宙の心臓は、ミコトを連れて南へと向かった。フレイムヘイズとしての力で雪原を渡るのも可能だが、彼はミコトの庇護者ではないと唱え、それを良しとしなかった。
一人の旅路で経験した凶悪な寒さから逃れられ、心が軽い。
「他の地域の『使者祭』はいいのか?」
数村が合流する祭りだが、遠くでは別の村々がそれを開いていると聞いた。
「そう空けてはいない、来年に回そう」
長くて十年の間隔で、今回は五年だった。他の『使者祭』もそれなら、特に問題無いのだろう。
「今現在、我らの大地にて
そんな方針を伝えられ、ミコトにはどうしようもなくなれば引き受けるという言外の保証も含め頷いた。
「先んじて、戦法を申せ。自在師の様だが、固有の術は」
どこまで言っていいか少しだけ考え、不死さえ黙っておけばいいだろうと軽く結論付けた。
「敵の“存在の力”を奪う。例えば炎弾なら、着弾時私を破壊しようとする意思を起点に制御を転換し、別の自在法に組み替える。多くの“徒”は対処も抵抗も技術的に不可能なため、討滅と“存在の力”奪取を同時に行える」
鏡の宝具を出して、それと連動した空間から剣も引っ張り出す。
「補助として、この宝具二つを使う。剣は“存在の力”を斬る効力で、傷から安易な自在法と構成への干渉が可能となる。鏡は“紅世の徒”を引き入れられれば存在分解を手早く行える他、“存在の力”の保管にも使う」
“紅世”の者らは炎や体術など、物理的な力で戦うのが一般的だ。このような存在自体を綱引きに持ちかける戦法は、案を出した『棺の織手』二人からミコトくらいしか選ばないだろうと言われた。他に誰も使わない珍しい戦法は、対抗策を講じられにくくはあるが。
「“紅世の王”は存在構成も自在法も強固で、私では干渉できない。だから“王”が相手では勝つのも抗うのも、出来た
そんな、致命的な欠点を抱えている。
「成る程。……干渉と奪取、どちらも“戦う相手”が在ってこそのものだ。もしや、『炎弾が苦手』と申すのは」
「内から外へ向かう“心の強さ”が無いからだと、推測された」
そんな根本性質から、欲望の具現化と言い換えてもいい『自在法構築』は、とても苦手だった。既に定まった自在法の再現なら可能だが、結果から逆算するオリジナル自在法の構成は成功したことが無い。
「“王”とは勝負にならぬ訳だ」
「“王”と会ったら逃げろと言われた。察知と離脱、共に叩き込まれた、が……」
顔が曇る。あの大敗では、こちらが気付く前に目を付けられ逃げる余地を潰され、終わった。
宙の心臓は、特性と問題点を呑み込み、静かに頷いた。
「勝てぬ相手に勝てぬまま挑むのは、愚。逃走は正しい。しかし、逆転の条件を内に持つと持たないでは、手段も生存率もまるで違ってくる」
そんなミコトでも、“王”に勝つ手段はあるのだと。
「『使者祭』にて、汝は我から“炎を奪取し構成を完全に塗り替えた”。これは我が、汝がそのような真似をするなどと考えず、微塵も備えなかった故の物。このように、どれほど強大な“王”や討ち手でも、隙が生まれれば技で覆せよう」
不意打ち。確かに、保持から気が逸れた『清なる棺』を“利用した”記憶がある。
「生じた隙から干渉を割り込ませる技術は、現時点でも最上級と判断するが、この先も徹底的に磨き励め。絶対的な力こそが強さの戦いでそれを持たぬ汝は、如何に技を極めようと強者にはなれぬ」
技に驕らず、油断するなと。自分が強いと思ったことは無いが、改めて胸に刻んだ。
「そして、隙を窺う目と生み出す手。これらは、ただ
数百年を激闘の中生き残る者らは、その確かな理由を持っている。不死にかまけていい加減に生きて戦っていては、力の無さなど関係なく体得できない底力なのだろう。
「敵に隙を生み出す、最も安易かつ確実な手段は、複数で戦うことだ。他の
自らの“弱い気配”が運ぶ好機は、ティスとの共闘で何度も世話になり、有用だと自覚もしている。
「そして。汝が他の戦士を味方として頼むのは、容易ではない。彼らは個の復讐心を拠り所に戦い、敬意を払うのも強き者に対してのみ。汝の技なら興味や敬意を引くのも出来ようが、手の内が広まれば汝自身の戦いに支障が出る」
そうだろう、と思う。
復讐鬼として生きるフレイムヘイズとは、一度だけ会ったことがある。絶対に負けられない復仇戦でさえ、最後までティスの保険としての手助けを拒もうとしていた。
個人の戦いを終え使命に生きたティスも、ミコトを独り立ちさせようとしていた。“復讐が餌の使い捨て道具”として揶揄され、それを乗り越えられる強者は、
「フレイムヘイズは余程でなければ共闘を選ばない。余程があったとして、共闘相手として私を選ぶ理由は無い」
「その通り」
ティスや宙の心臓に保護され、安全に戦いの腕を磨く機会を得られるこの状況こそが、異常なほどの幸運だ。いつまでも甘んじてはいられず、これを終えた後には同じ幸運はやって来ないと考えるべきだ。
「汝に、一つの術を伝授する」
懐から、また皮を取り出して広げた。“存在の力”がこもっていないため起動はしないが、自在式が描かれている。
宙の心臓は口を開きかけて少し黙り、言う。
「どのような効力か、推察できるか?」
恐らく言葉を変えたのだろう。皮にも己にも、“存在の力”が無い。その状態で未知の自在式の効果を言い当てるのは、かなりの難問だが。
「やってみる」
宙の心臓の視線を感じつつ、自在式を読んでいく。
自在法の解読では、“紅世”の戦いや事象の中では例外的に『知識』が要求される。ミコトの場合は生まれの特異さから、込められた“存在の力”の変容具合でほぼほぼ把握できる。しかし、そうでない“普通の者”らは、似た形の式を知識や経験などから手繰り寄せ、そこから効果を推察する。
解読手段としての自在法が封じられているなら、その『普通の方法』で言い当てるしかない。
「戦闘用ではない」
皮に刻まれた自在式は、緻密かつ初見の形式ばかりだ。起動が難しく、しかしそれを補助する加速機能は皆無で、省略すべき遊びも無さそうだ。戦闘で必須の『即効性』が度外視されているため、他者に教え広める自在法なら戦いで使うために編み出された物ではないと判断できる。
「単純な、身体など戦闘力強化の効果でもない、はず」
それぞれの系統に必須の機能を探し、無いと確認しては候補から外し、消去法で絞っていく。
最終的に、『人間の記憶を中心に置き、それを何か別の形に加工して、一定範囲に広げて何らかの効力を浸透させる』とまでは、読めた。
「それが限界か」
宙の心臓は、金糸雀色の炎を指先に灯した。かなり少量だが、この“存在の力”を使え、という意味だ。
短く礼を言いつつ、初対面時の一件を思い出し一応許可を取ってから“奪い”取り、式全体に流した。
「……これは」
自在式が“存在の力”に感応し、小さく脈打った。
文字群こそ初見だが、とてもとても“よく知り馴染み深い”機能だった。
「人間が感じる欠落から歪みに干渉し、局地的な歪みを世界全体に均す。更に記憶から欠落前の情報を引き出し、それを基礎に歪みによる傷を緩和させるのか」
「……。その通り」
歪みへの干渉方法に、こんな手があったとは。機能を読み解き未知でなくなった部分を夢中で辿るミコトは、宙の心臓の不自然な間に気付かなかった。
「五百年前のとある戦を機に、我らは歪みそのものへ接触し、それをある程度繰るための理論を構築した。豊穣なる大地を守りつつ、体系化及び普遍化を目指し編んだのがこれだ」
フレイムヘイズが直接的に歪みを緩和させ歪みによる破綻を遅らせる、今のところ唯一の自在法だ。気を取り直したように数百年の成果を誇る宙の心臓は、普段よりかなり饒舌だ。
「扱いに難があり、固有の自在法との組み合わせが正常起動の近道という有様だが……ゆくゆくは大災厄の回避、更には人間の存在変換を、防止――」
深い集中の下で式を見入るミコトに、何か、違和感を覚える。宙の心臓は、消え入るように理想語りを止めた。
“存在の力”を練り自在法を使おうとしているのではない。フレイムヘイズらしい貫禄が突如発揮された訳でもない。
(御憑神よ。この……“紅世”とは異なる、気配……?)
例えば、人間時代に“どうしようもない”災害を目の当たりにし、無言で膝を付いたその時のような。
言葉に無理やり置き換えるなら、畏怖。
(恐らく。我らが垣間見て、退きし、この世の秘めたる核――)
見てはいけない。至ってはいけない。そう直感し、深く踏み入らず、立ち去った領域。
(同質、か?)
『それそのもの』ではない。しかし、片鱗だ。
(そのようだ)
この未熟で、しかし変則的に卓抜したフレイムヘイズの謎は、解くのも踏み込むのも『許されない』。好奇心や理屈、使命感――それら全てを、ただの勘で押さえつけた。
このまま放っておけば、何が起きるか。何も分からないが、正体も知らないまま
「ミコト」
選んだ言葉は、相手の名。宙の心臓にとっては珍しい種類のものだった。
「――――?」
「すまない。歪みの緩和という、フレイムヘイズの使命に直結する素晴らしい自在式に、集中し過ぎてしまった。……何か、話していたか?」
「……大したことではない」
ほぼ感情を読み取れない宙の心臓から、安堵を受け取る。首を傾げつつ、視線を自在式から彼へと戻した。
「このような見事な自在法を、私が使っても良いのか?」
「逆だ。積極的に用い、広めよ」
宙の心臓は少しだけ視線を下げる。目は懐に収める、ミコトの神器に向けられていた。
「凡その完成時、神託を待ったが……導きの神は格別気に召すことはなかったらしい。――どのような基準で、神託を選んでいる」
少量の恨みがましさを受け、勾玉を出した。何度かつつくも、シャヘルの反応は無かった。
「まあ良い」
つついたり揉んだり振ったりしているミコトを、止めさせた。
「復讐の旅を終え生き様に惑っている者や、腕の良い自在師、これの噂を聞きつけ訪れた戦士――修めるに値する動機を持つ者と行き会えば、伝授している。汝が読んだ通り、起動し得る自在師は極僅かだ。
ミコトは新しい名前を記憶に刻みつつ、黙って頷き続きを求める。
「絶対数の微小さ故、広がりは悪いが……希少さと重要性により、『調律』の概念を知る者なら『調律師』を丁重に扱うだろう。使命の名の下、汝を“紅世の王”から守る、或いは共闘する理由になる」
宙の心臓は、ミコトに『調律師』として世界を渡り歩け、と求めているのだ。
ミコトにとっては、誰かと共闘するきっかけや理由に出来る。宙の心臓にとっては、『調律師』が増えてこの自在法が広まる礎に出来る。
双方、損は無い。
「修め得れば、汝は『十四番目』となる。……先に修めた十三人にもこの自在法の流布を求めた故、『調律師』の数はもう少し多い、と願っているが。“『焦沙の敷き手』の弟子たる『調律師』”を名乗れば、少なくとも『同門』の者らは、汝を手助けするだろう」
世界中に広め普及させると考えれば余りにも少ないが、『兄弟子』が十三人も出来るらしい。その末尾に加えられると思い、ミコトは胸が高鳴った。
「汝の場合、修得に手古摺るなど無かろうが……歪みに干渉する故、正しく扱わねばならぬ。我が手本を示す故、使用は爾後とせよ」
この『調律』を悪用すれば、歪みを増幅させることも可能だ。少なくとも『自在法という手段で歪みへ接触する』術を覚えたミコトは出来る。
「汝との行脚は、“王”相手の立ち回り方や他者との連携方の確立と、『調律の自在法』修得を絶対の目的とする。それらを終えれば、故国へと送ろう。――『日の出の島』は、悪霊も戦士も未だ少ない。戦士として技を研ぎ澄ませつつ、数年は人間としての経験を積むが良い」
確と、地理を理解せよ――宙の心臓は、ついでのように加えた。
―*―*―*―
宙の心臓が守護する『豊饒なる大地の大陸』は、隣の大陸と比べて『“紅世”の戦場として』かなり穏やかだ。死んだ者も含む全てのフレイムヘイズの中で、確実に片手の指に入る強大さの宙の心臓が、その名と共に『この大陸の守り神』であることを高らかに謳っているからだ。
“王”であってもまず勝てないフレイムヘイズが睨みを利かせていても、“紅世の徒”は現れる。彼らが何よりも優先させる『個の欲望』が豊饒なる大地へと向いた結果――もあるが、多くは宙の心臓の情報を持っていない者だ。荒れた『両界の狭間』を渡って“紅世”へ帰還する“徒”は、ほぼフレイムヘイズとしての器を失った“王”が占めている。これは、捕食者たる立場の情報を持ち帰る者が滅多にいないことを意味している。
そんな、捕食者にとっての危険地帯と知らずに現れる『新参者』を、宙の心臓はほぼほぼ一人で狩っているそうだ。『使者祭』にてアガシコックらに渡した自在式を用いて、大陸に散る大きな集落を網羅しているらしい。
「『大地の守り神』か」
「そう称えられはするも、既に成り立っておらず、破綻している。……悪霊もトーチも存在せぬ歪みと、度々行き会うのだ」
ミコトは無言で宙の心臓を見上げた。討滅すべき“紅世の徒”が大地の民を喰らい、影すら感じ取れない内に逃げ去った――恥を告白した彼から、悔やみと苦みの感情が漏れる。
豊饒なる大地はどれだけ広いか、まだまだ想像もできない。いくら強大でもただ一人のフレイムヘイズが守るには、大き過ぎる――北西の雪原から歩いて旅して、改めて感じた。
「これまでは遠くを掴む目と力を届ける手を鍛え上げ、辛うじて保って来たが……限界を越え、既に久しい。悪霊もだが、人間も徐々に増えつつある。――悪霊が蔓延るは、人が生き活動する場所で、該当箇所は時代と共に増加している。それこそが人の営みなのだから、その流れに我々は干渉してはならぬ」
フレイムヘイズは人間社会に干渉してはならない。ティスから一度だけ聞いたその大原則を、ミコトも特に疑問に思わず字面の通りに呑み込んでいる。
この大陸で『神』として活動する宙の心臓も、その気になればもっと直接的な支配や強力な影響で君臨出来るはずだ。そうなれば、敵対しがちな部族がまとまり、まとまれば繋がりによる情報網が発達し、“徒”討滅の手間もましになるだろう。しかし、
「人が増えれば守り切れなくなる。当然の帰結だが、難しい。……どうするつもりだ?」
「さて、な」
先人に答えを訊ねることにより、安易なる問題解決を図る若者には、濁した返事を投げておく。彼が解決すべき問題でないのだから、答えではなく悩み考える経験を与えた。
「同志を増やす」
数秒後、ミコトは正答に辿り着き。
「最も地に足の着いた結論だ」
そう、評価を下した。実際、宙の心臓も『それ』を準備している。
口を開きかけるミコトに被せるように。
「汝の力は借りぬ」
「……」
そう言って、先んじて提案を封じた。
宙の心臓はミコトと少し話して、『異様な純度の無私と奉仕心』を感じ取っていた。彼はやれと言えばやるだろうし、真摯に役割を果たしてくれるだろう。更に、託す相手が
「この大地に生まれ、育ち、力を求め、戦う意志を己に定めた者に、託そうと思う」
力の有無や得体の知れなさとは関係なく、『異国の若者』に自らが誇る大役を任せる、或いは縛る気は無い。
宙の心臓の確固たる信念を読み、ミコトは大きく頷いた。
―*―*―*―
宙の心臓の旅の共を始めて、数十日が経った。
大陸を南進したお陰で、冬が深まっても気温は心地よいくらいだ。
「この様に、南北縦断は太陽の力の影響を明確に感じ取ることが可能だ。南へ行けば暑くなるのは汝も知るところだろうが、しかし。我らが『大地の心臓』と呼ぶ地以南は、南へ進むごとに寒さを増す法則へと変化する」
「南へ行くほど……寒くなる?」
「そう。この大陸の最も南ならば、かの地の夏が『大地の心臓』の冬以下の寒さとなる。汝が歩いた雪原よりは穏やかだが、無策で渡ろうとすれば間違いなく凍えるだろう」
素直さと賢さと真面目さと無知が高純度で重なると、予測の遥か斜め上の行動に出て混沌なる結果が生み出される。たった数十日で嫌ほど味わった宙の心臓は、己にとっての常識が思考に乗り次第口にして、片っ端から知識を与えていた。
(これでも先達がいたのだから、ある程度の学習は終えているはずだが……)
(汝の読み通り、かの者らならば)
(……。将来に期待を持てるだけ、いくらかはましか)
ミコトが世話になったという、先輩フレイムヘイズ。時折漏れ出る断片的な情報から、もしかすると『彼女たち』なのではないかと見当をつけていた。亡くなっていることだけははっきりと告げられた故、察する以上には踏み込まない。
彼女らとは、戦友と呼んでも差し支えの無い間柄と、宙の心臓自身は思っている。しかし、彼女らが死んだとして、何かが出来るほど深い関係ではないとも思っていた。彼女らが“遺した”未熟なフレイムヘイズを、最低限戦場に立ち身じろぎできるくらいには仕上げる――それが精々だと。
余りにも大きかっただろう存在
ともかく。宙の心臓が知る『棺の織手』は、戦闘及び使命感に於いては恐ろしく頼もしいが……それ以外の、例えば日常会話などでは、恐ろしいまでに他者を振り回していた。
「南が、寒い……豊饒なる大地の祖霊の力か……? 確かに神秘的だ……」
「いや、この世には『緯度』という概念があり、周を含む隣の大陸も――」
言葉を途切れさせた。
「“紅世の徒”か」
「理解できるか?」
「宙の心臓の能力は、炎及び風。各集落に渡した自在式が発動すれば、『印』が空を経由して宙の心臓へ向かう。遠距離を渡る自在法を拾うため、空には常に『印』専用の感知を展開させており、反応を拾えば辿り着いた僅かな『印』を極大化させ、方向や距離、どの集落の物か、人は喰われたか――そのような情報を入手する。今回は南南東へ歩いて……十日の距離。現地から『印』がやって来るまでの時間は……三十分前後? 至急という情報が含まれていることから、恐らく襲撃及び捕食が行われた」
これまで宙の心臓は、ミコト相手にほぼ手の内を明かしていない。警戒してのものだけでなく、主に教育のためだ。道中で困難が起きれば“存在の力”を渡し、己は見守り彼だけに対処させた。無知から来る非効率や回り道こそあれ、助言以上の手助け無く最終的に解決まで導いていた。
何度も突き付けられ目を見張っているが、やはり。自在式の構成を除く“存在の力”への適性は、熟達のフレイムヘイズや“紅世の王”でも勝負にならない、化け物クラスだ。
「現地へ急行する。到着は約一時間後――戦闘、追跡、共に汝に当たってもらう」
ミコトの無表情はいつも以上に固い。小さく頷き、手を引かれ空の道へと導かれた。
―*―*―*―
狂乱と恐慌の渦中にある集落を落ち着かせるため、宙の心臓は“太陽神”として人々の中に残った。金糸雀色の炎に紛れるようにひっそりと降ろされたミコトは、状況や感覚から拾えるあらゆる情報を頭の中で精査しつつ、捕食者たる悪霊を追う。
(喰われた人数は……四名、多くはない。気配の残滓からも、意識した偽装でない限り“王”と呼べる統御量ではない)
まだ何も始まっていないが、安堵の息を一つ吐いた。
(襲撃に使用した自在法は、炎弾のみ)
焼け跡だけを見れば、威力も規模も特別注意するほど巨大ではない。討滅すべき“徒”の戦闘様式は何一つ見通せないが。
(宙の心臓がいる)
集落の巨大なフレイムヘイズの気配で、ミコト自身の気配はすっかり埋没している。更には空を通じて彼の視線を感じるが、これを当てにしてはいけない。この戦いでは、一人で生き抜けることを証さねばならないのだから。
(“徒”は戦闘準備をしている)
襲撃地から歩いて一時間ほどの距離まで近付くと、気配隠蔽の自在法が展開する『気配』を感じた。“普通に”隠れられているが、違和感を覆うための“歪みの欠片”が点々と落ちて、それを見失わず捉えられている。足跡のようなそれはじりじりと集落へと接近しており、宙の心臓と戦うのか偵察に留めるのか、どちらにせよ一目散に逃げる様子は無い。
宙の心臓の庭と知らず大地へ踏み込んだ新参の“徒”――読み解いた印象はこれだが、仕掛けるには早い。曖昧な印象以上の情報を何一つ掴んでいないのだから。こちらは相手が仕掛けてから動く反撃型の戦法というだけでなく、緊急手段たる『いざという時に全てを覆す圧倒的な能力』が皆無だ。討滅すべき相手の情報は、文字通り命綱となる。
じりじりと、感覚を研ぎ澄ませて近付き――。
(……)
刹那の思考と判断。
ミコトは剣の宝具を抜いて、“紅世の徒”の眼前に躍り出た。
「は、――え? フレイムヘイズ……?」
この当惑は、突然の討ち手出現ではなく、討ち手にしては弱すぎる己に対して向けられている。
「そうだ」
戸惑いながらも向けられる敵意で、嫌ほど解る。――これは“王”だ。
力の規模を遠目では見破れなかったのは、宝具が原因だ。ミコトが前に立った瞬間効力を失せた自在法とは別に、頭部を飾る宝飾紐が弱い効力の気配隠蔽を今も施している。効力は薄いが展開維持が容易く消費も少ない、という特性らしい。小さな“徒”なら隠れるために使える代物だろうが、“王”たる彼女は騙すために使っていた。
それ以外ともまた別個に、薄く膜のように“存在の力”を纏っているが……これの意図は読み取れない。質からして恐らく、存在を喰われた人間に辛うじて残った最後の絆――トーチの『骨組み』を装っている。その“変わった装い”が生む戦闘への影響を、“王”が己を観察する時間を使って考えたが……何一つ見出せなかった。
「は……? マジ? いくら何でも小さすぎっしょ、器。全存在捧げてそれって、人としてのアンタ哀れ過ぎない?」
相対するのは『焦沙の敷き手』と分かって戦いに備える――控えめに言って、手練れの“王”。自分ではまず勝てないだろう相手だが、情報不足のまま戦う決断をした時点で、敵がそんな相手である覚悟はしていた。
「御託はいい、殺せるものなら殺してみろ」
“ミコトの弱さ”に目を眩ませず、“王”は警戒を深める。背後で重く気配を発している宙の心臓を意識してのものだろうが。
「それとも、私程度の討ち手に怯えているのか?」
一刻も早く戦端を開かねばならない。これでもまだ慎重を期すなら、近接戦に踏み込まねば。
「バカ? アンタが怖いワケ――」
乗った。剣をきつく握りしめた。
「無いでしょうが――ッ!!!」
瞳と同色の炎弾が、吐き出される。掠りでもすれば、人なら耐えられない。それでも、宙の心臓を意識して“徒”としての偽装を続けている。全く本気でないそれならば、辛うじて制御可能だ。
炎弾が正眼に構えた剣と接触した刹那、綻んだ構成から情報を歪ませる。自らを呑む僅か手前で、破裂させ大きな爆発を引き起こさせた。熱に身体の前面を焼かれながら、自らへ向かう破壊の意思を火除けと治癒に変化させ、炎弾へ向かう“王”の意思を増幅させ威力を高めさせた。
違和感を悟ったのだろう、“王”は炎弾を消し去る。
「『守り神気取り』を呼ぶ算段!? ざーんねん、来てくれないみたいよ!」
“王”は『手抜きの炎弾一つ分の消耗』を経て、ミコトは炎弾を構成した“存在の力”の一部分を得た。情報面で見るなら、ミコトは何も得ておらず、“王”はミコトが自在師だと確信しただろう。
不意打ちくらいしか勝ち目が無い弱者としては『致命的な』交差だったが、こうして戦端を開かねばならなかった目的は果たせた。後は弱者なりに足掻き、宙の心臓へ最良の戦場を明け渡すだけでいい。
(次の一手で殺される)
炎弾の存在的構成は、シンプル故に改変が困難だ。それを“油断の中でとはいえ”易々と捻じ曲げたミコトへの警戒を、“王”はより一層深めている。手練れたる彼女は、得た事実と見えている真実から、ミコトを殺す最適解へと移るだろう。
(消耗が少なく、偽装が容易で、かつ干渉を受け付けない)
すなわち、巨大な力に任せての、肉弾戦。
“王”の内部で、力と殺気が秘されたまま翻る。
(ここで、全てを――)
この回避困難な死の一撃をやり過ごしたとして、次の一撃また次の攻撃と畳みかけられる。どうやっても死が避けられないなら、手の内をほぼ晒しておらず消耗の無い今に、“勝負”を仕掛けるしかない。
(引きずり出す!)
フレイムヘイズは死の瞬間、ミコトでも何が起こっているか分からないほど存在構成が乱れ荒れ狂う。死の前後なら、敵や味方への情報秘匿へのものも、自身の構成崩壊防止へのものも、制約という制約が消滅する。量が許す限り、“存在の力”を好きに操れるのだ。
肉体的死から転移までの一瞬で為さねばならないのは、存在隠蔽の宝具の破壊と“トーチの骨組み”の解体。出来るなら内部の“王”の顕現を装って攻撃に転じ、敵固有の自在法を発動させる。解こうとしない偽装の除去、未知数な仕掛けへの刺激、戦法の開示――これだけ暴けば、自身との戦いを見越して対策を練った敵であっても、宙の心臓なら苦戦無く討ち取れるはずだ。
「死んで?」
内で渦巻くのは力と熱。表面的にはいっそ穏やかな死刑宣告は、聞かせる類のものでなかったのだろう。前脚がミコトの身体に乗り、宣告が届き、力が伝わる。
三つがほぼ同時に身を襲い、数瞬後に来たる死の間に工程を捻じ込む。
(――)
己の全てを注ぐべき、勝負たる『一瞬』で、起きたのは三つ。
「来――ッ!」
“王”が凶悪に目を見開く。
余りにも大きな、力の介入。それは高速移動の自在法で、発動すれば戦場からはじき出される。その自在法は対象として、敵たる“王”ではなくミコトを絡め取ろうとしている――彼はミコト相手に油断も隙も作ってはいけないと心得ているため、抵抗は不可能だ。
常に気を張っていた『本命』の襲来に、“王”は内側の力を解放させる。意志は『憎しみ』、効果は『召喚』。指定物――今回は炎に呑まれたとしてもフレイムヘイズを“殺せる”だけの質量を保てる巨岩らしい――を引き寄せ、ぶつけるつもりだ。
それらが効果を顕現させる一瞬の間に、もうなりふり構わず“王”の妨害へと目的を変更する。“王”はミコトから意識を逸らしている(巨岩が飛来すれば
「「「!」」」
現象的には、二つ。
宙の心臓の離脱の自在法が発動し、転移と見紛うほどの速度でミコトは遥か先まで飛ばされた。
“王”の召喚の自在法が発動し、式が呼び出した『物』が戦場を覆う。それは――高圧の空気。召喚物の指定座標を可能な限り『上』へと書き換えたため、“王”が意図した岩ではなくその上にあった『空』が運ばれてきたのだ。
突如出現した、高密度かつ大量の空気。呼び出そうとした巨岩とは全く『別物』だったため、それは召喚主の制御を受けていない。自然の摂理のまま解放され広がり――周囲を圧し潰す。
かなり遠くへと運ばれたミコトの元にも、暴風が襲来した。手ごろな岩に必死にしがみ付き、辛うじてやり過ごせた。式の
(上手く、いった。はず……?)
フレイムヘイズも“紅世の徒”も、意思によって身体や自在法を強化する。意識外の不意打ちに弱いのは、存在特性上の宿命なのだ。
隠蔽の宝具の効力を差し引いても、“王”ではあっても宙の心臓と真正面から打ち合える地力は無さそうだった。そんな彼女が取った作戦は、ただの“徒”と判断するだろう初見の段階で、最高最大の物量で叩くというもの。それだけで宙の心臓が倒れると、ミコトは思わないが……彼女の戦いの『最大の山場』のはずのこれを、宙の心臓だけでなく“王”への不意打ちへと挿げ替えたため、恐らく逆転手段は無い。
更に、風――すなわち空気は、宙の心臓の武器だ。彼の力の基礎は炎だが、炎を活性化させ自在に形を流転させる空気も、能力の範囲内だった。戦場に突如現れたのが空気なら、先に活用するのは間違いなく宙の心臓だ。
(問題は、無い。……戦闘開始の前倒しは、正解だ)
「アンタが守れなかったんでしょうが――ッ!!!」
柱のように一点へと降り注いだ。
―*―*―*―
黄昏時よりも輝いた空は、元々の澄んだ冬空に戻っている。
戦場を融解させた金糸雀色は幻のように消えて、更地には一人、神官が佇んでいる。
「――……」
駆けつけたミコトは声を掛けようとしたが、思わず呑んでしまった。足を緩めたのは主に、全速力で長距離を稼いでの疲労からだが、進む足を重くさせているのは言葉を引っ込めさせた原因と同じだ。
「問いは二つ」
宙の心臓の口調は、普段と変わらず重く深く落ち着いている。しかし。
(怒っている)
ミコトの鋭敏な感覚は、宙の心臓が抱える怒気を、精確に読み取った。
「戦闘にて得た情報の全てを申せ」
この戦いでは始終、思う通りに行かなかった。自身に可能な最善手は、打ったつもりだが。
「櫨染色……戦闘開始前の段階で色は不明だったが、便宜上そう呼ぶ。櫨染色が戦闘以前に使用した自在法は、気配隠蔽と炎弾のみ。本来の気配は遠距離から把握できなかったが、“紅世の徒”だと油断して戦端を開いたのではない。宙の心臓を知らずに戦いを挑もうとしている新参か、宙の心臓と知って対策を練り上げた手練れか。どちらの可能性も考慮には入れていた」
ミコトがまともに戦うには、情報が少な過ぎた。それでも、戦いに踏み切らねばいけなかった。
「戦闘開始直前、集落に向かっている人間の気配を拾った。あの集落の狩人か何かだろう。途上で櫨染色の感知範囲内どころか視界にも入りかねない道筋だった。『彼』を遠ざけるため、戦闘を開始し進路を逸らさせる必要があった」
威力を増幅させた炎弾の爆轟は、知らずに戦闘区域に近付いている人間にも届いた。彼は危険を恐れ、大きく迂回する道に入った。
「櫨染色と相対し、宝具で気配を潜めた“紅世の王”と看破した。頭部に巻いていた宝石の紐だ。隠蔽量は大きくないが恒常性と何より継続性に優れた物で、眼前に立っても隠蔽効果が働いていた。その他、トーチの……完全消滅寸前の構成を辛うじて保っている……外骨格部分? それを纏っていた。これは、意図も仕掛けも分からなった」
自分は出来ることをやったはずだ。宙の心臓の収まらない怒りが、後ろめたさを増幅させていく。
「こちらの戦術も早々に出し、私自身の手による討滅は不可能と判断した。どうにもならなくなれば宙の心臓が来てくれると踏んで、宝具やトーチ部分の破壊、櫨染色の固有の自在法の発動を狙って、迎え撃つ手筈だった。その直前に宙の心臓の介入が始まったため、櫨染色の召喚の自在法を書き換えるのみとなった」
“紅世の王”にはほぼ勝てない――この前提が変わらないまま挑んだにしては、上手い立ち回り……だったはず。連携も、上手く行ったとは言えないが……宙の心臓の戦闘の手助けには、なった。はず。
「我の介入を得ずに、生き残る画策はあったのか?」
「……」
必ず生き残れるが、少し、悩んだ。
そもそも、宙の心臓は一度も『ミコトの戦いに手を貸す』と、言っていない。手助けを約束したとしても、自ら危険に飛び込んでまでミコトを助けなければならない義務など無い。あの瞬間、ミコトは救出されずとも、一切文句を言えないのだ。
助けてくれると思っていたが、それは甘えに他ならない。
(もしも、負けと死が繋がっていれば)
もう少し慎重に、もう少し良い行動が無いか、考えていたかもしれない。
来てくれなくともどうせ死なないから、思慮を深めず踏み切った。自らの不死は宙の心臓に伝えておらず、彼から見れば己の行動が『自らを当てにした無謀で甘えた浅慮』だったと、気付いた。
「生き残れは、した。……浅慮は、認める」
フレイムヘイズは、命を安売りしてはいけない。――ことあるごとに、ティスが言っていたというのに。
「……。此度の戦いに於ける、汝の大過は二つ」
戦いの中の過ちは、命に直結する。無論……死なない自分のもの、だけではない。
「一つ、自らを晒さないまま、連携相手に命を預けたと
ミコトが戦術の要に置いた『不死』。それすら知らせていない。
連携相手を見捨てるか、連携相手を助けて敵の攻撃に身を晒すか。あの戦いで、宙の心臓にはそんな二択を強いさせてしまったのだ。
「一つ、他を頼れる状況とはいえ、自らの不利を呼び込んだ点」
言を粛々と受け入れていたが、疑問と僅かな失望で目に力がこもった。
「戦闘を開始するべきではなかったと?」
ミコトが守ったのは、宙の心臓が守る大地の民だ。
「その通り」
彼ははっきりと、冷厳に首肯した。
「生き延びる手があるにせよ、汝は櫨染色を討滅する力を持っていなかった。櫨染色が“紅世の徒”でない可能性に至っていたなら、猶更悪い。敢えて危険に身を晒し他者の命を救う決断は、自らの命に責を取れる者のみの特権だ」
今回ミコトが危険に晒したのは、宙の心臓の命だ。
「遠ざけた人間が戦闘区域に入っていたなら、確実に死んでいた。櫨染色に喰われていた可能性も低くはない。……宙の心臓を頼みとしたのは、確かに浅慮だった。しかし、あの人間は助かった」
宙の心臓の命を勝手に懸けた、それは過ちだったと認めよう。しかし、強い宙の心臓は危うげなく勝利し、弱い人間は危険を察知し死地へ踏み込まなかった。この結果すら間違いだとは、思えない――そう主張する。
「汝と我と、人間。全てが生き延びたのは、確かに汝が作りし結果だ。――然し、この一つの結果を指針に、他の救済を至上とするのは、的外れでしかない」
彼は『絶対的強者』としての立場から、ミコトを
自分が弱いこと、彼が強いこと。この立場、差を、忘れたことなど無い。未熟さからの過ちも、次は犯さない。だが。
「弱い者は、他を救う権利すら無いのか?」
宙の心臓は怜悧な目で見降ろしつつ、今度は否定した。
「個の強弱ではない。汝自身が、ただ一人の人間と己、二つの命を天秤にかけてはならぬのだ」
彼が叱責しているのは、ミコトが自らの命を軽んじている点らしい。
「私は」
死なない以上、この『命』は誰のものよりも軽い。そう、言おうとして。
「汝は既に、無数の屍の上に立っているのだ」
封じられた。
「生への糧とした動植物、これはフレイムヘイズ故、除外しよう。滅するべき悪霊、これも戦士として生きるならば、一つ一つに思いを馳せ背負いきる物でない。――然し」
「汝は申した。トーチを自在法の糧とした、と。――これは、救うべき人間を選び、救わぬと定めた人間を切り捨てた事実に他ならない。汝は『人間』を犠牲に戦に臨み、されどその事実から目を背けている」
彼はトーチを『人間』と呼んだ。その理屈は、分からない。だが、それを物のように扱ってきた行為が正しかったのかも、分からなくなった。
「確かにトーチは、近くに迫る消滅から逃れられない。――これは、不治の病に侵された『喰われていない』人間と、どう変わるのだ? 長き目で見れば、健康な若者とて『迫る死』から逃れる術は持たぬ。――人間が喰われれば、歪みが生まれる。これの回避を至上とするなら、“喰われる前に殺す”選択肢を持つべきだ。……汝は、そうでないのだろう?」
人を助けたい。これは、偽らざる想い。
……しかし、ミコトは既に、助ける人間を『選んで』しまった。
「あらゆる命を平等に扱う『聖者』ならば、見知らぬ人間と己を等価とする選択肢もあろう。然し、
自らを犠牲に他を救う。宙の心臓はそれを否定したいのではない。
「トーチだけではない。汝を導いたという『彼女』は……恐らく、汝を守るために、命を落としたのであろう……?」
それを簡単に、無意識に、考え無しに選ぶこと。これは今まで自分が『犠牲』にしてきた者たちへの、最悪の侮辱に当たる。……ミコト自身の命は軽いかもしれないが、数え切れない屍の重みに目を向けなければならない――そう、受け取った。
「考えが、浅い……。『彼女』からも、頻繁に指摘された」
まるで成長していない。ミコトは肩を落とし、頷いた。
「……汝に不足するは、経験。数百年を戦いに生きた我や『彼女』から見て、それが足りないのは……当然だ」
宙の心臓は、怒気の静まった気配で、また諭す。
「此度の戦いであの人間を『助ける』のであれば……我に『守るべき者』の接近を知らせ、戦場から離脱してかの者を誘導するべきだった。――聡い汝ならば、『次』はそれを選べよう」
ミコトは分の悪い賭けに出ず、宙の心臓は足手纏いに気を取られず、人間は助かる。
未熟を突き付けられ、落ち込み。『次』へと背を押してくれる先達との出会いに、感謝した。
(死なない私の命と、アシズと愛し合ったティスの命。等価に扱っていい物でないのに……私の所為で、彼女は死んだ)
彼女は未熟者でも愚か者でもなかった。彼女は決して、命を安売りしなかった。
(ティスが、アシズが……この命と生に価値を見出してくれたなら。なんとなく生きてなんとなく命を懸けるのは、彼女たちの想いに泥をかける行為でしかない。この不死の命を、私がどれだけ軽んじても……他者からは、そうで、ない)
宙の心臓も、危険を冒して助けてくれた。
落ち込みから伏せられた目が、開く。
「そうか」
宙の心臓は声を挟まず、目を向けた。
「命の利用の仕方。己だけでなく、他者の認識、持つ情報、感情……その場に交差するあらゆる思いを、配慮に入れねばならない。私は未熟だ、経験が足りない」
“普通の人間”から少しずれた結論が、なんとも『彼らしい』。ミコトに決定的に不足している『生への執着』を少しでも引き出したかったが……呆れ諦め、宙の心臓は内心微笑んだ。
(この者は愚かではない。他に気を向けられるなら、危険因子として味方に排除されるまでは、無かろう)
観念に似た可笑しみは微塵も額面に出さず、背を向けて集落を目指して歩を進める。
歩きながら、大きく頷きつつ背を追って来る『弟子』に、得た物を共有した。
「“トーチの外骨格部分を纏う”――これは一般に、『存在の割り込み』と称される。トーチを自身の存在構成に組み込み飾り付けることにより、トーチが遺した『絆』を継承する。櫨染色の今際の言葉から鑑みるに――纏ったトーチはあの者にとって“かけがえのない存在”で、されど喰われ、この大地にて『存在の強奪から人々を守護する神』たる我に、恨みを抱いたのだろう」
『トーチを着た』として可能なのは精々記憶を読むことくらいで、戦術的影響はまず生まれない――そう、戦士の立場から教示して。
「汝の参戦で得られたものは、櫨染色が我に挑んだ動機、である」
これが分かって――いや、推測の域さえ出ていない――何か意味があるのだろうか。
ミコトは、まだ分からない。
(世界とは、限りなく難解だ)
―*―*―*―
冬が終わり、夏を過ごし、もう一度冬を越えて――春。
連携の基本、
「……辿り着けるか?」
「“存在の力”の所持量は問題無い。――また迷えば、転移で一度戻る」
宙の心臓には転移の自在式を託しており、連動する自在法を使えば彼の元に戻れる。転移の自在法はかなり高度で、大陸間移動ほどの距離となれば“存在の力”の調達からして一筋縄ではいかないが。
最後まで、変則的な技巧者だった――口には出さず、
「お守りも貰った。困難は多いだろうが、失敗の予感はしない」
最後の訪問地として選ばれた集落――『南西の川辺の村』にて、アガシコックから授かった
「……この恩、忘れない……」
くぐもった声を聞いたのは十日ぶり。シャヘルにしてはかなり短かった。
丸一年と少しの修業期間で、結局両手で数えられるほどしか声を発しなかった『導きの神』に、宙の心臓は駄目元で要求する。
「調律の自在法の神託は」
「……」
予想を裏切らず、沈黙が返された。
「……すまない、事情が重なり……」
「理解している」
期待していた訳ではないと、最後の問いへと移った。
「決まったか?」
ミコトは頷く。
――出会って一年を経た冬の日、宙の心臓とフレイムヘイズの『称号』について、話した。
「他の戦士と良質な友誼を育むには、幾多の困難が待ち構えているだろうが。汝は、未だに戦士としての入り口にすら立っていない」
「――即ち、戦士としての名」
討ち手という存在を生み出した最初期の“紅世の王”として、キニチアハウは滔々と語り始めた。
「元来『フレイムヘイズ』とは、器たる元人間と力たる“紅世の王”の双方を示す。“王”と元人間、それぞれの名は在るが、『二心で一つ』たる“それ”にも別個に名が求められた」
器を喪った“王”が再び契約すれば、称号は次の契約者へと引き継がれる。その都合で“王”の能力を参考に名付けるのが望ましいが、実際は名付け親たる『初代』の戦闘方式に寄りがちだった。『そういうものだろう』と暗黙の了解になっており、格式張って問題とする者はいない。
「そう。以前に同じ“王”と契約した討ち手がいないのならば、自ら名付け名乗らねばならぬ」
宙の心臓はミコトを見て。
「……汝の場合は、自身の思う通りに決めれば良い」
導きの神“覚の嘯吟”の、フレイムヘイズ。彼が死んだとして、また『次』の『純白の炎のフレイムヘイズ』が現れるとは……宙の心臓もキニチアハウも、何故か到底考えられなかった。
ミコトの異質さは、シャヘルが由来するものではない。彼らはそう直感し、彼ら同士でも確かめ合わなかった。
「自身で、か」
誰かが呼び始める類と思っていたが、まず自称し広がって行くものだったらしい。
――という流れで、ミコトは卒業直前に『宿題』を出されていた。
「『眇理の還手』」
小さな
作法に則るなら、シャヘルの能力から考案するべきだろう。しかし、ミコトは異能者として彼女の力は借りておらず、炎の色と気配を引き出し纏っているだけだった。宙の心臓たちも同じことを考えたとは露ほども気付いていないが、ミコトも自分の後に『シャヘルと契約するフレイムヘイズ』が現れるとは思えなかった。
(『理』は全と“存在の力”、私であったもの。『環』は理を廻らせ還した、私であったこと。『眇』は……全に対する個、“紅世”に対する『この世』――人間としての、私)
どれだけ
「同称号は無い。そう名乗るが良い」
宙の心臓は既視感を覚えないその称号に、頷いた。
「その称号が大地に届く日を、我らは待つ」
キニチアハウは重く静かに、新しい
余りにも異質な討ち手に待つ困難を予期し、その称号に付随する意味は強大なる者への畏れでも英雄たる者への誉れでもないだろうと予感し。
(聞こえぬまま時に消えるより、余程良い)
(彼の者の何が広まり、無知と無理解にてどう歪められようと、我らは知っている)
(……この先の、経験次第だが)
(いずれ答えは見えよう)
ミコトは、自身を『いつもの厳しい視線』で見つめる宙の心臓とキニチアハウから、優しさに由来する励ましを受け取った。
彼らの想いにも応えたい。しかしそれは求められていない。上辺だけの言葉は、彼らが最も忌避するものだ。
だから。
(『大地の守護神』たる宙の心臓たちに、どうか、応えてくれ)
アガシコックがやっていた、大地や宇宙、森羅万象に宿る
「何でもない。世話になったこの大地に、礼をしただけだ」
突然の礼拝の意味を問おうとした宙の心臓に、先んじて答える。言葉の先取りはよくやられていたが、最後にやり返して不思議な満足感を覚えた。
「戦士としても人間としても成長した後、また会いに行く」
ミコトは数十年後にまた来よう、と新しい目標を定めた。弱くはあるが死なないのだから、その時は必ず来る。
「幸運を」
「因果の交叉路にて。『眇理の還手』」
再会の約束を受け取り、弟子の旅立ちを言祝いだ。
意気揚々と海へと足を踏み出した背を見届け、宙の心臓と太陽神は“大陸の守護者”の任へと戻った。
―*―*―*―
―*―*―*―*―*―
―*―*―*―
十六世紀、前半。“紅世”の事象で戦場に生きる者らが、余りにも多くが死んだ『大戦』を語れるまでの過去とした頃。
この世を形作る人間は……『アメリカ』という名が定着した
「お客さんが、来られているのです……?」
『波濤の先に踊る女』は、目に涙を浮かべ口を覆った。
同朋たる『雨と渡り行く男』の“担当地域”が完全に
変わったこと、特に異邦人が来たなら真っ先に伝えるように、多くの集落に通達している。
その異邦人は西の『使者祭』に来ていると聞き、焦燥感のまま駆けつけたところ……。
「ああ……あなたたちでしたか、虚空の鏡、静思の波」
「とうとう、東より来たる『人の波』がここまで届いたのかと」
「勘違いさせて悪かった」
「お久しぶり……この地域は、人も病も穏やかみたいね……」
「ああ、これ目当て。極寒の雪嵐を外目にあったかいカジキで火に当たりながら食う
「……ちゃんと用事はあるから、大目に見てあげて……」
毎度ながらの兄弟弟子に、『波濤の先に踊る女』は安堵の涙をこぼした。
彼はこの大陸に来ればよく、
「ようこそ、よく来られましたね。――迷わず真っ直ぐ、たどり着けましたか?」
チャルチウィトリクエは『恒例の問い』を明るく発する。
先師・宙の心臓が語った、虚空の鏡と呼ぶ彼との出会い。かつての周から日本に『歩いて』帰ろうとしたところ、北西の雪原に来てしまったという……現在の物事をよく知り思慮深い彼からは想像もできない笑い話を、『大地の四神』は会えば必ず持ち出してからかう。
世には“迷惑な弱者”として侮蔑されがちな『眇理の還手』が、人ではなく天地に属する
からかわれたミコトが(浮遊の自在法など)まともな移動手段を提示するまでが『恒例』だが……。
「それが、今回は……。日本に帰ろうとして、途中で気が変わって……歩いて海峡を……」
視線を逸らしたミコトが言い訳する前に、シャヘルが暴露した。
「まあ……!」
『波濤の先に踊る女』の目から大粒の涙が落ちる。これは驚愕と笑いに由来する涙だ。
「よくご無事で……! 道中で溺れませんでしたか? 凍えませんでしたか? 悪霊の襲撃は……?」
「一回も海に落ちてないし極寒もきっちり対策したし漁船を襲撃してた
いつもとは少し違ったが、親交のやり取りを終えた。
「それで、用事とは……?」
「宙の心臓と、ちょっと会いたくて。えっと……太陽神の、新しい名前……」
二百年近く前に近況を聞きに行って、改名したことと新たな名乗りを聞いたが……。
「ウィツィロポチトリ、です」
「それだ」
明日には数文字忘れている気がして、『真経津鏡』内でメモを取った。
「面会謝絶なら諦めるが、『大地の心臓』へは行ってみる。こっから歩いて向かうから、『雨と渡り行く男』にその辺連絡しといて欲しい」
彼は南北大陸を繋ぐ
「『雨と渡り行く男』を通すなら、私は構いませんが……」
「欧州の『大戦』とも、人間の方のご時世も、ほぼ関係無い。……個人的な、用事」
「そう、ですか」
少しの安堵から、『波濤の先に踊る女』は微笑した。
「旅のご無事を祈ります……。間違えて、『死者の道を指す男』のお世話にならないよう……」
彼は『大地の心臓』より更に南を守る『四神』だ。
「なあ俺のことなんだと思ってる?」
―*―*―*―
宙の心臓が生まれた地では、名前には霊魂が宿ると信じられていたらしい。故郷はとうに滅び、その文化を伝える口もどんどん減り、ついには途絶えてしまったという。
そのしきたりと、それを守った人々を、宙の心臓だけが憶えて継いでいた。
彼が面する相手の『生まれた時に与えられた名』を口にしないのは、名を呼べばそれの奥に数知れない『意味』が生じるから(フレイムヘイズの称号まで呼びたがらないのは、それが『フレイムヘイズが生まれた時に与えられる名』に他ならないからだ)。それでも、どうしても名を呼びたい時は、“特別な呼び名”を決めてそれで呼びかける。
ミコトが初めて豊饒なる大地へ
故郷から出て本格的に討ち手として旅すると決心し、決意表明のため再び豊饒なる大地へ渡った“卒業”から約五十年後。ミコトとシャヘルへの『呼び名』を聞き、そうする意味を教えてもらった。
(ただただ、嬉しかったな)
彼にとって自分は特別だと、言われたに等しいから。
だからミコトにとって、宙の心臓たちは特別だ。ティスやアシズとはまた別の、強く大切な繋がりだった。
「久しぶり。今から日が落ちるまでって条件で、許してもらった」
時刻は黄昏時。往時の金糸雀色で染まった空を思い起こし、胸が締め付けられた。
「よく、参った」
声を発したのは、乾涸びた掌の上に乗る神器“テオトル”から、太陽神ウィツィロポチトリ。
師は、言葉を紡がない。そうするための口は、乾いて固まっている。
「今日は見舞いも兼ねて、二回目の決意表明」
大地の守護神たる役割の後継者が立ち上がってから、徐々に。数百年前から、急速に。彼は衰えていった。
フレイムヘイズは、意志を根底とし戦う者たち。戦う意義と意志が薄れれば、当然弱化する。普通なら弱化の兆候が出た時点で敗死し、そうでなければ契約解除により痛みなく去る。
かつて最強を冠した宙の心臓は、自らの敗北に伴う意味を慮り、戦いの中で死す道を選ばなかった。
されど、契約解除も、未だしていない。最後にして最高の弟子たちに守られ、時を数え続けている理由は……ミコトにも、はっきりとは分からない。
(こんなになっても、もう一度、最後に何かしたいからかな)
彼の厳しさは、
「欧州で、めちゃくちゃでかい戦争があったんだ。世界中のフレイムヘイズと“紅世の徒”の大組織の、一大決戦。――宙の心臓も参加した『大縛鎖』の戦争より、規模が大きかったらしいぞ」
穏やかに語り掛け、疼く傷を隠す。
「“徒”側の組織は……[
冗談にしか聞こえない、とんでもなく常識外れな計画を。
ミコトは、冗談めかして笑いに混ぜることで、ようやっと、口に出せていた。
「最終的に、フレイムヘイズ側が勝った。総大将は『震威の結い手』だったけど、最大戦力は『炎髪灼眼の討ち手』と『万条の仕手』の女傑二者。決め手はなんと、『炎髪灼眼の討ち手』の、この世での天罰神『神威召喚』。最終決戦数日前に兵団と合流して、彼女に会って話したけど……『強いフレイムヘイズ』って、ああいう人のことなんだなって、ひしひし感じた。犠牲になる、じゃなくて戦い抜く。犠牲にする、じゃなくて共に走り抜ける。彼女の死には、悲愴さが無くて――もうどうにもならないくらい壊れた心が、燃やし尽くされて始めに戻った、みたいな。偉大だ、って感じた人が亡くなったのに、そういう爽やかな気分? になった。――そうなるから、偉大なのかも?」
まぶたの裏には、二千年愛した青を消滅させた紅蓮が浮かんでいる。志が果たされず滅ぼされた『愛した父』の、最期だが……安堵は覚えど恨みは起きなかった。
「そういうことと、もう一つ、あって。――きちんと、フレイムヘイズとして生きようと思った。今日は、その決意表明」
言うか言うまいか迷って。屍同然に朽ちた師の姿を見て、言っていいかな、と思った。
「……宙の心臓たちは、たぶん気付いてただろうけど。『棺の織手』――ティスとアシズは、あんたらの前に世話になったフレイムヘイズだった。ティスのために使命に生きようってのはちゃんとあったけど、アシズのために“生き死にの法則に逆らおう”って思いも、かなり強かった」
永い時間。
使命は、この世を荒らす怪物たちへの抑止力のため、自分に出来る自分にしか出来ない形で励んだ。根本的に弱いこと、勝ち難い敵が多過ぎること。この二つは変えられないのだから、逆転させそれを武器にこの世を渡り歩いた。
最弱を冠すれば、敵は侮る。その侮りは、こちらの出方次第で油断だけでなく――親しみにも、成り得る。
“紅世の徒”の欲望は千差万別――例えばアシズのような世界を揺るがす
最も単純な解決方法は、全てを殺し潰し尽くすこと。……そんな強行法に、ミコトは向いていない。
ならば、と。そういう方法は他に任せ、自らの特性と弱点を生かす方法を考えた。
まず、積極的に討ち滅ぼすべき存在とそうでない存在を、線引きした。『他の“紅世の徒”への影響』――見逃せば、広まれば、自分にも許されると誤認し、放埓と捕食が加速しかねない欲望の持ち主たち。こんな線引き、個人の裁量でどうとでも上下し、偏見に満ちている自覚もある。
独自の色が濃く、“普通の”フレイムヘイズの見敵必殺というスタンスからは程遠いからこそ。他者からは容易に推し量られない基準は、フレイムヘイズでありながら“紅世の徒”に手を貸した実績を多く作った。この実績と広めた『最弱』の名は、滅ぼすべきと見定めた『世界のバランスの敵』の懐に忍び込むのに、大いに役立った。
反転、自身の貴重な“存在の力”補給手段たる“徒”討伐が、自由に行えなくなった。更にフレイムヘイズからも
「俺が戦って生きてた、二つの理由。……どっちも、壊れてさ」
ティスを蘇らせるための戦いは、アシズに大敗を喫したあの戦いで、叩き潰された。
使命を遂行するための戦いは……抑止程度では何も意味がなさないほど破局しているという『事実』を見て、挫かれた。
「何をやっても、誰と戦って誰を殺して、何度傷ついて何度死のうと、無意味なんじゃないかって、思ったけど」
彼女は彼女にしか出来ない戦いの末、燃え尽きた。
「俺は『変わった』フレイムヘイズだから、誰にも出来ないことを多く出来る。解決策なんか見えないけど、それがあるとすれば最短距離で行けるのは、俺だから」
その兆候は、自分の次に事情に通じている
理解外に蝕まれた“存在の力”の暴走――『大災厄』を、ある程度でも遅らせて備えて対抗できるのは、自分だけだ。
たった一人、誰からも理解されないまま、世界を背負おうと決めた。
「もう、挫けちゃいけない。“俺がいなくなれば世界が滅ぶ”くらいの覚悟で、戦う」
同じ在り様の『何か』は、この世のどこにも存在しない。
思想も危機も口に出せないのだから、“志を継ぐ者”も生まれない。
「“両界のバランスを守る”って壮大で終わりの見えない戦いに殉じる覚悟は、決まった」
ティスに、宙の心臓に、『炎髪灼眼の討ち手』に、並べたとは思わない。彼ら彼女らが走り抜けた道の、始まりに立っただけだ。
「歪みとバランス、大災厄――全部の解決のために、この命を燃やす」
口に出して、己を縛る。これは呪いであり、誓いだ。
「――決意表明、おしまい。付き合ってくれてありがとう。……宙の心臓、自然消滅の傾向はあるか?」
「未だ。この凪の中ならば、数百年の時を座すであろう」
意識の振幅は、感じられない。眠りよりも深く静止している師の顔を覗いて、沈んだ太陽に頷いた。
「望まない消滅の兆候が見えたら、俺を呼んでくれ。絶対、なんとかするから」
「――心強い」
彼が“来たるべき時”のために、無理に命を繋いでいるなら。そうしないまま沈まないよう手助けするのが、不肖の弟子の役割だろう。
かがんだ姿勢を戻し、一礼してから背を向けた。地下洞窟の入り口を目指し、坂に踏み入る。
――と。
《 ゆけ 汝が見定めた 道を 》
心臓を跳ね上げつつ、振り返る。
一瞬だけ波打った意識は、また静寂の水底に落ちて行った。
聞こえて伝わった、恐らくミコトが聞くだろう最後の『師』の言葉を。
表情としては一度も見ず、気配としては幾度も感じた微笑みと共に、受け取った。
『大地の四神』の担当地域って、ニューヨークのイーストエッジさんしか公式で確定していません。してない、はず。まず、どこなんだろなーと想像しました。
『センター』ヒルさんは、『四神』のリーダーなイメージです。彼らの修行地『大地の心臓』がある中米が守護地域でしょう。ついでに先師の介護もやってもらいます。
『サウス』バレイさんは、まあ南米。名前からして。
残る『ウェスト』ショアさん……。保留にしてましたが、先師の名前が『ノース』エアと判明して、人数バランス的に南米かな? と予測していました。
しかし。
今回の話を練るのにアラスカの原住民(ユピック)の資料をあさっていたところ。
『鮭』『アザラシ』『セイウチ』『ダンス』とどめに『セドナ』……出る出るウェストショアさんの痕跡が。彼女はカナダ・アラスカ担当なのね……。
ユピックの文化を勉強して、一番気になったのは『アガシコックバトル』です。村の名誉と職を懸けた、『超自然的能力』を駆使した戦いが繰り広げられたそうです。あんまり負け続ければクビだそうです。たぶんしっかりしてる論文に書いてました。ばとる。勝敗はノリと勢いで決まるのか、さてはて……。