【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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最終章。これ含め4,5話で完結予定。


逆襲
16 歩む先の


 

 空は虚無を映している。大地は途切れ、虚無に浮かぶ。

『世界』に残った最後の大地は、異世界の客で埋め尽くされ見る影もない。

 

 センターヒルを除いた『大地の四神』は果敢にも、巨大なる蛇神に立ち向かっている。

 

「聳える岩よ。『調律師』として先ほど極大なる衝撃、どう見ました?」

 

 御崎市そのものとの繋がりによって、吉田は衝撃の余波に当てられ意識を失っていた。そんな彼女を抱えるカムシンは、老成した仕草であごに指を当てる。

 

「ああ。歪みの吐き出しで大破はしているでしょうが、共振が僅かに続いていたことから、あれで“紅世”が()()()訳でもなさそうです」

 

「ふむ。その……『歪みし法則』の目的が“紅世”の破壊だとするならば。二度目の衝撃は、“紅世”にとどめを齎すもの。御崎市の外が消失した結果を見るに……」

 

 ベヘモットの推測を引き継ぎ、カムシンは『調律師』であり『壊し屋』の感覚で述べる。

 

「“この世”という存在を“紅世”に叩きつけた」

 

 それが本当に可能なのかは、分からない。何しろ“紅世”のみを見定め“紅世”の力で戦ってきたフレイムヘイズという立場の『外』から、突如這い出た第三勢力の力だ。

 

「じゃあ、御崎市が辛うじて無事な理由は?」

 

 シャナは訊ねる。戦う相手を見極めるために。

 

「叩きつけた弾みですっぽ抜けたとか。ほら、()()世界が通れるくらい広がった『両界の狭間』と繋がる穴があるじゃない?」

 

 マージョリーが無を映す空を見上げた。

 

「私もあなたたちと同様の結論です。『世界』の完全崩壊を遅らせたところで、何が為せるか、意味はあるのか。()()()()こそあれ答えへは到達できません」

 

「手掛かりとは虚空の鏡ですね」

 

 フレイムヘイズでありながら『そちら側』に在る者。

 

「私たち『大地の四神』が“この世の法則”か“この世の力”か。それに触れたのは、御憑神との契約前。『大地の心臓』へ集うきっかけとなった、かの場所への呼び声としてです。神に等しいと感じた先師・宙の心臓の力だと思い、当時はそれ以上突き詰めませんでした」

 

 彼ら『大地の四神』は“存在の力”に対する天賦の才を発揮し、ひとところに集まった。そんな『伝説』は彼らの力と共に語られている。

 

「フレイムヘイズの言葉に変えるなら、歪み、変質の余韻、“紅世”との共振、『気配』……それらのどれかと判断しました。()()、契約後はより鮮明に理解できるようになったそれらとは違い、『呼び声』だけは見失いました。……まるで、繋がりが断ち切られたかのように」

 

 それでも。フレイムヘイズとしての契約に伴う変質、運命という名の器を捧げた代償。いくらでも理由は考えられた。

 

「契約後、唯一『僅かながらの片鱗』を感じられたのが、先師が虚空の鏡と呼んだ彼でした。同様の感覚を覚えた私を含む『四神』は、すぐに先師に訊ねました。()()()()()()()と。先師は二つだけ語りました。世慣れていない彼に()()()()()()()()()()の動き方を教示した過去と、『深入りしてはならない』との強き戒めを」

 

『大地の四神』と『眇理の還手』は、兄弟弟子に当たるらしい。

 センターヒルは、ふと表情を緩めた。

 

「そのような“理の不確かな戒め”を破りたくなるのが()()です。他『三神』も、答え合わせに参加したということは『同じ心境』だったのでしょうね」

 

 そして、忠告を振り払い得たものは。

 

「“この世の在り様”にも法則があり……その先、奥から。近付く者への拒絶と恐怖そのものを、私は拾いました。これ以上知ってはならない、そう直感し踏み留まったからこそ、今私は立っているのでしょう」

 

 それ以来、虚空の鏡と呼ぶ存在()()()()()()干渉は、『大地の四神』の中でも御法度となった。

 

「へえ……あんたたちとミコトにそんな関係があったとはね」

 

 ミコトとも『大地の四神』とも、それなりの繋がりを持つマージョリーが言った。

 

「俺たちが知ってるのは、ああ見えてついブヘッ!!!」

 

「それ今絶対関係無いわよ」

 

 叩かれたマルコシアスが言おうとした情報は伝わらなかったが、どうでもよさそうだ。

 

「しかし、フレイムヘイズと同じ気配を持ち、実際“覚の嘯吟”とその炎の色を……まさか」

 

 ヴィルヘルミナが絶句し、ティアマトーが言葉に出す。

 

「接触拿捕」

 

“珍しがり”の神は“知ってしまい”、『そちら側』の手に落ちた。――まさに、世界を崩壊させた『創造神』のように。

 

「この世に渡り来た“紅世”の三神の内、既に二柱が、か……」

 

 アラストールが低く唸った。

 

「つまり、“紅世の徒”に荒らされまくった“この世”が、ついにキレて行動に移った。でいいのか」

 

 無精ひげを撫でつつサーレがまとめた。キアラが胸の前で右手を握りつつ焦燥を抑える。

 

「私たちがもう諦めるしかないのかは、“この世”との窓口……に、なるかもしれない『眇理の還手』の返事待ち……なんですね」

 

 まだ、彼は姿を現さない。

 遠いが大きく見える“祭礼の蛇”と『三神』の戦いは、『三神』が押されている。後数分もしない内に、蛇は地面に降り立つだろう。“紅世の徒”がひしめく最後の大地を、滅ぼすべきと巻き込んで。

 

(自在法がまるで効いていない)

 

 戦士としてシャナは、その戦いを『審判』で見通す。流星、津波、亡者の軍勢といった物理的な破壊も、『大地の四神』の十八番である“存在の変換”も、蛇に到達する前に無形の“存在の力”へと変わり果ててしまう。

 今“祭礼の蛇”を動かす『力の源』は……『審判』でさえ判別できない。

 

(『何か』が動いてるのは見える)

 

 本来自在法を動かし発動させる“存在の力”、それを操る意思総体……不可分なはずのそれらの内、意思総体を判別できず、“存在の力”が勝手に動き回っているように見えるのだ。

 

(“存在の力”を操れる意思総体は、“紅世の徒”とフレイムヘイズ、トーチと“ミステス”と“燐子”、宝具を使った人間。“この世”の力のはずなのに、全部“紅世”が関わってる。だから“紅世”じゃないこの世は異世界に対抗する手段なんて持ってないと、思われてきた)

 

『審判』ではない()()()に映る“祭礼の蛇”は、憎悪に動かされているように感じる。感情の機微に疎いシャナでもそう分かったのは、何度か行き会った『普通の』フレイムヘイズ……復讐者の目とよく似ていたためだ。

 

(戦うべきなのは……)

 

 シャナの耳に反響する。

 

(――「裏切ることも裏切られることも、お互い絶対に無い」――)

 

 シャナは頷いた。

 まだ、何も諦めていないフレイムヘイズの姿に、希望ではなく絶望を受け取った者が、一人にして二人。

 

「まさか」

 

「速断危惧」

 

 シャナの真っ直ぐ未来を見据えた表情が、ヴィルヘルミナには亡き親友の忘れられない表情と同じに見えたのだ。

 

「“存在の力”による何もかもを無効化する今の“祭礼の蛇”を止められるのは、アラストールしかいない」

 

「……うむ」

 

 儀式を経て神威召喚されたアラストールは、“存在の力”を始めとした『この世の制約』から解放され、“紅世”真正の神として“紅世”の権能を振るうことが出来る。

 相手が“この世”という世界ならば、対抗できる“紅世”から客は、神のみ。

 

「『雨と渡り行く男』。あの状態の“祭礼の蛇”を討滅して、崩壊は止まると思う?」

 

「いいえ。歪みし法則が“紅世”の存在という皮を被っている()()()()()()、我々の目にも破壊が見えているのでしょう」

 

 その皮を何の考えも無しに取り払えば、“紅世”の存在からの対抗手段は皆無となる。

 

「アラストールの『神威召喚』を行う」

 

 全員が戦慄する。ヴィルヘルミナは……崩れそうになる意識を()()()()()()()()()()無理やり立たせ、鉄面皮だけを固くした。

 

「シャナ。儀式の対象は?」

 

 アラストールの声は、限りなく静かで、揺るぎない。

 

「“祭礼の蛇”でも“この世”でも“歪みし法則”でもない」

 

 見定めた『敵』の正体を、皆に伝える。

 

「“紅世”を“この世”も省みず壊した、憎悪」

 

“祭礼の蛇”を乗っ取り動かしているのは、『この世()』や『法則()』ではなく、“心”なのだと。……シャナはそう見定めた。

 

「承知した」

 

 低く静かに、はっきりと。アラストールは応えた。

 

「まとまったか?」

 

 意識を失っている吉田以外、全員が『炎髪灼眼の討ち手』の『神威召喚』が意味することを、知っている。

 沈黙の中、意見も推論も出さず情報を取り入れていた[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の――シュドナイが進み出た。

 

「生け贄には俺を使え。俺以上に強い『心臓(コル)』となれる“紅世の徒”はいない」

 

「将軍?」

 

 さしものベルペオルも、三つ開いた目全てを驚愕で開いた。

 

()()()()()、盟主を――俺たちの神を、殺さないでくれ。破壊の力を守る力に使うなら……盟主も、その中に含んでくれ」

 

 シュドナイは槍を下ろし、そう言った。

 将軍の覚悟を知ったベルペオルも、横に並び立つ。

 

「フレイムヘイズが数千年以上為せなかった、“紅世”と“この世”のバランス崩壊の解決。それに対する一つの解が、()()()()()()()新世界『無何有鏡(ザナドゥ)』創造だった。()()()()に免じて、我らの神には手心を加えてくれないか?」

 

“紅世の徒”が一切合切去れば、世界の歪みは消える――知っているのだろう? と続けた。

 確執はある。が、好悪で跳ね除ける余裕もこれ以上に良い提案を練る暇も、無い。『時間稼ぎを整えるための時間稼ぎ』は、じきに食い破られる。

 

「可能な限り、“祭礼の蛇”討滅の回避に努めよう」

 

 アラストールは戦士として、他の存在のために在る守護者の捨て身の願いを、汲み取る。

 

「我ら[仮装舞踏会(バル・マスケ)]は、最後に残ったこの大地を、天罰神の戦いの余波から守るために動く。まだ残っている外来の“徒”の処置も請け負おう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 ベルペオルが下した采配を、シャナは頷くことで受け入れた。

 遠くの、『真宰社』屋上より低い目線まで下がった“祭礼の蛇”と『大地の四神』が繰り広げる戦場。シュドナイを伴ってそこへと飛び立とうとするシャナは、屋上縁で一度立ち止まり振り返る。

 

「ヴィルヘルミナ」

 

「……」

 

 今にも涙を零しそうな育ての親に。同じ行為で『友だち』を亡くした彼女に。

 

「行ってきます」

 

 この言葉を残した。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 鏡の中らしいこの景色は、恐らく現実世界を映したもの。滅んだ御崎市と、消滅した御崎市の外。悠二は今にも絶望で崩れ落ちそうな心を、雅人の願いと()()()()()()()()()()()シャナを基点に、支える。

 この状況を生き延びる。まずはそれだ。

 

(……)

 

 つい先日、自らの言葉で叩き潰した『敵軍』も、そうだった。使命と戦う意味を折られ、多くの者が恐慌にまで踏み入り、意味なく命を散らした。『生きるためだけに』戦場から逃げ延び、今は、どうなっているのだろう。

 悠二たちが目指した理想は、彼らが流した血を踏み越えた先のもの。だから絶対に失敗できなかった。

 世界を壊したのは、彼らの怨念なのだろうか……いいや、フレイムヘイズは『世界の崩壊』を望んでいない。悠二は皮肉にも、挫いて摘み取ったフレイムヘイズの使命に縋っていた。

 

(生き延びるための武器を、まずは整える。僕の自在法……『八意思兼』?)

 

 日本語には違いないが、意味は分からない。『達意の言』を繰って、“多くの思慮を束ねる”、というニュアンスを読み取った。

 積み重なる煉瓦。一つ一つに『思慮』――理、この場合『自在法』を込め、束ねる――複数の効果を複合させ顕現させる。一度目の発動時シャナの『断罪』を防いだのは、紅蓮の大太刀を防ぐ力を込めていたから。二度目の『真紅』で砕け散った理由は、“煉瓦の見た目をした自在法を発現させる”効果だったから。そう解釈した。

 ――と。

 

「世界、滅びそうよ」

 

「君と離れ離れになるよりはましさ」

 

 琥珀のつむじ風が、くるくる甘い睦言を交わしつつやって来た。

『零時迷子』に封じられていたヨーハンと、吸収されたフィレスだ。

 

「こんばんは、坂井悠二」

 

「初めまして、坂井悠二」

 

 観光地でばったり出くわしたかのような、軽い挨拶。世界が滅びようが砕けようが、お互いが手を繋ぎ合っているなら関係ない――それが『約束の二人(エンゲージ・リンク)』だ。

 要するに、世界崩壊を防ぐ力とはならないと、悠二は判断する。これを直接的に引き起こしているのが『あのヘカテー』なら、少しでもいいから加勢に行くべきだと思い、入れ替わり飛び立とうとするが。

 

「やめといた方がいいよ?」

 

「防戦だけに徹しても遊ばれただけだったわ」

 

 お互いにしか興味がないと思い込んでいたが、止められる。フィレスは“紅世の王”として在り、ヨーハンは恐らく悠二と同じ『確かな存在』として顕現している。

 

「でも……」

 

「確かに、()()割り込めそうなくらい静かに見えるわね。お話でもしてるのかしら?」

 

「下手に火をつけると、どれだけ存在が確かでも簡単に吹き飛ぶよ。バトンタッチする瞬間、変質しきった僕を元に戻した上で、この世への定着までしてもらったんだけど。たぶん僕を構成してた“存在の力”を組み替えただけだね。ここまでの底力を秘めてたなんて、()()()僕も鼻が高い」

 

 頬をつつき合って観戦する二人。

 

「弟子?」

 

 そういえば、フィレスとミコトは知り合いだった。

 

「『零時迷子』が出来て一週間くらい後かな? 師匠とシャヘルが来たのは」

 

「うん、それくらい。その時は『“存在の力”を直接回復する宝具は歪みが~』とか、すっごく渋い顔しながら『零時迷子』の使用をやめるように言ってきたわ」

 

『零時迷子』に歪みの問題など無いが、過去には()()()()()()もあったのだと。

 

「『零時迷子』は“ずっと一緒にいるため”の道具ではあるけど、何より僕らの愛の結晶だからね。代替案は最終的に用意できたけど、手放しはしなかった」

 

「こうなっちゃうかもしれないって言われなかったもの。ヨーハンも私も悪くないわ」

 

「知らなかったんだから仕方ないよね」

 

 ミコトが言わなかったのは、『緘口令』があったため。責任を放り投げる二人をかばうつもりでは無いが、“きっかけさえあればいつでも起きていた”とも聞いた。『零時迷子』が無くとも、いずれはこうなっていたのだろう。

 

「代替案?」

 

「『転輪の自在法』。顕現や自在法使用などの消費で形を変えた“存在の力”が、そのまま流れず直接戻ってくる、そういうものだよ」

 

『大地の四神』が共通して持つ“存在の変換”の応用だろうか。これさえ普及すれば、“紅世の徒”は()()()()人を喰わなくてもよくなる。

 ただし、この自在法で乱獲が終わる訳でもない。『喰わなくてもいい自在法が生まれた』という建前で、新たに“徒”が渡り来て“初期投資”としてやはり人が喰われる。

 

「慣れれば維持は簡単だから、ずっと以前から効果を抑えて保ってたの。『零時迷子』に吸い込まれるってハプニングにはなったけど、ヨーハンと再会できて一緒に居られたから、とっても役に立ったわ」

 

 この自在法がかかっていたため、ヨーハン(『零時迷子』)からの補給が無くとも力を失わなかったらしい。

 

「“ミステス”になって本格的に“紅世”の事情に乗り込んだ矢先に来てくれた、僕が知る最高の自在師。『転輪の自在法』開発は共同だけど、理論も構築法も、基礎は全部師匠からの賜りものさ。あの数年があったから、天才じゃなくても僕は自在師としてフィレスの隣を飛べたんだ」

 

「今で言う新婚旅行? それは結構邪魔された気分だったけど。その代わりヨーハンが喜ぶようなお話とかお料理とか、私も楽しませてくれたから。許したわ」

 

 そうして肩を寄せ合い、『邪魔者付きだった新婚旅行』の思い出を語り合う。心底どうでもいい悠二は、恋人たちの後ろで『八意思兼』を組み、自在に扱う感覚を掴もうとしていた。

 

「「あ」」

 

 恋人たちの声でなく、手元を照らす影の変化に顔を上げた。

 視界の端に、先ほどまでは確かに無かった『何か』が映った。宙を仰ぐと、満点の星空と真円の月が()()()いる。御崎市の外も……日本の街として、何も無かったかのように続いていた。

 

「始まったわね。決裂したのかしら?」

 

「逃げる準備だけはしておこうか」

 

 明るすぎる水色の炎弾が、大きく大きく膨らみ、戦いの中で見たことが無いほど巨大化したそれが放たれ。

 身が裂けるように鋭く感じた歪みが二つに割り、空中で大爆発を引き起こす。

“この世真正の神”とその『身内』の戦いが、始まった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 夜が広がるよりも、少し前。

 届かぬ琥珀と荒れ狂う水色。その渦中に割り込み『約束の二人(エンゲージ・リンク)』を引き剥がしたミコトは、相手が『こちらと同質かつ圧倒する物量の力を持つ』と見定める。

 

「来たんだ。渡したつもりは無かったけど」

 

「近付くやつを処理させるための受け渡し、意識して手動でやってた訳じゃなかったろ?」

 

 それの名を叫んだ()()()()()()()()()()()()()()、ミコトと全の絞られた繋がりは緩んだ。それを突破口に、ミコトは『元の力』を徐々に引き出している。

 手持無沙汰気味に放たれた光弾を、後方へ逸らし受け流した。

 

「邪魔するの?」

 

「何というか、困ってる」

 

 戻ってはいるが、まだだ。まだ、半分しか引き出せていない。

 

「きみは真っ先に客潰しに行ったじゃない。やっと『私たち』も加勢できるようになったから、そうしてるだけだよ」

 

「いや。その勢いで『世界』が壊れて、困ってんだ」

 

 離脱した琥珀色目掛けて、明るすぎる水色の竜が飛翔する。通り過ぎようとするそれを、すれ違いざまに干渉し乗っ取る。

 

「……? ああ、確かに。『私たち』の庭は欠けたね。でも、そんな小さなことより、“隣”を滅ぼす方が重要だよ」

 

「……やっぱスケール()()は全仕様か。よく向き合ってみろ、()()()()()()()()()()()()感情が、何なのか」

 

 ミコトが『全』と呼ぶものは、この世の世界法則の内“存在の力”を司っているもの。“存在の力”は“紅世の徒”が吸収可能な『人』だけでなく、()()他の生物や非生物も含めて形作っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『全体』から見れば、細胞の一片にも満たない大きさの『地球』という存在。その中で暮らす一種族『人間』の中から異世界の客に喰われた僅かな数の“魂”が起こす不具合など、『全体』から見れば“気付く余地も無いほど”小さな問題なのだろう。

 そう、“魂”の浸食を受けた全の一部分など、“この世の世界法則”にとっては取るに足らない微小な問題だ。だから不具合の修正という“神の救済”は決して起こらない。

 

(……起こらなくて正解だ。小さな傷なんて、溢れた一滴の血を指で拭って洗い流すだけでいいんだから)

 

 この問題は、危機に直面している自分たちで、なんとかするしかない。

 相手が有する力は『全体』などではなく、人が住む惑星たった一つ分にまで矮小化している。その『矮小なる力』を動かしているのは、個の集合体。個の集合体は手つかずのままただ積もっただけという状態故に、お世辞にも秩序立っているとは言えない。

世界(地球)』を歯牙にもかけない感覚を持ちながら、“紅世”への恨みを募らせるアンバランスさは、そこから来ている。

 

(だから、やる)

 

 例えこちらが『矮小なる力』の一部分でも。集合体ですらない個であっても。

 

「すっげーむかついてるよな。お前さんたちを喰った奴らを叩き潰せる、その絶好の機会だもんな。壊して、傷付けて、暴れて、殺して、復讐する。……今は、そうしたいんだろう?」

 

「壊して、傷付けて、暴れて、殺して、復讐する。――そうしたいな」

 

 光弾が幾十幾百と重なり、力を乗算させつつ迫る。重なりをほどき、双方の視線を遮る数個だけを消した。

 

「その力を()()()向けたい“隣”は、もう壊れた。でもちっとも腹の虫は収まらない」

 

「そうだね。壊し足りない、殺し足りない。――『私たち』は、まだまだ客の命を食べたくて、仕方ないみたい」

 

 古今東西、生まれも育ちも人柄もばらばらな“魂”を結び付けているのは、“捕食者”への恨み。

 自分たちを喰った者たちへ『逆襲』したい。束ねられたひとつだけの欲望で、動いている。

 

「後片付けのことがあるからさ。首の皮一枚繋がってる『世界』を、これ以上壊されるのは困る。そもそも残りの()()()()()()()を喰らいきったとして、その怨みは収まるか?」

 

「全然。けど、もう『あれだけ』しか残ってないよ?」

 

 ミコトは大きく頷き。

 

「俺がいるだろ?」

 

『都牟刈之剣』を向けた。

 

「きみが?『私たち』と比べて、そんなに小さいのに?」

 

 全に対する個。力の差は絶望的。

 だが。

 

「『最弱のフレイムヘイズ』として、何年戦ってきたと思う? ……全部、この為だった。今はそう、心底思ってる」

 

 劣等種、麦の穂、蹂躙されて当然。“紅世の徒”から見れば、人間はその程度の種だった。

 その人間の身体で、人間の存在で、戦い続けた。失敗も敗北も、太古から続く戦に参加したいつの時代の誰よりも、多く経験した。

 ()()()()()()()()()。不死性など、“心”には関係ないというのに。()()()()()()()()()()()()()()

 

「すっきりするまで付き合うから。そう簡単に()()つもりなんて無い、来てみな」

 

「……そうしてみよっか」

 

 対話で時間を稼いでいる間に、全ての力を取り戻した。ミコトは、何も諦めていない。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 己である『世界』を展開し、駒として己を置く。強く、強く、限界を超えるまで力を振り絞って。

 解決への条件は、揃っていない。それに何よりも必要な『条件』が帰ってくるまでに、前提を整えねばならない。

 

(誰にもどーにも出来ん“()”のストレスを、少しでも発散させる!)

 

 受け流してはいけない、受け止める。破壊させ、耐え切らねばならない。

 幕開けは、『真宰社』を丸ごと消し飛ばせる大きさと密度で構成された炎弾。破壊のイメージを具現化させた、基本的な自在法だ。

 

「この熱量、“徒”何百体分だ!?」

 

 声をかけつつ、力を込めた『剣』で空間ごと炎弾を斬り裂く。歪みどころでない断裂が発生し、炎弾は真二つに割れて左右で破裂した。

 

「これじゃ何百体()()殺せないか。じゃあ、もうちょっと」

 

 今度は流星群の自在法『(アステル)』。上空を埋め尽くす光球の数は、百を遥かに超え千にも届きそうだ。

 

「それ一回で下のやつらは全滅だ!」

 

 一つ一つが先の炎弾に引けを取らない威力を有している。地面を一瞬鏡へと変え、降下するそれらを映し実体化させ空中でぶつけ合わせる。

 御崎市という土地には命中はしなかったが。上下の『(アステル)』が激突し合い生まれたエネルギーが拡散する。ミコト自身は見学者共々、受けるダメージを歪みの外へ転移させてやり過ごす。一方『彼ら』は、ヘカテーという形代を守れずそのまま溶け落ちた。

 

「本当だ。なくなった」

 

 深いクレーターを見ての感想だろう。『彼ら』は新しい形代として、黒き蛇神の姿を選ぶ。

 

「“徒”もフレイムヘイズも、誰もここまでは、壊さんかった、ぞっ!」

 

 間髪無く『剣』を振り上げ、斬撃を標的の先にある隣町まで貫通させつつ、蛇の胴を中ほどから断ち斬った。切断面から目視可能な歪みというひびが奔り、蛇の身に広がり、砕けた。

 

「……なんで?」

 

 黒炎が完全に消えたそこに、新たに生まれた色は、青。翼と仮面の巨大な天使が立ち上がる。

 

「そいつは俺が一番強いと思ってる“客”の記憶。貸すから使ってみな」

 

 歴史上はじめて勃発した“徒”とフレイムヘイズによる全面戦争の、最後に見上げた姿。

 再び『剣』を振るうも、同質の力を組み込む青い結界で防がれる。

 

「身の守り方、やっと分かったか」

 

「戦いって、難しいものだね」

 

 ミコトは間一髪離脱する。元居た場所を中心とする十メートルほどが、『清なる棺』に囲まれていた。中には何も無く、『両界の狭間』へ繋がる穴で満ちている。

 

「攻撃力ってのは、簡単に上がりがちで、なッ!」

 

 攻撃のための宝具『都牟刈之剣』の全力を、遠慮容赦無しに叩きつける。

 青き『清なる棺』が展開され、光でも衝撃でもない純粋なる『力』を防ぐ。止まらない奔流を除けて跳ね返し逸らし少しだけ通過を許し――それが止んだ時、目の前で“遊んでいた”相手はいなくなっていた。天使の身体も今にも崩れそうになっていた。

 

「物体……『世界』って脆いだろ。全力出した俺は消えて、俺程度の全力を防ぐだけでそっちも限界だ」

 

 炎を揺らめかせる天使の眼前に、ミコトは再び現れ出でた。

 街は底の無い割れ目に消え、空は断絶され、破壊の余波は地平線の果てまで伸びていた。

 

(きっつ……核には傷一つないのに、『真経津鏡』がぼろぼろだ)

 

 内心の疲労は見せない。虚勢は格上相手の戦いに『勝つ』ための、常套手段だ。

 

「力をぶつけるだけじゃ、戦いはだめなの?」

 

「そーゆーこと。何もかも無視して暴れりゃ、『両界の狭間』で永遠に彷徨う羽目になる」

 

 意思を持った世界という力。破壊衝動だけに囚われれば、待つのは世界崩壊という自滅のみ。

 

「俺らの力は、“この世界”にいるからこそのもの。『両界の狭間』に落ちたら、復帰は出来ない。“徒”一体傷付けられなくなる」

 

「なかなか困る」

 

「だろ? だか、ら――」

 

 言葉を止め振り返る。『彼ら』も同じ方向を見た。

 

「戦闘指南終了。現実じゃ依り代なんて貸せない。たった一つの身体を壊さないよう、大切に使え」

 

「見てた以上に、戦いって難しかった――から」

 

「!? いやそれは……」

 

 鏡面世界が崩れる。構成していた力が、『彼ら』へと流れていく。

 

「待て! せめて地面に降り――!」

 

「全力で挑まないと。きみの分も使うよ」

 

「俺の力なんて雀の涙で焼け石にみ――」

 

 元々はひとつだった力が、戻っていく。渡すために残されていた繋がりさえ、攫い取られる。

 巨大な天使に声を届けるために高度を保っていたが、浮遊が途切れて落ちていく。

 

 破壊の余波で消えた御崎市が再生して――“紅世の徒”がひしめく現実世界へと塗り替わった。

 遠くには黒き蛇神と、紅蓮の魔神。

 

(落下死!? 冗談じゃねえッ!)

 

 ()の一切合切が無くなり、この状態では自在法どころか基本の宝具作成すら不可能だと理解する。

 ミコトは為す術なく、落ちて行った。

 




ふぃれすとよーはんこんび、かわいい
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