【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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 お久しぶりです。本編再開の先触れとして(息抜きしてたら完成してしまった)エピソードを投稿します。
 原作10巻少し前の先代さん時代の話。 Fragments 1 の間に挟まる話です。それを読まなくても「ガヴィダと知り合いなのがミコト」という改変の上で「マティルダとヴィルヘルミナが『天道宮』を借りに行く話」とだけ理解してくだされば大丈夫です。


Fragments 1.5

 

 十六世紀初頭、欧州。

 フレイムヘイズ兵団と[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]の最終決戦たる『大戦』、それの四日前。

 

『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメールと『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは、怪しいフレイムヘイズ『眇理の還手』ミコトを見張りつつ、その時を待っていた。

 世界最大の宝具『天道宮』……というより、それを覆う世界最高峰の隠蔽機構『秘匿の聖室(クリュプタ)』を貸してもらうため、それらの持ち主である“紅世の王”、“髄の楼閣”ガヴィダとの交渉に、二人は臨んでいる。

 それを取り付ける役が、ミコトなのだが……経歴からして()()()()()()()()()()()()危険性を持っている。フレイムヘイズを名乗りながら、“紅世の王”のガヴィダと友誼を結び――それは彼がもう人を喰わず隠居していることから、見逃せるが――、そうでない“紅世の徒”の集まりに当たり前のように顔を出したり、大きめの争いの中心から逃げ出す現場を何度も目撃されていたり……。

 最古のフレイムヘイズには生きた年数が及ばないものの、二千年を超える時間のほとんどを人間の営みの中で過ごしているらしい。が、『人を喰って世界のバランスを乱した』との噂が流れても驚きはしないだろう。その場合は容赦なく討滅を決行するが。

 そんな彼だから、今も尚宿敵[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]と繋がっている可能性が、十分存在する。フレイムヘイズ兵団本拠地へ現れた際の『言い分』は、辻褄が合っているだけで鵜呑みにするのは危険すぎる。何よりも拙いことに。

 

()()()()を、聞かれてしまった)

 

 絶大過ぎる力を未だ保持する“棺の織手”アシズ――彼及び彼の組織が掲げた企図を挫く、フレイムヘイズの切り札にして最終手段を。

 誰一人として気付いていなかった状態で、彼は姿を現した。そのタイミングからして、聞かれていないと考えるのは希望的観測以下の現実逃避だ。

 これの漏洩だけは、絶対に、あってはならない。

 マティルダは警戒を深めつつ、彼の背中を見る。力が感じられず頼りないそれは、全くフレイムヘイズらしくない。人一人分という“存在の力”保持量がそう思わせるのだろうが、それだけでもない気がする。

 ――と、考えたところで。

 

(ま、フレイムヘイズとして()()()()なのはお互い様。私が考えても仕方ないっか)

 

 愛する男(アラストール)のみが受け止めてくれた、自分の生き様を胸に抱き。警戒故の緊張状態を崩そうとしないヴィルヘルミナの肩を叩く。

 

(なんでありますか)

 

(そこまで気を張っても変わらないわよ)

 

 相手は『最弱のフレイムヘイズ』だ。油断はしないが、強張って神経をすり減らしつつ力を高めようとそうでなかろうと、一切結果が変わらない力差がある。

 何より。

 

(私たちと正面切って事を構えようって『気力』が見えない)

 

(それは……そうで、ありますな)

 

“棺の織手”アシズが布告した『壮挙』――そこに新しい可能性を感じた“徒”の興奮、命を賭して実現を奉じようとする[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]の兵たちの熱狂、長く仕えた主の宿願を切り開く『九垓天秤』らの覚悟。

 どれも、一切、持っていない。

 窺えない内面からにじみ出ているのは、精々倦怠感のみだった。

 この倦怠感は、そう。復讐に倦み疲れたフレイムヘイズが発するものと、似ている。

 

「……あ」

 

 監視対象の彼が、小さく声を漏らした。

 顔を軽く上空へ向けており、その視線を追うと――まるで人間が語る神話のように、(きざはし)が一段一段降りてきた。

 

「これが?」

 

「そう」

 

 階の先は途切れ、ただ真昼の空が広がっている。まるで天国へ昇る階段のようだ――とマティルダは()()()()()比喩が浮かび、振り払った。ヴィルヘルミナはそんな彼女を見て。

 

(不吉な妄想でも過ぎったのでありましょう)

 

 彼女から聞かされた作戦が浮き上がり、鉄面皮を固くした。

 それぞれ思いを押し殺しきれない彼女らの様子に、気付かず振り返らず、ミコトは階を上がり先導していく。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

「よう、ミコトとシャヘル! 大体……三十年! 元気にしてたか?」

 

「まー……お蔭さんで」

 

「あなたは……前会った時着想してた……アンブロワーズのなんとか……できたかしら……?」

 

 マティルダの『天国への階段』という印象は、凡そ間違っていなかった。階を登り切り、完璧な気配隠蔽の殻をくぐり抜けて現れたのは、穏やかな日の光に包まれた宮殿。『陽光の宮廷』との名に恥じない、古風な繊細さと新進気鋭の大胆さが調和した、ただただ“美しい”()()だった。

 芸術は分からない、そう自他ともに認めるマティルダでも。

 

(綺麗……)

 

 一瞬、そう見惚れた程だった。

 

「『足を滑らせたアンブロワーズ像』のことだな。ありゃ五年前に完成したぞ、後で見るか?」

 

「そーだな」

 

「……ああ、あの時の……」

 

 無人の庭園を突っ切り、誰も出迎えない宮殿を進み、絡繰り仕掛けを通過し、奥の奥へ分け入った。

 足を踏み入れた最深部の中心では、水盤の上で大きな乳白色の炎が揺れていた。その炎の中で胡坐をかく板金鎧――“髄の楼閣”ガヴィダは、老境に入った男声を親し気に響かせた。

 

「んで……そっちの美人さんは。甲斐性なしの手前(てめえ)が連れて来るにしちゃあ、随分とご立派なお二人じゃねえか」

 

 ミコトは無言で数歩下がった。ヴィルヘルミナは彼を視界の隅から外さずその場にとどまり、マティルダがガヴィダの正面に立った。

 

「初めまして。私は“天壌の劫火”アラストールのフレイムヘイズ、『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメール。こっちが――」

 

「“夢幻の冠帯”ティアマトーのフレイムヘイズ、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルであります」

 

 マティルダが堂々と、ヴィルヘルミナが謹厳に、それぞれ名乗った。

 

「おうおう、よく来た。俺は“髄の楼閣”ガヴィダってもんだ。――んで、俺に何の用だ。彫像の買い付けなら、目録渡すからそこに書いてる住所の男と取引をだな……」

 

「“髄の楼閣”。我々は御主に助力の要請へと参った」

 

 目録とやらを出そうとするガヴィダを制止するように、アラストールが切り出した。

 アラストールから無言で話の主導権を受け渡されたマティルダが、語る。

『都喰らい』から始まった、[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]が巻き起こした戦いを。先日布告したばかりの『壮挙』を。数日後必ず起きる、最終決戦を。

 

「その最終決戦で、野戦を全~部飛び越えて、ブロッケン要塞に突入! ……という作戦を立てたんだけど。それでここ……というか、『天道宮』を隠す『秘匿の聖室(クリュプタ)』を使いたいの」

 

 人の表情は無いが、唖然としたガヴィダ。ヴィルヘルミナは事前に聞いていた故、その“当たり前の反応”を観察する余裕があった。ついでに()()()()()()()ミコトが目を丸くするのも見た。

 

「おいおい……正気か……?」

 

「失礼ね。私はいつでも大真面目よ?」

 

「あ、ああ……」

 

 鎧の頭部を掻いて、ガヴィダは気を収める。

 

「事が済み次第、宝具は返却するのであります。……どうか、ご助力を」

 

 親友の余りにも乱暴だが有効な作戦で、彼女の命が助かる可能性が増えるなら。ヴィルヘルミナは友好的とはいえ“紅世の王”へと、丁寧に頭を下げる。

 

「“冥奥の環”のやり口は、そら気に食わんし……リャナンシーの件も、ある。宝具一つ二つの貸し出しもやぶさかじゃあ、ないんだが……」

 

 気が早くも喜びそうになっている彼女たちに、ガヴィダは厳しい声を放った。

 

「俺に死ね、って言ってんのが、分かるか?」

 

 マティルダたちの要求は貸与であり、この“王”の討滅ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()ので、マティルダは続く言葉を待った。

 

「『秘匿の聖室(クリュプタ)』が目当てとは言うが、これは『天道宮』の一機能。『天道宮』ごと()()要塞へ突っ込むんなら、操縦がいる」

 

 胡坐をかいたままのガヴィダが、手でガシャンと自縛の水盤『カイナ』を叩いた。

 

「これが『舵輪』だ」

 

 意味を解し、マティルダはすぐさま譲歩案を出す。

 

「移動してくれる気無い?」

 

「しねえ」

 

 しかしガヴィダは“徒らしく強情に”却下した。

 

「俺の『死に場所』はここだからな。もうどこへも行かん」

 

 作戦通り『天道宮』を動かすには、ガヴィダの協力、もしくは討滅が必要になると。

 そして、協力した場合……敵中枢の真っただ中に取り残されることとなる。生還の可能性は、無い。

 顔を見合わせるマティルダとヴィルヘルミナ。その横顔に、ガヴィダは『要求』を投げた。

 

「ひとつ! 条件次第で手……じゃなくて、宝具……もだが、この命まで譲って()()()()()()()()

 

「それは!?」

 

 駆け寄るマティルダの喜色が宿った美貌から視点を変え、その奥――鉄面皮を僅かながら崩したヴィルヘルミナへは目を向けず。

 その更に奥、離れて静観していたミコトに、視線を合わせた。

 

「メシ作れ」

 

「……」

 

 彼は気まずそうに目を逸らした。

 

「おい聞いてんのか。手前に、メシ作れ、つってんだぞ?」

 

 言い含める口調には、圧力すらかかっている。

 

「悪い……今は、お前さんが満足できるもん……作れそうに無い」

 

 申し訳なさそうに返すミコトを見て、ガヴィダはがしゃりと立ち上がる。

 

「おいおい……この俺が手前に『最後の晩餐』を要求してんだが」

 

「それは……光栄、だが……」

 

「あん? この死にゆく哀れな老人へ手を差し伸べられないくらいに腐っちまったかのか?」

 

「いや、どうにかしたいけど」

 

 ガヴィダは、いつになく弱気な旧友に、挑発にも似た発破をかける。

 

「それともなんだ? 今の手前は()()()()()()()()()()()()()()()()より腕が落ちてるってか?」

 

 倦怠感が拭えなかったミコトの表情に、少量の鋭さが戻る。

 

「ああ、そうか。肉の焼き方すら忘れちまったのか。残念だ。なら手前に用はねえ。おい美人コンビ、『最後の晩餐』に相応しい絢爛豪華な馳走の配達――」

 

「やるよ」

 

 ぴきぴきと青筋を立てつつ、ガヴィダが提示した『課題』を攫い取る。

 

「どーせまた野菜腐らせてんだろ、買い出し行くぞ」

 

 背を向けてつかつかと最奥の広間から立ち去るミコト。目配せしてヴィルヘルミナが後を追う。

 

「財布はお前さん持ちな」

 

「聞いてないのであります」

 

「無一文なの……持ち物、失って……」

 

「強請顰蹙」

 

 などと声を響かせ、遠くなっていった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

「ねえ、“髄の楼閣”」

 

「ガヴィダでいいよ、姉さん。なんだ?」

 

 気配が完全に遠ざかるのを見計らい、マティルダはガヴィダに話しかけた。遠話は通じているので、今から始める会話は監視中のヴィルヘルミナとも共有される。

 

「じゃあガヴィダ。『眇理の還手』ってどういうフレイムヘイズなの? 私たちは『最弱のフレイムヘイズ』なんてあだ名くらいしか知らないのよ。付き合い長いんでしょう?」

 

「ミコトか? ああ……あいつが、うん。まだまだ()()だった頃から、会ってたが……」

 

「え? じゃあ“棺の織手”とも?」

 

 ミコトは“棺の織手”との因縁は契約時に始まったと口走った。上手くいけば彼が口を濁した『あれこれ』を、この“紅世の王”から聞き出せると踏んでのことだが。

 

「“冥奥の環”と? あいつらって関わりあったのか」

 

 ガヴィダは素っ頓狂な感想を上げる。

 

「なんでも契約時に“色々”あったそうよ」

 

「契約時か、なら俺は知らんな。初めて会った時にゃあ称号持ちの『導きの神』契約者だった。――ああ、ガキってのは外見の話じゃねえ。“心”の話さ」

 

 立ち上がったまま六本腕を組んでいたガヴィダが、よっこらしょと腰を下ろした。あごで促され、マティルダも石床に座る。

 

「千年よりも、もっと古い。俺の通称だって今とは違った、『キングブリトン』を手に世を荒らしまわってた昔さ」

 

 広間の壁に立てかけられている大金槌に、ガヴィダが一瞬目を向けた。

 

「出会いは“紅世の王”と『フレイムヘイズ』――俺は好戦的たあ言えねえし、あいつも積極的に“徒”を狩らねえ――初遭遇はお互いの立場にしちゃあ穏やかなもんだった。――ああ、ミコトは既に調律師として活動してた。復讐は終えた後なのか、それとも初めからんなもん無かったのか……正確な内情は知らん」

 

 調律師。普通は復讐を終えて戦い続ける意味を使命感へと純化させた古強者が担う。『眇理の還手』は初めから異常なフレイムヘイズだったらしい。

 

「俺のお節介()()は昔からのもんでなあ……縁があっての何回目かの鉢合わせで、つい聞いちまったんだ。『手前はなんで生きてるんだ?』ってな」

 

「フレイムヘイズに訊ねるには、割と暴言ね……」

 

 まあな、とガヴィダは頭をかいた。

 

「あいつは答えた。『心を知るため』ってな。……確かに、あの頃のミコトは、抜け殻なんか無垢なんか、フレイムヘイズにゃ必須の“心”って奴を持ってない……じゃねえな、まるで育ってない、そんな感じだった」

 

 フレイムヘイズの契約は、遥か遠き紅世に在る“王”を振り向かせるだけの大きな感情を誘因とし執り行われる。

 

(アラストール、有り得る?)

 

(うむ……既にこの世にいた“覚の嘯吟”と契約した故の……例外か?)

 

 アラストールでも推測の域から出ないようだ。

 

「『どうしてか』、って質問にゃあ『貰い物だから守るため』、確かそう言ってた。……ああ、なんとなく。ミコトに心ってやつを教えたのが、“冥奥の環”なんじゃねえか?」

 

 ミコトの口ぶりでは、その時の“棺の織手”はフレイムヘイズの“王”。まだ、『棺の織手』ティスが生きていた頃だった。

 

「話がずれたな。ええっと……そう。当時のあいつはそういう精神論についてはまるで無知だったからな。シャヘルも()()()()()()()今よりずっと無口で、宛てにならんかった。見当違いの方向へ行っちまうなんて目に見えてたから、軌道修正に『いつ貰ったのか、なんで貰ったのか。向き合ってみろ』――そうアドバイスしてやった」

 

 それでなあ、とガヴィダは嬉しそうに続ける。

 

「次に会った時――アドバイスから十年ほど後か。削る前の大理石みたいだったあいつに、ちょびっとだけ、表情ってもんが生まれてた。んで、『食ってみろ』って手料理なんか振舞い出してさ。……その辺の家庭料理並みかそれ以下か。荒っぽいし分量もちぐはぐだし、お世辞にも上手くは無かったが。芸術に目覚めかけてた俺には分かったよ。()()()()()()()って」

 

 気にかけていた存在の成長を目の当たりにした記憶を、ガヴィダは懐かしそうに振り返る。

 

「そっから再会の度に、ミコトは俺に料理を振舞ってくれるようになった。“料理人”としてのあいつは、新しいもんを生み出して世を変える『天才型』じゃあないが、従来の技術に天才が編み出した新しい流れを組み込み一般化させる『秀才型』ってやつだった。あいつ自身は天才にゃ敵わねえって常々零してるが、『最後の晩餐』の料理人を選べんならミコトだって、俺ぁずっと決めてた」

 

 熱っぽく、そう断言した。

 

「ミコトの料理には、誰かを喜ばせたいって“心”が宿ってんだ」

 

“紅世の徒”最高の芸術家が認めた、最高の料理人。

 人並みに食べることが好きなマティルダも、フレイムヘイズとして以外で“彼”に興味がわいてきた。

 

「あなたの『最後の晩餐』、私もご相伴に預かれるのかしら?」

 

「安心しろ、ミコトなら言われんでも全員分作る」

 

 だがなあ、と突然、ガヴィダの声が沈んだ。

 

「ありゃ駄目かもな」

 

「?」

 

 重い重い溜息。

 

「死ぬほど落ち込んでるぞ、あいつ」

 

「あなたにはそう見えるの?」

 

「いや、見えん。あれは内に貯め込むタイプだ、言わねえ出さねえって決めたことは、()()()()隠すやつだ」

 

 なんか死なんが、ぼそりと付け足した。

 

「……初めてだ、俺から料理を『催促』したのは」

 

 ガヴィダの語りと彼とのやり取りから、マティルダは閃く。

 

「言われないでも勝手に作る人だった」

 

「ご名答」

 

 マティルダが差した指先に合わせるように、ガヴィダも人差し指を向けた。

 

「もしかして……私たちの作戦、絶不調のシェフに委ねられてるの……?」

 

『最後の晩餐』の評価次第で、命運は分かれるのかと。

 ガヴィダは首を横に振った。

 

「安心しな、姉さん。姉さんらには別に『頼み事』があるから、それ聞いてくれんなら駄賃で送ってやる。……俺の作風に抑えきれねえ“晩年の空気”が宿って久しい。そろそろ完結(フィナーレ)の頃合いかって考えてたとこだ」

 

 難しいことじゃねえ、リャナンシー(イジケ娘)への言伝だ。そう捕捉する。

 

「なーんか様子がおかしいからつついてみたんだが、料理を拒否するまでとはな。潮時なのかねえ……」

 

 挑発も発破も、ミコトへの心配からだったらしい。

 

()()()()ため込む内面を吐き出させる方法、何か無いかしら?」

 

「なんでえ。姉さんも大概なお人好しじゃねえか」

 

「私が優しいのは『進もうとしてる人』だけよ。返すのは、あなたが譲ってくれるものの大きさへの敬意と、そのきっかけを確かに作った彼の行動に対してだけ」

 

 長い髪を払いつつ、マティルダは言った。余りにも強いフレイムヘイズの姿に、ガヴィダは感嘆の息を吐いた。

 

「更に、『眇理の還手』には“棺の織手”の元へ戻られてはならない事情もある」

 

 マティルダが進もうとする道を、理で裏打ちするアラストール。彼女はちらりと“コキュートス”を見て、笑んだ。

 アラストールは、先にマティルダが語らなかった“ミコトから聞いた事情”を話す。『都喰らい』に(恐らく望まず)関わったこと、そのために十八年間身動きを封じられていたこと。そして、フレイムヘイズ側の『切り札』を聞かれてしまったこと。

 

「『切り札』? ……あー、俺は聞いちゃいかんやつだ。口軽いからなあ」

 

 つい口から出た疑問を、手を振って掻き消した。咳払いの後、ガヴィダはマティルダの問いに答える。

 

「料理の次にあいつが好きな物は、酒だ。ぐでんぐでんに酔っぱらわせりゃあ、ぽろっと吐くかもしれん」

 

 ただ、と気まずそうに続ける。

 

「ミコトが酔い潰れたとこは、俺も見たことがねえんだ。どんだけ飲ませりゃそうなるかも、飲ませたところでそうなるかも、悪いが分からん」

 

「ふうん……お酒には強い、と」

 

 どうにかミコトの内面を探る算段を弾き始めるマティルダに、ガヴィダは“紅世の王”としての声で語る。

 

「んで、フレイムヘイズとしてのミコトだが……」

 

 声色の変化に、マティルダは戦士としての表情に戻った。

 

「敵に回すことがあんなら、気を付けろ。『最弱』ってあだ名だが、それはあいつが()()()流してるもんだ。生存戦略ってやつであって、そこらのフレイムヘイズより余程腕が立つ」

 

“存在の力”の統御量は『最弱』に違いないが、実像はそうでないらしい。

 

「例の『死なない』ってやつ?」

 

 ちらりと聞いたことがある。

 

「仕組みは知らんがそれもだ。何より自在師としてのミコトにタメ張れるなら……ああ、それこそリャナンシーくらいだ」

 

 自在式の自由な構築と起動。夢のような力の持ち主は、今鳥かごに囚われている。

 

「確かなの?」

 

 ガヴィダは思い出す。

 世話した少女への苦情が止まらず。

 

(――「えー、また……? 追うこっちの苦労、分かってんのかー?」――)

 

 文句を言う彼を宥めすかして、追わせた結果。

 

「俺自身はさっき言った通り、まともに戦ったことは無い。けどな……人間“徒”“王”と、今でも多い知り合いの中で、いたずら娘(最高の自在師)の首根っこ掴んで方々に頭下げさせるなんて真似ができたのは、ミコトだけだった。リャナンシーは反省なんざしなかったから、口先とか性格とかじゃあない。腕づくでってなる」

 

 一度も仕損じたことが無かった。

 暖かい追憶の内に宿る、恐るべき真実だった。

 

「リャナンシーは……言わんこっちゃねえ、ああなっちまったが。ミコトは己を弁えてる分だけ、厄介だ。隠すもんは隠し切るし、必要なら嘘も吐く。簡単には()()()()()()()()気概も、あった」

 

 しかし、こうなってしまったと。

 

「……ったく、“冥奥の環”のやつ……」

 

 ガヴィダは何度目かとなる大きなため息を吐き、“友達を傷付けた”ことへの恨みを口にした。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 宝具『カイナ』から動けないガヴィダの前には、円卓が出現している。不動の主が友と語り合うこの場所の、機能の一つ。

 円卓の上には、贅を凝らしたまさに『陽光の宮廷』に相応しい料理――ではなく。

 

「あら、意外と普通なのね」

 

 マティルダたちもよく世話になる、俗に言う『居酒屋料理』ばかりが並んでいた。古今東西の、しかし庶民的という点で統一された献立らしい。それらは種々雑多に無秩序に、円卓を賑わせている。

『最後の晩餐』と言うからには、もう少し特別な物と想像していたが。

 

「おう、これだこれだ!」

 

 主賓の――舌で味わうため人化している――ガヴィダは、大満足の様子。

 

「“絢爛豪華な馳走”なんて心にもねーこと言うテメーに……おら、作ってやったぞ」

 

 ミコトに火をつけたのは、その言葉だったらしい。

 

「『天道宮』及び『星黎殿』完工記念パーティーより抜粋、今日買えた食材でのアレンジも含む――だ」

 

 円卓の上の料理群に、そのような名がつけられた。

 これらは、偽りなく“世界最大の偉業”を成し遂げた後、手を取り合った技師芸術家思想家政治家彼らを支えた家族ら“紅世の徒”“紅世の王”『フレイムヘイズ』――なんの垣根も無く祝った、ガヴィダが経験した最も大きく最も幸せだったその時の、パーティー料理だった。

 

「へえ……美味しそうじゃない」

 

「否定はしないのであります」

 

 マティルダとヴィルヘルミナの席にも“当たり前のように”並んだそれらに、『客』たちは食欲をそそられていた。

 

「よーしよし……これでどっかの知らん宮廷料理なんざ出しやがったら、机をひっくり返してたぞ」

 

「んな恥ずかしい失敗、今更する訳ないだろ」

 

 最後まで立っていたミコトが、席に着く。

 

「待たせたな、美人コンビ。『最後の晩餐』の始まりだ!」

 

 ガヴィダが音頭を取り、それは始まった。

 

(『最後の晩餐』、ねえ……。私にとってもそうなるのだろうけど……うっかり零しでもしたらヴィルヘルミナに何されるか)

 

 友人を気遣いつつも、種々様々な料理に舌鼓を打つ。

 

(あ、ザウアーブラーテン。……懐かしい風味ね、ラッキー)

 

 思わず笑みが浮かんだそれを口につけたのは、誘導された末だった。

 マティルダはそれに気付かない。

 

(『最後の晩餐』……マティルダは自分にも当てはめているのでありましょうな……)

 

 隠したそれをあっさり見破りつつ、ライ麦パンを手に取る。

 

(“スプーンの立つ”スネルトゥでありますか……腕前は確か、でありますな)

 

 一瞬見張りを忘れて感嘆したそれを口につけたのは、誘導された末だった。

 ヴィルヘルミナはそれに気付かない。

 

(『最後の晩餐』。品も味も文句はねえ)

 

 ガヴィダはこっそり、来賓二人の様子を盗み見た。彼女らの前にさり気なく置かれた()()()()()()()作られた品目は、評判上々なようだ。

 

(嫌味なくらい腕上げやがって)

 

 最上級の作為は、自然が作り出した物をも不自然だと()()錯覚させ、()()()()()()()()()()計算を気取らせない。

『客』を視線誘導させる、見た目彩り器の外見。『客』に手を伸ばさせる、配置距離感器の形。客が食べる順番、時間。季節や室温に湿度まで――『全て』が計算し尽くされていることを、芸術家のガヴィダだけは分かっている。料理人ではないから読み切れないが、調理法や味付け、手に入った食材や選んだ献立も『人の手で作った天衣無縫』の域に達しているのだろう。

『天才』ではないと自覚するミコトが、限りない時間とどこへでも伸ばせる足を惜しまず利用し、学んで研究して盗んで取り込んで昇華させて極めた結果が、これだ。

 客を満足させるという一点を追求した、『天才』すら到達不可能な“もてなし(作為)”の究極系。……協力者という()を与えず『生涯最高の満足』を求めた場合のみ味わえる、ミコトの本気だ。

 真っ白で平らな大理石が、よくもまあこのような“芸術作品”になったものだ、と感慨に耽る。

 

(しかし……無理させちまったかなあ……)

 

 品も味も心地よさも、完璧だ。だが、ガヴィダが最も評価し最も好んだ彼の“心”が……乗り切っていなかった。

 

(まあ、今のあいつの精一杯は伝わった。合格として――ん?)

 

 晩餐会が進み、空の器が自動的に片づけられた結果初めて気づいた一品。

 小さな器に注がれている、とても色の薄い……恐らくスープ。

 

(……あの時のパーティーには、無かったはずだが……)

 

“自分用”かと円卓を見渡したが、これの配置は『客が最も取りにくい場所』。最も近い主人(ホスト)からさえも、多くの品を避けねば手を伸ばせない位置だった。地味な見た目も相まって、他の料理にすっかり埋もれてしまっている。

 疑問を浮かべつつ、手に伸ばし飲んでみた。

 

(――)

 

 味は見た目通り、薄い。スープにしては淡すぎて、白湯にしては主張しすぎる――中途半端なもの。口直しの意図で置かれた物だろうが……微妙な浮き加減は折角の『完璧なバランス』を崩していた。

 だが、あたたかい。

 

(なんだ……できるじゃねえか)

 

 自然な笑みが浮かぶ。()()()()()最期の料理に、出会えたのだから。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

『最後の晩餐』から三日後。『天道宮』はハルツ山地の麓まで移動していた。

 フレイムヘイズ兵団総大将である『震威の結い手』による見立てでは、会戦は明日。間違いなく起こるそうだ。

 

「本当に行くのか?」

 

「おう。俺の生涯最期の晴れ舞台ってやつさ」

 

『カイナ』にもたれかかるミコトに、ガヴィダは笑いかけた。

 

「『天道宮』の移動なら俺もできるし、……死なないから。今からでも変わるぜ?」

 

「いいっこ無しだ、そりゃ」

 

『死なない』からこそ断ち切れていなかったのだろう呪縛から、誰より優しく育った友を守るために。ガヴィダが隠したそれを、ミコトは察しこそすれ見抜いてはいない。

 何より……明日決行する不帰の旅路の『結果』は、無駄死にではない。ガヴィダはそう、信じている。

 

「にしても、随分すっきりした顔になってんじゃねえか」

 

「……」

 

 三日前の夜、『最強のフレイムヘイズ』に挑まれた勝負の記憶が、ミコトの脳裏に蘇る。

 

「『炎髪灼眼』に、何吹き込んだんだ」

 

「友達の話を色々とな」

 

 試合に勝って、勝負に負けて。誰にも言わなかった、二千年を捧げたある女性への想いを、ミコトは酒に任せて吐き出していた。

 

「……けど、ありがとう。三日前よりはマシな料理、今なら出せそうだ」

 

 何か作ろうか、といつもの調子に戻ったミコトを、ガヴィダは手で制す。

 

「いいもん食わせて貰ったんだ、十分だ」

 

「……そうか?」

 

 気分が乗り切らないまま出した『最後の晩餐』だった。ガヴィダなら見抜くはずだ。

 

「一品だけだがな。あのくそ不味いスープもどき、ありゃなんだ」

 

 罵倒という皮を被った、称賛。ミコトは顔をしかめてみせて、……ほんのりと、笑った。

 

「初めて作った料理。初めて、褒められた、料理」

 

 

 

~ Fragments 1.5 『最後の晩餐』~

 




『最高の料理はおふくろの味』という思想持ちのミコトに本気を出させれば、凄まじいものが出来上がる。
本編では料理サポートばかりしていたな、と思い出し、限界を出させてみた。(タイミング的に不調ではありましたが)
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