【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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最終話


(1) もしもマティルダがもう少し酒豪だったら 4

 

 ブロッケン要塞の応接用の広間で、“紅世の徒”最大の組織と最強硬『だった』組織の司令塔たちによる、会談が行われている。

 

「推察されているでしょうが、我々の望みは『両界の嗣子』を無事に生み出し育てることです。あなた方が秘める『何か』を、邪魔するつもりも踏み入るつもりも、ありません」

 

 強調するモレクの隣にはアシズ座り、背後にはチェルノボーグが立っている。彼女はいざという時の護衛だが、暗殺を疑われてはならないため『相手から見える位置』で待機させている。

 

「フレイムヘイズとの全面戦争を選んだ割には、賢明だね。使()()()()()()()()()()と騙されてやる上で、その態度は信じてやってもいい」

 

 ヘカテーとベルペオルが並び、ヘカテーのすぐ後ろにはシュドナイ。ヘカテーの護衛は大前提として、敵本拠地で首領との会談に臨むベルペオルも守護せねばならない。それなら二人まとめて視界下に置き、いざとなれば戦えなくはない二人を自衛に専念させつつシュドナイが潰す――そういう段取りだ。更に組織の最上位に位置する三名を眼前に揃えることで、『こちらの本気』を見せつけられる。

 

「しかし、誠意が足りないように見える。今更隠し立てしても無駄だと、『そちら』は分かっているはずだ」

 

 アシズがぴくりと、うつむき気味だった顔を上げた。

 

「こちらは何も――」

 

「往生際が悪いよ、“棺の織手”」

 

「だから今更隠せねーって」

 

 ミコトが扉をくぐって姿を現した。

 

「初めまして。[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の『三柱臣(トリニティ)』の皆々様」

 

 すれ違いざまに棒読みで挨拶をして、アシズの隣の席に着いた。

 

「一応フレイムヘイズに名を連ねてるが、今はアシズとティスが一番だ。『ティスが怒らない形でアシズの願いを叶えたい』、このために動いてる」

 

 ベルペオルは情報を拾う。ミコトはフレイムヘイズ『棺の織手』の関係者だと。

 

「ようやく役者が揃った、()()()()話を始めようじゃないか」

 

 微笑を浮かべ、当たり前のように場を仕切る。

 

「我々としては、『盟主』の何某かがこれ以上外に漏れるのを、防ぎたい訳だが……」

 

「此度知った『秘密』の堅守、お約束いたします」

 

「約束。こちらは『秘密』という“人質”を取られたも同然だというのに、そちらは軽い口約束だけで収めようとするとは。甘いと思うのだがね」

 

「害意はありません。ただ、誰にも知られず静かに、事を為したいだけなのです。どうかご理解――」

 

「何を出せる?」

 

「は?」

 

 ベルペオルは笑みを消し、本気の威圧をかける。

 

「『秘密』を握り、その上我々の持ち物の無断使用を企んでいる。()()()()()()()()()だという自覚はあるかい?」

 

「た、確かに……しかし、損は無――」

 

「こちらには得も無い。おまえたちは宿願を遂げるかもしれないが、我々に何の得がある?“紅世の徒”が活動しやすい世すら諦めたなら、この戦は我々の丸損でしかない。参加した以上、こちらにも戦死者が出ているのだぞ?」

 

「ですが、今の[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]には出せるものな――」

 

「俺が行こうか?」

 

 ミコトが軽く手を挙げた。

 

「兵団はさ、武力的に手詰まりになったら“天壌の劫火”を神威召喚して丸ごと焼き尽くす予定だった。俺がいなきゃ、こいつらに勝ち目なんて無かったんだ」

 

 軽い言葉で情報を流し、自身を売り込む。

 

「そーゆー詰み局面をひっくり返した手腕と、あの()()()()()なるくらいややこしい自在式の起動を数時間で始めた技術。ダンタリオンよりずっと――」

 

「駄目だ」

 

 遮ったのは――アシズ。

 

「?」

 

「おまえの引き渡しは、許さない」

 

「……?」

 

 アシズの断固とした口調の――駄々に、ミコトは困惑の表情を浮かべる。

 

「いや、『こじれさせていい感じのところで俺を売り込む』、こういう作戦だったろ?」

 

「私は一度も賛成していない。二千年ぶりにようやく戻ったおまえという子を、もう手放したりしない」

 

「いやいや、『両界の嗣子』を見逃してもらうには、最低俺が向こうに移るくらいじゃないと釣り合わないって結論出ただろ?」

 

「ならば『両界の嗣子』を諦めよう」

 

「はあ!?」

 

 ミコトが椅子を倒しつつ立ち上がる。

 

「本気で言ってんのかころころ主旨変えすぎだろ流石に!」

 

「あ、主! 兵団との協議はどうなさるのです!? 何故諦めたかは[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の方々の『秘密』に触れるので言えません!」

 

「ならばもう一度戦争を仕掛けるのみ」

 

「全員死ぬぞ!?」

 

「おまえを守るために死ぬなら本望だ。『両翼』の右よ、戦争再開の宣言をするのだ」

 

「お待ちくださいメリヒム殿! もう少し、もう少々動き方の模索をさせて下さいっ!」

 

 無茶苦茶を言う『父親』の胸倉を掴む。

 

「戦争も無駄死にもティスの望みじゃねえ――殺してでも止める」

 

「おまえに私が殺せるのか? ……運良く生き残った様だが、不死を貫くのは容易い。十八年前の如くな」

 

「十八年前? 主、その時からミコト殿と!?」

 

「矛盾しまくりだいい加減にしろ。俺を守るためって言いながら俺殺してどうすんだ?」

 

「私の手で死ぬならおまえも本望だろう」

 

「狂ってるテメーと一緒にすんな!」

 

 何を見せられているのだろう。『三柱臣(トリニティ)』はこっそりと防御や退避の準備を始めた。

 

「ティスとテメーの役に立ちたくって戻って来たが、まさかそこまで破綻してるとは思わなかったぞ!」

 

「私が()()なのは昔からだ。『愛を守るためなら世界を壊す』」

 

「重すぎんだよとゆーか『養子』守るために『実子』諦めてついでに『養子』殺して仲間ごと玉砕――ってアホか!」

 

「心配するな。生き延びれば、また二千年でも五千年でも彷徨おう」

 

「もうやだ兵団に帰りたい」

 

「逃がさぬ。ティスと私の愛を、受け続けろ」

 

「こんな時に限ってティスの名前出すな!」

 

「お、お二人ともどうか落ち着い――」

 

「間に入るな痩せ牛、砕かれるぞ」

 

「そうだな、客人の前だ。……もう少し『話し合う』必要がありそうだ」

 

「そう言いながら『清なる棺』出すな滅茶苦茶爆発するやつだろそれ!」

 

「表に出よう」

 

「腕掴むな分かった話そう絶対『話し合い』にしろよ!?」

 

 ミコトは半ば引き摺られつつ、アシズと共に出て行ってしまった。

 

「……“大擁炉”、仲裁へ行くなら『両界の嗣子』生成へと誘導してくれ。……我々も多少は協力する」

 

「わ、分かりました……」

 

「……見苦しい場面を見せた。少々待っていてくれ」

 

 おろおろしながらモレクが、振り返り際に小さく頭を下げてからチェルノボーグが、後を追った。

 静かになった広間には、『三柱臣(トリニティ)』の三名が残った。他には、蠅一匹も居ない。

 

「……。ババア、協力を安請け合いして、よかったのか?」

 

「……。あの狂った“王”は危険だ。単独で兵団に殴り込みに行って『盟主』の存在を喧伝しても、最早驚かない。こちらが多少譲歩してでも、確実に殺さねば」

 

「……。監視は」

 

「……。もういい、起動どころではない上に、余計な刺激は禁物だ」

 

 シュドナイがベルペオルを睨みつける。

 

「“棺の織手”を殺せば済む話だろう?」

 

「まだ分からないのかい? 将軍」

 

 語気を強め、『この状況』を説明する。

 

「今追い詰められているのは我々だ。“棺の織手”を殺せば、確かに向こうの企図は挫かれる。企図が失敗した後にはしかし、『九垓天秤』どもが口を閉ざす理由が無い」

 

『証拠』を押さえているのはミコトだろうが、証拠が無くとも()()()()()()言いふらされれば、こちらの負けだ。

 

「仮に、“棺の織手”と近辺の『九垓天秤』を一息で消したとして。……残り一人はどうする」

 

「“虹の翼”か」

 

 緩衝地帯にて待機する、最後の『九垓天秤』。付近は“凶界卵”の自在法すら迂闊に近づけないほど、フレイムヘイズ兵団の警戒が強い。更に、“虹の翼”の目の前には『万条の仕手』が張り付いている。彼女が動けば、いざとなれば天罰神の召喚も辞さないらしい『炎髪灼眼の討ち手』もやって来る。

 

「向こうに守るものがある内にしか、こちらの勝利は無い。『愛に狂った魔王』の癇癪を腹心どもが止めてくれるのを、『九垓天秤』の()()という立場から祈らないといけないのさ」

 

 [仮装舞踏会(バル・マスケ)]が『例えどれだけ時をかけても確実に成功させねばならない』、創造神“祭礼の蛇”の帰還及び神威召還。必ず実行させるその未来でも、敵対してくるのはフレイムヘイズ(討滅の道具ども)。帰還まではまだ、数百年の準備期間を置かねばならない。未来の敵対者に『盟主』の身じろぎを、端でも気配でも手掛かりでも見せてはならない。

 [仮装舞踏会(バル・マスケ)]が決して招いてはならない『完膚なきまでの敗北』とは、フレイムヘイズ兵団が“祭礼の蛇”の気配を察知すること。これを回避するためなら、同陣営だと()()()()割り振れる[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]を、完全勝利させてもいい。

 ――シュドナイでも討滅(口封じ)に多少手間のかかる『両翼』を離れた位置に配置されたこと。そして『盟主』が何かをしていると確信されたこと。相手はこの二つのカードを握り、それを活用する頭脳も有する。()()()()()()()()()()()()()()()――ベルペオルはそう判断し、懐柔させるために交渉を進めようとした。

 

「全く、世の中ままならないねえ……。“探耽求究”もだが、狂人は手に負えん」

 

 シュドナイは舌打ちを響かせ、『神鉄如意』で乱暴に床を打った。

 どことない疲労感を漂わせ、『三柱臣(トリニティ)』は待つ。時折部屋が揺れ、断続的に爆発音が聞こえる。

 そのまま、二時間後。

 

「……話は……まとまり、ました……」

 

 ぼろぼろよろよろと、折れた骨を何本もぶら下げ形も留めぬほど何本も砕かれているらしい宰相が、チェルノボーグに支えられつつ戻って来た。存在構成も危ういらしく、黄色い火の粉を背後に残しつつ歩いている。

 

「……当初の予定通り……『両界の嗣子』を誕生させる代わりに……ミコト殿の身柄を引き渡す……ことに……」

 

 近くの椅子に、力無く乗るモレク。

 

「これ以上は……無理です……。どうか……」

 

「……“棺の織手”は、それで収まるか?」

 

「なんとか……。ただし、ミコト殿と生まれ来る御子、両者を『極めて最大に絶対的に』、丁重に扱えと……。さもなくば」

 

「さもなくば?」

 

()()()から呪い殺す、と」

 

「……」

 

“紅世の徒”は、人間の思想である『あの世』を信じない。あるはずのない呪いではなく、“棺の織手”の狂気に戦慄する。

 

「……。承った。そちらの出す条件の他、生成の立ち合いと、終了後の自在式返却。これで手を打とう」

 

「感謝いたします……」

 

 腰骨を丸めると、背骨がぼきりと折れた。

 

「いつ始める」

 

「お二人とも消耗が激しいため……明日から『協定』の時間までの、どこかで……」

 

「ならば、一時帰還しよう」

 

 二人に目配せし、そそくさと退散した。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 [仮装舞踏会(バル・マスケ)]との会談を途中退席したアシズは、真っ直ぐ『九垓天秤』の間へと登った。

 

「――変な自在法は何も無い。ついでに監視も切れた」

 

 アシズはミコトの腕を離した。

 

「すまなかったな」

 

「お疲れ」

 

 ミコトはへたり込み、アシズはそばで寄り添う。

 

「打ち合わせ時間を取れなかった分、逆に迫真の演技が出来た気がする」

 

 [仮装舞踏会(バル・マスケ)]に、行動させる時間も考えさせる時間も、与えてはいけなかった。取引に応じさせる手段を練り、“頂の座”の炎を奪い取り、即チェルノボーグに接触させた。肝心の取引をどう進めるかの計画は、彼女らが移動する間しか練られなかった。

 取引を“逆理の裁者”に主導させては、『最も穏便な結末』でも、ミコトと『九垓天秤』と『両界の嗣子』を監視下に置くことを認めさせられただろう。それを聞き、ミコトは[仮装舞踏会(バル・マスケ)]への()()を名乗り出た。アシズもモレクも(モレクが討滅される可能性を回避させたためチェルノボーグもさり気なく)反対したが。

 

([仮装舞踏会(バル・マスケ)]を監視してなかったのは、世界の在り様には興味ない典型的な“徒”タイプの組織な上、動きが無かったからだ。――創造神がなんか企んでるとすれば、虎の尾を気付かず踏んだ場合の被害が、俺一人じゃ手に負えないくらいに広がるかも)

 

 多くの“紅世の徒”は、世界の在り様には直接触れようとしない。彼らが興味を持ち探るのは、あくまでも『この世での遊び方』なのだ。世界の仕組みを探り、その末に奥の奥である深淵まで辿り着く『研究者』は、非常にまれだった。

『遊び』の最中に『辿り着く』ケースも、『研究者』の数よりも極めてまれに、ある。創造神が“世界を動かす”力を持っているなら、ただの“徒”よりも『虎の尾』を踏む可能性が高い。

 

([仮装舞踏会(バル・マスケ)]の監視……それがおまえの望みか?)

 

(ああ。()()()()()()、色々新しいことを知った。思ったよりも、世界は崖際に立ってる)

 

 ミコトの提案をアシズが頷くことで、『ミコトを差し出す代わりに好条件を引き出す』方針へと定まった。ミコトの価値を上げ、他を諦めてでも取りたいと思わせる――という提案が出たところで、時間切れとなった。

 

「主、お見事です。――御自身の風評さえ武器にし、武力で勝てない相手までをも()()()()()(おのの)かせるとは……。“逆理の裁者”殿は、『両界の嗣子』生成の協力をする、そう申してくれました」

 

 アシズが場を読んで取った行動は、『確実に殺そう』と思わせるまでに()()()()()()もの。モレクもミコトも察して乗ったが、半信半疑のまま『本気』で応対したほど、鬼気迫る演技だった。

 

「更には向こうの『最悪』を意識させる進行、向こうが知り得ない新情報を混ぜ込んだ混乱を呼ぶ言葉選び……この交渉は、主の完全勝利です」

 

 流れに沿った結果だが、『九垓天秤』にも伏せた十八年前の事実の断片をあえて出したのは、ミコトを捜索した配下から[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の協力を得たという報告を聞いて、それを覚えていたからだ。それならと、『何かがあった』のを仄めかしつつ虚偽を先に出し、後の追及を躱しやすくさせた。成長したミコトなら、この事実誤認を上手く使って煙に巻けるだろう、と。

 

「あれ見せられたら関わりたくなくなる。俺ですら殺意覚えたぞ」

 

 世界最高の陰謀家との交渉を乗り越え少し気が高ぶっているミコトは、ふと嫌な予感を覚えた。

 

「……あれ、演技?」

 

 アシズは『愛』のためなら何でもする。余りにも多い前科が、そう物語っている。

 

「このような理由でもなければ、表には出さぬ」

 

 口には決して出さないが、本心ではある、らしい。

 

「……。こわ」

 

「申すな」

 

 先までの『狂いっぷり』など微塵も感じさせない穏やかな声音だ。

 お互い微笑を向け合って、アシズはモレクと向き直る。

 

「現在の応接の間は?」

 

「緊急事態の体を演出するため、ジャリ殿含め誰にも見張らせておりません」

 

「俺がやってる。“頂の座”の炎奪取の時点で、守護の自在法を少しいじったから、三人の居場所は常に把握してる。あの様子だと気付いてない。――ああ、今は応接室? で大人しくしてるぞ」

 

「成る程。では……『九垓天秤』の間を、少々壊そう。()()()()()()と思わせる。ただし、外にまで届き、兵団に察知されれば本末転倒だ」

 

 アシズは無言で求め、イルヤンカが即座に応じた。

 

『承知。外部に響きかねないなら、お知らせいたしましょう』

 

「私の役割は仲裁……消耗し、負傷した方が良いでしょう」

 

「すまぬ」

 

 モレクに“存在の力”を差し出され(彼はぎりぎりまで己を削ったため、チェルノボーグに叱られてしまった)、それで部屋や要塞を揺るがす。二時間ほど時間を潰し、モレクの骨を丁寧に抜いて折った。

 正直綱渡りだったが、どうやらこちらの演技を信じたらしい――容易く呑める要求だけを残し、彼らは退却した。

 

「なんとか……なった」

 

「皆の働きのたまものだ」

 

 モレクは傷を癒してくると、破壊偽装後に残った“存在の力”を手に出て行った。チェルノボーグは回復の補助をすると、後を追った。ジャリは『油断なく索敵を続ける』とのことをわめきつつ、彼の能力の広さが気になると告げたシャヘルの勾玉を蠅群に乗せて、何故か出て行った。

 そんな『気遣い』を受け取ったアシズは、全員と繋がる遠話を操作し、今この時だけ、自分と『子』の声が流れ出ないようにした。

 

「アシズ、言ってたよな。『愛は最強の自在法』って。……そうなのかも、って本気で思えてきた」

 

“紅世”真正の神二柱に真っ向から戦い、どうにか出来そうな未来が近付いている。……動かしたのは、ミコトやアシズが抱いた、狂気的とまで言える『愛』だ。

 

「おまえが『帰って』来てくれたお陰だ」

 

「そんな立派なもんじゃねー。……正直見捨てかけてたし。『炎髪灼眼』のおねーさんの発破が無きゃ、こんな博打には出なかった」

 

 この世の力(フルパワー)は結局、急がねばならなかった『ラビリントス』攻略時にしか使っていない。しかし、厳しいだろう『アシズを助ける』ための計画無き作戦の中で、どれだけ力を使って見られ、[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]も兵団も世界も危険に晒すかは未知数だった。

 まだ、終わってはいない。『両界の嗣子』を生成作業が残っている。その途上では“紅世”真正の神の残り一柱、シャヘルの『神託』を回避せねばならない。アシズの願いは“紅世”から渡り来た三神全てを欺かねばならないほど、大きなものだった。

 

「『炎髪灼眼の討ち手』……彼女は、“天壌の劫火”と愛し合っていると聞く」

 

 十八年も戦った宿敵の事情だ。

 

「“天壌の劫火”は、愛した女を使命のために焼き尽くせたのか。『炎髪灼眼の討ち手』は、己の命さえ捧げて使命を全うしたのだろうか」

 

 アシズは、遠くを見つめて静かに零す。

 

「昨日までの私なら……女を死に追いやり、『死に様』に胡坐をかき自らの目的を優先させる男を、罵っただろう」

 

 死者は戻ってこない。二千年足掻き続けたアシズは、それに打ちのめされ絶望していた。

 

「しかし、おまえが戻り、おまえと話したあの時から――ティスの『生き様』が、不思議と蘇って来るのだ。……確か、おまえと旅した期間に語っていたな――『フレイムヘイズは、命を守るためでなく、命を利用してでも意志を貫くために戦う』、と。……そう、甘えた考えで戦いに臨もうとしたおまえを、厳しく叱った時だった」

 

「なつかしーな。んと……不死者がそうでない生きてるやつを、殺していいのか。んなこと大真面目に考えた、あの日だ。今思い返すと、かなりヤバい目だった。数百年も戦士として敵を殺し続けると、人間どっか狂ってくるもんな」

 

()()()()()()、ティスは素晴らしい女性だった。意志を確と握れば、狂気さえ従えられる――死への一本道も、怖くは無い」

 

 例え、『あの世』など無くティスと再会できなくとも、死への後悔も生への未練も無い。最期の数日だけでも、アシズが想い続けるティスのために、戦ったのだから。

 

「器と身の内の“王”で愛し合う。……私を殺すために別たれかけた二人を、私は救え……いいや、これは傲慢だな」

 

「そだな。原因撒いたのアシズだし、どう贔屓してもプラマイゼロだ」

 

 結果的に生き延びたかもしれないが、裏切ってしまった。()()のあのフレイムヘイズに、怒られてしまう――ミコトはぼんやり思い、心の中でため息を吐いた。

 

「ミコト」

 

「ん」

 

「ありがとう」

 

「いーよ」

 

「おまえとおまえの『愛』は、守れただろうか」

 

「本番はこれからだろ」

 

 大あくびをしつつ、立ち上がった。

 

「本番で大ポカしないよーに、半日ぐらい寝る。人間用の寝床あるか?」

 

「『清なる棺』を整えよう」

 

「テメーが入って永眠しろ」

 

 禁忌に触れた“客”を消そうとする本能を、狂気染みた強い意志で押さえつけるだけでなく保っている状態だ。少々、口が悪くなっている。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 翌日。『両界の嗣子』は、誕生した。アシズの“存在”は解け、ティスの遺体と縒り合され、二人とも消えた。

 新たに生まれ来る存在の性別は、女性。事前に決めなければならなかったのだが、誰も決断を下せなかったため、最終的にくじで決めた。名前だけは、『親』の務めとしてアシズに決めさせた。

 最後の最後で何もかもを台無しにしかねない、シャヘル()の『神託(暴走)』は、無かった。

 ただし、『怪しくて凄い自在式』の起動を本来の持ち主の目の前でやってしまったため、『フルパワー』を用いて“存在の力”消費を省いたのが見られてしまった。当然、問い詰められた。

 

「アシズとティスの念願を叶えんだ。奇跡の一つや二つ起こしてやるよ」

 

 アシズの提案通り、『愛』でごり押した。“逆理の裁者”は嫌そうな顔をして、この場での追及を諦めてくれた。

 仕上げの兵団との交渉も無事に終わり、戦は[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]が勝利して、世にはフレイムヘイズ兵団による企図防止とアシズの悪評が伝えられた。強調される『愛に狂った魔王』の風評は、戦闘組織を望んで裏切られた元構成員が出どころだが、裏で煽って広めたのはベルペオル。証拠も痕跡も完璧に隠した『いつものように』隙の無い仕事だ。こうして『九垓天秤』を逆風に置き、自分たちでは守り切れなくなるまで追い詰め、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]を頼らせるための策謀だ。創造神の暗躍を知る『九垓天秤』も、他に例を見ない新しい種の『両界の嗣子』も、隙が出来次第、監視対象に置かねばならない。

『九垓天秤』は、ブロッケン要塞を引き払う準備を進めている。フレイムヘイズの手は退かせたが、興味本位でやって来る“紅世の徒”は絶ち切れず、このような目立つ要塞にこもっていては“存在の力”がいくらあっても足りない。自分たちは、姿を隠し存在を消し他者の目から逃げ続けねばならない。

 武器やら資料やら宝具やらを片付ける彼らを見つつ、ミコトは『両界の嗣子』――イメリテの世話に専念する。隙の無い策略を実行する『九垓天秤』の皆が育児方法を学ばなかったのは、アシズが本気で望んだ『宝』ではないと察していたためだ。皆、無意識の内に他を優先させた。

 しかし、イメリテは『九垓天秤』や兄、父……もしかすると母からも、望まれて生まれた。触れれば壊れるほどの『繊細な宝物』たる新生児を、慌てふためく『九垓天秤』の間から『正しい抱き方』で取り上げた瞬間から、ミコトの呼び名は『兄君殿』に変わってしまった。世話も任された以上、アシズの『二人を丁重に扱え』という脅迫を盾に、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]との合流を先延ばしにする交渉をせねばならなかったが。

 

「好きにしろ」

 

 彼女はため息一つを置いてそう言っただけで、あっさり認めてくれた。

 

「こんなことになるなんてなー」

 

 腕の中ですやすやと眠る、義理の『妹』に向かって呟いた。

 イメリテの誕生から数日経って、気も落ち着いてきて、要塞内を散歩しようと思う余裕も出てきた。

 

「……よかったんじゃない?」

 

 おぼろげなシャヘルの声は、いつもより明るい。

 沈黙という肯定を返し、陽だまりの廊下を歩く。

 

 要塞の端まで来て、空に異物が浮かんでいた。

 

「――あれは」

 

「……『天道宮』」

 

 旧友が夢見た『天国』へと昇れる、階の一段。直下へ駆けつけると、迎え入れるように階段が作られて行った。一段登ろうと足を上げかけて。

 腕の中の赤子を思い出す。

 アシズが消滅し、『フルパワー』は去ってしまった。自分はもう、『最弱のフレイムヘイズ』に戻ってしまっている。

『天道宮』は元の持ち主に返却されたと聞いている。もしも、それが嘘なら。階の先にいるのが、アシズに恨みを抱く戦士たちだったなら。護衛を呼びに行くべきか、しかし今背を向ければ襲撃の口実とはならないか――。

 

「何つっ立ってんだ! 面倒くせえこと考えてるだろ!」

 

 降ってきたのは、戦士たちの鬨の声ではなく、旧友の呼び声。

 

「……守るべきもの、抱えてしまって……身動きしにくいの……!」

 

 シャヘルがいつにない大きな声で、応えてくれた。

 

「――あー、なるほど。じゃ俺から行くな!」

 

 数分後、板金鎧を鳴らしながらガヴィダが。その斜め後ろには、リャナンシーが軽い足音を立てて、『天国』から降りてきた。

 

「そいつが……手前(てめえ)の『妹』だな」

 

「……義理の」

 

「関係あっか。手前が立ち上がって、戦って、勝ち取った『家族』じゃねえか」

 

 この世の存在だが、人間だったことは無い。生物として定義されるかも怪しい自分が、『家族』など抱いて、良いのか。……彼女をあやす度、罪悪感のようにちくりと刺さる。

 

「色々あったけど、彼女が生まれたのは、ガヴィダが背中を押してくれたからだ。ありが――」

 

「改めて言わんでいい」

 

 兵団総大将との顔合わせを終えた後、ゾフィーにガヴィダへの手紙を託した。兵団の許可を取った上で、今回の戦の顛末(裏であった取引は無論書いていない)と、先に言った感謝と、危険な運命が定められているだろう小さな友人を頼む旨と、恩人への伝言を記した。

 

「先に済ませろ」

 

「……」

 

 リャナンシーが、小さな歩幅で進み出た。

 

「ガヴィダから、ドナートの言伝を受け取った。……私は、自分の足で歩いて、自分の力で飛んでみようと思う。……私の無気力で、多数の命が失われた。償いもする、ずっとあなたが言い続けてきた忠告も守る。それをしつつ、ドナートの思いに触れに行こうと思う」

 

「そっか」

 

 無邪気と無気力。順序は逆だったが、ミコトも『母』が生きていた頃に似た間違いを犯し、最終的に彼女を死なせてしまった。

 細々と世話を焼き、面倒でも連れ戻すために追いかけた。……自分の過去を、重ねていたのかもしれない。

 

「きーつけろよ、世の中――」

 

「優しいだけじゃない。……そして、厳しいだけでもない」

 

 話半分に流されていた小言が、リャナンシーの口から出てきた。笑みを作って、頷いた。

 

「頑張れ」

 

「そうしよう」

 

 彼女もこくりと頷いて、一歩離れる。顔を逸らし、ハルツ山地が描く絶景を見始めた。

 

「俺からは二つ。一つは『伝言』の返事だ」

 

 ミコトは顔を引き締める。

 

「『次会った時は覚えときなさい大法螺吹き!』――以上だ」

 

「……」

 

 ありがとう、すまない――これが、マティルダに(内心恐れつつ)送った言葉だ。

 

(……次会った時、襲われたらどーしよ)

 

(神威召喚してこないなら……一回ぐらい殺されていいんじゃない……?)

 

 己の不死はそう簡単に破れるものではないが、天罰神に狙いをつけられた場合は、生き残れる確信を持てない。

 

「兵団に顔出せんのは分かるけどなあ、とばっちり喰らっちまったぞ。酒飲んだ『炎髪灼眼』姉さんにさんっざん手前の愚痴吐かれて、背え押した責任あるし謝ったら『万条の仕手』姉さんにまで理詰めで責められてな」

 

 ガヴィダは大げさに、四本の肩をすくめた。

 

「あー……次会ったら、なんか作る……。そだ、寝かしてるオールド・エール――ああ十八年放置した寝かせ過ぎた!」

 

「くっそー“冥奥の環”め! ミコトの酒蔵がどんだけ手え込んでるか分かってんのか!」

 

 二人で数分罵り合って。

 

「んまあ、その十八年物のオールド・エールを貰っとこうか」

 

「……二十四年物」

 

「……まあいいや」

 

 二人で試飲すると、飲めはする味だったため、瓶に詰めて渡した。

 

「あー、二つ目は、俺の用だ」

 

 数秒鎧の後頭部をぱりぱりと掻いて。

 

「誕生祝い、をだな」

 

「イメリテに?」

 

「ああ。嬢ちゃんが、健やかに育つように」

 

 ガヴィダは振り返り、天を仰いだ。

 

「『天道宮』をやろう」

 

「え?」

 

 あれば、どうなるだろう。

 とても、助かる。彼らは隠れなくてはならない、“存在の力”を保たなくてはならない。

 

「けど……」

 

「芸術ってのは、死の際に最も輝く。いつまでも生にしがみ付いてちゃ腐るもんなんだよ、芸術家は。リャナンシーの旅にちょいと付き添って、俺は一抜けさせてもらう」

 

 死は必ずしも悲劇ではない。悲しみに固定されていないなら、遺された者も自由でいていい。

 

「ま、料理人の手前は、いつまでも『他人を喜ばす』研究をしてりゃあいい。人間に辿り着けん領域だって、あってもいいさ」

 

 お節介な旧友は、いつまでもミコトを『未熟な子供扱い』をする。“そういうの”は、もう己の哲学としてしっかり根付いているというのに。

 必要無いが、友の最期のお節介として、無言で受け取っておいた。

 

「『天道宮』、あったらみんな泣くほど喜ぶと思う。この先の困難が大体片付くから。――モレク呼んできていいか?」

 

「あの骨牛だな。……そーいえば、前会った二百年前くらい? 黒いねーちゃんと明らかにいい感じだったんだが……」

 

「チェルノボーグ? 見てる感じ……いい感じに見える以外なんも無いぜ?」

 

「……。はっ倒してやりてえ鈍感」

 

「部外者がモレクに手を出したら殺されるぞ」

 

 会話に興じている内に、赤子がむにゅむにゅと動き出した。腕の中で揺らしつつ、要塞へと急ぐ。

 引っ越しが落ち着いたら、まずは人化、それから子育てを覚えさせよう。手に余裕ができ次第『カイナ』の改造に取り掛かり、『天道宮』全体まで効果を行き渡らせればどうだろうか。襲撃の厳重警戒も緩和されたから、好きな地域を彷徨えるはずだ。欧州を離れなくていいのなら、イタリアがいい。料理先進国でいい物を食べさせ、美味い物を美味いと感じられるように育てたい。

 夢のような皮算用を弾く足取りは、軽い。生憎、無自覚だ。

 

 

 

       ―*―*―*―

     ―*―*―*―*―*―

       ―*―*―*―

 

 

 

 757回目の、誕生日。

 半年前、世界に大きな変化があって、私――イメリテ・トーテングロの誕生日の参加者は、たった二人にまで減ってしまった。

 

「はっぴーばーすでー」

 

 物心ついた時から変わらない、兄の脱力した声。両手に持って机に置いたのは、今年は日本の誕生会で多い特大ホールケーキだった。真っ白なクリームと、イチゴが数粒、私が好きな色とりどりのマカロンが飾られている。

 

「ありがとう」

 

 ローソクを吹き消す儀式は、毎年やる。三桁目になってからは、ローソクの数は三つの数字の合計となった。今年は……19本。

 757本立てるよりは少ないけど、()()はそんなに立てないくらいは知っている。けれど兄は周到で、19本でも50本でも立てて崩れないご馳走を用意する。去年までは他に七人が参加し、内食べ物を味わえる六人と私たちを足した計八人で、ご馳走を分けて食べていた。

 

「今年から二人だけなのに。こんなに大きなケーキどうするの?」

 

「問題ない。冷凍保存前提で作った」

 

「だよねー」

 

「保存日数によって味変するんだぜ?」

 

「また変な技術仕入れてる」

 

 誕生日パーティーは、去年までは私の『故郷』とも『生家』とも言える、『天道宮』でやっていた。

『天道宮』は、私と兄以外の家族を乗せて、新世界へ旅立った。だから、二人しか、もういない。

 

「今頃『向こう』でも、イメリテの誕生日パーティーやってんだろな」

 

「やってそう」

 

『向こう』とは、“紅世の徒”の神様が新しく作った、『無何有鏡(ザナドゥ)』と呼ばれる世界。“存在の力”の消耗も無く、“紅世の徒”から隠されて育った私は、元の世界に残った。そうじゃない、特に六人の家族はとても残りたがってたけど、何か月も家族集合会議を開いて相談し、結局別れることになった。

 

「……今年のマカロン、去年とそんなに変わらない。……忙しかったみたいだし、仕方ないか」

 

 食文化に詳しい兄は、毎年違う国の誕生祝い料理を作ってくれる。でも、小さい頃からの好物であるマカロンだけは、固定で作ってくれた。

 

「甘いなイメリテ。それは冷凍後に真価を発揮するマカロンだ」

 

「むっ。……そっか、このコーヒーに似た苦みが、何かに変化するのね?」

 

「明日までのお楽しみだ」

 

 私は、とても大きな騒動の末、生まれた。隠されて育てられ、自衛の術を叩きこまれ、一般常識や放浪する上での知識を学んで――ニ十歳になって、『天道宮』から巣立った。毎年誕生日には全員で集まろう、そんな約束をして。

 初めの内は、夢中で無限に広がる世界を見て行った。どれだけ歩いても果てが無い世界を、驚きや喜びの中旅をした。

 数十年後、私はお菓子作りの勉強を始めた。毎年味わうマカロンが……家族ってフィルター抜きで、世界一()()()()()()()()()()()()()美味しいと、確信したからだ。

 兄の料理好きは、ずっと知っていた。料理好きどころか、世界中のどのシェフよりも上なんじゃないかと疑って……誤魔化された。それが悔しい――というより、気に食わなくて、私の好物くらいは兄より美味しく作れるようになろう、と決めた。

 

「んー、めっちゃ旨い。甘い中に味蕾数粒分だけ感じる辛味。これ、北アフリカで最近流行ってるスパイス……あれだ、アズラク。分量は砂糖に対して二十分の一、と見た」

 

「……正解」

 

「いやー、俺には出来ねー発想。流石天才」

 

「ミコトに言われてもそんなに嬉しくない」

 

 私が兄の『最高の』マカロンを食べつつ、兄に私が一年間研究した成果を食べてもらうのも、毎年恒例。毎年褒めて、天才とか言ってくるけど……兄もみんなも私のマカロンの方がおいしいって言ってくれるのは、家族フィルターがあるからだって、分かってる。

 それを超えるには、どうすればいいか。……兄は、この先は深淵だ、なんてかっこつけて誤魔化す。

 

「……イルヤンカ、メリヒム、モレク、チェルノボーグ、ジャリ、ウルリクムミ。六人は、『天道宮』から出て自由になれるから、いいけど」

 

 イルヤンカは、私にとっては、頼れるおじい様。家族の中では(実質)一番の長老で、困った時に――特に、心の悩みの相談では――最も頼りになる。

 六人の中では唯一母の顔を知っているようで、私の顔は母似だけど、優しくてちょっと意固地なところは父親似、だと教えてくれた。

 

 メリヒムは、やんちゃな兄。好きな人を……女の目から見てちょっと気持ち悪いくらい、追いかける人だ。もし近くにいると分かれば、“存在の力”持ち出しの申請を即座に取って、会いに行っては勝負を仕掛ける。本当は命を懸けるような戦いがいいらしいけど、それは無駄遣いになるからと禁止なので、多種多様な勝負(ゲーム)を持ちかける。

 初めの内の勝率は(事前にルール研究するから)高いけど、数を重ねれば最終的に勝利数を逆転されるんだって。そういうのを、私が生まれた700年前から繰り返してる。

 旅先でマティルダさんに会うと、本当に頭が上がらない。何度も頭を下げると、あの人は笑って許してくれて、ヴィルヘルミナさんやティアマトーさんも含めて女子トークに移るのがいつもの流れだ。この時のアラストールさんは、ちょっと居心地悪そう。

 

 モレクは、いざという時にしか頼りにならない家長。チェルノボーグは、普段からしっかりしてる姉。私の年齢が三桁を超えたあたりで、いい加減二人をくっつけようと家族ぐるみで計画を立てた。二人とも、心理的に誘導する作為にも物理的にくっつかせる罠にも、異常なくらい聡くてほぼほぼ引っかからなかった。

 百年失敗し続けて業を煮やして、私が二人を前に並べて『首領命令』を出した。『恋愛の意味で好きな相手を言え』と。ここまでしてやっと、二人とも『そっち方面』での意識を始めた。ここ百年は、二百年前くらいに流行った青春小説に出てくる初恋のカップルみたいな青臭い恋愛をしている。この進みの遅さは、寿命の無い“紅世の徒”にしても異常だと思う。

 

 ジャリは、一見分かりにくいけどコツを掴めばとっても分かりやすいひと。独特の話し方で、何を伝えたいのか分かるまでは、百年近くもかかった。ある時、きっかけなく、すっと『何が言いたいのか』を感じられるようになった。

「肌を入れる前の綿花を思わせ!」「星の海の先には何があろうか!」「算術の明確さはあなたの役に立ちましょう!」――数十年かけて『ジャリ節』(私が名付けた)を少しだけ身に着けた。これはジャリの性格を表現したもの。

 ジャリと『ジャリ節』で会話をした後、語彙力が上がったと報告した時が、私が知る中で一番嬉しそうに喋っていたジャリだ。

 

 ウルリクムミとは、少しだけ苦い思い出を共有している。

 大きな体と大きな心、隣に寄り添う時の安心感、誰よりも前に行く勇気。何よりも、『天道宮』に植えられた小さな花を見る時の、切なくて優しくて哀しそうな横顔に……十三歳のころ、燃えるような感情を抱いた。イルヤンカに、これは『恋』なのだと教わった。とても慌てるだろうから『他のみんな』には秘密だけど、ウルリクムミには打ち明けてみていいかもしれない、そう助言してもらった。

 結果は、壮絶な玉砕。私が好きな通りの誠実さで、私が好きな通りの真摯さで、『まだ好きな『ある女性』を忘れられないから、百年後もまだ同じ想いなら、また来てくれ』と拒まれた。その日は彼と彼の想い人、()()()()()()()()()私をけしかけたイルヤンカも、恨んだ。恨み疲れて、少しだけ落ち着いて、だけど気になって、諦めるからその『好きな人』のことを教えてとせがんだ。

 私の父を慕って集まった、大勢の“紅世の徒”。最盛期の組織と比べれば、なんてことも無い数だけど、“喰らわず”“乱さず”“残る”決断をした少数の“徒”がいたんだって。そのまとめ役が、花のような『彼女』。父の威光は没落し、多方面から買ってしまった恨みから、“徒”からも討ち手からも狙われたそうだ。“喰らわない”なら力も出せない、全滅するまでそう時間はかからなかったみたい。『彼女』たちは、狂った挙句に散ったと伝わる父の『本当の姿』を、この世に少しでも遺したかったから“紅世”に帰らなかったそうだ。

 ――知っている者が憶えていればいい、ウルリクムミのそんな説得も、『最期までお供出来なかった償い』なのだと振り払われた。……これが、私が惹かれて好きになった『哀しさ』の、正体だった。

 花を見ると『彼女』を思い出し、死んでいった仲間たちも思い出すから。ウルリクムミは、長い時間を貰えたのだからもう少しゆっくりしたい……そう言って謝った。

 絶対に百年後、もう一度迎えに行くんだ。――十三歳の私は、そう意気込んだけど……百年も経つと、たくさんの人々と知り合ったり触れ合ったり心を重ねたり、色々したから。

 百十三歳の誕生日パーティーの後の夜、彼の隣に座って一番心地好い瞬間とは、彼が昔を振り返り、今『娘』として成長した私を見ている時なんだって、気付いた。燃えるような恋心も落ち着いてしまったから、素直に受け入れられた。そう打ち明けて、『家族』に戻ろう……吹っ切れて清々しい気分のまま諦めの言葉を告げると、嬉しいのか哀しいのか切ないのか悔しいのかおかしいのか……なんとも言えない表情で笑ってた。

 ウルリクムミとは、そんな甘酸っぱい思い出を、共有している。

 

「ミコトが残るのは、いいけど。……シャヘルは、よかったの?」

 

 六人と、兄。最後の家族は、兄のパートナーのシャヘル。彼女は『無何有鏡(ザナドゥ)』へ渡った。

 兄は、フレイムヘイズのはず。……なんかおかしいのは知ってるけど、分離できる理屈は無いはず。

 

「彼女は、絶対『向こう』で必要になる」

 

 確信に満ちた言葉。どうやって何をしたのかを問い詰めると、『向こう』へ送るために少々無理をした、とだけ答えた。

 兄は、私たちと七人の家族が別れる起因となった新世界創造に、深く関わっている。

 元々、それを行った創造神の組織[仮装舞踏会(バル・マスケ)]とは、持ちつ持たれつの関係だったらしい。でも二百年ほど前に『ある計画』を止めて、代替案の模索と準備で本格的に深入りした――断片的に、そう聞いている。

 

「世界を創れる力があっても、『この世』を創るには()()()()()()んだ」

 

 不味くなるからと、ケーキを冷凍庫に入れた後、兄は語り始めた。

 

「人は死んだ後、どこへ行くか。通り過ぎた過去は、どこに溜まるのか。人が人として生まれる理由、未来に為す可能性……命とは何か、この世に神はどれだけいるのか」

 

 自在法は得意な方だけど、兄が言ったことの答えは分からない。

 

「創造神は知らないし、俺だって分からん。知らないもんは作れねーし、表面だけ繕ってちゃんと動くとは、とても思えん」

 

「……『無何有鏡(ザナドゥ)』は、不完全ってこと?」

 

 神妙に頷いた。

 

「けど、『無何有鏡(ザナドゥ)』は()()()じゃない。創造主はみんなの願いと真摯に向き合える『親切な』神だし、そいつが好き勝手したら叱ってくれる神もいる。シャヘルは、何が足りないかを見極め広め、願いの種にする役目がある。この世じゃないんだから、この世に来れなかった“紅世”の神も参入するかもしれない」

 

「世界創造は、まだまだ終わらない?」

 

「そ」

 

 熱い紅茶をすすりつつ、柔らかく笑った。

 

「めちゃくちゃ忙しいだろーけど。みんなでもっといい『世界』を創ろうって、なっててほしい。……楽しいだろうから」

 

「……そうだね」

 

 その中に……生き生きと“紅世の徒”の中に復帰する、家族たちがいればいいな、と思った。

 

「ミコトは?」

 

「これから?」

 

「そう」

 

 この世に残ったのは、復讐も戦いも終えたフレイムヘイズや、この世が好きすぎてどうしても引っ越し出来ない“紅世の徒”。

 どちらの理由でもないし、なんならどちらの存在でもない気もする兄は、これからどうするのだろう。

 

「もーちょっと『仕事』が残ってるから、それの片づけ。……新世界のお陰で凄く落ち着いたから、今までより楽だろうし、そんなにかからんと思う」

 

 それが終わったら、そろそろお別れかな、なんて言う。

 兄が言った別れとは、死だ。近い内に私は一人になるらしいけど、寂しい以上に取り乱せるほど、未熟でも若くもない。

 

()()誤魔化して、一人でやるつもりなんだ」

 

 教えてくれないことだけに、不満を言った。

 

「片付く目途が立ったら言うから。それまではまた、誕生日パーティー開こうぜー」

 

 やっぱり。肝心な中身は言わず、そうするとしか言わない。

 わざと変な顔を作って、舌を出す。苦笑しつつ頭を撫でる細い手は、私が小さな子供だった時からずっと変わらない。

 

「イメリテは?」

 

「少なくとも、ミコトが()()()までは居ててあげる」

 

 ちょっとだけ意地悪を言う。兄が何かを抱えて一人で頑張れる原動力は、私なんだって知ってるから。

 

「その後は、その後決める。もうちょっとお菓子作り極めてもいいし、他の料理を勉強するのもいい。料理に限らなくても、面白いことはたくさんあるから……物作りとか。あ、建築とかいいかも、『天道宮』パートツーなんて楽しそう!」

 

 夢に描いた何かが、楽しいまま終わることは無い。途中で、失敗も、苦しいことも、驚くようなことも、たくさん起きる。

 でもね、私は。そうしたい、って思ったことを、誰かに阻まれて諦めなきゃいけなかったことは無い。まずそうしてみて、続けるか決めて、どこでやめるか、最後までやり切るか――全部、自分で決めて、生きている。

 これがどんなに幸せか、分からないほど未熟じゃない。『両界の嗣子』なんて、世界中から指さされ狙われて利用されかねない生まれに、邪魔されたことは無い。

 

 私を生むために、たくさん誰かが死んで、たくさん誰かが泣いた。都市が一個丸ごと消えた事件を起きたのも、私のため。

 そうして生まれた私は、私の人生を生きる。罪深い存在とは思うけど……何より、そうしてまで私を愛した家族のために、私自身は“幸せ”に生きている。

 

 私は、生まれた時から、自由だ。

 これからも。

 この自由は、私を愛してくれたみんなからの、贈り物だ。

 

 

―*― NORMAL END 空の鏡 ―*―

 




 もしもマティルダがもう少し酒豪だったら → 頭脳王頂上決戦が始まり『両界の嗣子』が誕生し、最終的に『無何有鏡(ザナドゥ)』が創造されます

 大戦期にアシズとミコトが和解したらどうなるんだろうと考えてたら、唐突に『無何有鏡(ザナドゥ)』が生まれるルートが湧いてきて驚きました。[仮装舞踏会(バル・マスケ)]と『この世の世界法則』はめちゃくちゃ相性が悪くて、ティスに育てられ『かなり“紅世”への好感度が高い』ハートフルルートのミコトとどっかでかかわりを持たなければ、『虎の尾』を踏んで破滅します。
 ミコトはただの“徒”扶助組織だと思っていた[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の正体が、世界創造を企むラスボスと知れば気になって会いに行きます。[仮装舞踏会(バル・マスケ)]は『最弱のフレイムヘイズ』と喧伝しているミコトの正体が、唯一表出している『この世の世界法則』の窓口と見破れば接触しに行きます。
 どっちかが接触しに行って相手側が一定以上評価すれば、関係が始まります。しかしどっちもめちゃくちゃ隠しているため、このタッグ結成は特別な理由が無いと難しいのです。『異伝』世界では無理かな、と半ば諦めていました。
 200年前の『ある計画』とは『零時迷子』関連のやつで、早めに知ってめちゃくちゃ必死に止めて、ベルペオルも聞き入れます。代替案の用意で、『無何有鏡(ザナドゥ)』創造は西暦2200年代くらいとなります。

 [とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]に『両界の嗣子』を生ませようと色々考えると、原作登場“紅世”真正の神3柱と戦い同時に勝たないといけない可能性が見えて、笑いました。
 兵団に勝つには天罰神から見逃されることが必須なので、フレイムヘイズ討滅対象の条件から外れた上で政治的に勝たねばなりません。
 [仮装舞踏会(バル・マスケ)]の妨害を突破するには、まず『大命詩篇』を狙っていることに気付くところから始めねばなりません。やっぱり力で勝つのは不可能なため、政治的に勝つのが必要です。
 これは個人の結論ですが、アラストール対策に『両界の嗣子』誕生を隠せば、『導きの神』に盛大にばらされる危険もあります。絶対ではないですが、あってもおかしくないくらいの確率だと見ています。これの対策には、『導きの神』の眷属全てに見られなければOKなはずです。
 ということで、原作時空で『両界の嗣子』を生み出すには、リャナンシーに全面協力させてモレクを死ぬ気で守って書き手がバリバリに補正を効かせれば、行けそうです。原作でモレクが最後までリャナンシーに声掛けしてたのは、実は極僅かに残った勝利の可能性への道筋だと分かり、凄く驚きました。この宰相できすぎる。

 最後に。絶望から逆転した[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]のメンバーに、どうしても表彰したい方が3名。
 モレクには【MVP賞】を。文句なしです。
 アシズには、勝利の決め手となった置きメリヒムやベルペオルすら震撼した狂人演技から【アドリブ大魔王】の称号を。(元々アシズは、契約者の死から消滅までのわずかな時間に、人喰って“紅世”経由せず再召喚するなんてトンデモ術を実行出来るアドリブ力の高い人でした)
 最後に、全ての騒ぎを余さず聞きながら、表情一つ動かさず寝たふりをやり遂げ、熱く見つめるヴィルヘルミナに一切合切を悟らせなかったメリヒムに、【頑張ったで賞】を。(イルヤンカの発言から、出来なくはないけどこういう腹芸は本業でない模様です。それを完璧にやり通すのは、得意分野での活躍よりも凄く難しいので……)

 IFルート読了ありがとうございました。
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