【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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思ったより長く。
2話で本編終わらせて、エピローグに辿り着けたらいいな……。


18 背を送り

 

 環の向こう。

 ワイヤーのような線で描かれた道が、ずっと続いている。

 物を表しているのだろう線は白で、その他は黒。色にはきっと、意味は無い。道があって、それを除くと何も無い。それ以上の要素は含まれていない。

 

「ここ、何なの?」

 

 フレイムヘイズの自在師として、きょろきょろと見回すマージョリー。周辺から“存在の力”が全く感じられない。物質に溢れた世界に慣れ切った身としては、余りにも心細く不安定な気分になる。

 

()()――“この世”の構成領域、には近い。けど表側ではある」

 

 そう、とミコトは声を漏らす。得心の行く言葉を見つけたらしい。

 

「黄泉平坂。あ、だったら入口は井戸ってなるのか」

 

 この説明で納得の声を漏らしたのは、二名。シャナと吉田だった。

 

「日本神話における“あの世”と“この世”の境目。時代と地域を問わず語られている概念で、『川』という形を取っている神話が多い」

 

「日本人だと『三途の川』が馴染み深いですが……キリスト教(カトリック)では完全に合致しませんが、『辺獄(リンボ)』が近い概念だそうです」

 

 シャナが明解に概略を述べ、外人揃いの同行者向けに吉田がキリスト教で例える。

 

「お、ものしり」

 

「日本史の授業で言ってた。悠二は寝てた」

 

「……」

 

 悠二は気まずく目を逸らす。悠二らのクラスでも教える日本史教師は、口から催眠音波を出しているとよく囁かれていた。

 

「よーするに、『この世と行き先の境界』って言いたい訳ね」

 

「情緒は無いがそう。この道の先にいるんだよな?」

 

「うん」

 

 道の先に目を凝らす。奥は見通せず、続いていることしか分からない。

 視界の端に、極光の光がちらついた。

 

「他に道は無さそうです」

 

「ああ、“距離”という法則が不確かになっています。我々が見た『詣道』と、異なれど似てはいます」

 

 リボンを命綱に“ゾリャー”を駆ったキアラと調律師としての感覚を持つカムシンが、周辺探索を終えて戻って来る。

 

「入り口も消滅し、我々に残されたのは前進する道のみ、でありますな」

 

 ヴィルヘルミナが振り返り、途切れた御崎市から伸ばしていたリボンを見る。途切れたのはヴィルヘルミナ自身が(かかと)の先まで『黄泉平坂』へ侵入して、御崎市が見えなくなった時。直後に続いたマージョリーによると、数秒前に残したリボンは消えたそうだ。サーレから伸ばす遠話もマージョリーから伸ばす遠話も、『井戸』とやらを跨いだ途端機能しなくなった。

 

「断絶したか。ならば繋がりは我々のみとなる」

 

 シャナの胸の“コキュートス”(?)からアラストールが語り掛ける。存在構成も力も人間だが、少女と“紅世”の魔神に今どのような繋がりがあるのかは、ミコトにも分からない。

 

「あからさまに進んでほしそうな道を敷いて、そっちが間違いみたいな捻くれは無いか……ありがとう」

 

 偵察は、成長による『隠し事』を見逃したミコトの頼みだった。

 留まって出来ることを終えたため、『道案内』のシャナと『護衛』の悠二を先頭に進み始めた。

 

「“魂”たちは、別個にあったものが雑に積み重なった、完全に混じれず完全に独立も出来ない状態。そんな“群”に統一された意思なんてもんは無い」

 

 歩きつつ、手掛かりになりそうな考察を分け与える。

 

「じゃあ“誰”が世界崩壊を進めてるか、ってなると、やっぱり全ってことになる。“魂”なのか“心”なのか、全はそれを制御する機能が無いけど、親和性だけはあったらしい。今から会いに行きたいのは、『影響の末生まれた全の意思』。“群”を自称してるけどまとまってはいる。無数の糸をまとめるほつれ、みたいな感じかな」

 

「引き起こしたのは“群”の思いだけど、滅ぼす力の司令塔は別」

 

「後ろの乗客の野次通り暴走する運転手()から、ハンドルを奪うって訳ね」

 

 小さく頷いて。

 

「奇跡的なバランスで人間一人に収まってる俺と違って、全は図体がでかい。そのでかい身体を動かすのに、人格を切り分けたのかな。ハンドルを握ってるのは『恐怖』の部分で、“蛇”で“天壌の劫火”と戦ってるのは『憎悪』。魔神はともかく御崎市なら一息で消せる力を使わないのは、運転席からの命令が通ってるから。『恐怖』は性質上、最前線に居場所を設置しなかったから、外からの情報は大まかにしか届かない」

 

 内から外への命令は通るが、外から内への情報は届き難いと。

 

「リーダー的な人格がなんで『恐怖』かってゆーと――」

 

 先頭の二人が足を止めた。シャナが前を確かめている。――そこに壁があるかのように。

 振り返りつつ、ミコトの解説をシャナが引き継ぐ。

 

「『恐怖』、言い換えれば生存本能から“心”が生まれたから。『憎悪』は比較的新しく生まれた副次的感情で、『恐怖』を守ってきたのが、この壁」

 

『壁』に手を置く。

 

「『拒絶』」

 

「来たかー」

 

 ミコトが前に出て、硬質な手触りを確かめた。ノックしてみたが、反応は無い。

 

「道はまだまだ続いてる。司令部までは遠い」

 

 拒絶の壁の向こうをシャナが感じ取る。この壁を、乗り越えねばならない。

 声をかけても押しても、何もならない。炎弾をぶつけてみても、効果は無い。

 

「うーん……」

 

 相変わらず、一本道。迂回は不可能。

 考え込むミコトの後ろから、センターヒルが追い越した。

 

「押して駄目なら引いてみよ。よく言われることです」

 

 まるで、ドアを引くように引っ張ると。

 

「穴が空いた」

 

「……そんなんでいーのか?」

 

「相手は『拒絶』。必要なのは、受け入れる心なのでしょうね」

 

 ただ、とセンターヒルは後ろに声をかける。

 

「私一人では荷が重いです。手伝っていただけませんか?」

 

「私たち四人にして八名。扉を支え続けるには、誰一人欠けてはなりません」

 

 センターヒルの要請を受け、『大地の四神』残りの三人にして六名が前に出た。開いているらしき扉に触れ、各々が納得したように息を漏らし頷いた。

 

「どうぞ。追いも合流も望めませんが、“全て上手く行ったなら”再会くらいは出来ましょう」

 

 目的地はここではない。皆、次々と『扉』を潜り抜けた。

 

「……身の上はこうだったけど。お前さんたちが選んだ“踏み込まない”って尊重のお陰で、最後に一緒に戦えた。――感謝する」

 

 ミコトが振り返り、少しの緊張を保ったまま告げた。

 

「宙の心臓にも。長く旅して、色んな人や“徒”と関わり合ったけど。『戦士として道を切り開くこと』を教えてくれた宙の心臓たちがいなきゃ、絶対どっかで折れてた。数え切れない出会いの中で、『師』と思ってるのはあの人たちだけだ」

 

 生きることと、戦うこと。その二つをミコトに教えたのはどちらもフレイムヘイズだが、二つはそれぞれ別の存在から教わった。

 結局、『師』の末路は伝え聞いただけで、彼と彼らの行いにはまともに向き合えず()()()()()だけだった。

 機会も時間も残っていない。託された彼らに、万の思いを数文字に圧縮させ、短く告げた。

 

「志を継いだ『大地の四神』たちに、武運を」

 

 人と神の架け橋たる神官たちは、『言葉』の扱いに長けていた。表出しない『奥』に秘められたものを読む――それに慣れていたから、発見した未知に引きずられず退くことが出来た。

 

「私たちは、こうして扉を開くことしか出来ません」

 

「武運と幸運が必要なのは、命運を託されたのは、あなたです」

 

 センターヒルとトラロックが、言葉は厳しく口調は穏やかに背を押した。

 

「止め得ない流れと、来たる変化。未来が、せめてよくなりますように……」

 

「私たちは私たちの戦いを全うしましょう。それが私たちのためであり、あなたのためでもあります」

 

 ウェストショアとチャルチウィトリクエが、泣きながら涙に揺れない声で誓った。

 

「道の重なりはこのひと時だけだったが。あんたを送るために()()決断しようと思えるくらいには、気に入っていたらしい」

 

「また道が重なれば、骨くらいは拾っておいてやろう!!」

 

 サウスバレイとテスカトリポカが、作っていない笑いを声に滲ませた。

 

「続く道は一つ。手抜かりで踏み外さぬよう、留意せよ」

 

「歩き学び知ったおまえはもう惑わされない。虚空の鏡」

 

 イーストエッジとケツアルコアトルが、最後に。

 ()()のからかいで締めくくった。

 

「……この期に及んでまだゆーか」

 

 混じる励ましは無言で受け取り、からかいに対してだけ返事した。

 

     ―*―

 

『大地の四神』が作った扉をくぐると、彼らの姿は見えなくなった。気配も途切れている。

 シャナが言うにまだまだ遠い終着点を目指し、一本道を辿る。

 

「大体、起こったこととやるべきことの情報は、出したかな。……質問あるか?」

 

 一秒にも満たない沈黙を、シャナが破る。

 

「あなたは何なの? 全はこの世への干渉を現在になってやっと成功した。二千五百年前から生きるあなたは、何故例外になれたの?」

 

 関係無いからか、意図的か。ミコトは自分についてほぼ話していない。

 ミコトは少しだけ唸って、ゆっくりと話し始めた。

 

「……えー。段ボール箱いっぱいに詰まったベリー類があるとする。ブルーベリー、クランベリー、ラズベリー、ブラックベリー……四種でいっか。箱の中には四種類同じ数があるとして、目隠しして四つ掴み取る。確率的には四種類の内どれを取るかは均等だが、四つ取って四種類取れる確率は……1/35、のはず。三十回掴み取りして、ほぼ全ては何か二つ以上取ってどれかが欠ける――常識だろって視線で睨むな」

 

 突然始まった、日本の学生なら分かるだろう確率の問題と常識。

 

「異なるものが混ざり合ったら、絶対に(むら)が生まれるって言いたいだけ。魂たちは、ただ怖い恐ろしいって思うだけじゃなかった。全も、ただ“存在させる”機能だけじゃなかった。魂たちに出来た斑に、全の中のひとつまみの斑が応えた。……助けてほしい、って声だった」

 

 いつか聞いた。

 

(――「俺の始まりは、ありふれたもんだ。“手が届くなら、その人を救いたい”」――)

 

 遥か彼方に過ぎ去ったと思えるたった五か月前の言葉が、吉田の耳に蘇る。

 

「偶然が条件と重なって、()格が人間並みにはっきり宿った。その時たぶん、全から弾き出された。弾き出された勢いに乗って、この世で“力”を振るった」

 

 初めての『殺害』は、臍の緒を切る儀式の役目を果たした。

 

「結局のところ、干渉を可能にさせた原因は、『小さかった』ことと『攻撃性』があったことだと思う。“魂”やらその他知らない法則やらの影響があるはずだから、把握しきれてない。ただ、同じ境遇のやつは全の態度からしていないから、例外なのは確か」

 

 外部から新しい助けが来るとは思うな、と続けて。

 

「また壁」

 

 先頭が立ち止まった。シャナと悠二が『拒絶』に触れて引こうとするが、上手く行かない。

 

「ひょっとしたら」

 

 キアラが小走りで前に立ち、『扉』を引いた。

 

「……。『四神』の皆さんは、受け入れる心が必要だと言ってました。()()()()、進むためではなく進ませるためだけに、手を取らないといけないんです」

 

 進もうとすれば失敗し、留まることを決めれば開くのだと。

 

「手伝う?」

 

 フィレスが首をかしげて訊ねるが、キアラは首を横に振った。

 

「いいえ。――これは、私が、立ち向かうべきです」

 

『四神』は四人がかりの作業だった。フレイムヘイズとしての力は、それほど意味が無いのだろうか。

 

「留まることを決めて触れれば、何をすればいいか分かります。フレイムヘイズ、“徒”、人間……力は関係なく、戦えます」

 

 力強く言い切って、皆を送ろうとして。

 

「――無理に何か言わなくていいです。私たち、初対面じゃないですか」

 

 扉の一歩手前で立ち止まって振り返るミコトに、一人の戦士としての笑みで背を押す。

 

「……けど、協力してくれた。そうするしかなかったのかもしれんが、信じてくれた。訳分からんだろうに、まだ戦おうとしてくれてる。……フレイムヘイズって、強いよな」

 

 キアラにとっても他のフレイムヘイズにとっても、起きた現象や彼の話は、余りにも突拍子が無い。

 それでも戦い続けるのは、敵が変われど自分たちが揺らぐ必要は無いから。彼女らにとって、誰が起こすのか、何故起きるのか――これらはそれほど重要でないからだ。

 目の前の変化を見過ごせば、悪いことが起きるかもしれない。フレイムヘイズの使命とは、言ってしまえばこれだった。

 

「今、正しいと思っていることを、全力でやる。――それだけです」

 

 それは進むための力でなかったから、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]との戦争では後手に回り続け、完全敗北を喫した。

 それは踏みとどまるための力だから、世界が崩壊した末に残る『最後の牙城』へとなり得た。

 

「本心から模範解答を言っちゃう私たちのキアラ。凄いでしょう?」

 

「そーそ。『これ』にたどり着くまでは、死にかけたり死なせかけたり大変だったんだから」

 

 ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤが、嫌味なく契約者を誇った。

 笑いに少量の照れを混ぜたキアラを見て、普段と同じほんのりとした笑みが、ミコトの顔に自然と浮かんだ。

 

     ―*―

 

 少しずつ数を減らしながら、皆は進む。

 

「次、僕からの質問でいいかな?」

 

 ヨーハンが手を挙げた。咄嗟の反論が出ないため、彼はさっさと始めた。

 

「『フレイムヘイズ最弱』なのは、存在構成的には人間だったから?」

 

「そだな」

 

「フレイムヘイズと区別付かない気配は、シャヘルの後付け装備が原因?」

 

「当たり」

 

「死なないのはこの世の法則側の存在だから? ああ、人間なら不老もか」

 

「死なないよりは『死んでも戻る』のが近いけどそう。この世の物質に課せられたルールは適用外らしい」

 

「じゃあ、“存在の力”の構成量と統御量に極端な差があったのは? 構成量は人間並みで、統御限界は“徒”並みと見てたけど、フレイムヘイズなのに数十倍の差があるのはずっと疑問だった。構成量の少なさは文字通り『人間だから』で片付いたけど、統御量は逆に数十倍程度で収まるとは思えなくなった」

 

 ミコトは内心ため息を吐いた。この好奇心が『事が起こる前』に発揮され、もし“辿り着いていた”なら。世界崩壊は回避されていたかもしれないが、自分を師と慕ってくれる存在を手にかけねばならなかった。

 どちらがよかったかは、まだ戦わねばならない今は考えない。

 

「統御限界じゃなくて、『人としての存在が耐えられる』限界だったから。近距離で大きな“存在の力”の変質が起きれば、物質を構成する“存在の力”にも影響が出る。“徒”もフレイムヘイズもトーチも、存在構成的には大雑把だし異世界(“紅世”)に対する抗体っぽいのも備えるから壊れにくい。そうじゃない純正この世の物質は普通、そんだけ影響受けたら自在法の効果で、存在が壊れる前に物理的に無くなるか死ぬ」

 

「なるほど、実際の統御限界はもっと上なんだね」

 

 ヨーハンは満足げに頷いた。

 

「師匠に対して抱いてた疑問は大方解けたかな。聞かれたくなさそうだったから聞かなかったけど、想像を遥かに超えた“面白い人”だったね。凄く楽しかった」

 

 笑顔のヨーハンもだが、腕を組むフィレスも上機嫌だ。

 

「ヨーハンったら。たまに会うたびに言おうとして、結局言えず仕舞いだったのよ」

 

 恋人らは、くすりと笑い合った。

 

「フィレスは? 師匠への質問」

 

「私は別に。いつまでもヨーハンと一緒にいられれば、何もいらないわ」

 

 先頭が足を止める。恋人らは構わず前へ立った。

 

「聞きたいことは聞けたから、僕らが行くね」

 

「キアラは『触れれば分かる』って言ってたけど、別々は嫌よ」

 

 そう言いつつ、二人は同時に手を伸ばし『扉』を引いた。

 

「やっぱり僕らは」

 

「ずぅっと一緒ね」

 

 頷き合って、同行者らを壁の向こうへ送る。

 

「うん、と……」

 

 やはり、ミコトは止まって。

 

「こっちは何が何でもやり遂げるから、お前さんらは……そうだな、お幸せに」

 

 かけるべき言葉がこれしか思いつかなかったから、そう言った。

 それだけで十分な『約束の二人(エンゲージ・リンク)』は、お互いが彼に言いたいことを眼で確かめ合い。

 

「「ありがとう」」

 

 声を揃えて同じ言葉で送った。

 

     ―*―

 

 先頭に立って皆を導くシャナは、道程は半分以上残っているが確実に進んでいると告げた。

 

「ああ、こちらから質問を」

 

 カムシンが前方から視線をそらさず、声だけをミコトに向けた。

 

「今回起こった『大災厄』は、我々“紅世”の力で生きる者が認識しなかった『全』の暴走が原因でした」

 

「ふむ。儂らフレイムヘイズと契約せし“王”が予想した『“存在の力”の乱獲が作る歪みによる両界の崩壊』は、起こり得たのか?」

 

「……」

 

 ミコトは数秒黙った。答えを考えたのではなく、言い淀んだからだった。

 

「『この世って立場』から見て、フレイムヘイズたちが危惧した大災厄は……取り越し苦労、だった。この世も地球も、()()()人間が喰われて潰れるほど、やわな構成じゃない。人間70億人程度が“存在の力”に変換されても、まだまだ余裕あるからな。大災厄に関しては、捕食側の“紅世の徒”のが真実に近かった」

 

 大災厄危惧論へのアンチテーゼとしてよく出されるのが、『地球総人口の増加』と『地球と人間の質量比』だった。

 産業革命での人口爆発以前から、人類は緩やかな増加を続けていた。これは、“紅世の徒”が(フレイムヘイズという抑止力があるとはいえ)捕食で人類を滅ぼせないことを証明している。

 また、人間とその他物質の“存在の力”の違いもよく議論の中で挙げられる。両者は結局のところ、“紅世の徒”が喰えるか喰えないかの違いしか持っていない。物体の“存在の力”を崩しても歪みは等しく生まれる故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。古代と比べ十倍以上に人口が膨れ上がった現代でも、地球に対する人間の総質量は一兆分の一以下だ。その程度の割合を喰ったとして、どうなるとも思えなかったのだ。

 この理論に対しフレイムヘイズらは、『実際に歪みが生まれている』という一点だけで一蹴した。

 

「望んで大災厄を起こそうって風潮は、さすがに一度も生まれなかった。“紅世”が一丸となって――出来る出来ないはともかく――それに励まない以上、制御不能な『歪み』によって世界が自然崩壊する可能性は、皆無だった。――“紅世”の観点からならそれが正しい」

 

 ミコトもそう思っていた。だから、二千年間は大災厄を気にも留めず、『死者蘇生の探求』にかまけられていた。

 しかし。

 

「運の悪いことに、そいつらが見えない裏側で『歪み』を制御する()()が狂った。“見えない未来や未知の現象を恐れてた”フレイムヘイズが、結果的に正しかったんだ。フレイムヘイズがいなきゃ、全はもっと早くもっと容赦なく暴れてたはず。俺だって“紅世”を()()()()見捨ててた、と思う」

 

 だから、その『杞憂』は無駄ではなかった。

 

「ああ、分かりました。“見当外れではあれ正しくはあった”、ということですね」

 

「ふむ、成る程の。歪みの理論も、嵐の現実も、『どちらも真実だった』のじゃな」

 

 フレイムヘイズ『儀装の駆り手』は、数千年という遥かな時の中、『良い』と()()()何かを選び続け、戦い続けた。

 間違っていたとしても、また選び直して、尚進む強さはある。それでも、巌を削る嵐は、常に存在した。

 今のカムシンを進ませる最も大きな力、純化した使命――常識も状況も世界も何もかもがひっくり返ったが、それはまだ道しるべとして機能している。この安堵をいつもより深めな吐息だけに乗せ、あくまでも力強く奥へ踏み込む。

 拒絶の壁の来訪に、もう未練は無いとばかりに、カムシンが手を伸ばした。

 

「……。嗚呼、滅ぶにせよ続くにせよ、けりをつけ変わらねばならないのは確かなようです」

 

「ふむ、ここは儂らの領分じゃな。振り返らず先に進まれよ」

 

 ミコトが立ち止まり、十ほどの少年に見える老爺に向き合った。

 

「半分は“紅世”のためだろうが、始まりが復讐だろうが。何が正しくて間違ってて、意味なんてあっても無くても。……救われた人間は、多い。俺も、その一人だ」

 

 世界を守る正義の戦士は存在しない。昔も、今も。

 正義を語るには、人も“客”も家主も、無知過ぎた。

 

「救われた分は返したい。――そうさせたのは、お前さんたちだった」

 

 そう言って、深く頭を下げた。時間の消費を求められていないため、さっさと頭を上げて背を向けた。

 

「ああ。あなたが“それほどまでに”フレイムヘイズへ()()を抱いていたのは、意外でしたが」

 

「ふむ。崩れたバランスの、もしくは壊れた世界の、破滅を防ぐ。今も昔も、それだけじゃよ」

 

 揺るぎない返答と生き様を、受け取った。

 

     ―*―

 

 しばらくは、誰も口を開かなかった。

 残りの同行者を見て、次は自分だと判断した。しかし、彼女は中々言葉に乗せられなかった。

 

「『都喰らい』」

 

 懊悩するパートナーを、常の如くばっさり処断するティアマトー。

 ヴィルヘルミナは、『都喰らい』の真実を知りたかった。しかし、その答えによって――もしも、親友の生き様が否定されれば。親友の忘れ形見たる少女が、否定されれば。

 知らなくても、今回の一件とは『それほど』関係無いだろう。踏み込む勇気と踏み込まない賢明さを、彼女は選べなかったのだ。

 ヴィルヘルミナの内面を十まで汲み取り、ティアマトーは情報収集を優先させた。

 

「あー、あれなー……」

 

 これまで明解に答え続けたミコトが、今度は本当に口ごもった。

 聞かなくてすむかもしれないと逃げ腰なヴィルヘルミナに向けて、ミコトは言いにくそうに、後ろめたそうに語り始めた。

 

「アシズとは、まあ……シャヘル救出より前の、本当に“生まれたて”の頃に、偶然知り合った。緘口令はあったが、秘密にしようって意識も希薄で……“色々知った”ってのは、全とかそっち方面の『この世由来の力』だった」

 

 大戦最終決戦数日前、初めて会った時に言葉を濁した『あれこれ』の内実、らしい。

 

「アシズは賢かった。“死を払う”研究の中で、この世の法則に分け入った。全の『知った者を逃がさず喰らう意思』と、そうなったら“徒”程度じゃ助からないことも、理解して内に秘めた。分かった上で、ぎりぎりのラインで探求を進めた」

 

 割り切れない情実が、言葉に滲んでいる。

 

「結局“紅世”の力じゃ『事を為せない』って判断して、“この世”の見通せない力を掴む計画を立てた。……見事成功して、俺の力が()()()()、それ使ってやったのが『都喰らい』。アシズは“全を知る”ことの意味をよく理解してたから、『都喰らい』については適当な理屈で誤魔化して、それ以降も隠し通したんだと思う」

 

“狩人”フリアグネが御崎市で再現しようとしたその技の、秘儀。隠された部分を掴めず上辺だけを模倣したため、御崎市でのそれは『不可能』と断じられた。

 

「『都喰らい』とは、“存在の力”を司る世界法則を利用しての術でありましたか。――他に、あなたの力が奪われるか使われるかした例は?」

 

「これ一件。――近年はともかく、封絶普及前の全は『隠れる』ことを最重要としてたから。暴こうとするやつが辿()()()()直前に『始末』するのが、俺の『立場』で……そういう時は、ちゃんと力が戻るから……」

 

 少しの間、言葉を途絶えさせ、決意したように頷いた。

 

「言い訳はしねえ。アシズとは『負けるはずの無い力の差』があったが、負けた。『大戦』の発端は、俺が作った。……すまなかった」

 

 ヴィルヘルミナとティアマトー、見る暇も口を挟む暇も無いだろうがアラストールに、深々と頭を下げた。

 

「……」

 

 不分明な胸の内を、ヴィルヘルミナは考える。親友の死の遠因、望まぬ敗北、崩壊する世界、愛娘――ぐるぐると、過去と現在の何もかもが混ざった渦に、呑み込まれかける。今度はパートナーも、助け舟を出そうとしなかった。

 

「――」

 

 視界の奥から心配そうに見上げるシャナが、目に入る。懊悩ゆえの頑なさが、少しだけ溶けて。

 

「今は、未来が続く可能性を切り開くのみであります」

 

 最終的に、フレイムヘイズの少女の育て親たる自分を取った。

 

(――「ふふん、()()()()()かい?」――)

 

 未来へ進むために決別した嫌な奴(過去)が放った声が、幻聴として耳の内に響いた。

 

「その負けを悔やむなら、今度こそ勝利を掴むのであります」

 

 これは、まだ引き摺っている自分自身への喝ではあったが。

 

「――そーだな。全部、勝って終わった後、だ」

 

 ヴィルヘルミナを悩ませる何かを知らないミコトには、激励の役目を果たした。

 予定通り、次の拒絶の壁はヴィルヘルミナが開いて、その先へ次々と送り届ける。

 立ち止まって彼女に振り返ったのは、シャナ。

 

「いってらっしゃい」

 

 微かでも力強い、灯火のような笑顔で、シャナは言った。

 これは――帰るべき場所へ帰るための、再会の約束を()()()言葉だ。

『天道宮』で育つ少女から、よくかけられた言葉。

『天道宮』から巣立った少女なら、逆の言葉を自らの行動として宣言しただろう。

 そして、今の――更に成長した、彼女は。

 

(……ええ。少し前なら甘えと否定した要求を、そうでないと確信した、から)

 

 通じて、諭さず、手を伸ばすだけ。

 規範を示すべき者としての気負いは失せた。対等の存在へ、己の在り様を証す。

 

「行って参ります」

 

 まずは求めに応じ。

 

「我々すべてと、世界に。天下無敵の幸運を」

 

 祈りを誓いに変えた。

 

     ―*―

 

 道のりは、順調に縮まっている。残す『壁』も、距離感的に一つか二つらしい。

 

「それなら足りそうね。過不足無いのは()()()()()()()用意したからかしら?」

 

「さあ……そこまで考えず、感覚的に拒否したところ『同行者』の数だった――な気がする」

 

「ほんっと行き当たりばったりね。『それ』が身じろぎしただけで両界が危機に陥るなんて、薄氷上のダンスもここに極まり、だわ」

 

「碌に把握もしねえで『異世界』に手え出したペナルティ、ってか。自業自得だわな、ヒャハハぶへっ!」

 

 自虐で場を茶化そうとしたマルコシアスを、マージョリーはいつものように叩いて黙らせる。

 

「まー……。『見えない物を無いと断じる』なんて、現代社会の人間の多くがそうだし。そうしなきゃ文明の発展も無かったから、“愚か”で一括りできねーのが世の中の複雑なところなんだよなぁ……」

 

 人々の生活を豊かに発展させた現代科学は、例えば『霊』など、非科学を計算に入れていない。分からないものを気にしていては、いつまでも踏み出せないのだ。

 ミコトも、科学の発達により普及した質の良い調理器具や便利なキッチンを、特に何も思わず喜んで利用していた。

 

「そだ。こっちから質問いいか?」

 

 ミコトは自身の生を支えた『趣味』から連想した問いを、マージョリーに投げかける。

 

「お前さんの契約から……百年くらい。その辺で俺のつまみ以上の料理を食うの、拒否しだしただろ。あれの理由って……」

 

 古今東西歴史上、最も『客を喜ばせる料理技術』を身に着けたのは自分だと、自負はあった。

 それと同じく、世界中のどの人間よりも()()が無いと思っていた。それを見破られたのが原因なのかと、ミコトは少量のもやもやを抱え続けていた。

 

「「人間が食べるものじゃない」」

 

 ミコトとマージョリーの声が揃った。二人は、困り顔で笑みを向け合った。

 

「え……どういう……?」

 

 数度、ミコトの料理をご馳走になった吉田が、戸惑って口を挟む。彼女は“とても巧みで美味しい”くらいにしか感じなかった。

 目で促し合って、マージョリーが『彼の料理の感想』を口に乗せた。

 

「こいつとそれなりに長く付き合うと、たまに思うのよ。――不気味なくらい奉仕的だって」

 

 人間は根幹に『自分』を持つ。感性であれ理性であれ、()()()()()生きて、それからどのように生きるかを決め歩んでいく。

 フレイムヘイズもそう。身体が強く長く生きられるだけの『人間』なのだから。

“紅世の徒”も、人間とほぼ同じ精神を持つ者だ。だからこそこの世に干渉できた。

 究極のところ、人間もフレイムヘイズも“紅世の徒”も『自分』のために生まれたのだから、完全なる『無私』にはなれないのだ。

 他者のために命を投げ出す『異常者』も、『自分』が行動に根ざしている。()()数十年前に見送ったフレイムヘイズの少年(ユーリイ)は、『一人生き残ってしまった罪悪感』が在り様に巣食っていた。

 

「何か隠してるから、その先に『ミコトって人間』がいるんじゃないかと思ってはいた。けど、なんとなく……こいつの『人間らしさ』は装ってる分が全てなんじゃないかって。そんな予感はしてたのよ」

 

 マージョリーは、呆れのため息を挟んだ。

 

()()()、本当に『元から人間じゃなかった』とはね。すっかり騙されたわ」

 

 生死の法則から外れた機構(システム)。そう生まれたミコトは、世界()への奉仕を根本としていた。

 他者が『自分のために生きている』ことも、そうでない自分が異質なことも、理解していた。似ているとすれば、“燐子”か創造神の眷属『三柱臣(トリニティ)』か。

 彼らとの違いは、意図的に生み出された物でなかったため、創造主から『役割を与えられなかった』こと。自分とは何か、何のために存在すべきか――考え続ける必要があった。

 受け取った感情を反映し、疑似的に生まれ出た“心”を分析し、『自分』として飾って他者に見せた。どれだけ巧みに隠しても、本能的に『真実』を嗅ぎつける人間は、どの時代でも一定数存在した。

 

「その『人間味を感じない部分』が一番よく表れたのが、こいつの料理だったってわけ」

 

 人となりを知り、少しだけ深く覗き、何度も味わって、ふと。()()()()()()()()()感覚を覚えた。

 

「評価はそれぞれ。ガヴィダは『人間味を感じない努力』を()()()()()()くれたぜ?」

 

 人ではあり得ないほど純度の高い『他者のための努力』を、マージョリーは気味悪く思い、長く見てくれていた旧友は好意的に受け取った。どちらも間違っていない。

 

「けど」

 

 ミコトは少しだけ声を落とした。

 

「どうすれば人は喜ぶか、美味しいと感じてくれるかを、感情じゃなくて理屈で考えてさ。これを千年以上積み上げたコツとかノウハウを全部乗せて振舞うと……情報過多になる。心を持ってる『自然』な料理なら、届けたい最小限の情報だけで『心がいっぱい』になるんだが……それを真似して情報を隠しても、読める奴は読むから、余計に情報が増えるだけなんだ」

 

 理解しようと踏み入れば、人間ではあり得ない時間と労力が作り上げた『深淵』に呑まれる。

 

「――あー、人間が二十四時間不眠不休で厨房に立ち続けても、寿命ってタイムリミットがあるからこうはならん。一美はこんな例外なんか気にせず、好きなように技術を磨いて心を尽くせよー」

 

 そう出来る『世界』が続いたら、とは言わなかった。

 

「人間が食べるもんじゃないってのは、下手に分析すると深みにはまって出られなくなるって意味よ。私は料理そのものに詳しいんじゃないから、気持ち悪い予感しかしなかったけど。人生捧げるくらい真剣な料理人に、こいつの『本気』を食べさせたら、自信喪失で済めばいい方なんじゃない?」

 

 ある『料理人』の人生を、完膚なきまでに歪めて壊したのも、ひとつの思い出として残っている。

 

「過ぎたるは猶及ばざるが如し。……手抜きの勉強も堂に入ったし、近年だと料理方面の技術進歩も目覚ましい。気軽に楽しい『趣味』として、みんなの笑顔を作ってますよー、っと」

 

 どれほど才能があろうと、時間的限界によって人間には到達不可能な領域は存在する。

 

「けれど、そうね。()()()()()()()()、ウン百年ぶりにあんたの『本気』を味わうのも、悪くないかも。――だいじょーぶよ、私はそこまで『分からない』から」

 

「終わったら、かー」

 

 のんきに将来を描ける見通しは、立っていないが。

 それでも。マージョリーが何故、わざわざそれを口に出したのか、理解した。

 

「佐藤家の厨房は、中々の使い勝手だからなー。悪くない」

 

 限りなく自然に近い笑顔に乗せて、応えた。

 

「ケーサク――私の新しい『恋人』を“最高に満足”させなさい」

 

「え、俺がいない間にそんなになってたのか!?」

 

「ふふん。手抜きは許さないわよ」

 

「りょーかい」

 

 視線は向けず、二人は軽い声だけを交わし合った。

 

「で、バカマルコ。そろそろ着く頃よ、言いたいことは?」

 

「折角のイイ雰囲気をブチ壊すような――」

 

 言いかけるマルコシアスの意思を表出させる“グリモア”を、ミコトは持ち上げた。フレイムヘイズの聴覚でも聞こえないように何かを囁き、そのまま下ろした。

 

「え、あ、あ。――おう。……なるほど」

 

 ぱかぱかと表紙を開閉させるマルコシアスを乱暴に閉じ、マージョリーは目の前にまで迫っていた壁の前に立つ。

 

「この先、戦闘要員はユージだけになるわ。反省する暇あるんなら、守り抜きなさい」

 

「……はい」

 

 彼は世界を『こうした』のは自分だと思っている。先頭を行く少女への()()()()()大きく重い感情からしても、彼は最後の最後まで進むと始めから決めていただろう。

 だから、マージョリーは素直に先頭を譲り、進行から抜け出した。

 

「じゃ。しくじんじゃないわよ」

 

「やってやらー」

 

 ミコトはゆるく手を振り、壁の向こうへ消えていった。

 残ったマージョリーは、マルコシアスに訊ねる。

 

「……で?」

 

「……『どっちでもない』だとよ。おめえとんでもねえ奴に恋グバァっ!」

 

 マージョリーは全力で殴り。

 

「とっくの昔に終わったのよ。情は残ったけど、そんなんじゃないの」

 

「ヒッヒッ。我が麗しの酒盃(ゴブレット)、マージョリー・ドーよ……覚悟は出来たか?」

 

 低い声で“心配”する相棒の声を受け、過去を灼くためでなく未来へ進むために、双眸に業火を灯す。

 

()()()()。こんな悪趣味と戦わされるなんて、ね……上等よ」

 

     ―*―

 

 残ったのは、ミコト、シャナと悠二、そして吉田。

 これまでの道のりから考えれば危険は無さそうだが、奥が近いのだから片時も油断できない。

 

「……たぶん、もう一枚ある」

 

 誰から問われた訳でもなく、シャナは吉田に発した。

 

「大丈夫。……私も戦う、って決めたんです」

 

 答える声は、緊張で固くなっている。

 

「『極光の射手』が言うには“強さは関係ない”らしーし、今まで体感距離や時間にばらつきも無かった。何と戦ってるかは想像任せだが、通してくれさえすりゃ待機でもいいと思う」

 

『何か』と戦って勝つのが前進条件なら、残った者次第でこちらの進み具合が変わるはずだ。強さが関係ないなら、なおさら。

 

「それでも、出来ることはします。生きて役に立てることがあるかもしれないですから、……死にに行く、なんてこともしません」

 

 震えこそしていないが、無理をしているのは明らかだった。

 隠せていないと、吉田は自分でも分かった。大きく深呼吸をして、少しでも気を落ち着かせる。

 

「シャナちゃんがフレイムヘイズになったのは、その『見た目』の年齢で」

 

 シャナがちらりと振り返った。

 

「坂井君は、私と同じように御崎市で育って学校に通ってました。それなのに、御崎市で死んだ人たちを戻そうって……たった一人で“徒”の中に、飛び込んでいきました」

 

 悠二が振り返らず、肩の線を固くした。

 

「フレイムヘイズも“ミステス”も……元々、ただの人間なら。人間に、世界を左右する力があるなら。私が戦えない――戦わない、理由にはなりません」

 

 弱さ――『人間であること』を理由に立ち尽くさず、歩み続ける力に変えた。

 

()()()()()()()

 

 ミコトがぽつりと漏らす。

 

「俺にとっては、それのメリットって『自然消耗しない』くらいだった。――フレイムヘイズは無理そうだったが、トーチでも“ミステス”でも、そっちを選んどきゃめちゃくちゃ楽に戦えたと思う。死んだ数も喰われるリスクも、雲泥の差だったろーな。元々『謎多きフレイムヘイズ』なんだし、急に統御量上げて強くなってもなんだかんだ誤魔化せたと思う」

 

 擦り減る“存在の力”の補給手段は、強ければいくらでも生まれる。無論、人喰い以外で。

 

「けど、不思議と。『人間であること』をやめようとは、思わなかったんだ。人間の好い部分も悪い部分も、長く長く見てきて。……ガチで滅びていーんじゃねーかなんて思った時期もあった。それでも、人間にこだわってた」

 

 先頭のシャナと悠二、少し前の吉田を見つつ。

 

「右も左も分からなかった頃、拾ってくれたのはフレイムヘイズ――ああ、さっき言ったな、フレイムヘイズの『棺の織手』で。彼女らは“心を抱えて生きる”ことの素晴らしさを教えてくれた。会った時点で数百年戦って勝ち続けたベテラン戦士だったけど、自分が人間じゃないとは一度も言わなかった。それどころか、『フレイムヘイズを目指す』なんて言ってた」

 

 ミコトを決定的に変えた、この道を歩いている『今』の原点だ。

 

「いくら力を持ってて長く生きても、人間の延長線上にいるって意味なんだが。弱くてただ収穫されるだけの補給源ってのは事実。全てを奪われてなお立ち上がる決断をするのも、戦って殺し続けて歩き続けるのも、個人としてやること終えたらこの世だけじゃない『両界』を守るために生き続けるのも――全部、人間の可能性なんだ」

 

 どうしようもない“力の差”を覆す、心が、愛が。……たまらなく、美しかった。

 

「だから人間になろうって思った。日常の些細な起伏に折れる脆さ、避けられない死から目を逸らす弱さ。異世界からの侵略者に挫けない強さ、世界の仕組みを易々と変質させる力。こういう『人間らしさ』が……この世も、“紅世”すら、救う力になる。絶対に」

 

 二つの世界を壊したのが“人の心”なら。救う力だって、ある。

 

「『炎髪灼眼』……シャナも、悠二も、一美も。俺には『救う側の人間』に見えてる。だから――」

 

 大丈夫、頑張れ、信じてる。どれも、間違ってはいないが正解ともずれていた。

 言葉に迷っていると、最も『普通の人間』に近い心身を持つ吉田が引き継いだ。

 

「はい。諦めません。歩き続けます。――世界が壊れたなら、もう一度、創りましょう」

 

 世界を創る。それは『創造神』だけの(わざ)ではない。

 

「皆で」

 

 壁の前に立ち、道を創る。

 その立ち姿に、弱さは無かった。

 

     ―*―

 

 残った同行者も、残された距離も、少ない。

 静かな空気は、どうしようもない重さを孕んでいた。

 

「……。えーと、『より良い世界』を目指してたのは事実だろ。過程で『見えない地雷』を踏んじまったのも、仕方ない。……あんま、落ち込むなって」

 

 重さを作り出している少年の背に、たまらず声をかける。

 

「――どうすれば」

 

 悠二は振り返らない。

 

「どうすればよかったんだ? 人が喰われ続ける世界を維持すればよかったのか? どうすれば回避できた? あんたの警告を受け入れれば回避できたのか? どうすれば、御崎市は救われたんだ? どうすれば……シャナは、戦い死ぬだけの運命から、逃れられるんだ?」

 

 恐らく、歩く中でずっと考え続けて、答えを導き出せなくとも、考え続けているのだろう。

 

「教えてくれ。僕は、どうすれば良かったんだ?」

 

 起こってしまった過去は、悔いても変わらない。過去を悔いる暇があるなら、可変たる未来を良くするしかない。

 こんな正論は、届かないだろう。悠二なら、とっくに辿り着いているだろうから。

 

「……運命だった」

 

「運命? そんな、あやふやで無責任で、どうしようもないから縋るしかない言葉で、諦めるしかないのか!?」

 

 とうとう、歩みを止め肩を震わせた。

 

「俺の――“存在の力()”の管轄じゃないから、実情は分からないけど。『運命を司る世界法則』は、あるはず。ほら、フレイムヘイズの契約の時の、『運命という名の器』なんて概念があるだろ?」

 

“紅世の王”は『それ』を器に見立てて、自身を人間の内へと送り込む。

 ミコトは『それ』が何か分からない。フレイムヘイズの力の総量、“紅世の王”を容れる物の正体が。この世由来の法則なのか、“紅世”が干渉して生じた力なのか。全が関わっているだろう『フレイムヘイズが“存在の力”を自然回復する』メカニズムも、全容を掴めていない。

 

「お前さんや[仮装舞踏会(バル・マスケ)]が、こんなことになるって予測できなかったのを責めるつもりは無い。ちょっとだけ事情に明るい俺だって、何もかも知ってるなんて言えねーんだから。分からないことも、無知も、罪じゃない。悪いとするなら、分かろうとしないことと、分からないからって何も決断しないこと、だと思ってる」

 

 皆、分からないなりに進んで、良くしようと奔り、結果こうなった。

 運命――因果の交叉路は、世界崩壊という今に重なった。それを決めているのは何なのか、そもそも決められているのか。

 

「運命とか定めとかあるにしても。何もしないで崩壊を見送るより、何か変わると信じて抗う方が、ずっとましだ。何かの拍子にバラ色の未来がやって来て、前向きに生きられるとしたら後者だろ?」

 

 楽観論なのか、投げやりなのか、悠二には判別付かなかった。戸惑いの中から少しの可笑しみが生まれ、頬が緩んだ。

 

「分からないから、進む」

 

「そう。進む俺たちは、全てを分かってなくていい」

 

 ――と。

 

「眩しい」

 

 シャナと悠二は、景色が生まれた故の突然の明度変化に、目を細めた。

 

「ん? ――ああ、着いたな」

 

 ミコトの目には、先までとそれほど変わらない景色が続いていた。

 

「何が見える?」

 

「契約直後に見た『天道宮』」

 

 シャナは、海に沈みゆく揺り籠を見た。

 

「清秋祭の戦いの、御崎高校」

 

 悠二は、異界の暴で崩れた拠り所を見た。

 

「なーるほど」

 

「あなたには何が見えるの?」

 

「“嵐に打たれる館”、概念的に捉えた『傷ついた故郷』の姿だよ。そろそろ五感が、本格的に役立たずになる領域らしい」

 

 ミコトは『故郷』と『嵐』、二つの意味を拾った。情報はその二つだけだから、シャナと悠二はそこから連想される光景を網膜に写した。

 進み始めるが、しばらくして悠二が足を止めた。

 

「校門がある」

 

「私には何も見えない」

 

「また『拒絶』か? ……にしては、何も無さそうだが」

 

 シャナが悠二の言う『校門』の向こうへ行こうとしたが。

 

「距離が縮まらない」

 

「さっきまでの壁……と同じ、でも、ないかも」

 

 シャナにもミコトにも、先までの『拒絶』は感じられた。この校門を認識するのは、悠二だけだ。

 

「とにかく、開けてみる」

 

 悠二が、人の力なら重めとなる鉄柵を動かし。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

 手を止めた。

 

「……僕は、我がままだから。人ですらないトーチには分不相応な望みを抱いて、叶えようと力を求めた。だから、なりふり構わず、その他のものを捨てて――捨てたものを取り戻すなんて、求めるなんて、やっちゃいけないと、……捨てたものを見ようとせず、本当に切り捨てた」

 

 悠二は鉄柵を握ったまま、求めてはいけないと封じた『もう一つの象徴』を、真っ直ぐ見つめた。

 

「シャナ」

 

「何?」

 

()()()()()、話そう。どんな終わりを迎えても、必ず」

 

 シャナは、笑んだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 悠二は、なんとなく。それが『シャナの言葉』ではない気がして。

 

「……あ」

 

 全力のムカっ腹顔が過ぎり。

 

(――「――手紙」――)

 

 夢が叶うと無邪気に信じ、夢を叶えるためにシャナを蔑ろにし、戦っていたつい数時間前。

 悠二は何かを忘れて、シャナは全力で怒った。その発端はミサゴ祭りと花火の思い出で、シャナは悠二が『あの手紙』をすっかり忘れていると分かって、八つ当たりと知りつつ苛烈に攻撃した。

 

「思い出した?」

 

 悠二にとって『その手紙』は、自分の未熟と無神経――今ならそうだったと分かる――からシャナを傷付け、『分からないから分かろうと』努力を決め、残した書き置きだった。

 書いた紙は、母・千草が電話台に置いていたメモ用紙だった気がする。筆記用具も、同じ場所に立てていたボールペンだった気がする。特別な何かに変わるはず無かったのだから、悠二は無意識に記憶の底へしまっていた。

 

「うん、思い出した」

 

 それを、不意に思い出した。

 理由など、突き止めたとして意味は無い。大事なのは、思い出したこと。

 

「この今、僕が向き合わなきゃいけないものは……君じゃないけど。それを、乗り越えたなら」

 

「分かった。待ってる」

 

「必ず」

 

 シャナと頷き合う。彼女が背中を向けて進み出したのを見届け、気を利かせて無言で隙間を潜り抜けていた少し遠い背中に、頭を下げた。

 

     ―*―

 

「来てよかったのか?」

 

「悠二の相手がいたんだと思う」

 

 約束したのだから、それでいい。

 悠二とだけでない、ヴィルヘルミナとも約束した。『黄泉平坂』を共に歩いた皆とも、御崎市に残った皆とも、繋ぎ続けると約束した。

 きっと、世界から零れ落ちた何もかもも、それぞれ戦っている。

 

「もう近い」

 

「ここまで来れば分かる」

 

“館”の入り口は、もう見える。数十歩ほど歩けば、到着だ。

 

「“天壌の劫火”、そっちはどうだ?」

 

「うむ。削られつつあるが、少々の余裕ならばある。――何も起きねば、一時間は確実に保てるだろう」

 

「助かる」

 

 館の扉の前に立つ。ここに『拒絶』は無い。役割は、内と外を隔てる『境界』だ。

 

()()だから聞く。――行けるか?“天壌の劫火”」

 

「問いの一つならば」

 

 端的に返事するアラストールに、『この世の者』として、問うた。

 

「言った通り、フレイムヘイズや“紅世の王”が危惧した大災厄は、有り得なかった。それが事実な以上……どっかでは、気付いてたはず」

 

 過半数の“紅世の徒”は、大災厄を出鱈目だと断じた。少数派の中の、仲間殺しを容認した内の、一定以上の力を持つ“王”の中から、身命及び力を人間に預けると決意した数が、フレイムヘイズの総数だ。

 

「フレイムヘイズ誕生から、現代まで。少なくなりはしても、廃れなかった。……何故、使命なんてものに、命を懸けられたんだ?」

 

 人間を守るのでもなく、“紅世の徒”を罰するのでもなく、両界のバランスを守る。大きいようで、限定的な、その()()に。

 

「何。()()()()()()()か」

 

 返ってきたのは、少しだけ上ずった意外そうな声。

 

「事実とは異なったかもしれぬが、信じ戦う名分には十分足り得た。古来フレイムヘイズは一人一党、身の内の“王”とてそうだ。使命を軸に、何故戦うか。――我らは大義を御旗に掲げ、奥に個を秘め、破滅の兆候に抗し続けた」

 

 アラストールは、フレイムヘイズの代表として答える。

 

「大義に身と力と命を捧げる、個々の理由の多くは――そう、おまえと同じだ」

 

 ミコトは、少しだけ小さくなった声で、己の理由を復唱した。

 

「声が聞こえたから、応えたい」

 

「うむ」

 

 共感。“紅世”とこの世が、隣と称された由縁だ。

 

「私たちフレイムヘイズの使命は、両界のバランスを守ることだった。創造神と[仮装舞踏会(バル・マスケ)]が『今ある歪みを取り除く』のが可能な計画に移ったことで、阻止せず容認もしない戦いに臨んだ」

 

 フレイムヘイズになるべく育てられ、自らこの道を選び取った――『炎髪灼眼の討ち手』シャナは、宣う。

 

「隠れ続けていた『この世』が世界崩壊を進めている今、未知から世界存続の可能性を探し掴む戦いに、挑んでる。――個々の戦いの形は揺らいでも、大義は結局、変わってない。()()()()()()()()()()。壊れたなら、取り戻すだけ」

 

 どれだけ不透明でも、可能性が低くても、絶望的でも。

 

「――うん。“紅世の王”が人間の声を拾って、守る対象に『この世』も加えてくれたように。俺もこの世だけじゃなくて、“紅世”だって――取り戻す」

 

 誓いは力に、心の強さに変わるから。

 

「じゃ、行ってくる。後は個々人のアドリブ任せ、最良を目指して」

 

 ミコトは扉に手を触れて。

 

「そうそう。仮に」

 

 ちらりと振り返る。

 

「『フレイムヘイズの使命を司る神さま』が出来るとして、それを名付けるとしたら、何て呼ぶ?」

 

「……?」

 

 急に“苦手な類”の質問を振られ、シャナは困り顔になり……。

 

「炎……」

 

 思いついた一般名詞を、それでいいのかと少しためらいつつ口に乗せた。

 

「ほのお……」

 

 ミコトも難しい顔をしつつ唱える。

 微妙な空気の中、扉は開かれ。

 

「……。ありがとう」

 

 その奥へ身を滑らせ、ばたんという幻聴を響かせ、閉じた。

 




『井戸』と『黄泉平坂』は、『太陽』に並ぶ原作『灼眼のシャナ』の超重要ワードです。知っててにやってしてくれる人がいたら嬉しいです。
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