IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] Re;make / ONE OK ROCK


(後)Re;make

「その落ち込んでますってツラ、辞めてくんない? 不愉快だわ」

 

 凰は、私にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさあ篠ノ之。一夏がああなったのって、アンタの所為なんでしょ」

 

 私は答えない。答えられない。

 

「黙秘は肯定と取るわ。―――歯を食い縛りなさい!」

 

 鋭い平手が甲高い音を鳴らし、私の頬を張った。

 私は殴られた勢いに逆らわず、そのまま砂浜に倒れこんだ。

 

 

「一夏が許しても、あたしは絶対に許さない。一夏はきっと許すけど、あたしは許さないから」

 

 

 なぜ、それ程までに織斑一夏に拘るのか。

 なぜ、それ程までに織斑一夏を理解できるのか。

 私は、凰鈴音が、解からない。

 

 

「もう少ししたら作戦が始まるわ。私達専用機持ちは全員出撃する。

 あんたはそうやって、ずっとそうやって、下を向いてなさい」

 

「何故、お前達はそう(・・)なのだ? そう(・・)在れるのだ? 私には、―――解からない」

 

 

 私がどうあるべきか。

 私がどうするべきか。

 誰か、誰か、誰か、教えて。

 

 鈴はポカンと間の抜けた顔をした後、苛立たしげに舌打ちした。

 

 

「あの馬鹿、見事に失敗してるじゃない。こういうタイプは殴ったが早いって教えたのに。

 そういうのはあたしの役回りじゃないって言うのに。面倒臭いのは嫌いだっていうのに。

 ―――いいわ、篠ノ之箒。ヒントだけ教えてあげる」

 

 

 凰鈴音は私の髪を乱暴に掴み、私の顔を上げさせた。

 私と目線を合わせ、私の深奥を覗いてくる。

 

 

「どうすれば良いか、何をすれば良いかなんて、他人に教えて貰おうとすんなっ!」

 

 

 先程叩いた頬の数分違わぬポイントを平手する。

 頬が痛くて、熱い。

 

 

「あんたがしたい事、しなければならない事をまず考えなさい。

 それが分からないのであれば探しなさい。

 探し方ぐらいは相談したって良いわ。だけど、決断だけは自分でしなさい。

 闘おうが、休もうが、逃げたっていいけど、自分で選びなさい」

 

 後悔しないように。

 自分で自分に言い訳しないで良い様に。

 惰性で生きるな。

 てきとうに生きるな。

 髪を掴まれ無理矢理目を合わせてきた凰鈴音は、そう告げる。

 その瞳に迷いはない。

 

 

「自分の成すべき事を成しなさい。成すべき事の起因ってのは『外』にない。此処よ」

 

 

 私の胸元を、私の心臓を肉の上から痛い位に親指で押してくる鈴。

 その親指は、痛みとともに私の胸に染みる。

 その痛みは、私の心を自覚させる。

 

 

「あんたがどうすべきかを決める為にまず必要なのが、あんたがどうすべきかを考えること。

 篠ノ之、あんたはスタートから間違っていたの。今目の前の自分を、全力で自問しなさい」

 

 凰鈴音の瞳はゆるぎない。

 凰の瞳に映る私は揺らいでいる。

 私の瞳には、私の瞳は霞んでいる。

 私には、ない光。

 

 

「答えが出たら、全力で自分を肯定なさい。悩み傷付き、出した答えに失敗は有っても間違いはないわ。

 ソイツを胸に突き刺して、心鉄と共に立ちなさい。

 ―――いい加減、自分一人で立ってみなさい」

 

 

 そう言って、鈴は砂浜を去っていく。

 私は、独り取り残される。

 

 それをボンヤリ見送る―――暇なんて、私には無い。

 私は、私を、篠ノ之箒の存在を、今すぐに問わなければならない。

 

 凰は心鉄と言った。

 心鉄とは刀における骨子であり、刃を支える根っこである。

 鉄は熱い内に、打て。

 

 心臓を握り締めるように、胸元を握り潰す。

 此処に在る。私の心臓は此処にある。私の心は此処にある。

 何がしたい。何をしなければならない。

 私は、何がしたい。

 私は私に、何をさせたい。

 私は、何をしなければならない。

 私は、何と戦っているのだ。

 ぎぅ、と握り締められた服が啼く。

 胸元に手を当てる仕草が、まるで一夏みたいだと思った。

 

 一夏。

 織斑、一夏。

 

 ……一夏に、会いたい。

 私は、一夏に会いたい。

 

 ……一夏に、謝罪をしたい。

 私は、一夏に謝らなければならない。

 

 ズシリと、心が重くなった。

 行動の足枷。

 私は、その重みを心地よく感じる。

 その重みが重ければ重いほど、私に自覚させるのだ。

 私のやらなければならない事を。私のやってしまった事の責を。

 

 立ち上がる。

 二本の足でしっかりと立ち上がる。

 重みが、私を安定させる。

 

 この重みが、私を揺ぎをなくし。

 私の覚悟だけが、この重みに勝る唯一の行動原理。

 やっと、自分が視えた。

 

 

「よしっ!」

 

 

 景気付けに自分で自分の両頬を張り、痛みに悶える。

 千冬さんと凰にそれぞれ殴られた頬を自分で重ねて痛めつけ、悶絶するのであった。

 

 

 

 

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「損な役回り、御疲れ様」

 

 集合場所に向かおうとした私に、声をかける人物が居た。

 

「あによ、見てたのシャルロ」

 

「私をシャルロと呼ばないで。その名で呼んでいいのは一夏だけだ」

 

「失礼、まみまみた」

 

「うん、何を言っているのか全く分からないよ。訳が分からないよ」

 

 この子は日本文化に毒されすぎじゃないのかとたまに思うわ。

 節度もTPOも弁えてるから、なんだかんだ許されてるんでしょうけど。

 

「それで鈴音先生、ぼくもひとつ、教えて欲しいんだけど」

 

「仕方ないわねぇ。なんでもは知らないわよ?」

 

 大丈夫、絶対に知っていることだから。

 そうデュノアは前置きした。

 

「『約束』って、なんのこと?」

 

 デュノアはいつも通りの笑顔で、いつも通りの声色で、そう問い質す。

 ……どっこから仕入れた情報なのか。

 相変わらず噂話とか好きねぇ女の子は。

 苦手だわ、正直。

 少なくとも校内で秘密の話は出来ない、ってのを教訓にしましょう。

 

 

「そうね。別に『あんた達』に隠すことでもないし。いいわ、教えてあげる」

 

 

 潮風が私の髪を攫う。

 はためくツインテールを眺めながら、私は一年と半年前の過去に想いを馳せる。

 風が、強い。

 

「一夏には夢がある。大それた、他人からすると大言壮語と笑われるであろう夢が。

 だけどそれは、大事な人の為の、大切な人への恩返しでもある、素敵な夢」

 

 ぱたぱたとはためく髪を手で押さえる。

 この髪型も、長いなあ。

 もう5年になるのか。

 あれから,髪、こんなに伸びたんだ。

 

「それでね、その夢が叶ったら、一夏は私と一つ、約束をしてるのよ。

 その夢が一夏に取っての最優先事項で、私は2の次! みたいな扱いで悔しいけど」

 

 元気娘のトレードマークだ! と一夏が教えてくれて、弾が結ってくれたこの髪型。

 ツインテールにしてから、たしかに私は明るくなった気がする。

 と言うよりも、あいつ等と知り合ってから、髪で表情を隠すことがなくなったのだろう。

 

 

「―――『家族になろう』って。ちなみに、アンタの想像している意味とは違うわよ?

 アイツは私を養子に、自分の娘にするって考えてるんだから」

 

 

 良い子で居れば、離婚しないですむって。

 そう幼心に思い、笑顔を作った。

 笑顔が作れないときは、髪が私の顔を隠してくれた。

 そういう事はしなくていいって、してはいけないって、大人は誰も教えてくれなかった。

 教えてくれたのは、あの二人だった。

 

「笑っちゃでしょ。アイツは本気で私のことを娘にして、幸せにするんだって息巻いてるの。

 両親が離婚して、家族なんていらないと考えてた私への同情かしらね。

 だから、―――私は一夏と一緒になれない。

 ずっと一緒にいられるけど、私はアイツの恋人とか奥さんにだけは、なれないんだ」

 

 新しい環境とか、新しい出会いとか、一新させる何か。いうなれば、風。

 風はいつも 私の大事なものを みんなかっさらってしまう。

 それでも、残ったもの。残ってくれたもの。

 

 

「鈴は、それでいいの?」

 

 

 いつも通りの笑顔ではない。

 痛ましい、まるで自分の心を踏みにじったような顔をするデュノア。

 へえ、そんな顔も出来るんじゃない。

 そんな顔ですら綺麗に纏まっていて、ホント、美人はトクね。

 

「愛は、相手に取って一番になることだけが全てじゃない。知らなかった? 『愛は、勝たなくても良い』って」

 

 話は終わり、とばかりに歩み始めた。

 

 私は、これでいい。

 鳳鈴音は、それでいい。

 

 

 

 

 

 

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 作戦開始から10分が経過。

 代表候補生達が奮戦している中に、私は乱入した。

 

 一夏と話し、自分が成すべきことを考えた。考えたので、行動した。

 

 乱入の結果として、各員の波状攻撃により追い詰め、紅椿の奇襲により福音は堕ちた。

 だが、予期せぬ事態が起こる。

 

 【第二次移行】。

 セカンド・シフトにより飛躍的に能力を向上させた福音に、消耗の激しかった私たちは為す術なく倒された。

 かくも、あっけなく。

 

 しかし。

 私だけは、紅椿だけが、どうにか前線で戦える状態にある。

 篠ノ之束の傑作機だけあって、耐久値も現存機と一線を画す性能だ。

 その性能に救われた。

 

 私は、海面に打ちつけられて体を動かそうとする。

 起きないと。

 起きて、戦わないと。

 

 誰かが、死ぬかも知れない―――。

 

 ゾクリと、背筋を恐怖が這いずった。

 怖い。怖い。怖い。怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 怖い。凄く怖い。

 こんな怖さと、一夏は闘うつもりだったのか。

 それは無理だ。

 無理に決まっている。

 だって、こんなにも怖い。

 

 命を、失う事が。

 

 仲間の命を、失う事が。

 

 

 

 まだ、友と呼べるだけの関係を、私は構築出来ていない。

 だが、彼女達は同じ学舎で学び、共に過ごし、今まさに同じ戦場を駆ける仲間だ。

 

 仲間を失う恐怖に比べたら、福音と剣を交える事のなんと気が楽な事か。

 剣を執らず燻って俯いていたら、こんな恐怖に震える羽目になったのか。

 力が湧く。

 ただ圧倒的な性能差なだけで、ただ圧倒的不利な状況なだけで諦め切れる程、この恐怖は軽くない。

 正しい事、己の心が決めた事に従えば、おのずと力が湧いてくるのか。

 

 それは、自分がやりたいことだから。

 それは、自分がやらなければならないことだから。

 心が、体が、機体さえも、力を貸してくれる。

 

「いかで我が こころの月をあらはして 闇に惑へる 人を照らさむ」

 

 凰鈴音の言葉が、胸に在る。

 私の心鉄は、折れても曲がってもいない。

 紅椿は、私に応えてくれる。

 ならば、私は戦える。

 

 

 それに。

 それに―――

 

 

「―――――――――――――――――、――――――――――――――――」

 

 

 声が聞こえる。

 逆風にも、逆境にも負けない声が。

 

 

「紅椿」

 

 チャキ、と鍔鳴音が聞こえる。

 私は意識する。

 自分の胸の中に宿る狂熱と、私の頭の中に在る冷徹を意識する。

 どこまでも私の思うままに激情と、どこまでも私の描くままの冷静さ。

 剣を通してシフトする、私の半面。

 

「私に仕えろ。―――お前を遣ってやる」

 

 お前を寄こせ。お前の全てを寄こせ。私に委ねろ。

 支配してやる。征服してやる。蹂躙してやる。

 私の、刃と成れ。

 

「【篠ノ之箒(ワタシ)】に、染まれ」

 

 展開装甲が形を変え、私の意を汲む。

 突撃、進撃、攻撃。

 私の、ツルギ。

 私に、跪け。

 

 紅椿からの返信は、一言だけ。

 

「『絢爛舞踏』、それがお前のとっておきか」

 

 紅椿が私に開放したワンオフ・アビリティーの銘。

 詳細説明など読まずに発動させる。

 意外に純朴ではないか、お前。好ましいぞ?

 

「吼えろ、私の劔冑よ」

 

 全身が金色の光に包まれ、一拍の間にエネルギーが全快した。

 【単一機能】、【絢爛舞踏】。

 エネルギー残量が0でない限り、私の心が震える限り、ほぼ無制限にエネルギーを増加させる能力。

 使っておいてなんだが、あまりに卑怯ではないか、コレ?

 

 まあいい。

 私の力であれば、それでいい。

 私は愛機の迅速な反応に気を良くする。

 臣下の忠信には報いないとな。

 

「【紅椿(アカツバキ)】改め、【紅椿(クレナイツバキ)】。―――推して参る」

 

 

 銘をやる。

 お前と云う劔冑に、私と云う主から銘をやる。

 高らかに、名乗れ!

 

「来い、空裂!」

 

 熱量、全快。

 これならやれる。

 全力で。

 冷たく静かな私の頭脳が、戦略と呼ぶにはおこがましい『策』を組み立てる。

 ただ力のままに、犯せ。 

 私の熱情が空裂に過剰にエネルギーを注ぎ続ける。

 エネルギーが供給され装甲が展開し、より特化した形態へと変貌する。

 空裂・オーバーエッジ。

 

「空を、()れ」

 

 縦横無尽に刃を走らせる。

 走らせた傍から空間を攻性エネルギーが疾走し、さながら絨毯爆撃のように空を埋める。空を裂る。

 暴力的な空間制圧。

 福音は空間ごと薙ぎ払われ、衝撃によろめき身動きが取れない。

 

「来い、雨月」

 

 雨月に過剰にエネルギーを注ぎ続ける。

 エネルギーが供給され装甲が展開し、より特化した形態へと変貌する。

 雨月・オーバーエッジ。

 

「天を、突け」

 

 天に向かって放たれた一撃は、物の見事に福音と云う一点を突破した。

 絶対的な一点突破。

 福音を串刺しにし、尚そのエネルギー刃は止まらず、天に突き立てようと昇天する。

 私はそこまで見届けて、剣を下ろした。

 

 

「篠ノ之、まだ終わってないぞ!」

 

 

 撃破を確認するまで気を抜かない軍人が叫んでいるが、もう終わっている。

 お前には聞こえていないのか。

 馬鹿はすぐ、高い所から叫びながら海へ飛び込むのだぞ?

 

 

「ご機嫌に浪漫飛行してるトコ悪ぃが、―――こっから先は、一方通行だ」

 

[Fall to BLUE」

 

 

 空から銀閃が疾り、福音もろとも超スピードで海は堕ちていった。

 絶大なスピードを以って、紅椿が放った雨月の攻性エネルギーごと斬り落とし、海を穿った。

 

 ブースターやら零落白夜の反射光で煌めく特大の水柱を鑑賞しつつ、最初に投げかけられた一言を反芻する。

 

 

 

「ポニーテールも箒らしくて好きだけど、降ろすのも大人っぽくて素敵だぜ?」

 

 

 

 

 戦闘でリボンが焼け切れ髪形が変わっており、まずそれについて言及してきた。

 少し面白くて、笑ってしまう。

 こんな時でも、アイツは織斑一夏だった。

 いつでもどこでも、どこまで行っても、アイツはアイツだった。

 

 

 

 

 

 

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 零落白夜の攻撃でISが解除されたナターシャ・ファイルスを海中より慌てて救助し、代表候補生達に視姦される中、ISスーツを破り乳房を露出させ心臓マッサージと人工呼吸を施す。

 ISスーツを破く必要があったのかって? あれ防弾性能あるからね? 一応ね? 決して見たい訳じゃない?

 すみません嘘吐きました。見たいです。但し見たいから破いた訳じゃないからね! ホントだよ!

 イッピー知ってるよ。主張すればする程、疑わしく思われてしまうものなんだって、イッピー知ってるよ。

 

 ファイルスさんは20代半ばのモデル体型をした金髪セミロングな超美人お姉さん。

 もし俺の姉がこんな顔してたら近親相姦に走っていた恐れがありやがるぜ。

 ぶっちゃけ好み、ドストライク。

 

 そんなお姉さんに、去り際やられた頬へのキス。

 

「人工呼吸のお礼にキスしてあげたんだけど、不服だったかしら?」

 

 やっぱイイ女は云う言葉が違うね。

 その後なんかチッピーと追いかけっこしてらしたみたいですが、わてくしの与り知る所では御座いませぬ。かしこ。

 

 

 

 

 

 

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 夜の海、月明かりに照らされる磯の一角。

 聞き覚えのある歌声を辿ってみれば、そこにはアイツが居た。

 

「ねっむっらっない街にー、かっそっくっする鼓動かっさっねてーはー」

 

 それにしてもこの男、ノリノリである。

 

「みえなーい、Assにー」

「一夏」

 

 ……。

 あ、邪魔しては不味かっただろうか?

 自分の世界に入り込んでいたようだし。

 

「おい、顔が赤いぞ? 大丈夫か?」

「うっせー馬鹿野郎、こっち見てんじゃねーよ」

 

 照れている。

 なんと分かりやすいこの男。

 

 

「そう邪険にするな。少し、話がしたくてな」

 

「箒ってかなり自分勝手だよな。いいぜ、付き合おう」

 

「自覚はある。すまないな」

 

 

 一夏は立ち上がり、私と向き合う。

 む、私としては並んで座って話したかったのだが。

 私は、自分本位であると気付きつつも、自分のことを話した。

 

 私が悩んだこと。

 私が望んだこと。

 私が選んだこと。

 私が決めたこと。

 

 

「私は、何も考えていなかった。専用機さえ、力さえあれば、何かが変わると思っていた。

 だが、力は所詮、力なのだ。意思ではない。偶然手に入れた力に意思など宿るわけがなかった」

 

 

 私はそんな簡単な事にも気付かず、紅椿に乗り力を振り翳した。

 結果として、私は一夏を傷つけた。

 一夏は簡単に許してくれたが、そんな安っぽく許される咎ではない。

 彼を殺しかけた。

 然らば、彼の近しい人に殺されても、文句は云えまい。

 

 例えば。

 例えば、誰かが一夏を殺したとすれば。

 私はその相手を何があっても、死のうが殺そうが、許さないだろうから。

 

 思考が黒く染まりかけた折に、デコピンをされた。

 

 

「んなもん今更だろうが。力だけじゃねえ。自分に、自分の手の中の物に価値をもたらすのは意思だ。

 何より己を立たせる物は心だ。前も言ったろ。お前は何より『ココ』を強くしなきゃいけないって」

 

 

 一夏の人差し指は私の胸を指し、勢いあまって胸を刺した。

 明らかに自然で、わざとではない。

 だからこそリアクションが取れない。

 気まずい空気が流れる。

 1秒、2秒、3秒。

 それでも、指は私の胸に刺さったままだった。

 

 

「……一夏、乙女の柔肌は無言で触れる程安くないのだが?」

 

「すまん」

 

 

 ゆっくりと指を離し、そのまま鼻をかいた。

 私は、あえて何事もなかったかのように会話を再開した。

 

「紅椿は、強い。現行のどの機体にも勝る性能を誇る、世界最良の機体だ。

 しかし、それに乗る私は。偶然手にした力に溺れるだけだった」

 

 待て待て、と一夏は私の言葉を制す。

 

「俺だってそうだ。偶然、ISが動かせて成り行きでコイツを貰った。

 だけど、コイツに乗るかどうかは自分が決めたことであって、偶然なんかじゃない」

 

 一夏は、左腕のブレスレットに触れる。

 待機状態の白式は、月明かりに煌いた。

 

「お前がその機体を手にしたのは偶然かもしれない。

 だけど、これから紅椿に乗り続けるのは自分で決めることであって、偶然なんかじゃない。

 その機体と何を成すか。その力で何を掴むか。

 この世界の全ては、お前の決断で、お前の意思で決まるんだ。

 選んで、やり遂げてみせろ」

 

 お前には、それが出来るから。

 そう一夏は告げた。

 

 さっき突つかれた胸が、心臓が、心が。

 熱くなる。

 私が選択し、私が挑戦し、私が獲得する。

 私の人生とは、とどのつまり私の物だ。

 そこには、誰一人として入る隙間は無い。

 

 いつか、共に歩む者に逢おうとも。

 それでも、私はこの足で立ち、この眼で選び、この腕で掴み、生きていくのだ。

 

 

「私は、まだ分からない。自分がどうすべきか解かっていない。

 けれども、誰かを、仲間を守るために力を振るうことには、躊躇いも戸惑いもない。

 そうやって、少なくとも自分が正しいと思えることに、この力を使っていこうと思う」

 

「あらまあ、ご立派なことで」

 

「茶化すな」

 

 一夏は悪い、と返し笑う。

 しっかりテメーの足で立ってんじゃねーか。

 立派な胸を立派に張りやがって、かっけーなおい。

 小声で独り言のようにそんな呟きをした。

 

「いいんじゃねーの? お前が決めたお前の道だ。それを全力でつっぱねて何が悪い」

 

 文句垂れる馬鹿が居たら、その力で遠慮なくぶっとばしちまえ。

 そう言って一夏は私の肩を叩き、去ろうとする。

 私は、肩に置かれた手の大きさやら熱さやらに感じてしまい、固まってしまった。

 一夏は足を進める。

 待ってくれ。私はまだ、きちんと謝っていないのだ。

 感謝を述べていないのだ。

 わたしは、わたしのするべきことを―――。

 それでも、私の足も、身体も、一夏の歩を止めることは叶わない。

 でも、それでいいのだ。

 今日出来なかったら、明日する。

 出来なかったら、出来るまで挑戦する。

 私を突き動かすのは、私の意志だ。

 

 私の意志が敗れない限り、不可能なことなんて、ありはしないのだから。

 

 

 

 

 ああ、それと。

 一夏は呟き、振り返らず言った。

 

 

「箒。その水着、すげぇ似合ってる」

 

 

 本当に、お前と云う奴は。

 面白くて自然と笑ってしまう。

 いつでもどこでも、どこまで行っても、お前なのだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、みせかけて終わらないよ~! まだまだ束さん満足してないんだから!

 

 これからが本番だよ。愛を育む様に、物語を、物語を育もう。

 

 出鱈目を入れて。語りを遮りながらひとつひとつ、不気味な泡を浮かばせるように、

 

 歪んだ御伽噺を育もう。それはきっと、―――愛より愛しい、私の特別」

 

 

 キーボードを高速で打鍵しながら、写真を眺める。

 織斑千冬。

 篠ノ之箒。

 織斑いっぴー。

 私の世界。たった三人だけの、私の世界。

 物語の為に、この篠ノ之束、9年待ったのだ。

 ISなんかじゃ、世界は変わらなかった。

 だから、私の世界に、セカイを改編して貰おう。

 物語よ。

 セカイを巻き込み、予測不能に歪曲せよ。

 

 地獄を、虐殺を、罪悪を、絶望を、混沌を、屈従を謳え。

 此処は天災の揺り籠だ。

 存分に乱れろ、天災が許す。

 

 

「機は熟した。始めようか、『あいとゆうきのおとぎばなし』を。

 

 喝采せよ! 喝采せよ! クロック・クラック・クローム!

 

 私の望んだ『この時』だ! 歓喜にうち震えろ!

 

 開幕直後より鮮血乱舞烏合迎合の果て名優の奮戦は荼毘に伏す!

 

 物語の果てに! 我が夢! 我が愛のカタチあり!」

 

 

 高らかな私の笑い声が、闇に吸い込まれても尚響く。

 どこまでもどこまでも。

 それは、私の渇望のように。

 どこまでも、どこまでも。

 


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