本編より、けっこう前の話
中国に渡って一ヶ月。
私は早くもホームシック(?)に罹かっていた。
日本が恋しい。皆に会いたい。
私は、日本に戻る算段を立てた。
私の、たったひとつの光明。IS学園。
チビで可愛くない私だが、愛想は悪くてオツムの出来もそれなりだけど、ひとつ、誇れる才がある。
『
なんかとある馬鹿に厨二な名前をつけられてるけど、ただの抜群の運動神経です。
私は、ほぼ自身のイメージと遜色ないレベルでの肉体運用が可能だ。
宙返り、前宙、三角跳びなんでもござれの超ハイスペックボディー。
私の身体は、私の思考/至高を追従する。故に、
ISの操縦に必要な物は、運動神経、知識、胆力だと聞いた。
知識は努力でカヴァーできる。胆力は願望でカヴァーできる。
一番素質を必要とするパーツを、私は喜ばしいことに手にしていた。
まず、それを餌にISに触れるところまでを目標とする。
私はISの研究機関に自分を売り込みに行った。
中国に渡り二ヶ月。
なんとかISで訓練する環境の足掛かりを作れた私は、鍛錬に励んでいる。
体力、主に持久力の向上、ISの基本操作、睡眠時間を削りISの知識習得に勤しむ。
とある日、小包が届いた。
私宛ての小包。
封を開けると、写真が入っていた。
学校の文化祭。
知ってる顔が、たくさん映っている。
春日西中2-Bの出し物は、ホストクラブだった。
笑顔が溢れている。
相ちゃん男物のスーツめっちゃ似合ってる。
客にビンタされている馬鹿がいる。
御手洗くん凄い、3人もはべらしてる。
ああ、楽しそうだ。いいなぁ。
私は、日本に戻るという決意を新たにし、勉強に励むのだった。
中国に渡り四ヶ月。
訓練機をもう自由に使っていい位の立場は得られたが、専用機にはまだ遠い。
だが、一人狙いをつけている専用機持ちがいる。
ソイツへの対策を取りまくって、訓練機でソイツを完膚無きまでに落としたら、そいつの立場を奪えるかもしれない。
最近、人付き合いも頑張っている。
専用機持ち、ひいては代表候補生とはやはり国の顔だけあって内面も見られる。勿論、腕が第一だが。
内申を良くしておけば、それだけ私を好ましく思い、例え腕が五分だとしても私を押す人は増えるだろう。
とある日、小包が届いた。
私宛ての小包。
封を開けると、写真が入っていた。
一夏と弾が、蘭を着せ替え人形にして遊んでいる写真。
あーでもないこーでもないと言い争いつつ、何かを真剣に考え込む姿。
蘭はそれを呆れつつも、二人に付き合ってあげている感じ。
ああ。
ああ、なぜ私は、そこに居ないのだろう。
そこは、私の居場所の筈なのに。
私は、何故こんな所にいるのだろう。
還りたい。
帰りたい。
帰りたい、よ。
二人はやっと意見がまとまったらしく、硬い握手を交わしている。
蘭も交えて、三人でショッピング。
笑顔が溢れている。
知っている。
私はその場所の居心地を知っている。
アイツらと買い物に行く。それはとっても、楽しいのだ。
子供みたいにはしゃぐ一夏と、何かと目敏く見つけてくる弾。
いちいち一夏に蘭がアプローチをかけ、弾がそれを止める。
楽しそう。
二人は買い込んだものを部屋いっぱいに広げ、何かを紙面に起こしていく。
その表情は真剣そのもの。
針やら糸やら飲み物を蘭が用意している。
何か、作っている。
黒い、細長い布。
マフラー?
結構形になってるし。
え?
そんな簡単にできるものだっけ? といぶかしんだ所で、写真の日付を確認した。
ショッピングやらは2ヶ月前。マフラーは先週。日付がばらばらだ。
遠いなあ。
私は、アイツらの時間をこうやって数字でしか知れない距離にいるんだ。
なんて、遠い。
毎日会って、毎日話して、毎日遊んでた。
それが、今、こんなにも遠い。
その距離。その現実。
遠すぎるよ。
私は、寂しさを打ち消すように訓練に打ち込んだ。
中国に渡りはや六ヶ月。
訓練機で私の相手をこなせるランナーがいなくなった頃。
充分に認められつつある私。
ただ私には、実績が足りない。
ターニングポイントだ。
此処で私が実績を立てれば、トントン拍子に事が運ぶだろう。
そう、訓練機で専用機を圧倒すれば、私に専用機を用意する事だろう。
そうすれば、もう代表候補生に片足つっこんだようなものだ。
だから、次の公式戦だけは負けられない。
柄にもなく不安だ。
此処で勝たなきゃ、次のチャンスがいつになるか分からない。
私は一層、身を削る程に鍛錬に明け暮れた。
食事を戻し、体重が減り、生理が止まった。
それでも食べて、鍛えて、鍛えて、鍛えていた。
とある日、小包が届いた。
私宛ての小包。
封を開けると、写真が入っていた。
一夏と弾が共同作業を行っている。
手元まではよく見えないが、この前のマフラーみたいなのが沢山集まっているような。
二人はここが踏ん張りどころ! と言った感じで作業を進めていく。
何かを作り、組み合わせていく。
慣れていないのか、段取り悪そうに。
根気強く、汗を流しながら手を動かす。
まるで想いを込めるように、何かを縫い付ける。
細かい作業までは分からないが、何かを作っているのは間違いないようだ。
苦戦している。
それでも、作業に対しての充足感があるのか、熱意はあるようだ。
一枚一枚スライドしていく写真には、一夏と弾の共同作業が映る。
そこには、私が、いない。
私がいない。
スライドしていく二人の暮らしには、私がいない。
どれだけ探しても、どれだけ眺めても、私はいなかった。
私が収まっているはずの場所に、私がいなかった。
二人は気付いているのだろうか。
これまでの写真が、どれだけ私の心を傷つけているのか。
私がいなくても世界が回る事を/違和感なく生活が送れる事を。
如実に語る写真の姿が、私にその事実を認識させる。
私、もういらない、のかな。
私、もういなくて、いいのかな。
力が抜け、写真が落ちる。
ばさりと広がった写真の中に。
物が完成したのか、一夏と弾と蘭がファミレスで打ち上げしている。
写真には笑顔が溢れている。
私は、涙が溢れた。
感情のままに写真を破いた。
破いて、破いて、破いて、放り投げた。
涙は止まらない。
辛くても、痛くても我慢できたけど、これは無理だ。
わたしの、何よりも大事なモノが。
失われていく。
そんなのってないよ。あんまりだよ。
その日、私は初めて訓練をサボった。
翌日、インターホンに起こされた。
泣き疲れ昼前まで寝ていたらしい。
ドアを開けると、ちょっと大きめの郵便物。
私宛てだ。
酷い顔をしていたのだろう。
荷物を渡し確認だけすると、宅配人は逃げるように去っていった。
袋を破り捨てる。
中に入っていたのは、黒のワンピース。
拘束具のようなタイトなラインがあしらわれた、パンキッシュなワンピース。
私が普段着ないような、だけれど私に似合いそうなワンピース。
胸に合わせる。
見ただけで、着るまでもなく、私にピッタリなサイズであることが分かってしまう。
既製品みたくしっかりとした作りではないが、それでも手を抜いた形跡の無い丁寧な仕上がり。
丹念に丹念に編みこまれた、糸/意図。
私は、はじかれる様にこれまでの写真を漁る。
日本から送られてきた写真を。
何を。何を見ていたというのだ。
写真を見返す。
写真に私はいない。
写真に私はいない。
何度見ても、写真に私はいない。
けれど、写真の中に『私』が無い訳じゃなかった。
どれを見ても、どれを眺めても。
私はいない。私という本人が映ってないだけで。
『私』と云う存在は、そこにあった。
電話をかける。
3コール、4コール、5コール、まだ出ない。
6コール目でやっと出た。
「もしもし?」
電話の声を聞いて、私はおすまし声で
「た゛ん゛ん~~~」
話せなかった。
どころか、まともに声が出なかった。
「はいはい、弾ですよ」
「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛~~」
「おいおい、日本語忘れちまったのか?」
弾は笑う。
いつも通りだ。
何一つ変わってない。
変わったのは。
疑心暗鬼に捕らわれていた、私の心だけだった。
「あいが。あり、ありがとう!」
「はいはい、どういたしまして」
写真に私はいなかったが。
写真の一夏と弾は、蘭に服を着せながら『私』を見ていた。
写真の一夏と弾は、服の型を作りながら『私』を見ていた。
写真の一夏と弾は、服を成型しながら『私』を見ていた。
私の存在は、私がいなくても其処に在ったのだ。
変わらず、私の場所は其処に在ったのだ。
私は、海を隔てた遠くに居るというのに。
私の家族は、こんなにも近くに居たのだ。
「あの、あのね! あたし、頑張ってる! こっちで頑張ってるから!
少しでも早くそっちに帰れるように、頑張ってるから!」
「頑張り過ぎないようにな。お前はすぐに思い詰めちゃうんだから。
別に急がなくたって、俺も、あいつも、お前を忘れたりしねえよ」
いやだ。
絶対頑張る。超頑張る」
「こらこら、体を大事にしないと怒るぞ。元気に帰ってこなかったら追い出すからな」
「うん、うん! 大事にする! 元気出す!」
「ちったあ大人になったかと思ったけど、まだまだ子供だな、鈴は」
「あたしは普通だもん。あんた達が達観しすぎてるだけよ」
もうなにも怖くない。
私は、大丈夫だ。
こんなにも、想ってくれる人がいる。
こんなにも、優しくしてくれる人がいる。
こんなにも、大事な人がいる。
迷いは無い。
「―――弾、すぐ帰るから待ってて」
「焦るな、つっても無駄なんだろうなぁ。いいや、精一杯やってこい。
寂しいときは電話くれ。つっても五反田食堂の収支を考えた電話代に収まるようにな」
「ありがとう、弾。大好き! それじゃあね!」
「俺もだよ。健康第一だからな? じゃあな」
電話を切る。
よし、トレーナーさんに謝罪の電話を入れよう。
立ち止まっている暇なんて無い。
私は、私の目的の為に全力疾走だ。
凰鈴音、今日も元気です!
その翌週、専用機持ちを訓練機にて圧倒し。
その翌月、晴れて専用機持ちとなり。
その翌年、五反田弾に泣きながら抱きつく鈴音の姿があったとか。
それはまた、別のお話し。
ニクミー的には
一夏=お父さん 弾=お母さん
実は弾ともラブラブな鈴さんでした。
(そこに恋愛感情はないけれど)