。――でも」
ティスは人間としての俺を生み。
「あなたには、フレイムヘイズになってほしい」
フレイムヘイズとしての俺を、芽生えさせる。
契約の際に幻視する“紅世”と“この世”の狭間の光景から名付けられた、『
俺を導くのは、青い炎。
「
初めての邂逅の時に口にした言葉を、もう一度聞き。その続きとして、願いが託される。
ティスと同じ道を進みたい
「分かった」
最古のフレイムヘイズとしてのティスは、後輩としての俺を、力強い笑みで送り出した。
―*―*―*―
さあ、戻ろう。――と思って、ティスと離れたのだが……。
(……出口、無いな)
ああ、そう言えば。ティスに“アシズがそっちへ行くまで待っててくれ”って頼むのを忘れてた。……いや、大丈夫。ティスはティスで、これから戦う。
アシズの話をほぼしなかったのが、その証だ。伝言すら託されなかったのは、ティス自身の口で伝えるため。……暴走しまくったアシズに言いたいことは、
だから、俺はティスがまた解けてしまわない内に、アシズを送る。そのために
(そもそもここ、どこ)
状況整理をしよう。
まず、俺はアシズに喰われた、という前提はたぶん正しい。
フルパワーなら消し炭になろうが存在をバラされようが吸収されようが関係なく活動可能だが……。最後のはっきりした記憶は『清なる棺』に閉じ込められる場面。
(……あ)
最後の『清なる棺』には、ほんの僅かだが、確かに。全の力が宿っていた。サンプルをまんまと奪われたのは、『フルパワー真経津鏡』をぶち破られた時だろう。
僅かでも力を知ることができたなら、アシズなら封印できる。そういう『物質非物質問わない制御と支配』が、アシズの――というか『棺の織手』の得意分野だった。
(封印された。そこまでは分かった)
アシズの願望と続く曖昧な記憶から、どうにか解釈を紡ぐ。
(あー、『フルパワー俺』の力でティスの蘇生を狙ったのか)
全の力、それも“戻った”状態の俺の力全部を一気に取り込むなんてしたら、抵抗する間もなく『全』に呑み込まれる。隣とはいえ異世界“紅世”の住民が、扱い切れる物じゃない。
それを直感したんだろう、アシズは……。
(……)
無い身体に寒気が走る。二千五百分割して、一個一個に自分の力を流し込んだ。その上で、一旦トーチにばらまいた。
(『ウェド』、つったっけ)
聞いたことの無い神話。そういう『名前』と『概念』を与えた上で、オストローデ市の二千五百人にばら撒き、妄想を『マイナー神話』くらいまで発展させて……一気に喰らった。
(滅茶苦茶すんなぁ……)
無抵抗のままそこまで念入りに処理されたら、人として積んだ精神は無論、全としての本能的部分まで塗り潰され上書きされる。という感じで“概念の創造主”アシズの所有物となった俺は、見事頂かれましたとさ。
(普通の人間みたく、“徒”に吸収された状態か)
となると、ここはアシズが保有する“存在の力”の中、ってとこか。トーチの再生手段に倣うなら、解放されるにはアシズの統御下にある俺の“存在の力”が、全に還るのを待つしかない。幸い、そもそもの力が“存在の力”の補修と再配置だった都合上、俺自身を構成していた“存在の力”と全の力はくっついているはず。力が全体の一割もあれば、残りは無理やりアシズから引っ張り出せる、気がする。
……積み上げた“俺としての意識”が戻って来たのは、たぶん奇跡。アシズの願い、それで編まれたティス、二人のお陰だ。
(うーん、精神体? 魂の状態?)
改めて己を見下ろす。全の力は無論、人としての力すら皆無。
“存在の力”の流転する性質からして、アシズが消耗さえすれば全に還っては来る。“この俺”のところには……うん、たぶん戻らん。
(……頼みに行くか)
全と接触し、持ってた分の存在と力を返してもらう。アシズの中だとしても、俺の力を吸収したんだから繋がりはあるはず。方針は定まった。
一世一代の大失敗をやらかした直後だ。怒られるだけなら御の字、普通“それを引き起こした余計な心”なんざ、消されるが。
(そもそも……全って、心とか魂とか、そういうのに手を加えられるのか……?)
俺は無理だ。管轄が違うから。
俺が『全』だと思っている『もの』が、もしも……ただ単に『でかい俺』だとすれば……有り得る。俺は全から切り離された個、親元が同じ力しか持たないって理屈は通る。
(といっても……“存在の力”で塗り潰す、のは普通に出来る……)
精神と
(……身内のことなんだから、どーにかするしかねー)
正直望み通りになるかは絶望的だが……ティスと、約束した。諦めたりしない。
集中し、辺りを探り――どれくらいそうしたのか分からなくなってきたくらいで、“接触しようとする者への全の呼び声”が、聞こえた。
それを手繰り、歩いて、歩いて、渡って――。
個として切り離されて、初めて。
全を、見た。
「――」
全だった時代は、
もし人間の神話の神様みたいに、“人のように”意思疎通が出来るなら、開幕土下座しようかとか考えてた。
――――キミ、カ
……これは、意思疎通とか。
共感とか。
そういう、次元じゃ、無い。
――――マタ、テツダッテネ
人が喰われて。
“魂”が管轄外の『
還すなんて出来ず、人が喰われた分だけ降り積もって。
処理しきれず、そのまま。
――――イッテラッシャイ
“紅世”への怨念と化していた。
―*―*―*―
地面に全身を打つ。細い月だけが頼りなく照らす荒野が、目の前に広がっている。
自分の状態を確かめる。“存在の力”は……人間一人分、ある。さっきまでのことも、覚えてる。自我も問題ない。俺はミコト、『眇理の還手』って名乗る、フレイムヘイズ。
(帰って来れた……?)
呆気なく。願う暇すらなく。
宝具とか持ち物とかは……失ったらしい。また作らないと……。
適当な石を拾って、己に宿る小さな嵐を使って、“弥栄の璽”へと変える。“紅世”の存在と遜色ないまでの“存在の力”を操る能力、存在構成保護、死んだ場合の再構成地点の設定、『達意の言』……異能としてこの世を渡り歩く最低限の機能を、勾玉を介して“自分という存在”に加えた。
平常モードのうっすらとした全との繋がりも確かめ、即座に
「……ミコト」
「シャヘル、悪い。……ここ、嫌いなのに」
『導きの神』専用隔離空間であり、俺が定めた
(どんだけ待たせたかな……)
理屈なら、アシズが一定割合“存在の力”を吐き出すまで復活はお預けのはず。目星は奴さんの保持量の一割程度。『補給』を挟めばその分薄まるけど、全力で戦えば一割なんざあっという間。
あれから少なくとも二千五百人喰う時間は過ぎてるから、その時点で戦闘が起きて苦戦してくれれば……最速一か月。遅くて……五年、くらい?
「……私こそ……ごめんなさい……私の言葉はあなたを……追い詰めた……」
「そりゃ俺の覚悟不足が原因」
あの大敗北、アシズのジャイアントキリングのことを、シャヘルは謝ってきた。
敗因は、力にかまけて“弱点”をほったらかしにしてたこと、その“弱点”と直接繋がってる
「……ずっとこのままだと……諦めかけてた……」
弱気な声を、軽く明るく励ます。
「上手いことやれた。外に出るぞ」
“弥栄の璽”最後の仕上げとして、シャヘルを迎え入れて。
「おかえり……ミコト」
「ただいま、だな。今回は」
そう、シャヘルは言祝いでくれた。
彼女が“気が狂うまで”閉じ込められてたここからさっさと退散し、荒野に戻る。
現実世界への復帰地点はあくまでも
「ここ、どこか分かるか? どれくらい時間経った?」
「……何も分からないわ……」
「だよな。悪い」
とりあえず歩き始めた荒野は、何も無さすぎて情報が皆無。遠景として見える山の雰囲気からして、欧州っぽいのは分かる。
「よく……帰って来れたわね……あれだけ、失敗して……」
シャヘルは、俺以上に全に対して過敏だ。実際近付いて牙向かれて神格壊されたんだから、当然だとは思う。
「うん……その辺は……」
「……怒られる、くらいで済んだ……?」
“あれ”はもう、怒ってるとかそういう次元ですらないからな……。
「まあ、奇跡的に……?」
そうやって言葉を濁すしか出来ない。
全の力を
俺が全、アシズが世界法則と名付けた『それ』を、シャヘルがどう呼ぶかも俺は知らない。
「これから……どうするの……?」
“あの”全を放置しておいたら……絶対、碌な結果にならない。
けど、今は。
「アシズを止める」
迷わず言った。ティスが待ってるんだ、時間はかけられない。
既に討滅されてる可能性は、無い。元気にたった一割の“存在の力”を吐き出した結果が、俺の解放なんだから。
「……元のあなたの力として……できる、のかしら……?」
アシズ相手なら、全の力は絶対に降りて来る。
覚悟を決めた以上、同じ手でアシズには負けない。けど、それは向こうも一緒。同じ戦術をアシズには使えない。
全の力が戻ると、基礎能力が超絶底上げされる訳だが、技術面のテコ入れは無い。精神に至っては逆に不安定になる始末。トーチから補給するか敵から奪うかで蓄えた少ない“存在の力”をやりくりしつつ、人たる存在を崩さない程度の規模の自在法でどうにかしてたのが、通常状態の戦法だ。……それに引っ張られ、力に任せた問答無用な戦術が、どうしても苦手だ。
自在師としての小器用さなら、『普段』でも“徒”フレイムヘイズ問わずトップに君臨できるレベルだと自負している。“存在の力”操作の本家本元出身なんだから、異世界の客たちに遅れなんか取れない。
……逆に、操作に長けている
その苦手を覆すのが、俺の固有の自在法とも言える宝具三種だが。
「……『真経津鏡』は……一度破られた……」
『姉からの借り物』という設定の、搦め手の宝具。
普段だと世界の核として置く物品か、中に入る俺自身の破壊で破れる。“存在の力”の追加投入で、中に入れた敵対者の“存在の力”を奪ったり空間自体の操作をしたりする。
フルパワーだと、広さは地球全体とその周辺に、脱出方法と俺の立ち位置は月に固定される。月の化身が抱える歪みを敵にぶち込んで意思総体を破壊し、ついでに“存在の力”を根こそぎ奪取する、というのが戦法だった。
これを破られたのは、ティスへの愛っていう『共振』による揺さぶり、揺さぶりによる動揺、動揺による核特定と反発心や抵抗心などなど心的強さの無力化……アシズを相手に戦うってことへの、覚悟不足が全てだったが。
覚悟を決めたとしても、種の割れた搦め手を使う気にはなれない。俺の力はアシズから抜けたはずだが、封印にも使われたサンプルだけは未回収だと考えなきゃいけない。それを研究やら培養やらすれば、こういう『相手に行動させる余地がある戦法』を破る手段はいくらでも生えてくる。
一気に葬るとすれば。
「じゃあ『都牟刈之剣』は? フルパワーならアシズを……」
言いかけてやめた。あれは目立ちすぎる。
『弟からの借り物』という設定の、攻撃用の宝具。全としての俺の力を司る。
一回だけ『宝具として』使ったことがあるんだが……その気になればどこまででもどれだけでも破壊可能な感じがしてくる、まさに『暴』の象徴だった。軽い力を込めて振ると、敵どころか周辺までが存在ごと消し飛んだ。それに伴って歪みまで生まれる、ドン引き性能だった。……剣の元ネタは
使えばフレイムヘイズの道しるべとなる歪みが、洒落では済ませられん大きさで突然現れるということだ。試し運用した一回は(慌てて)『調律』して証拠隠滅したにもかかわらず、数人のフレイムヘイズを呼び寄せて頭を捻らせる結果となった。あの中に腰を据えて原因解明をしようとする研究者肌、もしくは『調律師』が混じっていたとすれば……無駄な血を流してただろう。
以来、フルパワー状態で『あくまで武器としての』剣を振るう時は、決して全の力はこめず、大人しくさせている。そうせずとも、握るだけで“徒”相手には無法気味な攻撃性能が宿るのも事実で、必要が無かった。
少なくとも二千五百人喰ったアシズを、フレイムヘイズは躍起になって討滅しようとしてるはず。鏡と違って隠密性能皆無な『フルパワー都牟刈之剣』で派手に討滅(例えばブロッケン要塞ごと消すとか)したなら、目撃者や原因究明員はアシズの配下にアシズを狙うフレイムヘイズに――際限なく増える。
“全を隠す使命”は続行中だから、衆目を集めて喧伝するような真似は出来ない。
「残るは“弥栄の璽”……」
「……」
二人して黙りこくってしまった。
最後にして始まりの宝具、借り物じゃない俺の力。たぶん切り札になる……ん、だろうけど……。
フルパワー状態では、使い方が分からない。力を知らない。
“徒”も“王”もフレイムヘイズも、どんだけ束になっていようが、扱いやすくて性能ばっちりでおまけに補給にも使える『フルパワー真経津鏡』一枚で処理出来てた。
それが祟って……“月読命”での戦いの研鑽は、ほぼ、違う。全く、しなかった。
アシズの『把握も出来ていない力なんか、普段以下だ』って指摘は……全く以てその通り、ぐうの音も出ん。
「結論は出た」
「聞くわ……」
「フルパワーモードは頼らん」
「……」
シャヘルの沈黙が痛い。けど、今の俺にはこれしか残ってないのが事実だ。
「“フレイムヘイズとして”、戦う。――俺一人じゃ、ないだろうから」
「……他人まかせ……」
「元々だろ」
軽口を叩き合って、人でもフレイムヘイズでも“徒”でも、とにかく誰かいないか気配を探る。
「何だろな、ここ。『調律』の痕跡はあるのに、変に歪んでるし」
「大きな戦闘があったのかしら……」
空に蒼みが増し、うっすら
契約仕立てほやほやのそいつは、俺を同類と見てくれた。悪名高き『導きの神』とその契約者なんか知らなかったのは、幸いだ。『大戦の最終決戦』が始まるってんで
フレイムヘイズ兵団本営までまんまと侵入し、最終作戦を立ち聞いてしまい……。
そこで、俺が降り立った荒野がオストローデ市の成れの果てであること、あんな風になってから十八年も過ぎてたことを、知った。
世界中大騒ぎなこの事件をまるで知らなかった理由は、当然つつかれた。それだけのことを起こして十八年かけてやっと“存在の力”の一割を消耗したことと、『調律』してなお残る歪みを孕んだ荒野を見たことを結び付けて、咄嗟に嘘を吐いた。結構な出鱈目は実はかなり的を射ており、表面上だけでも信じてもらえることとなった。
これから死にゆく大恩ある友。これから使われる面倒を見た友。
二千五百人どころじゃない、オストローデの二万五千人弱。無理言って見せてもらった、[
遺体が消えるフレイムヘイズの性質から見過ごされがちな中、把握できた分だけを記録した最小限のものだ。……時折知っているものも混じる、延々と連なる名前を、ただ追った。
絶望と無念。『都喰らい』を始まりとしたアシズが引き起こした災厄の数々は、取り返しのつかない域にまで膨れ上がっていた。潰れるくらいの反省とか、死にたいくらいの自責とか。そんなんじゃ
トーチの一斉消去で一気にでかすぎる歪みを作って、その連鎖反応で『喰うには適さない“存在の力”』まで崩し、高純度の“存在の力”を得たんだってさ。
なんだよその強引な理屈。『都喰らい』の成就と同時に大々的にそう発表したことで、みんな“そういうもんだ”と納得した。都市って“概念”を崩したり、それを“紅世”用に調整したり……裏では全の力利用しまくってさ。
アシズはそれ以上、全へは手を出さなかったらしい。だから、ぎりぎり全の秘密は守られたままで、……だから、俺はまだ、守らなきゃいけない。
今まで半分善意の感覚で果たしてた役割は、“あれ”を目の当たりにして皮肉にも、
よって、“あれ”が動き出すことにより誘発される、いわゆる『大災厄』の引き金となりかねない『全たる俺』の参戦は、許されない。
アシズを“殺すことで”止める覚悟、出来てたつもりだったが……余りにもちっぽけで、無力だから。せめてもの罪滅ぼしさえ、今となっては不可能。
そういうのと、あと。
アシズたち[
(――「『両界の嗣子』。この世と“紅世”の存在の融合体を生み出すことだ」――)
(――「フレイムヘイズだった時代の契約者、ティスとの子供を作るそうよ」――)
と聞いた。
彼らを一応、“父の様に”“母の様に”慕ってたと思う俺は、結構心に来るものがあったらしい。
全部あの敗北が原因だって思うと、自棄酒を決めるしか無くて、そうしていたら。
紅蓮の女が、来たんだ。
メンタル攻撃で殺されかけたのを最愛の人に救われボロボロで立ち上がろうとした矢先に、とどめを刺され戦闘不能に。世の中って厳しい。
天罰神が代わりにやることやってくれたので、瀕死だけども蘇りました。『眇理の還手』から『炎髪灼眼の討ち手』への矢印は、シャナとアラストール(とマティルダ)が思うよりずっと重い。
そして、フレイムヘイズという存在への思いも。
過去編は終了。次は本編です。