IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] WINDOW開ける / UNISON SQUARE GARDEN


WINDOW開ける

 

 IS学園を襲った大規模な襲撃事件は、その激しさとは裏腹に死者0名だった。

 普段の訓練の成果が遺憾なく発揮され、あれ程の戦闘だったにも拘らず死傷者はいなかった。

 軽症者156名。

 重症者17名。

 軽くない傷を負った者も確かに居る。

 だが、一人として死者は出なかった。

 世界的な大事だっただと云うのに、誰一人として欠ける事はなかった。

 

 ただ一人。

 MIA(戦闘中行方不明)判定を受けた一名を除いて。

 たった一人の、俺の姉を除いて。

 

 

 

 病院には多くの生徒が集まっていた。

 それは自身の治療だったり、仲間の連れ添いだったり、重傷者の見舞いだったり、様々だ。

 こうやって中庭のベンチに座る俺は、そのどれでも有り、どれでもなかった。

 

 とある手術室の前には、箒とセシリア、二組の女の子が二人。

 凰鈴音の手術が終わるのを待っていた。

 俺は、その空間に厚かましくも居座ることが出来なかった。

 

 凰鈴音に庇われ、彼女を病院に搬送することすら行わなかった俺に。

 そんな権利は、欠片も無かった。

 

 現実感のない俺のジャンクなオツムは、薄暗くなってしまった空を仰ぎ、延々と酸素を浪費している。

 深めに吸った空気が、ため息のように吐き出される。

 その息と共に「ナニカ」が胸から追い出されることを願いながら。

 

 「探したぜ」

 

 砂利を踏む音とやってきたのは、五反田弾。

 凰鈴音の、無二の親友だ。

 

「ったく、どうしてそう団体行動を拒むんだよ? 仲良く並んで待っときゃ良かっただろ」

 

「……お前は、何も知らないから」

 

 経緯も、事情も、俺の気持ちも。

 何も知らないから。

 

「何をだ? お前が狙われて、鈴がそれを庇って、千冬さんが攫われただけだろ?

 それ以外になんか俺の知らない話があんのか?」

 

「知ってるじゃねえか」

 

 大まかにほぼ知ってるじゃねえか。学園生でもそんなに詳しい生徒は片手で足りるっつーの。

 それでも、足りない。

 お前は、知らない。

 

「鈴が撃たれて―――」

 

「鈴が撃たれて、お前がブルっちまって何も出来ず没立ちしていたことか?」

 

「……知ってるじゃねえか」

 

 ドカリと俺の隣に座り込む弾。

 

「ナースのお姉さん捕まえて訊いたら、鈴、命には別状ないっつーから安心したぜ。

 もうさ、お前とかあいつとか無茶すっからマジに弾君の寿命が縮んだわ。

 トータルで5年は堅いわ。特にあいつは女の子だってのに」

 

 自販機で買ってきたのか、缶ジュースを二本取り出し、片方を俺の膝に乗せる。

 

「おいおい、驚けよ。ミロだぜ? 缶のミロとか数年ぶりに見ただろ?

 普段通り『マジかよ! なんで神の飲料物が下界に!』位驚けよ」

 

 五月蝿い。

 俺はそんなリアクション芸人じゃない。

 

「責めないのか?」

 

「お前をか? なんでだ?」

 

「鈴が、怪我をした」

 

「あいつが勝手に飛び込んでっただけだろうが。それを俺に責めろって? んなダッセー真似できるか。

 大体、逆の立場で考えてみろよ。お前が鈴庇って、俺がその件で鈴を責めたらどうするよ?」

 

「余計な真似してくれてんじゃねえよシスコン外野が口挟んでんじゃねーよ潰すぞ」

 

「……あのさ。一応、俺もあいつの親友なんだけど」

 

 五反田長男は頬を掻きつつ苦笑した。

 なんだよ。知った様な口を。分かった様な口を聞きやがって。

 弾の癖に生意気だ。

 

「お前の気持ちなんて分からないねえよ。分かって欲しいなら言葉にしろ。

 お前がいつも言ってる事だろうが。気持ちは言葉にして伝えないといけないって」

 

 ああ。そうだ。だけど。だけどさ。

 ひしめきあって、もつれあって、言葉は形にならない。

 うずめきあって、重なりあって、気持ちは計れない。

 

 俺も、その辺の愚図と同じか。

 自分の気持ちも分からず、それを相手に伝える事もできない。

 コミュ障ってレベルじゃねー。

 

「そんな顔してどうしたよ。不細工なツラがよりブサイクになってんぞ」

 

 五月蝿え。ああ、そうだよ。自覚してるよ。俺はブサメンだ。

 強がってるけど、知ってる。

 なんで千冬姉みたいにイケメンで産まれてこなかったのか。

 顔も覚えてない両親に恨み言を言いたい。

 

 弾はポンポンと俺の頭を叩き、手を置きっぱなしにする。

 なんだよ、止めろよ。

 男にんなことされても嬉しくねーんだよ。

 お前なんでそれで女の子にモテねーんだよ。

 むしろそんなに俺に優しくすんなよ。惚れ、ホモと思われんだろうが。

 

「凹んでる親友の為だ。お前が欲しがっていないモノをプレゼントしてやるよ。

 ええと、『お前は頑張った。―――お前の所為じゃないよ』」

 

 衝動的に弾を睨みつけ食って掛かる。

 テメエ、この野郎。

 

「なんだ? 責めて欲しかったのか? 殴られたかったのか? お前の所為だって云われたかったのか?

 だよなあ。そうされれば、辛く当たられた分だけ罪が軽くなった気がするもんなあ?

 許された気分になるもんなあ?  おい、―――甘えんな、一夏。」

 

 真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに俺に視線を返してくる弾。

 その眼には、静かな怒りが滲んでいる。

 

「お前さ、何様だよ。なんでも一人で出来んのか? いつでも正しい事が出来んのか?

 聖人か? 英雄か? ヒーロー気取りもいい加減にしろよ。気付けよバカタレ」

 

 それは、何に向けてなのか。

 それは、誰に向けてなのか。

 

「俺達は完璧じゃない。完璧なんかじゃいけない。じゃないと、誰かを求められないだろうが。

 独りじゃねえんだろうが。お前は誰と戦おうとしてるんだ? 一人じゃ戦えないから、俺達は群れるんだろ。

 全部お前が自分で云った事だろうが! お前は独りで、何を守ろうとしてるんだよ!」

 

 俺は、守りたい。

 俺は、俺の大事な人を守りたい。

 

 俺は、守りたい。

 俺は、俺の大事な居場所を守りたい。

 

 千冬姉が、そうしてくれたように。

 俺は、その輝きに魅せられた。

 守ると云う行為の尊さに、守ると云う意志の気高さに。

 だから。

 

 

「そんな借り物、捨てちまえ。お前が従うべきは、ココだろう?」

 

 

 弾は指先で、強く強く俺の胸を指す。

 俺の心臓を。俺のココロを。

 

 

「肝心なことは、いつだってココに在る。分からなきゃ悩め、悩んで考えろ。

 心臓の奥に問い質せ。委ねるな、お前は『織斑一夏』だろうが」

 

 

 

 

 

 

 

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 鈴の摘出手術は無事に終わり、手術室の前で祈っていた彼女達は安堵の息を漏らした。

 医者から結果の報告があると言われ、俺と弾は鈴の家庭事情を説明し、鈴の母親には連絡がつかないだろうから、幼馴染である自分達が聞くと申し出た。

 

 弾と一緒に狭い診察室に座ると、医者は苦い顔をした。

 本来、同年代の異性である君達に伝えるべき内容ではありませんが。

 医者はそんな前置きをした。

 

「手術は成功しました。生命活動に支障はありません。ただ、―――」

 

 ―――生殖活動に影響が残る可能性があります。

 そう、医者は告げた。

 

「具体的には、どの程度でしょうか?

 その言い方からするに明言は難しいとは思いますが、ある程度の目安で結構ですので」 

 

「卵管の一部が損傷しておりますが、上手く治癒すれば問題ありません。

 もし接合が上手くいかなければ、子供が出来辛い体質になってしまう覚悟が必要です。」

 

 ただし、卵巣・子宮は無事ですので、機能的には問題ありません。

 最悪、顕微受精等の方法もありますので……。

 

 医者の声は、耳に入らない。弾がいるから大丈夫だ。

 ぐわんぐわんと耳の奥で反響し、スマブラ並みに大乱闘だ。

 

「最悪『子供が出来辛い』だけですね?」

 

 だけ。

 『だけ』ってなんだよ。

 そんな軽い話じゃねえだろうが。

 なに冷静に受け止めてんだ。

 

「冷静に会話が出来ねーんなら邪魔だから失せろ」

 

 ガツンと俺の頭に拳骨を落とし、弾は医者に確認を取る。

 傷の具合、出血量、今後の生活に影響はないか。

 生殖機能への影響は判断にどの程度の期間が必要か。

 入院するにあたり必要な物、必要な情報、鈴の母親の緊急連絡先。

 

 弾が全て聞いてくれて、喋ってくれて、相談してくれる。

 俺、居るだけ無駄だ。

 むしろ、邪魔だ。

 いきなり立ち上がる俺に一瞥もせず、弾は相談を続ける。

 成すべきことを。

 今、自分がするべきことを。

 弾は行っている。

 その背に俺は。

 

 

「すまない。頼んだ」

「おうよ」

 

 

 掛けた言葉に頼りになる返事をしてくれる親友にこの場を任せ、退室した。

 

 

 

 

 

 

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 夕暮れ時の病院の屋上で、私は想い人を見つけた。

 入り口の裏手、誰も来ないような日の当たらないスペースに顔を伏せ座り込んでいた。

 

 滅多に会えないこの人の、久しぶり会う姿がコレだと言うのだから、私は中々ツイてる。

 来年が待ち遠しいものだ。

 来年になれば、学年こそ違うものの、彼とは同じ学び舎に通える。

 IS学園に隔離されてしまい全然会えなくなってしまった一夏さんと、望めば毎日でも会えるのだ。

 

「探しましたよ、一夏さん」

 

「ほっといてくれ。頼むから」

 

 冷たい声で拒絶する彼は、私を遠ざけようとする。

 何故だろうか。

 優しくできないから、普段とは違うから、凹んでるから、泣いているから、辛いから、寂しいから、隠したいから、甘えたくないから。

 理由なんて分からない。

 分からないから、人は話すのだ。

 

「やです。私がそういう感じの時、一夏さんは何したか覚えてますか?」 

 

「覚えてる。謝るから。二度としないから。ほっといてくれ」

 

「ヤです。乙女の胸はそんな投げ遣りな謝罪で許せる程安くありません」

 

 まあ、おにいが一夏さんの顔を原型を留めない勢いでボッコボコにしたから許さざる得なかったですけど。

 あと止めるのが5秒遅かったら、前歯はなくなっていただろう。

 

「お願いだ、蘭。今だけは、私をほっといてください」

 

「いやですよ。一夏さんは私がそう言った時、一度だってそうしてくれた事はなかったですよね?」

 

 あの時も、この時も、あんな時も、こんな時も。

 どんな時だって、私が独りで居たくとも、一夏さんが邪魔をする。

 拒絶しようと、怒ろうと、無視しようと、一夏さんは邪魔をする。

 当時は分からなかったその理由。

 今なら、分かる気がするな。

 

「私はどっかいったりしませんよ。男を追っかけて進学先変えるようなしつこい女なんですから」

 

「ウゼエよ。消えろ。殴られないと分からないか?」

 

 伏せたままの一夏さんの頭に、腰を下ろし顔を寄せる。

 

「殴りたければ、どうぞ。今、一夏さんの正面にいます。でも、殴られようが蹴られようが、私は離れませんから」

 

 私がどれだけ暴力を振るったか。流血、打ち身、青痣。骨折こそなかったが、それでも一夏さんは。

 私がどれだけ暴言を吐いたか。嫌味に、口汚く、何度罵ったか。それでも、一夏さんは。

 私は、覚えている。

 それでも、一夏さんは私から離れてくれなかった。

 

 一人は、駄目なのだ。

 心が折れそうな時に一人でいると、折れないまでも心は曲がってしまう。

 独りじゃ駄目なのだ。  

 言葉や想いだけじゃ伝わらないものがある。繋いだ手から伝わる体温でないと、凍えた心は溶けはしない。

 

 私が沈んでいたとき、どれだけ傍にいた一夏さんに助けれたか。

 私が澱んでいたとき、どれだけ触れてくる一夏さんの温もりに救われたか。

 私は、覚えている。

 

 

 私は顔を伏せ座り続ける一夏さんの後ろに回り、その背中にのしかかった。

 おなかのあたりが一夏さんの背中にぴったりと密着し、上半身もたっぷりと、寄せた身体を触れ合わせる。

 正直、かなり恥ずかしい。

 

「重いんだけど」

 

「おっきくなったでしょ? いつまでもコドモじゃないんですよ?」

 

「おっぱいあたってるんだけど」

 

「……おっきくなったでしょ? いつまでもコドモじゃないんですよ?」

 

「俺、お前のことスキなんだけど」

 

「私もですよ。会った瞬間一目惚れして、あの時から触れ合うたびに、ずっと、もっと、好きになりました」

 

 一夏さんは私を跳ね除ける様に急に向き直り、私の胸に抱きついた。

 本当に、おっぱいが好きな人だなぁ、なんて。

 本当は。泣き顔を見られたくないんだ。私、知ってるんですよ?

 

「俺さ、格好悪いよな?」

 

「ええ。今回は相当格好悪かったみたいですね。

 だけど、そんな一夏さんも好きですよ」

 

「俺さ、情けないよな?」

 

「ええ。でも、弱くない人なんていませんよ。

 だから、そんな一夏さんも好きですよ」

 

「俺さ、救えないよな?」

 

「ええ。人は人を救えません。でも、手ぐらいは貸せますよ。

 だって、私はそんな一夏さんを助けたいって思ってるんですから」

 

 一夏さんは力を強める。ぶっちゃけ、とっても痛いけれど。

 それだけ求められてるんだって、感じられるから。

 感じて欲しいから。

 私は、思いっきり抱き締め返した。

 

「蘭、痛いんだけど」

 

「ええ。私も痛いです。痛み分けってことで、ここは一つ我慢してください」

 

 その辛さを、分かち合えたら。

 その辛さを、代わってあげられたら。

 そう思う。

 この痛みの様に。

 

「お前さ、なんでこんな駄目男に惚れてんのだよ? 馬鹿じゃねーの?」

 

「運が良かったと思って諦めてます。なんでこんな素敵な人に出会っちゃったんだろって」

 

「分かった。馬鹿なんだ、お前」

 

 失礼な。

 これでも学校のテストじゃ一桁から落ちたことないんですからね。

 頭脳明晰、運動神経抜群、スタイルはまだまだ発展途上ですが、そんな才色兼備な女を目指してるんですから。

 

「ええ、馬鹿なんですよ。だから、運が悪かったと思って諦めてください。

 なんでこんな良い女に捕まっちゃったんだろって」

 

「抜かせ」

 

 一夏さんは笑う。

 それは弱々しく、力のない笑いだったが。

 灯った火は弱くとも、じきに業火となるだろう。

 この男性(ヒト)は。

 私の好きな、『織斑一夏』は。

 ハートに火を点ける、天才なのだから。

 

「糞ッタレ。ああ、糞ッタレ! なんだよもう、立つ瀬がねえじゃねえか!

 これだから女の子は怖いんだよ。いつの間に、大人になっちまってるから」

 

「命短しなんとやらってヤツですよ。御多分に漏れず、私も乙女なんですから」

 

「ああ、畜生! 糞ッタレ! 俺はナニやってんだ。ドコ行ってんだよイッピー。

 サボってんじゃねえよ! オレは、『俺』だろうが!」

 

 ほら、すぐに火を点ける。

 自分を叱責して、自分のおしりを蹴っとばして、自分の心を奮い立たせ、自分の心に素直に生きる。

 強くない。全然強くない。

 弱いくせに、そうやって強がる一夏さんが、私は好きなのだ。

 普通に弱くて、普通に情けなくて、普通に怖がりで。何処にでも居る、普通な人で。

 それでも、強がるこの見栄っ張りな一夏さんが、私は大好きなのだ。

 

 

「もし五反田弾が居なかったら、断トツで付き合いたいメチャクチャ良い女だよ、お前」

 

 

 愛してンぜ、蘭。

 そう一夏さんは告げた。

 ほら、そうやって。私の心に、火を点ける。

 自覚ないんだろうか、この人。

 

 

「ええ。例えおにいが居たとしても、来年には私に惚れさせて付き合わせちゃうんですから。

 私が入学したら覚悟していてくださいよ、センパイ?」

 


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