館。といっても、構成情報は『ウチとソトを分ける』のみ。部屋も調度品も無く、線が大雑把に内外を隔てているだけだった。
中心では、一人の
「何しに来たの?」
「終わらせに」
ミコトはかがんで、視線を同じ高さまで下ろした。
「きみも、『私たち』を喰らうの?」
「お前さんたちの望まないことはしないさ。ただ――疲れてきてんじゃないか?」
ゆっくりと、震える小さな肩に手を伸ばす。
「遊び疲れたなら、帰る時間だ」
―*―*―*―
『大地の四神』は、抗い切れない波と相対していた。
「留まらない文明の進化、溢れかえる欲望――どうしようもない人の
「我々はどうしようもない『現実』に屈し、内外の解決を放棄しました」
波は、人の形をしている。彼らの大地に押し寄せた人々は、元々そこに居た者らの肉体と精神を変質させ蝕みやがて殺す“病”を運んだ。
そうして、異世界の悪霊よりも苛烈に、無慈悲に、際限も知らず、自制心も抑止力も無く、抵抗を許さないまま、滅ぼした。
「この人たちが、『拒絶』が形作った私たちの心象なら……生かすも殺すも、私たちの自由、なのでしょうね……」
「今度は『現実』も、私たちを止めてはくれません。今の私たちなら『どうするか』。はっきりと心の内を定めねばならないのでしょう」
守るべき者らでは『どうしようもない』悪霊らに対して力を振るってきた『大地の四神』は、守るべき者らでは『どうしようもない』人間たちにはどうするべきか――あの時は、悪霊どもと『同質』であると裁定し、立ち上がると決めた。
「創造神によるうねりに身を任せはせず、再び立ち上がり戦った――のであれば、私たちの結論は
「昔も今も、どうも
迷いは失せたはず、しかし、惑った。苦しみに耐えきれず、現実に新たに生まれた問題を口実に、結論を放り出して逃げた。
何も得られなかった、『内乱』という呼称が残っただけの、過去。
「我らにとっての正しさ、善。『本当に得たい』もの」
「我らが目指すもの。人にとっての神であるか、神にとっての人であるか」
声と心は、ひとつに。
「我らが何者か。もう一度、定義しよう」
波に呑まれ、同時に包括した。
「我らは人であるか」
「是。我らは時と事象に惑い、微かな
「我らは神であるか」
「是。我らは人々の眼差しの先、或いは眼差しの外より、繋ぎ導き拓き、そして祓う者なり」
「我らは人であったか」
「否。時を外れ肉の辛苦より放たれ、魂の旅路の果てに大地の死の先まで辿り着いた」
「我らは神であったか」
「否。大地が死に、されども、生きているのだから」
声が揃う。
「我らは、神官なり」
神官とは、人と神を繋ぐ、狭間の存在。
「神とは何か」
「其れは海と大地と宙。世界を形作る、命のうねり。生まれては死ぬ命を、放ち抱き呑み込み、やがて楽園へと導く営み。死も世界なら、超然とあらねばならない」
「人とは何か」
「其れは生に縋る者。世界を形作る、命そのもの。人が生きる場所は、この世界にしか無い。なればこそ、この世界、この大地……豊かだった過去を手放せぬ、低俗さが許される」
互いの息遣い――生の証を確かめ合って。
「そして、神官とは何か」
「力の無法、時の無情。嘆きを拾い、最良の結果を探し、最悪の結果を回避し、過去と今と未来を見続けた。かつての我々の行動は、神官として正しかった。我々は、調停者なのだから。守るために立ち上がったあの戦いも、神官として正しかった。あれもひとつの、調停だった」
波を見て。
「人と悪霊、人と人――関わり方が変化するのなら、我々も変容を受け入れねばならない。……豊かだった過去を手放す苦しみは、避けられない。苦しむことすら、神官の役割だ。我々は神の代理として、人々を安寧へと導く。儚き人の象徴として、変質に藻掻き苦しもう」
悪霊のような精神に従って守りたかった人々を轢き潰した人間たちは、今目の前で波となって四神を呑もうとしている。
「超然であり、低俗であり。我々は、守ろうと見定めたものを、守ろう。受け入れ難いものに、抗おう。守れず、抗い切れずとも、その苦しみを受け入れよう。力は無法で、時は無情――これが、世界を生きることだから」
――波に、雨の一滴が混じる。やがて豪雨となり、同じ志の仲間を『それぞれの場所』に運ぶ。
天には『全ての星を見た男』が座し、星の運行を制して荒波を鎮める。
地には『死者の道を指す男』が君臨し、土と黄金で波を治める地形を作る。
水面上に立つのは、『波濤の先に踊る女』。かかとで、つま先で、描く波紋につられ、波は彼女と共に踊り出した。
舞台を、濃密な樹々が飾る。『雨と渡り行く男』が、この結果を見定めた。
「
「これが正しくなくとも、また悩み苦しみ決断すれば良いだけのことでしょう」
「私たちは、苦しんでもいい、間違ってもいい……」
「苦しみ、動かず、悩み、進んで。世界の結論に耳を傾けるのだけは、続けましょう」
「結局、私たちは私たちに都合の良いよう『支配』したかったらしい。力ある者の傲慢よな、ははははは!」
「詮無き事、人間は多い!! 横一列で収まらぬなら、どこかで縦に並ばねばなかろう!!」
「我々が抱いた『拒絶』、今の我々の結論はこれだ。……動き、実践できる世界は、続くだろうか」
「待つより他無い」
治水後の清流は、音無く流れゆく。今はここから進めない『大地の四神』は、次の変化まで座して構える。
―*―
影絵のような黒い木の中に、開けた満天。
遥か彼方から呼びかけた二つの声は、今はお下げをまとめる髪飾りとして近くにある。
その代わりに、満天の中を舞う
「私にとっての『拒絶』は、やっぱりこれか。……『四神』の皆さんは全員一緒だけど、大丈夫かな」
「私たちのキアラは、今更これ見せられたって、心の整理くらいにしかならないものね」
「ほーんと! 古傷をつつかれたって先に大先輩を心配しちゃうのが、私たちのキアラだから!」
届かない極光に、キアラは手を伸ばす。
「何もしないことで、送った皆さんが先に進めないこともあるかも。『相手は拒絶、受け入れる心が大事』……とは言ってたけど……」
百年前のハワイの一戦で、『これ』は完全に乗り越えたつもりだった。もう一度見せられて、自分は何をすればいいのだろう。
(決意して触れれば、何をすればいいか分かる――『四神』の皆さんが立ち向かうものが分かったから、勢いで言っちゃったけど……私の場合、どうするのが『正解』なんだろう)
受け入れてはいるが、キアラにとって、象徴としての『拒絶』はこれしか有り得ない。
「あの頃は、人でなしの私自身が許せなくて、『そのこと』を見も考えもしないように心の奥底に仕舞った。あの戦いで、その仕舞った『どうしようもない部分』を
自らを艶っぽく、軽やかに、時に厳しい目で見守ってくれている彼女たちに聞かせる。聞かせるふりをして、自らの耳に届ける。
「オーロラは、私の力。今は手にあるのに……
雪の冷たさを感じつつ、見上げて――
「あ――そっか」
「どうしたの?」
「何か気付いた?」
キアラは立ち上がる。
神器“ゾリャー”を一つに合わせて、身の内の極光を充填させる。
「ごめんね、二人とも。私は、あのオーロラが許せなかったんじゃない」
風を切り、上昇を始める。
「本当に許せなかった――拒絶したのは、あの時動かなかった私自身。……オーロラに見惚れたこと――オーロラが舞ってたことは、私が抱えた本当にきたない部分とは、全然関係無かった。今はオーロラを見上げながら、寝転がってる場合じゃない。こうして、飛ばなきゃいけなかったんだ」
崖の上には、一人の人間がいる。そこは人が寄り付かない雪深い奥地、多めに『喰われた』のだろう――命はまさに、風前の灯火だった。
「きれいですね――オーロラ」
ニュートンを崇拝する物理学者だった父は、ある年に『とても良いものを見せよう』と、フィールドワークにキアラを同行させた。父のことは好きだったが、研究内容は正直よく分からなかった。『スペクトロスコピー』という、光が関係する何からしいとは知っていたが、それと関係する『とても良いもの』とは一体何か、想像も出来なかった。
「オーロラの謎は、『今』から百年以上後にも、完全には分かってません」
極めて僅かしか残されなかった“存在の力”に反映され、思考能力すらほぼ失われているだろう。もう少し多く残っていたとしても、フレイムヘイズとなってしまった『娘』のことなど、『こんな場所で出会った不審人物』以上には思わないはずだ。
「そんな不思議で……こんな、とても、綺麗なオーロラを、見せたかったんですね」
それ以前に、これは自らの心象から生まれた幻影。語ったとして、過去は取り消せない。
「ありがとう。……ずっと一緒にいるから、ずっと一緒に、見て、いようね」
消える当人が、辛いとも悲しいとも考えられない、消滅。そんな寂しい最期を、ただ見過ごした自分が許せなかった。だから、もう一度が許されるなら。
「ずっと……」
命の灯火が燃え尽きるまで、ずっと、寄り添おう。
当時は、何も分からず動けなかった。未熟な頃も、何もかも分かるからこそ勇気が出なかったかもしれない。
今なら。消えゆく大切な人に、世界から零れ落ちるその瞬間まで寄り添える。
「きれいですね」
それが今のキアラが出した、答えだ。
―*―
星は、そのまま降ってきそうなくらいに煌々と輝いている。
澄み渡る夜空は、その身に明るく無数の星々を散らして抱えている。
「懐かしいなあ、フィレス」
「よく憶えてるわ、ヨーハン」
肩を寄せ合い、それを見上げる。
古く小さく、しかし荘厳で粛とした、時計塔。
まだ飛翔せず、足で登る。
「僕らはここで、時の招来を拒んだ」
「私たちはここで、時にいたずらをした」
ヨーハンは一緒に登ろうと誘い、その時は自在法が使えなかったから、フィレスと肩を並べて階段を踏んだ。
「フィレスは結構抗議したよね、僕が“ミステス”になることを」
「ええ。だって、ヨーハンがヨーハンでなくなるって思ったから」
慕い愛し続けた恋人らしいかわいい返答に、ヨーハンはあくまでも明るい笑みを向けた。
「僕は僕だ。今日吹いた風と昨日吹いた風、来年の今日に吹く風は全部違うけど、風だってことは変わらないんだから」
「私は私で、ずっといられるかな。世の中はたくさん変わって、とうとう滅びるかもしれないってなっちゃったけど……私はヨーハンが好きな私で、いられるのかな」
永遠がどこかにあるなら、この世ではない。
作り上げた永久機関は、理解外から動力を引き出す代物だった。
胸の内の愛も、無限に無窮に湧き出ると、無邪気に信じていた。
フィレスはつい、永遠のその先、この世に在るなら必ず訪れる終わりを意識してしまった。
「いいよ、フィレスはフィレスだもの。僕じゃない何かに惹かれて飛び立ったって、それは君なんだから」
とても寂しいことの言うヨーハンに、フィレスは抗議しようとして――
「でも、今はそうじゃない。僕は君を愛していて、君は僕を愛している」
確かめるまでもない事実を口に出されるだけで、胸がいっぱいになり言葉は封じられる。
彼は、いつもずるい。
「僕の言う『ずっと』も、君の言う『ずっと』も、僕たちを苦しめる鎖じゃない。幸せな夢を一緒に見るための、ずっとなんだ」
「夢なら、いつか……醒める、けど」
「夢を見ている内は、醒めた後のことなんて考えなくていいじゃないか」
幸せでいようとしているから、幸せなのではない。そんな理屈を素っ飛ばして、ただ幸せなのだ。
二人で、完全。だから『
「『ずっと一緒にいたい』――この気持ちは、変わらないわ」
「『ずっと一緒にいたい』――約束の部品になったこの時計塔と、また会えたから」
愛で紡がれた二人の世界に、時を迷い込ませよう。
有限を定められた世界の中で、無限で作り上げた愛という魔法を使って、時にいたずらしよう。
『
―*―
その姿は、獣とも人ともつかない、巨大な塊。
塊の中に大きく、目と口のような形が落ちくぼんでいた。
爛々と輝く瞳が、無数の牙を並べる口が、歓喜の表情を作っていた。
「普通に考えれば、これは記憶であり虚しい木霊でしかない」
「
「私はおまえを憎んだ」
「私はおまえを恐れた」
「おまえは私に笑んだ」
「おまえは私を愛した」
「私はおまえに誓った。良かれと思うことを、選び続けると」
「私はおまえを諫めた。今度もきっと、後悔すると」
「選び続けた末、無軌道に出鱈目に壊れた世界が残った」
「ああ、可哀そうな、私の可愛い王子。苦しみに苛まれ、痛みに倒れ、それでも立ち上がって、そして残酷なまでの大きさに晒されて……まだ、戦おうとするの」
「ここは普通でないとしても、敵や味方の在り様が変貌しようと、理が風化しようと」
「私はおまえの夢を叶えたいだけというのに。
「顕現に“存在の力”を擦り減らす、そういう存在のままのおまえである限り。世界存続の可能性を探す道に立ち塞がり、私をこの場に留めようとするおまえである限り」
「喰らえる人間なんていないのに。動かなくても何も変わらないというのに」
「それでも、良かれと思うことを、選ぶのだ。――ああ、幸い。ここには瓦礫も無く、私はおまえの表情を直接見ながら、戦えそうです」
カムシンは、穏やかで深い深い笑みを湛えて、常盤色の瞳を見つめた。
大好きなままの怪物を殺すために、抱き合えるくらいまで近付いた。
「本当に愚かな――私の可愛い、愛しい王子」
―*―
迷い、翻弄され、選んだのではなく選ぶしかなかったこの道。そうして訪れたのは敗北で、その敗北すら粉々に打ち破って破滅が目の前に広がっている。
「どうしようもない世界」
「如実自明」
今がどれだけ苦しくとも、見過ごして訪れるだろう未来は更に悪いだろうから……自分の願望がどれだけ甘い夢のような絵空事でも、それを掴めると信じて抗い続けるしかなかった。
地獄のような、この非情な現実が、ヴィルヘルミナにとっての『受け入れ難いもの』なのかもしれない。
「
「現実逃避」
ティアマトーが叱咤するが、ヴィルヘルミナは地につけた膝を上げることが出来ない。
「どうすれば……私は、何をせねば、いけないのか」
まず、数か月滞在した『良き街』が、何も残さず砕かれている。封絶は解け、修復可能な道理は無い。奥深い愛情で導いてくれた身重の女性、憧れを挫かれ日常を営むことの大切さを知った少年、変わった出で立ちの自分を徐々に受け入れた人々――全て粉々になってしまった。
その奥に何故か見える、堕ちた宮殿。数百年を費やした大望の結実の光景だが、それは『恋した相手が恋した通りに、振り返らず散った』光景でもあった。
背後には、屹立する偉大な魔神。……親友を、戻っては来たが育てた娘を、奪った姿。――自らの在り様から目を逸らさず、共鳴した愛した者たちの想いに完璧に応える、ありとあらゆる理不尽を破壊しつくす『純粋なる強さ』の姿だ。
「貴方の力は、全てを始めるために振るわれるのか。……無力な私に引導を渡すために、振るわれるのか」
ヴィルヘルミナはもしかすると、そんな“力”が欲しいのかもしれない。理不尽を覆し、不条理を蹴散らせる、どこまでも前向きに進んでいける“力”が。現実に持つのは、力を捌き少しだけ逸れさせるだけの、か弱いもの。
そんな存在に、憧れたかもしれない。現実の彼が持つ最も強い部分は、深い愛情を貫いた上で喪うことを恐れない、何があろうと誰が相手でも揺らがず屈しない心だ。
力も、強さも、努力では届かない位置のそれを望んでしまった。フレイムヘイズ『万条の仕手』はある意味不運なことに、自分では決して届かないと分かるだけの理性と賢さを持っていた。せめてとなるべく背を伸ばし、他の秀でたもので代用し、誤魔化してきた。
「届かない何かに手を伸ばし、奔り、失って……違う何かを手に入れ、愛し……やがて、それさえ喪ってきた」
「軌跡」
「何も、うしないたくない。なのに、誰も彼も、何もかも……この手からすり抜けていく」
無力感に、自分の弱さに打ちひしがれ、戦装束すら纏えない。神器“ペルソナ”は、簡単に壊れるヴィルヘルミナ・カルメルを守る仮面へと変化しない。
「使命」
彼女を奮い立たせ、強引に足を踏み出させたそれの名を、ティアマトーは唱えた。
「何も見通せぬ以上、私に想像可能な最良を引き出すために動くべき。――分かっているのであります。ですが、ここまで壊れた世界に一人が取り残され、
フレイムヘイズとして、何もせず座して待つことを――戦略上のそれでなく、諦めるという意味のものを――教える教えない以前の前提として、口に出さず考えに乗せることさえしなかった。
今のこの無様な自分の姿は、『完璧なフレイムヘイズ』を選び取った少女へは、育て親の一人として最大の侮辱になる。流れる思考は、身を震わせて拳に力は入れど、立ち上がらせはしなかった。
苦しみの中無理に戦い続けたヴィルヘルミナに、一人の『人間』としての限界がやって来たのだ。
「約束」
別れる間際に、少女から言葉を贈られ、自らも言葉で誓った。
「……」
ティアマトーによる手助けも、これが最後だろう。ここで立ち上がる意志を見せねば、契約解除という方法で苦しみから解放してくれる。
パートナーは無言で待ってくれている。悩む時間を与えてくれた。
(恐らく、私が死んだとて、
扉を作って送り出して、自らの役目は終わったはずだ。巨大な無念を埋火のように抱えているだろう『大地の四神』と、純粋な愛により生き方や世界を完結させている『
こうして挫けている間にも、時間はそれなりに通り過ぎている。今頃、目的地についているかもしれない。……世界は終わっているかもしれないし、逆に何らかの突破口が生まれているかもしれない。
冷静な状況分析で、逃げ道を作る。逃げ道を作るために、都合の良い推測を導いているのか。
(仮に、世界が救われたとして)
元の、息絶え絶えでもしがみ付けていた世界は、帰って来ない。これだけは確信して言える。待つのは新しい、苦しみ。
(あの子は)
こんな不甲斐ない育て親に、恋した相手を殺そうとした『あの時』以上の怒りを表すだろう。もしここにいれば、全力で叱咤してくれるはずだ。
少女だけでない、飲み友達や旅を共にした友人たちも、きっと、そうしてくれる。絶望に呑まれ死を選んだとすれば、悲しんでくれる――くらいは、思われている、はず。しかしそれで歩みが歪むほど、自分は大きな存在ではない。
届かず失ったものを、思い出してしまう。想い人、親友、故郷、人であること――もしも『そちら』で待ってくれているなら、こんな情けない死に様の自分を罵るだろう。
(私は)
独りだ。
誰かに必要とされたい。だから努力を重ね非力を技で補った。
強くなりたい。だから弱い自分を否定し
(偽物。精々飾り立てた虚飾でしかない)
結局、誰一人手に届かない。誰からも、必要と、されない。
「……?」
地面に一条の糸が落ちてきた。頭上でヘッドドレスの形を保っていた“ペルソナ”が、ほどけて落ちてきたらしい。
それは独りでに、仮面として編み上がった。
白く尖った、狐にも似た仮面に。
「こうして、正面から見るのは……」
本当に久しぶりだ。これを顔と表情にするために、いつも裏側を見ていたから。
これは、フレイムヘイズ――『強い自分』の、象徴。
親友にとっての強さは、『自身を先頭に切り込む騎士の軍団』だった。――それをわざと教示しなかったのもあるが、育てた少女にとっての
決して誰にも見せず、言葉には一度も出していない。知るとすれば、ずっと共に戦ってきたティアマトーだけだ。自分とは対極的な、『偉大なる者』と形容するに相応しい少女は、運命の悪戯か……自分と同じものを強さの象徴として抱いていた。
同じ夢を見て、彼女は魔神の姿と力を得て、ヴィルヘルミナは仮面を得た。これがきっと、器の差。
「私は、弱い」
自分が弱いと、知っているから。強い彼女『たち』と同じものを得られないのだ。
「弱い、者は……」
必要ない。そう、口に乗せかけて。
(本当に?)
自分を否定し続けた理性が、この結論にまで否定を投げかける。
(弱ければ生き抜けないのは真。しかし、根本から否定しなくても、いいのでは?)
多くの者が言うには、“紅世”が『弱さこそ罪』な世界らしい。生まれた瞬間から戦いが始まり、延々と力のせめぎ合いが続き、やがて大きな力に呑まれて死ぬ、そんな世界だそうだ。
しかし、ヴィルヘルミナが生きるのは『この世』。“紅世の徒”に蹂躙され、少数のフレイムヘイズくらいしか対抗しなかったが……フレイムヘイズでない人間を責めるのは、絶対に間違っている。
(何故なら、彼ら人間の営みが無ければ、フレイムヘイズだろうと強くあり続けられないから)
守るべき存在であり、ちょっとした喜びを紡ぐ存在であり、異界の怪物さえ含んだ世界を造ってきた者たち。
フレイムヘイズの使命は、言うまでも無く『両界のバランスを守ること』。しかし、実際のところ、そのような『見えず』『気宇壮大な』願望に殉じられる聖人は極々僅かだ。軸にあるのは復讐だが、裏打ちし正当化させる正義感の大半は『傷つく同朋の救済のために』だった。契約する“紅世の王”にとっては『異界の住人』に他ならないため、壮大なる『両界の守護』が大義名分として掲げられた――それだけだ。
(この世が『弱さ』を包括してくれる、なら)
弱さは罪ではない。
「弱い者は、弱い者としての役割がある」
強さを装うための仮面に告げる。
「誰かに必要とされたい。自分を騙し、飾り偽る者を、誰が必要とする?」
仮面を手に取り、立ち上がる。
「まずは、このような、どうしようもなく弱き『私』を、直視する。そうして、必要とされる何かを、私自身が見つけ出す」
仮面を見て、顔を隠さない。強くあらねばと、自分を騙すことはやめた。
「今は、この絶望の世界を、受け入れる。受け入れて――私がしたい、出来ることを、探す」
廃墟ですらない崩壊後の御崎市、崩れ落ちた『天道宮』、そびえる魔神。どれも、どうも出来ないだろう。
「神器“ペルソナ”を」
パートナーに、いつもの言葉で戦の準備を求める。仮面が糸にほどけ、新しい形に織り上がる。
「これは……」
素朴な刺繍が縫い付けられた、筒状の布。ヴィルヘルミナはこんなものを身に着けたことが無いが、強烈な既視感を覚えた。深く記憶を手繰り――
(……そうだ)
これは付け袖だ。故郷で一時期流行っていた、女性を飾るもの。身分に合わないからと、自分が身に着けるものとしては候補にも挙がらなかった。しかし――偶然見た、それで腕を飾った名も知らぬ庶民の女性の輝く笑顔は、不思議と印象に残った。
思い出すと同時に、勝手に腕を覆った。エプロンドレスと合わせて見ると、ちぐはぐな印象を受ける。
フレイムヘイズにとって、服装の良し悪しなど戦局に影響を与えない。ヴィルヘルミナはそう断じて、機能性だけを重視した装束を設定して、どれだけ不審な眼を向けられようと纏い続けた。
これからは。『自分に似合う』服装を考えよう。『万条の仕手』の神器は形に囚われず、エプロンドレスだって“もう養育係でないのだから”着替えていいのだ。
将来余裕が生まれたなら、と。絶望の中、明るい未来が垣間見えた。
「私が『着たい』衣装を吟味できる、未来を引き寄せるため」
心の軽さを、微笑みとして表情に出すと。
「貴女らしい」
新しい『戦装束』たる“ペルソナ”から、声がかかる。
「そこに辿り着くまでに一体どれだけの年月と労力を必要としたのでありますか感情を制し行動を促す理性とそれを深く受け止め悩む感性こそが貴女の強さでありますが自らの出す答えでなくば意味が無いゆえ道しるべにもならぬ端的な言葉しか掛けられなかったことは全く口惜しい限り」
契約時以来の、一気呵成の言葉。
「口惜しい限り……ですか。……私は、貴女の不愛想な言葉にも、少なからず救われ……」
強く見せるために使っていた、フレイムヘイズの定型句と勘違いした口調を、意識して封じる。ティアマトーも『普段の』言葉遣いを変えるのか、と少し期待を抱くが。
「開戦」
一言。
小さく息を吐き、前を見据える。
「心境の整理は済み、これから、どう立ち向かうか――」
仮面が無い分だけ、視界は広がっていた。
―*―
『この世の本当のこと』――異能者らが、よく口にすることば。
少しだけ広い視野を持てるため、なまじ『大多数』より腕っぷしが強いため、それがどれだけ傲慢か露ほども自覚せず、
異世界からの侵略者が、この世の何を知っているのか――そんな悲鳴を、マージョリーは拾ったのかもしれない。
「ま、私の思い込みでしょーけど」
深みに入りかける思考を、それ以上は意味が無いと、声を耳に届けて切り捨てた。
「……おめえが『これ』見て、落ち着いてられるってのには、俺も一安心だが」
「お黙りバカマルコ」
落ち着いた声だけを漏らし、いつもの実力行使には出ない。
銀色の炎の中に燃え落ちる『館』。それが契約以来数百年の時を経て、目の前に広がっている。
それを見せつけられて、数百年の旅路の名残たる激情が疼いた。疼いて――マージョリーは激情に囚われない。
旅の果てに眠り、目覚めて新しい旅へと出た。今のこの自分は、復讐に囚われた暗い血濡れた殺し屋ではない。
「“銀”は、私のしたいことを代わりにやっただけ」
「ユージが言うにはな」
よく自分を襲った悪夢のものと、同じ声色の悲鳴を聞いて、何もしない。自身が抱えた『拒絶』を映しているだけと、理解しているから。
「私の数百年の復讐の旅路に、意味なんて無かった」
「今まで生き抜けて来たんだ、でけえ意味だろ」
「別に」
少しの不機嫌を感じ取るも、マルコシアスが危惧したような『目の前の光景』に対してではなさそうだ。
「今まで生きてきた時間とか、戦いとか、旅とか、そういうのを否定するつもりなんて無いわ。あの放浪の末に、ケーサクと……エータ。二人だけじゃない、皆に会えたんだから」
「んじゃあなんでい。おめえが見た悪夢を、心行くままブッ潰すチャンスたあ考えねえのか?」
「今更『これ』をどうこうしてもね、って。全部燃やして砕いたとしても、すっきり出来る何かなんて無いもの」
目の前のそれは、言葉と感情だけでばっさりと切り捨て。
憮然とした口調で、吐き捨てる。
「守るつもりのない返事を押し付けられて、いらついてんの」
「……」
別れ際に交わした約束。それに対する答えで、薄っすらとした予感は確信に変わった。
薄々勘付いていたマルコシアスは、黙った。
「
守るべき者らの名を連ねて。
「人間じゃなかったって聞いて、凄くしっくり来た。昔に惚れたのは、私を求めず、私が求めた分だけ返すとこ。そんなもんそばに置いてたら、私は駄目になる――だから別れた。人間味を感じないまでの『無償の愛』っていうの? そんなもの、願い下げよ」
若く不器用で真っ直ぐな青年の顔が過ぎり、必ず取り戻そう、と一瞬だけ目を閉じた。
「――。飲み友達として、時々隣に座ったのは……あれが目当てじゃなかった。人間味の無さをいっぱしに悩んで、人間らしさって何か考えて、繕って、装って……そういう、その辺の人生謳歌してる人間よりもよっぽど人間臭い部分が、
恋愛の『好き』ではないが。薄皮を剥いで見える無気味さの、更に奥で。必死に足掻く何かが垣間見えることもあった。
こんなこと、本人には言えない。言えないが、自分に対しては極端に鈍感な彼は、自らの『そういう』部分を自覚しているのだろうか。
マージョリーは、肩をすくめて首を横に振った。
「あいつがそれ選んで、結果的に良くなるんなら文句言わないけど。こっちが『それ』察してるの普通に気付いてて、まるでお互い気付いてないように平気で嘘吐かれたのが、一番ムカつくのよ」
短く、虚ろで、偽りで満たされていたとしても――確かに、そういう関係だった。最期くらいは甘えられてもいい、だから『約束』を持ちかけた。
「さ」
マージョリーは『館』に背を向け、歩き出す。
「
自らの過去を一蹴し、されど棄てず、糧として今動き、未来を求める。
―*―
ひとり、取り残された吉田一美。
耳に入った情報を必死に咀嚼し、異能者らとは比較にならない経験や知識、感覚の乏しさを逃げ道にはせず、やるべきことを懸命に探していた。
(初めに残った
恐らく、これまでの戦士らと同じように送れたはず。通り道を作って、くぐった後の背は消えて見えない。
(ミコトさんは、何もしなくていいと言ってたけど……)
同行を認められた代わりに、『生き延びること』を義務付けられた身だ。変に動かず待機するのも、立派な行動ではあるだろう。
(道を作った皆さんは、何かに納得したような顔で送り出してくれた。でも、私には何も見えないし、分からない。これはやっぱり、人間だから……?)
トーチの消失は感じられるが、胸に灯る炎は宝具の力を頼らねば見えない。“紅世の徒”の異質さ、フレイムヘイズの大きさを、なんとなく『違う』と感じられても、判別は出来ない。やはり、人間でありながら彼らと同じ列に並んで“戦う”など、無謀なのだろうか――。
(それを理由に何もしないなら、ここに来た意味が、無くなる)
心を奮い立たせ、また、勇気の一歩を踏み出す。
(皆さんと私の、他の違いは……)
まず、戦士でないこと。……夏場に蚊を叩いて潰すくらいはするが、それよりも踏み込んだ屠殺、人殺しとは縁が無い。そして異世界“紅世”の住民や関係者とは、戦ったことすらない。
他には、生きた年数が見た目通りの十数年だということ。知らない顔も多かったが、創造神の儀式場に殴り込んできた者らは全世界のフレイムヘイズの中でもトップに位置する者だと、暇潰しにとラミーが語ってくれた。強いフレイムヘイズは、単純に長く戦って経験豊富な者が占めている。シャナは、実年齢は吉田とほぼ変わらないといつか話してくれたが、彼女の『強さ』は色々例外らしいと聞く。
(……それ、くらい……?)
見えたのは、余りにも未熟な己の在り様。皆はきっと、数える意味も無いほど多く戦い、死線を乗り越え、命を落としかけ、奪って、苦しみ、生き残ってきたのだろう。
(ずっとずっと戦ってきた人たちだから、『拒絶』との戦い方も、知っていた……?)
そうだ。吉田自身が相対しているはずのものは、『拒絶』。
(私にとっての、受け入れられないものは?)
彼らは己を知って、自らにとっての『拒絶』をはっきりと認識していたのではないか。
なら、吉田にとってのそれは。
(……ゆかりちゃん)
意識が捉えられないまま、死んだという親友。
(坂井君)
異界に深く踏み入るきっかけとなった、恋した少年。
(受け入れられないのは、トーチ……人が何も出来ずに、誰にも気付かれないまま消えていく世界)
頬に、涙が伝う。
(そんな悲しい世界は、変わろうとしてた。誰も食べられない世界は、新しく作られかけてた)
生み出されようとしていた新世界は、“紅世の徒”が人間を喰らう必要の無い世界だった。坂井悠二は、親友を始めとした欠けた人たちを『思い出』の中から蘇らせようとしていた。
「なんで、ですか」
それなのに、全部壊れてしまった。
「もう少し待てば、明るい未来が待ってたのに」
壊している存在は、『この世そのもの』らしい。古より降り積もった、喰われた人々の怨念が、台無しにしてしまった。
「……」
待てば来る未来を『拒絶』したのは。
「その先にも、居場所が無いから……?」
消えて忘れ去られた、可哀そうな命。生きて積み上げたあらゆる痕跡を、ただの食事で根こそぎ奪われた、可哀そうな『誰か』。
『彼ら』は淀んで溜まって、どこへも行けなかったのだと言う。出口を見つけて飛び出し、自分たちを喰った怪物たちを見つけて、滅ぼそうとした。
――――クルナ
耳に響く。幻聴か、そうでないか、分からない。
意味が響く。異世界の捕食者への『拒絶』だ。
「そう、ですよね……」
胸に響く。これは共感だ。
「
戦士でないから。まだ喰われていないだけの、被食者だから。
「……でも、大丈夫です」
今、こんな場所にまで、人間でしかない吉田一美が
「私をここまで連れて来てくれたのは、怪物が誰かを食べるしかない、そんな世界を変えようとした人たちです。……『あなたたち』を、救おうとしてくれてる、人たちです」
手をかざすと、硬質な壁がそこにある。壁の奥、壁を築いた心を感じて、静かに訴えかける。
「どうか……受け入れてあげてください。絶対、『あなたたち』を、救ってくれます」
触れた壁が、脈打った。――そんな気が、した。
―*―*―*―
坂井悠二は、己自身と対面していた。
いつかの夢のような真っ黒な自分ではなく、色づいた。自分と同じ背丈の、自分と同じ顔をした少年だ。
「僕が棄てたもの――君は、残り滓でしかない僕に対しての、『本当の坂井悠二』、だね?」
「ご名答。使えるモノなら神をも使う、『廻世の行者』坂井悠二」
「……?」
「ああ、ごめん。そんな名前、『この世界』には“存在しない”んだ」
緩く笑う少年を、不思議な感覚で見つめる。自分であって自分でない、他人と断じられないくらいには近しい、しかし『決定的に異なる』己自身を。
道を開くために残った者らは、拒絶へ何らかの答えを示さねばならない。自分に割り振られたこれは、何か『違う』らしいが……悠二は答えへの道筋を探るため、声をかける。
「――僕は、“紅世の徒”が放埓する世界をそうじゃないものへと変革させる流れに、助力した。その流れに、御崎市が元に戻る計画を織り込ませた」
「その『救い』の中に、僕は含まれていなかった。僕だけを欠落させた御崎市を残して、故郷が欠落した新世界へ君は旅立った」
『本物』は、淀みなく応答する。坂井悠二の計画を、十全に理解している――が、何故過去形なのだ?
理論上、
「君の望みは、君の――僕自身の、救済?」
「変なことを言うね、『君』は。――愛は我が儘でいいんだって気付いて、愛した『彼女』が受け止めてくれて、終わりは無いけどどこか明るい旅に出る――そんなハッピーエンドを迎える君に、救済の必要はあるのか?」
「……何が、言いたい」
先ほどから、抱える情報に差異を感じる。
彼が悠二の望みや“蛇”の計画について知っているのは、別に不思議ではない。しかし。
彼は、まるで――何事も無く新世界が『誕生した』後について、語っているようだ。
「何度も何度も繰り返していたのに、分からないか?『僕は本物の坂井悠二ではない』と。『残り滓の君』が居て、『本物の僕』が居る。僕らが『別の存在』だと定めたのは、君自身だろう? 坂井悠二を切り分けたのは君で――生じて、なのに言及されず、誰にも見向きされず、黙殺されて――そうして、『歪み』は生まれた」
確かに、悠二は胸の内で“
「道程は
鏡を通して飽きるほど見たはずの自分の顔が、怖気を催すほど歪んだ笑みを浮かべている。
「
本物の坂井悠二は、そう宣った。
「“祭礼の蛇”の『代行体』として、不完全だけど本物の創造神の力を、君は得た。それでかな……僕に、願う力が生まれた。願いは、始める力の種になる。始める力が芽吹けば、やがて世界が育つ」
深い笑みを湛えたまま、空を仰いだ。
「僕を救ってくれる存在がいるなら、それは誰だろう。誰も彼も、残り滓の君しか見ない。――もしも、小さい頃から僕と一緒にいる、兄でもいれば……なんて願った。母さんが生んで、生きることの出来なかった兄さん。兄さんが生きていれば――とは思ったけど、それはやめた。『坂井悠二の双子の兄』は、生きられなかったという事実で坂井悠二の背を押す存在だから。……僕は君の旅路を邪魔するつもりは無かったんだよ? 君と同じようにシャナを愛したし、君と同じように故郷を愛した。君と同じように、世界から『悲しい
楽し気に、語り続ける。
「だから、兄という存在は親友に預けた。でも、その親友は日常から逸脱しなかった。日常から、世界を一変させるだけの力は生まれない。君個人を救う力はそれでいいかもしれないけど、頑固な君を心変わりさせて、異世界の暴虐に晒されるこの世を覆して、『僕という存在』を還すには、途方も無い力が必要だ。だから――もしも、この世に『人間の想いを汲んでくれる神さま』がいれば。そう願ってみた」
清秋祭で壊れた御崎高校が、砂のようにさらさらと崩れる。虚無を映す空と地平線、狭い足場――現実の
「その結果が、これだ。神さまが天罰を下すには、裁きを与える対象を見定め理解しなきゃいけない。知って、憎悪にまで膨らんで――時が時、数が数だから、“紅世”を壊そうとした弾みでこの世を叩き潰してしまうような、深い怨みのまま平等に巨大な力を振り回す、そういう
御崎市は元々の半分以下まで墜ちて、ところどころに虚無を湛える大穴が出現している。“蛇”が振り撒く終焉を遅らせようと、半ば自棄になって思考を放棄して足場を守る“徒”たち。中心に聳え立つ魔神は、紅蓮の炎を『世界に残された最後の希望』の如く猛らせ、暴虐を正面から受け止め防いでいる。
「……君に、
悠二は『本物』に問う。何を言われようと、世界がどうであろうと――悠二にとっての『世界』は、ここだから。
「僕は願う力しか持っていない。“紅世”や世界に立ち向かう力、願いに応える力なんて、無い」
彼にも、最早どうも出来ないと。
「君の方がよほど、世界を動かす“力”を持っているんだよ? 人間として死んだ、世界中の誰よりも無力なこの僕がなぞるのも、皮肉だけど……創造神と同じこの言葉で、君に問う。――どうやって、そこに辿り着く、坂井悠二――?」
『
目論見が世界ごと崩れた今も、この望みは変わらない。
「“紅世の徒”が跋扈し、人が喰われ、フレイムヘイズが復讐に立ち上がり、みんな死ぬ――この戦いを、終わらせる」
まずは望みを指さし。
「この世も“紅世”も共倒れ、だなんて『終わり』は認めない。だから、まずは『世界』を救う。世界が続くのなら、確実に旧世界から『何かが』変化している。そこから、本当に戦いを終わらせる『何か』を見つけ出す」
望みへ至る階梯へと視線を下げ。
「今、『世界』のために僕が出来ることは――君を救うことだ」
切り棄てた自分自身を見た。
「
「――言ってみて」
「僕の望みの実現。君である僕の救済。そして――」
歩み寄って。
「僕に、知って欲しかったんだろう? 聞いて欲しかったんだろう? そこにいることを。僕自身の叫びを」
手を伸ばせば触れられる位置にまで、歩み寄って。
「帰っておいで」
触れようとして、『本物』は一歩離れて笑った。
「君はこう思っている。
図星だった。
「使えるモノなら神をも使う、なんだろう?」
皮肉でも自虐でもなく、悠二も笑った。
「打算の無い君は、僕じゃない。そういう君を、『僕』は嫌いじゃない。でもね、残念だけど……僕を受け入れたって、そんな『都合の良い解決策』は生まれない」
「そうなれば御の字だし目当てだったけど、そのためだけに帰って来て欲しいんじゃない。君が僕の望みを願ったのだから、僕も君の望みを叶える。――『自分さえ救えないやつに、他の何も救えない』、誰が言ったのか知らないけど、今はそう思うから」
二人で、声を出して笑った。最後にこんなにもおかしい気分になったのは、御崎市から旅立つより前だった気がする。
「合格。僕は、僕の居場所に帰る。……頑張って」
二つの手が、合わさった。