IS Inside/Saddo   作:真下屋

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裏切りの夕焼け/コンプリケイション

 ISスーツって卑猥すぎると思うのです。

 整列した女学生が半裸でグラウンドに並ぶその姿を見て、俺の雪片が以下略。

 待て待て、この男性用ISスーツで勃起したらモロバレだぞ。

 ここで死ぬべきさだめではない(社会的に)

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦をしてもらう。織斑、オルコット、試しに飛んでみろ」

 

「分かりましたわ!」

 

 なんであの人あんなにやる気なの?

 パツキンだからなの?

 馬鹿なの? 死ぬの?

 

「織斑、早くしろ」

「了解」

 

 っつーかこんな所で起動したら危ないじゃない。皆からちょっとばかし距離を取る。

 5mばかし離れたところで、左腕に居る俺の相棒に声をかけた。

 本当は右腕にくっつきたかったらしいけど、不便だから左腕に移ってもらったのだ。

 

「蒸着」

[Awaken]

 

 瞬間展開、装着完了。

 ハイパーセンサーによる感覚向上、駆動系による機動力向上。

 外部骨格サポートによる筋力の上昇、装甲による耐久値上昇。

 生身の人間とは一線を画すその性能に全能感を感じる。

 

「良し、飛べ」

「はい」

「ほいさっさ」

 

 セシリアに遅れること30m後方を追従する。

 なんともまあ魅力的な光景ですこと。

 ハイパーセンサーによって向上した知覚が、余すことなく俺にその尻の素晴らしさを伝えてくる。

 けしからん、実にけしからん。

 

「遅い。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」

「了解、肉薄します」

 

 操舵はランナーのイメージと密接にリンクする。山田先生の言である。

 飛行のスピードとは、カタログスペックの何割再現といった形となる。

 カタログスペックを十全に発揮するランナーの飛行イメージが重要だとか。

 イメージねぇ。問題ない。ようはあの尻に顔突っ込むイメージでいいんだろ。

 せーのっ!

 

[Ignitio---]

「キャンセル!」

 

 俺は何をしようとしているんだ。

 例えあの尻が極上のクッションだったとしても、瞬時加速で突っ込む馬鹿があるか。

 んなもん攻撃とみなされシールドバリアか絶対防御が発生して顔が潰れるわ。

 

 慌ててキャンセルしたものの、若干発生していたので加速はしている。

 もしやこの『(弱)イグニッションブースト』って溜めいらないんじゃね?

 硬直も特にないし。なんか使えそう。燃費は悪そうだけど。

 

「難なく併走してきますのね。一組筆頭は伊達ではないといったところでしょうか」

「やめてくれ。筆頭なんて呼ばれたら『レッツパーリー』しなきゃならんくなる……」

「相変わらずたまに謎発言をしますわね…」

 

 横にならんだセシリアの髪が風になびく。なぜ胸は揺れない。なぜ胸は揺れない。

 

「にしても、お前の飛び方って本当に綺麗というか、優雅というか、いいなぁ」

 

「そ、そうでございましょうか?」

 

 ちょろい。実にちょろい。

 

「あ、あの、よろしければ放課後お教えしましょうか? そのときは、二人っきりで…」

 

「織斑、オルコット。急降下と完全停止をやってみせろ」

 

「了解! それでは話の続きは後程、お先に失礼しますわ!」

 

 ブルーティアーズが直角に折れ、地面に突っ込む。

 追突する寸前で上方向にスラスターをふかし、華麗に停止。

 

 そいでは、俺の番か。

 ちょっと試したいこともあるし、調度いい。

 やぁぁぁぁってやるぜ!

 上昇、上昇、上昇、背面宙返りから、急降下。

 

「 ドライブ・イグニッション!」

[ignition][ignition][igniti][iguni][iguni][iguni---]

 

 瞬時加速(弱)の連続行使。

 これなら、直線以外の機動が取れる。

 高速でジグザクに降下する。

 切り替えしのGで血液が偏り、意識が怪しくなってくるが、構わん!

 

 加速するのが楽しくてたまらない。頭が馬鹿になっている。自覚はある。だからどうした。

 地面が近づく。

 止まる時のことは考えてなかった。完全停止までが指示に入っている。

 セシリアは完停まで約2秒かかった。なら俺は、一秒だ。

 雪片弐型、展開。

 加速した運動量を、一刀に収束する。

 

「重閃、爆剣!」

 

 今更ながら書籍化おめでとう! 俺だってゼファーに憧れた男の子なんだよ。

 

 爆音と共に地面に大穴を開け、停止。

 砂塵が凄い勢いで巻き上がる。

 これは不味い。狙ってやったとバレたら反省文じゃ済まないかもしれない。

 爆心地で着地失敗を装う。

 IS解除して倒れときゃ騙されてくれるだろ。たぶん、おそらく。

 

「織斑君、大丈夫ですか! 織斑君!」

 

「大丈夫です、なんとか生きていま~す」

 

「馬鹿者、グラウンドに大穴あけよって(何を遊んでおる)」

 

「すみませんでした(ごめんね姉さん)」

 

 大穴を覘きにきた皆と顔を合わせる。

 下からISスーツを見ると殺人的なアングルになるのな。

 

「情けないぞ一夏、満足に着地もおおぅっ―――」

 

 駆け寄るセシリアに箒が突き飛ばされた。ありゃあわざとだな。

 揺れる、揺れてやがるぜ。

 圧倒的ではないか。

 

「大丈夫ですか一夏さん、御怪我はなくて」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 もっと良い乳を頼む、なんて考えていたらセシリアさんが屈み、胸を寄せてきやがった。

 セシリア、恐ろしい子っ!

 なんだ、誘惑されてんのか? ベッドの中で1ラウンドか? こちとら日本男児だ、逃げも隠れもしねぇぞ。

 俺が怖いのは妊娠と性病とヤンデレぐらいだ。受けて立つぜ。

 

「それはなによりですわ。ああ、でも一応保健室で診てもらったほうがよいですわね。

 よろしければ私が御一緒……」

 

「その必要はない。ISに乗っていて怪我するわけがないだろう」

 

「あら篠ノ之さん。ISの絶対防御は完璧ではございませんのよ。もしかしたら、という可能性を考えてはいかがかしら。

 それに、無事を確認して早々に罵倒するなど、一夏さんへの気遣いが足りないのではありません?」

 

初めてが保健室のベッドでいいなんて、セシリア・オルコット、中々やるじゃねぇかこの貴族。

保険医が部屋を外す時間も代えのシーツの場所も押さえてる。やるっていうなら、相手になろう。

 

「お前が言うか。この猫かぶりめ!」

「鬼の皮をかぶっているよりはましですわ」

 

ぶつかりあう巨乳と巨乳、甲乙つけがたし。

なんでコイツらこんなに仲いいんだろ。俺も間に混ぜて、むしろ挟んでくんないかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間。

 2組に転校生がやってくるとのことで、ちょっとした話題になっていた。

 俺はひたすらにペン回しの練習をしている。

 

「そうだ、二組のクラス代表が変更になったって聞いてる?」

「ああ、何とかって転校生に変わったのよね」

「中国から来た子だって」

「くそっ! 理屈が分からねぇ!」

 

 自分、不器用ですから。

 指で弾いて回転させるとこまではいいんだが、指の上を回転させてキャッチするまでの流れが分からん。

 軸か、軸が問題なのか? だが手の上なんて曲面で回転の軸を安定させるなんて芸当が―――

 

「中国から来たんだ、もしかして代表候補生かな?」

「わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

「もしかしたら強いのかなぁ」

「今のところ、専用機を持ってるのって、一組と四組だけだから余裕だよ」

「ファック! このディックちっとも言う事訊きやがらねえ!」

 

 俺はシャーペンを叩き折った。きっとペンが悪いんだ。

 っつーか人が休み時間を割いてまで真剣に技能取得に励んでるというのに、取り囲んでお喋りとかなんやねん。

 皆で俺を囲んでお喋りするぐらいなら、皆で俺のをおしゃぶr

 最近荒んでいるのか、溜まっているのか、思考がすぐにそっちにいってしまいます。自重いたします。

 

「―――その情報、古いよ。二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

 扉の前に、小柄でツインテールの美少女が済ました顔でこちらを見ていた。

 

 ……ああ、知っている。俺は彼女を知っている。

 

「鈴ちゃん、おひさー」

「あ、相ちゃん? ちょっとまだ口上終わってないからちょっと待ってて!」

 

 ドアのまん前の相川さんが旧知である鈴に声をかけ、鈴が小声で怒鳴るなんて器用なことをしていた。

 

「中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たわ」

「………」

「ちょっと一夏、なんとか言いなさいよ」

「一夏さん、御知り合いでしたの?」

 

うん、知り合い。いや知り合いという言葉では生温い、かな。

 

「このあたしを無視するとは良い度胸じゃない……ッ。私の蹴りを久々に味わ―――」

 

「もうホームルームの時間が始まっている。クラスに戻らないか」

 

 織斑先生が鈴の襟首を掴んで廊下に引きずって行った。

 ああ、いいなぁ。いいなー。

 

「鈴音、久しぶりじゃないか。いつ日本に戻ってきた。一報ぐらいくれてもいいだろうに冷たい奴だな」

 

「ちふ―――織斑先生! すみませんご無沙汰してます!」

 

「おいおい、『千冬姉さん』で良いんだぞ。今日の、いや、積もる話もあるだろう。明日の放課後にでも顔を見せに来い」

 

「わ、分かりました!」

 

「よろしい」

 

 心なしか上機嫌な顔で織斑先生が入ってきた。

 その後ろで一瞬だけ鈴が顔を出し、

「また後で来るからね、逃げないでよ一夏!」

 吐き捨てて帰っていった。

 

「それでは、ショートホームルームを始める。日直!」

「起立、れーい。着席」

「連絡事項を伝える。―――」

 

 俺はもう上の空。すでに頭は昼食のことしか考えていない。

 鈴が、帰って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学時代。

 俺は弾と鈴と、いつも三人で行動していた。

 五反田弾。

 素直で、友人思いで、真っ直ぐで、シスコンで、脚がめちゃくちゃ速い。

 凰鈴音。

 素直じゃなくて、強がりで、意地っ張りで、めちゃくちゃ運動神経が良い。

 彼等と遊んでいるときは胸を張って青春していたと言える、俺の大事な記憶。

 文化祭でのクラス全員を巻き込んだ鬼ごっこは最高に盛り上がったし、プールで人間ロケットやって流血事件になったのもいい思い出だ。

 ゲーセンで高校生にカツ上げされた時なんかも、三人だったら負ける気がしなかったなぁ。

 

 

 

 

「よぅ僕ちゃん達、ちょっと金貸してくんねぇ?」

「おいおい駄目だろ、小学生の女の子連れてきてこんなとこ来ちゃ」

 

 ゲーセンでしこたまクレーンの景品を担ぎ、よし帰ろうと路地に出たところで頭が悪そうな高校生が三人、声をかけてきた。

 俺と弾は目を合わせ、頷き、こっそりじゃんけんをする。あ、俺の負けかよ。

 財布を後ろ手で弾に渡した。後は弾が鈴を連れて逃げるから、俺はただ時間を稼げばいいんです。

 マッポさん呼んでくれるだろうから、そう大した怪我もしないだろう。

 なんて暢気に考えていたら、そんな算段をぶち壊す存在が居たのであった。

 

「一夏、弾」

「なんでございましょうかお嬢様」

「やりなさい」

 

 鈴ちゃんがブチ切れてらっしゃる。そんなに小学生呼ばわりされたのが気に入らなかったのか。

 あーあ、もうしーらね。

 

「弾」

「せーのっ」

 

 弾とタイミングを合わせ、鈴の脇を両側から持ち上げ、投げた。

 鈴は俺達が投げるのと同時に跳躍し、軽い足取りで小学生呼ばわりした馬鹿の肩に片足で着地する。

 もう片方の脚は、存分に振りかぶられ。

 

「死になさい」

 

 決まりました、サッカーボールキック。鼻折れたかなー歯も折れたんじゃないかなーばれたら傷害つくなー。

 未成年で年下だし大丈夫か。あっちもあんな小学生にしか見えない女の子にやられましたとは言えないだろうし。

 ストンと軽やかに着地する鈴お嬢様。パンツが見えたのは秘密な。

 

「あたしはこれでも中学生だ!」

 

 手乗りタイガー、怒りの叫び。

 身長と、胸囲に関してからかうのはタブーなのですよ。

 まして小学生よばわりなど、考えるだけでも恐ろしいものです。

 (バッドでファミコンのソフトをジャストミートする様に恐ろしいものです)

 

 唖然としている馬鹿2号を、いつの間にか後ろから現れた(隣接する住宅を大回りして大通り側からやってきた)弾が、

 そのダッシュの勢いのまま後頭部を殴りつけた。

 おーい弾くん、加減しないと死んじゃうからねソレ。やる時は徹底的にって言ったたけど、もうちょい頭使ってね。

 

「てめえら、よくもひゃってくれたな! もう遊びじゃすまさねぇぞ!」

 

 声裏返ってますよおにいさん。

 懐から何かを取り出す。

 

 おいおい、マジかよ救えねぇなこの馬鹿。ホームラン級の馬鹿だよ。

 バタフライナイフとか、何年前の不良漫画だ。

 固まっている鈴を引っ張り、後ろに下がらせる。

 弾にもアイコンタクトを飛ばし、距離を取らせた。

 

「殺すぞ、死にたくなきゃそこで土下座しろ!」

 

「おいカス。光りモン出したんだ、もう遊びじゃ済まねえからな」

 

 ポケットから取り出したのは無骨な鉄の棒。

 一見工具に見える(実際機能的にも工具なのだが)、愛用のフォールディングナイフ。その刃を白日の下に晒した。

 呼吸を整え、意識を切り替える。

 一足、一刀。

 踏み込み、相手の刃物を持った手を斬りつけ、下がる。

 馬鹿は切られて、出血して、やっと痛みが襲いくる。

 

「さささ刺しやがった! 本当に刺しやがった!」

 

「ちょっと切っただけだろうが。なあに、運が悪くても指が飛ぶだけだから安心しろよ―――!」

 

 一歩踏み込み、斬りつけ、後ろへ跳ぶ。

 再度同じように手を斬りつける。

 

「また、またーーーー! イカれてんじゃねえのおめぇ!」

 

「イカれてんのはどっちだよ。刻まれる覚悟も無くヤッパなんか出してんじゃねえ。

 ほら、さっさとその危ないもん捨てないと、指がなくなるぜ?」

 

 俺は踏み込み、一方的に傷付け、手の届かない距離へ逃げる。

 先程より一層深く斬りつけた。

 それでも、ナイフは刺すことを前提としているのであって、斬りつけてもそれほど深く傷を与えられるわけではない。

 ましてそういった用途のナイフでないなら尚更だ。指など飛ぶ筈が無い。

 充分な加減だろう。

 

「辞めろ、辞めてくれ! 捨てる、ほらもう捨てたから!」

「鈴」

「救えないわよ、あんた」

 

 鈴にダッシュで金的に蹴りを入れられ昏倒した馬鹿3。

 俺と弾はその光景を見て内股になる。いてぇ、いてぇよ今の……。

 

「弾、お前いつの間に裏に回ったんだよ?」

「鈴をぶん投げてからすぐだよ。たかだか百何十メートル、10秒ちょっとくれれば余裕だろ」

 

 それお前だけだから。一般人そんなに足速くないから。

 

「むしろ容赦なく刃物に飛び込んで刃物を振るうお前の方が驚きだよ」

 

「チンピラ以上の恐怖と日々戦っていれば、どうってことない。姉のがよっぽど怖いわ。

 さっさとずらかんぞ、捕まったらこっちがやばい」

 

 揉めた時は騒ぎになる前におさらばするに限る。

 一応、馬鹿3のナイフに血痕をつけ、馬鹿1に持たせる。

 これで騒ぎになったとしても内輪もめ扱いになるだろう。

 そうれ、すたこらさっさ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてこともあったなぁ……。

 しみじみとしている間に昼休み。

 来るか、来るのか?

 やっべぇ、マジやっべぇ、心臓ばくばくいってんよ。

 心の準備できてないよどうしよう。

 

「一夏ー、お昼行きましょう」

 

 平然と現れてるんじゃねえよ! こっちはびっびびびりまくってるってのに。落ち着け、落ち着け、落ち着け、人人人。

 

「久しぶり、鈴。また会えて嬉しいよ」

「なんか普通のリアクションねぇ…。あんたそういうキャラだったっけ?」

 

 いぶかしんでくる鈴。あーそうだろうさ。そりゃあそうだろうさ。

 

「ほら、俺は別にいいんだけど、鈴にも立場ってモンがあるだろ? 俺が『素』になると、

 鈴のキャラクターとか、威厳とか消し飛ぶから、抑えているんディスよ」

 

「あんた、何くだらない事いってんのよ。あたし達の関係に『遠慮』なんて上等なもんがあったかしら。

 そんな周りのことなんか気にせず、あんたの好きにやんなさい」

 

 

 

 

 

 

 許可が下りたので、俺は。俺らしく。

 本気にさせたな、俺を。本気でいいんだな、俺が。

 ここは俺のクラスで、人がたくさんいて、皆が俺を注目していて、俺は一挙一足観察されていると自覚している。

 だからどうした。

 それがどうした。

 自重を解除するスイッチが、俺の頭の中に存在する。いつもいつも押さないようにしていたスイッチ。

 俺の背中を押す女が居る。なら、それだけだ。

 いいや限界だ、押すね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴------------------------------!!」

「なああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 鈴を抱き上げ、ぐるぐるぐるぐる高速でメリーゴーランド。

 抱き締めてくっついて持ち上げてほらもう離さないぞー!

 

「やーん鈴ちゃん超可愛いーーーーー!!」

「にゃあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 頬ずり頬ずり、かいぐりかいぐり。抱き締めたいな、もう抱き締めてるけどねぇ!

 ちっさくて、可愛くて、柔らかくて、いい匂いで、暖かくてもう最高っ!

 ちゅーしていいかな、いいかな? いいよね? 好きにしろって言ったんだし!

 

「いい加減にせんかこのエロ介!」

「カハッ」

 

 鈴の膝が、俺の顎を打ち抜いた。ちなみにパンツ見えた。

 我が人生に悔い無し。さようなら人生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていう夢を見たんだ」

「平然と流そうとしても、全部現実だかんね」

 

 鈴と二人で食堂にGO。

 なんか金魚の糞がたくさんついてるけど気っにしっないー。

 鈴とごはんー。

 

「相変わらずねぇ、あんたも、あんたの姉も」

 

「そりゃ人間、簡単には変わんねぇさ。んでまだ千冬姉のこと苦手なのかよ」

 

「……苦手よ。あんたさ、サーベルタイガーがじゃれてきても喜んであやせる?」

 

「人ですらねぇのかよ、俺の姉は(驚愕)」

 

「なんであんなに気に入られてるかも、未だに分かんないしねー」

 

 それにはちょっとしたエピソードがあったりもする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、あれは中学時代のこと。

 

「一夏、お前随分と凰と仲が良いな。惚れてるのか?」

 

「いんや、好きは好きだけど、別に抱きたいわけじゃない」

 

「にしては、いつも一緒ではないか」

 

 一週間ぶりに帰宅した姉と飯を食いながら、俺の近況を話していると姉が食いついてきた。

 凰鈴音と俺の関係。

 姉としては気になるんだろうねぇ。

 ふたりでもぐもぐとブリ大根をつつきながら話を続ける。

 

「んー。説明が難しいな」

「お前の得意分野だろうが、さっさと説明しろ。そして私を納得させろ」

 

 そうだな。

 こういうのはストレートに話した方が伝わるか。

 

「例えば、なんだけど。

 鈴が猫だったとする。意地っ張りでおすましの生意気な猫だ。

 飯は渡してもすぐに食わないし、呼んでも来ないし、ただいつも傍にはいる態度のでかい不機嫌そうな猫。

 でも、俺がコタツで寝ていたりすると警戒しつつ近寄ってくる。

 近寄って俺が寝ているのを確認したら、笑顔をうかべてマーキングして、

 これでもかってくらい俺の体に自分の体をこすりつけてべたべたしてくる。

 んで俺の体に密着したまま寝るんだ。いつものおすまし顔じゃなくて、ちょっと満足そうな顔を浮かべて。

 次の日になると俺より先に起きて、ぐにぐにと体をこすりつけて、頬にキスをして去っていく

 そして俺が起きると、傍には態度のでかい不機嫌そうな猫がいる」

 

 どうだろうか。

 伝わっただろうか。

 俺が鈴にべったりな理由。

 

 可愛くてほっとけないから。

 

「一夏」

 

「うい」

 

「言ってることは分からなかったが、言いたいことは分かった。―――今度私が居るときにウチに連れて来い」

 

「了承」

 

 かくして、鈴のファンがまた一人増えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんてこともあったのさ」

「あんたは誰と喋ってんのよ……」

 

 そりゃあお前、『俺』とだよ。

 

「そういや鈴、新作の映画観たぜ。いつも通りアクション物だったな」

 

「辞めてよその話題。あたし断ったんだけど揚さんが勝手に引き受けちゃったんだから」

 

「まさかドレスでカンフーアクションをする中学生の役が存在するとは。ありゃたぶんお前を知ってから脚本書いたタイプだぜ」

 

「でしょうね……。脚本と監督にサインねだられたもの」

 

 凰鈴音。

 今をときめく中国のアクションスターである。

 ISランナーの国家代表並びに代表候補生とは、言ってしまえば国家の顔。

 メディアへの露出はばんばん、美少女であれば尚のこと。

 鈴には更に、抜群の運動神経がプラスされ数多くの映画に出演。

 小さい女の子から大きいお友達にまで大人気のアクション俳優なのだ。

 

「まさか垂直に3mジャンプして壁駆け上がるとは思わなかったけど。○ャッキーかてめえは」

 

「あれは靴底にISを部分展開して、展開部をPICで固定して跳んだだけよ。流石にそこまで人間やめてないわ。

 ちなみにハッパを使うシーンだってISを展開して絶対防御で防いでるからね。成龍先生と比べないでね」

 

 おいおい、神様扱いかよ○○ッキー。

 

 

「んなことより、あんたなんで『IS操縦者』なんてなってんのよ?」

 

「俺にも分からん、誰かの描いた絵に踊らされている感がある。機関の工作だとみて間違いないだろう」

 

「『世界初の男性IS操縦者』ってニュースで報道されていて、もしかしたらと思ったけどテレビに映った瞬間ラーメン吹いたわ」

 

「美少女且つ国家代表候補生且つ国民的映画俳優にあるまじき行いだな」

 

 ラーメン好きだな、コイツ。

 俺も好きだけど、二人で町名のラーメン屋は制覇したし。

 弾誘うとウチで食えって不機嫌になるから誘えないから二人で。

 ラーメンデートって流行んねぇよな。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが」

「そうですわ一夏さん。まさか、こちらの方と付き合ってらっしゃいますの?」

 

 二人の空間を邪魔する馬鹿が二人。うぜぇ。

 しかしオルコット嬢の目線が冷たく怖いな。

 

「ただの幼馴染よ」

 

「……えーそうです、ただの幼馴染です」

 

「なに機嫌悪くなってんのよ?」

 

「別に」

 

「幼馴染…」

 

「箒は知らないよな。お前が引っ越したあと入れ違いで転校してきたんだ。

 凰鈴音、俺の幼馴染で中国の代表候補生で映画スター」

 

「テレビは良く観らんから知らないが…、篠ノ之箒だ、よろしく頼む」

 

「初めまして、これからよろしくね」

 

 俺の幼馴染ーズのファーストコンタクトはわりかし当たり障り無くいけたっぽい。

 

 ちょっとした争いになるかと思い、構えていたのは秘密。

 

「ん、ンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

 先週はそちらにいる一夏さんとクラス代表の座をかけて」

 

「あんた、一組の代表になったんだって?」

 

「まぁ、成り行きで。辞退したかったんだけど出来なかった。きっと組織の陰謀だ」

 

「なら、私が練習みてあげようか? ISの操縦の」

 

「それは助かる。もちろん二人っきりで、だよな?」

 

「馬鹿。真面目にやんないと怪我させるわよ」

 

「おお、怖い怖い」

 

「ちょっと! 訊いていますの!」

 

 セシリアが腹立たしげに机を叩いた。

 鈴はゆっくりと机の上で腕を組み、その上に顎を乗せる。

 座った眼で、冷たい声でセシリアに応対する。

 

「訊いてないし興味もない。ごめん、あたし自分の存在やら力やら、立場をひけらかす人、嫌いなんだ」

 

「言ってくれますわね」

 

「一夏に教えるのは姉弟子である私の役目だ」

 

 なにこの三つ巴。

 あと箒、お前専用機も持ってない適正Cの分際で俺に何を教えるつもりだ。

 お前程度から教わる内容はとうに固法先輩に優しく教えてもらったっつーの。

 

「貴方は二組でしょう。敵の施しは受けませんわ」

 

「じゃあ俺一組抜けるわ。コイツと敵になるんだったらクラスなんて枠組みゴミみたいなもんだ。

 織斑先生に「一組じゃやっていけません」って相談すれば変えてくれるだろ。何せ特例で入学している身だし」

 

「一夏さんっ?!」

 

何を驚いた顔してやがる。

テメエの勝手で、俺の、俺達の立場を、俺達の関係をどうこうするってのか? ブチのめ―――、

ゴンと、痛い音が頭に響いた。

結構な力を込め、鈴が俺に拳骨を見舞ったのだった。

 

「あんた、何キレてんのよ。そういう意図での発言じゃなかったでしょうが」

 

「『鈴は二組だからいらない』と言われ、つい」

 

「誰も一言も言ってないわよね?!」

 

 ソーリーソーリー、クールダウン。

 いかんね。

 鈴とか弾とか、蘭とか千冬姉さんとか束姉さんとか、その辺の付き合いの長い人間といると感情ばっか優先させる子供になってしまう。

 素の俺で良いと認めてくれた、大事な人達。

 だけど、少なくともTPOぐらい弁えましょう、俺。

 

「とにかく、あたしは一夏と話しているから外野は黙ってて」

 

「生憎、わたくしは一夏さんと放課後にISの訓練をする話をしていますので外野ではありませんわ」

 

「おい一夏、私は何も聞いてないぞ……」

 

 白熱するトークの中、無常にもチャイムが鳴り響く。

 

「と、時間ね。一夏、放課後のこの女との訓練の後空けときなさい」

 

「あいよ」

 

「お待ちなさい。まだ話は終わっていませんわ」

 

「あのねぇ、転校初日に授業に遅れる訳にはいかないの。とりあえず今日はそっちの好きなようにすればいいわ」

 

 話はおしまい、といった風に去っていく鈴。置いてきぼりにされたセシリア。未だに凹み中の箒。

 一回戦、凰鈴音の圧勝。

 さすがに社会で揉まれてるだけあるぜチャイナガール。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事ですの、篠ノ之さん?」

「なに、私も訓練機使用の許可が下りたのだ。練習に参加しても問題あるまい」

 

 セシリアと二人で来た訓練場B(天井が高いタイプ)には、篠ノ之箒が打鉄を纏い立っていた。

 

「打鉄、日本の量産型ISですわね。まさかこんなに簡単に許可が下りるなんて」

 

 簡単じゃなかったと思うぜ。たぶん、篠ノ之束の妹である特例措置だ。

 箒はISを嫌っていて出来るだけ触らないようにしているが、学園や国はしっかり動向を気にしている。

 

「では一夏、始めるとしよう」

 

 剣を量子化し、構える。

 馬鹿か、コイツは。

 

「今日はセシリアと飛行訓練をするんだ。戦闘訓練はしねぇよ」

 

 へっ、と声を上げ置物となるモッピー。

 最近箒に対して扱いが冷たいと自覚しつつ、コイツは変わらないと不味いのでこのまま。

 例えば俺があいつと付き合って一生面倒見るってんなら話は別だが、そんなん現実的じゃないので矯正矯正。

 

 セシリアはとにかく理屈で説明しようとする。

 なので、細かい技術の部分を話させると理解しやすい。

 スライスターンやらスプリットSやら教えてもらった。

 逆にこっちは弱イグニッションブーストを教えてやった。

 遠距離狙撃適正のセシリアにとって敵機ととっさに距離を取る技術は有用だ。

 イグニッションブーストは苦手だ云々の言い訳を取っ払って、習得させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、はい」

「サンキュ」

 

 男子更衣室に平然と現れた鈴が、オレンジジュースを渡してくれた。

 襲われるとか思ってないのかね、こいつは。

 生身で喧嘩したら負けそうだけど。

 

「あのイギリスの代表候補生、それなりにやるわね」

 

「お前から見たらそれなりかも知れないけど、俺からみりゃかなり強敵よアレ」

 

「でも一夏、勝ったんでしょ?」

 

「ありゃあ俺のこと舐めてたからな。こっちは準備万全にしてたし」

 

「あんたそういう下調べ欠かさないものね」

 

「臆病で慎重なのですよ、俺は」

 

 プルタブを開けて、中身を流し込む。

 冷えたみかん果汁が俺の喉を潤し、程良い甘みと酸味が俺を堪能させる。

 生き返る。生きている。喜びに満ちる。

 

「鈴」

「なによ?」

「ありがとう」

 

 帰ってきてくれて、こうやって傍に居てくれて、それが凄く嬉しい。

 恥ずかしくて中々直接言えないけど、俺、お前のこと大好き」

 

「にゃははは。苦しゅうない近う寄れ」

 

 俺の頭を撫でてくれる鈴。照れさせるつもりだったが流されて悔しいが、今はその温もりが嬉しくて、甘えることにした。

 しな垂れかかり、抱きついて、膝を枕にした。

 

「ちょっとあんた! ……ちょっと、どうしたの? 一夏、本当に疲れてるじゃん」

「最近、あんまりちゃんと寝れてないから。少しでいいから、膝貸して」

 

俺を跳ね除けようとした鈴は、そのままにさせてくれた。

ふとももの上にある重いであろう俺の頭を、その細い指で梳いてくれる。

汗でおでこに張り付いた髪を上げ、おでこに手のひらをあてる。

 

「熱はないわね。にしても、なんであんまり寝てないのよ」

 

「同室がさっきの篠ノ之箒で、やっぱりなんだかんだ他人だから緊張してるみたいでさ。

 学園では千冬姉の評価もあるから講義で寝こけるわけにもサボるわけにもいかないし。

 お昼なんかも人の目があるから、あんま寛げなくて」

 

 汗臭いであろう男の体をそのままにし、黙ってきいてくれる鈴。

 30分ぐらい、このまま寝かしてくれるかな。

 や、ホント、なんだかんだ神経使うからきつくて。

 女ばっかの園だってテンションあげて、下ネタで自分を盛り上げたって限界があって。

 

 「あんた、篠ノ之と同室なの?」

 「……んー。織斑先生の采配でね。全く知らない他人よりは、幼馴染の方が気が楽だろうって」

 

 ふともも柔らけー。こんなに細っこいのに女の子してるんだもんな。凄いな女の子って。

 あーねむねむ。

 

「幼馴染なら、良いワケ? 幼馴染であれば、同室が許されるの?」

 

「拙者の預かり知らぬルールがなければ、いいんでねーのー。それ以外の選択肢が特になかったから甘んじてましてー」

 

 ガバリと立ち上がる鈴。必然と転げ落ちる俺。うおおおおおおおおおおおおおおお。

 なんとか顔面のガードが間に合い、一安心。

 なにこいつ安心させておいてズドンとかするタイプなの? 鬼か。

 

「甘んじるな。あんたのことでしょうが。他ならないあんたの健康のためでしょうが。

 あんたがそうやって事なかれで自分が損する様に立ち回るのであれば、こっちにも考えがあるわ」

 

「おいおい、なにキレてんだよ鈴音ちん。むしろ眠りかぶってた状態で床に落とされた俺が怒る場面だろ」

 

「あたしは! あんたの親友だ! あんたの健康が大事だ! 毎日ゆっくり眠ることが出来ない生活なんて認めない!」

 

 叫んだ勢いのまま、鈴はどっかへ行ってしまった。

 おいおい、手乗りタイガー大丈夫か?

 大丈夫なわきゃねーだろ、追うぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と云う訳だから、部屋変わって?」

「ふざけるな! なぜ私が!」

「篠ノ之さんが動きたくないなら、あたしの同室の子にお願いして一夏と交代して貰うわ」

「そういう意味ではない!」

「じゃあどうしたいのよ。篠ノ之さんだって、男と同じ部屋は嫌でしょ?」

 

 九分九厘、ここだと思っていましたマイルーム。

 絶賛モッピーとニクミーが言い争っております。イッピーですこんばんは。

 

「別に、嫌という程でもない…。大体、これは一夏と私の問題だ」

 

「『織斑一夏(イチカ)』の問題であるなら、『凰鈴音(あたし)』の問題でもあるわ。

 知ってる? オールド幼馴染さん。一夏、最近ちゃんと睡眠できてないよ?

 目の下にうっすらだけどクマができてる。血色も悪いし、疲れが溜まっているみたい」

 

「だからどうしたと言うのだ!」

 

「どうした? どうしたって言った今! あんた一夏の健康をどうでもいいことの様に扱った?!」

 

「い、いや、そういうわけではなくてだな…」

 

「じゃあどういうわけよ! 自分の言葉に責任を持て! あんたと話しているとイライラしてくるわ」

 

 苛立たしげに頭を掻く鈴と、半端に噛み付く箒。

 もうすでに負けてますよモッピー。

 イッピー知ってるよ。モッピーは口喧嘩弱いって。

 

「お前こそ、自分の行動を省みてはどうだ。人の部屋にずかずかと入ってきては失礼なことばかり。何様のつもりだ?」

 

「話をすり替えるな。あたしはあんたに部屋を替われと言ってんのよ。

 もしあんたが一夏のことを大事にするんなら部屋を替われ。

 もしあんたが一夏のことが大事でないのなら部屋から追い出す。それだけの単純な話」

 

「力ずくで追い出すつもりか?」

 

「無論、そのつもり」

 

「やってみろ!」

 

 箒は叫んだ勢いのまま、竹刀を掴んだ。つもりだった。

 そんな目の前に放置されている武器に注意を払わない俺の鈴音ちゃんではない。

 箒の初動を見てから、箒より先に竹刀を奪い、投げ捨てた。

 あらら、終わった。

 ISを用いない単純な戦闘能力で云えば、たぶん箒はこの学園の生徒の中で最強だろう。

 だがそれは、剣、ないし長柄の獲物や棒を持った場合に限られる。

 素手での戦闘となれば、凰鈴音には敵うまい。

 今の瞬発力だけで判断しても、肉体のポテンシャルにおいては鈴が圧倒的に勝っている。

 

「この!」

 

 武器を持たない箒が、力任せに鈴を倒そうとする。

 

 鈴が迎撃しようとする。

 

 …………。

 なんだこの茶番。

 誰が得するんだ。

 なんで俺は観戦しているんだ。

 

 違うだろ、織斑一夏。

 それは違うだろ、織斑一夏。

 世界(オマエ)の中心は、織斑一夏(オレ)だろう。

 

「ふん!」

 

 全力で、二人の頭をスリッパで叩いた。

 スパーン! と軽快な音を立て、静寂が訪れる。

 

 頭を押さえて座り込む二人。

 氣を込めすぎたか…。唸りくるスリッパの衝撃に撃沈したようだ。

 

「やいやいやいやい。何様だ手前等。誰を置いて話を進めてやがる。

 この『織斑一夏』の進退を、俺を抜きにして語るたあどういう了見だ」

 

「あんたの都合なんて知らないわよ。あたしが決めたあたしの最善を、全力で突っぱねて何が悪い。痛つつつ」

 

「……悪くないな、何も」

 

「でしょう」

 

 早々に復活した鈴が、ナイ胸を精一杯張り自信気に宣言する。

 確かに、例え鈴の将来に関与するとしても、もし俺がそれを必要と思うなら全力で突っぱねる。

 俺達は何より、本人の意思を尊重して付き合ってきた。

 ぶつかって、ぶつかりあって、ぶん殴りあって、それでも一緒に居たのが俺達だ。

 なら、いつも通りじゃねえか。

 

「鈴」

 

「あによ」

 

 半目で涙目なラブリー鈴ちゃんに、宣誓する。

 

「オマエ、何もするな。俺が俺のやり方で、俺の必要に沿って、俺を通す」

 

「はんっ。それでいいのよ」

 

 環境を変えようとしない俺。

 状況に流されようとしていた俺。

 不満をだらだら愚痴にするだけで、改善しようとしなかった俺が大嫌いなタイプである、

 何もせずに愚痴を口にする人間になってしまっていた俺。

 

 そりゃ鈴が怒るわ。

 こうやって実演してもらわないと気付けないなんて、駄目駄目ですだよ織斑一夏。

 

 

 

 

「一夏。あたし、約束覚えてるから」

 

「ああ、俺もだよ」

 

 一年前、別れ際にした約束。

 俺から鈴に約束した、将来。

 

「もし今度のクラス対抗戦。あんたがあたしに負けたら、アレ、諦めなさい」

 

「……お前だけは、応援してくれてると思ってたんだけど」

 

「勿論、あんたの夢だもの。応援してるけど、だけど、あたしはそれ以上にあんたが心配よ。

 だから、あたし程度に敗れるなら潔く諦めなさい」

 

「分かった。俺はこの勝負に『夢』を賭けよう。ならテメエは何を賭けるんだ」

 

全部(なんでも)

 

 男らし過ぎるだろ、コイツ。

 俺の夢を諦めさせる為に、自分の全てを天秤に乗せるんだとさ。

 此処まで想われちゃ、引けねぇだろ。

 此処で引いたら、俺じゃねえだろ。

 勝ち目があろうが、勝ち目がなかろうが、そんなの関係ない。

 逃げることが恥ずかしいんじゃない、闘わないことが恥なんだ。

 人生なんて、そんなもんだろう。

 

「OK。賭けるのは『凰鈴音の処女』だ。殺さず解体せず並べず揃えず―――散らしてやるよ」

 

「『百万回に一回起こることは、一回目に起きる』ってあんたは言ってたけど、きっとソレ、あってるわ。

 確信した。あたしとあんたがぶつかって、あんたが不様に這い蹲るのは、きっと大会一回戦の一試合目よ」

 

 バッグを背に担ぎ、勝利宣言をして部屋を退室する鈴。

 イケメンすぎんだよ、テメエのアクションが一々格好良くて気に入っちまうじゃねえか。

 オーキードゥーキー。匙は投げられた。

 

「首を洗って―――股を洗って待ってろよ」

 

 俺のわりかし最低な台詞にも反応しない箒さん、実は気絶している、なんて落ちでした。

 落ちてねーよ! 落ちてんのは俺の品格と箒の意識だけだよ!

 ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでこうなってる?」

 

「別にいいじゃない。篠ノ之さんだって何も言えな―――言わないんだし」

 

 あたしは、一夏のベッドに横になっている。

 ベッドの主である筈の一夏は、―――もちろんベッドの中だった。

 同衾です。添い寝です。

 さっき聞いてみたら、今日ぐらいは、篠ノ之さんも大目に見てくれるそうだ。

 返事はなかったのだから、見ないフリをしてくれてるのだろう。

 

「一夏、ほら」

 

「ん」

 

 一夏はのっそりと、あたしの体に抱きつく。

 伝わってくる体温に、安心感と愛情を感じる。

 ああ、―――私は、帰って来たのだ。

 日本に。

 此処に。

 一夏の、隣に。

 それが、凄く、凄く、嬉しい。

 まだ会っていないけど、弾だってきっと喜んでくれる。

 蘭は嫌な顔するだろうけど。

 まだちょっと苦手だけど、千冬さんも喜んでくれた。

 私の、『凰鈴音』の居場所は、変わらず在った。

 それが、何より、嬉しい。

 

「泣くなよ、鈴」

 

 一夏が私の涙を拭い、おでこにキスをしてくれた。

 昔、今はもう居ないお父さんがしてくれたように。

 私が、独りでないことを伝えるために。

 私は、一夏の頬にキスを返した。

 

「こらこら、女の子の唇は安くないんだから、そんな簡単にちゅーしちゃいけません」

 

 でも、嬉しいのだ。

 この喜びを、少しでも返したいのだ。

 私は、この幸せを掴むために、この幸せを取り戻すために、一年間血反吐を吐いた。

 半年でISを扱える環境を作り、半年で500時間以上の搭乗訓練をこなした。

 体力訓練、座学、芸能活動、そのどれも手を抜かず、睡眠時間を削り、自己を高めた。

 たった一年間、日本から離れるのを耐えることに比べれば、たった一年間、地獄を見る方がましだった。

 化粧を覚えた。愛想笑いを覚えた。胃液の味に慣れた。生理が止まった。私は、自分を殺すことを覚えた。

 その鍛錬、その努力。それが実った。それが叶った。

 だから、だから―――

 

「ねえ、一夏」

「ん……」

 

 もう半分眠りについている一夏に、独白する。

 あたし、頑張ったよ。

 また、一夏と、弾と馬鹿騒ぎして、遊びまわって、三人で川の字になって寝るために、頑張ったよ?

 夏になったら、川で泳いで、スイカ食べて、祭りにいって、花火やって。

 秋になったら。

 冬になったら。

 ちゃんと、現実にできる様に頑張ったよ?

 寝る前に今日は楽しかったって笑って、一夏におでこにキスしてもらって、弾に頭にキスしてもらって、二人に挟まれて寝るの。

 

「ありがとう」

 

 軽い、触れるだけのキスを、一夏の唇に。

 転校してきたばかりの私を誘ってくれて。

 噛み付いてばかりだった私と遊んでくれて。

 親の離婚で愛が信じられない私を支えてくれて。

 意地っ張りで弱虫だった私を変えてくれて。

 私を、愛してくれて。

 ありがとう。


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