【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

29 / 39
20 手を取り合おう

 

 憎悪の矛、拒絶の盾。二つの側面を越えて、大きな力を前に縮こまって震える本質に、目視し触れられるまで近付いた。

 

「遊び疲れたなら、帰る時間だ」

 

「どこに? どうやって? きみは簡単に言うけど、『私たち』はどうすればいいか知らないし、きみもそんな力は持ってない」

 

 小さな肩に触れようとした手を、止める。『黄泉平坂』にあった壁のような力は無いが、拒絶がそこにあるから。

 

「曲がりなりにも『討ち手』として活動出来てた力すら無い今は、そうだな。けど単純な話、力はお前さんが持ってる。お前さんが持たない知識は、俺が持ってる」

 

 世の中に万能は無い。だから力を合わせるのだ。

 

「どうするつもり?」

 

「ちょっと隣、座るぞ」

 

 幼子のかたわらに、ミコトは腰を下ろした。

 

「お前さんは『創世神』。宇宙に火を灯し、大地を捏ね上げ、命を直接的に育む神々を創り上げる――“いるということ(存在)”の根源()を司る、そういうものだ」

 

 異世界からの“客”は、その“存在”に干渉し食む力を持っていた。だから彼らは欠けて、人々の記憶から零れ落ちた。

 

「対する俺は、その中に紛れ込んだ不純物。……日本人って、中々変な思考回路を持ってるらしくてさ。欠落を尊び、空白から意味を受け取る――そういう民族なんだ」

 

 日本人が神と接するために建てた社は、巨大な箱である。参拝して目に見えるのは、包装部分。神を祀る本殿に参拝者は立ち入れず、本殿の中核で祀られる神体が『入る』という箱は、神社の主でさえ易々と暴けない。そして、その箱の中には――何も入っていない例も、多いらしい。

 

「何も為さない神に、何もさせないまま、色んな権能や力を持たせて、ご利益にあずかろうとした。訳分からん、無茶苦茶な流れだが……俺は居場所としてお前さんのそばに配されて、だけど違う力を持ったままだった」

 

 ミコトは一本一本、指を折る。

 

「まず『月』と『夜』だろ? 月齢で季節を決めたり吉凶を伺ったから『暦』や『占い』。暦で作業を決めてた『農耕』。月一の命に関する現象から『女性』や『安産』。潮の満ち引きから『海』、『航海』。延々と満ち欠けを繰り返す性質から、『命』、『水』、『不死』、『黄泉』……」

 

 頭をガシガシと乱暴に掻く。

 

「どんだけ属性盛るんだよ。――まあ、そーゆー日本人の『謎に魅力を感じてあれこれ妄想する』オタク精神で、俺には『死神属性』もある訳だ」

 

 それを実感したことは無いが、言い切る。まずは信じさせ、頼らせねばならない。

 

「俺が任されたらしい『夜の食国(おすくに)』は、実際どこにあるのか、何があるのか、誰がいるのか、きっちり定まってはいない。定まってないなら、意味を後付けするのも自由だ。なら、迷ってどこにも行けない“魂”の行き先、安まる場所――()()()()()()()、してみないか?」

 

 出来る証拠は無いが、出来ない根拠も無い。自覚も保証も無いのだから、『出来る』と自分や彼らを騙さねばならない。

 

「納得いかない」

 

 幼子は、暗く呟いた。

 

「『私たち』は、ただそこにいたってだけで、殺された。今ようやっと、報復に出られたのに、それを放棄しろって?」

 

 彼らの中に、選択肢が生まれている。少なくとも『そう出来る可能性はある』くらいには信じられている。

 

「やられてきたこと、時間、数……途方も無く積み重なってる。報復も復讐も、当然の権利さ。――けどこうして『被害者』の方を止めに来たのは、どう考えても『それが一番したいこと』じゃないからだよ」

 

 不審げに目を細め、こちらを見る。

 

「お前さんは『創世神』、戦う神じゃない。お前さんの意思を形作った“魂たち”も、何も出来ず恐怖を抱きながら死んでいった『ただの人間』だ。――みんな、『助けられる側』なんだ。奮起して戦って復讐して報復して――なんて、柄じゃないだろ」

 

 復讐や戦意に“魂”を燃やす人間は、ここにいない。一枚板でなかった“客”と共鳴し、両界の力を宿す戦士となった。

 

「恐かったろ? 戦いは。壊すのも殺すのも、すげーしんどいだろ?」

 

 幼子は、震えを止めない。

 

「そういうのは、戦えるやつらに任せろ。向いてないんだ。向いてないんだから、震えて縮こまってて当然だ。向いてないやつらは、助けが来るのを待っていればいい。俺たちが、なんとかする」

 

 誰も解決しようとしなかった。“客”が去ろうとしたのは欲望のため、『戦士』が立ち上がったのは自分自身の復讐のため。誰も、助けようと、しなかった。

 

「お前さんなら、見えないか?『拒絶』と対峙して、向き合ってるやつらが。あいつらなら、それぞれ形は違っても何らかのケリをつけて、その上で『お前さんを助けようと』また歩き始めてるはずだ」

 

 最も受け入れ難いものと相対した者ら。幼子の下には、彼らの『戦い』の光景が集っている。

 

 時代の無情に呑まれ挫かれた『神たらんとした者ら』は、己らの在り方を見つめ直し、苦しみや葛藤を受け入れる覚悟を決めた。

 唯一の肉親を見捨てた罪悪感に苛まれていた『少女』は、自身の罪を罪として受け入れ、最良へ歩むための原動力へと変えた。

 種の壁を飛び越えて互いを愛する『恋人たち』は、ひとつを愛する個では決して乗り越えられない永遠を、いつかを迎えるまで逆らわず乗りこなそうと約束しあった。

 在り様を許せず自ら愛を葬った『英雄』は、愛を確かめ貫いた上で、自らであることを捨てずそれも貫いた。

 他者を主軸に足掻いてきた『漂流者』は、自らに無理やり嵌めていた仮面を取り、自分を挫いた絶望と再び向き合った。

 過去と今と未来と自分の全てを憎しみに費やした『復讐者』は、自らを形成したそれに見向きもせず、未来を繋ぐ希望を探している。

 守られる()()のはずの、『ただの人間』は、涙した。

 

――――その先にも、居場所が無いから……?

 

 自分を憐れんでの涙ではなく、それは共感だった。

 

「来るな……」

 

 ここは彼らが作った、僅かばかりの安らぎを得られる、唯一の居場所だった。

 行き先を喪ったそれを引き受け続け、変質し、変質の結果破綻が忍び寄って来ていたのは、知っている。

 幼子は、感情の処理の方法を知らない。溜まる一方の憎しみの捌け口が開く兆候を見て、機を待ち、隙間が見えてこじ開け、ようやく発散の糸口が見えたのに。

 それは望んでいない? そもそもぶつけ終わる前に壊すものが無くなる? 真実はどうしようもなく非情だ。

 

「俺たちは、お前さんを救いたくてここまで来た」

 

「踏み込むな。ここは『私たち』の部屋、違う何かが来ていい場所じゃ、ない」

 

 拒絶の言葉には、裏打ちする力がこもっていない。ミコトは構わず近付く。

 

「心の底からそう思ってるなら、俺はとっくの昔に消し飛ばされてる。『異端』なんか、考える力も持てないまま排除されてる。そうしないのは、誰かに助けに来てほしいからだ」

 

 この『異端』は、意図的に生み出した物ではない。抱えていられないから切り離しただけで、役目も持たせなかった。

 

「お前さんを助けるには、小さいし力不足だった。――こんなにも遅れたのは、本当にすまないと思ってる。今ようやっと、援軍も連れてこられて、なんとか出来るまで進められている」

 

 しかし、言葉にならない要求は、ほぼ確実に拾って応えてくれていた。そうしないとしても、彼を消すことはなかっただろう、不思議とそう思っていた。

 

「他人が助けられるのは、自分で助かろうと手を伸ばすやつだけなんだ。――お前さんの協力が、必要だ。少しだけでもいい、信じて、くれないか?」

 

 肩に、手が置かれた。触れられただけで、伝わるのはぬくもりだけ。

 

――――どうか……受け入れてあげてください。絶対、『あなたたち』を、救ってくれます

 

 己が壊した世界に残った唯一の『ただの人間』が、語り掛けてきた。その人間は、大きな力を前にしても、そうと知って無力なまま進むことを知っていた。

 人間も、『強さ』を持てる。

 幼子は、頷いた。庇護者の顔が、安堵で緩んだ。

 

「分かった」

 

「ありがとう」

 

「全部、託す」

 

「……?」

 

「後は、任せた」

 

「――待て」

 

 ミコトの脳裏に警鐘が打ち鳴らされる。

 

「必要なのはあくまでも『協力』であって――」

 

「うん。『私たち』の力、()()託すよ」

 

 それは、いけない。

 

「待て待て待て待て、今この状態で、全部背負わされたら――」

 

 立ち上がり、数歩離れて距離を取る。

 

「何か不都合はある?『私たち』が消えたとして、制御不能な“魂たち”を『新しい場所』へ移動させるって共通の目的があるんだから、それは実行されるよ。――なに? 本当はそんなこと出来ない、なんて言わないよね?」

 

「言わないが! まだ、タイミングが――」

 

 ミコトは、日本人にありがちなミスを、犯していた。

 

「なら、そのまま時機を待ってればいい」

 

「他にもやることが、俺の意識が消えちゃ――!」

 

「え、『私たち』の救出に来たんじゃないの?」

 

「それはそうだ、絶対やる!」

 

 日本人は、古来自己の中心に『空白』を置いてきたのだという。それ故、確固たる自我が育ちにくく、包装(ペルソナ)だけが立派に育ち、結果欧米諸国より『自己肯定感の低さ』が目立つ精神を擁していた。

 

「じゃあ問題無いね」

 

 そういう『日本人らしさ』と、これまで力の差で押し潰されてきた、種としての弱さから来る膨大な敗北経験。

 それらはミコトに、『説得の完了』や『完全なる信頼関係の醸成』など()()()()()()と、無意識の内から思わせていた。

 

「きみが来てくれてよかった。小さいのに、とても頼りになる」

 

「そりゃ一人じゃないからで。一人じゃない分、俺のやるべきことが他にまだある訳で」

 

 そう、一人で解決するつもりだった問題を、この世界に生き残った『ほぼ全員』が協力してくれているのだ。

 説得の最も大きな障害となる『憎悪』は、天罰神が発散させつつ削ってくれている。幼子の様子を見るに、『拒絶』と対面した者らも“心を動かすくらい”上手くやってくれたのだろう。

 

「何とかするって約束を――」

 

 援軍となってくれた戦士らに提示した、『何とかする方法』の二つ目が、成功した。それは『世界法則』の全面協力を受け、()便()()事を為す、数百年後に予定し今回は切り捨てた策。

 何故切り捨てたか。この現代に成功するとは『微塵も思わなかった』上に、『全の異常の修正』以外にもするべきことが増えて、()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「約束? ……まさか、人間を助けるつもり?」

 

 策が目論見より、早く完全に『成功』してしまった。結果、踏むべき段階をすっ飛ばし、『全』にとって()()のハッピーエンドを迎えようとしている。

 世界にとって人間は、この世にいる数多い種の一つでしかない。人間でさえそれだというのに、世界を荒らした“客”まで救おうとする精神など、存在さえ認められない。

 

()()()()()、別に放っておいていいね。『世界』は残ったし、その内何か生まれてくるかも」

 

 要は、ミコトは自身の“心の力”を過小評価していたのだ。本気で説得して寄り添い、少しだけ心が揺れて外の破壊の手も緩めばいい方だろう、という程度の力としか思っていなかった。条件が整った後に大人しく付いてきてくれるまで落ち着かせるのが、目標だった。

 成功するなどと思わなかったから全力を尽くし、全力を尽くした結果加減を見誤り、成功し過ぎて仲間との『約束』を果たす方法を取り逃がしてしまった。

 

「あ――」

 

 幼子が、崩れ落ちる。空間に溶けて、築かれていた拒絶も消滅した。

 

「駄目、だ――やばい」

 

 拒絶で塞がれていた『繋がり』が復活した。繋がりから、力が入って来る。ここ五百年の修行の成果で、力が戻った時の精神的不安定さを克服し、完全なコントロールが可能となっている。

 しかしこの今に託されたのは、『全部』。『“存在の力”を司る世界法則()』の力だけなら、まだ制御出来るのではないかという希望はあった。

 

「約束した、『両界』を救うって!」

 

 来たる破滅に備え、『自分』としての意識を強固に保つ。

 力が溢れるにつれ、自らでは理解しがたい『何か』も、雪崩れ込んでくる。

 

「呑まれねえ、みんな救うまで!」

 

 力が満ちるにつれ、知覚へと入って来る。全が作り上げた『部屋』に押し込まれた、数千年淀み続けた“魂”の群団が。

 それらは、機械的に世界を営んでいた『世界法則』を、自らの力で壊させるまで狂わせたものだ。

 

「俺は神じゃない、フレイムヘイズなんだッ!」

 

 個としての力(フルパワー)の数倍が注がれ、人として積んだ意識が揺れて曖昧になる。誓いを意志で繋ぎ続ける。

 

「壊れた世界を――」

 

 意識の混濁が進む。在ったはずなのに無いうすら寒い感覚。自分たちを麦の穂としか見ていない上位存在の眼。解かれ奪われ失い喰われた記憶。

 世界中で数千年に亘り量産された、被食者としての感情の濁流。払っても祓っても『自分であること』に癒着し、積もり、塞がれ、埋もれてゆく。

 

(壊す――違う、戻さな……安らげる場所……作、行く、もう――)

 

 一筋の記憶が、紛れ込む。

 

(――「ミコト、おまえは決して私に勝てない。『最弱のフレイムヘイズ』として負け癖のついた、おまえには」――)

 

 また失敗して、負けた。絶対に負けてはいけない、世界を賭けた大一番に。自分を喰った『父』の、冷酷な眼に見られているようだ。

 

(また――)

 

 あの負けで、何を失った。世界に顔向け出来ないほどの罪悪感と、立ち上がる気力を攫う無力感を連想した。

 

(負ける訳には、いかない)

 

 捉えられる『自分であること』は少ない。『両界を救う』という目的意識、それを消してはならないという反発心――残ったそれらだけに集中する。

 

(負け癖? ふざけんな)

 

 星の数ほど多い負けを意味あるものにするため、この今、ここで、勝つ。

 

「消えて――たまるかッ!!!」

 

 “心”を燃やし、“魂”の限り、叫んだ。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 今際の叫びは、己たる意識が掻き消える直前の悪あがきだった。

 二千五百年積み上げ育ててきた“心”も、一個人のものでしかなかった。数千年の数量に勝つ道理など、存在しない。

 

 途切れ。

 失って。

 聞いた。

 

「……あなたの叫び、聞こえた」

 

 引っ張られる感覚を覚える。

 

「それは、両界の狭間を越え……その先の皆を振り向かせるには、十分だったわ……」

 

 目をうっすらと開く。

 

「……でも、あなたの声に応えるのは……私が、一番乗り」

 

 炎が揺らいでいる。色は、全てを掻き消す忘我の色、純白。

 

「危なかったわね、ミコト。……消えかけてたけど、何が起きたの……?」

 

「シャヘル……?」

 

 名を呼ばれ、連なるように『自分』が戻って来る。

 

「覚醒させ、呼び起こす……私の力が無きゃ……そのまま、消えてたわ……」

 

「『導きの神』……導きなくば儚く失せる、新たな灯火を、大火へと昇華させる神さま、か」

 

 誰かの助け――導きが無ければ、ミコトは“魂”に埋もれて一体化し、無いと同じになっていただろう。

 倒れかけている身体から伸ばした手を、シャヘルが握り支えている。離さず引っ張り合って、自分の足で立ち直した。

 

「ありがとう、間一髪で世界は救われた。――けど遅かったぞ」

 

「『この世』との共振が途切れて……“みんな”で探してた……」

 

 パートナーの小さな抗議を、『やることはやっていた』という報告で封じさせる。

 

「“紅世”は大破して……元と同じまで修復するのは、難しい。……でも、完全な崩壊はしていない……」

 

 この世が“紅世”の放埓で滅びないように、“紅世”もこの世の攻撃で滅び切るほど、やわではないらしい。

 

「多くが『両界の狭間』に落ち……未曾有の災害『大災厄』で、多くが絶望して……()()()()諦めないで、しぶとく希望を保って、出来ることを探していたのが……一握り」

 

 ぽつぽつとしたよく知るシャヘルの語り口調による、彼女の成果を聞く。

 

「そんな『生き残り』を……片っ端から『眷属』にした……。あらゆる距離や障害を、強引に越えさせて……私を介して意思を繋げた……」

 

 そうやって、『生き残り』にまとまった行動をさせるための準備を整えていた。

 

「『狭間』に落ちた、この世で戦ってたフレイムヘイズも……割と、拾えた。()()諦めず、戦おうとしてたら、私の『声』が聞こえたって……。そんな『彼ら』を探すのは……鳥の姿の、フレイムヘイズ……? 影みたいな彼らが、随分助けてくれたわ……」

 

『狭間』に在ってなお動ける、鳥の姿のフレイムヘイズ。神秘的で、何かのおとぎ話の登場人物のように聞こえる。その正体は気になるが、今後きちんと知る機会は無いのだろう――ミコトはただ、感謝した。

 

「救命活動と、反撃準備と、あなたと“祭礼の蛇”や“天壌の劫火”が残っているこの世の捜索……やれることは、やった……」

 

 それ以上は求めるな、とシャヘルは肩をすくめた。

 

「ありがとう、やって欲しかったこと、網羅してる。――『生き残り』の中で、“紅世”だけじゃなく『この世』も直したい、って思ってるやつ。……フレイムヘイズの数でいいや、どれくらいだ?」

 

「フレイムヘイズだと……おおよそ、二千五百名。……中国の負け戦で己を見つめ直して、『生きる』と決めた――あなたが生かした『彼ら』の割合が、大きかった……」

 

 確か、あの戦での生存者は二千四百前後。そこから絶望に呑まれた脱落者を引いて、そうならなかった東西戦線参加者やその他を加えれば、それくらいかもしれないと計算した。

 しかし、その数とはつくづく縁がある。『運命のいたずら』を感じ、顔をしかめた。

 

「中の“王”も含めれば、五千かな。更に“紅世”に残った契約待ちも足せば、もう少し。……起爆剤としてなら、十分過ぎる」

 

「何をするの……? 私が必要、としか聞いてない……」

 

 シャヘルとの会話でも、『緘口令』はしっかり働いていた。

 

「アシズが『世界法則』って呼んだ、シャヘルを閉じ込めた『あれ』……何て呼んでる? 俺は『全』って呼んでた」

 

「……『大きなもの』」

 

「なる。こっちの生き残り相手の説明では『全』で統一したから、悪いけど今はこっちの呼び方使うぞ。今回の『大災厄』の主体は、お察しの通り全の暴走だ。暴走の原因は、制御不能の喰われた人間の“魂”数千年分に乗っ取られたから、って感じ。俺を消しかけてたのもそれ。全の暴走は止め終わって、“魂たち”の処理と世界の修復の条件が揃った段階まで来た」

 

 つまり、ミコトの力とシャヘルの帰還。二つの前提が揃った。

 

「全から後事を丸々託されたから、フルパワーどころじゃない力を、今は持ってる。……俺であるまま制御出来てるのは、シャヘルのサポートのお陰だ。それが無けりゃ問答無用で消し飛ぶから、頼むぞ?」

 

 シャヘルは『ミコトの意識』を握る手を強める。

 

「『都喰らい』ってさ、本来は『新しい神』を生み出すための儀式だった。ティスを蘇らせてくれる、アシズに都合の良い神さま。“存在の力”を喰らって全の能力の一端を得るように、『新しい神』を丸ごと喰らって“そいつ”の能力を得ようとしたんだ」

 

 そのために。

 

「オストローデ市で、アシズは喰らう直前の一人ずつに、俺が持ってた全の力で作った『新しい神』の概念を植え付けた。二千五百人が持つ共通の『都市伝説』くらいまで発展させてから、一気に『概念』を吸収した。結果、アシズは俺の力を得て、俺は『新しい神』の力を得た。二千五百人分じゃ力不足で、ティスをもう一度構成させるのが限界だったが」

 

 生まれ直すきっかけとなった、青い光が瞼の裏に蘇る。

 

「――今回は、五千余名を種火に御崎市から順番に復活させて、()()()()()()()()()()を復活次第増やしていく予定。アシズが手作業でやったばら撒き作業は、シャヘルなら権能を使って自動で出来る。生み出すのは、この世と“紅世”をいい感じに修復した上で、“魂たち”が安心して眠れる場所を作ってくれる、俺らに都合の良い神さま」

 

 シャヘルは、静かに訊ねる。

 

「……あなたを生贄に、私に神意召還をしろ……そう、言ってるの?」

 

 この解釈が、正しいなら。

 

「この世の神は、どうやら全の力と概念と名前、その三つでこの世に顕現できるらしい。俺の全を内包した“存在の力”を声としてばら撒いて、概念と名前を『知らしめる』――我ながら完璧な作戦だ」

 

 得意げに言う彼が、許せない。

 

「……私は、声を世界中に降り撒くだけで……回収は、出来ない。あなたが言うなら……『新しい都合の良い神』は、誕生するのでしょうね。……でも、()()()()?」

 

 己の手を握る彼女の力は、痛いほど強い。

 

「――アシズの前例から、全の『創世神』としての力は、シャヘルに振るって貰うことになる。知られたくないからって知ったやつを喰らう存在は、もう消えた。遠慮なく存分に使え。この世の物質と命全部を修復できる手順(マニュアル)は、今組んでるとこ。“紅世”の方の修復は、悪いが理解不能だからノータッチ。修復に組み込めるように余白を残すから、そっちで上手く織り込んでくれ」

 

「……ねえ」

 

「俺は“魂たち”の居場所作りとそこへの誘導。()()()()なら人間が“存在の力”に分解される方法は無くなるが、一応何かが起きてそうなっても『新しい居場所』に導かれるよう、世界法則を作るか働きかけるか調整が必要だな。これが最後の正念場だと思う」

 

「答えなさい。……あなたは戻って来れるの?」

 

 五百年前の出来事については、『本当に死にかけた』とだけを聞いていた。正確な内情を聞いて、『名も概念も全く別の存在として割り振られた』ことによる“個の消滅”の危機を迎えたのだろうと、シャヘルはそう解釈した。

 今回は、完璧に成功せねばならない。

 

「別に、悲劇的なもんじゃない。元々()()()()し、生じたのだってバグみたいなもんだから。精々、『本来いるべき場所に帰る』だけ」

 

 自己犠牲と言えば、美しいかもしれない。が、死でも不帰でもなく、帰郷なのだから。――と、ミコトは思っている。できるのは、ヒーローの真似事くらいだ、と。

 ()()()()、人として積んだ足跡を惜しんでくれる友人は、出来たらしい。誰にとっても想定外な誕生と、独り歩き。奇跡が起きて良かった、そう、ミコトは素直に喜んだ。

 

「死なないんだから、散歩感覚で『新しい世界』を見に行けるかも。……テスカトリポカは骨を拾ってくれるそうだし、マージョリーは数百年ぶりに料理をご所望だ。機会があれば、会いに行くよ」

 

 自分を大切に思ってくれているシャヘルにとって、先の言葉は『個としての消滅()を誤魔化す』詭弁にしか聞こえないだろうから、希望的観測を遺しておいた。

 

「再会も何もかも、笑って歩ける世界を創ってから。……よし、仕上げ」

 

 シャヘルが握っていないミコトの左手には、翡翠色の“弥栄の璽”が乗っている。声を合図に懐から三つの深緑の結晶が飛び出て、勾玉の中に吸い込まれていった。

 

「自在式じゃないけど、自在法の感覚で世界修復の力を扱えるようにした。残した余白には、“紅世”の法則を嵌められるよう調整してある。準備はこれで――あ」

 

 ミコトの声に苦みが混ざる。

 

「概念を束ねるための、名前……。『炎髪灼眼』にネーミングを頼んだんだが」

 

「……あの子、そういうの苦手そう……」

 

「その通り。『炎』って返答が来た。一般名詞を神名にするの……シャヘルに概念ごとばら撒いて貰う以上、割と支障が出そうなんだが……」

 

 彼の最後の悩みは、()()()()小さくささやかなものだった。

 シャヘルのため息には、少量の笑みが乗っていた。

 

「『イシャーツ』……私が渡り来た頃の、『炎』を意味する言葉。もう誰も使ってないわ……」

 

「それで行こう」

 

 もう、用意するものは、無い。

 

「……ひとつだけ」

 

「ん?」

 

 世界を壊す手は止まっているらしいが、ぐずぐずしていて良いことは無い。

 しかし、シャヘルにとっては、二千五百年歩みを共にし、どうしようもない状況から救ってくれた、ただ一人のパートナーだった。少しくらい、別れを惜しむ権利はあるだろう、と。

 

「フレイムヘイズの契約は、“紅世”真正の神召喚の応用……。人間に代償を払わせて……“紅世の徒”が“存在(この世)の力”を振るうための……手法。……実体の無い私に、通常のフレイムヘイズの契約は不可能だから……。私にとってのフレイムヘイズは、あなただけだった」

 

 きっぱりと、断言する。

 

「あなたは、フレイムヘイズよ」

 

 断言され、ミコトは照れた笑いを漏らした。

 

「嬉しいな……憧れてたんだ」

 

「……本来悲愴な存在なのに……何を言ってるのだか……」

 

 手向けに『嬉しいこと』を言ってくれた彼女に、少しだけ返す。

 

「助けた動機は利用だったけど、シャヘルのお陰でこの世で楽しく生きれた。旅の果てのここまで付き合ってくれて、ありがとう。最後まで、楽しかった」

 

 そう言って、全の制御機構たる勾玉を押し付けた。

 押し付けられたシャヘルは、どんな言葉なら『これ』が伝わるか、分からなかった。伝えることに特化した神だというのに。

 分からないから、頷いて、暇乞いを終えた。

 勾玉を受け取り、されど、右手は離さず。

 

「――“嘯飛吟声(しょうひぎんせい)”――」

 

 はじまりを、告げた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 人一人分の“存在の力”に、神霊たるシャヘル自身が入り込む。本来シャヘルの意識は『両界の狭間』を越えられないが、狭間を越えたミコトとの共振や、“紅世”がこの世に叩きつけられた影響による重なり、歪みと嵐が去った事実などで、耳目は清明に両界どちらにも及んでいる。

 

(……これが)

 

 ミコトが呼ぶところの『全』が主導した『神託』の生贄は、やはり『新たな灯火』を発見した眷属たる“紅世の徒”だった。最後の捕食宣言たる『神託』は、地を埋めていた“徒”の中から一体、無作為に引き抜いたらしい。

 どちらにせよ、『神託』が発動すれば、“弥栄の璽”を通して貸していたシャヘルの存在が全世界にまで広がり、余波でミコトも吹き飛び『死んで』いた。常に引き出せるように浅い場所で保管している“存在の力”のストックは雲散霧消し、“仮宿”住まいの時はトーチの保護も分離も間に合わない。『神託』を終え合流するたびに、もっと猶予が欲しいとぼやいていたのが懐かしい。

 

(異質……ではあるけど……)

 

 “存在の力”は、“徒”とも比較にならないほど小さい。しかし、()()。この“力”の、神さえ圧倒する『限りなさ』が。ただの“紅世の王”だった“棺の織手”は無論、“祭礼の蛇”でも扱いこなせないだろう。形を持たず意識上に広がる『世界の全てに存在した』シャヘルだから、“この世の全ての物量”とも呼べる全に押し潰されず存在出来ている。

 全は恐らく、“紅世の徒”が唯一共感可能な『この世の神』なのだろう。全を狂わせた“魂”は、見るのも感じるのも、間接的に動きを察知するのさえ、出来なかった。……そのお陰で、それに呑み込まれかけたらしいミコトの意識を見失わず、救出できたのだが。

 

(託されたことは、出来る……)

 

 シャヘルもミコトも形を失せたが、手は、ずっと握っている。まるで、背中を預け合っているように、見えなくとも感じている。“力”の使い方も、世界修復の道のりも、まるで答えが耳元で囁かれているように、明瞭に理解できる。

 

《――  ――》

 

 声に乗せて、存在を広げる。現在地の御崎市と、眷属を介し今も見えている“紅世”へと、広がっている。あらゆる法則が通用しない『両界の狭間』に神託を行き渡らせるのは難しいが、事前にマークした眷属だけになら伝えられる。意識を閉じていない『生き残り』なら網羅しているので、問題は無い。

 

《―― 偉大  こと  行われて  いる ――》

 

 数千年ぶりの、自分の意志の下での神託だ。あの時から、何もかもが変わってしまった。これから、何もかもを変える。

 

《―― 其  偉大なれど  護りなくば  儚く消え失せる  新たな灯 ――》

 

 偉大なんてゆーな、と伝わってきた気がする。背中合わせに感じている彼が思ったのか、彼ならこう言うだろうと自分が思ったのか。

 

《―― 其  知られずば  実現叶わず  虚しく壊れゆく  新たな灯 ――》

 

 ミコトがそうすると決めたのだから、最後まで送り届けるためにシャヘルは紡ぐ。

 

《―― よって  導きの神“覚の嘯吟”  名において  これ  伝える ――》

 

 皆の記憶、意識、存在に、『最高のパートナー』を刻み込む。

 

《―― 両界の崩壊  同朋の放埓で  起こりし  世界変容 ――》

 

 広がってゆく。崩壊と消失を憂い、立ち上がった意志が。

 

《―― 狂乱の根源  終息させ  両界の修正  起動せし ――》

 

 そうなって欲しいが、広がりと共に増えて重なって、束ねられ。

 

《―― 討ち手の使命  司る神  『イシャーツ』  新しい目覚め ――》

 

 “力”を得て、覚醒した。

 

《―― 権能の発揮  信じ願い  束ねる  絶望と終焉に  抗う精神 ――》

 

 両界のバランスを守り、壊れたなら復活させ再生させる“力”を。

 

《―― 不屈の心  灯火とせよ  新たな世  創り出せ ――》

 

『世界』に撒いた。

 

(……この手は、離さない)

 

 神託は、これでいい。

 今生きているのは、終焉を見て尚抗う『諦めの悪い』戦士たち。実際に目に見える何かが出来ていたのは、『時間稼ぎ』を完遂させた“天壌の劫火”くらいだった。“魂たち”の背負い手の役割がミコトに移った時、御崎市を壊していた“祭礼の蛇”は停止し崩壊は止まった。

 最悪を止めただけの絶望の中、待つしか出来なかっただろう。その中に神託という光明が降り注ぐなら、誰も彼もが()()()()、一心不乱に()()()()はず。

 神託を終え共感覚が薄れたシャヘルは、思惑通りに『皆の心が一つになっている』のを感じ確信した。新しい概念が定着し、新しい名前の神が誕生したのを。

 

「……始めるわよ」

 

 背中に向かって声をかけた。

 

(この世も“紅世”も……入り混じって、ぐちゃぐちゃ……。“紅世”の修復は……完全な手詰まりと見做されてない以上、発動しない、ようね……)

 

 “紅世”側の再生機能は、『今回の崩壊』でさえ発動条件に満たないらしい。自然治癒がその内始まるかもしれないが、快癒まで人間の時間で万単位の年月は見た方がいい。大きく破損したまま放置するか、或いは。

 

(この世の修復の……余白部分。……折角、席を空けてくれたのだから……)

 

 この世が復活する流れに混じり、呑み込まれることで再生に相乗りする。それは“紅世”の消滅に他ならないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『大災厄』の末の共倒れよりは、よほどいいだろう。

 

(この世の再生過程に、“紅世”を差し込む……)

 

 住民たる“紅世の徒”に世界をどうこうする力は無いが、“紅世”の世界法則を体現する『真正の神』らはその限りではない。

 

(私たち三柱以外は……この世から理解されず、この世の理解も出来なかった存在……。渡り来るのも、干渉も、出来なかった……)

 

 新しい『“紅世”を併呑したこの世』においては、そうならないかもしれないが……。

 

(神を抑えられる“天壌の劫火”は……最低でも中立を、守るはず……任せましょう……)

 

 新世界は『フレイムヘイズに脳を焼かれた信奉者』の計画で生まれる。使命の権化の天罰神なら、彼の理想に更に近付けるために力を貸してくれる、と願いたい。

 

(この世の再生方法は……。唯一完全崩壊を免れた御崎市を起点に、無事だった頃の記録を飾り付け……これ、七月の……? よく残ってたわね……)

 

 七月に行われた、御崎市に発生した歪みを調律する作業の記録(データ)だ。それだけではなく、調律前後の記憶も揃っていた。

 

(記憶という芯があるなら……物質だけじゃなく、人間の記憶や絆、不形の構成要素も戻せる……。御崎市が戻れば、地続き海続きで、順に構成できる……)

 

 御崎市は、辛うじて残った土地から抽出した記録に『懐かしさで作った』記憶を併せれば、“狩人”のものを筆頭とするかの地での乱獲を『帳消し』に出来るだろう。

 そうして『完璧に戻った』御崎市の“記憶”から、再生の波を世界中に広げる。

 

(トーチ、宝具、“紅世の徒”の……この世への適応化は構成済み……。残るは、この世の存在(ミコト)には理解不能だった、“紅世”の法則の組み込み……)

 

 教師に出された穴埋め問題に解答を書き入れるように、シャヘルは『必要なもの』を見定めた。

 

「……いるんでしょう? “祭礼の蛇”……」

 

 全が手駒として掴んだ、“紅世”の創造神の意識へ呼びかけた。今はシャヘルの手の内に引き継がれている。

 

「……創造は、どうなった。愛しき“紅世の徒”は――」

 

「両界共に、大破……。今、修理中だから……あなたの力、使わせなさい」

 

「何?」

 

 “祭礼の蛇”は求められれば応じる神だが、根源たる創造の力を明け渡すなど、例え世界規模の危機的状況下でも例え同格の神の求めでも、忌避感が勝る。

 驚愕と嫌悪を露わにしている“祭礼の蛇”に、シャヘルはぶっきらぼうに告げた。

 

「莫大な“存在の力”を手に入れて、自由気ままに力を振るう夢を見たんでしょう……? 結局、この世を謳歌するのに最後までこの世の力頼りの“紅世の徒”なんだから……少しはこの世に、貢献していいんじゃない?」

 

 欲望の果てに望んだ願いは、『尽きぬ“存在の力”に溢れたこの世』だった。それを構成するはずだったものは、“紅世”では持てぬ欲望の象徴『自在式』と、この世であることたる“存在の力”。

 

「……私なんか、数千年の間ずっと奪われてて、好き勝手されてたのよ……。悪いようには使わないわ、一回くらい利用されて、他人の庭で好き勝手した罰を、“紅世の徒”の代表として受けておきなさい……」

 

「……世界はどうなる」

 

「……“紅世”に見切りをつけた連中にとっては、“紅世”より過ごしやすい世界になるはず……」

 

「――。此度、だけだ」

 

『造化』と『確定』を権能とする、欲望を全肯定する神は、反省などしない。『世界創造』というお株を奪われ、ただただ利用される現状にだけ、不満を示した。

 

「新しき世が生まれるなら、それも一興。……“紅世の徒”たちが望むなら、余は()()世界と未知に踏み込もうぞ。――次は、邪魔立てするな。“覚の嘯吟”」

 

「……懲りないわね、信じられない……」

 

 深淵に呑まれて神格が壊れるほど打ちのめされた導きの神は、深淵に呑まれて尚自分を貫き通す創造神に、呆れ半分羨望半分の感慨を漏らした。

 

「……仕上げ」

 

 一応ここは『この世』で、“祭礼の蛇”も統御下に置いたままだ。全の力を振るえば、“祭礼の蛇”の許可を取らず能力だけを引き出し発揮するのも可能だが。

 

「……餅は餅屋。『これ』創って……」

 

 シャヘルが解答を入れて完全な物となった『設計図』を、“祭礼の蛇”に見せる。

 

「個人の願いの、歯車のひとつを創るようなものではないか。――次の目覚めは早そうだ」

 

 “紅世の徒”たちの切なる願いを一身に叶えてきた創造神にとっては、余りにも小さくささやかな望みに見えたらしい。

 

「――“祭基礼創”――」

 

 本来は、“紅世の徒”の願いが束ねられた結晶たる巫女を核に、創造は執り行われる。しかし、“楽園への希求心”で編まれた巫女は全が砕いてしまった。

 応急措置として全の力で『設計図を組み込んだ人形』を創り、それを生贄とさせた。創造神の『法則を造り起動させる』力で、交われないはずの“紅世”の法則をこの世に馴染ませ裏側に配置させる『仲介の法則』を編み出す。

 

「成った、が。愛しき“紅世の徒”たちが望んだ『無何有鏡(ザナドゥ)』とは、程遠い。――暫し眠ろう、次なる望みは、いかなる形となるのか……」

 

 不本意な結果が生まれたらしいが、『次』のチャンスを見据えて闘志を燃やしている。どこまでも前向きな神の意識は、夢と眠りに落ちて行った。

 

「理は、定まった。……これで、い、い――?」

 

 ふと、気付いた。

 背中越しの気配が、失せていたことに。

 

(……)

 

 握りしめた手の中には、何も無い。力を緩めて開いても、何の変化も無かった。

 ひとりになって、シャヘルは。

 

「きっと、みんな、上手くやる。……大丈夫、私が見ているわ」

 

 届くと信じて、つぶやいた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 力を得た。何をすればいいか、何のために存在するか、理解している。

 どうしてそうなったかは、かつての名前を軸に、意識の中心を支えている。

 ただ。

 

(これでも足りないのか)

 

 まだ、目的を果たせていない。

 力があるのは分かる。使い方が、分からない。把握できない力に、意味は無い。

 

(『彼ら』が休まる場所を創り、連れて行く)

 

 これが目的、この為の力。

『彼ら』とは、何だ。かつての己やその大本を狂わせた、憐れで、悍ましく、切ないこれは。

 助けを求めている。声が聞こえる。

 新しい世界の構造は、異世界が担当する部分以外は、理解できている。『彼ら』の行き先はどこだ。世界のどこに連れて行けばいい。

 いたわるように、手を伸ばし触れる。群の中の数個しか触れられない。見えるのも表面だけ。

 魂とは、命とは、死とは。『彼ら』が求めるのは、生か、安息か、輪廻か、解放か。

 

(世界はどうなってる)

 

 創り上げる力を持たされた者には、消えゆく者の行き先も流れも見えない。

 

(……。いや)

 

 今は別たれているが、かつてはひとつだった。人間に好き勝手付与された性質を抱いたまま、創って去った神の下で芽生えたのが、その証だ。

 分からないのではなく、忘れているだけ。

 

(生まれるところ、死にゆくところ、消えゆくところ……)

 

 全部、飽きるほど、見てきた。全てに、物語があった。

 

(物語という器に、手のひら大に切り落とされたそれが収められ、名という呪縛を与えられた)

 

 それが始まり。歩み始めるための、始まりの現象。

 なら、すべきことは。

 

(呪縛からの解放)

 

 生きるということは、死という終わりへ強制的に歩まねばならない、呪いに他ならない。

 正常な流れならきっと、呪いを解く仕組みに辿り着けたのだろう。

 消えてしまった『彼ら』に必要なのは、『死』だ。

 

 死とは、眠り。眠りを促すのは、夜。

 

(それなら知ってる)

 

 生である昼から、夜へと目を向け、先導する。

 

(――)

 

 ずっと、握られている。彼女には、もう少し頼りたい。昼を見守っていて欲しい。

 手の中からするりと抜け、迷いなく歩き始めた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。