【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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(1) もしもマティルダがもう少し酒豪だったら 2

 

『大戦』終局二日前の、夜。

 アシズに『休戦宣告』を強いたミコトは、虚脱するもどこか穏やかな気配に戻った彼に、二人で話すことを持ち掛けられた。

 

「シャヘル、悪いけど」

 

「酷すぎない……?」

 

 二人だけで、じっくり話したい。その気持ちは分かるが……残される彼女に待つのは、碌に事情を呑めていない『九垓天秤』が納得する情報を与える立場。シャヘルは『言おうとしても言えない』情報を多く抱え過ぎているにもかかわらず、肝心の『九垓天秤』らが求めるだろう“アシズとミコトの関係”に関しては何も聞かされていないのだ。

 

「本当にごめん。――“大擁炉”、俺とアシズの付き合いは契約より前だったし、因縁だって話してない。シャヘル、()()()()ことはてきとーに嘘吐くなり誤魔化すなり、何でもしていい。任せる」

 

「……貸しよ」

 

「は、はあ……」

 

 ぼそりと不機嫌な声を出すシャヘルと、おどおどと意味を理解するモレク。

『ラビリントス』を解除し骨を一つ一つ組み立てている[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]ナンバー2は、残される“覚の嘯吟”から情報を引き出すのは難しいと、判断した。

 

 アシズはティスが眠る棺を抱え、『九垓天秤』の間を後にする。そのゆっくりとした歩みに、ミコトはついて行った。

 幾重にも仕掛けられた罠や隠蔽、物々しいにも程がある守護や妨害――アシズはそこを守る自在法を解きつつ、『家族』以外誰も踏み入らせない一部屋へ招き入れた。

 

「『棺の間』……ここなら、決して誰も()()()()()

 

 そう出来ないのではなく、しない。アシズは[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]という組織の“神”で、間違いなかった。

 

「おまえは私を殺しに来たのか?」

 

「建前はそうだし、いつでもそう出来る。同じ手は使わんし、食らわんよ」

 

 この客を殺せ。『呼びかけ』はあるが、これは“自らの声”。自分の声である以上、自分の意志で抑えられる。

 

「『ウェド』。誰も口に出さぬまま消えるはずだった、私の願いを込めた名。……まさか、実際に他者の口から聞けるとは」

 

「アシズの『計画』は、限定的だが成功した。()()()成功するには、もっと人を喰うだけじゃ足りん。……俺が持つくらいの、この世を独り歩きできるくらいの“力”じゃ、無理なんだ」

 

 だから、ミコトは諦めた。

 アシズも諦めて、別の計画を進めた。

 

「ティスと……会ったのか」

 

「ガチで死にかけたから。“徒”は絶対信じねーけど、『あの世』ってのはあるかもしれない。アシズから会いに行けば、今なら会えるかも」

 

 死後“好きな誰かと好きなだけ過ごす”という概念は、人間特有のものだ。だから、アシズは『この世』でティスと会うために、二千年間『この世』で苦しみ続けた。

 

「何か……申していたか?」

 

「アシズに対しては、何も」

 

「やはり、な」

 

 嘆息は、あくまでも穏やかだった。しかし、勘違いしている。

 

「ティスは、アシズを、今も愛してる」

 

 アシズの諦めきって凪いだ精神に、波が立つ。

 

「ティスは俺じゃなくてアシズに言いたいんだ。そりゃ、怒るだろうし、悲しんだだろうけど。……それでも、見捨てる理由には、会わない理由には、ならないんだと思う」

 

 あの時。ティスはアシズへの想いを一言も口に出さなかった。だが、まだ『愛』という繋がりを保っていると、ミコトは分かった。

 

()()()()()()()()。……他には何も求めない。これだけは、受け取ってくれ」

 

「……」

 

 アシズは仮面の奥で微笑み、ミコトを見る。二千年前と同じ、父のようだと感じた、その瞳で。

 

「私を殺せ。――ティスに会いに行くためではない。無論、『死』によって同じ場所へ向かえるならば、これ以上無い“幸せ”だが……」

 

 穏やかに言う。

 

「おまえの手で、終わらせてほしい」

 

 どこまでも、いつまでも、最期まで()()な『父』の言い様に、ミコトは大きくため息を吐いた。

 

「あのさー。今俺がアシズを『殺したら』、[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]に追われ続ける羽目になるんだが。アシズが『自殺』したって伝わるとしても、『都喰らい』で誰よりもでかくなったアシズと『最弱のフレイムヘイズ』の力の差じゃ、介錯も務まらん」

 

 そう出来るが、“紅世の理”では不自然過ぎる。

 

「しかし……」

 

 アシズは穏やかな口調に、暗い罪悪感を混ぜる。

 

「私はおまえに()()()()()()()()()()()。……それだけの罪を、犯した」

 

「……」

 

 自分ではない、誰か別の人間に起きた出来事ならば。ミコトは迷わず『復讐』を手段の一つとして囁いただろう。相手は『それだけのこと』をして、本人は『殺してでも乗り越えねばならない』。

 だが、これは自分の身に起きたこと。

 どうしたいか。何度も“宿主”へと問うたそれを、自らへ問うて。

 

「とんでもない方向へ突っ走って、どうなったらそこ行くんだって道筋辿って。挙句に俺すら殺しかけて。そうやって叶えようとした望みは『子供』で……。一応、『養子』くらいのつもりで生きてきたから、思うことはある」

 

 ミコトは『自在法』が苦手だった。受け取ること、読み取ることに特化し、自らの内から発せられる『想い』を汲み取り顕すのが、極端に下手だった。

 しかし今回の件は珍しく、自らの叫びを聞き取ることが出来た。――他者の助けを借りて、だが。

 

「傷ついたのは、そう。けど……そーゆーの鈍い俺より、よっぽど苦しんだんだろ?」

 

 この世の先には何も無いと考える“紅世の徒”が、自ら命を差し出すまで。そんな『養父』へ、自分がしたいことは。

 

「俺を殺してでもティスを愛そうとするアシズを、助けたい」

 

 月は、『空の鏡』と呼ばれることがある。

 鏡の姿とは、なんなのだろう。そこには確かにあるが、誰も見ようとしない。

 受け取って、返し、姿を見せず。どれだけ覗こうと、見えるのは己の虚像のみ。

 

「それが、俺の想い。しがらみとか建前とか役目とか使命とか……問題山済みなのに、立ち上がってここに来た。……他人がんな真似したら理解不能だけど、自分のことだから分かる。『人間』にそこまでさせるのって、『愛』しかねーって」

 

 アシズは、鏡の奥の『月』を見た。受け取り吸い込み呑み込み、反射させるだけだった“心”の奥深く。そこから生まれた、確かなる、彼自身の『想い』を。

 

「おまえは()()()()成長した。……本当に」

 

「今は素直に喜べる」

 

 ミコトを追い詰めるための一環として放った言葉を、全く違う響きで届ける。受け取ることが得意な彼には、奥の想いまで伝わった。

 

「おまえの『愛』を守ることが最期の償いならば。……そうしよう。共に歩こう」

 

「……うん」

 

 アシズは棺を片腕に抱いたまま、反対の腕を伸ばす。

 ミコトはその手を取った。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

『棺の間』の中央には、少女が眠る棺が一つ、置かれている。

 

「俺的には。まず『ティスが悲しむ』行為はやめてほしい。フレイムヘイズの使命から外れるようなこと。……今更ってのはあるだろーけど、上乗せはほんとーにやめてほしい」

 

「ああ。人は喰らわぬ、いたずらに歪みを生まぬ」

 

 アシズは棺の傍らに立って、ミコトは壁際にもたれつつ座って。

 

「その上で……そーだな。アシズがこんだけ暴走した理由って、『ティスを愛することで生じた自分の罪からティスの名誉を守るため』、『自分が正当化される世界を作ろうとした』……でいーのか?」

 

「……その通りだ」

 

「馬鹿だろ。それでティスを悲しませちゃ本末転倒だ」

 

「……その通りだ……」

 

 棺を見下ろす。アシズはもちろん、それでも“愛している”らしいティスも、それでも手を取ったミコトも、皆馬鹿だ。類は友を呼んだか。

 

「『世界変える』のは……うーん、あんまり手伝えそうにない。今にも逃げ出そうとしてる『フルパワー』を、アシズに引導渡すってのに集中して引き留めてる感じ。持って数日かも」

 

「人としてのおまえも、十分強い」

 

「『勝者』のゆーことは違うなー」

 

 負けるはずの無い力量差が存在しながらボロ負けしてしまったミコトが、皮肉を放った。

 

「罪の正当化は、はっきり言って無理だ。フレイムヘイズの使命的に許されん」

 

「ならば……世界でなく、ティスへ、『愛を証明』したい。それだけを遺して、私は去ろうと思う」

 

 誰の目に触れられなくとも、『この愛があった』とだけ。

 

「“あの世”のティスに手土産作ろーって感じ?」

 

「会えるとは思わぬ。ただ、我々が生きた爪痕を、世界に認められる形で遺せない――」

 

 アシズは言葉を止める。ミコトが見返すが、アシズは目をそらすように俯いた。

 

「何だ?」

 

「いや……」

 

「色んな時間が無い。外だって休戦中なだけだぜ?」

 

「……」

 

 言ってもいいのか悩み、()()()()()()()ミコトを気遣い、しかし催促され、時間が無いのも確か故に、それの名を出した。

 

「『両界の嗣子』」

 

 数時間前までのアシズにとって、“新たな子”は『世界を変えるための撃鉄』でしかなかった。育て共に生きられるなら情は芽生えただろうが、成り立ちからしてそれが出来ない以上、()()()()()()()()()()()()()()()()トロフィーとしてしか見ていなかった。

 

「あ、いーじゃん」

 

 ミコトは軽く、賛成する。

 

「フレイムヘイズがあんだけ反発してるのは、『両界の嗣子』そのものじゃなくて『アシズがそれを遂げること』だし。広めないようこっそりひっそり作るのはありだと思う」

 

「良いのか……?」

 

「何が駄目なんだ?」

 

「……」

 

 アシズは思う。“紅世の徒”とは『世界法則』より、余程人間に近いのだと。

 

「成功でアシズが消滅するから、俺も全力を出せそうだ。問題があるとすれば……『神託』が降る可能性があることかな……」

 

 そういえば、ミコトは『導きの神』と深く関係を持っていた。

 

「阻止できぬのか?」

 

「あれ決めてんの、シャヘルでも俺でも無いんだ。……基準はなんとなく、昔のシャヘルに引っ張られてるらしーから、ある程度は予測付けられるけど……」

 

 アシズは『神託』の現在の主を、薄々察した。“覚の嘯吟”がどうしてミコトと行動を共にし力を貸すのかも、薄々理解した。

 

「なるべくおまえの力を借り、『一般化』させねば防げるのではないか?」

 

「たぶんそれが無難」

 

 ミコトの力の源()は、知られないことを至上としている。

 

「元々どーゆー手順だったんだ?『小夜啼鳥(ナハティガル)』で何しようとしてたんだ?」

 

「『分解』と『定着』の自在式の起動だ。構築済みの式を入手している」

 

 そこまで準備が整い、『自在法の自由な起動』が可能な宝具を頼った理由は。

 

「アシズでも起動できない式?」

 

「解析すら失敗した」

 

 研究と探求に二千年を費やし、世界法則の深淵にまで足を踏み入れたアシズでさえ解読できない自在式だから。そんなものミコトは聞いたことが無く、想像することも出来なかった。

 

「後で見せろ。解析と起動は得意だ」

 

 ミコトが(他の水準と比べれば)苦手な『構築』が済まされているなら、どれだけ複雑だろうが何とでもできる。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「道順さえしっかり見えれば、実行できる。普通なら現実に有り得ん現象なほど“存在の力”はいるけど、『神託』潰しで『フルパワー』発揮すれば“最低”人間一人分で済む」

 

「最低?」

 

「『両界の嗣子』の“存在の力”構成量。え、今のアシズくらいでかくしないと駄目か?」

 

「……人間一人分で頼もう」

 

 新しく生まれる『両界の嗣子』は、目立ってはいけない。変な親心で力を持たせるのは逆効果だ。

 

「後決めるのは……『フルパワー』を、主に『九垓天秤』にどう誤魔化すか、かな」

 

小夜啼鳥(ナハティガル)』を逃がしてしまった今、実行役はミコトしかいない。『都喰らい』で得た“存在の力”の消耗を目の当たりにしている『九垓天秤』の前で、“たった人間一人分の量”で奇跡を起こす様を見せつければ、どうなるか。

 

「……ミコト」

 

「何?」

 

「おまえは私の子だ」

 

 アシズは突然言う。確かに、これはミコトが聞きたかった言葉だが……。

 

「……なんで今?」

 

「それで誤魔化そう」

 

「……?」

 

 理解できない。

 

「愛は最強の自在法だ。これで行こう」

 

「……行けんの?」

 

「あからさまな嘘は、開き直ることで追及を絶つのが可能だ」

 

「……任せた」

 

 アシズが扉を開き、ミコトは続いて出た。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

「――ミコトの“存在の力”や自在法への適性は人で在りし頃から異常で、出会いも彼を利用していた“徒”からの救出という形だった」

 

 平野で軍を構えるウルリクムミを除く五名の『九垓天秤』が、『首塔』の頂に揃っている。彼ら及び遠話で聞く先手大将に向けて、アシズは『怪しいフレイムヘイズ』との因縁を語った。

 

「ティスの……最晩年に、一年共に旅したのだが。()()をきっかけに決別し、以後互いに接触を避けていた」

 

 アシズは、ほぼ『事実』しか話していない。『知れば危害が及ぶ』この世関連の情報は避けた上で『別の可能性』を仄めかし、わざと情報を伏せることで『事実無根の勘違い』へと誘導していた。

 

(アシズがそんな腹芸上手かったなんて、思わなかった)

 

(次はおまえだ。『契約』後のおまえを、私は何も知らない)

 

(おう)

 

 秘めたる会話で交代した。

 

「アシズと別れた後、俺も『死者蘇生』の研究を始めた。“特異体質”だからシャヘルくらいしか契約成功しなくて、研究する内に“特異体質”を利用した『不死』っぽい能力を手に入れた。他人をそうすることも、死者を生き返らせることも無理だから、仕組みは聞かないで欲しい」

 

 こちらは半分が嘘。己の事情に関する嘘は慣れているため、顔色声色全く揺らがさず言い切った。

 

(まさかミコトが、ここまで上手く嘘を吐けるようになるとは)

 

(そーしなきゃ生き残れねーんだ。それより再会の理由はどうする。『都喰らい』の件はどれくらい明かしてる?)

 

(残りは引き受けよう)

 

 アシズが淀みなく引き継ぐ。

 

「共に行動した古より、ミコトはティスの生き様――フレイムヘイズの英雄たる彼女に、心酔していた。その様な彼を、フレイムヘイズに追われる私の旅路に巻き込めなかった」

 

「成る程……主が『不死のフレイムヘイズ』との接触を拒まれた理由は、それだったのですね」

 

 アシズが『手掛かりとなりそうな事例』を不自然に避けていた理由(の一つ)を聞き、モレクは納得したようにつぶやいた。

 

「も、申し訳ありません。お気になさらずどうぞ……」

 

 独り言が漏れたのに気付き、すぐにおどおどぺこぺこ後退する(元々前進していなかったため不自然に列から外れ、チェルノボーグに乱暴に押されて横一列に戻った)。

 

「ティスはミコトを『子』のように思い、私もそれに近い情を抱いていた。ミコトも『そのような関係』を良く思ってくれていた。――して、此度の宣布を聞き、非接触の不文律を破りここへ現れたということだ」

 

「……」

 

 色々な意味で居心地悪く、黙りこくったミコト。()()間違っていないため、訂正も何も出来なかった。

 

「先の時間でわだかまりを解き、ある条件下で助力を約束してくれた。――それを、これからの私の方針としたい」

 

 アシズはかけがえのない配下たちを、一名ずつ見つめた。『九垓天秤』らもここからが重要だと悟り、それぞれ背筋を伸ばした。

 

「世界のバランスの守護者として……生きた、ティスの『望む』形で、『両界の嗣子』を生み出したい」

 

 声無く驚く『九垓天秤』。

 皆、主が秘した内面を、深くも浅くも察していた。『都喰らい』以降、世の変革を第一としていた彼が、手段でしかなかった『子の誕生』を目的へと変えたのだ。

 

「それは、フレイムヘイズが容認する形での『両界の嗣子』生成を目指す、と理解してよろしいのでしょうか」

 

 アシズが罪悪感とも取れる感情から続きを言い出せないのを、モレクが質問で取り持つ。

 

「……認め難いだろう、我が天秤分銅たちよ。――しかし、私はもう、人を喰らわぬ。おまえたちにまで強制はさせ――」

 

「主に従います」

 

 これは――長い長い、千年を越える関わりの中で、数度も無かった珍事だ。

 モレクがアシズの言葉を遮ったのは。

 

「主よ。どうか、()()()()()()転換で失おうと――なされないでほしい」

 

「俺が見たいのは、他の誰でもない主の世界なのですから」

 

『両翼』が硬軟力強く肯定し。

 

「困難は幾条にも及び!」「鳥の如き俯瞰さえ不要!」「帯同は間違いなく!」

 

 大斥候は『何があっても着いて行く』と主張し。

 

「元よりこの身は、主が為に」

 

 隠密頭が普段と同じ礼を表し。

 

『主の望みがあああ、我らの征く道だあああ』

 

 先手大将が花弁の向こうから思いを届けた。

 

「――礼を、申す」

 

 数瞬も悩まぬ全員の即答。皆ならこうすると分かっていたが、それでも、喜びで胸が締め付けられる。

 アシズは絶望から選んだ空虚な勲章から、ただ共に在ったことの小さな証を目指し、舵を切り替えた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 ミコトの前には二枚の金属板が出されている。

 

「はあ、昔ってこんな形式だったのか」

 

 古式ゆかしさのみならず、緻密さや『それで動きそう』という雰囲気に、圧倒される。

 

「二千五百年から二千年の間のどこかで作られたのだろう、とは予測した」

 

 手元に置いた青の炎から“存在の力”を削り取り、金属板表面に軽く流す。

 

「これは確かに、苦戦する訳だ。解読阻止の防衛甲やら起動阻止の妨害罠やらその他邪魔機能が、これでもかって散らされてる」

 

「――出来るか?」

 

()()()()()()。一読だけでさらっと把握は無理ってだけ」

 

 干渉が弾かれる。弾いた何かが垣間見えて、更に奥へと分け入る。

 

「……手は足りる……?」

 

 シャヘルの力『喚起』と『伝播』は、意外と多くの応用法がある。

 今は、解読や起動を邪魔する自在法を『呼び起こし』区別をつける術を使用するか、彼女は申し出ている。これは一定以上の精度と干渉力を保証した上で“存在の力”消耗も抑えられる、非常にコストパフォーマンスが高い自在法だ。解析が面倒な自在式と相対した時に、よく使用した。

 しかし、今回求められているのは最高位の精度と強さと速度。アシズがいくらでも“存在の力”を分け与えてくれるため、一人で思うように弄るのが最も効率が良い。

 

「今回はいい。補給も節約も考えなくていい、から――」

 

 言葉を止め、見えた『意図』を理解した。

 

「なるほどー……。だからか」

 

 一度金属板に置いた『干渉』を撤収させた。

 

「形として出来上がった後――これの場合、金属板に刻まれた時点から――破壊も干渉も一切受け付けないって『法則』になってる。俺ら『部外者』の解読を邪魔する妨害は、排除も変質も『許されない』って訳。これぶち破んのは――自在法のセオリーじゃ不可能だな」

 

 ミコトは『普通』の方法では不可能と断じた。『普通』でない方法もあるが、わざわざ逆らうより『法則に従った正攻法』での突破を選んだ。

 

「干渉不可の原因と対策が分かった。――防御層抜けて解読の目安付いたら言うから、そっちの話進めてくれ」

 

 息を吸い直し、怜悧な目で式に入り込む。

 

「本当に、『小夜啼鳥(ナハティガル)』の代役を、果たせるとは……」

 

 解読を諦めた一人として、モレクがカタカタ骨を鳴らして震えた。

 

「ミコトは()()()()だ」

 

 アシズは我がことのように『自慢』し――口を滑らせたと気付き、焦りを悟られないように付け足す。

 

「別離から二千年だ。元来の“異常さ”を、たゆまぬ努力や多くの経験で磨き上げたのだろう」

 

「流石は主の御子……」

 

 ミコトの動きが一瞬止まり、すぐに作業に戻った。

 

「聞こえる場所では、やめてあげて……恥ずかしいみたい……」

 

「申し訳ございません……」

 

 シャヘルが嗜めて、モレクはぺこぺこと腰骨を折った。

 

「我が宰相よ、目下の問題は休戦による硬直を、いつまで維持するか、だが……」

 

 アシズはモレクから、ジャリへと視線を移す。

 

「天は止まり地は沈黙し」「群れは夜闇に身を休め」「静かなるは凪の海のようです」

 

 戦場のどこも、動きは無く妙な兆候も無いらしい。

 

「兵団は『小夜啼鳥(ナハティガル)』を手元に置けたことで、『壮挙』中断を疑わず気も緩みつつあるのでしょう。しかし我々も、この転換により『何が』必要かを見失っています。……いえ、これから見定めれば良いだけのこと。決して方針に不満など――」

 

「当然だ痩せ牛。考える時間を稼ぐため、ウルリクムミに兵を任せ『両翼』を外に待機させている。何か起こってもここまでは決して届かせない」

 

 チェルノボーグは、誰も疑わない故不快なだけの補足を遮った。しかし、時間稼ぎのために幹部を配置したのは他ならぬモレクで……自らの采配を誇るようチェルノボーグは促すが、遠回りな気遣いなど()()()当然届かない。

 ちなみに、つい先ほどチェルノボーグに与えられた任務は、(先行きを見通せないため構成員を含む)人払いと、『九垓天秤』の間と中にいる全員の護衛だった(護衛対象にはモレクも含まれているため、口調に反してとても機嫌がいい)。

 

「少なくとも必要となるものが確定するまでは、硬直を維持して頂きたいです。目途が立つとすれば、ミコト殿の解読が済んだ後、だと……」

 

 自信を持てないため、そう至った道筋を明確に述べる。

 

「『フレイムヘイズの使命』と『両界の嗣子』を両立させる手段は、恐らく一つ。『気付かれる前に事を為す』のみです。……『壮挙』への反発具合から、彼らが恐れているのは秩序の変換の末に起こる混乱。我々の目的は『そこ』から外れたため、『フレイムヘイズにとっての最悪』を回避する選択肢を取れますが……」

 

 アシズは黙って頷いて認め、先を促す。

 

「ならば、我々が口を閉じることで『両界の嗣子』の追認は可能でしょう。それでも全面戦争を辞さない可能性は、あるので……」

 

 数秒思考し。

 

「シャヘル殿。『導きの神』としての力で、『両界の嗣子』誕生を広めるのは可能ですか?」

 

「出来ないわ……」

 

 本来シャヘルの神意召還は、彼女の意向で執り行われる。“昔”なら、[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]が『広める』なら下さず、『広めない』なら下したように思う。

“今”のシャヘルが『どちらも出来ない』のは、神としての能力が奪われているからだ。神の本体も眷属も制御できない『神託』を、むしろ『させない』ために苦心していたはずだが。

 

「理由を聞かせて頂いても?」

 

「……言えない」

 

 アシズとミコトが話している間の質疑応答で、モレクはシャヘルの『譲れないライン』の接し方を、凡そ把握していた。

 

「では、『両界の嗣子』の誕生後、任意の瞬間に任意の内容を『神託』として下すのは不可能だと、シャヘル殿の他にどなたか知っておられますか?」

 

「ミコトだけ……」

 

「兵団は知らない、とのことで?」

 

「……ええ」

 

 そもそも導きの神は、創造神や天罰神と比べ、圧倒的に謎とされている神だ。この世では神としての顕現が他二神とは比べ物にならないほど多数にもかかわらず、条件や儀式の内実を知る部外者は()()()。知るのはシャヘル本人と『契約者』ミコトだけで、一団として噂に聞く眷属は含まれないとも『今』知った。

 誰も知らないなら、武器として使える――モレクは聡さを風格として滲ませる。

 

「認めないなら、『フレイムヘイズにとっての最悪』を“紅世”真正の神の力で引き起こす、そう脅しましょう。――どうか、事実は内密にお願いします」

 

「……」

 

 行けはするし、血も流れない。凶悪ではある。シャヘルは黙った。

 

「これで、最優先事項は『両界の嗣子』生成だけとなります。不意を突いて成さねばなりませんから……主とミコト殿が邪魔されず自由に動ける『時間』を、必ず作らねばなりません。その時間――『両界の嗣子』生成時間によって、軍として戦争を再開しつつ『天道宮』で離脱して頂くか、或いは硬直を限界まで引き延ばすか……どちらかとなるでしょう」

 

「こえー種類の有能さ……」

 

 ぽつりと声を落としながら、ミコトが顔を上げた。

 

「外甲部突破方法の確立、本体の大雑把な把握、二つ完了した。――確かに存在の『分解』と『定着』が出来る自在式だった。起動は解読が不可欠――無数にある妨害全部に合致する『鍵』を作らなきゃならん。解読にも解読専用の『鍵』がいるから、うーんと……あと三時間で終わらせる。起動用の『鍵』作製開始から『両界の嗣子』誕生までの具体的な時間は、解読後改めて。ぱっと見八時間以内、かな……」

 

 いかに妨害が厚く強固でも、()()()()()()()()使()()()()()()()()()。妨害を解くための正規方法――『鍵』は、存在する。鍵があるなら、『合鍵』も作れる。

 ミコトは時間を求めた。他に必要なものは無いか、モレクは訊ねる。

 

「“存在の力”は? 主が保有する量で足りますか?」

 

()()()()()()()()()信じられんくらい低コストで行ける。『都喰らい』前のアシズが持ってただけあれば十分」

 

『最強の自在法・愛』に頼るよりは、この複雑怪奇な謎の自在式を理由とする方が、まだ信憑性が高いだろう――と、アシズが何か言う前にミコトが誤魔化す。

 この誤魔化しは、真実を知らされていない『九垓天秤』らそれぞれに、小さな嵐を呼んだ。

 

(フワワ殿、ニヌルタ殿、ソカル殿……)

 

 千年同じ道を歩んだ仲間を喪った、オストローデ戦に『小夜啼鳥(ナハティガル)』争奪戦、ブロッケン山麓の戦い――モレクはつい、それの意味を振り返ってしまった。

 

(いいえ、『彼らの死』が無かったとして、今があるという保証はありません。望む未来も同様……今、骨身を惜しまず、全てを捧げねば意味が無い……)

 

 意味が無くなるとすれば、『もしも』を振り返り立ち止まった時だ。

 

「自在式起動後から、アシズは表に出られなくなる。組織の首領としてやることあるなら、作業前に全部終わらせろ」

 

 真っ直ぐと今を見るため、顔を上げる。

 

「硬直維持に三時間、その後最低八時間を稼ぐなら……戦を選ぶより、話し合いで終わらせましょう」

 

 皆が、最も安全に橋を渡る策を、構築する。

 

(兵団には『勝ち』を錯覚させ、我々は『負け方』を探っていると()()()()()()――あまり『負け』過ぎては、主の身が危うい……となれば、譲歩の姿勢を見せつつ力を誇示し、あくまでも『交渉』の席に着かせるのがいいでしょう)

 

 敵が求めるもの、譲らないもの。こちらが与えられるもの、隠し通すべきもの、得るべきもの――全てを演算に入れ、交渉材料を揃える。

 

「主……[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]の解散を、視野に入れても良いでしょうか」

 

「!?」

 

 アシズのみならず、役目を果たしつつ耳を傾けていた『九垓天秤』五名も、ミコトやシャヘルも、言葉を失った。

 この組織は、フレイムヘイズに追われ続けるアシズを、より確実に守護するために発足された。慕い集う者の多さから、彼らの力を最大限に高めるため、整理し役目を与え御旗を掲げ更に集め――そうして巨大化した。

 

「新たに生まれ来る御子は……フレイムヘイズの誰にも、追わせてはなりません。“紅世の徒”を相手とする戦いは、欲望の方向性が定まらないゆえ完全には絶てないでしょうが……『フレイムヘイズという種』が追わねばならない名分を、引き継がせてはなりません」

 

 フレイムヘイズが望む形での誕生を迎える子が、フレイムヘイズに追われる所以は無い。

 

「ただ、為した事実だけで屈服させれば、子の将来を()()()()()ことは叶いません。我々『九垓天秤』六名は、両界のバランスを乱す真似を慎むと一致しました。フレイムヘイズの目を瞑らせるには、最低これを徹底せねばならないのです」

 

 最もバランスに影響を及ぼす“存在の力”変換を、しないなら……この世に顕現するだけで“存在の力”が目減りしていく“紅世の徒”はいずれ、立ち枯れる。彼らは人を喰わねば生きていけないのだ。

『両界の嗣子』生成に必要無くなった、『都喰らい』で得た“存在の力”を削っていけば、しばらくは――子が独り立ちするまでは、持たせられるはずだ。

 

「主が去りし後、御子を守る役目は我々にお任せください。されど……有限たる力の中、組織の維持は不可能です」

 

 単純な、食料の問題。組織の筆頭たる六名は、限界まで切り詰め維持に困れば『食わぬことで』離脱し、役割を完遂すれば命を終わらせるか故郷へ帰る――そんな覚悟を持っている。

 

「『方針転換』を承知しない“フレイムヘイズと戦うために”集った者らは、反発や反乱の可能性こそありますが、多くは円満に離脱してくださるでしょう。……問題は、主を慕って身命を捧げし、彼らです」

 

 アシズが言えば、“喰わず”“死も躊躇わない”、『九垓天秤』にも引けを取らない忠誠心を持つ者たち。

 ただ切り捨てられない、しかし子を守る列にも加えられない。誰かを例外として加えれば断る口実が失せ、食料ひっ迫問題が加速する。『両界の嗣子』守護の任を受けるのは、『九垓天秤』のみ――立場を利用したこの区切りが、最も後腐れが無い。

 だから、『九垓天秤』より下の構成員は、去ってもらわねばならない。

 

「苦しくはありますが……命も責任も負えない状況へ、導かねばならないのです。彼らを、御子より、優先出来ません」

 

「ゆえに、解散か……」

 

 古くも新しくも、懐に迎えて居場所を与えて、身命を盾に意志を矛に突き進む者たちに、最後に与えるべきものは。

 

「私から[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]解散を伝えよう。労い、称え……そう、私は『望みを果たした』、これを伝える」

 

 臣下らは、それぞれの場所でそれぞれの形で、礼を表した。

 

「『両界の嗣子』誕生が漏れては交渉になりません。時機と言葉、双方に細心の注意を払わねば……」

 

 緊張状態の三時間。世界の行く末は、矯正が効かないまでに外れ行く。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 ミコトが床に倒れた。

 

「おわ――った……」

 

「お疲れ……さま……」

 

 駆け寄るアシズとモレクが、ほっと息を吐いた。

 

「『鍵作成』二時間、分解定着一時間、休憩三時間、トラブル対策六時間――計十二時間取ってこい……」

 

「承知した。――しばし、休め」

 

 伸びたミコトを抱え、静かに囁いた。

 

「何か、欲しい物は?」

 

「……燃料」

 

「? ――“存在の力”なら」

 

「そんなんで腹ふくれっか酒だ酒」

 

「倉庫から何か、良き物を……」

 

「“徒”の酒なんか飲めるか」

 

 在るだけで不自然な“紅世の徒”は、触れるだけでも存在を傷付けることがある。“徒”の戦闘組織の本拠地に眠る酒は――十中八九十、不味い。

 

「自前の……じ、まえ――」

 

真経津鏡(まふつのかがみ)』内の酒蔵と保管する酒を、今、思い出した。

 最後にあの宝具を使ったのは、昨日のように感じる十八年前。アシズに破られた、あの戦い。

 

「アシズ」

 

 色を失った平らな声に、アシズは“昔”を思い出し内心どきりとした。

 

「何だ?」

 

「壊れてたら殺す」

 

“昔”と同じ声色で“昔”なら絶対に言わなかっただろう処刑宣告が為された。

 

「……冗談に聞こえぬが」

 

「死んでも蘇らせてまた殺す」

 

“親”より大切な何かが出来たのだろう、と成長を感じるが。

 そんな感慨に耽ってはいられない。彼はまだ、“自分を殺すための自分を殺せる未知の力”を保った状態のはず。

 

「……。困るのではないか? お互いに」

 

「世界滅ぼす」

 

「やめてくれ」

 

 本気になれば夢物語ではない。使おうとして扱えなかった規格外の力の、本来の持ち主なのだ。

 

「何にせよ、確認が最優先だ。壊れた疑いのある――物? それはどこにある」

 

「鏡……今すぐ修復する」

 

 ミコトはアシズの腕の中から逃れ立ち上がる。

 あれから、“神器”代わりの勾玉は修復し、あの戦いで壊れなかった剣の気配は感じた。鏡の修復が頭に浮かばなかったのは、アシズへの脅しには使いづらいことと、その気になればすぐに簡単に取り戻せるからだった。

 鏡に『宝』を貯めるようになって、破壊及び死亡対策は入念に、念には念を入れて、幾重にも幾十幾百幾千も丹念に気を行き渡らせ、どのような『死』でも引き継がれるように仕組みを編んだ。

 しかし、アシズにやられた『死に方』は想定外だった。

 

「なんか――なんか、平べったいもん……何もねえ使えんな“徒”組織」

 

「ひ、必要な物が――!?」

 

 広間から出ようとする彼を、モレクがなんとか押し留める。切り札(ミコト)を得たという情報が漏れ、敵方に伝われば――計画が崩れ去る。

 数分押し問答が続き、抑えきれなくなってきたところで、助けの手が差し伸べられた。

 

「これは使えるか? 平らな物だ」

 

 チェルノボーグの掌に乗る木の葉を、ミコトはひったくるように奪う。外に面する廊下で拾ったらしい。

 己の存在条件にも等しい秘密の守護など世界の裏側に置き、即刻木の葉を『真経津鏡』へ変化させた。この程度の『珍しい自在法』を使っても、今更どうとも思われない――などとも考えず、とにかく内部を確かめる。

 

「……」

 

「…………どうだ?」

 

「………………あった」

 

 安堵に崩れるミコト。

 どさくさに紛れて世界の危機が訪れたらしいが、回避されたようだ。

 

「……。アシズ」

 

「……どうした」

 

「『都喰らい』直前に買ったリースリングがあるんだが、この酒二十年くらいが飲み頃なんだ。……熟成されてると思うか?」

 

「……。我が宰相よ、そろそろ行くぞ」

 

「は、はい。計画通り、『両翼』のお二方を……」

 

「パラドックス……」

 

「よく休め」

 

「……いってらっしゃい……」

 

 口も挟めないほどの緊張状態に陥っていたシャヘルの声に見送られ、アシズとモレクが『戦い』へと臨んだ。

 




シャナ世界No.1ツンデレちぇるちゃん。これつかえるかなーって無表情ではっぱひろうちぇるちゃん、かわいい。
あ、エタソン買って読みました。2巻のお辞儀しながらアシズの前から消えるちぇるちゃんの絵がきゅってなるほど好きです。やっぱ漫画って小説には無い旨味がありますね……。
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