【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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 10巻、先代さんが大暴れの『大戦』時のエピソードです。
 「Fragments」は過去話で、章終わりに挟みます。


Fragments 1

 16世紀、欧州。

[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]の首領、アシズによる宣布の翌日。後に語られるフレイムヘイズと[とむらいの鐘]最終決戦、『大戦』より四日前。

 

「もう、この方法しかない。例え私が燃え尽きてしまうとしても」

 

『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメールは、内にあるアラストールと共に立てた作戦を、フレイムヘイズ兵団総大将『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュに打ち明けた。

 相棒のヴィルヘルミナはちっとも賛成していないが、遮らず無言を貫く。

 天罰神“天壌の劫火”の、この世での神威召喚。その作戦にゾフィーは面食らい、他の方法を探し、それが最適解だと理解し、彼女の目を見て頷かされた。

 

「分かりました。あなたたちの作戦に、私たちも命を懸けましょう」

 

 主案はまとまり、“どうすればそれを回避できるか”へと議題が移った、その時。

 

「あー、こんにちは」

 

 突如現れた気配に、会議室にいたフレイムヘイズたちはすぐさま臨戦態勢を取る。

 

(ずいぶん小さな気配ね)

 

 気づかれるまでは気配遮断の自在法を使っていたのだろうが、それが暴かれた今も()()()()()()()()()()()()()()()()()薄い気配だ。徒ではなさそうだが……。

 

「“覚の嘯吟”シャヘルのフレイムヘイズ、『眇理の還手』ミコトってもん」

 

 その真名、称号に、フレイムヘイズ兵団上役は警戒心を露にする。

 全ての徒の中で最も影響力が高いと思われるはた迷惑な『神』と、全てのフレイムヘイズの中で最も弱いとされるはた迷惑な『契約者』。彼らはここ十年ほど、全く音沙汰が無かった。

 

「あなたが『眇理の還手』でありますか。現れた意図を洗いざらい話すのであります」

 

「不審人物」

 

 ヴィルヘルミナが見れば分かるほど眉を顰める。

 このフレイムヘイズに不信感を隠そうともしないのは、彼らが『徒側のスパイ』である可能性が大いにあるからである。

 

「私たち、捕まってたの……」

 

 そう声を上げたのは、中指に嵌められた指輪型印章の神器からシャヘル。

 

「てっきり、[とむらいの鐘(トーテングロッケ)]方でゆるりと過ごしていたのだと」

 

「我々の信用を得るには、いささかな経歴ですからな?」

 

 ゾフィーとタケミカヅチが皮肉を放る。

 

 そう、彼らは『フレイムヘイズでありながら紅世の徒に寄与した経歴のある』者だ。本来なら斬って捨てられるべき背信者だが、なぜか生きている。

 

「お前さんらの邪魔はしないし、出来るなら協力もしたい。信じなくていいが、これだけは答えてくれ。――オストローデ市はどうなった?」

 

 一同が、予想外の質問に目を丸くする。

“天壌の劫火”アラストールが、真実を伝える。

 

「存在ごと消滅した。十八年前に」

 

 そう、十八年前。アラストールらと[とむらいの鐘(トーテングロッケ)]の因縁が始まった戦いだった。

 今度はミコトが予想外だったようで、険しい顔で一歩踏み出す。

 

「一体何がどうなってそうなった?」

 

「あなた、本当に何も知らないようね」

 

 マティルダが肩をすくめ、

 

「今更そんなことを訊くあなたを、協力したいって姿勢も含めてひとまずは信じてあげる。――囚われてたって理由を、納得できる形で説明してくれるなら。できれば手短に、ね?」

 

 ミコトに椅子を勧め、自らも腰を下ろす。

 彼は驚愕の表情をひとまず収め、勧められた椅子で語り始めた。

 

「アシズとは、古い付き合いだ。――ティスが生きていたころからの」

 

 ティス。その名は、アシズが契約していたフレイムヘイズの名前。

 

「俺が契約した頃に世話になってな。……その時のあれこれで、アシズは“色々”知った」

 

 明らかな言い淀みに、マティルダはすぐさま問い質す。

 

「“色々”って具体的に?」

 

「……物質の“存在の力”を吸収する方法とか、だな」

 

 つまり、『都喰らい』の方法を。

 

「どういう経緯?」

 

「あまり詮索せんでくれ、こっちの生死にかかわるんだ。言えるとこまで言うと、『導きの神』の契約者なんて特殊なフレイムヘイズの、生き残り方を模索するうちにな」

 

 確かに、神霊として揺蕩う、云わば“気体”を収めた“器”たるフレイムヘイズ。自分たちが知りえない世界法則にたどり着いても、おかしくはない。

 

「その『物質を利用可能な“存在の力”に変換する方法』を確かめるついでに、口封じしとくためだろーな。“殺されず囚われた”。つい数時間前封印が緩んで逃げて、フレイムヘイズが集まってるって情報を掴んでここまで来た」

 

 一応、辻褄は合う。もしかすると“このフレイムヘイズ(裏切者)さえいなければこの戦は起こらなかったのではないか”とささめきだした周りを静め、マティルダは『大戦』について広まっていることをミコトに話した。

 

「なるほどな……。逃げ出せたのは、大方その『小夜啼鳥(ナハティガル)』を使う作業にかかりきりになったから、ってとこか。……しかし世の中便利な宝具もあるんだな」

 

「それは」

 

 アラストールが重い声を挟む。

 

「“徒を支配する”鳥籠と、“自在式の自由な起動”が可能な徒からなる、渾然一体の宝具だ」

 

 疲れたようなミコトの気配に、鋭さが戻った。

 

「“自在式の自由な起動”が可能な徒?」

 

「知り合い?」

 

「おそらく。“螺旋の風琴”リャナンシーじゃないか?」

 

 フレイムヘイズの誰かが、そう記録にあると声を放った。

 

「分かってる分かってる。懇意にしてた“王”、“髄の楼閣”ガヴィダの『城』で、何度かメシ食わせてやった。そんだけだよ」

 

 どういう知り合いかという質問を先取りし、ミコトは答える。

 マティルダはその名を、知っている。“隠居”して戦の世界から身を引いた、珍しい“王”であり、数多もの宝具の作り手。

 最も有名にして、最大の“作品”が……

 

「『天道宮』に住んでいるという?」

 

 ヴィルヘルミナが“その名”を口にし、マティルダの中からむくむくと“一つの作戦”が湧きだしてきた。

 

「そうだが……って、何企んでる?」

 

 初対面のミコトにすら見抜かれた“いたずらを思いついた子供”の表情。ヴィルヘルミナが呆れつつも鉄面皮のまま“笑う”。

 

「そのガヴィダ、今どこにいるか分かる?」

 

「人間に訪れを知らせる『サイン』なら、今も変わってなきゃ探せる……」

 

「ねえ、なんとかしてガヴィダの協力取り付けられないかしら」

 

「アシズらのこと洗いざらいぶちまけりゃ、ガヴィダならいい顔しないだろーが……」

 

 マティルダは、とびっきり無邪気で、小悪魔めいた笑みを向けた。

 

「『天道宮』を借りたいんだけど」

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 フレイムヘイズ兵団本拠地に仮設されたバーの隅で、ミコトはひっそりと酒を傾けていた。

 そこへまっすぐ、彼とは対極にある“大火のような”気配がやってきて、振り返る。

 

「『炎髪灼眼』?」

 

「隣、座るわよ」

 

 その後ろには、ヴィルヘルミナも。マティルダとは違い、ミコトへの警戒心を露にしている。話す気は無いようなので、会釈だけしてマティルダに視線を移す。

 

「別に変なことはしねーよ。むしろ内通者疑惑あるやつに、切り札がわざわざかかわりに来なくてよかろーに」

 

「私は仲間を疑いたくないの。だからあなたを見極めに来た」

 

「見極めるも何も、言えることは全部吐いたよ」

 

「本当に?」

 

「この戦の結末を見届けるだけで、いいんだ。信頼できないなら、この陣から去る」

 

「ごあいにく。兵団は人手不足、あなたでも見張りくらいの役には立てるでしょう」

 

「おいおい、追い出したいのか引き入れたいのか、どっちだよ」

 

 呆れるミコトに、マティルダは一気に切り込んだ。

 

「あなたのことを信じられないのは、あなたが私たちを信じてないからよ」

 

「……」

 

 一瞬返す言葉を失い、酒を流す手が止まった。

 

「……お前さんらの立場だったら、俺でも信じないぜ?」

 

「そういう存在、そばに置いとくのも危険だし、見ないふりをするのも危険なのよ。だから……」

 

 マティルダは挑戦的にミコトを見据える。

 

「勝負しない?」

 

「は?」

 

「私が勝ったら、あなたが言わなかった“あれこれ”を洗いざらい白状して、私たちを信じさせる。あなたが勝ったら、何も聞かずあなたをここに置く」

 

 グラスを置き、迷惑そうに眉を下げた。

 

「『当代最強』が『歴史上最弱』に勝負ふっかけるって? 冗談きつくねーか?」

 

「思ってたより馬鹿なのね。勝負の全ては腕っぷしによるものだとでも?」

 

 マティルダは、カウンターの奥に並んでいる瓶の一つを、二人の間にドンと置いた。

 

「先に倒れた方が負け。あなた、大した酒豪だって噂じゃない」

 

「それはそうだが……」

 

「審判は私に任せるのであります。さあ、受けるか受けないか、はっきりするのであります」

 

 ヴィルヘルミナがカウンターの内側に入った。

 

「……。先に飲んでたが、いいハンデだ。分かった、受ける」

 

「清めの炎は?」

 

「んなもん使えねー」

 

「なら」

 

 先にマティルダが置いた瓶をねじ開け、一気に飲み干す。

 

「ふ~~~~。効くわねぇ! ……さあ、始めましょう」

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 一杯。

 

「あなた、“覚の嘯吟”との関係は良好?」

 

「まあまあ。悪くはねー」

 

「私は……最高。アラストール最高」

 

「おい……その調子で大丈夫か?」

 

 三杯。

 

「いい男よね~。私の全てを分かってくれるの」

 

「そりゃよかったな」

 

「遠い遠い紅世から私の想いを受け取って、今も一緒にいるのよ~」

 

「そりゃよかったな」

 

 五杯。

 

「あたらし~い~あつ~いうたを~わたし~は~つくろ~~~う♪」

 

「……これ、無理させねー方がよくないか?」

 

「勝負はまだついていないのであります」

 

「お前さんがそう言うんなら、続けるけど……」

 

 八杯。

 

「あなた、好きなひと、いる?」

 

「……」

 

「いるんでしょ、いるだろ~おじさんにげろっちまいな~!!!」

 

「てめーの方が酒を吐かないか心配だよ」

 

 九杯。

 

「あんたが好きなひと~、わたしがあててあげる~」

 

「この酔っ払い。いい加減諦めろよ」

 

「私、諦めが悪い女なの」

 

「いきなり戻った」

 

 十杯。

 

「じつは~ぴんと来ちゃったのね~」

 

「終わりたいこの勝負」

 

「リタイアでありますか?」

 

「めんどくせー」

 

 十一杯。

 

「あなたが~好きなひとは~……」

 

「……」

 

「ティス、じゃない?」

 

「――!」

 

 ミコトの手から、グラスが滑り落ちた。

 

「あらすと~る~……後は、おねがい……」

 

 マティルダはばったり突っ伏して、盛大にいびきをかき出した。

 ミコトは酒で紅潮しつつも、倒れたグラスを立て、こぼした酒を拭った。

 

「……どっちの負けかな」

 

「マティルダが提示した条件は『先に倒れた方』。貴様の勝ちだ、『眇理の還手』」

 

「……」

 

「……酒の席だ。ここでしか言えんことが、“人間には”あるのであろう?」

 

 ミコトは数秒沈思して、横で寝ているマティルダに目をやった。

 

「『炎髪灼眼』のおねーさんの健闘には、応えんとな……」

 

 ヴィルヘルミナに酒を要求し、また一気に呷った。

 

「ティスに恋した……ああ、本当だ。彼女は既に、アシズと両想いだった。別にいいんだ。片思いなんてそこら中に転がってる」

 

「俺にとって彼女は……恩人で、大切な人で、俺を決定的に変えた、きっかけの人、なのかな……」

 

「初めて会った時、彼女は、フレイムヘイズのくせに『自分は俺と同じ人間だ』って言ったんだ。その時……人間なのか何なのか、さっぱり分からなかった俺は、彼女の同じって……その言葉に、確かに、救われた」

 

「彼女に教わったのは、戦い方でも生き残り方でもない、“生き方”だった。フレイムヘイズだろーが関係ない。彼女は“人として”生きていた。生きるってことの象徴で、生きるってことの目標として、俺は彼女に……ああ、恋をした」

 

「そして、あの日……ティスが死んだ、あの日。アシズを止められなかった。人間たちに裏切られ、その瞬間彼女は絶望していた。だが、アシズがフレイムヘイズの契約者としての自分を放棄することは、望んじゃいなかった」

 

「アシズは、俺のそんな説得じゃ止まらなかった。だが、()()()()()()()()()とも、思わなかった。ティスと同じく、アシズも、『生の象徴』だった。だから、俺はもちかけた。『ティスを生き返らせる方法を探す。見つけたら、ティスの想いをもう一度聞け』と」

 

「俺たちは別れて、お互い死を払う方法を探した。アシズは“紅世の徒”として、俺はフレイムヘイズとして。道中で会うことは無かった。……十八年前、呼び出されるまで」

 

「アシズは――」

 

 突然、ミコトは声を詰まらせた。

 

「そう、言って。――」

 

「大丈夫でありますか?」

 

 呼気は音にならず、唇を痙攣させている。酔いによるものではない異常な様子に、ヴィルヘルミナも思わず声を上げた。

 

「封印の影響よ。『都喰らい』の“秘儀”に触れられないための措置……」

 

 シャヘルが代わりに答える。

 

「ミコト、それ以上は黙った方がいい……」

 

 シャヘルからの気遣いを、ミコトは神器を手で覆うという形で抑えた。

 

「俺は……()()させるわけには、いかなかった。だから、殺すこと、を、決意した」

 

 カウンターに、水滴が落ちる。

 

「持てる全てを使って、アシズを止めようとした。だが、それはティスのため、じゃなかった。俺自身のために、あの日の誓いを、反故にした。だから、敵わなかった」

 

 次々と。

 

「俺は、今まで、ティスの死を払うために、生きてきたんだ……。それを自分から捨てた今、できることは……その選択を、否定しないこと……なんだ」

 

 流した涙を隠すように、酒を最後の一滴まで呷った。

 

「ここに来たのは。ここに来たのは……俺が生きてきた導が無くなって。あったのがティスの生き方――フレイムヘイズって生き方だったからだ。だから」

 

 彼の頬から、もう涙は落ちない。

 

「彼女との別れのため。とむらいのため。フレイムヘイズとして、アシズを止めたい」

 

 これまでフレイムヘイズとして生きてこなかった彼だとしても。

 フレイムヘイズとして、その言葉に偽りを感じられなかった。

 

「貴様たちを兵団へ迎えよう。“覚の嘯吟”、そして『眇理の還手』」

 

 アラストールのその宣言を聞いて、ミコトはカウンターに突っ伏して寝てしまった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 あの酔っ払いは、最後まで走り切った。

 友を遺し、希望を遺し、見事にやり遂げやがった。

 遺された恋人は、愛した者の[とむらいの鐘]を鳴らし続けた男を称え、そして散らした。

 その炎は、俺の胸中で燻ぶっていた後悔、無念、懐古……彼女らに貰った“心”にこびりついて身動きを妨げていたそれらを、すっかり焼き払ってしまった。

 

「始原の炎、ねー。本当にあったとは……」

 

「……あなたが魅入るのは、珍しい」

 

 相方の消え入るような声は、不思議とはっきり耳に届いた。

 

「さようなら、アシズ。……さようなら、ティス」

 

 紅蓮一色となった戦場を目に焼き付けて、別れを告げた。

 

「死んだ後くらい、心置きなくイチャイチャしてほしーなー」

 

「……いいの? 一応恋敵なのでしょう?」

 

「愛し合ってる、あの二人が好きだったんだ。恋はついで。それに……」

 

 どーせ一緒の場所へは、()()()()行けないだろうし。拗ねた想いはあえて飲み込んだ。

 だが、気付けば長い付き合いの相方だ……何を考えたのかは、伝わってしまったと思う。

 天罰神サマの顕現に、もはや止めようもなく優勢となったフレイムヘイズ陣営。もう見張りはいらんだろう。

 

「さ、後始末押し付けられる前に行くぜー」

 

「……ずるい。そんなだから白い目で見られるのよ」

 

「半分はシャヘルの『神託』のせーだろ」

 

 軽口を叩きながら、戦場の声から背を向ける。

 

「極東までいこっかな」

 

「……傷心旅行?」

 

「ばーか、違いますー」

 

 夜は長く、まだ明けない。

 だが、細い月がじきに来る夜明けを知らせていた。

 月に――己に、微笑みかけ、宣言した。

 

「新しい旅だよ」

 

 




 これにて1章終わりです。
 しばらく書き溜めに入ります。
 完成させるぞ、おー!
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