IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] 名前のない怪物 / EGOIST


名前のない怪物

 する事がなくて。

 するべき事が分からなくて。

 やりたい事が分からなくて。

 俺は、鈴の顔を見に来た。

 

 手術が終われば通常、すぐに一般病棟に移されるらしいが国家代表候補生と云う立場もありICU、集中治療室にて術後の経過を確認する事になったらしい。

 なにかあれば国際問題ってか。そりゃそうだよな。次世代のIS、国家発展を担う重要人物だ。

 『俺』とは違うってか。

 

 クリーンルームに入室する。ルーム内のエアダスターにて埃を落とし、帽子と手袋とマスク、簡易的な服を着ることによってはじめてICUへ入ることが許可される。

 恐らく面会謝絶であり、ただの友人ではICUへの入室許可は貰えなかったのだろうが、看護師さんは鈴の家庭事情やらの話が通っていたのか、すんなり入れてくださった。

 

 ガラス越しに見る凰鈴音は、痛ましい姿だった。

 ベッドに横たわる彼女の腕には数本のチューブが繋がっており、右の目蓋にはガーゼ、口元には人工呼吸器がつけられている。

 医者は命には別状はないと告げたが、命には別状がないだけで充分に重症であることは明らかだった。

 

「いっそ殺せよ……」

 

 溜まらず歯を噛む音が響く。

 いっそ殺してくれよ、俺を。

 俺は鈴に助けられたのに、鈴が倒れたとき、何も出来なかった。

 まして俺を助けて負った傷の所為で、子供が出来ない可能性がある?

 なんだよそりゃ。

 俺はどんなツラして鈴と話せば良いんだよ。

 俺はどんなツラして、あいつの家族になるって言ってたんだよ。

 もう、いっそ、殺せよ。

 

 俺の脚を狙った弾丸は、割り込んだ鈴の下腹部を貫いた。

 滑らかな肌を抉り、柔らかい肉を裂き、『女』である部分へ到達した。

 憎い。

 俺は、憎いのだ。

 あの弾丸が。

 あの女が。

 俺自身が。

 憎い。

 心臓に根付いた確かな憎悪は鎌首をもたげ、痛切に哀切に切々と蠱惑する。

 ふらふらと彷徨うのは俺の手か、俺の心か。

 俺は誰の首を絞めたいのか、俺は誰を したいのか。

 

 大きく深呼吸をする。

 流されるな、染まるな、呑まれるな。

 フォースの導きを忘れるな。ダークサイドに、シスに落ちてはならない。なんか緑色のじいちゃんが俺に語りかける。

 冗談が飛ばせるならまだまだ大丈夫、余裕のイッピーです。

 恐れるな。感情に支配されるのが人間だが、感情を支配出来るのも人間だ。

 恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へつながる。グレムリンみたいなじっちゃんが云ってた。

 

 何度も、何度も、深呼吸を重ねる。

 吐き出した息と共に、胸の痞えを吐き出すように、何度も繰り返す。

 ともすれば浅いものに変わってしまいそうな呼吸を、ゆっくりとなだらかなものに変えていく。

 

 俺が無事に立っているのには理由があるはずだ。

 その理由を、復讐なんて詰まらないものになんかしちゃいけない。

 復讐を否定する訳じゃない。

 だけど。

 

 復讐なんてものは、報復せずには次へ進めない人間がやるもんだ。

 

 凰鈴音が我が身を挺して守ってくれた織斑一夏が、ンな詰まらない人生を送るわけにゃいかん。

 俺は楽しく生きるんだ。

 俺がリスペクトするパイロットを見習えよ。

 「戦争なんてくだらねえぜ、俺の歌を聴け!」

 どうよコレ?

 しかもこの人戦場にスピーカー持って赴いて歌い出すんだぜ。空き地でリサイタルしてるジャイ○ンなんて眼じゃねえよ。

 

 ちなみに、ギターはモテる為に覚えた趣味ではない。断じてない。

 誰かに想いを伝えようとするその人の姿に感銘を受け、俺はギターを手に取ったのだ。

 イッピー知ってるよ。そうは言いつつ実はちょっと期待してたんだって、イッピー知ってるよ。

 

 景色に色が戻る。

 周りを観察する余裕も出来た。

 うん、問題ない。

 普段通りに、ちゃんと俺だ。

 

 俺は俺のままで。

 誰も死んじゃいねえ。

 千冬姉だって絶対生きてる。

 なら、何ひとつ終わっちゃいない。

 何一つ、失っちゃいない。 

 

 腐ってる暇なんて一秒だってねえ。

 世界だろうが運命だろうが、『俺』を止める権利なんてねえ。

 俺にはイマしか視えてねえ。なのに、そのイマを蔑ろに出来るわきゃねえ!

 

 なあ、アンタもそう思うだろ?

 

 思考が反転したのを自覚する。

 下を向くのにはもう飽きた。

 風景に色彩が宿る。

 やっとこさ前を、イマを見据える。

 

 拓けた視界の先で、凰鈴音と目が合った。

 たった今意識を取り戻したばかりなのか、はっきりとしない意識でおぼろげながら俺を認識する。

 

 そんな状態にも拘らず俺を見るそんな彼女の口から、ゆっくりと言葉が零れた。

 

 

『―――きず、のこるかな?―――』

 

 

 そう、唇は語った。

 

 その言刃が抉ったのは、頭か胸か。

 物理的な衝撃を感じさせる程に、俺を揺さぶる。

 

 あんなにも強気で、勝気で、意地っ張りで、強がりな彼女は。

 あんなにも寂しがり屋で、泣き虫で、怖がりな彼女は。 

 誰よりも気高い彼女は。

 誰よりも少女らしい彼女は。

 何よりまず、ソレを気にした。

 

 

 俺は、怒りと自己嫌悪に堪えきれず、涙を、

 

 零すな!

 

 泣くな!

 

 泣くな。絶対に泣くな。

 俺が泣いていい訳、ねえだろうが!

 謝るな!

 死んでも謝るな。

 謝って済む問題じゃねえだろうが!

 

 俺はコンクリート製の壁にガチンコで頭突きをする。

 目の前を火花が散り、意識を跳ばすかのように感情を跳ばした。

 哂え。

 哂え。

 哂え。

 絶対に哂え。

 死んでも哂え。

 哂えなきゃ今すぐ舌を噛み切れ。

 

 哂え。

 哂え。

 哂え。

 不恰好でもいい。不細工でもいい。

 兎に角、哂え!

 

 俺は帽子とマスクを取っ払い、俺の返事を待つ鈴を見る。

 哂いながら。瞳に汗を滲ませながら、哂う。

 

 

「気にすんな。ソレに文句付けるカスが居たら連れて来い。

 神様だろうが将軍様だろうが、誰だろうが、『世界最強』だろうが、

 ―――俺がブッ飛ばしてやるよ」 

 

 

『―――そっか。なら、いいや―――』

 

 

 傷痕なんて残らないよって。

 手術で消せるよって。

 そんな嘘を口にできなかった俺に凰鈴音は笑いかけ、眠りについた。

 

 何が「いいや」だよ。

 全然良くねーよ。

 お前は怒っても悲しんでも俺を攻めても許されるのに、なんで笑うんだよ。

 笑ってんじゃねーよテメーこの野郎ふざけんなよなんだってんだよ本当にどうしてそうなんだよお前はそうやっていつも俺の味方であろうとするんだよそんなんだから俺はへタれちまうんじゃねーか優しくしてんじゃねーよ実は俺に惚れてんじゃねーのか彼氏とか連れてきたらぶん殴るからな覚えとけよ畜生ああなんだってこんなイイ女になっちまったのかなぁ誰のせいだ弾かちょっとアイツボコるわよし決めた。

 

 俺は最後に凰鈴音の顔を目に焼き付け、踵を返す。

 背中を向けて瞳の汗を払い、投げる言葉は一つだけ。

 言いたい事は山ほどあるけど、伝える言葉は一つだけ。

 

「愛してンぜ、鈴」

 

 

 

 

 

 

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 あの女の事を思い出す。

 中学時代の織斑千冬とクリソツな顔してやがる女。

 あの襲撃事件の中で唯一の人間だった敵の事を考える。

 

 面倒なのは嫌いだが、面倒だからと放置した事柄は大体それ以上の厄介事となって戻ってくるものだ。

 丁寧に、堅実に、一つずつ片付けていくことの重要性を、俺は姉から教わっている。

 

 大雑把に切り分けて、細分化し、個別に項目を打ち出して全体を測る。

 何が分からないのかすら分からない現状をなんとかしたいなら、解かる努力をしろ。

 時間はある。間違えるなよ? 前提から間違ってしまうと全てがオシャカだ。

 仮説に仮説を積み上げる砂上の楼閣なんて必要ない。

 事実と根拠を推測と一緒くたにすんなよ?

 

 まず第一に、あの女が誰なのか?

 うん、頭から分からない。

 織斑千冬のクローンってのが妥当な線だとは思うが、だとすればその経緯が想像できない。

 あの女は千冬姉を拘束していたが、気絶している千冬姉に負担のかからない拘束の仕方だった。

 あと、セシリアの攻撃に対して千冬姉の体を守るように動いたし、千冬姉を盾にすることもしなかった。

 あの女にとって、織斑千冬は重要な存在であるのは間違いない。

 

 千冬姉を(人の姉を勝手に姉呼ばわりしたあの女に強い遺憾の意を示す)姉さん、と呼んでいたな。

 事実は置いといて、あの女の中ではチッピーは姉であり、(その勝手な思想に強烈な憤慨を覚える)自分は妹であるわけだ。

 俺はいない者として扱うつもりだろう。

 いや、『借り物』とか云ってたな。

 あの女にとって織斑一夏の立場(それが織斑千冬の弟としてのものかは不明だが)は、本来自分が納まるべきポディションだったのだろう。

 うむ、成る程。

 意味が分からん。

 

 別方向。例えばの話を夢想しよう。

 俺が人間じゃないパターン。

 俺が織斑千冬のクローンであるパターン。

 俺が織斑一夏でないパターン。

 

 考えるだけ無駄だな。

 今ある現実から眼を背けるなよ。

 俺には入れ替わったオリジナルなんていないし、別世界の記憶なんてないし、世界逆行なんてしたことないし、突然現れた兄もいないし、チンピラな人格なんてないし、居合いな人斬りじゃないし、ロマンに溢れる親友も隻腕の無口な幼馴染もいないし、仲の悪い姉なんていないし、双子の妹なんていないし、学者さんな兄貴的な立場の人なんていないし、俺はそういう『織斑一夏』じゃない。

 イッピー知ってるよ。俺は俺自身のことにだけ真剣になってればいい。イッピー知ってるよ。

 『織斑一夏』のそういう可能性はこの際ゴミ箱にポイしなさい。

 

 あの女の目的。

 分からない。

 会話の中から情報をピックアップする。

 ①千冬姉の妹になること ②織斑一夏を殺害すること

 ①に関しては『ドクター』とかいう奴の協力の基、織斑千冬に洗脳でもするんじゃねえかな。

 俺とあの女の立場を挿げ替えれば、まんまクリアできる訳だし、そんなに難しいことでもないだろう。

 ただチッピーの場合洗脳されたとしても、次の日には自力で解いてそうだわ。

 ②に関しては殺すのがあの女の目的であり、苦しめて殺すってのがドクターの条件だとか。

 俺を殺したいってのはまだ分かるが、俺を苦しめて殺す事にどれだけの意味があるのかが不明。

 的外れだろうけど、俺を苦しめて殺す事により織斑千冬の記憶の中でイッピーが思い出したくない過去となって洗脳がラクショーになるとかだったらどうしよう。

 なんだ? またチッピーの巻き添えか俺? くそ、腹いせにチッピーの下着をヤフオクに流してやる。

 

 ドクターの条件ってのが何かの鍵(キー)なのか、俺への怨恨なのかただの気紛れなのか。

 その辺で前提が大幅に変わってくるや。保留にしておこう。

 

 あの女の次の行動。

 すぐに殺しに来ると宣言していたから、そう日を空けずにまたあのいけすかねえツラを拝む事になるだろう。 

 ただし、学園側は今回の件を重く見て、各国にヘルプを要求し厳重な警戒態勢を敷いている。

 各国の軍籍が集まっている要塞じみたIS学園に攻めてくるとは考えにくい。

 

 なら、こちらから攻めざるを得ないシチュエーションを作り上げるか?

 織斑千冬を餌に俺を釣る。そこであの女が待ち受けていて一騎打ち。

 ありそうだけど、三文シナオリだ。

 現実はそんなに甘くねえ。

 この物語はとびっきりの悪夢だ。

 ぜってぇー俺の予想の斜め上に飛びぬけてやがるんだぜ。

 ちょっと思ったのがあの女が実は量産クローンでホイホイと餌に釣られて行ってみたら量産型になぶり殺しにされるとか怖すぎ漏れた。

 そんときはチッピー、すまんが潔く星になってくれ!」

 

 

 

 「お前は考えを口に出さんと気が済まんのか」

 

 学園寮の屋上で、延々とぼそぼそ独り言を垂れ流す不気味な男にタオルを投げつけた。

 体育館の屋根の如く歪曲した、上に昇ることを考慮されていないこの屋上で、平然と横になって夜空を見上げながら考えを呟く幼馴染は、顔にかかったタオルを片手で摘み上げる。

 

「オッス、オライッピー。いっちょやってみっか?」

 

「どうやら、いつものお前に戻ったらしいな」 

 

「え、なにそれ怖い。俺じゃない俺がどっかいんのかよドッペルさんか? ただでさえ謎の血縁関係とか出てるんだからやめたげてよう」

 

「キモい」

 

「……んで、どしたの箒ちゃん。それこそいつものお前みたく、道場で汗を流してきたみたいじゃん」

 

「うむ。中々自分の芯が固まらなかったのでな。自己を省みる為に剣を振ってきた」

 

「ふーん。その様子からするに、もう固まったみてーだな」

 

 っつーかなして皆して俺が居る場所をホイホイと当ててくるのか疑問だぜ? こちとら隠れんぼ検定3級の腕前だってのに自信失くしちゃうわ。

 そんな事を呟きつつ、一夏は何気ない仕草で手に持ったタオルを顔に触れさせ、―――嗅いだ。

 私の、通常の倍近く重くなってるほど汗を吸ったタオルを。

 

「死ねぇッ!」

 

「うおおッッ!!」

 

 一足の滑り足から一夏の頭を目掛けて震脚を踏み抜く。

 すんでの所で一夏はそれをかわし、その勢いのまま5メートルほど屋根を転げ落ち、へばりつくように落下を阻止した。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっおまっ!」

 

「まずタオルを返してもらおうか。返さなければ―――」

 

 私は右手に展開した空裂を構える。

 一夏は怯えたように立ち上がり、タオルを投げてきた。

 いや、そんなに真剣に怯えられると傷付くのだが。

 

「待て待て待て、分かった俺が悪かった。全面的に俺が悪かったから剣を仕舞おう」

 

「お前が待て。ちょっと落ち着け。ISの武器を対人に振るう訳ないじゃないか、冗談だよ」

 

「確かに乙女の使用済みタオルに取るべき行動ではなかったでも全く嫌な匂いはしないしむしろ勃っ」

 

「やっぱ死ね」

 

「あぶッ!」

 

 てきとうに横薙ぎした空裂を思いっきり仰け反って避けた一夏は、その仰け反った体勢で手を伸ばし、空間に浮かぶ白式の腕を掴んで上体を戻した。

 ISの腕だけ浮かぶその光景は非常にホラーだ。

 

「部分展開? 違うな、遠隔展開か」

 

「ああ、お前も出来るようになってんだろ?」

 

「うむ」

 

 頷き、自分の背後に紅椿を物質化する。

 クレナイツバキ。私のIS。

 あの事件後、装着しなくてもISを展開できるようになっていた。

 強制的にリンクを切られた弊害(?)か、どうも紅椿との結びつきが強くなった気がする。

 だからどうしたという訳でもないのだが。

 

「いやいや、コレも使い方次第よ? 俺は少なくとも、いくつか使い道を思いついたぜ」

 

「私には必要ない。所詮、私は剣士だ。そういった小細工には向いてない」

 

 腕を振り、空裂と紅椿を量子化させる。

 あっそ、と一夏は納得した。

 

「んで、何用ですか? 食堂行かねーとそろそろ夕食の時間が終わっちまうぜ?」

 

「もう済ましている。それで、どうなのだ?」

 

「いや、だからさ。お前すっとばしすぎ。『どう』って、なにがさ?」

 

「察しが悪いフリは止せ。『馬鹿』のフリは見ていて不快だ」

 

「……言ってくれるじゃん。フリのつもりじゃないが、まあいいや。

 大体分かってるつもりだけど、勘違いしてるとハズいからちゃんと話してくれ」

 

「これまでの情報から『どう』だったのか。これから『どう』するのか」

 

 あーハイハイと生返事をし、一夏は頭をガリガリとかく。

 わざわざ確認せずとも、早々間違えることもないだろうに。

 この場面で、私が訊くことなど予想がついていただろう。

 それこそわざわざ、まるで説明のような独り言なんて行っていたのだから。

 

 

「正直、分からん事だらけだ。だが恐らく『こちらから出向く羽目』になるだろう。

 んで、後手後手は性に合わないけどどうしよっかなー、なんて考えていた次第ですとも」

 

「なんだ? もう答えは出ているではないか。『性に合わない』んだろう?」

 

「つってもイッピーはお前等みたいな猪突猛進タイプじゃないからちょっち思い悩んじゃうんですとも。

 俺の周囲の女は揃いも揃って近距離パワー型だから困るぜ」

 

「テンションゲージ依存型のお前にだけは言われたくないがな。それで、気分屋の一夏君はどうするんだ?」

 

 夜空には月と星、雲と風。風情を感じさせる

 熱を帯びた体を、興奮を冷まさぬまま、律す。

 

「そっすねー。実は、気分が乗らないから旅行にでも行こうかなー、なんて考えてんのよ。

 授業も数日はないだろうし、こっそりドロンしようかなとね」

 

 それは、言外に討って出ると云ってる様なもんじゃないか?

 いや、案外本気でどっか旅行に行くのかも知れん。

 まあ、どちらにせよトラブルを起こすに違いない。

 

 私にも、流れぐらいは読める。

 運命の輪という物があるのであれば、私とコイツはその輪の内側に居る。

 次に輪の中心に来るのは、コイツか私だ。

 物語の幕は落ちた。

 壇上には、姿を隠す役者ばかり。

 

 然らば。―――是非も無し。

 

 疾く舞台を空けろ。

 篠ノ之箒が罷り通る。

 

 

「なあ、『いっぴー』。『私』は、友人を傷付けられて黙っていられる女だったか?」

 

「……ううん。ほーきちゃんはいつだって、泣きながらでもやり返す格好いい女の子だったよ」

 

「だろう? 私も存外、成長していない。―――このままじゃ、終われない」

 

 

 『篠ノ之箒』は拳を握り締める。

 ぎゅうぎゅうと、其処にナニカを込めるように。

 ぎゅうぎゅうと、ぎゅうぎゅうと。

 強く、強く、強く。

 まるで、それが私の決意だと云わんばかりに。

 

「全部片付ける。一切合財、遍く全て、その悉くを私が片付ける。

 敵も、思惑も、黒幕も、プランも、ISも、人も。

 その全てを、私が片付ける」

 

 だから、お前は此処で待ってろ。

 私が全部、終わらせてくるから。

 

 一夏はポカンとした顔をして、ちょっとムッとして、悩む顔をして、苦々しく息を吐いた。

 

「……ハッ! ざけんなよ。ッざッけんなよ篠ノ之箒!

 もうコレは俺のステージだ! 誰が降りても、俺だけが降りる事は在りえねえ!

 例え死地でも、女に任せて尻尾巻いて逃げるなんて出来ねえんだよ。

 俺を誰だと思ってんだ? 俺は―――」

 

 ポンと、平手で軽く一夏のおでこを押す。

 なんて、扱いやすい男だ。

 

「知ってるよ。お前は、『織斑一夏』だ」

 

 互いの視線を真っ直ぐに受ける。

 お前の目に映る私。

 私の目に映るお前。

 互いを、認め合う。

 

「織斑千冬の弟なんかじゃない。篠ノ之姉妹の関係者でもない。

 『IS学園所属の男子生徒、唯一無二の男性操縦者』なんてちっぽけな存在じゃない。

 他の誰でもない、今、私の目の前に居るお前が、『織斑一夏』だ」

 

 分かってンじゃねえか。

 一夏は笑う。

 粗雑に、荒っぽく。

 

 その顔がとても魅力的で。

 私は少し、イタズラをしたくなった。

 

「一夏、ちょっと気合を入れてやる。目を瞑れ」

 

「おおう、姉弟子の箒ちゃんから入魂してもらえるなんて光栄だなあ断ってもいい?」

 

「早くしろ」

 

「首から上が無くならない様にしてね?」

 

「お前は私を火星ゴキブリか何かと勘違いしてないか……」

 

 私が平手を構えると、一夏は身を堅くし、目を閉じて歯を食い縛る。

 素直な男だ。

 単純と言ってもいいかもしれない。

 そういった一面も、嫌いではない。

 

 一夏の顔をマジマジと見る。

 千冬さんに似ていてどこか女顔だが、どことなく男らしい。

 男の癖にスキンケアに拘っていて、肌はプルプルしていた。

 唇は荒れ易いのか、たまにリップクリームを塗っており、

 

「んッ」

 

 柔らかく、瑞々しかった。

 パチクリしながら一夏は、自分の唇を指でなぞる。

 

「気合、入ったか?」

 

「……ああ、極上のヤツを注入してもらったからな」

 

 一夏が鼻をこする。照れているのだろう。

 私の顔は、どうなっているのだろう。

 赤くなっているのかもしれない。

 だが、隠す必要などない。

 惚れた男と唇を合わせ顔を赤くしたとしても。

 それは、『私』なのだから。

 

 

「箒、明日の九時に寮の前に集合だ。今回のくだらねえ絵を描いた糞野郎共に、一泡吹かせに行こうぜ?」

 

「応ともさ」

 

 すれ違いざまに互いの右手をパアンと打ち合わせ、私達は別れた。

 明日、何かが起こる予感を秘め。

 己々の夜を過ごし。

 心に灯した火を抱き。

 備える。

 物語の、始まりに。

 




俺、いつかファース党のあの人に点数つけ直させるのが目標なんだ……。
どうも、わたしです。

私は常々、小説はどんな形であれ「読ませるもの」であるべきと考えています。
読ませる為のファクターとしては技巧だったり、プロットだったり、キャラクターだったりが重要なわけですが、とりわけ必要なのが『勢い』なんじゃないかと。
細かいとこに拘れば拘るだけ輪郭のはっきりしたものは作れますが、人の好みは減点法ではなく加点法で、「コレとコレがしっかりしてるもの」より「アレもソレも微妙だけど、コレが最高」な後者の方が選ばれる、……気がします。
このSSにもそういった読み手が「ウホッ」となる様な魅力があるといいなあ、なんて。
少なくとも私が面白いと感じるものに仕上げてはいるのですが、それが自己満なだけじゃなく、読者様もそうであれば、とってもとっても嬉しいなって。

次はちょっと趣向を変える予定。
たぶん主役は最近出番潰されたあの人。

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