10巻及びFragments 1 の派生分岐です。
3分割しましたが、出来たばかりの3話目の文字数が多すぎるため、4話構成になるかもです。
前書きの時点で白状しますが、恐らくかなり大きな原作解釈ミスを犯しており、それを修正すると話が破綻してしまうまで書き進めてしまいました。
それは【『両界の嗣子』生成において親は必ずしも死亡しない】という解釈です。
SIII[ホープ]の描写の印象が強くて絶対死亡で書き進めていましたが、10巻をよく読むと推定死亡過程である『分解』工程を乗り越え、『定着』途中までティスもアシズも消滅していません。更に兵団も[
ホープの文章は、あくまでもユストゥスに関してであり、『両界の嗣子』についてではないということです。『大命詩篇』プロトタイプと思われる金属板を、解読できないままそのまま使用したにもかかわらず、アシズは生き残れました。内側からカンニングしつつある程度改変に時間を割けたヨーハンたちが、それを出来ないはずありません。ユストゥスの場合、ヨーハンが消滅から免れないためフィレスが我が儘を言って消滅を選んだと予想できます。
↑を無視し、『異伝』世界では『両界の嗣子』を作るために存在を『分解』すると、絶対死ぬという設定にしました。よろしくお願いします。
(1) もしもマティルダがもう少し酒豪だったら 1
対[
フレイムヘイズ兵団本拠地、仮設バーにて。
『当代最強』を謳われるフレイムヘイズと『歴史上最弱』と噂されるフレイムヘイズによる、奇妙な試合がひっそりと行われていた。
内容は『飲み比べ』。『当代最強』ことマティルダは決して酒に弱い部類では無かったが、『歴史上最弱』ことミコトはそれ以上の酒豪だった。今にも倒れそうなマティルダの横で、ミコトは僅かな紅潮のみを酔いの印として浮かべている。
誰が見ても試合の行方は明らかだった。しかし、マティルダは勝負に負けるつもりなど、さらさら無かった。
「あなたが~好きなひとは~……」
「……」
「ティス、じゃない?」
「――!」
ミコトの手から、グラスが滑り落ちる。
「あらすと~る~……後は、おねがい……」
突っ伏したマティルダの狙いは、ミコトの腹の内を探ること。彼を兵団まで運んだものの正体を引きずり出すことだった。
隠し切ると決めた想いを態度に出してしまい、ミコトはつぶやく。
「……どっちの負けかな」
マティルダから話し相手役を引き継いだアラストールが、敵に対しての厳しさを抑えた声音で審判を下す。
「マティルダが提示した条件は『先に倒れた方』。貴様の勝ちだ、『眇理の還手』」
「……」
この『勝ち』が
「……酒の席だ。ここでしか言えんことが、“人間には”あるのであろう?」
勝負には負けた。だから、知ってか知らずか『無謀な』試合を挑んできた女丈夫を、称えることに決めた。
「『炎髪灼眼』のおねーさんの健闘には、応えんとな……」
酒を零してしまったグラスを前に突き出し注がせて、勢いづけるために一気に飲み干す。
「ティスに恋した……ああ、本当だ。彼女は既に、アシズと両想いだった。別にいいんだ。片思いなんてそこら中に転がって――」
「嘘よっ!」
―*― EXTRA ROUTE もしもマティルダがもう少し酒豪だったら ―*―
昏倒していると思われていたマティルダが叫んで遮り、ふらふらと頭を上げる。
言葉も合図も視線さえ交わさないまま、アラストールは求められていると察した。マティルダに『清めの炎』をかけ、会話の主導権を戻す。
「……嘘吐くつもり、なんて――」
「大・嘘・つき! ……何よガヴィダ、『必要なら嘘吐く』なんて――とんだ大ボラ吹きじゃない。危なかったわ、完全に酔い潰れてたら丸め込まれるところだった」
今にも紅蓮を灯しそうな碧眼で睨みつけるマティルダ。
「確かに、別にいいってのは、ひょっとしたら嘘かも――」
「まだ白を切るつもり?」
取り付く島も無く断じるマティルダの態度に、酒に酔って多少感情の起伏が大きくなった影響を受け、ミコトはむかつきを覚えてきた。
「じゃあどこが嘘なんだよ、何を嘘吐いてるってんだ」
そうして、襤褸を出す。他人からも、世界からも、自分からさえも隠して殺す
「あなたはティスに、『恋』なんてしてない」
「はあ? てめーが言ったことだろうが」
「ええ、『好き』とは言った。でも世界に『恋愛の好き』しか無いなんて、有り得ないでしょう?」
ここまで言われてようやく、ミコトは『見抜かれている』と気付く。
だが、認める訳には行かない。己が抱く本当の『愛』は、絶対に葬り切らないといけない。
「違う」
「あなたのティス――いいえ。
「言うなッ!」
無理やりでも口を塞ごうとするが、『当代最強』に力で敵うはず、なかった。
「親へのもの。そうでしょう?」
何か複雑な感情を抱いているのは、皆分かっていた。ヴィルヘルミナもティアマトーも、アラストールも。恋した相手と恋敵なのだと『虚偽の告白』をされていたなら、三人はそれで納得していただろう。
助産師として多くの『親子』と『家族』を見てきたマティルダだけが、その『愛』の正体を看破していた。
どちらが『真実』なのかは、ミコトの態度が雄弁に物語っている。
「違う、アシズにとって俺は、ただの邪魔者。そうじゃなきゃ、いけない」
ここまでして何を守っているのだろう。自分か、『想い』人か、両方か。
ミコトは
「アシズからあなたへの感情は知る由も無いけど、あなたからアシズへの感情なら明白よ」
己の胸倉を掴んだままの手を外させず、しかしマティルダは揺るがない。
「私たちは
アシズの企みとは、ティスとの子を作ること。存在を織り合わせるという工程からして、例えマティルダたちに殺されずとも、消滅は避けられない。
「父親なんかじゃない。どんな結末だろうと、ただ見送る。それだけだ」
そう決めたのだろう。だから、愛を嘘で封印しようとした。
「本当にそれでいいの? 自分じゃない子を作って死のうとする親に、言いたいことあるんじゃない?」
マティルダの服を強く握る手に、震えが生じている。
「それでいい。俺からはどうであれ、アシズにとっては……『本当の子』のための供物でしかない」
歯を食いしばり、うつむきマティルダから顔を逸らす。落ちた水雫を踏みにじり、消して隠した。
「こうなってまで、皆もう気付いてるのに、
自分より遥かに長く生きたはずのフレイムヘイズの姿が、親とはぐれた幼児にしか見えないのは。
「子を産もうと戦い続けるアシズ、そしてティスには……既に
「……」
涙は、隠せも消せもしない。次々と溢れている。
「言える訳、ねーだろ……」
隠し切れないなら、開き直るしかない。ミコトはマティルダに、酔いで増幅された激情を叩きつけた。
「これから子を産む親が子殺ししようとしたなんて! ティスへの愛のために、ティスとの子供を殺そうとしたなんて! 認められる訳ねえだろうがッ!」
供物、子殺し。まだまだ隠された事実は多そうだが、余事を知りたかった訳でもない。
「……。あなたの事情とは関係なく、世界は動く。数日後には決着がついて、アシズは消滅しているわ。気持ちにふたしてうじうじしてる
荒い息で肩を上下させているミコトの前から、マティルダは去る。凄絶な告白に驚きつつ、ヴィルヘルミナも続いた。
数歩の距離を開けて、立ち止まり、残す。
「私が優しいのは『進もうとしてる人』だけ。結果が変わろうとそうでなかろうと、進もうとするなら。手伝ってあげないことも無いわ」
ま、私たちが足を止めない範囲でだけど。
最後までミコトの耳に届くように、伝え残した。
―*―*―*―
次の日。ブロッケン山のフレイムヘイズ兵団本営近くまで移動してきた『天道宮』を、兵団は迎えた。
総大将の『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュ以下数名と挨拶を終えたガヴィダは、隠れるように存在を消して聞いていた旧友を招く。
「お? 分かるくれえ悶々としてやがる」
「まー、うん」
ミコトは返事をしつつ、『カイナ』のふちに背を預けた。
「隠すのはやめか?」
「一番隠したかったもんを、ほじくり出されたから」
そうさせたのは誰か、ガヴィダは言われなくとも分かった。
「で、これか。悩むくらいなら言え。酒に任せて会って数日の他人にぶちまけるより、よっぽど整理できるだろ」
「……」
マティルダはきっかけ作りと進む手助けならするが、立ち直る手助けはしない。そうはっきり言っていた。
人一人の胸では処理しきれない感情は、他者を頼れば
『頼る側』になったのは、初めてだった。
「……いいんじゃない……?」
聞き役に徹していたシャヘルが、背中を押す。彼女との関係はアシズと決別した後に始まった故、シャヘルは“この件”をほとんど知らず、踏み入って来なかった。
「……」
言葉を選ぶ。空白などで伝え損ねたくなかった。
「……親子って、なんだろうな。――“紅世の徒”に聞く話じゃ、ないけど」
ガヴィダが初めて会った頃のミコトの“心”は、戦いが渦巻く世界を渡り歩くには、余りにも未熟な代物だった。そこそこ育っていた『知』や『力』と比べ、余りにもアンバランスな成長だった。
「ばれたし、察しただろーから、言うけど。俺にとっての『親』はティスとアシズだった」
やっぱりな。ガヴィダは遮らず内心だけでつぶやいた。
「二人は素性不明の俺を、“世界のバランスを守る者”って立場で育ててくれた。ティスが死んで、アシズが使命から外れた時も、俺を巻き込まないようそれぞれの形で守ってくれた。二人からの『愛』を感じたから、一人でも歩き出すことが出来た」
『疑似家族』を襲った受難。『母』が死に、『父』は道から堕ち、『子』は未熟でも自立させられた。
「傷跡は残ったけど、世界のどこかでアシズが戦ってるって時々聞くと、励まされた気分になった。やってることは……ちっちゃく弱いフレイムヘイズとしては恐怖もんだったが。会わなくても繋がってるつもりだった。二人で同じものを目指して、生きてるんだって」
それぞれの道で、どれだけ後ろ指を指されようと、どれだけ笑われようと、歩み進み続けた。
「……で、こないだ。二千年ぶりに呼び出された。死なない俺の利用を決めたからだった。今更
「おい……!」
じっと聞いていたガヴィダが、驚愕に怒りが混ざった声を漏らす。
「……。そう。今アシズは、
子に対して――
「……鈍い俺でもさ。それ聞いた時は、流石に
この期に及んで、ミコトは素直に自分を選べていない。
「どうしようもねえ奴らだ……」
「自分でもそう思う」
怒りを通り越して呆れるガヴィダと、起伏の落ち着いた感情を吐露するミコト。
「今は、そういう感じ。これからどうしようって。ほっといたらアシズは死ぬ。……もう、アシズは死ぬくらいしか救われる方法が無いから、無理に助けようとは元々思ってなかった」
死した女を求め暴走を続ける男への救済は何か。女の生き様から外れている以上、男の暴走で生まれるものは苦しみだけだった。
ミコトは胸元を掴む。
「昨日、『炎髪灼眼』に言われた。『それでいいのか』、『言いたいことがあるんじゃないか』って。……頭の中ではずっと、この言葉が繰り返されてる。もやもやしてるのが落ち着かない」
動かないことで何もかも終わる。動いたところで出来ることは限られている。
動きすぎることで――取り返しのつかない破滅を引き寄せるかもしれない。
だから、ミコトは『動かない』ことを選び、愛を偽りで飾って封印しようとした。
「……我ながら頭おかしいと思う。一番の行きたい理由は、“俺のこと何だと思ってるんだ”って問い質したいからじゃない。『子として愛してる』だとか、
冷たくもあり、熱くもあり。狂気と理性どちらも有している。
「アシズを救いたい」
どれだけ出遅れようと、どれほど破綻していようと、誰から嗤われようと。
愛とは、そういうものだ。
「……行け」
ガヴィダは言った。危険だろうが、残酷だろうが、どうしようもなく皆が狂わされようが。
愛なんて、そんなものだから。
「手前って存在を、
これだけ傷ついて尚消えない『愛』の灯火をそのまま消させるなど、ガヴィダには許せなかった。
ミコトを含めて、誰も幸せになれないかもしれない。ただ『愛』を殺させただけという虚しい結果にだけは、させたくなかった。
誰も彼もが愛を燃やす戦場に、
ミコトはちらりと、ガヴィダを見上げる。
「……絆されて、敵に回るかもしれんぞ?」
「それでもいいさ。手前が後悔しないならな」
どこに転がるか分からないフレイムヘイズだから、マティルダは味方につけようとした。結果掘り当てたのは、運命を大きく歪める力を秘めた極大なる『愛』だった。
フレイムヘイズであるマティルダらが望まない、世界のバランスを崩す結末になるかもしれない。
しかし、背を押したガヴィダは“紅世の徒”だった。“自らの意志を貫く”ことを至上とする――そういう種だ。
「後悔しない。それってかなり危険な道だと思う。『使命』を果たす
「やってやれ。友達として、見ててやらあ」
『使命』は捨てられない。捨てようとも思わない。
その上で『愛』を燃やそう。綱渡りになるかもしれない、難しい道だろうと。
ミコトは頷いた。迷いは消えていた。
―*―*―*―
その翌日。マティルダとヴィルヘルミナは、ガヴィダに自身は『カイナ』から移動すると告げられた。
「開戦までギリギリ残るが、その後出た時の“存在の力”が、俺の余命だ」
「死に場所を変えた訳は?」
「頼んだから」
同席していたミコトが、そう言って『作戦変更案』を引き継ぐ。
「姉さんらの突入に乗じて、俺も忍び込む。
余りにも都合の良い仮定に聞こえる。しかし『九垓天秤』を手早く、『両翼』を容易く片付け、“棺の織手”に余力を持って挑み討滅する“億が一”の可能性に比べれば、十分有り得そうな説得力を持っていた。
「隠密行動は得意だから、侵入の手助けはいらん。救出方法も問題無い、ガヴィダを目印に転移させるだけだ」
小さく優秀な自在師なら、大きく力押しを好みがちなフレイムヘイズを同行させても『侵入』の足手纏いにしかならない。兵団の力を借りないなら、『天道宮』操縦者が変わるという
先手大将と『両翼』それぞれ二名は、兵団とマティルダらが引きつける。『九垓天秤』生き残りの半数以上が主のそばから離れるとすれば、ミコトにとってもアシズと対面できる最大のチャンスとなるのだろう。
「侵入は確かに、あなた一人でやるのが一番良さそうね。救出も信じていい。――説得成功の見込みは?」
「もし、ティスが生きてたら」
ミコトの口調に迷いは無い。
「必ず兵団に加わって『世界の在り様を乱そうとする“紅世の王”』と戦ってた。が、牽引するのは愛した相手で、理由も自分たちの愛なんだ。どっちが勝ってどっちが負けても胸糞悪いこんな戦、絶対壊してやる」
初対面の時から滲んでいた倦怠感は、微塵も感じられない。
「“棺の織手”にそれで止まる理性や、あなたの言葉を聞く情が残ってれば、確かに
難しい現実を表に出し、覚悟を問う。不死の秘密を武器に生き残ってきただろうミコトが、その秘密や突破法を知るアシズの前に、再び立てるのかと。
「『世界』――俺の命を危うくして、
大きなものを懸けている――マティルダは彼の言葉に嘘偽りが無いと、見定めた。
「アラストール」
「うむ。我らの動きは変わらぬ、それで良いなら『作戦修正』に問題は無かろう」
アラストールも、愛する契約者を『自らの手で殺す』最終手段を使わない道を、探している。
「あなたが我々の『“棺の織手”討滅計画』を邪魔しないなら。我々もあなたの『“棺の織手”説得計画』を妨げないのであります」
「併存共闘」
損なわれず、増えるなら。策を組み込もう――『眇理の還手』を信じる、そう一致した。
「『天道宮』移動経路、『九垓天秤』討滅手順、そして――“棺の織手”の確実な討滅方法。兵団の仲間として、正式に伝えるわ」
―*―*―*―
大戦も、今や
今作戦は、迷宮の攻略へと駒を進めている。『首塔』を含む要塞、直下の山肌に墜落した『天道宮』、山頂の一部――ブロッケン山の頂は、うずくまる牛の形をした自在法に呑まれていた。
空間制御系の自在法の中でも頭一つ抜けた効果範囲を擁する、『九垓天秤』宰相の『ラビリントス』。超巨大で自動修復される“破壊するには困難な迷宮”という事実から『難攻』、本拠地の無かったアシズを筆頭とした仲間を“欠けさせることなく守り切った”という事実から『不落』――何事においても慎重な術者モレクも、一度だけそう誇ってしまった、彼自身たる自在法だった。
中に取り込んだ者らの歩みは、現実世界と連動しない。例え『目的地があった方向』へ壁をぶち破りながら進んだとしても、迷宮の主モレクの匙加減ひとつで『その場で足踏みさせる』結果とすることも可能。空間を捻じり繋げ組み替える都合上それは滅多にしないが、『両翼』が待機する位置とアシズが『壮挙』を邁進する『首塔』へ“何人たりとも”向かわせないくらい造作も無かった。
攻撃にこそ向かないが、それは『両翼』だけでない他の『九垓天秤』らに任せることで補える。[
最悪の敵手二人を援護するだろうフレイムヘイズ別動隊を制圧するため、『天道宮』へ送られた黒衣白面の女、“闇の雫”チェルノボーグ。罠も戦闘も皆無な、装飾しかない宮殿を彼女は探るが。
(本当に何も無いのか?)
外観から判断した中枢部へと到着しても、何も無い、誰も居ない。何らかの制御装置かもしれない(彼女は自在師ではないため判別が出来ない)空の水盤だけが静かに佇んでいる。
宰相から与えられた任務は『天道宮』の制圧。破壊ではないため制御装置にも手を付けず中枢部を後にする。
それよりももっと重要な、敵軍が存在しなかったという不可解な情報を届けるため、チェルノボーグは急いだ。
その頃、『首塔』では。
いつの間にか、絶対不可侵領域に招かれざる侵入者が割り込んでいた。
「見知らぬ者よ!」「道筋は不明、道程も不明!」「陣を踏み越えやって来ました!」
言葉で警戒を知らせるジャリは、侵入者の排除が出来ない。戦場全域の制空権を任された彼に、『ラビリントス』内に新しく自在法を展開させる余裕が無いためだ。モレクの耳目とこの場を繋げただけでも、かなり無理しているだろう。
ジャリの合図と警告で初めて侵入者に気付いたモレクは、『ラビリントス』の力である位置操作で引き剥がそうとする。失敗に終わったが、これは小さく薄い感じ取るのが精いっぱいの気配だから。ではあるが、臆病なモレクは、すり抜けるような感覚を気のせいで済ますことなど出来なかった。
「主、『両翼』のお二方を!」
「待て」
残るアシズは、侵入者排除の最適解に移ろうとした宰相を、制止させた。彼は『
「来たのか。……ミコト」
『壮挙』遂行の重大なる鍵、『
アシズは何もかもをひっくり返しかねない、そう出来る『力』の持ち主の登場に戦慄し。
一方で、
「ガヴィダがお前さんに言いたいことがあるってさ」
ミコトはアシズの複雑な感情が重なった呼びかけには応えず、鳥かごの少女に声をかけた。
彼は難攻不落の迷宮『ラビリントス』を、『アシズという殲滅対象』を道しるべとして一直線に踏破した。元々気配の微小さから直接的に監視されなくはあるが、『ラビリントス』はそんな小さな侵入者への対策も万全だった。『誰の侵入も許さない』と、空間制御系自在法が強大たる由縁の“理”が設定されていたからだ。
その“理”は、『絶対に辿り着く』という迷宮を内包する世界の“理”で強引に捻じ伏せた。アシズを始末するためなら、
そうしてここへ辿り着いてまず、いつかのように“手のかかる旧友”の首根っこを掴む。その瞬間、アシズが四日かけて刻んだ支配の紋様が、一気に失せた。
「直接聞いて叱られてこい」
掴まれた小鳥はかごの外へ投げられ、そのまま消えた。『
「時間が無いから手短に。休戦の提案に来た」
十八年前に始まった戦の最終局面である、今に。
「戦場全体に休戦を呼びかけろ。俺の
立てた三本の指を、アシズたる大きな炎に見せつける。
『
「一つ。休戦協定に最も必要だろう宰相は、もうすぐ討滅される。『炎髪灼眼』らは『ラビリントス』の一斉破壊の仕掛けに動き回って、それは既に七、八割は完了してる」
この交渉を聞いている宰相本人が、慌てて内部を探る。気配や存在を細かく捉えられないという欠点……いいや弱点から、その仕掛けとやらを識別できなかった。
一枚目の手札は、時間が無いからさっさと決断しろという、圧力。
「二つ。リャナンシーの転移先はフレイムヘイズ兵団本営。『震威の結い手』らの保護下に入った以上取り返せると思うな。[
誰が信じなくとも、一時期は同じ力を手にしたアシズだけは知っている。“存在の力”を司る世界法則『そのもの』なら、複雑な工程を辿らず容易く目的を達成できることを。
二枚目の手札は、協力が欲しければ言うことを聞けという、恐喝。
「三つ。信じられんだろうが、ティスと会った。『ウェド』って名前で信じてほしい。詳細を聞きたかったら……分かるな?」
三枚目の手札は、二千年間欲し求める女性をちらつかせた、誘惑。
「……我が宰相よ」
あれだけ強硬に進めていた『壮挙』が、たった三枚の手札で瓦解しつつあるのを、モレクは全身で感じ取っていた。一枚目の手札は無視するようにと伝えようとして。
しかし。
「主のお心のままに」
三枚目だけで主の心が揺れたことが分かったから、余計な提案はせず追従だけを示した。そうしたいなら、後を押す――時間を作って迷わせる必要も無いだろう。
『壮挙』がどれだけ揺らごうと、[
皆、アシズを慕って、命を懸けているのだから。
「苦労をかける」
たった一人の願いを『壮挙』と名付け膨らませ世界を巻き込ませた宰相は、その気遣いの言葉一つで、多くの犠牲を出しつつ進めたそれをあっさり切り捨てた。古き計画を捨て去り、新しき計画に意識を移す。
数秒後。『ラビリントス』内部に、外部に、ふもとの戦場に、響き渡った。
―*―*―*―
「『壮挙』を中断し、我ら[
それを合図に、守護と抗戦の象徴の一つ『ラビリントス』が解かれた。
要塞基部、『首塔』を守るように控える『両翼』は、信じ難い宣言に振り返りかけるも、敵が去らない内に背中を見せる愚を犯さず身構え続ける。
「何が起こったと思う? 戦友」
「さて……今分かるのは、主が決断し宰相殿が支持した、くらいか」
組織の主導者二人の決断なら、と『両翼』は疑わず立ち塞がり続ける。
その遠く、『首塔』と『天道宮』とで正三角形を描く位置に出されたマティルダとヴィルヘルミナは、可能性はあったとしても信じ難い宣言が真か確かめるため『首塔』を仰いだ。灯っていた鮮やかな青が、消えている。
「まさか、本当にやるとはね。北風と太陽ってやつかしら?」
「北風たる戦も、太陽たる会話も……恐らく、不可欠だった」
「『震威の結い手』からの『
「戦線再築」
覆った戦況を確かめるため、兵団の切り札は一時退却を確かめあった。
『天道宮』から要塞への中間地点では、チェルノボーグが『ラビリントス』の解除される瞬間を見る。
(主、何が……。痩せ牛に聞こう)
任務を終えた彼女は再度動くために、足を速めた。
ブロッケン山を下った遠く、平野部の森深く。まだ戦火が届いていないフレイムヘイズ兵団本営。
「これほど早く『成功』するとは……。企みの核たる宝具……いえ、“徒”は取り返されましたが、それだけで止まるでしょうか。タケミカヅチ氏」
「[
「ったーく。この
「ドナート……」
総大将らは警戒を深め、涙を流す小鳥は友人に優しく撫でられていた。
そして。
戦場東端、[
「おいババア、途中でやめるとは聞いてないぞ」
「私もさ」
『壮挙』では決してない、自分たちの『大命』のために[
「未だ起動していません」
巡り巡って[
「まさか我々の存在が……?」
「いいえ。
『援軍』の隠された企みは、気取られる糸口すら見せていない。ただし、起動もせず『中断』された今、“起動された自在式を読み取りそのオリジナルと共振させ破壊する”という計画も『中断』させられてしまった。
向こうの組織の『愚挙』がどうなろうと知ったことでは無いが、
「さて……『星黎殿』に手ぶらで帰る訳にもいくまい。俺のかわいいヘカテーさえ駆り出したこの『大命』、どう動かす?」
問われた軍師は、遠くに立つ鉄の巨人を、軽い戦闘で所々崩れた『敵』要塞を、順々に見て。
「まだ表立って動く段階ではない。告げられたのは『中断』と『休戦』、これは『再開』も視野に入れているということだ。それを促すため、[
軍師の方針を聞き、実働部隊の動きを将軍が確定させる。
「フレイムヘイズもこれが『終戦』とは受け取らん。両軍が展開された上で、しばらく睨み合いが続くだろう。
[
―*―*―*―
フレイムヘイズ兵団、[
夜が明けた頃、[
協定に参加する“徒”は、“棺の織手”アシズの他、『九垓天秤』から宰相“大擁炉”モレクと『両翼』の二名、“虹の翼”メリヒム及び“甲鉄竜”イルヤンカ。この顔ぶれにより、兵団は『降伏』と言いながら力の保持を見せつけるという意図を読み受ける。[
協定を
「まずは、この方針の大転換の理由を聞かせてもらいます」
「休戦でも降伏でも、協定には『最低限の』信用が必要ですからな?」
双方の緩衝地帯として“巌凱”ウルリクムミの破壊の自在法で開けた戦場跡を設定する。そこに築いた出城(駆けつけた『犀渠の護り手』ザムエル・デマンティウスによるものだ)にて、『世界の命運を左右する』協議が始まった(巨躯で城に入れないイルヤンカのみ、外に待機しての遠話での参加だ)。
フレイムヘイズ兵団の参加者は、ゾフィーの他、マティルダとヴィルヘルミナ、ザムエルの四名だ。副将の『極光の射手』カール・ベルワルドに全兵力を預けるのは
戦を始め、止め、終わらせようとしている敵首領アシズは……短く、ただこう言った。
「ティスの声を聞いた」
座らず壁にもたれているマティルダは、ぴくりと眉を上げる。
「そういえば『眇理の還手』は? こっちに戻ってきてないんだけど」
暴走するアシズを言葉で止めたのは、彼だ。
「
戦場をかき回すだけかき回して、いの一番に去る――みな、彼は
「つまり、あなたはフレイムヘイズとしての“王”へ戻り、『自首』をしたいと申し出ているのです?」
「主に関しては、そう受け取ってくださってかまいません」
ゾフィーの確認には、モレクが答えて続ける。
「
アシズの命と『都喰らい』で得た“存在の力”がある限り、[
「“棺の織手”の助命と、兵団として[
「もう一つ」
貫禄の無い賢者はあくまでも理知的に、自覚無き風格で威圧する。
「『両界の嗣子』誕生の黙認――『
来た、と兵団の参加者はぴりりと神経を尖らせた。
「
大戦は[
「目的を遂げたとして、『子』の存在は決して表には出さぬ」
アシズは言うも、こんな口約束を信じられる訳が無い。
何よりこれは、戦力を盾に主の願いを果たす詭弁と脅し、それに他ならない。
「あくまで強行するなら、討滅は辞しません」
「私は“喰らわず乱さず望みを叶える”術を探している」
「少々甘すぎはしませんかな?」
「その方法を探して、武器を振り上げたまま『協議』に臨んでいるのです」
無駄な血を流したくないという本音は、お互い様だ。“紅世の徒”とフレイムヘイズに共通する『死への忌避』を、改めて示す。
「フレイムヘイズが納得するだけの条件は、未だ見つけられておらぬ。何が出せるか、どこまでなら譲れるか……模索のために、時間が欲しい」
アシズは
「[
誰も『仲裁者』として呼ばなかった、鬼謀の持ち主が口を挟もうとしている。
「どうぞ」
モレクが認め、遅れてゾフィーも頷いた。
「遠話を繋ぎます」
ストラスが縹色の小鳥を机上に出現させた。
「[
「此度の戦での少なからぬ増援、感謝いたします」
小鳥に向かって頭を下げるモレク。
「我々は二組織の『譲歩案』として、[
一斉に小鳥を注視する参加者たち。
「なに、『九垓天秤』までばらけさせようとは言わない。フレイムヘイズは、首領含め『たった七名』まで敵を減らすことが出来る。[
確かに、『両界の嗣子』を守るためだけならば、必要なのは組織という巨大な力ではなく、個人を守れるだけの力とそれを維持する時間。ただしそれは、“フレイムヘイズに宿願の達成を許された”場合の話だ。
「フレイムヘイズを敵視する者、『壮挙』に誘われ加わった者は、『方針の転換』が伝わり次第離脱するだろう。
第三者、仲裁者としての立場を堅持するベルペオル。
彼らが、アシズの推し進める『壮挙』の実現に
フレイムヘイズはその在り様からして。[
「……それで、フレイムヘイズからの『信用』を、少しでも得られるならば」
たっぷり数分使って、アシズがつぶやくように認めた。
「……三日」
それを受けて、ゾフィーが言った。
「三日間。私たちは兵を置いたまま、あなた方を待ちます。
「三日か。仮解体もその間に進めよう」
ゾフィーが提示し、ベルペオルが賛成し。
「……主」
「……」
アシズは数秒黙り。
「七日間。期間は伸ばせないだろうか。――代わりに、『都喰らい』で得た残りの“存在の力”をこの場に残そう」
そう提案する。『
「……では、五日。
「承知した」
一度目となる協議は、これで終わりとなった。
この緩衝地帯の出城にて、アシズの“存在の力”の塊を守るために、メリヒムが残ることとなり。“存在の力”と『両翼』の片割れを見張るという名目でマティルダ……が、ヴィルヘルミナを残そうと言い出した。
「どういうつもりでありますか……!?」
「マティルダ・サントメール!?」
驚愕する両者に、マティルダは大真面目な顔を向けた。
「『両翼』を抑えられるのは、私かヴィルヘルミナだけ。ほら、私だと
『それ』とはマグマの様な密度で輝く炎を収める、青い立方体。
「
(刃を向け合う形を一番望んでいるが)激しく求める女性と二人になれる口実が逃げ出そうとして、メリヒムはぎりりと唇を噛む。
「メリヒム殿……」
モレクが恐る恐る声をかけて。
「俺たちに拒否権は無い」
不機嫌極まりない声で、“存在の力”を封じた『清なる棺』に寄り掛かり、目を閉じた。
「ということで、よろしく」
「五日間、決して気を抜けん」
人の気も知らず出城から去る親友を。
「……」
喜びと怒りと恨みがこもった視線で見送り。
「斟酌万全」
いけしゃあしゃあと声を放るパートナーをゴン、と殴った。
―*―*―*―
追加交渉によってブロッケン要塞に墜落した『天道宮』を回収する以上に、フレイムヘイズ兵団は敵陣地へ踏み込まなかった。“仇”を見つけたフレイムヘイズが数人暴走するも、両者が組織から抜け別戦場にて戦うという“折衷案”で、軍同士の激突は免れた。
硬直した平和。親友と想い人、どちらも失いもしかすると自らの命すら零れるかもしれなかった事態は、ひとまず回避された。億が一か二、ヴィルヘルミナが引き寄せようとした展開が、予想外の形で今広がっている。
喜びはしない。協議から五日後、恐らく確実に、また始まる。絶望的だった初戦より数段良くはなったが、ヴィルヘルミナは先の協議を『問題の先延ばし』としか受け取っていない。
(兵団が『両界の嗣子』生成を認めるはずが、無い)
そう。あってはならないのは『両界の嗣子』でなく『使命に離反した“紅世の王”がバランスを乱した末に目的を遂げた』という事実。いくら本人が改心し、秘密を守ると誓おうと、
ヴィルヘルミナも、マティルダもゾフィーも、全部分かっている。
五日という時間を与えたのは、単に向こう側が『奇跡』に辿り着くのを待つためではない。
敵の力と士気を削ぐためだ。[
戦は、また起こる。だからヴィルヘルミナは(片思いの相手と休戦状態で時を過ごせるとしても)一秒たりとも油断しなかった。
結果的に、戦は始まらなかった。
終わったのは、協議から二日後。
勝利したのは、[
―*―*―*―
真っ先に異変を知ったのは、ヴィルヘルミナ。
二日間ずっと目を閉じ寝た
「……」
メリヒムが片目を開ける。それと同時に、背後の『清なる棺』が
「な……!?」
緩衝地帯のぎりぎり外で待ち構えるマティルダに、異変発生を伝える。
「成った様だ」
背中を『清なる棺』から外して立ち上がるメリヒム。彼は『虹天剣』で出城ごとヴィルヘルミナを吹き飛ばし、気配を消す。ヴィルヘルミナが戻った時には、影も形も……アシズの“存在の力”も、無くなっていた。
数秒後駆けつけたマティルダと合流し、即刻ブロッケン要塞へと急行する。
山麓で待ち構えるのは、やはり『両翼』。
「協定決裂ね」
「状況が変わったからな。今度は『降伏勧告』さ」
傲慢な笑みで二人のフレイムヘイズを睥睨するメリヒム。彼を額に乗せるイルヤンカが、穏やかに告げた。
「主は望みを果たした。……『両界の嗣子』は、誕生した」
『両翼』の気配は、桁外れに膨らんでいた。以前と比べて……そう。出城に置かれていた“存在の力”の、六分の一ほどの量、それぞれ増えていた。
「残った我らの責務は、最低でも生まれし『子』が育つまでは、我らの手で守り切ることのみ」
何もかもが終わった今、やっと『協定』の目的を看破した。
『都喰らい』で得た“存在の力”、争奪戦で手に入れた『
「ただ『失った』と錯覚させ、手札と勝利条件の変化を悟らせず、戦外から勝利を
あの『協定』で向こうが勝ち取った物は、時間と油断。賢者モレクは、宿願を果たすために必要となった最後の条件を、見事主に捧げた。
ぎり、と奥歯を噛み、地獄の炎の如く、マティルダは笑った。
「あの隠し子……やってくれたわね」
ガヴィダは言った。『敵に回すなら気を付けろ』と。
「主はこの世の混乱を望まず消滅した。故に、
イルヤンカは『勝者』という立場から歩み寄る。
硬直するヴィルヘルミナをつついて我に返しつつ、マティルダは剣を下ろした。
「負けよ負け。
十八年続いた因縁の中で、マティルダは初めて『負け』を認めた。それを聞き、メリヒムが目を輝かせて『あの約束』を持ち出す。
「『勝った方が、相手を好きにする』……勝ったのは俺たちだ!」
「はぁ?」
対してマティルダは呆れ返り、小馬鹿にした口調で切り捨てた。
「あなたはこうも言ってたわよ、『俺が勝ったとき』って。
確かに、この戦いの始まりに、言った。言い訳や抜け道を探して修羅の様な顔になっているメリヒムを、イルヤンカが宥める。
「『これから』は“これから”決まる。
二度目の協議はブロッケン要塞の『九垓天秤』の間にて、生き残った『九垓天秤』全員と、マティルダとヴィルヘルミナとゾフィーが出席し行われた。
この協議でフレイムヘイズが得たものは、“棺の織手”アシズを討ち取り『壮挙』を挫いたという“虚偽の事実”と、『九垓天秤』のいずれかが人を喰う現場を目撃した場合のみの討伐権。
代わりに結ばされたものは、『両界の嗣子』へ手出ししない、『両界の嗣子』及び『九垓天秤』を追わない、見かけたとしてもこの一件に関しては事を起こさない――それら三つの『約束』だった。
約束を破った場合……。
「例えば、天罰神の『神威召喚』で
モレクがあっさりと、フレイムヘイズ側が持つ最後の脅しを覆す。
「彼はその場合、この戦の顛末もしくは『両界の嗣子』誕生を、『導きの神』に
天罰神の、裁きの穴。同じ位置に在る“神”――それも情報収集に特化する彼女なら、知っていてもおかしくない。
どちらかが討たれれば、もう一度儀式を執り行う前に、本当の破滅を呼びこまれてしまう。
力では破壊できない、知の暴力――『導きの神』が『天罰神』の天敵たる、由縁だ。
「……そんな展開、我々も、フレイムヘイズも、望んでいません。[
完膚なきまでの敗北を突き付けられ、マティルダはアラストールと笑い合うしか出来なかった。
フレイムヘイズ『最後の足掻き』として、
「遅れて悪い、さっきまでぐずってたんだ」
『ラビリントス』内で待つこと一時間。気配が判然としないため、かなり近づくまで『二人』がやって来たことに気付けなかった。
「あなたの望み、でもあったのですか?」
「紆余曲折の果てに、だな」
生まれたばかりの赤子を腕に抱く、小さなフレイムヘイズ。
「こいつら馬鹿なんだぜ?『子供を生むために』世界敵に回して戦争してたのに、
すやすやと眠る『両界の嗣子』を慣れた手つきで抱くミコトは、脇で控える『九垓天秤』らに軽く目を向けた。強大なる“紅世の王”五人と“空間の主”は、各々気まずそうに目を逸らした。
「それは確かに。『大した計画性』です」
敗北の象徴を目の当たりにしたゾフィーも、『罪を背負わせるには無垢過ぎる』赤子への慈悲のためだけに、『九垓天秤』へ皮肉を投げた。
「あなたは慣れていそうですが」
「『人間生活』は人間より長い。子育て経験も割とある方だ」
だから、しばらくは『九垓天秤』らと共に行動する、と。
「俺は今まで通りゆるーくフレイムヘイズとしてやってくし、『彼女』も……人喰いも歪みの増幅行為も
赤子が宿す“存在の力”は、人一人分。……同じくらいの量しか“存在の力”を持たないミコトが言っても、何も安心できないが。彼はこの戦を、両陣営が想像にもしなかった結末へ導いてしまった。
「
フレイムヘイズの使命上『許されない』と断じられるまでは、『いないこと』にする……事を為して『勝利』したアシズの最大限の譲歩を、ゾフィーは観念して呑んだ。
「女の子、ですか。……名は?」
「イメリテ」
『達意の言』を繰り、それが古代エジプト語……すなわち『棺の織手』ティスの母国語だと判別する。意味は『あなたたちを愛す』。
「あなた
「満足ですかな、
ミコトは気まずそうに、恥ずかしそうにイメリテを見て……小さく頷いた。
次話から、フレイムヘイズ兵団が待機する裏で行われていた動きについてです。