【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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エピローグ

 

 三月の下旬。世界中で混乱は続いているけど、これからを決めるための歩みが、始まっていた。

 トーチになった直後に宝具『零時迷子』が存在に飛び込んできて“ミステス”に変化し、戦いの中“存在の力”を吸収しつつ、創造神“祭礼の蛇”の意思総体と合一した『代行体』になったと思えば、這い出てきた『この世の神さま』に“蛇”の意識が攫われ将軍に宝具を破壊され、トーチ部分だけ救出されて『確かな存在』になって――。

 

(我ながら、とんだ冒険をしたな)

 

 そして今、この僕は、ただの人間として生きている。

 御崎高校一年二組の、坂井悠二。御崎市で、単身赴任だけど一時帰国中の父・貫太郎と、臨月の母・千草と同じ家で、暮らしている。ただ、母さんはいつ生まれるか分からないから入院中で、父さんは母さんにほぼ付きっ切り。僕はなけなしの家事知識を総動員させて、坂井家を保持している。

 

(佐藤から、外界宿(アウトロー)の情報を可能な限り引き出さな――)

 

『代行体』時代に少しでも箔を見せるため意識的に身に着けた『偉そうな口調』は、時々思考の隅から飛び出てくる。“将来”を見据えるなら、これは余り良くない。口に出さない思考の段階から、気を付けないといけない。

 

(母さんたちは流石に行けないけど、『御崎市で関わった皆』が勢揃い、か……)

 

 つい先日、外界宿(アウトロー)で働く佐藤が御崎市での任務(お使い)ついでに、帰宅した。彼のお目付け役のマージョリーさん、マルコシアスも同行している。御崎市には一週間もいられないらしいけど、やりくりして時間を空けてパーティーを企画した。佐藤は元々イベント好きな盛り上げ上手だったけど、きっとそういう力は中途半端な頭の良さより社会で役に立つんだろう、と最近は思う。

 佐藤はまず『一緒に昼食を囲んでいた“八”人』に声をかけ、近しい『元』討ち手中心の皆に広め、父さんと母さん以外の誘った全員が集まることになった。

 

(最終的に……十八人? 佐藤の家が豪邸でよかった……)

 

 何度か通った坂井家から佐藤家への道のり。――景色には、時々異物が入り込む。

 御崎高校は、今は春休みだ。元々そういう時節だけど、『あの事件』から公立高校などの教育機関は、国から休校命令が出ている。

 世界が滅びかけた、『あの事件』。世間はあの日を、『転換の日(ドゥームズデイ)』と名付けた。人間の世界から認識できなかった“紅世”が、()()()()()()()“生えてきた”日だ。

 

(インフラやシステムの混乱は、だんだん収まってきたかな)

 

 まず、人間社会を最も混乱させたのは、『いきなり冬になったこと』。さっきまで夏を過ごしていた人々が、いきなり真冬の寒さに襲われた(南半球の人は、冬から夏ともちろん逆だ)。地球の軌道から『記憶から数か月後の二月』なのだと確認されたけど、一部例外を除いて『七月某日』から『今日』までの記憶も記録も残っていなかった。

 記憶は、みんなが憶えていないのだからそれほど混乱は無かったし、個人の問題を除けば特にどうもしなくてよかった。

 でも『記録』は、そうはいかなかった。人間社会を支えていたコンピューターの、ありとあらゆる日付が、『七月某日』から進んでいなかった。幸い(?)全部が全部平等に狂ったから、社会や人命にかかわるシステムの停止や破損はほぼ起きなかったらしいけど、地球の軌道は変えられないからコンピューターの日時を全世界で調整しなければいけなくなった、そうだ。

 

(『イシャーツ教』……変な風に大きくならないといいな)

 

 人類の全員は『転換の日(ドゥームズデイ)』と呼ばれるようになったその日、意識が一瞬途切れて『とある名前と概念』を刻まれた上で、異物が割り込んだ世界に放り出された。

 人類全体が経験した『神秘体験』は、『黙殺し忘れろ』と、国連とそれに所属する国の政府はお達しを出した。それでも『体験したのが事実』なんだから、冗談半分でも本気でも『神さま』として語り継がれている。

 そういう『本気で新しい神さまを崇める』集団は、必然的にカルト宗教を設立させた。宗教っていうのは圧力を加えれば加えるほど厄介さが増すものらしいから、許容できる内は静観してなきゃいけない。教義が『狂乱の終息』と『修正』だから、平和ならそこまで派手な動きはなさそうだけど……“本当は何があったか”を知っている僕ら“紅世”関係者は、どこに飛び火するか分からない火種として注意深く見守っている。

 

(社会が落ち着いたら、本格的に、来る)

 

 道端に生える、見たことの無い草みたいな『何か』を見下ろす。

 混乱を招いたのは時間的空白だけど、『転換の日(ドゥームズデイ)』後の最も大きな変化は、こういう『新種の何か』が世界中に出現したことだ。

『何か』の種類は、大きく三つ。

 一つはこの『植物型』で、()()()()()自然や農業など、人間に害があったケースは確認されていない。ペットや野生動物が食べてしまっても、毒にも薬にもならなかった、とか。生態系への影響や増殖方法、処分の可否や方法の有無――即刻研究が始められた。人の目から見て利害どっちも無さそうだとひとまず判断され、即座の対処は必要無く扱いは保留状態となった。『触れるな』『無視しろ』以外の、特に悪いニュースも流れてこなかった。

 二つ目が、大陸。太平洋のど真ん中に、オーストラリア大陸より一回り大きい、新大陸が出現した。偉い誰かが正式名称を考える前に、世間で『ムー大陸』との俗称が広まり定着してしまった。外国のどこかで『正式名称』が決められたらしいけど、公共放送も含めて『ムー大陸』と呼んでいるから、そっちで呼ばれることは今後無いのだろう。元々存在した六大陸より、『ムー大陸』には『植物型』が多く“生えて”いるらしい。大陸資源が云々かんぬんで、早くも大国の利権争いが動き始めている、とか。

 三つ目が……人間。――多くが、“人喰い”の記憶を、宿していた。生物的な相違点は、音声や口伝えなら『あらゆる言語を介せる』ことのみ。他に超常的な力は皆無で、特別強い身体は持っておらず、代謝も存在して、恐らく歳を取る。

 

(全部、“紅世”だ)

 

転換の日(ドゥームズデイ)』のあらゆる変化は、この世と“紅世”が『融合した』結果によるものだ。

 融合を主導したシャヘルさんによると、『ムー大陸』は“紅世”の破壊を免れた場所の“物体としての表出”で、『植物型』は“紅世”の細々とした理解外の部分の断片、人間は“紅世”関係者の成れの果て、だそうだ。出来る限り『いい感じ』になるように“調整済み”らしいので、共存も破滅も()()次第、だそうだ。

 

(七月まで実質『時間が戻った』のは、偶然の産物らしいけど……)

 

『七月某日』とは、まさに“御崎市にて吉田一美のイメージを元に調律を行った”その日だ。世界修復の雛型にそれを使った影響で、正確なデータが存在した御崎市以外は、『七月某日』以降の記憶と記録が失われたのだとか。

 それは……その日以降に失われた命の帰還、そんな奇跡を起こしていた。

 [仮装舞踏会(バル・マスケ)]による外界宿(アウトロー)征伐、フレイムヘイズ兵団との戦争、御崎市決戦……全部、無かったことになった。『世界の融合』前に死んでしまった全員の記憶は、七月に戻ってしまったけど、破滅の末の融合を見届けた『生存者』は、全部、しっかりと、憶えている。

 

外界宿(アウトロー)の復活は、僥倖だ)

 

『七月某日』から、まさに数日後。シュドナイはドレル・パーティーを襲撃・殲滅させた。首脳部をもぎ取られたそこから、外界宿(アウトロー)の迷走は始まった。

 人間社会で一定の地位を築いていた外界宿(アウトロー)は、この世と“紅世”の折衷役として動いている。共通の巨大な敵を置くことで辛うじて空中分解を免れていた末期では、絶対に不可能だったはずだ。――ともかく、組織として完全復活を果たして、ドレル・クーベリックを先頭に全力で動き回っているそうだ。

 

(人間次第。……それは、人間になった“紅世の徒”も、含まれている)

 

 力を失った、元人喰いの怪物。世界を好き放題荒らしてきた『迷惑な隣人』が表に引きずり出されて……確かな未来は、まだ見えていない。

 僕は坂井悠二として、坂井悠二に出来る最大の働きで、罪を贖わないといけない。『無かったこと』にはなったけど、自分の目的のために()()()()()()()()()事実は、消せない。

 

(人間で、御崎市に住んで、家族も友人も取り戻したからこそ、出来ること――)

 

 背後から誰かが走って来る音がして、ぎょっと振り返る。“存在の力”に対する感知能力は、元々どういう存在だったかなど関係無く、全員失われた。

 

「坂井くーん! 何しんみりした背中で歩いてんのー?」

 

 手を振って軽い足取りで駆けてくる少女は、平井ゆかり。“狩人”と“愛染の兄妹”の乱獲によりトーチとなって消えた御崎市の人間は、戻ってきている。御崎市の住民だけは七月以降の記憶を保持しており、コンピューターの日付も二月だった。七月から御崎市決戦で封絶を張るまでに、事故でも病気でも何かで亡くなった人はそのままだけど、母さんは新しい命を宿している。

 世界はこんなにもとんでもない変化を遂げたのに、御崎市だけは何故か、僕の計画通りの姿に変貌していた。

 

「ああ、平井さん。――調子はどう?」

 

 御崎市では“平等に記憶が失われた外”とは違って、記憶を残してたり失ってたりと『個人差』が生じていた。彼女の場合は四月以降――シャナが平井さんのトーチに割り込んだ以降の記憶を、失っている。

 

「相変わらず。頭がパンクしそう」

 

 でも、体調を訊いたのは別の理由で、彼女自身も例えばシャナの記憶が混線してたり――なんてことはなく。

 

「池君の教え方はすっごく上手いんだけど……量が、量が! 三月だけで一年の勉強詰め込むなんて、無茶だよ~!」

 

 “みんな”と一緒に進級したい。そう願った平井さんは、人助けが趣味の『正義のヒーローメガネマン』を講師とした、勉強漬けの毎日らしい。

 

「池は? 一緒じゃないのかい?」

 

「お兄さん呼びに行くって。いったん別れて現地集合だよ」

 

 御崎市のトーチは全員復活したから、“まさにい”こと池雅人も蘇っている。

 御崎市以外は、流石に四月やそれ以降のトーチの復活は、無さそうらしい。ただし、全世界からトーチが消え失せていて、詳しく調べると『七月某日』にトーチとしてでも存在した人間は、人間として戻ってきているそうだ。もちろん、七月以降の捕食は『無かったこと』になっている。

 

「坂井君の方は? 池君のと違って“シャナちゃん”の授業は、スパルタなんでしょ?」

 

「ふふ。そうだけど、やりがいがあるから大丈夫」

 

 御崎市にとって、シャナの存在は少しややこしいことになっている。

 平井さん自身の記憶は四月以降無いけど、他の人の記憶では存在していた。僕、池と吉田さん、佐藤と田中と緒方さん。そして、平井さんと、シャナ。“紅世”と関わりを持たず日常を営んだ皆の間では、()()()()()()()()()()()()()()という記憶になっているらしい。

 清秋祭で衣装を着て街を練り歩いたのも、ベスト・ドレッサー賞で優勝したのも、シャナ。()()()()()()()()()()()。具体的に何をしていたかは誰も思い出せないけど、“居た”ことになっている。……大量の完全消滅後のトーチが戻った御崎市では『この程度のちょっとした不思議』が多発しており、そもそも御崎市の外は『もっと大変なこと』で大騒ぎだから、誰も深く考えなかった。それは、幸いと言った方がいいんだろうか。そういうことにしておく。

 

「それにしても……吉田さんは、平気かな」

 

「普通に考えれば“無謀な戦い”に思えるけど……」

 

 目的地までのあと少しの距離を、他愛のない雑談で繋いでおく。

 

「十八人分のパーティー料理を、一人で……。母さんがヘルプに行ければ、多少はマシになったんだろうけど……」

 

 雑談だけど、本気の心配でもある。

 

「今はケータリング頼むのも、一苦労だからねえ……。緒方さんや田中君、佐藤君が買い出しから付き添ってたみたいだし、パーティーに呼んだ人たちもかなり手伝ってくれてるんでしょ?」

 

 平井さんも助っ人を申し出たそうだけど、吉田さんは池との『授業』を優先させた。……平井さんと池の距離を縮めようとしている感じは……気のせい、かな?

 

「……でも、一美ったら。()()()すっごく明るくなったんだよね……。これも挑戦だーって張り切る姿見たら、なーんか大丈夫って気がしたんだ」

 

 ……そうだった。平井さんは元々、吉田さんと特に近しい友達だった。平井さんが知ってるだろう吉田さんより、今の彼女は、とてもとても、強くなっている。

 

「助っ人参戦出来なかった分、極秘ルートから密輸入品を仕入れたんだよね……」

 

 怪しい笑顔を浮かべて、大きく膨らむ手提げ袋持ち上げた。

 

「食後のデザート! ――坂井君は手ぶら?」

 

「……。ごめん、最近余裕が無くて……」

 

 慣れない家事、成績上昇のための勉強、“将来”に向けての情報収集……このパーティーも(『やらかした身』では居心地悪いのも承知で)皆の近況を聞ければいいなと、情報収集ついでの軽い気分転換としか思ってなかった。何か持ち込むべきだったけど、すっかり失念してしまった。

 

「――到着っと。私は厨房行くから! 皿運びくらいは残ってるっしょ!」

 

 駆けて行く平井さんの背中を、小さく手を振って見送った。

 僕も手伝おうかと行き先に悩むけど、客向けに貼られた案内に従って庭に回る。

 

(思ったより少ないけど、厨房に集まってるのかな)

 

 ところどころに料理が置かれた特大テーブルが数個と、あちこちにベンチ。人は三名。僕に気付いて、一人が早速声をかけてきた。

 

「坂井! いらっしゃい」

 

「元気そうでよかった」

 

 少しぎこちない笑みで、主催者の名を呼ぶ。

 

「佐藤、パーティーに声かけてくれてありがとう」

 

「なんだよ、まだ気にしてるのか?」

 

 彼の明るい笑顔から、以前とは違って軽薄さが感じられない。

 

「その、ごめん。手土産持ってくるべきだったけど……」

 

「気にしてんのはそれかよ! ――確かに吉田ちゃんは大変だけど、参加費代わりに食いもん持ってこいなんて、言わなかったし」

 

 肩をすくめる仕草も、()()()()()()ずっと大人に見えた。

 

「俺は主催者として、案内係。――今厨房は、はっきり言って定員オーバーだ。下手な手伝いはむしろ邪魔になるってさ」

 

 周囲を探して。

 

「手伝い、マージョリーさんも?」

 

「んや」

 

 入口の方を窺う佐藤。

 

「アルコールの調達。さっき池たちと合流したって連絡きた」

 

 来るのはもう少し後、だそうだ。

 

「僕は平井さんと来たけど、まだ来てない人は?」

 

「えーと……」

 

 リストをポケットから引っ張り出して、指先でなぞった。

 

「池家のひと固まりを除くと、フィレスさんとヨーハンさんのカップル組――と」

 

 着信音が響く。佐藤の物だ。

 

「マージョリーさんから。――はい。え、何? ごたごた? 警察沙汰? はい、はい……分かりました、伝えておきます」

 

 何の電話だ?

 

「なんか詐欺師捕まえてのしたから、駐在中の外界宿(アウトロー)職員送ってくれってさ。パーティーには()()()()必ず行くって! 連絡ついでに物騒だから戸締りしてくる、ここは任せた!」

 

 そう言い残して、慌ただしく走って行った。……何が起こってるんだ。

 少しの静寂。僕とあと二人が、取り残されてしまって……。

 

「ああ、坂井悠二君。解散の日以来ですね」

 

「ふむ、特に変わりなさそうじゃな」

 

 ()()サシで話したくない『彼ら』に、声をかけられてしまった。

 見た目は、老人と孫のような二人組。でもほんわかとした雰囲気なんか微塵もない、静かで悟りきったオーラを放出している。

 

「……どうも」

 

 ベンチに()()()()()座るのは、カムシンとベヘモット。ベヘモットもなんとなく、エジプトとか中東系? の見た目だから、似たオーラも相まって本当に老人と孫のように見える。

 ――さっきからぴちゅぴちゅとさえずる小鳥が、カムシンの肩に留まった。

 

「御崎市の様子を見に来ましたが、世界と比べれば“相対的に”穏やかでしたね」

 

「特異なケースなではあるが、日本の一都市に目を向け手を割けるほどは、未だ混乱が収まっていないのじゃな」

 

 “紅世の徒”は、例外なく人間となっている。――フレイムヘイズとして契約していた“王”も含めて。

 

「僕が見る限り、新しい異常や異変は無いです」

 

 そっけなく、事務的に。これは別に人柄の好き嫌いからじゃなくて、彼らが温度の無い実質本位を好むからだ。決して嫌いだからじゃない。

 

「ああ。そうでしょうね」

 

「ふむ。恐ろしく平和じゃ」

 

「……あの」

 

 我慢できず、質問してしまった。

 

「……懐かれてるんですか? その鳥」

 

「……ああ」

 

 さっきから二羽の小鳥が、カムシンの肩を跳ねたり麦わら帽子の上でさえずったり、ベヘモットの膝に飛び乗ったりと、ちょこまかうろちょろと、本当に気になる。

 

「騒がしいのは以前からです。屋内に連れ込む訳にもいかないので、私はこうして待機しているのです」

 

「ふむ、すまぬが好きにさせておけぬか。パーティー料理を台無しにする真似はせん、堪忍な」

 

 小鳥を追うカムシンの目は、……少しだけ、悟りきった感情でないものが覗いている。――気がした。

 

「この『闇を撒く歌い手』と『弾け踊る大太鼓』は、格好をつけるのばかりにこだわるのです。――久々の晴れの舞台と聞きつけ、邪魔だと払ってもついて来てしまいました。ああ、私が見張っておきますので、お気になさらず」

 

 この小鳥の名前だろうか。よく分からないけど、カムシンの言う通り気にしないことにした。

 ――と、屋敷から派手な格好の誰かが、来る。あの顔、は……。

 

「……おや」

 

「…………。本当に、カルメルさん……?」

 

 噂には、聞いていた。シャナも、戸惑っている。アラストールは、ノーコメントだった。

 

「本当にとは失礼な野郎なのだ。この私の美貌を見違えたと言うのか」

 

「…………先週は、時代劇風『ござる』口調って聞きましたけど……」

 

「時代は移り変わる。この先モノを言うのは『言葉の力』、私は盲点に存在した伏兵を超えるために、日々あらゆる性質の言葉遣いを試しているのだ」

 

 饒舌なカルメルさんは、メイド服を着ていない。テレビで見た『ライブハウスでヒップホップに興じる若者』と同じ格好をしている。アームカバーが、なんというか先進的だ。

 彼女は無表情で、料理を満載したトレーをテーブルに運んで置いた。

 

「……うん、と。シャナから、聞きました……。ラップ? フリースタイル? ……そういうのに、ハマってるって……」

 

 何があったんだ。見舞いに来た『新』カルメルさんと会った母さんは、『新しい自分を模索しているのね』とか言って微笑んで応援してたけど、その迷走っぷりは純粋に心配になってくる。

 

「中々に奥深い文化なのだ。リズム、韻、それらを加味した上で意味ある詩を練り、更には会話や罵り合いにまで発展させるバトル――あの場で戦士として立つのは、並の頭の回転では無理よりの無理である」

 

 僕のシャナ呼びにさえ反応しないのか。“子離れした”って言えば響きはいいけど、子を心配させる変貌はどうかと思う。

 

「退避」

 

「来たか」

 

 カルメルさんと同じようにトレーを手にした女の人が来る。流れるような桜色の髪の、すらりとした女性――声からしても、ティアマトーさんだ。

 配膳の邪魔だと言ったんだろうか、カルメルさんと一緒にテーブルの前から離れた。

 

「怠慢厳禁」

 

「貴女に言われるまでも無い」

 

「救援推進」

 

「そろそろ祭りの始まりであるな。誰が来ていない坂井悠二」

 

 厨房に誰がいるか把握してないのに、無茶な……。

 

「僕は平井さんと来て、彼女は厨房に向かいました。池はお兄さんを迎えに行ったらしいです。佐藤はごたごたでちょっと出て、マージョリーさんは池と合流したって。後、フィレスさんとヨーハンさんが来てないって佐藤は言ってました」

 

 聞いた分だけは言っておこう……。

 

「あのバカップルは平気で遅刻してくる、捨て置こう。……さっきから視線が五月蠅いのだ」

 

 不機嫌そうに睨みつける目は、以前とそう変わらないけど。

 

「い、いや……。何がどうなってそうなったのかなって……」

 

 全くそうだ。

 

「現目標は、ラップバトル界で通り名を得ることなのだ。フレイムヘイズと違って、自ら決めて名乗り上げるのは恥ずべき行為である」

 

「いや……」

 

「ティアマトーは既に“単語ダム”の称号を得ている」

 

「ええ……?」

 

「日本語熟語のみの一気呵成の奔流は、渋谷B地区で俄かな旋風を巻き起こし恐れられているのだ。まさかここまでやるとは思わなかったのだ」

 

「……そうですね!」

 

 訳が分からない。

 僕には到底理解の及ばない領域へ逝ってしまった二人は、何か言い合い……バトル? しながら配膳に戻った。

 シャナとの仲で殺気をまき散らすあの人も怖かったけど、これはこれで未知の怪物と出くわしたみたいで恐い。本当に何があったんだ。

 パンドラの箱にふたを置くような気分で、あの人たちから背を向けた。玄関方向に注意しつつ待っていると。

 

「うふふ、くじ運の強さは、世界が滅びても変わらないんだから」

 

「あはは、この特大“ミサゴちゃん”ぬいぐるみ、飛行機に乗せられるかな?」

 

 この甘ったるいやり取りは、見なくても誰か分かる。

 

「やあ、少し遅れたかな?」

 

「ごきげんよう、まだ始まってなくてよかった」

 

約束の二人(エンゲージ・リンク)』だ。“徒”もフレイムヘイズも消えた世の中で、この二人は変わらずその通り名を使ってた。

 ベンチに並んで腰かけて、一人の膝に乗せるには難しいぬいぐるみを二人の膝の上に置いた。ちなみに“ミサゴちゃん”とは、近年現れた御崎市公式マスコットキャラだ。デフォルメされた海鳥っぽいフォルムで、ミサゴ祭りのパンフレットとかに登場するようになった。

 

「ショッピングモールで抽選会やっててね、一等賞。旅行券でも当たるかと思ったけど、これはきっと在庫処分だね」

 

「当たった瞬間、おっきなハンドベルを鳴らしてくれたわ。みんなヨーハンに大注目、お芝居みたいな動きで私にプレゼントしようとしたけど、大きすぎて羽を顔に引っ掛けてたわ」

 

 肩を寄せ合い、くすくすと笑っている。

 

「飛行機、か……。やっぱり、定住しない感じなんですね」

 

「うん、風の吹くまま気の向くまま」

 

 ヨーハンが軽く言って、フィレスが軽く覆す。

 

「子供が出来るまでは、ね」

 

「……!」

 

 当たり前のことなのに、今ようやっと思い至った。

 もう、“紅世の徒”という種族はいない。全員人間になった。――だから、戦いで勝ち取った命じゃなく、絆を結んで生まれた新しい命で、未来へ旅立つんだ。

 

「子供が生まれてから、定住するか旅空で暮らすか、また考えてみるよ」

 

「私たちには国籍も無いし、安定した収入を得られるかだって不透明だから。今までみたいに『力に物を言わせて』ってのも無理になっちゃったし」

 

 現代社会は世界規模で、密接に繋がり合っている。そこに突如放り出された異世界の住人らの社会的立場は、元“紅世”側も人間側も、模索中だ。

 

「激動期の今に、将来設計を立てても仕方ないさ。――でも、そばにフィレスがいる。これだけで、何があっても乗りこなせる気しかしないね」

 

「時代だけが変わっていった三百年間(これまで)もよかったけど、私たちも一緒に変化していく今の世界を迎えられて嬉しいわ。だって、何が起こるか分からなくて、楽しみだもの」

 

 相槌を打ち合って、二人の世界に戻る『約束の二人(エンゲージ・リンク)』。

 出鱈目なくらいの楽観性には、少しだけ物申したくなるけど。……求める誰かが隣に居続けるなら、それでいいのかも、と思った。

 目的は叶っているんだから、他の()()()何かにいちいちストレスをためて心身を削っていくより、手を取り合った心身が充実した状態で困難を乗り越えていく方が合理的――なんて。

 

(愛って、本当に……)

 

 恋人たちのそばから、そっと離れた。

 振り返ると、どやどや賑やかに四人が庭園に出てきていた。

 

「意外と何とかなるものね~」

 

「俺たちもだし、思いのほかヘルプが多かったもんな」

 

「けど嬢ちゃんの手際の良さ、ありゃガチで研究始めた感じだぜ、キヒヒ」

 

「すこーし目を離してる隙に、成長しちゃって……」

 

 ちょっと気の抜けた息を吐いてる緒方さん、彼女の隣で朗らかに笑ってる田中。一歩後ろにはワイルド系が服を着てるようなマルコシアス――見た目だけで分かる。最後尾に感慨深げだけど満足そうに頷いてる平井さん。みんな、山盛りの料理を運んでいる。

 

「お疲れさま。お皿の配置は動かさなくていい?」

 

「おう、坂井。空いてるとこに置いてくから平気だ」

 

「今は全部乗りそうだけど、後続考えたらテーブル足りないかも」

 

 次々と料理が並び、テーブルも賑わってくる。

 

「ユージ! シャナの嬢ちゃんとは順風満帆みてえだな!」

 

「うん。――ああ、マージョリーさんは池と合流してもうすぐだって。佐藤は……なんかよく分からないけど、マージョリーさんから連絡受けてちょっと外してる」

 

 人間に混じる必要性が出てきたため、称号や真名は使わない傾向になってきているらしい。外界宿(アウトロー)や元“紅世の徒”間の会議では慣習として使うけど、そうじゃない時は『それがあった者』同士でも避けることが増えているのだとか。

 

「何かあったのか? ……うーん、じゃあ俺はマルコシアスとテーブル取りに行く」

 

「あ、じゃあ私はゆかりとここで出迎えしとくね。坂井君も一回、厨房覗いてきなよ!」

 

「……シャナ、焦がしてない?」

 

「旦那失格、坂井君」

 

 平井さんにたしなめられて、追い立てられるように庭園を後にした。

 十八人分のパーティー料理を、プロでもない女子高生が一人で――なんて、素人でも無茶だと分かる。それが決まった時、厨房に立つ助っ人として名乗り出たのが、シャナとシャヘルさん。ミコトさんとずっと一緒だったシャヘルさんはともかく、シャナはどうなんだと……凄く心配してた。けど。

 

「……出来た、一人一つずつ」

 

 そんな、シャナの嬉しそうな声が、厨房に入るなり聞こえた。

 

「あ……パンネンクック」

 

「来たの、悠二。運んで」

 

 以前のカルメルさんサプライズパーティーで特訓した料理が、美味しそうに湯気を立てていた。一つ一つは小ぶりで、具の乗り方や大きさもばらついてるけど、十八個全部が美味しそうだった。

 

「シャナ、凄いな……」

 

「多人数相手への料理の作り方は、シャヘルから教示を受けた。やり方さえ分かって、焦がさないように気を付ければ、簡単」

 

 得意げに鼻を膨らませている。見た目通りの子供みたいで、可愛い。

 

「あ、坂井君こんにちは! ほとんど完成したから、シャナちゃんと先に行ってて!」

 

「……焼き上がり待ち。なんとか、出来た……」

 

 オーブンの前では、吉田さんとシャヘルさんがかがんでいた。

 

「なら、運んでいくよ」

 

「ん。カート使う」

 

 十八皿をトレーで運ぶのは、少し手間だ。調理も配膳も終わりが見えてきたからと、秘密兵器の解禁みたいだ。

 庭園へ繋がる廊下を進む中で、シャナの胸元に下がるペンダントに声をかける。

 

「アラストール、いる?」

 

「うむ」

 

 返事が来た。シャナとはほぼ毎日顔を合わせてるけど、アラストールとの会話は半月ほどぶりだ。

 

()()()の様子は?」

 

 “紅世の徒”は人間となった。でも、“紅世”真正の神のアラストールは、神の一柱として『別の場所』にいる。

 

「未だ、静かだ。在り様の変化は極大だが、急いて何かを変えようという気運は無い。新しき世を静観する、これでまとまっている」

 

 アラストールは、“紅世”に残っていた神たちの見張り役……というと、以前ちょっと怒られた。“紅世”真正の神と『この世の法則』の調停役を引き受けてくれてる。

 元来アラストールと“祭礼の蛇”、シャヘルさん以外の神は、この世の概念にはどうやっても落とし込めない『理解不能』な、“そもそもこの世と共振すら出来なかった”存在らしい。‡//とか、■とか……聞いても分からなかった。そういう神も巻き込んで、この世は融合してしまった。それは、今までこの世に手を出せなかった神も、動き出して干渉してくる理由になる、そうだ。

 

「そう……。今すぐ『新しい世界』が否定される、訳でもなさそうなんだね」

 

「うむ」

 

 思い描いたものとは随分変容したけど、この世界は僕が望んだ、『人が喰われない世界』だ。……このまま続けて、可能性を拓いて行きたい。

 

「……そろそろ訊くけど、いいかな」

 

「何だ」

 

 まだまだ世界は動くけど、落ち着いては来ている。今まで気まずくて訊けなかったけど、そろそろ知りたい。

 

「……創造神は?」

 

 シャヘルさんからは、『全』から解放されて、法則の一つを()()()()後、眠りについたと聞いた。……人を喰う“紅世の徒”の親玉みたいなものだったけど、僕の願いを肯定してくれて共に歩いた。失敗こそしたけど、結果オーライにはなったから……恩を感じている。

 

「休眠している。通常の神威召還後と変わり無い。――“紅世”の法則は失われていない故、理論上『神威召喚でのみ“紅世”は力を得られる』。いずれの日にか、“頂の座”が復活すれば、“祭礼の蛇”も目覚めるであろう」

 

 七月以降に死んだ全ての命は復活したけど、ヘカテーとシュドナイは消えたままだった。本当の意味で死んでいないから、法則に従って眠っているのだろう――というのが、ベルペオルの見立てだった。

 彼女は、力を失った元“紅世の徒”のまとめ役として、『ムー大陸』を拠点に奮闘しているそうだ。新しい世界が始動して“個々でするべきことを見定めよう”となってベルペオルが御崎市を去ってから、僕らは連絡すら取り合っていない。

 

     ―*―

 

「――盟主が命を繋いだなら、まあ()()とする。暫くの別れだ、坂井悠二」

 

「……僕は、用済みなのか?」

 

 世界をこうしてしまったのは、僕だから。僕は“紅世の徒”と人間を共存させるために、終わりも実りも無いかもしれない旅に出ようとしていた。

 きちんと言ってないけど『絶対』分かってるベルペオルは、薄い笑いを浮かべている。その笑いの奥の思惑は、僕にはまだ分からない。

 

「さて。()()()旅に出る前のおまえに、二つばかり提案しておくよ」

 

「徒労?」

 

 やっぱり、不可能なのか……?

 

「一つは、創造神の眷属としての私から、我らの神に“楽しい旅”を体験させた『代行体』のおまえに」

 

 楽しい旅――皮肉には、聞こえなかった。

 ベルペオルは、力を失って腕に下がっているだけの『タルタロス』を持ち上げる。

 

「“紅世の徒”は、存亡の危機にある。個々が巨大な力を失った以上、力とは『数』を示すようになった。“紅世”とこの世がひとまとめとなり、同朋全てが『この世界』へと顕現したが……総数が劣る上に、集団としての力――すなわち文明、軍備、資源、国力のどれも持たない、『弱小種族』と成り果てた」

 

 一方的に人を喰っていた種族が、一方的に蹂躙されるまでに、逆転してしまった。

 

「幸い土地が生まれ、そこに固まり身を守れるが。――『内乱』の資料は読んだろう、与えられた土地に価値があれば、侵略の理由になる。近年はそのような『戦』を()()()()()回避する『世論』だが……我々の出自は『古より散々人を喰らってきた化け物』だ。その事実を額面に掲げられれば、清掃と植民(クリアランス・アンド・プランテーション)を反対して和平を望む人間は、いまい」

 

 個の力に極端な差があった“紅世の徒”にとって、生きて行動する根源は『自分の欲望』だった。

 対して、個の力がそれほど変わらない人間は、『数』を揃えて力を蓄えた。“徒”と変わらず個々の欲望は存在するけど、まとまって大きなことを為すために、協調性が発達した。欲望がばらばらな個人を一つにまとめる『最大公約数の欲望』は、一般的に『正義』と呼ばれる――そう、ベルペオルは語った。

 

「わざわざこの“泥船”に、相乗りする必要は無い。“帰る場所”が残っているのなら、帰った方がいい。――これが一つ目の提案だ」

 

 人は、滅ぼせるまでに力を落とした『化け物』を、赦せるか。……とても難しいように、感じた。

 

「そして。“紅世の徒”最大の組織[仮装舞踏会(バル・マスケ)]参謀としての私から、『代行体』とはいえ()()()()()()()()我々を率いたおまえに」

 

 ベルペオルの笑みが、深まっている。――これは、あらゆる陰謀に通じると恐れられた、女怪の笑みだ。

 

「人間に真正面から対抗出来る手段と力を失った“紅世の徒”は、辛うじて持たされた『言葉を解す』力を使って、人間と戦わねばならない。折衷役として外界宿(アウトロー)()()()()()()置かねばならないが、いざ“紅世の徒”を滅ぼすと決まれば、人間に味方するのは目に見えている」

 

 それはよく分かる。元来が『復讐者』たちの組織なんだから。

 

「しかし、外界宿(アウトロー)を構成する元フレイムヘイズは、同じ穴の狢……契約した“王”もフレイムヘイズも、『言語を解す』能力こそ持つが、国籍も社会的立場も血縁関係者も持っていない。人間に、“人喰い”と『人喰いを追った討ち手』を区別する手段は、無いのだよ」

 

 胸に、亀裂が入ったような衝撃が奔る。

 

「――人喰いたちの“破壊神”と意思を交わし、仲介機を胸に下げる“人喰いの仲間”は、人間の目にどう映るだろうか?」

 

 ……シャナ。

 人喰いを討つという『絶対正義』が、人類全体に蔓延すれば。歯止めの利かない正義は、真っ先にシャナを殺しに行く。

 

「“紅世の徒”が持てない人間としての力を、おまえは取り戻した。――日本のハイスクールに通っていたんだろう? 歳は十六、未成年だ。両親共に揃い、前歴も無く、住所が定まり、戸籍も生まれついての物を持ち、貧困にも喘いでいない。まだまだこれから、社会的地位を築くのも可能じゃないか。私が今からそれを手に入れられるなら、数千年こつこつと組み立ててきた組織を差し出してもいい――それほどの武器を、おまえは取り戻した」

 

 ベルペオルは、こう言いたいらしい。

 

「『人間』として、元“紅世の徒”に力を貸せ、って?」

 

「“紅世の徒(人喰い)”に()()()()()()()()()で与した、唯一の人間に、ね」

 

 僕は、そうするしかない。シャナを守るために。

 

「迫害から守る力を目指すなら、迫害されては意味が無い。――しばらく、少なくとも成人するまでは、接触を避けようと思う。……精々励んでおくれ。切り札が切り札として機能する日を、待っているよ」

 

 ままならない大きな試練を前に、ベルペオルは笑っていた。

 

     ―*―

 

 僕は、御崎高校への復学――別に退学どころか休学もしていなかったから、少しおかしいけど――それを決めた。本当は佐藤のように『東京の凄い高校』に転校できればいいな、とか思ったけど、行政の混乱が酷いからどういうコネを使っても今は難しいと言われた。

 焦って持っているものを台無しにしたら、元も子もない。高校生の時点で『取り返しのつかないこと』は少ないんだから、無理して『良過ぎる』学歴を得るより、普通の高校を卒業して良い大学を目指すことにした。

 ネガティブに語られがちな日本の『学歴社会』って言葉が、初めて希望の響きに聞こえた。いい成績を叩き出せば、地位を築ける――努力で成り上がれる国、に他ならないから。……もちろん、それだけで上手くはいかない。運に人脈にコミュ力……意識して高めていかなくちゃ。

 ――という訳で、大雑把な目標として『東大入学』を定めて、勉強を始めることにした。シャナに話すと肯定してくれて、その一時間後から『授業』が始まった。平井さんが言った通りスパルタだけど、とてもやりがいを感じている。

 

「……悠二?」

 

 黙りこくって考えに耽っていた僕の顔を、シャナが覗き込んできた。

 

「ああ、うん。――“紅世”の方が落ち着いてるなら、後は人間社会だな、って」

 

 欲望からの暴走を止める人間は多いけど、正義の暴走は一度始まれば止め難い。

 

外界宿(アウトロー)が動いてる。……人間が元“紅世の徒”を全滅させると決めたなら、元フレイムヘイズも危なくなる。[仮装舞踏会(バル・マスケ)]と手を組んで、人間社会との落としどころを探している」

 

 やっぱり、予想する危機は同じ。

 ……そういえば、七月からの記憶が欠落したまま、目の前に広がる世界が激変した訳だけど。外界宿(アウトロー)はほぼほぼ混乱無く、むしろ人間社会よりも落ち着いて、今後表舞台に立つために最適な位置に転がり込んだ、とか。

 世界がこんなことになったのは、フレイムヘイズも把握してなかった『この世』の暴走だった。首脳部が本当に信じ、適切に動いてくれるか。これも賭けの一つだった。

 ……解決したのは、シャヘルさんだった。世界が動き出すなりドレル・クーベリックとの通話を求めて、何事か数十分話し合った後、彼の号令を受けて外界宿(アウトロー)は『起きた未来の事実を事実と認めて』即座に動き出した。……なんでも、シャヘルさん及びミコトさんと、ドレル・クーベリックは、昔色々あったとか。近くにいたみんなは、外界宿(アウトロー)が初めて“紅世の徒”との本格的な戦争に臨んだ[革正団(レボルシオン)]関連じゃないかと、推測していた。

 シャヘルさんは、人間としてこの世に残った。アラストールや“蛇”と同じく“紅世”真正の神と同じ場所に行くのも、もちろん出来たはずだった。そうしなかった理由については簡単、神も世界法則もこりごり、とのことだ。

 彼女は池家に居候している。池家は『かなり』混乱してたけど、『それを解決できる繋がりや知識や方針』を持つ“まさにいがネットで知り合った彼女”が訪れて、諸手を挙げて歓迎されたそうだ。

 

「新しく“生えて”きた人間、か」

 

 日本でよく使われるようになった、“生える”という新語。これは『転換の日(ドゥームズデイ)』を境に現れた“紅世”に対して使用する用語だ。

 

「法律的な扱い……いつ頃、決まるのかな」

 

「少なくとも、行政の機械的・人的混乱が収まってから。今年中は望めないと見てる」

 

 “生えてきた”人間に、日本政府は『暫定的に』人権を与えた。そうして生じた身分も住所も職も持たない“厄介者”は、()()()()()まとめて『管理団体』に預けることになった。『管理団体』とは外界宿(アウトロー)にほかならず、御崎市では臨時的に佐藤家が支部とされた。シャナも今はそこに住んでいる(『大災厄』の中生き残って、御崎市に取り残された“徒”は、全員余さずベルペオルが『ムー大陸』へと引き上げさせた)。

 

「僕が少しでも役に立てられるまで、でもいい。……何も起こらないと、いいな」

 

「悠二は目的地を見つけて、定めた。何かが起きても、定めた目的地に進むだけでいい」

 

『この戦いを、いつか』。それを口に出した時、マージョリーさんとマルコシアス、カルメルさんとティアマトーさんに、凄く笑われた。

 シャナとアラストールは、笑わなかった。シャナは今と同じようなことを言って、アラストールは歩く道の険しさを照らして教えてくれた。

 

「私も一緒。フレイムヘイズとしての力は無くなったけど、私は私として進んで、戦う」

 

 シャナの前を見据える力強い眼は、黒く冷えたままでも紅蓮を幻視しそうになる。

 ――『本物の坂井悠二』を受け入れて、前に進んでシャナと合流するとすぐ神託が降り、あっという間に世界は再編された。

 当事者間の混乱が収まり次第すぐ、僕はシャナと真っ直ぐ向き合って対話した。

 クリスマス・イブの戦いの直後、“祭礼の蛇”との合一が始まった時の気持ち。創造神の壮大な計画の先に、戦いが終わるかもしれない未来を見たこと。[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の上級将兵から学び、数千年かけて集めた資料を読んだ、不眠不休の勉強の日々。『大命』を()()して、御崎市を再生させる計画を編んだ時の高揚感。創造神と僕自身の計画を達成させるために、邪魔者を殺す決意を固めた瞬間。その戦いから隔離するためにと、シャナの気持ちを踏みにじって目的を優先させた時の罪悪感。ただ、早く終わって欲しい、早く終わらせたかった、戦争。

 そして、崩壊と破綻。もう許されないだろうとほとんど諦めてたところに、“そんな場合じゃないから”と並んで歩いた道。

 シャナは、全部聞いてくれた。もし計画が成功してたら、“紅世の徒”と人間の共生を目指して、贖罪の証として“一人で”旅立つつもりだった――これを言ったら、殴られたし怒られたけど。

 ひとしきり叱られた後、結局何が言いたかったのか……それを言葉にした。

 

(――「シャナ、君が好きだ。世界を変えてやる、と思えるほどに」――)

 

 言いたいのは、これだけだった。……なんでかな、これを言うために、こんなにも遠回りしてしまった。

 

(――「私も、悠二が誰よりも好き。ずっと一緒にいたい」――)

 

 シャナのその言葉は、ただの人間に戻った僕でも、()()()()()()()()気がしてきた、魔法の言葉だった。

 

(調子がいいのは、分かってるけど)

 

 望んではいけないと思い込んだ幸せを、僕は『この世界でも』掴んだ。掴んだ先に待っていたのは、人間の坂井悠二が持っていたものと歩みをシャナのために使える世界。

『世界の始まりを願った僕』が言った通り、世界を再生させる力はおろか、『違う世界の僕』の記憶の断片さえ、手に入らなかった。その代わり手にしたのは、『救う中には自分も含入れていい』という、枷を外す鍵。

 クリスマス・イブに掴んだ鍵で、創造神の力を得て。

転換の日(ドゥームズデイ)』に掴んだ鍵で、人間の力を得た。

 まだまだ小さい、生かすには何もかもが足りない力だ。それでも、シャナと、一緒なら――

 

「何。顔が緩んでる」

 

「あ……。ちょっと、色々思い出してたんだ」

 

 人間社会での上を目指すなら、表情一つ気を付けていかないと。深く考え込んでしまう癖は直せないでも、最低顔には出さないようにしよう。

 とか考えつつ、カートを押して。

 

「みんな来てる」

 

「本当だ」

 

 庭園に揃った十六人が、見えた。厨房で仕上げしてる二人を除く、全員だ。

 庭には田中たちが運んだ新しいテーブルが用意されてて、そこにシャナのパンネンクックを並べていった。歓声と称賛を、シャナ共々鼻を高くして受けておく。

 池は田中や緒方さんの輪の中に混じって談笑してる。用事を終えたらしい佐藤も戻って来てて、マージョリーさんと酒瓶を並べていた。その瓶を前に、まさにいがケータイをいじっていた。

 

「何してるの?」

 

「ラベルは保管するつもりだけど、開ける前に何の酒か調べてんだ」

 

 アルファベットを入力していき、検索する。

 

「……キプロス・ナマ。千年近く前のやつだから、とりあえず歴史文化遺産」

 

「千年……。えっと」

 

「ちゃんと美味しいって、マージョリーさんは言ってたぞ。温度も湿度も何もかも徹底管理した場所に一番美味くなる年数だけ寝かせて、後は『時間停止ゾーン』に移してた――だ、そうだ。この瓶は風味を損なわないように自在法だかなんだか使って近年入れ替えたやつで、ラベルは全部お手製なんだってさ」

 

「……執念としか、言えないね」

 

 池家には、他に類を見ないものが、“生えて”きていた。

 ミコトさんの酒蔵だ。

 いつの間にか庭に下り階段が出来てて、その先にあったらしい。

 日本政府の通達だと“生えてきたものには触れるな関わるな”だけど、この人工物は問い合わせるまでもなく『例外』だった。

 それの“正体”を知ってたまさにいは、即刻シャヘルさんを呼び出した。外界宿(アウトロー)も交えた相談で、『権利は池のお母さんが持ち、手隙次第外界宿(アウトロー)が買い取る。その間“中身”の持ち出しは自由』という風に決まったらしい。

 売却はシャヘルさんの希望だった。『自在法含む管理システムが全停止してしまったから、劣化が始まる。美味しい内に欲しい人に渡したい』――だそうだ。

 そう。池家のみんなで『全部飲む』なんて出来るくらい、生易しい量じゃない。そして価値を意識してしまうと、スーパーで買ったビールの方が美味しく飲めるとまで、池のお母さんに言わせてしまった。

 世の中の『凄く高いお酒』って、ブランド、希少性、味、保存状態、それぞれが良いほど値段が高くなるらしく、それの代表『ロマネコンティ1945年』というやつは、一瓶10億円以上だそうだ。

 ……ミコトさんの場合、保存と味は狂気的と言えるほどこだわりぬいてて、ブランドだって『いいところ』は大体網羅して、不老不死に物を言わせた歴史性で希少価値が博物館も安易に保管を名乗り出たくないレベル。そういうのがもう百とか千とか集まっていて、池は正直恐いと言っていた。

 売却価格は、『御崎市内に新居を建てて引っ越しする値段』と『現在池家に住む三人が生涯働かなくても生活できるくらいの額』で抑えるらしい。差額は仲介者たる外界宿(アウトロー)に寄付するが、怖いことに巻き込まれないよう『色々な方面から守ってくれ』と頼んだそうだ。

 ちなみに、この酒蔵がこの世に残ったのは、恐らくミコトさんにとっても想定外と考えられるらしい。『真経津鏡(まふつのかがみ)』に厳重にかけていた死に戻り対策と、酒蔵自体の精密な保存術が、何らかの作用を起こしたのかもしれない――とりあえず、みんなで『酒狂いの執念』だと結論付けた。

 

「ちらっと聞いたんだけど、詐欺師が捕まったって?」

 

「あー、うん。文化庁かなんかの役人名乗って、見学させてくれって押しかけて来たんだ。出してきた名刺に速人が違和感見つけてさ、押し問答してるうちにマージョリーさんが来て、詐欺師の目だってボコボコにしたら白状して……早く引っ越したい」

 

 先に手を出したのか。それなら警察より先に外界宿(アウトロー)職員だ。

 とにかく、酒蔵の文化的歴史的価値は、文化歴史研究に希少品コレクター、酒飲み、オークション界隈などなどを震撼させるくらいの物だった。池たち家族は家ごと明け渡して、新しい世界で新しい生活をスタートさせることにした。

 

「宝くじに当たったと思って、身の丈に合った将来を探すよ」

 

 まさにいは、笑って続ける。

 

「世界中にすっげーいっぱいいたトーチになって、ミコト引き当てたんだから、そう違わないな」

 

 シャヘルさんから聞いた。『空気に含まれる水は十日ほどで入れ替わり、生き物が取り込んだ水は数か月。人間一人分の“存在の力”は一年弱で、循環する』って。

 ミコトさんがやってた、トーチの復活。それは、世界に還ってきたその人だった“存在の力”の全てを回収して、元の形に組み上げる、という仕組みだったらしい。回収中にはトーチの意識は繋ぎ続けて、“奇跡”を起こせるだけの強い願いを育てさせた、そうだ。

 

「ミコトさんは、どんな人だった?」

 

 僕はほぼ何も、理解していない。対案も無いのに()()()()()だけで『正しい選択』を邪魔する厄介な人、とまで思ってた。言わないのもそれでも止めようとするのも、ちゃんと理由はあったけど、見える部分だけを見て『そういう人』だと決めつけた。

 

「シャヘルさんからも、ミコト本人からも、なっがい過去の出来事は聞きまくった。――あの人自身のことは、その中でちょっとだけ。『なんで料理するのか』とか、『弱いくせに何しようとしてるのか』とか……」

 

 小さいけど、遠くに届けるような。そんな声で。

 

「料理の方は、本人が。『食べさせた人の喜ぶ顔が見たいから』って。目的は、シャヘルさんから断片だけ。『純粋に、人間のため』だった、って」

 

 結局他人のためで。彼自身やシャヘルさんのためではなかったらしい。

 

「誰かの喜ぶ顔とか、嬉しいって感情のおこぼれが、生きる糧だった。そういう人間の綺麗なところに憧れて、真似して、なろうって努力した。努力の方向性は歪んでなかったけど、努力量は加減を知らなかった。だから人間の妥協だったり限界だったりをかるーく飛び越えて、ドン引きされて……って、この辺は全部シャヘルさんの受け売り」

 

 恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「三月から十一月。八か月一緒に暮らしたけど、捉えどころが無くてふんわり優しい人、くらいしか分からなかった。()()()()()だったって聞いて、もう一回話したいな……って」

 

 宛てにはならないが、『いつか会いに行く』、と言っていたらしい。

 アラストールが仲介してるのは“紅世”の世界法則たちだけで、『この世』の世界法則や神さまは、断片だって見えないし感じられないそうだ。

 シャヘルさんはそれが、『ただ廻らせるだけの“正しい”状態に戻った証』と言った。彼女と直接話したことなんてほぼ無かった僕にも、寂しそうなのが分かった。

 

「――ま、しんみりしてパーティーを湿っぽくしたら、それこそ怒られる。ほぼほぼ一美ちゃん一人で作ったんだろ?」

 

「あそこのパンネンクックは全部、シャナだよ」

 

「『黒焦げの何か』製造機だった、シャナちゃんがねえ……成長だ」

 

「それ指導したのミコトさんだろ? まさにいの後方理解者面、ちょっと腹立つんだけど」

 

 わざと憤慨した声で言った、その時。

 

「お待たせしました!」

 

 屋敷から、最後の料理が運ばれてきた。眩しく笑ってる吉田さんを見て、きっと『人間の綺麗なところ』ってあれなんだろうな、とか考えてしまった。

 佐藤の短く肝心な箇所は省かない絶妙なスピーチを挟んで、乾杯の音頭が取られた。料理はもちろん美味しくて、みんな満足できるまでの量もあった。シャヘルさんはこういう現場を『腐るほど』見てきて、知識だけはあったから指示できた、とだけ呟いた。

 

(こんな、眺めがあるんだ)

 

 僕が大切に思ってる人たちみんなが、元々の存在構成とかそういう枠組みを超えて、一つの庭に集まって笑い合う光景。でも、それだけじゃない。

 

(その中に、僕も、入れる)

 

 今はベンチに一人で座って感動してるだけだけど、数歩進むだけで『心の底に封印した』幸せを掴める。“幸せ”との間には、見たままの距離しか存在していない。“そうしてはいけない”なんて壁は、無い。

 

「――ふー、ちょっと休憩」

 

 隣に、池がどっかり座った。

 

「なんか、大変そうだね」

 

「うん。宝くじに当たって、お金遣いが荒くなってかえって不幸になる人って、割といるから。――うちはそうならないよう、気を付けてる」

 

 池は、経済や法律についての重点的な勉強を始めたらしい。お母さんの収入一つに頼ってた時期と違って、参考書の値段を考えなくてよくなったと聞いた。

 

「……ちょっと不躾な質問、いいか?」

 

「何?」

 

「まさにいから、『一生遊んで暮らせる額三人分』って聞いて――お父さんは?」

 

 池は鼻を鳴らす。不機嫌そうではあるけど、そこまで暗い感情でもなさそうだ。

 

「『三人一生遊んで暮らせる額』は『四人普通に暮らせる額』には十分。……勝手に出てったんだから、自分の分は無いと知りつつそれでも一緒がいいとか言ってきたら、考えなくもない」

 

 池も、みんなも、前向きに歩き出してる。

 

「坂井も勉強大変なんだろ? 今から東大目指すって。――シャナちゃんの賢さに、着いて行けてるか? 取り残されてる箇所あるなら、カンニングペーパー作るけど」

 

 進み出しても、お節介は変わらない。

 

「今のところ大丈夫。難しいことを考えて分かる感覚が、楽しくなってきてるから」

 

「なら平気か。おまえ地頭は昔からいいし」

 

『正義のヒーローメガネマン』にそう言われると、少しこそばゆい。“紅世の徒”一大組織の盟主に祭り上げられたけど、こういう感覚は失われてなかったらしい――凄く、安心した。

 二人でジュースを手に、しばらくパーティーを眺めてると。

 唐突に。

 

「ゆうくん」

 

 中学以降やめた呼び名が、聞こえた。

 

「おかえり」

 

 凄く、虚を突かれた。

 

「……どこかに行ったつもり、無いけど」

 

 坂井悠二の人間としての存在は戻ったから。“紅世”に関わりを持たなかった彼は、消失も帰還も感じてないはず。“紅世”関連の真実は、漏れるか先行きが見通せるまでは言っちゃいけないことになってる。

 

「このメンバー。緒方さんと、あと平井さんもかな……僕を含めた三人以外。()()()()()()()()?」

 

「……」

 

「『転換の日(ドゥームズデイ)』とか“生えてきた”何か関連」

 

「……」

 

「何があったか知らないけど、区切りは付いたと見た」

 

「……」

 

 はーくんの賢さ鋭さは、昔からそうだ。

 

「だから、おかえり」

 

「……うん」

 

 まさにいは僕が帰って来れるように願って、はーくんは僕が帰って来るまで待ってくれてた。

 

「ただいま」

 

 僕の旅は、この言葉で一度終えて。

 もう一度、新しく、始めよう。

 

 

―*― TRUE END ただいま ―*―

 

 

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