【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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とっても遅筆で、申し訳ありません。


外れ行く“あるべき”
5 舌の上の“存在の力”


 

 池速人は、ちょっとした幸福の中にあった。

 それは、想い人である吉田一美とデート……にはとても見えないし実際そうでないが、ともかく二人きりで過ごせていたからだ。

 今日は吉田の誕生日、その前日。速人は家が近いことや誕生日プレゼントの一環にかこつけて、パーティー料理の買い出しに付き添っていた。

 八百屋から出て彼女から誕生日プレゼントの希望を聞き出し、微笑みを独占していたのだが――。

 

「あ、池さん」

 

 これは自分ではない。自分はさん付けからは抜け出せている。心の中で思いっきりしかめっ面を浮かべながら、吉田の視線の先を見ると、確かに時代錯誤な着流しに草履の兄が。

 兄雅人もこの声に気付き、

 

「あれー、速人に一美じゃん。珍しいな」

 

 のんきに返事をする。速人は吉田からは絶対見えない位置から、剣呑な表情を見せた。

 

「そんな買い物して、どしたー?」

 

「それは誕生会……えっと、その……」

 

「吉田さんの誕生会を、明日やるんだ」

 

 面倒なのでもう真実をぶちまけてしまうことにした。

 

「プレゼントの一環で、パーティー料理の買い出しに付き合ってたんだ」

 

 ぶっきらぼうに。

 

「へー、そりゃご苦労」

 

 速人は雅人が余計なことをしないことを、切実に祈るのみだ。

 

「速人、先に家帰ってるな」

 

 最低限の空気は読んでくれたか、と内心胸を撫でおろし。

 

「がんばれよー。お姫さまを守る騎士サマー」

 

 爆弾を投下して去った。

 

「さっさと帰れっ!」

 

 若干上ずった声で大きな声を出してしまい、その類に弱い吉田に

 

「ご、ごめん」

 

 静かに謝る。

 しかし吉田は。

 

「池さんっておもしろい人ですよね」

 

 全てを冗談と受け取っており、くすくす笑っていた。兄の真意にこれっぽっちも気付かない吉田に、安堵しつつ少しだけ

 

(……)

 

 少しだけ、拗ねた気分となってしまった。

 

「あの、池君。変なこと聞くかもしれないけど……」

 

「なんだい?」

 

 吉田の緊張を敏感にも嗅ぎ取り、速人はあえて軽く明るく返す。

 

「お兄さん……は、えと。病気で御崎市から離れてたんだよね?」

 

「そう、だけど……」

 

「その……前と後で、池君は……違和感とか、ないかな?」

 

「違和感?」

 

「例えばの話! だから……その……」

 

 折角の吉田との時間を兄の話で潰したくないが、それ以上に吉田と世間話以上の真剣な話が出来ることが、嬉しかった。

 

「違和感バリバリさ」

 

 驚きで目を丸くする吉田に、理知的な微笑みを向ける。

 

「吉田さんにだけは言うよ。……あ、坂井は知ってるけど」

 

 恋敵も知っているとはいえ、秘密を共有できるということが、嬉しかった。

 

「兄さんは、病気じゃなくって家に引きこもってたんだ。帰ってきたって時期が、家族に顔を出した時期」

 

 吉田が飽きずに聞いてくれているのを確かめつつ、秘密を打ち明ける。

 

「兄さんが引きこもって、家は半壊して。出てきたら家のぎすぎすしてた空気も良くなってさ……ほんと、振り回されっぱなしだよ――って、愚痴になっちゃったな」

 

「ううん」

 

 吉田の大きく首を振る動作と表情で、嫌がらず真摯に受け止めてくれていることを知る。

 

「ぎすぎすしきった空気に慣れてたから、今のちょっと平和になった家に違和感はあるけどさ。……悪くないし、感謝はしてるよ」

 

「そう……池君、よかったね」

 

 それきり会話は他愛の無いいつもの感じへと戻り、普通に別れた。

 

(吉田さん、なんであんな悲しそうな顔をしたんだろう)

 

 言祝いだ彼女は、悲しそうな笑顔だった。後悔でも怒りでもない、悲しそうな顔。

 速人には彼女の表情の理由が、分からなかった。それが分かるとすれば、その時自分と吉田の関係はどうなっているのだろうか――テストと違って答えの無い問題に、速人は思いを沈めていった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 翌日。吉田はそろそろ料理の準備を始めようかとキッチンに下りた時。

 ピンポーン、と耳に慣れた呼び鈴が鳴り、肩をぴくりと震わせた。

 

(みんなが来る時間よりすごく早いけど……)

 

 一応父母には任せず、はーいと返事しながら扉を開ける。と

 

「こんばんはー、誕生日おめでとー」

 

 池速人の兄――いや、この街のフレイムヘイズの一人、ミコトが立っていた。

 

「あ、ありがとうございます……。どうして?」

 

 困惑しつつ、招き入れる。

 

「あの量を料理すんの、ぜってー大変じゃん。世話んなってるから誕生日プレゼント」

 

 彼は料理の手伝いを申し出てくれているのだ。

 

「待ち合わせは八時だよな。料理は間に合うが、身支度できんぜ」

 

「あっ」

 

 パーティー料理のことだけで頭がいっぱいになっていて、自分の着替えや化粧のことはすっかり吹っ飛んでいた。

 

「お願いします……」

 

「だいじょーぶ、あくまで補助、黒子に徹するから」

 

 それに、彼に料理を見てもらってアドバイスをしてもらえるなら、“彼からの誕生日プレゼント”としてこんなにいい物は無いだろう。

 メニューを伝え、これでいいかを訊ねると。

 

「腹壊す食べ合わせじゃなきゃ好きにすればいい。お前さんの晴れ舞台なんだから」

 

 そう、後押しをしてくれた。

 吉田が野菜の皮むきを頼むと、軽い返事と共にやり遂げる。自己流の調理法の是非を訊ねると、理由を述べつつ明快に答えた。二人で調理器具を洗って片付けていると、さり気なく火の調整を促してくれた。

 皿の準備まで全て終えた時、吉田はまるでパズルがひとりでに組みあがっていった様な爽快感を得ていた。

 

「ありがとうございました。ミコトさん、プロの料理人みたいでした……」

 

「趣味だよ。プロの下で修業したりもしたが」

 

 そう言いつつ、たすき掛けを外して

 

「じゃ、帰るな」

 

「え!?」

 

 そのままふらりと玄関へと歩いていく。

 

「そんな、お礼が……」

 

「ああ、俺が手伝ったこと、特に速人には内緒な。折角の一美の料理に水を差しちまうから」

 

 そう言い残し、手を振って去っていった。

 吉田の下に残ったのは、身支度できる時間と最高においしい“自分の”料理だった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 翌日、吉田は意図していつもミコトと行き会う時間を選び、彼を探した。

 先走り過ぎたらしく、彼の姿は見えない。きょろきょろと商店街の中を探していると。

 

「やー、昨日はお疲れさん」

 

 緩い笑みと共にミコトが声をかけてきた。探し人を見つけた喜びを顔に出す前に、お礼のために腰を折った。

 

「そんないいって。気にするんなら……そうだな、料理の評判とか聞こうかな」

 

「とっても素敵なパーティーでした」

 

 通行人の邪魔にならないようシャッターの下りた店の前に移動し、普段より声を弾ませて昨夜の出来事を語った。

 マージョリーが来たと思えばみんなが一斉にやってきて、腰を抜かしたこと。

 弟の健が悠二に度重なるいたずらを仕掛け、ついにはパーティーを台無しにしかねない洒落にならない行為までやってのけたこと。

 しかしそれは自分からの誕生日プレゼントが、気に食わない悠二のためではなく姉である自分のためと示そうとした行動であったこと。

 弟からの誕生日プレゼントは……ウェディングドレス姿の自分とタキシード姿の悠二、そして集ってくれた皆との笑顔の写真だったこと。

 

「お料理もお陰様で、とっても評判良かったです。前より上手くなったんじゃないかって言ってくれましたよ」

 

「いや、それは一美の腕前が上がっただけだろ。――にしても、もんのすごくおもしろそーな誕生会だったなぁ」

 

 頷きつつ、感心したような口調で言った。

 

「はい、とっても素敵なパーティーでした。ですから――」

 

 夢のような出来事だったと、もう一度重ね。

 

「私からお礼のお料理を振舞えなかったミコトさん――それと、カルメルさんに、改めてお礼がしたいんです」

 

 ミコトは目を丸くした。初めて会った頃を思い出し、かつては無かった積極性を見出した。

 

「でも、ミコトさんにお料理を出せるような腕前はありませんし……」

 

 何か別の欲しいものは、と続けようとしたが、遮られる。

 

「そーだな、一美の料理が食べたい」

 

 相手はプロと言っていい料理人、素人が(それなりに努力して、と吉田は付け足しておく)作った料理など舌に合わないと思っていたのだが。

 

「いいんですか……?」

 

「一回食ってみたかったんだー。悠二の弁当の余りでいいからさ」

 

「その……」

 

 本当に自分の料理などでいいのか、と訊ねたいが、失礼になるかと言い渋っていると。

 

「作るのも、食べるのも好きなんだ」

 

 深みのある、どこか切ない声で柔らかく言った。表面上の軽い嗜好の話ではなく、もっと奥に大切な物を秘めているようだった。

 

「分かりました」

 

 その内側まで分け入るほど、吉田は無神経になれない。

『本当のこと』を知っても、彼とは時々レシピについて相談できる“良き友達”でいられる。

 

(だから……どうか)

 

 使命に生きるカムシンと真逆の存在だからこそ。

 

(ずっと)

 

 そう願って、しまった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

「シャナちゃん……わざと――ううん、何でもない! チャレンジチャレンジ!」

 

「言う通りにやった」

 

「どうして……火加減はずっと見てたのに……」

 

 ヴィルヘルミナ・カルメルのために開くサプライズパーティー、その特訓で緒方、吉田、そしてシャナは吉田家に集っていた。

 吉田は高をくくっていた。シャナが十中八九十食材を『黒焦げの何か』に変えてしまう自在法顔負けの技術(?)は、自分さえ気をつけていればどうにかなると。

 それは、叶わなかった。

 

「もしかして、コンロが故障したのかも……」

 

 しかし、何度点けて消しても、吉田が扱う時と変わらず絶好調だ。

 

「そういえば、千草さんもお手上げだったっけ……」

 

「クリームなら出来た。白くて甘かった」

 

 緒方はおろおろ困り顔で、シャナは固く少し落ち込んだ顔で、それぞれケーキ作りの()()を思い返す。

 コンロを始めとする器具にも問題はない。最終的に“きっちり待たせる”以外のことをさせなかった自分の指示も問題は皆無なはずだ。

 

(あ、キッチンタイマーが壊れて……!?)

 

 正確に時を刻む吉田家居間の時計秒針と見比べたが、やはり故障などではない。

 残る問題は、あまり指摘したくないがシャナ自身……。

 

(シャナちゃんがそんなこと……)

 

 と、昼に聞いたばかりのシャナの一言が蘇る。

 

――「普段は、お湯入れるのと温めるのを買ってくるだけだし……」

 

 それは、ヴィルヘルミナ・カルメル“も”料理下手だからではないか?

 となれば。

 

「もしかして、シャナちゃんが……『シャナちゃん』だから、じゃないかな――!?」

 

 緒方がいる前で明言は出来ないが、シャナが下げるペンダント――アラストールを見ながら言ったことで伝わった。

 シャナがフレイムヘイズだから、ではないかと。

 

「緒方さん……その。ちょっとだけ()()()()したいから、今日は……」

 

「う、うん。頑張ってね!」

 

 緒方は戸惑いつつも、追及せず外してくれた。両親の目もあるので、緒方の気配が遠くまで行ったことを教えてもらってから、自分たちも外へ出た。

 

「お料理が苦手なのは、シャナちゃんがフレイムヘイズだから、じゃないでしょうか……?」

 

 吉田は半分恐る恐る、コキュートス内のアラストールに訊ねる。

 

「フレイムヘイズであることが料理の腕前に関係するとは、……いや、むむう……」

 

「どうなの、アラストール」

 

 とことん歯切れの悪いアラストールに、シャナがせっつく。

 

「確かに、料理が不得手なフレイムヘイズは()()()()()……否、むしろ多いが」

 

 それは料理とは無縁な王侯貴族だった討ち手が多いことや、その気になれば食事は不要という人から外れた体質に寄るものだと考えられている。フレイムヘイズと料理に直接の関係は無いはずだと、アラストールは説明する。

 

「なら……やっぱり『自在法』とか……」

 

「それは無い」

 

「うむ」

 

 料理に影響するような“存在の力”は動いておらず、それを無意識に垂れ流すほどシャナは未熟でもない。

 このままでは埒が明かない。ちっとも上手くいかない『黒焦げの何か』の束を見て思った“最後の手段”を、二人に提案する。

 

「あの。ミコトさんに相談……しませんか?」

 

 困り顔だったシャナの表情が、きりりと引き締まる。やはりシャナにとって彼は警戒対象なのだと、吉田は実感する。

 

「吉田一美よ。本当に『それ』しか策は無いのだな?」

 

「はい」

 

 アラストールの問いに、吉田は決意を込めて頷いた。

 

「分かった」

 

 シャナも、ただ“いや”なだけでヴィルヘルミナへの日ごろのお礼を諦めたくない。

 かくして『炎髪灼眼の討ち手』は『眇理の還手』に料理の師事を仰ぐこととなった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 急遽『眇理の還手』ミコトに是非を問うたところ、彼は二つ返事で引き受けた。

 場所は“一般人の邪魔が入らない場所がいい”とのことで、佐藤家の厨房と相成った。

 

「検討はついているのか、『眇理の還手』よ」

 

 アラストールが重く――しかしどこか信頼を込めて――問いかける。

 

「この“フレイムヘイズ料理マスター”ミコトに任せなー」

 

 どう考えても自称な胡散臭い二つ名に、シャナは呆れ返りそうになる。が、彼が自分の料理下手という極大なるコンプレックスを解消するための命綱だと思い出し、表情筋を引き締めた。

 

「何が問題なの」

 

「まずは実感しろ。目をそらすな」

 

 そう言って、ミコトはヴィルヘルミナに出すメニュー、パンネンクックを作り始める。吉田に見せてもらった料理本と変わらぬ工程、吉田が見本にと作ってくれた姿ともほとんど変わりなかった。

 

「ほら、食ってみろ」

 

 熱々のそれを口に入れると――

 

「吉田一美のものより不味い」

 

 何かが違った。何故か、旨さがちぐはぐだった。

 

「それでいい、舌まで音痴じゃねーみたいだな。さて、一美のと何が違った?」

 

 戦いで敵を見極めるが如く、ミコトの一挙手一投足を監視し続けた。何も妙な真似はしていない。違いがあるとすれば……

 

「料理した人物」

 

 それしか考えられなかった。

 

「惜しい。正解は“フレイムヘイズかそうでないか”だよ」

 

 しかし、ミコトは吉田が指摘した“その違い”が原因だと言う。

 

「ここからは理論編。先に言っとくが常識に凝り固まるな」

 

 自らは丸椅子に座り、シャナにも促す。一瞬迷い、ヴィルヘルミナとの勉強で立っていると怒られた記憶が蘇り、続いて腰かけた。

 

「せっかちなお前さんに答えを告げとくと、これが不味かったのは()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「あり得ない」

 

「何故?」

 

「何も感じないし、食材は存在構成を保ってるから」

 

 シャナの大真面目な指摘を、ミコトは頷きつつ否定した。

 

「それは正しいが……()()()()()()()()()、言ったろ?」

 

 答えだけで真実にたどり着けるわけではない――そう、この世は不条理だ。

 今は教わる側だということを思い返し、無言で続きを促した。

 

「人間の感覚で最も『鋭い』と言われてるのは、目とどこだか知ってるか?」

 

「舌先」

 

「正解」

 

 毒物を最も取り入れやすい『口』の異常を察知するため、刺激を感知する受容器が多い。

 

「フレイムヘイズの気配探知じゃ気付けない細かい“存在の力”の乱れを、舌先が感じ取ってるのさ」

 

「そんなこと……」

 

 あり得ない、と言いかかって飲み込む。この『授業』では常識を捨てねばならない。

 

「気配探知外の“乱れ”は、フレイムヘイズや“徒”の関わったもの、触れたもの、見ただけでも――時には発生する。探知が可能なくらい“決定的な乱れ”が起こると、形が崩れ“存在の力”へと還る。そうはならない“乱れ”は()()に本来備わっている“修復力”によって、『違和感』だけを残して正常に戻る」

 

 この世界には確かに、“修復力”が備わっている。それに働きかけるのが『調律』らしいが、シャナはまだ実感できない。

 

「“存在の力”に干渉できる、フレイムヘイズや“徒”、トーチやミステス、極々まれな人間は、容易に“存在”を乱し傷つけるのさ。さて、物質の“存在の力”を吸収できない理由は?」

 

「存在を薄めるから」

 

「逆に人間が“喰う”のに適しているのは、“徒”のコアみたいなもんの『意思』と共鳴できるから。そして、物質を喰って“薄まる”に留まるのは、極々一部分が――」

 

「“共鳴可能”だから?」

 

「ご名答」

 

『授業』が始まって、初めてミコトが満足げに頷いた。

 

「鍵は共鳴。お前さんの料理が黒焦げになるのは、炎と必要以上に共鳴しちまってるからだ。まず、厨房は戦場じゃなく、料理の炎は武器じゃーないことから()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな物騒なことを口走って、立ち上がる。よく見とけ、と再びコンロの前に立ち、()()()()()()()()()パンネンクックを作り出した。

 

「どーぞ」

 

「……っ!」

 

 味見をするだけで分かった。これはとてもおいしい料理だと。

 

「料理は楽しみ。これを自分の手で振舞えることを想像しながら、うっきうきでやるのがコツだよ」

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 最悪間に合わなければ、“存在の力”への干渉をできなくする自在法をかける――ミコトはそう言ったが、ぎりぎり『黒焦げの何か製造機』から卒業できた。本当にぎりぎりだった。

 彼が言った通り、“存在の力”やら制御やらを考えるより、純粋に“ヴィルヘルミナに美味しいものを作りたい”と願うこと。それが脱却への鍵だった。

 ヴィルヘルミナへのサプライズは大成功した。ヴィルヘルミナを喜ばせたいという表の目的も、悠二のことを知ってほしいという裏の目的も。

 

「ご馳走様であります。よくぞ、ここまでの物を……」

 

「太牢滋味」

 

 ヴィルヘルミナの無表情は穏やかで、ティアマトーのぶっきらぼうな声は柔らかかった。

 育て親に似て謹厳実直なシャナは、自分だけの力で成し遂げたのではないことを、包み隠さず述べた。

 

「最後までここで見てくれてた吉田一美と、焦がさない方法を教えてくれた『眇理の還手』がいたから」

 

 いつもに比べ数段階も緩んでいたヴィルヘルミナの表情が、引き結ばれる。

 

「焦がさない方法。とは」

 

「空言警戒」

 

 シャナは教わったこと、体得したこと、感じたことを余さず伝えた。

 

「そう、でありますか……」

 

「一且安心」

 

 ヴィルヘルミナたちが安堵した気持ちも分かる。シャナ自身も、吉田に持ち掛けられるまで彼に自分から関わりに行くなどとは夢にも思わなかった。

 ヴィルヘルミナは数分無言で何かを考え、やがてシャナに訊ねた。

 

「貴女自身は彼のフレイムヘイズを見て、教わり、どう感じたのでありますか?」

 

「……」

 

 一個の他人として、そしてフレイムヘイズとして。

 

「人間に寄り過ぎてて、フレイムヘイズには見えない。……だけど、ヴィルヘルミナたちやアラストールが言う通り、フレイムヘイズにも見える」

 

 炎と刃を交わす戦いの場での姿より、炎と包丁を操る厨房での姿の方がしっくり来る、シャナでもそう感じた。

 それが未熟な戦場にて他人まで危険に巻き込む“善意のフレイムヘイズ”なら、今すぐにでもこの街を追い出していた。

 しかし、戦場に立ち生き残るだけの――フレイムヘイズの器とも違う――“力”も持っている。

 何とも捉えどころのない、あやふやで苦手な存在だ。

 

「フレイムヘイズとしての信用は置けない。……でも、“この街を守る”って理由を持つのなら……例えば、私たちがそうじゃないと街に置かないって言うのでも、それは守ると思う」

 

「つまり、我々の()()を聞くだけの信用は置ける、と?」

 

「そう、だけど……」

 

 シャナが考え込み過ぎて、苦いものを食べた様な顔をする。その様子が“少し背伸びさせて”難しい問題を与えた幼き日を思い起こさせた。

 ヴィルヘルミナはその時の様に、鉄面皮のまま()()()()()()答え()を示す。

 

「貴女が彼の()()()を信頼するのであれば、それは正しいのでありましょう。私は貴女を信頼するのであります」

 

「慧眼」

 

「べ、別に()()()がいいとかじゃなくて……うー」

 

 ヴィルヘルミナだけでなくティアマトーにまでからかわれて、シャナはそっぽを向いてしまった。

 今日は、本当にいい日だ。ヴィルヘルミナはいじけた“愛娘”に、穏やかな眼差しと心を向けていた。

 




 続きの投稿が遅くなり、本当に申し訳ありません。
 2章はまだ未完成です。とても難産です。とにかく前から2か月も経ってしまったので、一話目を投稿しました。
 1か月に一度は投稿もしくは活動報告を上げます。それが途切れない限り書き続けているので、待っててください!
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