【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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17 道を束ね

 

 恐慌の中這いまわる“紅世の徒”で覆い尽くされた地面まで、あと十メートルと少し。

 

「!」

 

「お疲れさま師匠」

 

「とっても凄い戦いだったわ」

 

 激突による落下死の前に、琥珀色の風に掬い取られた。

 

「助かった……。今は『死んだら終わりの』人間だから丁重に頼む……」

 

 楽しそうなくるくるとした飛行に、目を回すミコト。

 琥珀色は上空に浮き上がり、『真宰社』屋上へと皆を届けた。

 

「ミコト! 遅いわ!」

 

「フィレス、ヨーハン!?」

 

「坂井君っ!」

 

「……親父殿が泡吹いてるぞ」

 

 ここが『最後の大地』を守るための司令部だと察し、ミコトは真っ先に訊ねる。

 

「儀式の対象は? ――神威召喚の」

 

「『“紅世”を“この世”も省みず壊した、憎悪』」

 

 ヴィルヘルミナが沈んだ声で、正確に伝える。

 

「――よっしゃ大正解さすが『炎髪灼眼』」

 

 小さくガッツポーズを取って喜び、蛇神と組み合う魔神を見る。

 

「『炎髪灼眼』を探せ、あの近辺にいるはず」

 

「何を!?」

 

「あのぉ……」

 

 アラストールの顕現で戦闘離脱した『四神』たちが、ほぼ同時に戻って来た。ウェストショアがおずおずと声をかける。

 

「やっぱり、よかったのですね……」

 

「ヴィルヘルミナ」

 

 彼女に大切に抱かれているのは、エキゾチックな模様の上掛けにくるまれた、長く冷えた黒髪の少女――シャナだ。

 

「っ!? ……おかえりなさいませ」

 

「ただいま」

 

 服を失った様子を見てヴィルヘルミナはリボンで白いドレスを織り、シャナに纏わせた。

 上掛けを返すシャナからは、フレイムヘイズの気配が消えている。彼女自身も『生きている』ことと『共に生きた力が失われている』ことには、『四神』との移動中意識を取り戻した時点で気付いていた。

 

「『おまじない』って……」

 

「タイミングずれてたらきっちり消滅してた。さすがさすが」

 

「あまり当てにはしてなかったけど、感謝する」

 

「分かってる。お前さんは()()()()()()()()()()()だ」

 

『星黎殿』に二人して囚われていた際の接触で、ミコトはおまじないと称し、シャナのフレイムヘイズとしての器に細工を加えた。一定以上の負荷に見舞われた場合、“天壌の劫火”と同化していた彼女本来の“存在の力”を分離させ、それの情報から人間を組み上げる、とのものだった。

“紅世真正の神”の炎と存在から守りつつ、人間としての情報を引き出し存在を修復する――などというトーチの復元すら比較にならない離れ業を、一瞬かつ遠隔で成功させねばならなかった。

 タイミングとは、その離れ業を可能にさせる力を得ている瞬間――つまり(自称)フルパワーモード時のことで、どうなるか先を見通していなかった段階では、保険以上の何物でもなかった。

 

(これも、雅人の願いを叶えるためって、いつもよりは緩んでた力のお陰だ。……今教えられることじゃないが)

 

 ちなみに、フレイムヘイズの力を封じるという“ミコトには意味の無い”枷を破ったのは、()()()()()()()()()()()()()()だった。……そうしなくても、シャナなら『必要な時なら躊躇わず命を燃やす』と分かっていた。パフォーマンスでしかなかったが……フレイムヘイズとして協力したいと思っている、というシャナだけでない自身への証明だった。

 

「現在絶賛人間中だ。気配探知なら出来るが、フレイムヘイズとしては何も出来んし『あっち』方面の力も取り上げられた。死んだら死んだままだから、よろしく頼む」

 

 ミコトは挨拶代わりに自身の現状を告げた。そのまま紅蓮の魔神を指さす。

 

「今すぐ“天壌の劫火”に情報を与えたい。遠話でも何でもいい、会話できるようにして欲しい」

 

 早速自在師たちが動き始めるが、それよりも早く。

 

「アラストールッ!」

 

 シャナが叫び。

 

「……消滅が早いとは思ったが、生存していたとは」

 

 その瞬間、彼女の胸にペンダント“コキュートス”が現れた。

 

「え……“神器”呼べた? 繋がってんの?」

 

「こちらが聞きたい、『眇理の還手』」

 

「そういうものじゃないの?」

 

 ミコトもよく分からない理屈だが、考察している暇など無いので脇に置いた。

 

「前提条件。現在“祭礼の蛇”を動かしてるのは、“存在の力”を司る『この世の世界法則』。根本から滅ぼした場合の詳細は不明だ。土地も含めて全ての“存在の力”がほどけてばらけるってのが一番あると思う。『両界の狭間』に落としても消滅と同じ。異世界の破壊神にこの世のルールを壊せるかは知らんが、そうしたらお終いってだけ頭に入れといてくれ」

 

「うむ」

 

 アラストールは余計な言葉を添えず、短く頷き先を続けさせる。

 

「それとは別に、“祭礼の蛇”の身体を壊したら……『彼ら』がどう出るか、本当に分からん。今『彼ら』は“紅世”が憎いから壊し尽くすってのを『蛇の身体』で試すってゲームをしてる。ゲームが終わって遊びから本番に移っても、『諦めない』ってのは確かだから、碌な結果にならん」

 

「そのつもりで抗している」

 

 蛇を討伐した場合の推測は、センターヒルの見立てとほぼ同じだった。

 

「“天壌の劫火”に相手してもらいたいのは、まさに裁きの対象『憎悪』。実際戦っててどうだ? 滅ぼせそうか?」

 

「――討滅対象に定まっているはずではあるが……正確に掴めぬ。手応えはあるが、対象を焼き尽くすより早く『心臓(コル)』が力尽き――」

 

 蛇神がのたうち回り、超巨大な炎弾を四方に撒き散らした。

 

「否。御崎市の崩壊が先だ」

 

 数個をアラストールが受け止め、届かなかった一個は[仮装舞踏会(バル・マスケ)]構成員を中心とした“徒”が、炎弾で自在法で己の身体で減じさせた。

 

「了解。御崎市を守りつつ、とにかく長く戦い続けてくれ。敵さんのデータ、行くぞ」

 

 ミコトは静かに息を吸う。

 

「“紅世の破壊神”に対して同格の相手、と思ってほしい。『天罰神』の権能の一つ“儀式対象を滅びの因果で括る”ってのを始めとした“紅世のルール”を、“この世の神”が従う義理は無い。破壊神としての権能は自分だけに効果があるって思え」

 

 他を罰するために存在する孤高の神として、初めて相対する『法則で縛れない敵』なのだと。

 

「戦場はかなり壊れて『狭間』が流入しているが、あくまでも“この世”だ。ルールがこの世な以上、地の利は『彼ら』にある。追い詰め過ぎたら反撃で()()()()()()()だけの力を持ってるから、注意しろ」

 

 これは、世界を形作る法則同士の戦いだ。場を構成する『世界』はどちらのものか――地の利は互いの力に大きく影響する。

 

「『彼ら』は()()()()()()。実戦経験は無い。使う戦法や自在法は基本、“祭礼の蛇”の記憶から引き出したもの。もし慣れて『違うの』を使うとすれば、さっきやった戦闘訓練で動かした“頂の座”ヘカテーの光弾、“棺の織手”アシズの『清なる棺』の二種の可能性が高い。それ以外の応用やオリジナルは……使えるまで熟練しない、はず。とにかく戦士としての格は、間違いなく“天壌の劫火”が上だ」

 

 神としては互角、地の利は無い。

 経験だけは、有利。戦士としてのアラストールは……この差がどれだけ戦闘に響くか、よく知っている。

 

「御崎市や蛇の身体を『無駄に』壊さないように言い聞かせたが、経験が足りん分不器用だ。胸を貸すつもりで接待戦闘しつつ、変な刺激から来る暴発には常に警戒して、数千年分の憎悪を削れるだけ削れ。“天壌の劫火”なら行ける、頑張れ!」

 

「……うむ。承知した」

 

 神威召喚された状態での防戦及び継戦は初めてだが。二人のフレイムヘイズと歩んだ激戦の日々は、今この時繰り広げられる『絶対に負けられない戦い』の力となっている。

 

「最後に一つ頼み。『個から全へ。最後のアドバイスに目の前のやつの攻略法を教える』、そう伝えて反応の有無を確かめてくれないか?」

 

 アラストールの声が響くが、蛇の動きに変化は無い。

 

「憎悪も動きが無さそうだ」

 

「おっけ。戦闘に集中してくれ」

 

 アラストールへの情報提供を終え、ミコトは感慨深げにつぶやいた。

 

「秘密に気を遣わないで全部ぶちまける……めちゃくちゃ爽快……」

 

「事情があったのは分かるけど、訊く。何故こうなるまで黙ってたの?」

 

 ミコトが世界崩壊阻止に動いている“味方”だとは、皆分かっている。それでも、取り残されたある種の『恨み』から、シャナが代表して訊ねた。

 

「元々『彼ら』は隠れたいとしか思ってなかった。その思いは表に出てる俺にも影響を与えてた。それに逆らうのは、どんだけ気合い入れても無理だった」

 

「『彼ら』、とは。あなたという『個』に対する『全』。そう捉えても良いのですか?」

 

 センターヒルが『四神』と共に近付いてきた。

 

「色々複雑だから、半分正解で、少し違う。全だって正式名称じゃない、俺が勝手に呼んでるだけ」

 

「我々よりは事情に通じているあなたの呼び名に従います。――少々の時間的猶予が生まれたなら、話してくれませんか?」

 

 ミコトは頷いた。

 

「繋がりが完全に切れたから『緘口令』も解けた。――全部話せる」

 

 時間制限があるのは変わりない、言うのは重要な部分だけ、かなり端折るぞ――そう前置きして。

 

「『この世の世界法則』が今の形になったのは、五千年くらい前だと思う。人類が世界初の神話に、多神教を選んだころ。それに影響されて、少なくとも“地球とその周辺の”世界法則は分担制になった」

 

 今回の一件は“地球とその周辺”しか関係が無いと、補足を加える。

 

「その内、今暴れてるのが『この世の世界法則』の内“存在の力”の担当部分。俺が『全』って呼んでるのはそれ。出来ることは“存在の力”で出来る……つまり『自在法』に可能なことだけ。理論上でもなんでも、能力は『自在法』の延長線上にある」

 

 そして。

 

「その数百年後くらい? “紅世の徒”がこの世を知った。……人間の妄想に影響を受けるくらい無防備な世界法則は、外客からの要求をほいほい呑んで、何にも考えず受け入れた。……考えないってゆーか、接触されて機能外のこと求められれば、それに従う。そういうもんなんだ」

 

 まるで、心臓を動かす以外は呼吸も出来ない、無力な胎児のように。

 

「んで、始まる人喰い。――ここで、不具合が発生する。“紅世の徒”に喰われた人間の“魂”が、全に流入するようになったんだ。なんでんなことになったのかは分からん。“魂”は全の『管轄外』なんだから」

 

 何が起きてそうなったのか。全も“魂”も、それぞれ違う力とルールなのだから、全てを把握する者はいない。

 

「これによって全はバグった。めっちゃくちゃ未熟な自我が発生して、振るう力に方向性が生まれた。防衛本能のまま、“存在の力”の負の側面――歪みを使って“紅世”を拒絶した。これが『両界の狭間』の嵐の正体」

 

 歪みとは、フレイムヘイズ(“紅世”)の理屈なら『物質外になり果てたエネルギーが起こす振幅』だが、この世の理屈で言うなら“神のストレス”だったらしい。

 全は不快感のまま、負のエネルギーを使って防壁を築いた。

 

「それからフレイムヘイズが誕生して、“紅世”同士の戦いが始まった。“神器”って発明が“知らしめられた”数十年くらい後、この世について深く調べてたシャヘルが全の存在に気付いた。その頃の全は、直接何かできるくらい近付いてきた“紅世”関係者を直接“喰らう”って方法で身を守ってた。シャヘルもそうなりかけたが、生存方法が余りにも特殊なばかりに、壊れるだけ壊されて消滅までは至らなかった。……気の毒に」

 

 そうしてシャヘルは、生き地獄に落とされた。

 

「その後『大縛鎖』の事件が起きて、宙の心臓が『調律』の理論を完成させた。“知らしめなかった”のはシャヘルが行動不能だったからだ。悪いとするならタイミングだ」

 

『大地の四神』に向けてそう言った。彼らは揺らがず頷いて、先を促した。

 

「二千五百年前くらいに、()()()()()俺の独り歩きが始まった。“紅世”の戦場となってるこの世を旅するのに人間じゃ不便だったから、囚われのシャヘルを借りてフレイムヘイズ()()()を始めた。それをきっかけにシャヘルの権能が戻った。力は彼女に戻らず、眷属から来る情報と“紅世”真正の神の能力、ついでに思想が全に渡った。“神器”以降の『神託』は例外なく全によるものだ。……選択基準は吞み込んだ“壊れる前の”シャヘルだから、そう変わらなかったかもしれんが」

 

 相方のフォローにならないフォローを挟みつつ。

 

「シャヘルの力で、全もこの世を詳しめに観察可能になった。踏み込んできそうなやつを察知して、俺に危険信号を発して対処させるようになった。俺はそれに応えつつ以後二千年、ふらふらまあまあ楽しく、気ままに歩き回った」

 

 色々あったが、全部端折った。

 

「異常……というか、全への“魂”流入を知ったのが、五百年前。俺じゃどうも出来なかったけど、ほっといたら(まず)いのだけは分かった。全としての力を鍛えつつ、時々『里帰り』で様子を見ながら、対処法の模索を始めた」

 

 ミコトの『フレイムヘイズ』としての歩みは、この時始まった。

 

「うーんと……時系列で行くと、これだな。三百年前、『零時迷子』が作られた。その時の『救難信号』は疑問交じりのあやふやなものだった。確かに全の領域に届いてはいるが、接続時間も影響力も、めちゃくちゃ小さかったんだ。作り手たちも、補給源や理屈に気付いていなかった。白か黒かなら黒だが、影響無いグレーは認める主義だ。判断するために、しばらく一緒に旅をした」

 

約束の二人(エンゲージ・リンク)』の新婚旅行に同行した結果。

 

「審査結果、『要観察』で手を打った。持ち主及び宝具の“紅世”理論での影響が少なく、手を出される理由が薄いこと。『零時迷子』自体の作りが精巧で、()()し得る自在師はヨーハンと俺を除くと『安全圏』にいる奴らだったこと。……ヨーハンが全に近付くまでは『処理』を先延ばしにしよう、ってことで見逃した」

 

 しばらく黙り。

 

「……いや、『永遠』手に入れたばっかりのラブラブのこいつら見せつけられて、処刑しようなんて思えるやついねーよ! 全にとってやばい研究はもっと踏み入ったのをいくらでも見てきたし、本っ当にこの時は無害と思ったんだ! 分かるだろ『万条の仕手』!? 可能性があるってだけで『あれ』潰すのは人間じゃねえ!」

 

 突然話を振られたヴィルヘルミナは、態度を濁す。気持ちは分かるが、世界崩壊一歩手前の有り様を見ているので肯定は出来ない。

 

「僕たちの愛が世界を壊すなんてね。罪なことをした」

 

「私たちの愛はやっぱり世界規模だったわ。愛の熱さって凄いわね」

 

「やめるのであります」

 

 楽しそうに語り合う恋人らを制すだけにしておいた。

 ミコトは小さな咳払いを挟んで、続けた。

 

「二百年前、全にとってかなりの大事件が起きた。――封絶の発明だ。これが常用されるようになって、全へ流れる“魂”の質が変わったんだ。怪物に襲われるって恐怖とパニックに支配されたものが、そうじゃない落ち着いたものに、なった」

 

 封絶。これが捕食の際に使われることが一般的になって、ほぼ完全に“紅世”は人の目から隠れるようになった。

 フレイムヘイズにとっては戦闘余波に気を配る手間が激減した代わりに、契約機会も激減するという変化が起きていた。

“紅世”が知らない裏側でも、これは大きな変化を呼んだらしい。

 

「結果、全の自我が『育った』。怖いとかやめろとか、そんな感じでまとまりもしなかった“魂”の大群に、少しばかりの理性が宿りだしたんだ。数千年の恨みが解消されないまま成長して、ちょっとだけ冷静さと客観的視点を手に入れた。五十年前くらいになると、それは憎悪に発展した」

 

 憎悪は、意外と高度な感情だ。恐怖や拒絶と違い、明確に他者へと向けられる感情故に。

 

「世界を壊すだけの爆弾抱えるやつに攻撃性が芽生えた、まあピンチだが。成長には違いない。今さえ乗り越えれば、もうちょっと物事分かるようになって『穏便』に問題解決に協力してくれるかもしれない……甘い考えを持ったのも事実。けど、今が一番危ないのは分かってたから、一層注意深く全と世界を見て走り回った」

 

 そして。

 

「暗雲が見えたのが、今年の四月……御崎市で坂井悠二に宿った『零時迷子』を見つけた時。『約束の二人(エンゲージ・リンク)』は百年前からハワイで大人しくしてたってのは把握してた。ハリエットが亡くなってからも噂聞かないのは……隠密下の静かな夫婦生活を気に入ったからとか、まあ軽く考えてた。噂の端を掴んだら会いに行こうとはしてたが、こっちも忙しかったし……見逃した。すまん」

 

 思わぬ知った名が出てきて、キアラがぴくりと肩を上げた。

約束の二人(エンゲージ・リンク)』が活動再開して、噂が広まる前の数年後、『零時迷子』を狙って[仮装舞踏会(バル・マスケ)]が動き出した。“壊刃”サブラクの襲撃が始まり、恋人らは隠密行動の続行を余儀なくされた。

 

「嫌な予感はしたが、御崎市に集ったフレイムヘイズを『始末』しかねん危険を冒してまで、動こうとは思わなかった。……敵の正体も目的も、掴んでなかったし。下手に刺激するより、静かに見張って趨勢を見守ろうと思った。取り返しのつかない段階まで来てると知ったのは、十月。清秋祭のあの日、マージョリーと『零時迷子』を探った時」

 

 そこで見つけたのは。

 

「その時俺は、ダンタリオンが研究した痕跡を見つけた。……ああ、俺というか全にとって、ダンタリオンは『安全圏』だった。こいつの調査能力と洞察能力は“紅世の徒”ナンバーワンだ。シャヘルもこの世を見つける前から眷属にスカウトするほど。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 皆が頭の隅に引っ掛けていた、ダンタリオン(教授)の存在。この世の深淵を、彼なら見逃すはずないのだ。

 

「けど、ダンタリオンは知る力よりも生存本能のが勝ってた。スカウト(眷属化)を断ったのも、生贄にされる未来が見えたからだ。近付きすぎれば消される事実と、全を支配する恐怖と、元々持ってた神がかった危機回避能力。三つが嚙み合って、全に関係しそうな法則やら現象を察知する、曰く『高性能レーダー』が奴に備わったんだ。初対面の俺に対しても、会いに来たくせに一目見て逃げるほどだった。めちゃくちゃ力絞られてる状態の俺の『奥』にあるものを、察知しやがったんだ。『レーダー』も態度も、信用に値するものだった」

 

 ミコトと“探耽求究”の初遭遇は、フレイムヘイズもどきとしての活動開始から、百年ほどのころだった。それは、『不死のフレイムヘイズ』の秘密に興味を持った教授からの接触だった。

 

「ってゆー背景で、ダンタリオンは全に関して()()は安全安心な対応を取るやつだった。そんなダンタリオンが、グレーの要警戒対象を研究し続けられるはずがない。即『里帰り』して問い詰めに行った。回答は、『邪魔するな』『自分でやる』という感じだった」

 

 ミコトという『全の保護者』は。

 

「ここ五十年で、全は我慢を覚えた。成長を見てたのに、()()()される可能性を、考えもしなかった。これは迂闊だったと認める」

 

 自我が育ち始めた全の『第一次反抗期』の到来を知った。

 それは最悪な形で芽吹いた。

 

「全も望んでるし、俺が変えれることなんかたかが知れてる。手を引こうかとも考えたが、やっぱ出来ることはしようってなった。その一手目が十一月、『零時迷子』の解体だ。解体は調査も兼ねてたから、『零時迷子』を変質させた自在式のメイン効果と組んだ奴の正体が分かった」

 

 すなわち、『零時迷子』のリミッターを解除する意図と、それを使うのが“祭礼の蛇”だということ。

『烙印』を逆探知して、『星黎殿』の位置を掴みつつ。

 

「それが失敗したから二手目、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]への交渉。こっちの情報は十一月に知った二つだけなのに、片方は“全の領域”だから口に出せなかった。交渉のカードは貧弱過ぎる一枚しかなかったが、とにかく説得を試みた。相手にされなかった」

 

 恨めしそうにベルペオルを見た。彼女は肩をすくめるのみだった。

 

「止められそうにないって自分でも分かったから、()()()()()()()()使えそうな手を増やした。『零時迷子』と『炎髪灼眼』の細工、それと兵団への手助け。成功はこれだけ」

 

 孤立した御崎市を仰いで、ため息を吐いた。

 

「後は出たとこ勝負でスタンバってた。想像より遥かに壊れた」

 

「おまえにとっても『これ』は予想外なのか?」

 

 ベルペオルが険しく問い詰めた。

 

「そだな。“魂”たちが『こうしたい』って思ってるのは分かってたが、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の計画は()()()()()()()()もんで。……こっちは協力するつってんのに、聞く耳持たれなかったからなー」

 

「おまえが言ったことは『零時迷子』は危険だから使うなという一点だった。それでどう信用しろと?」

 

「それしか言えねーんだよ。“逆理の裁者”を納得させて騙せる嘘なんか思いつかん以上、謎と不気味さを醸し出して『全の存在』に勘付かれるのが、一番阻止の可能性が高かった」

 

「つまり何か。“紅世”とこの世が崩壊し我らの神が謀略に絡め取られたのも、全て我々が招き寄せた事態だと」

 

「そーゆー勘違いが駄目なんだよ。謀略じゃない。“魂”たちは『出口が開く気配がしたから大人しく待った』だけで、ずっと()()()()()()()()()()()()以上には動いてない」

 

「その()()行き当たりばったり(子供の癇癪)で両界は終わるのか?」

 

「種を蒔き続けたのは“徒”だろーが」

 

「うるさいッ!」

 

 責任の擦り付け合いを、シャナが一喝して止めた。

 

「これからどうするの? 対処法は存在するの?」

 

 そう。ミコトの過去語りも、ここへ持っていくための知識のすり合わせだったはず。

 

「――要するに、全の不具合による暴走を止めなきゃいけない。原因は“魂”だから、全にも俺にも自在法にも『基本』どーにもできん。五百年で思いついた“どーにかする”方法は二つ……いや、さっき増えて、三つ」

 

 三本の指が立った。

 

「一つは思いついたばかりの、『天罰神』サマに全て解決してもらう方法。戦況によると御崎市の崩壊が先だから、成功確率は最も低い。――全部失敗した後に、託してお祈りする策」

 

「――死力は尽くすが、難しくはある」

 

 アラストールの落ち着いた声から、余裕は感じられない。

 

「二つ目が、“魂”たちが矛を収め、自主的に()()()()()帰ってもらう方法。そもそも『帰るべき場所』は分かってねーと思うし、恨みだって一番攻撃性が高く手に付けられん状態がこの現代なんだ。数百年かけて『成長』を待った後で、提案する予定だった」

 

 数千年分の恨みは、たった二百年前に芽生え始めた“理性”如きで抑えられはしない。

 

「三つ目。『管轄外』の力を手にして()()()()引っ張ってく方法。――初めに言ったように、『この世の世界法則』は元は一つだった可能性が高い。“紅世真正の神”より、役割の境界線は曖昧だと思う。……実際()()()()、それらしい“力”が宿ったことがある」

 

 この『三つ目』が、ミコトにとっての本命なのだろう。

 

「それの再現には、最低二条件が必要。一つは“シャヘルが力を取り戻すこと”。彼女はさっきの『神託』の直後に用済みってポイされたから、解放はされてる。けど想定外なことにこの世にいる“シャヘルの眷属”は全滅したばっか、いるとしたら“紅世”。――大体の事情は伝わってる、必ず戻るって言ってくれたから、信じてる」

 

『星黎殿』でシャナ奪還作戦が繰り広げられている横で、ミコトはシャヘルの眷属の襲撃を受けていた。

 シャヘルの変質が“紅世”ではない“この世”の力だと()()()()ことで、始末のために開いた“力”を使って、ミコトらは逃れた。()()()()()()()()()、眷属たちは消滅の下り坂から逃れられなかった。

 

(助けようと無理して封印が完成してたら、今御崎市に居合わせるのは不可能だった)

 

 眷属らが選んだ封印方法は、確かにミコト相手に効果はあった。自主的には破れなかっただろう。ただし、例えば全が『神託』を発動させ、ミコトに()が訪れたとすれば、元の場所(リスポーン地点)に戻っただろう。

 もし全が“自由になる”切符を手にしたなら、『神託』を下すとシャヘルは予想していた。実際その『神託』は行われ、ミコトの予想通り()()()()()()()は解放された。

 今、彼女はどうしているだろう。“紅世”はどれだけ壊れているか、シャヘル自身は生存しているか、“ミコトと旅したシャヘル”の意識は残っているか――。一切が不明だ。

 それでも、約束したから、信じると口にした。だから、彼女のことは彼女に任せた。

 

「もひとつが、個としてでもいいから俺自身の力が戻ること。――さっきまでは戻ってたが、『天罰神』サマと本気で戦うためにって取り上げられちまった。……いや、神威召喚は正解だ、そうしなきゃ御崎市はとっくに壊れてゲームオーバーだ」

 

 ミコトが思うに、全が顔を出してからは、世界完全崩壊阻止のための最善手を取れている。ミコトも、フレイムヘイズも、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]も。

 

「再度取り戻す方法は……さっきまで意思疎通出来てた“魂”たちに接触して、返してもらうくらいしかない――が」

 

 そのために、アラストールを介した声掛けで反応を窺った。『彼ら』は憎しみのまま蛇を動かしてはいるが、そこにはいなさそうだ。

 

「繋がりが切れたから、その……仮名『魂たちの意思総体』がどこにいるか、さっぱり分からん。探すのだって、無理。諦めてはいないが、望み薄だ」

 

 ここで手詰まりが来た模様。

 誰にとっても想定外で、主軸である“魂”たちも策などという上質な思考を持たず暴れている。小康状態まで至れただけで、奇跡だ。

 フレイムヘイズらも、()()()()()()()()()()が来ただけで問題解決の糸口が見つかり自動的に全てが良くなるなどと、決して思っていない。元より考えに考え尽くして、僅かでも可能性があれば死力を尽くすつもりだった。

 

「『大地の四神』」

 

 簡単に糸口が見つかるとは思っていなかったが。

 

「あなたたちが人間だった頃に聞こえた呼び声と、『眇理の還手』の力は同質だった。それでいいの?」

 

 呆気なく、見つけられたかもしれない。だからシャナは呼びかける。

 

「……ええ。今の虚空の鏡からは、感じられませんが……」

 

 一瞬だけ目を閉じて考えて。

 

()()()()()()()()()。たぶん――全の力で人間に戻ったからだと思う」

 

 そして、頷いた。

 

「“祭礼の蛇”に宿る力は、『憎悪』に動かされてる。意思は破壊にしか向いてない」

 

 魔神と蛇神の激しい戦いに目を向けた。『声』を発するのは、そこだけではなかった。

 

「それとは別に、『恐怖』を感じる」

 

「それ! どこだっ!?」

 

 勢い込むミコトの脇を通り過ぎ、『真宰社』の真ん中に進み出た。

 

「ここ」

 

 全員が集まる。あるのは世界の卵の破片。ミコトはそこから、異物を拾い上げた。

 

「……鏡」

 

「酒蔵の?」

 

「うん」

 

 マージョリーがミコトの手のひらを覗いた。小さな小さな指先程度の破片は、覗く者の眼を小さく映した。

 

「この奥から」

 

「なら集めるわ」

 

 シャナが保証し、マージョリーが自在法を組んで呼び寄せた。

 結局、元の体積には程遠い量しか回収できなかったが、小山となって積み上がった。

 力の名残として気配探知能力のみが残っているから分かる。『真経津鏡』は宝具として壊れており、何も出来ないと。『都牟刈之剣』も取り出すどころか消滅済みだ。

 ふところを探る。“弥栄の璽”があった。シャヘルという存在が抜けている故、色が元々の翡翠色に戻っている。

 

(いくら鍛えても、これだけは使い方分からなかったんだよなー)

 

 しかし、今は。不思議とそれが“希望”だと感じた。

 

(観測できないから無い。世界はそうじゃない)

 

 話をしたい。これはただの祈りだ。

 祈るだけで未来は変わらない。それは真実。

 誰かが応えないと、祈りは決して力を持たないからだ。

 

(昔聞いたな)

 

 この世に渦巻く怨嗟から、一筋の清き祈りを拾ったと。

 祈りの主は、応えた男の大志に共鳴し、いつしか愛するようになった。男も、祈りの主へ愛を返すようになった。

 祈りから始まったその愛は、最終的に、世界を揺るがし神を殺しかけた。

 

 祈るだけで未来は変わらない。祈りが届けば、世界は変わる。

 力などこめていない。だから力が宿るはずなど無い。だが、世の中には観測不能な力があった。

 

「――! 道が出来た!」

 

 目を上げると、鏡の破片のみならず、世界の卵の欠片が、環を作っていた。

 叫んだシャナが早速、環の中に頭を突っ込んだ。

 

「この奥で間違いない」

 

「あ……ああ」

 

「あんたが一番驚いてどーすんのよ」

 

「いや計算通りだ」

 

 見栄から大嘘を吐いたミコトも覗き込む。環の向こうには、道らしき形と果ての無い闇が続いていた。

 ベルペオルや『大地の四神』が続いて覗き、同じ物が見えていると確認が取れた。

 

「人間フレイムヘイズ“徒”……誰でも入れそうだ」

 

 覗けて入れないなどという器用な真似は、招待者には不可能だ。

 

「距離は遠い。道中で何が起こるか分からない」

 

 ミコトや案内が可能なシャナは、必ず入らねばならない。

 

「僕が行く。これが、僕の始めたことなんだ」

 

 悠二が固く言う。壊したくなかった元に戻そうとした街が、世界を巻き込んで崩れたから。どれだけ間違っていようと、最後まで進む――こうするしかなかった。

 

「私も行くわ、ここに残ってても出来ることなんてほぼ無いから。フレイムヘイズが入れるんなら、護衛でもパシりでも、役に立てるかも」

 

 マージョリーが申し出た。街の外で待機していた恋人(佐藤啓作)が狭間に落ちた彼女は、何をしてでも事態を好転させたいと思っていた。

 フレイムヘイズから次々と同意が返る中、サーレがいつもより大きめの声を張り上げた。

 

「臆病風に吹かれたみたいで格好悪いが、俺は残る。“何が起こるか分からない”からこそ、全員が固まって動くのは愚策だ」

 

 そして、“レンゲ”と“ザイテ”から伸びる不可視の糸でぐるぐる巻きにしたダンタリオンを釣り上げる。

 

「親父殿の見張り、こちらの戦況報告、そちらの後方支援、“紅世”から来るかもしれない“覚の嘯吟”の誘導――こちらで可能なことは全てやろう」

 

「サーレさん……」

 

 キアラが少しだけ不安そうな声を漏らし。

 

「私は行きます。()()()()()()()()()()()

 

 曇りない決意を口に出した。

 サーレが右手を出して、キアラは手に取る。一秒にも満たない時間で、離された。

 

「私も残ろう。入れるにしろ歓迎されるとは思えないからね。そもそも御崎市守護の指揮を取らねばならない」

 

 ベルペオルも反論できない理由で辞退する。

 

「なら、逆に僕らは行ってみよう」

 

「“紅世の徒”代表かしら」

 

 腕を組んで花畑を進むような足取りで、突入組へ加わる『約束の二人(エンゲージ・リンク)』。

 最後に。

 

「……私も行きます!」

 

 余りにも意外な立候補者が、現れた。皆が目を丸くする。

 

「一美!?」

 

「シャナちゃんもミコトさんも、役割があります。なら、人間の代表として、私が行きます」

 

“何が起こるか分からない”のだから。人間にだから出来ることも、あるかもしれないが。

 

「フレイムヘイズに来てもらうの、基本護衛のためだぜ?」

 

「生きて帰れる保証は無い」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 吉田の決意は、フレイムヘイズにも負けていなかった。

 

「ああ、護衛対象が二人から三人になっても同じです。なら取れる手段を増やしましょう」

 

 突入組に自然に収まっていたカムシンが、引き入れた。

 我慢できず、とうとうミコトは口に出してしまった。

 

「悪い……今までずっと、ず――っと、気になってたんだが。今聞くぞ」

 

 罰が悪そうに吉田を見る。

 

「なんでここにいんの? ――いやいや責めてるんじゃない、巻き込まれたってのは分かる。けど、なんで?」

 

 そういえば。吉田が『ここにいる』正確な理由を、フレイムヘイズ側は誰一人知らない。

 吉田は悠二を見る。吉田さえも何故囚われここまで生き残ったのか、分かっていない。

 

「悠二、言って」

 

 シャナの駄目押しに、悠二は観念した。

 

「御崎市の復元」

 

 悠二は語った。“祭礼の蛇”の壮大な計画の隙間に捻じ込んだ、自身の()()()願いを。

 

「吉田さんにまずしてもらったのは、調律に対して逆転印章(アンチシール)を発動させるための、イメージ提供。存在的に『隙間だらけ』になった御崎市から、新世界『無何有鏡(ザナドゥ)』へ渡るための橋を通そうとした。ここまでが“蛇”の負担軽減のために、僕が提案したこと」

 

 失敗に終わった計画を、自虐のように投げやりに明かす。

 

「『無何有鏡(ザナドゥ)』創造の計画全容と起こる()()だったことを聞いた。“存在の力”は『両界の狭間』を越えられないという法則から、新世界を望んで旅立つ“紅世の徒”が保持した“存在の力”は、丸々この御崎市に残る。その莫大な“存在の力”を、逆転印章(アンチシール)()()()()()()に戻った御崎市の欠落に、注ぎ込めば……そう考えた」

 

 壊れてしまった計画を、自らの内で組み立て、確かめつつ。

 

「ラミー……“螺旋の風琴”リャナンシーから、この世で完全に存在を無くした遺失物を復元する自在式がある、いつかそう聞いた。トーチの復元なんてことを隠れてやってたミコトさんも、それが出来るって、分かりませんか?」

 

 ミコトの表情から色が消えている。

 

「死は自在法で払えない。でも、“存在の力”の喪失なら元の型、つまり調律という保存用データが残っていれば、復元は可能。――封絶内の修復のように。だから、御崎市の復元は、出来る」

 

 悠二は力強く言い切って……叫んで何もかも放り出して逃げて挙句死にたいという気持ちを隠した。

 フレイムヘイズらは、直感した。その夢のような計画は、可能だと。何も起きなければ、世界はどうなっていたのだろう、と夢を手繰った。

 ミコトはぽつりと、訊ねた。

 

「……一美が、調律のイメージ提供元?」

 

「そうだった」

 

「七月にじいさん……『儀装の駆り手』がやった?」

 

「ああ、そうですね」

 

 ミコトは、それを知らなった。

 御崎市のフレイムヘイズらと合流したのは、九月。それ以前は隠れ続け、起きる戦闘を遠巻きに眺め、調律すら後回しにしていた。

 

「……あー、えっと。一美が()()()“紅世”関連の事情を知ってた理由、今、知った訳だが……。しょーじきさ、()()()()でややこしそーだったから、痴情のもつれでうっかりバレたとか、そんな感じの想像してた……」

 

 茫然と、言葉を流す。

 

「速人から聞いた。()()()()()()()()()()()()()って。トーチに割り込んだ俺を兄と思ってる速人と、“ミステス”の悠二と、『炎髪灼眼』。マージョリーの子分の佐藤と田中。調律の雛型の一美。緒方って子も、なんかあったり?」

 

「……『弔詞の詠み手』と交流はあったらしいけど、“紅世”のことは何も知らない。――さっきからどうしたの?」

 

 自失状態に陥った頼みの綱。

 

「……悪いこと、しました、か……?」

 

 吉田が恐る恐る訊ねると。

 

「ファインプレー」

 

 ぽつりと、返した。

 

「あの、御崎市の元イメージ、残ってる?」

 

『これのことかな?』

 

 ()()()()()()()()()遠話から、老人の声がかかる。

 リャナンシーを顕す深緑色の結晶が、足元に現れた。ミコトはそれを拾った。

 

「欠落後の記録」

 

『それはこちらだ』

 

 出現した結晶。また拾った。

 

「七月の……調律データ」

 

『残している』

 

 拾い上げた三つの結晶を、まじまじと見つめるミコト。

 しばらく沈黙の時間が流れ、遠くで繰り広げられる神々の戦いが放つ爆音が通り過ぎた。

 

「うん。実はさ。崩壊を止める目途は立てたけど、世界修復の方はぶっちゃけノープランだった。全の『創世神』パワーで意地でもなんとかする()()()ではあったけど、実際頑張って上手いことなる可能性は、億が一とか兆が一とか。士気下がるだけだから言わなかったけど、実際そうだった」

 

 億が一の作戦に命を懸ける。二にしようと戦った記憶を持つ者が、訊ねた。

 

「“上手くいく”可能性は、どれくらい広がったのでありますか?」

 

「割と行けそうぐらい。崩壊阻止が成功した上で、半々?」

 

「上がり過ぎじゃない? いいことだけど」

 

 ミコトが崩壊阻止()にどうするか、誰も聞かなかった。彼が言わなかったから、()()()()()()()()()()と、思考から遠ざけていた。自分たちに方策が無いのだから、彼から出てくる情報を理解し、彼の出す案を手助けするのが先決だった。時間制限があるのだから、出来ることからするべきだ、と。

 

「……私、行ってもいいですか?」

 

 ミコトは手の中の結晶を見て、悩む。

 必要なのは、これら三つの結晶。吉田の生死はそれほど重要ではないが、生きていた方が用立てられるだろう。それなら()()起こることの予想が容易いこちらで、厳重に守られていて欲しい。

 だが。

 

「お前さんの勇気が世界を変えた。来てもいいが、絶対死ぬな」

 

「はい」

 

“何が起こるか分からない”。フレイムヘイズであろうと、全の一部分であろうと、危険は等しくやって来る。

 そして、誰もが予測を外し続けてここまで来た。“何が起こるか分からない”のはこちらも同じ。

 ただの一人の人間の、無謀なまでの勇気。これをきっかけに、ミコトは最後の『武器』を手に入れた。“力”という傲慢を払い飛ばし、戦いへ同行する権利を、彼女は勝ち得た。そう思った。

 

「よし」

 

 ここにいる全員一人一人を、見回した。

 

「この奥に()()『魂たちの意思総体』に、話を付けに行く。『最高の追い風』を貰った以上、何が起きても諦めない」

 

 色々あったが、今は同じ方向を見ている。

 

「来てくれる皆も」

 

 シャナと悠二、吉田。マージョリーとヴィルヘルミナ、カムシンとキアラ。『約束の二人(エンゲージ・リンク)』と『大地の四神』。

 

「残る皆も」

 

 サーレとベルペオル。リャナンシーとダンタリオン。アラストールと“紅世の徒”たち。

 

「全力で、死力を尽くして、“両界”を守って欲しい」

 

 息は揃わない。全員、生まれも育ちも境遇も、存在構成さえばらばらなのだから。

 誓いは同じ。両界を守ること。――崩れたはずの、フレイムヘイズの使命だった。

 




ラストダンジョン突入
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