1,2万文字で終わる短編のつもりで始めましたが、気付くと6万字オーバーしてましたよぉ。
平野東端の簡素な陣――[
「今更宗旨替えとは。――相も変わらず、極端なものだ。“棺の織手”は」
フレイムヘイズ兵団と[
「『両界の嗣子』生成への意欲はある様子。変わらず監視を保ちます」
直接口を出したのはベルペオルのみだが、内容は『
「ああ、そうしておくれ。ヘカテー」
この戦で、何が起こったのか、何が起きつつあるのか。見定めるため、ベルペオルは思案に暮れる。
(“冥奥の環”の宗旨替えの虚実――これはまだ、二択で済む。『
ベルペオルが最も多く関わった[
(そもそも、『
協定で決まったことは、全て『真実』であり裏など無い。辻褄は最も合致するが、同時に安直過ぎる。
(――どちらの意図でもないなら。……周辺の組織は潰されるか併呑されたか、戦に影響を与えられない小さな組織も含め、妙な動きは無い。第三勢力の介入は考え難い――)
否定は思考を刺激し、新たな可能性を手繰り寄せる。
(
そう思わせる、『どちら』にも属する
「デカラビア。フレイムヘイズ『眇理の還手』の情報をまとめつつ、足取りを追え。好きな
「御意」
鉄色の五芒星が描かれた自在式が空中に現れ、声の余韻だけを残しすぐに消えた。
「『眇理の還手』……? ああ、宗旨替えをさせた張本人、か。……影響力こそあれ力は無いと聞くが、狙いが見えたのか?」
魔神憑きのマティルダの口から出た、もう一人の“神”の契約者。少なくともシュドナイの知る範囲では、[
「私も“珍しがり”の神とは縁が薄いのでな。あの『協定』に裏があるとすれば、中心にいるのは『眇理の還手』の可能性が最も高い。用心しようにも、情報が足りな過ぎる。何の陣営に属するかも、安易に判断出来ない」
マティルダは行方を訊ね、アシズは去ったと答えた。どちらかが嘘を吐いていれば、まだ近辺に存在する。
(今のところ、二つの展開が考えられる。『眇理の還手』が兵団に属し、兵団に戻った或いは戦場から去った場合。『協定』に裏は無く、[
流れに任せた、元々の策。ベルペオルは『仲介者』という立場を利用し、それを準備していた。
(逆に、『眇理の還手』が[
この戦で追い詰められていたのは[
ベルペオルの推測が正しければ、[
「新たに入る情報次第で、展開は揺れ動きまた生まれるかもしれない。私は策を練り、将軍は兵を構える――やることは変わらないが、くれぐれも油断しないでおくれ」
現在所有する情報から読める展開は、これだけ。ベルペオルのあずかり知らぬ領域で何かが動いていれば、即座に適応できるように思考に余裕を持たせておく。――未知への対策は、これくらいしか取りようが無いのだ。
ヘカテーは、未だ動かぬ『
―*―*―*―
『協定』を終え帰還したアシズは、油断なく展開していた兵卒、要塞に残っていた守護兵を一所にまとめた。
フレイムヘイズとの戦いを『終える』こと、人を喰らうことを『やめる』こと、――[
当然、動揺は大きい。失望から牙や炎を向ける者も少なくなかった。暴動に発展せず収まったのは、過半数を占める“紅世の徒”がそうさせず押さえつけたからだ。
何が起こっているのかを知るために、強大な“紅世の王”への無謀な戦いを止めた冷静な者が少し。訳も分からずどうも出来なかった者が、もう少し多い。残り――[
諦めたのか――声を放ったのは、『壮挙』を諦められない誰かか、その穏やかさが諦念かもしれないと危惧した誰かか。
「『望み』は捨てておらぬ。されど……もう、おまえたちへ思いは投げられず、おまえたちの思いも受け取れない」
優しい言葉で拒絶して。
「私が最期に、“幸せ”を取り戻したのは……おまえたちの身命を賭した働き、『愛』故にこそ。――大儀であった。これからは、おまえたち自身の“幸せ”のために、生きよ」
優しい言葉で、突き放した。
話が違うと憤慨し出て行く者たちには、ウルリクムミが対処する。自棄になって兵団へ戦いを挑まないよう、戦場の外へと導く。
戸惑う者、主に仕えることこそが“幸せ”と主張する者には、モレクが。“喰らわない”と決めた主には組織を守れないこと、主を守る役目は『九垓天秤』だけで十分だということ、主が“幸せ”を掴むためには膨れ上がった組織が枷となること――それらを粘り強く言い含め、諭した。
兵の誘導を終え戻ったウルリクムミに、残った構成員らを託す。身の振り方に迷う者は、しばらくは友軍[
「おつかれー」
『九垓天秤』の間に戻ると、ミコトがワイングラスを片手にくつろいでいた。
「何時間取れた?」
「五日だ」
「五日!? どんな交渉したんだよ!」
アシズは『協定』で出したもの求められたもの求めたもの成ったことを、順に話した。
「“存在の力”を手放すなんて、計画に無かったろ。『九垓天秤』の食い扶持だぜ?」
「容易く回収出来るように細工をした。『両翼』の右も守っている。“存在の力”と『最高戦力』を見せ札として出したことにより、兵団の油断は深まった。――期間が二日延長されたのが、その証拠だ」
「こえー……」
交渉力や説得力、ミコトはそんな『言葉の力』も意識して磨いてきたが。弱肉強食力が全てな『格上』たちを相手取れば、よく『死んだ』。
「そちらはどうだ。気力は休まったか?」
「それがさー」
ワイングラスを揺らし、淡い黄金色を波立たせた。
「リースリング半甘口十八年物。ばっちり熟成されてた。飲み頃な上にきっと当たり年でさ。めっ――ちゃくちゃ旨いぞこれ。飲むか?」
実質消滅期間中も、酒蔵の時間は進み管理も保全維持されていた。おまけに実験で口にした酒も上質で、ミコトはとても上機嫌だ。
「……違いは分からぬが、折角だ。頂こう」
『眇理の還手』の料理狂い食道楽は、関係を断ち接触を遠ざけていても、どこかで聞き知ったほど広まっている。アシズは『死者蘇生』と関係ない人間の文化など興味を持てなかったため、料理も酒も自分からは口にしない。精々他組織との会合に招かれた折に、勧められるままに手に取り形だけ口の中へ入れるのみだ。
新しく取り出されたワイングラスに、白ワインが少量注がれる。口に含みとりあえず味わおうとしたが、やはり『何が良いのか』分からなかった。
結果は分かり切っていたが、アシズはワインを味わいたくて誘いを受けたのではない。
「希少な酒を、ありがとう」
ただ、ミコトが喜んだ物を、共有したかっただけだ。
「宰相よ。おまえならば楽しめるのではないか?」
「興味深くはありますが……」
アシズに対してモレクは、食の違いが分かる男だ。彼は“紅世の徒”の組織は無論、人間の王侯貴族との交流も担っていた。宴席や会合で出される料理や酒の質は、自分たちへの認識や相手の政治的状況、交流にどれだけ本気か――対面交渉で『得るべきもの』の判断材料や武器となるのだ。
「今はご勘弁を。……どうも、先の『協定』で引っかかりを覚え……」
「え? 半日取って来れば十分の交渉で、五日も奪ってきたのに?」
「そこです。
モレクは自らの力を、決して過信しない。自分たちの力だけでは為せない結果が生まれたのは、外から『何かに』働きかけられている証拠と捉えた。
直接の原因は、分かっている。
「兵団が我々を『過度に』信じるに至ったのは、[
苦渋の決断を伴うはずの組織解体。敵方を『信用』させる決定的な力を持つが、解体すら計画の内だと悟られれば、こちらの目的が一気に暴かれる事態に入りかねない。
「敵でも味方でもない?」
「[
ミコトはその組織を、あまり知らない。知っているのは、“紅世の徒”の扶助組織であることと、率いる三名の強大な“紅世の王”が
「交渉の中、私はどうにか兵団側から『組織解体』の提案を引き出すつもりでした。実際は、我々の味方とは言い難い『第三勢力』の口から、呆気なく出てきたのです。そう言ったのは“逆理の裁者”殿ですから……裏がある場合も無い場合も警戒せねばなりません」
あらゆる陰謀に手が届く、と“徒”フレイムヘイズ問わず恐れられている、鬼謀の持ち主。
「ミコト殿、『鍵』の製作を急ぎお願いします。『
ミコトはワインを飲み干し、グラスを片付けた。
「酒が旨かったから。……休憩は三時間もいらなかった。『鍵』はもう出来て、いつでも起動できる。そういう事情なら、多少無理して――三十分で終わらせる」
ミコトは視線で促す。アシズは頷いて、宝具『九垓天秤』の支柱に降り立った。上皿天秤は、三つを残して後は空席だ。情報統制、戦死――欠けた結果、声を受け取るのは、たった六名にまで減った。
「九垓を平らぐ、我が天秤分銅たちよ。私は旅路を終え、安らぎのまま眠りにつこうと思う」
アシズが語り掛けるのは、九名。
「先手大将、“巌凱”ウルリクムミ。黙し偽らず戦端を斬り拓くおまえは、誰よりも勇敢で、誰よりも優しかった。おまえの大きな『心』に、どれだけ救われたか――その力強さが、永久に陰らぬよう」
ゆっくりと兵を率いるウルリクムミが、心の内から主に声を届ける。
『主の恩とおおお、優しさあああ。それを僅かでもおおお、返したかったのだあああ』
ウルリクムミが主に従う道を選んだのは、恩義のため。彼本人はまだまだ返し足りないが、主が少しでも救われたのなら、主がいない未来が来ても、主にまだ仕えられよう。
「遊軍首将、“戎君”フワワ。自らを知り役割を心得るおまえは、曲がらない己を持つがゆえのしなやかさで皆を支えた。おまえの独断専行や暴走が、常に皆のために選ばれ皆のためになったと、私は知っている」
空の
「中軍首将、“天凍の俱”ニヌルタ。おまえの正しさは、常に正しく在れない私たちを守るための、剣であり盾であった。私は、おまえを振るう腕足り得たのか……しかしこの組織は、正しさから傷付いた深き情が安らげるこの場所は、紛れもなくおまえが作った」
空の
「隠密頭、“闇の雫”チェルノボーグ。優しくあるには不条理すぎる世界で、おまえはいつも優しさを守るために戦った。私たちが甘さを持てるのは、おまえの深き愛があってこそ。……これから、どうなるか。おまえが力以外でも愛を
入り口近くで佇むチェルノボーグが、言葉の表裏を受け取った。
「私が戦うのは、主を悩ませ矛先を揺らがす全てを砕くためです。……それが必要の無い明日が来るなら、私も、少しは、考える必要が出てくる、やも……」
言葉の裏に込められた、『暴力の形をした伝わらない愛情表現はほどほどに』という忠告は、保留とした。
「先手大将、“焚塵の関”ソカル。自らが勝ち取った誉れを喜びとするおまえは、いつしか私が得た誉れも喜びへと加えた。利害関係だった始まりは、いつから仮面となったのだろうか……。おまえが私に捧げてくれた名誉を以て、私はおまえを心から称えよう」
空の
「大斥候、“凶界卵”ジャリ。おまえの目と耳は、余りにも広く余りにも深い。知り続けるというのに、内に溜まるばかりで分け与えられない苦しみは――少しでも癒えただろうか。共に残る仲間たる五名は、必ずおまえを汲み取ってくれるだろう」
この場にあって今もなお情報を拾い続けるジャリは、三つの面を震わせる。
「暇乞いは日輪さえ逃れられず」「かの伝令は来たる日も仕事に励んだ」「あの人は言いました。『忘れない』と」
修飾、繋がらない文節。いつものように伝わり辛い言葉をわめき散らし、いつものように伝えたい意思を拾った。
「宰相、“大擁炉”モレク。力を容易に振りかざせなくなるこの先、武器はおまえの賢さと聡さになる。もしも誰かが離れる必要に迫られたなら、おまえは最後まで残れ――最後の命令として、下す」
真っ先に自己犠牲に走りがちなモレクは、厳しさと優しさどちらも含む命令を全身に刻み付けた。
「承りました。……この命が燃え尽きるまで、残り続けましょう」
少しは不安以外の、例えば己に向けられる好意に聡くなってほしいが……それを説くのは、アシズの仕事ではない。
「『両翼』の右、“虹の翼”メリヒム。おまえはまさに、[
傲慢かつ身勝手だが組織だけは裏切らないメリヒムは、監視に何も悟らせないまま思いを紡ぐ。
『主こそ。主が進む世界だからこそ、俺は望むままに動き戦い楽しめたのです。主が望んだ世界が続くなら、俺はまだまだ心の底から楽しめましょう』
望むものに手を伸ばす、その推進力こそ“紅世の徒”らしさ。メリヒムは己の欲望から目を逸らさない。己の欲望から――心の底から望んで、彼は主に身命を捧げた。
「『両翼』の左、“甲鉄竜”イルヤンカ。……始まりは、おまえの言葉だった。嘆く私を見た、おまえの問いから始まった。――幾度となく命を奪おうとした私に、多くの同朋を屠った私に、おまえは力ではなく問いを投げた。辛苦、暗鬱、痛み――長く永く、私のそれを背負い、共に歩んでくれた。……何故泣いているのか。そう、始まりは嘆きだった。故に……笑みで、終焉を迎えよう。――感謝する」
彷徨の末に辿り着いた、霧の城。冠のように突き出た尖塔と、眼下に広がる傷痕が新しい森。全てが見える位置で構えるイルヤンカは、たった二人から始まった歩みの、一つの終わりに息を吐く。
吐息の意味は、安堵か、恍惚か、それとも……。
『儂は、もう少しの間見届けましょう。……主よ、どうぞ、その笑みのまま――安らかに』
アシズは鷹揚に頷いた。九名に肯定され、九名に肯定を返した。
「[
それぞれが、現在許される形で、最大の礼の形を取った。
「――頼む」
宝具『九垓天秤』の支柱、足元に視線と声を送った。
合図を受け取ったミコトは、手に奇怪な文字列を渦巻かせる純白の炎を乗せ――二枚の金属板に沈めた。
―*―*―*―
ベルペオルは、調査資料を読みつつ頭を巡らせる。
(巷に流れる噂よりは、侮れぬ自在師か)
彼らが時々巻き起こす騒動に、[
(兵卒の引き渡しも、不自然は無い。……
ある意味待ち望んでいた『取引』すら、無かった。シュドナイを通じて耳に届くウルリクムミの轟き声から、『兵を頼む』より他の言葉も意図も読み取れない。
(元々あらゆる資料が少なく、最新の情報が十八年前。此度ハルツ山地で始まった戦では、去った証拠どころか目撃情報すら無い。――が)
十八年前とは、この『大戦』の幕開けとなった『都喰らい』が行われた頃。日付を見ると、かの儀式の七か月前だった。
内容は“[
(理由こそ不明だが、繋がりはあった。その時点から協力を? フレイムヘイズを探る密偵に……いいや、情報が無さ過ぎる。兵団がよほど隠さない限り、何らかの目撃情報が出るはずだ)
かの組織と『眇理の還手』の繋がりは、これだけだ。過去を遡っても、『同じ場所で見かけた』とすら無い。
(やはり『協定』に裏は――違う。この程度の繋がりならば、“冥奥の環”を宗旨替えさせられる理由が無い)
情報を得られなかったことで、謎が目に見えてきた。
少ない資料の、最後の一枚は。
(“覚の嘯吟”の契約者を名乗る、純白の炎のフレイムヘイズが現れた――年号は、ほぼ、二千年前)
ベルペオルは視線を、資料から正面に流した。
(フレイムヘイズ『棺の織手』の死と、同時期)
予感めいた確信。今、戦の中心にいるのは、彼だ。
「――っ」
すぐ隣から、息を呑む音が聞こえた。
「ヘカテー?」
彼女は素早く錫杖を構え、石突で床を突いた。
「ベルペオル、『大命詩篇』が起動しました」
「!?」
両軍動きは無い。『
『
争奪戦において[
そして、争奪戦で守りの要たる“天凍の俱”だけではなく、全面戦争で“焚塵の関”も戦死した。首領も宰相も、
周囲に零れた明るすぎる水色の三角形を、ヘカテーは僅かに細めた瞳で見回す。
「……今、停止しました。防御外甲の二十九条目、阻止機能の
阻止されたということは、
(――そうか。『眇理の還手』は、この土壇場で合流したのか。宣布を聞いてか? ……腐ってもフレイムヘイズだから、“冥奥の環”に近付くためにまず兵団に潜り込んだ。魔神憑きと戦技無双の突入に乗じ、忍び込んだ。『ラビリントス』は……『大命詩篇』を起動しかけるほどの自在師なら、突破も可能か)
敵が謎に包まれているなら、最悪を見越して行動せねばならない。
「監視に気付かれた可能性は?」
「判断不可です」
可能性はある、と。
(成程ね……『協定』の目的は時間稼ぎ。フレイムヘイズどもの目を盗んで、『両界の嗣子』を生み出すつもりか)
『
「この段階で破壊は?」
「防御外甲を抜けていないため、どの断篇かが不明です。よってオリジナルの共振による破壊は成りません」
「監視は途切れさせぬように。こちらが目を離している内に『万が一』作業を終えてしまえば、こちらが最も安全に葬り去る機会を永久に失ってしまう。気取られていたとしても、圧力となる。破壊可能になれば、迅速に頼む」
「分かりました」
最上位の自在師も寄せ付けない防衛機構と、それを絶対に破らせない働きも持つ『完全一式』を備えるのが、『大命詩篇』だ。自力でそれを起動できる『規格外』の自在師は、
視界の外で隠れ続けた『三人目』が、戦争最終日に都合よく“敵首領”の下へ馳せ参じるなど、誰が予想できようか。
「既に遅いかもしれないが、“凶界卵”の対策に軽く隠蔽するよ」
自在師を呼び、ヘカテーを不可視・気配隠蔽の結界で囲わせた。『大命詩篇』の覗き見という誤魔化しようの無い証拠は、隠しておかねば。今までそうしていなかったのは、この手の自在法は僅かだが探知に影響を与えるからだ。
「将軍、『九垓天秤』の襲撃に備えてくれ」
『奴ら、仕掛けてくるのか?』
「“大擁炉”のやり口ではないが、可能性が出てきた。そうなれば、理由が漏れる前に口封じをしておくれ。口さえ防げばどうとでも誤魔化しが効く」
[
『九垓天秤』が出れば、兵団も動く。義理で援軍を出した以上の思惑があると、フレイムヘイズにだけは絶対に悟られてはならない。
(末端部分をもぎ取って正解だったね)
[
(強行されれば破壊、襲撃を受ければ殲滅、交渉に来れば白を切り通す。ひとまずの方針は、これで良い)
ベルペオルは冷や汗が伝うのを感じる。
(全く、この世はままならぬわ……)
起動停止したまま五日間が過ぎれば、フレイムヘイズらが動き始め最悪『大命詩篇』が見られてしまう。そうなる前に奪い返す必要がある。
強大な“紅世の王”で構成される『九垓天秤』を出し抜き、『大命詩篇』を取り戻すか首領を仕留める。そんなことが出来る将兵はいない。
唯一、『九垓天秤』と首領を同時に相手取って優位取れるのはシュドナイだが、彼は隠密行動に長けていない。“凶界卵”や“闇の雫”の厳重警戒を掻い潜り、巨大な気配の将軍を首領の近くまで送り届けられるほどの自在師は居ない。
発見が前提の襲撃なら、緩衝地帯で待機する“虹の翼”はともかく、要塞前で控える“甲鉄竜”との戦いは避けられない。当代最硬の防御力を誇る古強者ゆえ、『相手に何もさせない内の圧勝』は難しく、戦火が漏れればフレイムヘイズ兵団から不審な目を向けられてしまう。
――そう、今[
その作戦を実行する、扇動役、潜入工作員、足止め役、最高戦力。それを妨害する、囲う敵兵、やって来る部外者、硬軟粒揃いの幹部、自在師、首領――それら駒を頭の中で配置し、編成を練っていると。
「我々は、敵対を望まない」
どこからか、声が。
「……“闇の雫”だね?」
ここは、道無き森の中。ブナの樹の影で一面覆い尽くされている。
ベルペオルの正面に、黒衣白面の女が浮かんできた。地面は彼女が出入りし移動し気配を覆う、影ばかり。
神速で帰陣したシュドナイが、チェルノボーグの喉元に刃を突き付けるも、彼女の身体は揺るがない。
「……敵では無いなら、客かい? ――将軍、話してみよう。何の要件だ?」
シュドナイに剛槍を『一度』下ろさせ、動く前に現れてしまった交渉役と、向き合う。
「『二枚の金属板』について」
やはり、この停止は監視を悟ってのものらしい。数瞬思考し、監視の続行を選ぶ。既に遅いなら、わざわざこちらの手を緩める理由も無い。
「何のことだい?」
「おまえたちがこの戦に参戦した理由だ」
「それは“大擁炉”に要請されたからさ」
「……」
チェルノボーグは不機嫌そうに顔をしかめた。
「……[
「解散済みの組織が、何を言う?」
「互いに益のある話をしよう、そう言っている」
「益。そうさね、兵団に『
チェルノボーグはゆっくり左手――巨腕でない方の手――を出す。
手の上に、明るすぎる水色の炎が、灯った。
「……」
彼女は隠密行動や格闘戦に長けた隠密頭。自在師ではない。
(ヘカテー)
(監視を掻い潜った上で、監視の自在式を構成する“存在の力”を奪取したのでしょう)
いつ『そうされた』のか、ヘカテーは気付かなかった。
「同じ方法で、あれを組んだ自在師を特定している」
ベルペオルは、妙なる笑みを深めた。彼女はままならないことに立ち向かう時に、最も大きな喜びを覚える。
「敵対せず、互いの益を探る――そう言ったね。……色は?」
ヘカテーのように
「黒」
審神者と呼ばれていた“神”の眷属は、微かに息を吐いた。
「聞こうじゃないか、そちらの要求を」
―*―*―*―
神聖にも感じる古代の文字列が、純白の炎になぞられる。風が吹き抜けるように疾く、白く灯り――止まった。
「どうした?」
「まずい」
ミコトはアシズを見上げる。
「監視されてる」
「何?」
天秤の支柱という定位置から飛び降り、金属板を覗く。
「わざと妨害を起動して『鍵』を止めた。こっちが監視に気付いた素振りは見せてないが、炎の色は隠せてない」
誰が見ているか――すぐに思い当たり、アシズが名を紡ぐ。
「まさか、[
「っ! それの本来の持ち主です!」
モレクが、骨が外れんばかりの勢いで立ち上がる。
「解読の手掛かりになるかもしれないと、『それ』の出自はかなり追いました。最終的に行きついたのは、“探耽求究”殿――狙いも更に前の持ち主の有無も突き止めるのは不可能と、追及を諦めました。協力要請も、
「監視はダンタリオンじゃねえ。奴さんなら、
「彼は[
兵を率いていたのは“千変”、協議にてすぐ遠話で割り込んできたのを見ると、“逆理の裁者”も来ているだろう。
「ジャリ殿」
戦場上空を覆い尽くす蠅の大群は退いたが、
彼なら、[
「宝は暴かれ取り出され!」「目も眩む淡青が!」「天の御使いが降臨する夜!」
「“頂の座”殿まで!?」
お互いがお互いの言いたいことを直感し合う。
「この自在式は、一体――!?」
「……分かった」
ミコトは余裕という色を失っている。
「創造神、“祭礼の蛇”だ」
「!?」
「証拠は無いが、絶対そうだ。普通の方法じゃどーにもできねー、破壊干渉不可の『法則』を自在式として組み込むなんて……。悪い、解けないって分かった時点で疑うべきだった」
自在法の干渉や技術的な破壊において、ミコトの右に出る者はいない。
(アシズなら分かるだろ。『フルパワー』使ってやっとあれこれが可能になる、自在式と癒着した『法則』の異常さが)
(……それほどまでなら、確かに“神”でなければ)
確信の理由を告げ、アシズにその前提で動かしてもらう。
「『久遠の陥穽』は不帰の秘術――しかし、
アシズが静かに低く告げた。モレクがカタカタ骨を震わせる。
「創造神が関係しているとして……狙いは『両界の嗣子』生成の阻止? 成し遂げることにより来たる“徒”の暴走を止められない未来――いえ、これはフレイムヘイズの理由で……」
頭を回転させつつも混乱から立ち直れないモレクを落ち着かせるため、『少しだけかの神に詳しい立場』から取っ掛かりを出す。
「まず、阻止に動くかただ見ているだけか、そこからだ。――創造神は“紅世の徒”の欲望を全肯定する神、過信は出来ぬが肯定される可能性はある」
「自在式動かす限り、阻止一択だ。これは『部外者』に使わすもんじゃねえ……。大方ダンタリオンが勝手に持ち出して、適当な場所に捨てたから、探して取り戻しに来たんだろ」
「……そうか、秘匿か。『久遠の陥穽』成功の要因は、半分以上が創造神の甘さ――受け入れられると無防備に招き、計画を明かし、絶対的反発に備えなかったことによるものだ。――どう考える、イルヤンカ」
同じ儀式に居合わせたイルヤンカは、態度には出さず声を低めた。
『創造神の一派が、『次』を諦めていないなら……確かに、主の仰る通り、創造神の『秘匿』を考えるやもしれません。あの一件から、“逆理の裁者”は[
狙いは、創造神の身動きを隠し、準備していると誰にも悟らせないこと。
「…………ミコト殿、無数の妨害と仰っていましたが、『解読』と『起動』、どちらがより重点的に『保護』されていましたか?」
厳重だったのは。
「解読」
「『秘密を守る』、これが目的と仮定しましょう」
動揺で身を震わせつつも、混乱からは立ち直ったモレク。
「[
「『本来の持ち主』が監視――つまり、干渉してきてる。干渉できるなら、回収も破壊も、まあ何でも出来る。……“千変”は武闘派だし、“逆理の裁者”は“大擁炉”みたいな立場。向こうの自在師は“頂の座”か?」
「“頂の座”は儀式の核、絶対守護対象であった。『万が一』があってはならないゆえ、戦闘はおろか外へ出されるのもまれだ。能力は不明、という訳だ」
「しかし、“探耽求究”殿を組織に招いております。彼より完全に上の自在師なら、彼を頼るなどしないでしょう。
「太刀打ち、出来そう……参考に留めとくが。太刀打ちできるとすれば、回収か破壊かを退けつつ、強行も出来なくはないが」
「未対処での決行は危険過ぎる。完全に[
ミコトは『炎髪灼眼の討ち手』がどうしようもなく追い詰められたなら、天罰神“天壌の劫火”の神威召喚を計画していたと話している。天罰神だけでなく、創造神にまで『正面から喧嘩を売っていた』とするなら……アシズは心底、こうなっている今に安堵した。
「ここはやはり、[
「……創造神に、余計な刺激は厳禁……」
シャヘルが割り込んできた。
「例えば……『都喰らい』の“存在の力”で、“千変”を退けたとして……“頂の座”が生き残っていれば、直後に蘇る……。“頂の座”を先に倒したなら……“千変”は喜ばないはず。彼女の復活条件は……“紅世の徒”の『欲望』が、束ねられるまでに大きく定まった時。復活は“祭礼の蛇”を討滅しない限り、止められず……不死かつ巨大な力に恨みのまま追われ続けるわ……」
「ご助言感謝します。――倒し切るのは、我々一般の“紅世の徒”には不可能。一度恨みを買ってしまえば、手段を選ばないとのことですね。……両界のバランス保護や使命が枷とも言える分、まだ天罰神の方が優しいとまで感じます」
シャヘルは“祭礼の蛇”との相性が最悪だ。彼の創造の力は、知り広める力を糧にしても、恐れはしない。世界そのものが変わってしまえば、シャヘルが集めた知識は『古き物』として捨てていかねばならない。
そして、創造神の天敵と言えるのが天罰神。“天壌の劫火”は、創ったものを破壊し永久に滅ぼす『純粋なる力』を振るう神だ。
現在アシズらは、創造神に対抗可能な唯一の存在、天罰神と完全に敵対してしまっている。二神を前に計画を進め、内一神のふところに入れないなら、残りの一神に取り入らねばならない。
「『両界の嗣子』生成のための自在式の起動と自在師――それが筒抜けなら、こちらの狙いや切り札は開示されたも同然です。我々の優位性は、最早『本拠地近くであること』と『先手を打っていること』のみ。時間との勝負です、チェルノボーグ殿を向かわせましょう。転移の自在法は使えますか?」
「転移先になんか目印がいる。今平野部で代わりになるのは、“虹の翼”と繋がる遠話くらいだ」
「驚くほどの単純さです!」「麻を紡ぐ娘の手は!」「ここの領主とは誰なのか!」
迷わず翻訳するモレク。
「ジャリ殿の広大な感覚なら転移先を把握できます。彼が使えるよう自在式を組めますか?」
「了解10秒で組む」
素早く蠅が集合し、地形を形作った。
蝿が跳ね回る部分が2か所。転移先と[
「よし出来た」
「座標を確認した、行ってくる」
簡素な挨拶を聞き、ジャリは転移の自在法を発動させた。
「“逆理の裁者”殿と取引し、『両界の嗣子』生成を認めさせねばなりません。我々は既に、あちらの隠したい情報――創造神の存在を
相手は完全勝利が不可能な『武』だけではなく、最高の『知略』も兼ね備えているのだ。
「『九垓天秤』まるごと[
「あくまでも『対等な立場』を誇示せねばならぬ。個として“千変”を越えられる力も、組織として抗える力も、無い。――やはり、創造神の情報をどこかで使おう」
「我々は創造神の何らかの企図の邪魔など望んでおりません。それが真実で、かつ相手が信じるだけの立場も保てます。味方である、それをまず伝えましょう。主張しつつ、じわじわとこちらが掴んだ情報を出し、それでも『口封じ』を狙うなら――」
「待て、創造神は『久遠の陥穽』に放逐され、
「証拠が無い……」
「証拠を掴む手段はある」
ミコトは金属板の『奥』を睨む。
「自在式を組んだのが“紅世の徒”なら、『炎の色』って痕跡が残る。――これの場合、限られた時間の中“頂の座”の監視下でばれないように確保するのは不可能だが」
創造神の炎なら、[
「刺激は禁物、無理に掴む必要はありません。
「んー……。自在師として“頂の座”に勝つ、これでどうだ? 同じ理屈で、“頂の座”の炎を気付かせない内に掠め取る。ダンタリオンやリャナンシーに劣る自在師なら、自信ある。……それ以上なら、すまん」
「おまえの腕を信じよう。――良いな、宰相」
「無論です」
交渉の席に引きずり込む。まずはそこからだ。