「Fragments」は過去話で、章終わりに挟みます。
16世紀、欧州。
[
「もう、この方法しかない。例え私が燃え尽きてしまうとしても」
『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメールは、内にあるアラストールと共に立てた作戦を、フレイムヘイズ兵団総大将『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュに打ち明けた。
相棒のヴィルヘルミナはちっとも賛成していないが、遮らず無言を貫く。
天罰神“天壌の劫火”の、この世での神威召喚。その作戦にゾフィーは面食らい、他の方法を探し、それが最適解だと理解し、彼女の目を見て頷かされた。
「分かりました。あなたたちの作戦に、私たちも命を懸けましょう」
主案はまとまり、“どうすればそれを回避できるか”へと議題が移った、その時。
「あー、こんにちは」
突如現れた気配に、会議室にいたフレイムヘイズたちはすぐさま臨戦態勢を取る。
(ずいぶん小さな気配ね)
気づかれるまでは気配遮断の自在法を使っていたのだろうが、それが暴かれた今も
「“覚の嘯吟”シャヘルのフレイムヘイズ、『眇理の還手』ミコトってもん」
その真名、称号に、フレイムヘイズ兵団上役は警戒心を露にする。
全ての徒の中で最も影響力が高いと思われるはた迷惑な『神』と、全てのフレイムヘイズの中で最も弱いとされるはた迷惑な『契約者』。彼らはここ十年ほど、全く音沙汰が無かった。
「あなたが『眇理の還手』でありますか。現れた意図を洗いざらい話すのであります」
「不審人物」
ヴィルヘルミナが見れば分かるほど眉を顰める。
このフレイムヘイズに不信感を隠そうともしないのは、彼らが『徒側のスパイ』である可能性が大いにあるからである。
「私たち、捕まってたの……」
そう声を上げたのは、中指に嵌められた指輪型印章の神器からシャヘル。
「てっきり、[
「我々の信用を得るには、いささかな経歴ですからな?」
ゾフィーとタケミカヅチが皮肉を放る。
そう、彼らは『フレイムヘイズでありながら紅世の徒に寄与した経歴のある』者だ。本来なら斬って捨てられるべき背信者だが、なぜか生きている。
「お前さんらの邪魔はしないし、出来るなら協力もしたい。信じなくていいが、これだけは答えてくれ。――オストローデ市はどうなった?」
一同が、予想外の質問に目を丸くする。
“天壌の劫火”アラストールが、真実を伝える。
「存在ごと消滅した。十八年前に」
そう、十八年前。アラストールらと[
今度はミコトが予想外だったようで、険しい顔で一歩踏み出す。
「一体何がどうなってそうなった?」
「あなた、本当に何も知らないようね」
マティルダが肩をすくめ、
「今更そんなことを訊くあなたを、協力したいって姿勢も含めてひとまずは信じてあげる。――囚われてたって理由を、納得できる形で説明してくれるなら。できれば手短に、ね?」
ミコトに椅子を勧め、自らも腰を下ろす。
彼は驚愕の表情をひとまず収め、勧められた椅子で語り始めた。
「アシズとは、古い付き合いだ。――ティスが生きていたころからの」
ティス。その名は、アシズが契約していたフレイムヘイズの名前。
「俺が契約した頃に世話になってな。……その時のあれこれで、アシズは“色々”知った」
明らかな言い淀みに、マティルダはすぐさま問い質す。
「“色々”って具体的に?」
「……物質の“存在の力”を吸収する方法とか、だな」
つまり、『都喰らい』の方法を。
「どういう経緯?」
「あまり詮索せんでくれ、こっちの生死にかかわるんだ。言えるとこまで言うと、『導きの神』の契約者なんて特殊なフレイムヘイズの、生き残り方を模索するうちにな」
確かに、神霊として揺蕩う、云わば“気体”を収めた“器”たるフレイムヘイズ。自分たちが知りえない世界法則にたどり着いても、おかしくはない。
「その『物質を利用可能な“存在の力”に変換する方法』を確かめるついでに、口封じしとくためだろーな。“殺されず囚われた”。つい数時間前封印が緩んで逃げて、フレイムヘイズが集まってるって情報を掴んでここまで来た」
一応、辻褄は合う。もしかすると“この
「なるほどな……。逃げ出せたのは、大方その『
「それは」
アラストールが重い声を挟む。
「“徒を支配する”鳥籠と、“自在式の自由な起動”が可能な徒からなる、渾然一体の宝具だ」
疲れたようなミコトの気配に、鋭さが戻った。
「“自在式の自由な起動”が可能な徒?」
「知り合い?」
「おそらく。“螺旋の風琴”リャナンシーじゃないか?」
フレイムヘイズの誰かが、そう記録にあると声を放った。
「分かってる分かってる。懇意にしてた“王”、“髄の楼閣”ガヴィダの『城』で、何度かメシ食わせてやった。そんだけだよ」
どういう知り合いかという質問を先取りし、ミコトは答える。
マティルダはその名を、知っている。“隠居”して戦の世界から身を引いた、珍しい“王”であり、数多もの宝具の作り手。
最も有名にして、最大の“作品”が……
「『天道宮』に住んでいるという?」
ヴィルヘルミナが“その名”を口にし、マティルダの中からむくむくと“一つの作戦”が湧きだしてきた。
「そうだが……って、何企んでる?」
初対面のミコトにすら見抜かれた“いたずらを思いついた子供”の表情。ヴィルヘルミナが呆れつつも鉄面皮のまま“笑う”。
「そのガヴィダ、今どこにいるか分かる?」
「人間に訪れを知らせる『サイン』なら、今も変わってなきゃ探せる……」
「ねえ、なんとかしてガヴィダの協力取り付けられないかしら」
「アシズらのこと洗いざらいぶちまけりゃ、ガヴィダならいい顔しないだろーが……」
マティルダは、とびっきり無邪気で、小悪魔めいた笑みを向けた。
「『天道宮』を借りたいんだけど」
―*―*―*―
フレイムヘイズ兵団本拠地に仮設されたバーの隅で、ミコトはひっそりと酒を傾けていた。
そこへまっすぐ、彼とは対極にある“大火のような”気配がやってきて、振り返る。
「『炎髪灼眼』?」
「隣、座るわよ」
その後ろには、ヴィルヘルミナも。マティルダとは違い、ミコトへの警戒心を露にしている。話す気は無いようなので、会釈だけしてマティルダに視線を移す。
「別に変なことはしねーよ。むしろ内通者疑惑あるやつに、切り札がわざわざかかわりに来なくてよかろーに」
「私は仲間を疑いたくないの。だからあなたを見極めに来た」
「見極めるも何も、言えることは全部吐いたよ」
「本当に?」
「この戦の結末を見届けるだけで、いいんだ。信頼できないなら、この陣から去る」
「ごあいにく。兵団は人手不足、あなたでも見張りくらいの役には立てるでしょう」
「おいおい、追い出したいのか引き入れたいのか、どっちだよ」
呆れるミコトに、マティルダは一気に切り込んだ。
「あなたのことを信じられないのは、あなたが私たちを信じてないからよ」
「……」
一瞬返す言葉を失い、酒を流す手が止まった。
「……お前さんらの立場だったら、俺でも信じないぜ?」
「そういう存在、そばに置いとくのも危険だし、見ないふりをするのも危険なのよ。だから……」
マティルダは挑戦的にミコトを見据える。
「勝負しない?」
「は?」
「私が勝ったら、あなたが言わなかった“あれこれ”を洗いざらい白状して、私たちを信じさせる。あなたが勝ったら、何も聞かずあなたをここに置く」
グラスを置き、迷惑そうに眉を下げた。
「『当代最強』が『歴史上最弱』に勝負ふっかけるって? 冗談きつくねーか?」
「思ってたより馬鹿なのね。勝負の全ては腕っぷしによるものだとでも?」
マティルダは、カウンターの奥に並んでいる瓶の一つを、二人の間にドンと置いた。
「先に倒れた方が負け。あなた、大した酒豪だって噂じゃない」
「それはそうだが……」
「審判は私に任せるのであります。さあ、受けるか受けないか、はっきりするのであります」
ヴィルヘルミナがカウンターの内側に入った。
「……。先に飲んでたが、いいハンデだ。分かった、受ける」
「清めの炎は?」
「んなもん使えねー」
「なら」
先にマティルダが置いた瓶をねじ開け、一気に飲み干す。
「ふ~~~~。効くわねぇ! ……さあ、始めましょう」
―*―*―*―
一杯。
「あなた、“覚の嘯吟”との関係は良好?」
「まあまあ。悪くはねー」
「私は……最高。アラストール最高」
「おい……その調子で大丈夫か?」
三杯。
「いい男よね~。私の全てを分かってくれるの」
「そりゃよかったな」
「遠い遠い紅世から私の想いを受け取って、今も一緒にいるのよ~」
「そりゃよかったな」
五杯。
「あたらし~い~あつ~いうたを~わたし~は~つくろ~~~う♪」
「……これ、無理させねー方がよくないか?」
「勝負はまだついていないのであります」
「お前さんがそう言うんなら、続けるけど……」
八杯。
「あなた、好きなひと、いる?」
「……」
「いるんでしょ、いるだろ~おじさんにげろっちまいな~!!!」
「てめーの方が酒を吐かないか心配だよ」
九杯。
「あんたが好きなひと~、わたしがあててあげる~」
「この酔っ払い。いい加減諦めろよ」
「私、諦めが悪い女なの」
「いきなり戻った」
十杯。
「じつは~ぴんと来ちゃったのね~」
「終わりたいこの勝負」
「リタイアでありますか?」
「めんどくせー」
十一杯。
「あなたが~好きなひとは~……」
「……」
「ティス、じゃない?」
「――!」
ミコトの手から、グラスが滑り落ちた。
「あらすと~る~……後は、おねがい……」
マティルダはばったり突っ伏して、盛大にいびきをかき出した。
ミコトは酒で紅潮しつつも、倒れたグラスを立て、こぼした酒を拭った。
「……どっちの負けかな」
「マティルダが提示した条件は『先に倒れた方』。貴様の勝ちだ、『眇理の還手』」
「……」
「……酒の席だ。ここでしか言えんことが、“人間には”あるのであろう?」
ミコトは数秒沈思して、横で寝ているマティルダに目をやった。
「『炎髪灼眼』のおねーさんの健闘には、応えんとな……」
ヴィルヘルミナに酒を要求し、また一気に呷った。
「ティスに恋した……ああ、本当だ。彼女は既に、アシズと両想いだった。別にいいんだ。片思いなんてそこら中に転がってる」
「俺にとって彼女は……恩人で、大切な人で、俺を決定的に変えた、きっかけの人、なのかな……」
「初めて会った時、彼女は、フレイムヘイズのくせに『自分は俺と同じ人間だ』って言ったんだ。その時……人間なのか何なのか、さっぱり分からなかった俺は、彼女の同じって……その言葉に、確かに、救われた」
「彼女に教わったのは、戦い方でも生き残り方でもない、“生き方”だった。フレイムヘイズだろーが関係ない。彼女は“人として”生きていた。生きるってことの象徴で、生きるってことの目標として、俺は彼女に……ああ、恋をした」
「そして、あの日……ティスが死んだ、あの日。アシズを止められなかった。人間たちに裏切られ、その瞬間彼女は絶望していた。だが、アシズがフレイムヘイズの契約者としての自分を放棄することは、望んじゃいなかった」
「アシズは、俺のそんな説得じゃ止まらなかった。だが、
「俺たちは別れて、お互い死を払う方法を探した。アシズは“紅世の徒”として、俺はフレイムヘイズとして。道中で会うことは無かった。……十八年前、呼び出されるまで」
「アシズは――」
突然、ミコトは声を詰まらせた。
「そう、言って。――」
「大丈夫でありますか?」
呼気は音にならず、唇を痙攣させている。酔いによるものではない異常な様子に、ヴィルヘルミナも思わず声を上げた。
「封印の影響よ。『都喰らい』の“秘儀”に触れられないための措置……」
シャヘルが代わりに答える。
「ミコト、それ以上は黙った方がいい……」
シャヘルからの気遣いを、ミコトは神器を手で覆うという形で抑えた。
「俺は……
カウンターに、水滴が落ちる。
「持てる全てを使って、アシズを止めようとした。だが、それはティスのため、じゃなかった。俺自身のために、あの日の誓いを、反故にした。だから、敵わなかった」
次々と。
「俺は、今まで、ティスの死を払うために、生きてきたんだ……。それを自分から捨てた今、できることは……その選択を、否定しないこと……なんだ」
流した涙を隠すように、酒を最後の一滴まで呷った。
「ここに来たのは。ここに来たのは……俺が生きてきた導が無くなって。あったのがティスの生き方――フレイムヘイズって生き方だったからだ。だから」
彼の頬から、もう涙は落ちない。
「彼女との別れのため。とむらいのため。フレイムヘイズとして、アシズを止めたい」
これまでフレイムヘイズとして生きてこなかった彼だとしても。
フレイムヘイズとして、その言葉に偽りを感じられなかった。
「貴様たちを兵団へ迎えよう。“覚の嘯吟”、そして『眇理の還手』」
アラストールのその宣言を聞いて、ミコトはカウンターに突っ伏して寝てしまった。
―*―*―*―
あの酔っ払いは、最後まで走り切った。
友を遺し、希望を遺し、見事にやり遂げやがった。
遺された恋人は、愛した者の[とむらいの鐘]を鳴らし続けた男を称え、そして散らした。
その炎は、俺の胸中で燻ぶっていた後悔、無念、懐古……彼女らに貰った“心”にこびりついて身動きを妨げていたそれらを、すっかり焼き払ってしまった。
「始原の炎、ねー。本当にあったとは……」
「……あなたが魅入るのは、珍しい」
相方の消え入るような声は、不思議とはっきり耳に届いた。
「さようなら、アシズ。……さようなら、ティス」
紅蓮一色となった戦場を目に焼き付けて、別れを告げた。
「死んだ後くらい、心置きなくイチャイチャしてほしーなー」
「……いいの? 一応恋敵なのでしょう?」
「愛し合ってる、あの二人が好きだったんだ。恋はついで。それに……」
どーせ一緒の場所へは、
だが、気付けば長い付き合いの相方だ……何を考えたのかは、伝わってしまったと思う。
天罰神サマの顕現に、もはや止めようもなく優勢となったフレイムヘイズ陣営。もう見張りはいらんだろう。
「さ、後始末押し付けられる前に行くぜー」
「……ずるい。そんなだから白い目で見られるのよ」
「半分はシャヘルの『神託』のせーだろ」
軽口を叩きながら、戦場の声から背を向ける。
「極東までいこっかな」
「……傷心旅行?」
「ばーか、違いますー」
夜は長く、まだ明けない。
だが、細い月がじきに来る夜明けを知らせていた。
月に――己に、微笑みかけ、宣言した。
「新しい旅だよ」
これにて1章終わりです。
しばらく書き溜めに入ります。
完成させるぞ、おー!