IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] メアリーと遊園地 / くるりんご


(後)メアリーと美術館

 

「やっぱ、都合良くヒーローなんて現れないよね」

 

 私は自分の背中に級友を二人庇いながらそう呟いた。

 

「みーちゃん、まだ持つ?」

 

「なんとか、もうちょっとだけね!」

 

 第四アリーナで訓練していた私達三人は、もっぱら最悪なイベントに巻き込まれた。

 さっちゃんこと緒方皐月と、あーちゃんこと壱岐茜のガチバトルを観戦していたみーちゃんこと私、固法美佳。

 突然振ってきた所属不明機は不時着後爆発し、なぜかさっちゃんとあーちゃんのISが解除された。

 次いで6機の所属不明機が続々と入場を果たし、ISを展開していなかった私が慌ててISを出して、二人を守っている。

 6機の中に、一機だけ有人機(通常のIS)がいるが、その顔はバイザーに隠されており覗えない。

 いくら声をかけても、なんの反応も返ってこず淡々と私たちへの攻撃が続けられた。

 

「なんで、なんでISが呼べないの!」

「分かんないわよ、そんなの!」

 

 ガリガリとシールドエネルギーが削られていく。このまま射撃が止まずエネルギーが尽きれば、三人仲良くミンチになる。

 

「私、さっちゃんとみーちゃんに会えて良かった。二人とも、友達になってくれてありがとう。

 あっちの世界でも仲良くしてね?」

 

「勝手に人の人生まで終わらせるな!」

 

 結構余裕あるのね、二人とも。図太い友人で何よりです。

 せめて全員がIS使えたら逃げられたんだけど、なんでか無理っぽいし。

 二人を庇いながら逃げたらたぶん逃げてる最中で落とされちゃうから、下手に飛べない。

 

 八方塞りってやつだね。

 こうなるんだったら、もうちょっと男の子と遊んでおけばよかったな。

 

 脳裏に浮かんだ男の子の姿。

 『彼』だったら、どうするだろうか。

 こんな絶望的なイマを、どう打破するだろうか。

 

 そうだ。

 彼がどうするかなんて想像もつかないが、一つだけ。

 きっとこうするだろう。

 

 真っ直ぐ天へと手を突き出し、握ったマシンガンが空に向かって鉛玉を吐き出す。

 

「みーちゃん、何を―――なんで笑ってるの!」

 

「そう? 笑えてる、わたし?」

 

 ならいい。

 頭に描かれた彼は、ピンチの時だって笑っていた。

 ちょっと荒っぽく、小悪党チックに笑っていた。

 こうやって、こんな時に思い出すってことは。

 私は、やっぱり、彼のことが―――。

 

「さっちゃん、あーちゃん。乱暴に扱うから、舌を噛まないように気をつけてね」

 

「また美佳は相談もせず勝手に決めちゃうんだから!」

 

「さっちゃんはそういうみーちゃんが好きな癖に、素直じゃないなあ」

 

「あはは、そうなの?」

 

「そうよ! ……悪い?」

 

「ううん。私も二人のこと、好きだよ」

 

 そろそろシールドエネルギーも限界。

 ウィンドウ表示される打鉄の情報を確認しつつ、本当にやるのかを決める。

 必要な武装。アサルトライフル、ミサイルランチャー、ブースター、シールドエネルギーが少し。

 必要な技能。ラピッドスイッチ、後方精密射撃、シールド範囲操作、瞬時加速。

 出来る。やれる。私は成せる。

 なら、

 

 

「わたし、頑張るから。三人で生き残れるように頑張るから。二人とも、私にいのち、預けてくれる?」

 

 

 返事は、私の背中を張る音だった。

 平手でバシンて、スーツじゃなかったら痛いよ今の。

 

「いつも通りでしょ? 付き合ったげるから心配すんな!」

 

「みーちゃんの好きなようにやってよ。命ぐらい、幾らでも預けるから」

 

 いや、なんだか私がいつもやらかしているかの如く返されるのは不本意だし、命なんて重い物を幾らでもは預けないで欲しい。

 そんな不満は飲み込んで、「ありがとう」とだけ伝え、それじゃあ、やりましょう!

 

 二人を左腕で抱きかかえ、所属不明機に背後を向ける。

 右手に大きい箱型の物体を物質化し、後ろにいる所属不明機群の中心に投げ込んだ。

 高速切替(ラピッドスイッチ)で武装をアサルトライフルに切り替え、まだ地面に落ちる前の箱型の物体―――ミサイルランチャーに照準を合わせた。

 こういう時はなんて言うんだっけ? ちょっと思い付かないから、ベタなのでいいや。

 

「ロックンロールッ!」

 

 どっかのお馬鹿さんが私に教えてくれた、馬鹿をするときの魔法。

 馬鹿をするとき重要なのは思い切りの良さであり、精一杯声を張り上げたら、なんか上手くいっちゃうもんだって。

 私の背面射撃は、確かにミサイルランチャーを撃ち抜いて爆発した。

 スローモーションな世界で、私は砂塵を巻き上げながら迫る爆風に身構える。

 シールドバリアの範囲、形状を変え発生させる。

 パラボラアンテナ、御椀型、一点に集中するような形に。ブースターに集める形にする。

 爆撃による撹乱、爆風による初速度の確保、爆発による瞬時加速のエネルギー確保。

 収束する衝撃をブースターに取り込み、圧縮/解放する。

 今日の決勝に出場しているであろう誰かさんの得意技、『瞬時加速』を彼に教えたのは、私なのだぜ?

 先輩が後輩よりへたくそじゃ、話にならんでしょ!

 

 収束した推力は、ぶっつけ本番にしては中々の成果で私を加速させる。

 安全な場所を目指して一直線。

 アリーナの緊急待避所には手動で下ろせる強化シャッターがある。

 そこまで逃げ込んで、時間を稼げば、なんとか―――。

 

「虫の癖に、賢しいぞ」

 

 そんな甘い考えは、爆炎を物ともしない閃光に射抜かれた。

 あんな爆心地から、瞬時加速中のISを背面にレーザーライフルを直撃させるなんて。

 IS学園に強襲かけるレベルに凄腕(ホットドガー)だ、あの人。

 

 シールドの展開が間に合わず、絶対防御が発動しエネルギーがギリギリでエンプティだ。

 それでも、なんとか姿勢制御を行い背中を地面に向け、二人を庇う。

 地面を猛スピードで滑っていき、アリーナの外周そばまでたどり着いた。

 摩り下ろされる大根の気持ちを体感しつつ、シェイクされた頭に喝を入れる。

 もう20メートルもない距離に、退避場所がある。

 

「あーちゃん! さっちゃん! 無事!」

 

「私は大丈夫! 茜は!」

 

「ちょうよゆうっす~」

 

 かなりやばそうだ。他人を心配して、自分を心配して、ちょっとした事に気がついた。

 

「追いつかれる前に、さっちゃんはあーちゃん連れて逃げて!」

 

「美佳、あんたまさか足止めするとか言い出す気じゃないでしょうね?」

 

 あーちゃんの目がぐるぐる回ってて可愛い。

 じゃなくて、すぐにでも包囲されちゃうから問答している時間も惜しいんだけど。

 ここは私に任せて先に、なんて映画のセオリーは守れない。

 なぜなら。

 

IS(コレ)、脱げないの。壊れちゃったみたい」

 

 エネルギーが切れても、基本的には格納ぐらいは出来るのだ。

 エネルギーが切れる=動かすことが出来ない≠展開・着脱が出来ない

 何度もコマンドを送るが、うんともすんとも云わない。

 まあ、これまで私達三人を無事に守ってくれただけでも、凄い頑張ってくれたんだけど。

 ありがとね、『テンペスト』。

 貴方を選んで、良かった。

 

「上半身すら起こせないの。こんな場面で恥ずかしながら寝っ放し。だから、置いてって」

 

「イヤだ。みーちゃん見捨てて逃げるんなら死んだ方がマシだ」

 

「茜ッ!」

 

 ようやく復活したあーちゃんがそう云う。

 だけど私は、二人がこんなトコで死ぬ方が嫌だから、逃げてくんないかな。

 

「イヤだ。私の命、みーちゃんに預けたもん。

 みーちゃんが此処までだっていうなら、『壱岐茜』も此処までで良い」

 

「さっちゃん! 無理矢理にでも引っ張ってって!」

 

 この娘、本気だ。

 友達甲斐が、ありすぎる。

 

 

 イヤだな。

 嫌だなぁ。

 こんなに好きな人達と死ぬなんて、嫌だなぁ。

 これなら独りで寂しく死んだがマシだなぁ。

 

「やっぱ、都合良くヒーローなんて、現れないよね」

 

 頭に思い描く姿は、とある男の子の姿で。

 その人が笑っている、そんな情景が浮かんで。

 やっぱり、死にたくないな、なんて思った。

 

 

 

 

「ああ、ヒーローは現れない。だから、私が来てやったぞ」

 

 

 

 

 アリーナの外周を冗談みたくバラバラに斬り抜き、即座に私の眼前に立つその人は。

 その人の名前は。その女性の名は。その『ヒーロー』の名前は―――、

 

 

「―――織斑、千冬」

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 

 そう先生は軽く笑って、打鉄のブレードでテンペストの装甲から私の身体をくり抜いた。

 どんな技能があれば出来るの、ソレ?

 

「にしたても、良く持たせた。褒めてやる」

 

「あっ」

 

 くしゃりと、私の髪を撫でる先生。

 ISを装着しているというのに、その手は生身と変わらぬ柔らかさで私に触れた。

 

「私の生徒が世話になったな。おいオマエ、―――名乗れ」

 

 剣先をたった一機の有人機に向け、織斑先生は有無を言わさぬ声色で告げた。

 

「……マドカ。―――オリムラ、マドカ」

 

 ポツリと。

 たった二言、自分の名前を振り絞るように口にした『彼女』。

 そんな彼女を、織斑先生は、

 

 

「ほう、偶然だな。私も『織斑』の性を名乗っている」

 

「姉、さ―――」

 

「私に妹は居ない。要るのは可愛い弟だけだ」

 

 

 バッサリと。

 名刀のように。

 彼女が振るう刀のように。

 容赦無しの一刀両断。

 言刃は彼女を、断ち切った。

 

 

「ッ、―――ゴーレム共、八ツ裂け!」

 

 

 五体のゴーレムによる飽和射撃、レーザーによる集中攻撃。

 私が成す術無くやられてしまったソレを、

 

 

「散れ」

 

 

 唯一撃の斬戟により、斬り伏せた。

 寝かせて振るわれた近接ブレードは音速を超え、ソニックブームで空気を砂を、全てを巻き添えに、空間すらも断ち切り、何もかもをブッ飛ばした。

 たかが一撃で。たかだか刀一本で。

 出鱈目にも程がある。

 出鱈目でも言葉足らず。

 そう、これが。

 これが、この人が。

 この女性(ヒト)が、

 

 

「規格外、戦乙女、戦女神、無敵超人、世界最強、―――織斑千冬!」

 

「だから『織斑先生』だと。何度も言わせるな、次は反省文だからな?」

 

 

 私達の、『先生』だ! 

 

 

「私をこうして表に立たせたんだ。もちろん覚悟は出来てるんだろ、オマエ?」

 

「ええ、もちろん。貴女を手に入れる決意を胸に、わざわざこんな場所までやってきました」

 

 

 バイザーに隠された顔からは、口にした感情は読み取れない。

 ただ、色のない重みだけが伝わってきた。

 

「ハッ! 私を手にするか? 私を手に入れたいか? なら『織斑一夏』にでも産まれ直して、出直してこい」

 

「心配なさらずとも、貴女はこれから産まれ直しますし、織斑一夏は殺しますよ」

 

 声は感情を読み取らせない。ただただ重い。

 それに反して織斑先生は、

 

「―――斬り刻むぞ、雌豚」

 

 怒りを隠そうともしなかった。

 沸点低っ!

 ちょっと! 本当に姉弟以上の関係はないんでしょうね一夏くん?!

 

 自分の声すら置いてけぼりに、一番近い無人機相手に突撃する織斑先生。

 キンと、硬い高い金属音だけ残して両断される無人機。

 移動も、攻撃も、私の目には映らなかった。そこには、結果だけがあった。

 

「次に下半身とオサラバしたい奴は、どいつだ?」

 

 やばい、かっこいい。

 千冬様信者になってしまいそう。 

 まあ、この学園で織斑千冬を尊敬していない生徒なんて存在しないだろうけれど。

 彼女が剣を執るだけで、この安心感だ。

 

 遅すぎるゴーレムの射撃を姿を消して避わし、次なる獲物を、

 

「おい、オマエ」

 

 狙わなかった。

 むしろ狙われたのは、私達だ。

 

 有人機のISが私達に向けて発砲し、それを先程のように瞬間移動し受け止めた。

 消えた途端、私達の前に立つ織斑先生は、本気で怒っていた。

 

 無人機の火線が集中する。

 織斑先生は動けない。

 此処から離れたら、有人機が私達に銃を向けるから。

 

「おいオマエ答えろ。―――人を殺す事に抵抗は無いのか?」

 

「貴女の足枷にしかならないモノが、同じ『人』だとでも?」

 

「解かった。もういい」

 

 剣とシールドを駆使し、私達を庇う織斑先生。

 その剣技でほぼ射撃を捌いているとは云え、斬り漏らしから徐々にシールドエネルギーを削られていく。

 私達が居るから、織斑先生は戦えない。

 

 なら、逃げないと。

 私達さえ居なければ、織斑先生が負けることなんて在り得ない。

 幸い、解除出来なかった私のISは織斑先生が解体してくれた。

 たかが20メートル。三人で逃げ切って、織斑先生が反撃して、学園の皆で敵を全部ぶっ倒して、こんな茶番、終わらせてやる。

 

 三人で顔を見合わせる。

 うん、私の親友に馬鹿も臆病者もいない。

 心は一つ。女は度胸。さあ、やってしまおう。

 

「織斑先生! 退避場所まで護衛願います!」

 

「馬鹿、動くな!」 

 

 進路方向には敵は居ない。射線は織斑先生が抑えている。足を動かした先に、勝利条件が待っている。

 駆け出さない理由なんて、無い!

 退避口まで、もう十歩以内だ。

 

「ほら、貴女の足を引っ張る事しか出来ない。貴女が大事にする理由なんて、ない」

 

 有人機は両手に構えたレーザーライフルとパンツァー・ファウストを、先行して退避しようとしている私に向ける。

 嘘でしょ? それって生身の人間に撃っていい武装じゃないわよ?

 跡形すら、残らないじゃない。

 

 パンツァー・ファウストから単発の大型爆発弾頭が射出される。

 それは僅かに狙いが逸れ、私達より若干高い高度を飛んだ。

 レーザーライフルは織斑先生を避ける様に、曲がりながら私を狙ってくる。

 

「是ッ!」

 

 ビームの軌道に回り込んだ織斑先生は、曲斜のビームを斬り落とすなんて神業を披露したが、それが悪手であることは私ですら瞬時に悟った。

 発射されていたロケット弾がアリーナの外壁に着弾し、金属とコンクリートを含んだスコールを発生させる。

 死の嵐が私達に到達する寸前で、特大のシールドバリアが展開される。遠隔操作。遠隔展開。織斑千冬は、己が技量でそれを成す。

 

 だが、故に死に体。

 体を動かし、腕を振り、意識を割いた。

 この一瞬だけは指一本すら意図的に動かせない程の死に体だ。

 そして無人機は、その一瞬に無関係に間断無く、射撃を織斑先生に行っている。

 

「ッチ!」

 

 舌打ちと共に、学園に入学して始めて『絶対防御を使わされた織斑千冬』を視認した。

 自由を取り戻し、なんとか体勢を立て直した打鉄には、恐らくもうエネルギーが潤沢には残っていない。

 

 お荷物だ、わたし。

 先生の邪魔にしかなれない。

 それでも先生は恨み言ひとつ吐かず、弱音ひとつ口にしなかった。

 

 その眼が見据えているはいつだって前で。

 その眼はとっくに見え透いた未来をとらえ、決意に染まっていた。

  

 

「おい固法。私が合図をしたら、私の打鉄を使って逃げろ」

 

 

 え?

 

 

「でも、それじゃあ先生が!」

 

「いいんだよ。アタシは教師だ。教師が生徒を守らなくてどうするんだ?

 それに、お前等が居たら足手纏いなのは分かってるだろ?

 私にはこの近接ブレードさえあればいい」

 

 織斑先生は、笑う。

 こんな時でも、格好良い。

 千冬教の信者が減らないのは、それはもう当然だろう。

 

「退避場所には逃げ込むな。あそこのロックはどうやらクラックされている。

 教員の配置図をくれてやるから、好きな先生を選んで保護を頼め」

 

 好きな先生を選べと云われれば、迷わず織斑先生を選びます。

 先生以上に好きな先生なんて、いない。

 

「おい、ぼさっとするな。まだ危機も事件も世界も人生も、何も終わっちゃいない。

 お前等はさっさと、日常に帰る努力を始めないか」

 

 私が力を貸してやるから、と。

 そう織斑先生は続けた。

 

 それは、犠牲にしろと。

 私達の愛すべき先生を見捨てろと。

 そういう、発言だった。

 

 

「固法は初めから器用な奴だったな。お前は小技しか出来ないと自分を卑下するが、それはお前のスタイルだ。

 その器用さで、全ての小技をマスターするといい。器用貧乏なら器用貧乏なりに極めてみせろ。

 そうすればきっと、剣を振る事しか出来ない私なんか、一回も触れさせずに倒す事が出来るようになるさ」

 

「壱岐は実家を継ぐんだったな。お前は争い事に向いてないし、良い決断だったと私は思うぞ。

 だが、誰より我が侭で自我が強いのがお前だ。そんな自分を自覚するように。

 戦うべき時に戦える人間であれ。素直なお前であれ。他はそれ程気にすることは無い。

 お前は我が侭だから、自分に素直にさえ生きていれば幸せになれるさ」

 

「緒方。お前にISの才能はなかった。

 だが、歩くのすら満足に行えなかったお前が、こうして一般レベルに至るまでにどれだけ努力してきたか、私は知っている。

 すまなかった。私にもっと教導する力があれば、本来私が教えるべきだった技術を、

 お前が手探りで一つ一つ身につけていく必要は無かった。

 お前のその操舵技術は、その全てがお前の努力の賜物だ。存分に誇れ。

 お前のその努力の才能さえあれば、何処に行ったってやっていける。

 ちなみにお前の推薦状は私が書いたんだ、卒業したら胸張って好きなとこに行ってこい。

 お前はこれから、お前の為に努力しろ。それは仕事だろうが恋愛だろうが趣味だろうがなんでもいい。

 お前のこれまでの努力は、私がIS学園で活かすから。心配するな。絶対に、無駄にはしない」

 

 

 そんな。

 そんなの、知ってる。

 なんでこんな事になってしまっているのか。

 なんでこんな別れの言葉みたいなことを口にさせてしまっているのか。

 なんでこんな、力が足りない事を悔やんで泣かなきゃならないのか!

 

 この女性(ヒト)が、強いから。

 私が、弱いから!

 その絶対的な差が、私からこのヒトに押し付けてしまった。

 

 

「泣くな、お前等。なんだ? 私が負けるとでも思ってるのか?

 おいおい、お前等の『先生』が。この織斑千冬が敗北したことなんてあったか?

 逆だ逆。勝つ為に、私はお前等に逃げろと告げているんだ」

 

「はい! 全力で逃げます!」 

 

「ああ、頼む。―――絶対に、逃げ切ってくれ」

 

 刹那、顔を綻ばせた。

 厳しくて、仏頂面で、体罰が多くて、時間に五月蝿くて、美人で、強くて、格好良くて、―――笑顔が素敵で。

 私達の先生は、誰より素晴らしい女性だ。

 

「往け、固法!」

 

「はい! 必ず逃げ切ります!」

 

 先生は近接ブレードで暴風を起こし、瞬きの合間にISを解除し私に投げて寄こした。

 砂塵の煙幕に紛れて駆ける先生の安否を確認もせず、展開した打鉄で二人を抱え、私は飛んだ。

 

「みーちゃん! 先生が! 先生がぁ!」

 

「分かってる! 分かってるわよ!」

 

 先生を見捨てて、見殺しにしてる。

 分かっている。分かっているのだ。

 だけど。

 

「命令じゃないの! 頼まれたの! あの女性に! 私達の大好きな先生に!

 初めて頼まれたの! 生徒と教師じゃなくて、対等な存在として!

 お願いされたのよ! 『絶対に、逃げ切ってくれ』って!」

 

 そんなの、断れる訳無いじゃない。

 そんなの、応えない訳にはいかないじゃない。

 あんなにも、私達を想ってくれてる女性からの願いに。

 

 だから、だから、だから!

 

 

「絶対に、死んでも逃げ切ってやるんだからっ!」

 

 

 三時間後。

 IS学園を舞台とした世界的な襲撃事件は終息した。

 私達は無事に、生き長らえることが出来た。

 その代償の重さに、潰されながらも。

 





『チッピーがログアウトしました』
チッピーが強すぎるからどうやってログオフさせるか。
そんな事で悩ませるなんてあの女は本当に厄介だぜ。

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