【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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3 彼は何故生きる

 

「――つまり、漢文で書かれた日本書紀は国外向け、和化漢文で書かれた古事記は国内向けに編纂されたということです。天皇の正当性のアピールを主とした古事記と、外国への日本のアピールを主とした日本書紀には、もちろん相違があり――」

 

 澱みなく単調に話す日本史教師は、生徒たちの眠気を誘引する。この教師は“ある生徒”をきっかけとする『大改革』前後で全く変わらなかった稀有な存在だった。

 池速人はその“ある生徒”を盗み見る。平井ゆかりことシャナは、じっと教師の顔を睨み(?)つつ、大人しく傾聴している。

 この教師は速人が感じる限り、かなりマイペースな人物だ。知識は確かで頭の良さも時おり覗き、しかし教えるということに対しては無頓着らしい。興味が無い生徒を振り向かせるという話術が圧倒的に不足しており、語り口調も相まって授業からの脱落者を増やしている。

 教科書やよりマニアックな最新研究から外れているわけではないので、シャナも口を挟まない。この老教師は、高校より大学教師に向いているのではないか、と速人は睨んでいる。

 

「――例えば三貴神の真ん中、ツクヨミを挙げてみましょう。日本書紀では農耕神たるエピソードが一つ存在しますが、古事記では同じエピソードをスサノオが果たしています。その結果、古事記におけるツクヨミの出番はただ一つ、生まれた時に“夜の国を治めよ”と命令されたエピソードのみで、性別すら曖昧なのです。――」

 

 また始まった寄り道。速人はノートにシャーペンを走らせる。大学への進学を考え出した速人にとって、ただ教科書を読み上げるのではない知識の放出は、格好の餌だ。

 目指すのは、まだ学費のかからない国公立。出来るのなら成績上位に食い込み奨学金を得たい。

 自然とそんな未来を考えるようになった自分に、ふと気づく。

 一度諦めたのは、兄のせい。

 もう一度目指す気になったのも、兄のせい。

 こうして『正義のヒーローメガネマン』と呼ばれるような、他人に奉仕しがちな要領の良い性格になったのも、今思えば兄のせいだった。

 兄の明るい性格は、弟に影という役割を与えた。兄のドジな部分は、弟がサポートした。

 

(ずっと――ずっと、振り回されっぱなしだな)

 

 そんな兄に憧れて、そんな兄が好きだった。あの事をきっかけに軽蔑し、嫌悪した。

 そして、今は……。

 

「――居ながらにして役割の無い神、あるいは信仰されない神は、『デウス・オティオースス』、つまり『暇な神』と呼ばれます。日本のツクヨミやアメノミナカヌシノカミだけでなく、世界中の神話に存在します。それらは本当に何もしないのではなく、主に天地の創造主であることが多く、『天空神』と呼ばれます。余りにも尊すぎるため、人の信仰やご利益から遠ざかっているのでして――」

 

 と、思考の深みに嵌まりかけて、我に返る。手元のノートに目を下ろすと、無意識の内に教師の言葉を写していた。

 自らの要領の良さに心の中で苦笑しつつ、意識を授業に集中させた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 吉田は、この瞬間を恐れていた。

 逃げたかったのは事実だが、立ち向かわねばならない、そう思って、あえて日常を変えなかった。

 この時間、この場所によくいる、池速人の兄だと思っていた“向こう側の住人”に会う瞬間を。

 

――「池のお兄さんは、別のフレイムヘイズが存在を借りているんだ」

 

 そう、悠二に昨日の出来事を伝えられた。

 危険ではないが謎の多い人物らしく、吉田が望むなら接触させないようにできる、そう勧められたが……。

 彼は変わらず、野菜を吟味していた。吉田に気付くと、知っているのかたまたまなのか、声はかけずに片手を軽く上げるのみだった。

 吉田が望めば、そんな当たり障りのない関係を続けられたのだろう。

 

「こんにちは」

 

 隣に並び、野菜を見る()()をする。

 硬い声だと嫌でも分かってしまったが、逃げない。

 

「無理しなくていいぜー」

 

 ミコトはのんきな声を出してじゃがいもの一つを手に取る。

 お見通しなのだろう。既に情報が行き渡ったことは。

 

「望むんなら買い出し先、変えるけど」

 

「いえ」

 

 吉田は首を横に振る。

 

「それを知ったから、とか。その人じゃなかったから、とかって。そういうのじゃなくて、もっとその人を見ようと、決めたんです」

 

 それが、決意。

 今は顔も思い出せない親友に誓った。

 

「いい嬢ちゃんだ。ここの八百屋気に入ってたから、助かるよ」

 

 ほんのりとした笑顔を向けるミコトに、吉田も自然な笑顔を返すことができた。

 ほとんど上の空のまま買い物を終えると、ミコトが待っていた。

 

「なんか話したいこと、あるんだろ」

 

「……」

 

 ない、といえば嘘になる。しかし、ある、そう堂々と宣言するほど度胸があるわけではない。

 

「これっきりってなるわけじゃなし、また今度にする――」

 

「いえ! ……歩きながら、でも……」

 

 このまま相手の“思いやり”に甘えてしまえば、永久に機会を失う。吉田はそう直感した。

 ミコトは目で頷き、ゆったりとした歩調で歩き始めた。

 

「……ミコトさん、それが、名前なんですね」

 

「ああ」

 

 まずは、目の前の人物が本当に“それ”か、最低限の確認。

 

「坂井君とシャナちゃんから聞きました。ずっと、この街を陰から……守っていたって」

 

「そうは聞いてないはずだ」

 

 気遣いからの方便は、無慈悲にも突き返された。

 

「守ってなんざいねぇ、見ながら見捨ててた。そう聞いたはずだし、それは間違ってない」

 

「……」

 

「これからもあいつらの邪魔はしねーし、言われりゃ協力する。これで安心か?」

 

「そうじゃないんです」

 

 悠二から伝えられたことを、ミコトの口から聞きたかったのではない。

 少しでも悠二たちの役に立ちたい。そして、恩人であることには間違いないミコトの役にも。それが吉田の偽らざる想いだった。

 

「坂井君やシャナちゃん、アラストールさん……みんな、ミコトさんのこと、信じられていないみたいなんです」

 

 信じるに足る行動を何一つ取っていないのは、ミコトも承知の上。むしろ追い出されなかっただけ寛容だと感謝していた。

 ミコトは無言で次を促す。

 

「でもそんなの、よくないと思うんです。この街は、何度も綱渡りみたいに救われてきて……これからも、どうなるか分からなくて。ええと、そうじゃなくて、違って、それでもあって……」

 

 まとまらない吉田を、ミコトは無言で待った。

 

「きっと、ミコトさんにとっても、よくないと思うんです。信じられないまま、この街にいることは。私、池君のお兄さんのことも、ミコトさんのことも、全然知らないですけど、……その、悪い人じゃないってことは、きっと、坂井君たちよりは、分かってる……気がして」

 

 しどろもどろになりながらも、必死で伝える。

 その言葉にか、様子にか、ミコトは軽く吹き出した。

 

「俺がいい人なら、あいつらも話せば分かってくれるはずだ、って?」

 

“いい人たち”同士が敵のように警戒し合う余裕は、果たして悠二を取り巻く環境に、あるのだろうか。

 

「そ、そうです。差し出がましい、お節介だと思いますけど。私は私ができることを、したいんです。ミコトさんが悪い人じゃないなら、そのことを、一緒に――」

 

「んー、困った」

 

 のんきな声を出し、買い物袋を提げた腕を組んだ。

 

「一美、お前さんにとっていい人なのか、悪い人なのか。この街にとって、お前さんの想い人にとって、いい人なのか悪い人なのか。そーゆー線引きは、悪いが俺にもできてねぇんだ」

 

「それは、襲われてる人を助けずに、ただ、見ていたから、ですか……?」

 

 彼自身は弱いとも聞いた。自分の命か、他人の命。自分のものを取っても恥じることでは無いはずだ。

 

「そーだな。それは今後も、もっとたくさんの人や街を見捨てる――はずだ。力が無いなんて言い訳にもならん。死ぬ気でやれば、後先考えずがむしゃらにやってりゃあ、この街の人間はもう少し多かったはずだ」

 

 ミコトの声は、優しかった。

 

「なぜ死ぬ気でやらなかった? なぜがむしゃらにならなかった? それはな、そうするだけの理由が無かったから、なんだ。普通のフレイムヘイズは、使命なり復讐心なり、理由を持ってる。生憎、そことはずれちまったんだ」

 

 そして、悲しかった。

 

「立ち向かわず、流されて、ただ“自分の存在が何かを変えないように”生きる。毒にも薬にもならんことがベスト。そーゆーやつがいい人か悪い人か、考えるのも無駄だよ」

 

 吉田が思うフレイムヘイズは、巌のような『(カムシン)』の在り様。それと真逆のミコトの言葉を聞いて、感じて……

 

「なら、なんでそんなに悲しそうなんですか?」

 

 強い意志をぶつけることが、誰にとっても『良かれと思う』ことだった。

 

「後悔、してますよね? この街の人たちを見捨てたこと。それ以前の、この街じゃない人たちを見捨ててきたことを。力が無いことが理由にならないなら、後悔しないことを理由には――!」

 

「悪いな、出来ないんだ」

 

「だったら、なぜ!」

 

 言葉は、止まらなかった。

 

「生きてるんですか?」

 

 暴言とも言えるそれを、ミコトは緩やかな笑顔を崩さず、むしろ深めて、受け取った。

 ごめんなさい、と謝ることは、さらに酷い暴言だ。

 

「“その時”を待つため、かな」

 

 話が始まってから、初めて吉田に顔を向けた。

 

「これは秘密だぞ?」

 

 吉田は無言で頷く。

 

「俺は、ある“兆し”を待ってる。そうなるきっかけなのか、そうできる理由なのか、いまいち分かってねーけどな。その時に全力を出すために、そうできる位置へ行くために、息をひそめて待ってるんだ」

 

 そのために、何百人、何千何万の人を、見捨ててきたのだという。

 

「連中も、薄々勘付いてると思うよ。少なくとも俺が使命や復讐じゃない、隠してる何かで動いてる――いや、動いてないことは、共通認識のはずだ。幸いここの連中はみんな優しいから、黙認してくれてんだ」

 

「じゃあ、“兆し”って――それが起こったら、どうするんですか……?」

 

 また、前を向いて、軽い声を放る。

 

「そこまでは言えんなー。……ただ」

 

 使命に生きるカムシンやシャナ、復讐に生きるマージョリーより、ずっと人間に近しい……不思議と、吉田はそう感じた。

 

「俺の始まりは、ありふれたもんだ。“手が届くなら、その人を救いたい”」

 

 誰でも大なり小なり持っている、控えめな、人助けの心。

 

「これでいいか、一美?」

 

 それで、十分だった。

 

「はい」

 

 人の心を失っていない、それだけで。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 フレイムヘイズ『眇理の還手』の存在が発覚して、一週間。御崎市に、また新しいフレイムヘイズが訪れた。

 そのフレイムヘイズは街に来てすぐ、シャナとヴィルヘルミナに接触を図った。

 

「“流蝦の伏水”ガタカのフレイムヘイズ、『雲霞(うんか)捌き手(はきて)』モーリス・ヴィレットと申します」

 

「よろしゅうな」

 

 明るい茶髪の好青年はそう名乗り、繊細な装飾の腕輪から老人の声が響いた。

 

「追っている徒一味が、この街の宝具を狙っているとの情報を聞き、『外界宿』より参りました」

 

「まさか、『零時迷子』を?」

 

 シャナが眉をきつく潜める。

 

「いいえ、『零時迷子』ではありません。“狩人”フリアグネが遺した大量の宝具のいずれか、もしくは複数でしょう」

 

 内心安堵するシャナだが、顔や態度には出さず更なる情報を催促する。

 

「その徒一味の詳細と、目的は?」

 

 モーリスは流れるように述べる。

 

「“厳永(げんえい)”アガースラ、“機精(きせい)愁挫(しゅうざ)”カルン、“豪核(ごうかく)(ほこ)”ゲーデからなる、[貪奪(どんだつ)]と名乗る一味です。[貪奪]は戦い――いいえ、“戦いに勝つ”ことを至上とする、戦闘に特化した徒集団です。“勝つために”戦闘用宝具の収集をしており、フリアグネが討滅されたと知って遺産を狙っていると思われます」

 

「勝つためには手段を選ばない、そんな集団?」

 

「ええ。宝具、不意打ち、裏切り。何でもありで、フレイムヘイズに留まらず強大な“王”もいくらか討ち取っています」

 

「しかし」

 

 ヴィルヘルミナが眉をひそめる。その変化はシャナもアラストールも気付いた。

 

「よくあの状態の『外界宿(アウトロー)』で、そのような情報を得られたのでありますな」

 

 モーリスが情報を得たという『外界宿(アウトロー)』は、“謎の襲撃者”によりその中枢をもぎ取られ、有名で有能な討ち手であるヴィルヘルミナの元にもまともな情報が入ってこない。新人という訳ではなさそうだが、これといって名を馳せていない“普通の”フレイムヘイズが、よく動けたものだと。

 

「直接『外界宿(アウトロー)』から情報を得たのではありません。『外界宿(アウトロー)』には最低限の身分保障を受けただけなのです」

 

「なら情報元は?」

 

()()()()、とだけ申しておきましょう。これ以上は、どうか」

 

 宛てにならない『外界宿(アウトロー)』ではなく、他の……恐らくフレイムヘイズ相手には表立って言い出せない相手からの物だと。シャナもヴィルヘルミナも、ラミーや『約束の二人(エンゲージ・リンク)』といった例外とかかわっているため、追及をしないことにした。

 

「この街のもう一つの気配は、『弔詞の詠み手』ですね」

 

「そうであります」

 

 ヴィルヘルミナの答えを聞いて、モーリスは表情を硬くする。

 

「それと……もう一人、いるとか。これは『外界宿(アウトロー)』経由の情報なので、半信半疑なのですが」

 

 彼が警戒したのは、マージョリーではなく。

 

「『眇理の還手』よ」

 

 次はシャナが答える。

 

「あのフレイムヘイズに、何かあるの?」

 

 ミコトの存在を確かめ、シャナでも気づくほど態度が変わった。

 

「いえ……噂に聞いているだけで……よくない噂を」

 

「本当に無害なのか、儂らには計り切れんでな」

 

 ガタカが補足した。

 彼と初対面のシャナはもちろん、過去に会ったことがあるアラストールやヴィルヘルミナたちも、彼の存在や行動が使命のためとなるか確信できていない。

 

「少なくともこれまで邪魔はしてこなかった。心配なら見張っていればいい」

 

 シャナがきっぱりと言い放ち、モーリスは曇った笑みで頷いた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 四日後。日本に巨大台風が直撃し、御崎市も暴風域に巻き込まれていた。そんな“自然の嵐”の中、三方から徒の気配が現れた。徒の気配が現れると同時に、胡粉色、深支子、革色の炎が混じる封絶が、御崎市北半分という超高範囲に張られた。

 少ない言葉の相談で、北方の気配にはシャナ、東方にはヴィルヘルミナ、西方にはモーリスが向かう運びとなった。

 

「悠ちゃん、どこ行くの?」

 

「え、あ。ちょっと忘れ物を取りに……」

 

「警報も出てるし、気をつけるのよ」

 

 のんびりとした千草の警告をありがたく受け取りつつ、悠二は玻璃壇が展開されている廃デパートへと走る。

 

「よ、坂井」

 

「麗しの千草さんは心配してないかー?」

 

「なんとか抜け出してきたよ」

 

 そこには既に、佐藤と田中が到着していた。普段無人の佐藤邸に入り浸っている彼らは、親に咎められることも無かったのだろう。

 

「本当に、吉田ちゃんは呼ばないでよかったんだよな?」

 

「当たり前だろ? 封絶の外とはいえ、ここだって戦場だ。それに、台風で出にくいだろうし」

 

「ユージの言う通り。カズミにはあんたたちに渡した付箋が無いんだから」

 

 マージョリーが面倒くさそうに、玻璃壇のデパートで足を組んで言った。徒討伐に以前から追っていたというモーリスを外す訳にはいかず、流れで彼と接触していた二人が戦場に向かったため、マージョリー自身は乗り遅れてしまっていた。

 そして――

 

「お邪魔しますよー、と」

 

 御崎市に隠れていたもう一人のフレイムヘイズ、ミコトが顔を出す。

 

「遅い。こわーいお二人に叱られたばっかでしょうが」

 

「ギャハハ!『人並み』だとこの嵐を歩くのも一仕事ってか!」

 

「『親』が離してくれなくてさ。それに台風の中徒歩だし」

 

 自由に自在法を使えず身体能力も人間の域を超えないという彼。脱ぎ捨てたレインコートの下の着流しは、びちょびちょに濡れている。

 

「それはさておき」

 

 マージョリーが玻璃壇の、火線が広がる領域に鋭い視線を向ける。悠二も異変にすぐ気づいた。

 

「雨が映ってる」

 

 その領域――封絶の内部にだけ、玻璃壇は雨を再現していた。

 

「三体の徒の内どれかが、『雨』を介した自在法を使っている? だから『今日』『こんなに大きな封絶』を張ったんでしょうか?」

 

「それくらいマージョリーさんも一目で見抜いた」

 

「シャナちゃんらにも連絡済みだぞ」

 

 マージョリーではなく、佐藤と田中が次々と答える。

 

「あーらあら。その戦場もおかしなことになってるみたい」

 

 マージョリーがそう言いつつ、遠話の自在法が込められた栞をこちらに向けた。

 栞の向こうから、切迫した様子のシャナの声が響く。

 

『こいつ、いくら斬っても手ごたえが無い』

 

『恐らく幻覚の類だろうが、種だろう気配が全く漏れない』

 

 続いてヴィルヘルミナ。

 

『同様の状況であります。討滅に値する攻撃にも、躱す素振りも無く耐えきっているのであります』

 

『消耗戦』

 

 ティアマトーが端的に評したように、こちらの攻撃は通らないにもかかわらず、向こうの炎弾や自在法は確かな実体があるという。

 

『こんな能力、今まで――ガッ』

 

「ちょ、応答しなさい!?」

 

 青年――モーリスの声が途切れ、音信不通となる。モーリスのものと思われる気配も、消えてしまった。

 

「ああもう! 私が行くわ、この場は任せたわよ!」

 

「ヒャーハハハハ! 頼りねぇ後輩の尻ぬぐいってか!」

 

 マルコシアスのけたたましい笑い声だけを残し、マージョリーは嵐の上空を飛んで行った。

 

「新しく来たフレイムヘイズの人……やられたのか?」

 

 恐る恐る佐藤が訊ねてくる。悠二は一瞬逡巡するも、その表情で察したようで佐藤と田中は顔を青くした。

 

「気配が消えた。たぶん……」

 

 悠二は正直に答えることにした。

 

「その人が負けたからって、シャナたちは簡単には負けないよ」

 

「それは分かってる……けど」

 

「なら、僕らにできることをしてサポートするしかない。二人とも、玻璃壇を見て少しでもおかしなことがあれば言ってくれ」

 

「おう」

 

 悠二がてきぱきと二人に指示を出す。本来それをするべきだろう、最も場数を踏んでいるフレイムヘイズは――

 

「……」

 

 廃デパートの窓から、封絶の方向を見ていた。

 

「ミコトさん、どうかしたんですか……?」

 

「ああ、悠二……」

 

 悠二は雅人の面影を完全に振り払ったというのに、そう呼ばれるのは不思議な感じだ。

 

「お前さん、気配感知が並外れてんだって?」

 

「まぁ……原因はよく分かってませんが」

 

「なら、なんか感じないか?」

 

 ミコトの視線の先を追ってみるが、封絶と三つの戦闘の気配しか感じられない。

 

「僕は、おかしな気配は何も……」

 

「近付いてきてる。雨に宿る意思が」

 

「?」

 

 電波なことを言っているように聞こえるが、相手は謎のフレイムヘイズ。探知を一層鋭敏にしてみる悠二。

 

「どういう意味ですか? 自在法? それとも別の気配?」

 

「どちらか、といえばどちらも。お前さんも玻璃壇もきっと、もうすぐ分かる」

 

 その数秒後――

 

「坂井! 雨の自在法が封絶を出た! こっちにどんどん近付いてきてる!」

 

 悠二も封絶で曖昧だった『雨の自在法』がどんどん範囲を広げていることを感じ取る。

 

「ミコトさん、僕の“存在の力”を!」

 

 彼が“力が無いだけの優秀な自在師”なら、燃料タンク替わりにできる悠二を利用して対処できるのではないか。そう判断し叫ぶ。

 

()()()()()妙に察しいいな。使わせてもらうよ」

 

 妙なことを言っているのはそっちだと余程言ってやろうかと思ったが、そんな場合ではない。

 

「出迎えるぞ、悪いが来てもらう」

 

 ミコトに腕を引かれ、デパートの窓から飛び降りる。少量の力が吸われ、馴染んだ自在法、封絶が展開される。

 

「封絶」

 

 ――陽炎に交じる色は、全てを掻き消す忘我の色、純白。

 

 

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