IS Inside/Saddo   作:真下屋

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The Kids Aren't Alright / The OFFSPRING


SideLine:(後) The Kids Aren't Alright

 数多の戦場。

 百を越える妨害。

 その須くを達破し、私はやっと辿り着いた。

 

 地球を二周し、辿り着いたのはアラビア海上空。

 領域侵犯した私を捕らえようとした防衛部隊。

 私の行く手を阻もうとする無人機群。

 その悉くを突破し、私はようやく辿り着いた。

 

 わたしのいとしい。

 わたしのいとしい。

 わたしのいとしい。

 私のいとしい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい、織斑一夏を殺した、篠ノ之箒の元へ。

 

 この胸中に渦巻くのは歓喜であり、この脳内を満たすのは狂気であり、この眼窩に宿すのは殺気であり、この毛髪を逆立てるのは怒気であり、この両腕に溢れるのは英気であり、この咽喉を昇ってくるのは暑気であり、この身体から零れそうな熱気は、その全てに覇気を孕む。

 

 私はかつてない程に仕上がっている。

 今この瞬間こそが、織斑千冬のピークだ。

 滾る血液の脈動は血管を踊り軋む骨肉の密度はいまかいまかと開放を待ち肺胞は潤沢に取り込んだ酸素を尚濃度を増そうとし、

 我が専心は、一意に彼(カ)の絶殺を渇望する。

 

 この愛情にも似た醜悪な感情に、私は自分の全てを委ねている。

 引き裂かれそうなこの愛憎に、私は全身を浸している。

 

 なんて愉しいのだろう。

 私には今、重荷も枷も戸惑いも常識もない。

 守るべきもの。背負うもの。

 ない。ない。無い。

 何も無い。

 

 この心に居てくれた、たった一ツの暖かみも、今はもう無い。

 

 自由だ。

 私を縛る物は何も無い。

 私を縛る者は何も亡い。

 

 

 そう。

 私をヒトに縛っていてくれた大事な人は、―――もう居ない。

 

 上空200メートル。

 地面からは高く、雲からは低いこの場所で。

 獣の如く駆け続けた私はやっと、篠ノ之箒を捕まえた。

 

 

「どうした篠ノ之。姉弟子の顔も忘れたか?

 わざわざ来てやった先輩に挨拶もしない後輩に育てた覚えはないぞ」

 

 返事はない。

 こちらに顔こそ向けるが、幽鬼のようで感情は伺えなかった。

 

「おい、なんとか言え。それとも、もう『終わって』しまってるのか?」

 

 

 だとしたら興醒めだ。流石に私でも死人を殺す手段は持ち合わせていない。

 その時は、そうだな。腹癒せに世界でも滅ぼすか?

 私にとって、織斑一夏は世界と等価だった?

 まさか、人間一人が世界と等価なんてある訳が無い。

 

  

 それでも。

 それでも、私に取っての『織斑一夏(アイツ)』は、『織斑一夏(セカイ)』だったのだ。

 

 

「千冬、さん」

 

 

 上空200メートルに滞空する紅椿とその搭乗者、篠ノ之箒。

 不穏な気配と、濁った瞳。

 雑念に染まる弱い女。

 それが、篠ノ之箒に抱く私のイメージだ。

 

 底冷えするような冷たい声は、重々しく大気を渡る。

 その冷たさはまるで扇風機のようで心地よい。

 敵意は引き絞られた矢を放つかのごとく、私に放たれた。

 

 

「よくも、―――よくも一夏を殺したな」

 

 

 篠ノ之箒、オマエ。

 死んではいないが、壊れていたか。

 ふむ、予想外だ。

 

 その瞳はまるで、この世の全てを恨むような。

 子を奪われた母の様な。

 親を失った子供の様な。

 

 愛する男を殺された女の様な。

 

 そんな、瞳だった。

 まるで、『誰か』みたいだった。

 

「人を勝手に人殺しにするな。私はまだ人を殺した事など無い」

 

 誤解されては困る。私は少なくとも、品行方正に生きてきたつもりだ。

 聖人であったとまでは言わないが、人から後ろ指刺される様な人生は送ってないつもりだ。

 

 

「貴方が一夏から眼を離さなければ、貴方が一夏をIS学園に連れてこなければ、貴方がIS学園に来なければ、貴方が一夏の面倒を見ていれば、貴方が大会に優勝しなければ、貴方が大会に出場しなければ、貴方が日本を離れなければ、貴方が一夏の傍に居てやれば、貴方がISに乗り続けなければ、貴方が篠ノ之束を拒絶していれば、貴方が篠ノ之束と出会わなければ、貴方がISにまだ乗っていれば、貴方が一夏の世話をしなければ、貴方が剣道をしていなければ、貴方が一夏に嫌われていれば、貴方が一夏の姉でなければ、貴方が産まれなければ―――」 

 

「―――織斑一夏は、死ななかった」

 

 

 篠ノ之箒は謳う様に。

 篠ノ之箒は呪う様に。

 織斑千冬の存在を否定する。

 

 コイツもやっぱり、篠ノ之の『女』か。

 確実に束の妹だぞ、お前。

 束はなんと云ったか。

 たしか、『エゴの塊』だったか。

 まさしく、正しく、その通りだな。

 

 

「そうだな。私が殺したのかも知れないし、―――私が殺したかった」

 

 

 一夏の命を奪う情景を想像して、ゾクゾクとした高揚感と快感が背筋を走る。

 大事に大事に育て上げた存在を壊す。

 一種のカタルシス。

 誰にでもある、破壊願望。

 

 私を縛る物は何も無い。

 私は縛る者はもう亡い。

 だから、ストレートな自分の感想を言わせてもらえれば。

 私が奪い、私が傷つけ、私が癒し、私が慰め、私が生かし、私が殺したかった。

 御手洗数馬は、一夏に『はじめて』を沢山もらったらしい。

 私は、すべての『はじめて』を一夏に与えたかった。

 

 

 それは、【死】でさえも。

 

 

「ああ、いいだろう。こと此処に至り、互いの主張の正当性を比べるなんて馬鹿げている。

 存分に、心のままに。オマエは、オマエの復讐を果たすがいいさ」

 

「云われるまでもない。―――貴方を、殺す」

 

 明らかに焦点のズレた発言を、理知的な瞳で口にする。

 世界を震撼させるシリアル・キラーとは、普段の振る舞いが一般人と判別つかないものであるという。

 狂人。

 兇刃。

 篠ノ之 箒。 

 

 おーおー、言ってくれるものだ。

 この私を殺すと。

 この世界最強を殺すと。

 冗談が上手くなったものだ。

 エスプリが効いている。

 面白い、笑えるじゃないか。

 

 たかだか、剣道の全国大会で優勝した程度で。

 たかだか、IS適性がSランクに達した程度で。

 たかだか、世界最良のISを保持した程度で。

 たかだか、織斑一夏を殺した程度で。

 

 篠ノ之箒(オマエ)が、織斑千冬(ワタシ)を、殺せるなんて妄言に眩むなど。

 笑い話以外の、なにものでもない。

 

 

 

 

 

 

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 紅椿は、世界最良の機体である。

 基本設計から世紀の大天才・篠ノ之束が携わった、世界で唯一の機体。

 千冬の暮桜も篠ノ之束の手が入ってはいるが、凡夫の基礎設計がネックとなり性能が頭打ちとなっている。

 もう一機、本当は束が基礎から組んだ機体もあるのだが今はない。

 始まりの機体が現存していれば、軽く一蹴してやれるのだが。

 千冬はままならなさに歯噛みしていた。

 

 空を駆け、刀を打ち付けあう。

 加速性能、旋回性能、パワーマルチプリケーション、敏捷性、シールド出力、耐久力、応答性能、即時性能。

 ざっと挙げられる全てのファクターにおいて、紅椿は暮桜に勝っている。

 それでも、打ち合いが続けられる理由は。

 

「どうした篠ノ之? やけに拘るじゃないか」

 

 箒が二刀流だからだ。

 腕一本では、どうしたって一撃が押し負ける。

 箒だって重々承知だろうに、それでもそのスタイルを崩さない。

 

「貴方の手の内はもう読めています。このままジリ貧してもいいですが、その場合私の勝ちは揺らぎません」

 

 どれだけ紅椿の燃費が悪いといっても、元々のエンジンの規格が劣っている暮桜では、紅椿の回転数で対戦している時点で燃費的に敗北は必至だ。

 千冬だって分かっている、分かってはいるが―――。

 

「青二才が、若いぞ小娘。もっと愉しめよ? 私と同じステージで戦えるランナーなど、世界にも10人といまい。

 まして、私達よりも優れている【機体】ってのはいなかったのだ。之を愉しまなくてどうするんだ?」

 

「負け惜しみにしか聞こえませんよ」 

 

 千冬は殊更に機体が優れていると強調した。

 千冬と暮桜のコンビに、紅椿だけが勝っていると貶したのだ。

 

 暮桜の剣戟に紅椿が合わせ体勢を崩す。

 紅椿の重ね斬りを暮桜が弾くも体幹がブレる。

 暮桜の連撃で紅椿が防戦になる。

 紅椿の僅差攻撃が暮桜を削る。

 

 一合、二合、三合、四合、一息の間に撒き散らされる火花と死の香りが空を覆う。

 五合、六合、七合、八合、鬼気迫るダンス・マカブルに終わりは見えない。

 九合、十合、今にも死んで終わりそうなのに、死の間際に引き伸ばされた時間が絢爛と続く矛盾。

 頂に至った者だけが織り成せる、ピリオドの向こう側だ。

 

 俄然増していく鋭さは、俺が十から先を数えることを許しはしなかった。

 イッピー知ってるよ! 決して十からの続きがとっさに数えられなかった訳ではない。イッピー知ってるよ。

 イッピー死んでるよ。主に脳細胞とか死んでるから思考が怠慢極まりない。イッピー死んでるよ。

 

 これでもかと勢いを乗せ、互いが叩きつけた一撃は、お互いを大きく離れさせた。

 地平線をなぞる様に距離を置く二機。

 

「元第一世代の第二世代機でよくやりますね。でも、その程度の評価です。

 その程度では私には及ばないし、私は楽に、―――貴方を殺せる」

 

 上から見下すように箒はなじる。

 一体どうしちまったんだモッピー。

 いつもの堅物弄られキャラなキミが俺は好きだってのに。

 

「ならさっさと殺してみせろ。口ばかり動かしてどうした? 

 オマエが私より強いってなら、とっととこの首を陥としてみせろよ」

 

 左手で剣指を作り、首を切るジェスチャーをする千冬。

 空気が剣呑過ぎて息が苦しいよ顔も覚えてないママン。

 イッピー死んでるよ! よく考えたら呼吸してないわ俺。

 

「傅け、【紅椿】!」

 

 箒の命令に従い、単一仕様能力『絢爛舞踏』が開放される。

 紅椿は金色に発光し、瞬く間にエネルギーを全快させた。

 

「……これでも、まだその余裕を―――」

「違うだろ、篠ノ之」

 

 織斑千冬は、箒の発言を遮った。

 酷く詰まらなさそうに。

 不快さを隠そうともせず。

 

「そうじゃないだろ。エネルギーが回復したからなんだってんだ? 回復したら強いのか?

 だからどうしたってんだよ間抜け。アタシは今すぐ本気をだせって云ってるんだ。

 殺しに来いって云ってるんだよ」

 

 

 千冬は苛立たしげに、不満を前面に押し出す。

 

 

「そんな下らない女だから、織斑一夏を落とせもしないで殺しちまったんだよ」

 

 

 ごめん、チッピー日本語でおk。

 俺は実の姉が何を仰っているのか皆目分からなかった。

 

「オマエ、怖いんだろ? その二刀を離してしまったら、自分が死ぬって思ってんだろ?

 結構。ソレは正解だ。だけど、死ぬ気もなく相手を殺すなんて甘っちょろいと思わないか?

 オマエは私にアレを使わせて自滅を誘っている様にしか思えんぞ?」

 

 トントンと、近接ブレードで己が肩を叩く。

 その仕草は、昔道場で見た姿と変わりない。

 相手が自分より強かろうが、相手が自分より優れていようが、織斑千冬は変わらない。

 織斑千冬とは、強さが彼女を絶対にしているのではない。

 いつでも、どこでも、誰が相手でも自然体。誰にでも出来そうで、誰にも出来ない心の強さ。

 その在り方こそが、織斑千冬を絶対者にしているのだ。

 

「そんな事は、な」

「もういい。もういいさ。口で語るには、私達は『誰か』とちがって口下手だからな。

 慣らしはもう終わったし、逢引の続きは『コイツ』さえあれば充分だ」

 

 暮桜は近接ブレードを頭上に放り投げ、両腕を顔の前で交差させた。

 

「狂い咲け、【暮桜】」

 

 両腕を勢い良く払った暮桜は、その全身を一新させていた。

 その外観を、フォルムを鋭角化させ、合当理は肥大化し、装甲は薄く薄く刃の様に引き延ばされ展開された。

 変貌した暮桜は上空に投げられた近接ブレードを上昇し掴み、それを紅椿に向ける。

 

「展開、装甲……ッ!」

 

 未だ第三世代が確立されていない現状で、第四世代機である紅椿にだけが有する秘中の技術。

 エネルギーの消費こそ上昇するものの、単一特化のパッケージに勝る自機のカスタマイズが行える、十年先の技術の粋。

 まだ発展しきっていないイメージインターフェイス分野を差し置いて、篠ノ之束が上位であると判断した、ブレイクスルーの極み。

 篠ノ之箒は識っている。

 その恩恵をこれまで享受している彼女だからこそ識っている。

 それは、明らかに腕の劣る自分を織斑千冬と並び立たせている『とっておき』なのだと。

 

 

「―――祈れ。運が良ければ、千切れず死ねるぞ?」

 

 

 

 

 

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「【暮桜】改め【宵桜】」

 

 

 私の憎悪(ヨル)に、私の悪意(ヨル)に、私の絶望(ヨル)に、私の殺意(ヨル)に、私の愛憎(ヨル)に、―――咲き誇れ。

 

 私は自分の愛機にそう銘じ/命じ、元来のカタログスペックを超越する加速度に身を任せる。

 慌てて紅椿のパラメーターを防御に極振りし、二刀を構える篠ノ之をその構えごと斬り跳ばした。

 攻撃を加えた宵桜は、その反動で機体がバラバラになってしまいそうだった。

 

 ピーキーなんてものじゃない。

 破滅とのロンドだ。次の瞬間に空中分解してもおかしくない。

 自機が自壊しかねない出力を平然と崩壊寸前で安定させる、その気違い染みてる完成度に私は哂ってしまった。

 こんな終焉が綱渡りしてるかの様な狂気の産物を自信作として渡してきやがって。

 篠ノ之束、オマエは私の親友だ。

 たとえ、オマエがもうそうでないと云っても。

 たとえ、オマエが私の敵であることを自認しても。

 たとえ、このISが私への手向けであっても。

 それでもなお、オマエは私の親友だよ。 

 

「ぐうぅぅぅ―――!」

 

「どうした篠ノ之! 必死じゃないか!」

 

 嘲笑しながら、私は近接ブレードを振るう。

 刀とは、力で振るうものではない。

 ISの近接戦においては、攻撃はシールドに阻まれる為ダメージ=衝突量(エネルギー)に注目されるが、『刀』はそうではない。

 刀とは、業で斬るものだ。

 その太刀筋が、その切っ先がなぞる速度が、その鋭角過ぎる鋭さが、鉄すらを両断する。

 

「私を殺すとのたまったんだ! 私に刃を届かせて魅せろ!」

 

 それは、実体の無いシールドとて同様。

 ISの戦闘において近接武器が優れている点は、その強固なバリアに対してISの質量を音速以上の速さでぶつけられること。

 まして、それが刀であれば。

 例え無形だとしても、触れられるなら、刀であれば、私ならば、―――断てる。

 

 機動力に、取り分け加速力にバランサーをセットした宵桜は、十全にそのスピードを駆使し紅椿を蹂躙する。

 直撃こそしてないものの、紅椿は着実に削られていく。

 

 一際強く剣を叩きつけた。

 錐揉みしながらぶっ飛ぶ紅椿。

 愛刀がミシリと。

 嫌な鳴き声をあげた。

 

「染まれ、紅椿!」

 

 篠ノ之の発声と共に、金色に輝くクレナイツバキ。

 なんだあれ、汚いじゃないか。

 きたない流石束の特注ISきたない。

 

 瞬く間にエネルギーを回復した紅椿は、そのエネルギーを放出し体勢を立て直した。

 推進力を発生させながら、紅椿は変形していく。

 そのタイミングに最適な装甲変形、パラメータの再調整がノーリスクで行える。

 また、どれだけ攻撃を受けたとしても。どれだけ攻撃をしたとしても。

 零にならなきゃ無尽蔵にエネルギーが湧いてくるってのは、ひょっとして最強なのではないか?

 

 最強か。

 安い言葉だ。

 

 そんな言葉、五年前に終わらせた。

 

 

「なあ篠ノ之。愉しいか? 愉しいよな? 愉しいだろう? 愉しいに決まっている。

 惚れた男を殺した女を殺せるチャンスなんだ。愉しくない訳がないよなぁ?」

 

 

 私は。

 私は。

 私は。

 私は、愉しい。

 

 こんなに熱中した事ははじめてだ。

 こんなに夢中になったのははじめてだ。

 こんなに自由なのははじめてだ。

 

 こんなに憎悪したのは、はじめてだ。

 

 殺してやる。

 殺してやる。

 絶対に、殺してやる。

 

 私の織斑一夏(オトウト)を。

 私の織斑一夏(オトコ)を。

 私の織斑一夏(セカイ)を。

 殺したアイツを、殺してやる。

   

 

「千冬さん。貴方は、とうに限界です」

 

 

 それは、ナニを指して云った言葉だったのだろう。

 私には、ワカラナイ。

 

 

「そうだな。不眠不休で戦争してきたんだ、いい加減限界だろう。

 私もコイツもとっくにガタガタだ。歳は取りたくないもんだ」

 

 

 正直、若さが羨ましい。

 10代の若さ、10代のエネルギーとは凄まじいものだ。

 教師になってつくづく思ったのが、私は情熱を傾ける先を極端にしすぎたことだ。

 刀に捧げた情熱の、ISに捧げた情熱の百分の一でも、青春に傾けていればよかった。

 もちろん、一夏を守り育てることに全力だったこれまでに不満があるわけではない。

 だが、後悔が無いわけでも、ない。

 

 ―――だけど、奪われた。永遠に、失われた。

 

「そうだ。そうだな。そろそろ、終わりにしよう」

 

 我が怨嗟。余すことなくその身に受けろ。

 イメージするのは、何千何万と繰り返したあの動作。

 刀を抜き、斬り抜ける。

 至高の一にして完成された型。

 完成された、その先の到達点。

 

 果て無き鋭さの終着点。

 始まっていないのに、終わっているその矛盾。

 私が惹かれた、瞬きの煌き。

 

 自然と振るわれた刀は、振るわれた瞬間だけ激しく発光した。

 

「―――零落、白夜」

「ああ、そうだとも。お前が恐れている、私のとっておきの片割れだ」

 

 単一機能・零落白夜。

 まるで誂えたような、私のワンオフ・アビリティー。

 私の適正も踏まえてだが、接近戦特化ではなく接近戦専用となってしまった元凶。

 シールドバリアを無効化しダイレクトに絶対防御を発動させエネルギーを奪う決戦兵器。

 

 

 さあ、始めよう。

 ココは終着なのだから。

 

 

 互いに満身創痍といっても過言ではない。

 ただ、あちらはエネルギーだけは無尽蔵だ。

 長引かせる訳にはいかない。

 締まりのない展開はキライなのだ。

 終わらせよう、ココで。

 全てを。

 

 澄んだ空気の中で。

 静かな空の上で。

 私は、ゆっくり深呼吸を行った。

 

 宵桜の駆動音、私の心音。

 埋没していく。

 同化していく。

 

 織斑千冬(ワタシ)にではなく。

 宵桜(アイエス)にでもなく。

 一振りの刀に。

 刃と云う名の、切断する意識に。

 断絶(ガイネン)に。

 

 

 なあ、篠ノ之。

 お前は私を恐れているが、私はちっともお前が恐くないぞ。

 気付けよ、オマエ。

 自覚しろよ、殺人鬼。

 人を殺すこと以上に恐いことなんて、ある訳ないだろう?

 

 人ならぬ鬼が、何を恐れることがある。

 オマエはとうに殺人を犯し、人から外れた鬼であり。

 ワタシはとっくに、人から逸れた鬼である。

 私とお前の違いなんて、人を殺すのが『これまで』か『これから』の差しかないのだから。

 

 天意も知らぬ。

 神仏も知らぬ。

 我は、この一刀を信とする修羅。

 復讐の、―――鬼だ。

 

 名乗り上げよう。

 宣誓しよう。

 届けよう。

 手向けの華を。

 散り逝くお前に捧げよう。

 少し前に一夏が使った言い回しと共に、唱えたるは我が奥義。 

 

 

「篠ノ之流剣術『羅刹』が崩し、―――三節『伊舎那』」

 

 

 篠ノ之剣術、羅刹。

 戦国時代から脈々と受け継がれる篠ノ之流の使い手でも、修得した者は少ないとされる奥義が一。

 インパクト時の最高速を初速に持たせるだとか、体の捻りの連携行使だとか、剣先から頭頂・爪先の軸合わせだとか、中身の話はおいといて。

 必殺の一撃を、コンマ一秒以下で二発繰り出す。

 物理法則を超越した二連撃にして同時攻撃、矛盾した属性を持つ篠ノ之流の秘中の秘。

 

 ISに乗った私は、それを越える三撃を放つ。

 どれだけ卓越した搭乗者であっても。

 どれだけ技巧を凝らした機体であっても。

 最大威力の剣戟が、三撃同時に繰り出されて無事なヤツなんかおらんよ。

 私はコレで世界を獲ったのだ。公の場で披露した為に、『師父』に、篠ノ之柳韻殿に説教されてしまったが。

 

 

 緩やかに加速する。

 地面を滑る様に、空を滑空する。

 加速度的に、加速する。

 

 磁力によって引かれ合う磁石のごとく。

 私は、篠ノ之へと加速する。

 

 引き伸ばされる景色。

 引き伸ばされる体感時間。

 頭の中で組み立てるのは、振るう三撃。

 この業は、私の意より早い。

 振るってる本人ですら、動作終了後にその結果を知る程なのだ。

 だから事前に振るう三撃を決めておかなければならない。

 

 篠ノ之は二刀を構え、険しい顔で迎撃の姿勢を取るが、それは間違いだ。

 それは勝つ為の型じゃない。

 それは負けない為の型だ。

 そんなんじゃ、殺せない。 

 

 刹那に吹き荒れる銀線。

 それは三つの眩い後を残し、通り過ぎた尾ひれに暴風と閃光を散らす。

 極超音速にて放たれた【零落白夜】の爪痕が、観客のいない空を照らした。

 

 交差は一瞬。

 金鳴音は一つ。

 立つ姿は、二つ。

 

 二つ?

 

 0コンマ1以下で放たれた袈裟切り。

 肩から打ち下ろす、胴体を断裁する力を込めた一閃。

 左手に掲げた一刀に防がれた。

 

 0コンマ1以下で放たれた逆袈裟。

 対方向から力により、逃がさないことに特化した一閃。

 右手に掲げた一刀にぶつかった。

 

 0コンマ1以下で放たれた兜割り。

 二閃により相手を封じた上での、駄目押しな頭部への一閃。

 シールドを抵抗もなく切り裂いたその一撃は、絶対防御によって阻まれた。

 

 

 偶然ではない。

 篠ノ之は直感だけで、私の剣戟を防いでみせた。

 己のセンスを酷使し、私の必殺を打開した。

 未来視じみた攻撃予測。

 剣道という分野で、誰しもが認める才覚。

 ISという分野で、誰しもが見向きもしなかったスキル。

 篠ノ之箒が所有する、類稀なるギフテッド。

 

 

「染まれ、紅椿!」

 

 

 篠ノ之の命令に従い、その身を輝かせエネルギーを回復する敵機。

 おやおやまあまあ、死んでないじゃないか。

 生き残るかなとは思っていたが、無傷じゃないか。

 

「破りましたよ、千冬さん。貴方が現役時代一度も破られなかった奥義を、私が破りました。

 貴方はもう御仕舞いです。もう、―――私には勝てない」

 

「必死だな。エネルギーを補充しなければ偉そうな口も効けないのか?

 そう大言壮語を吐くのであれば、さっさと私を殺してみせろ」

 

 くだらない自慢に唾を吐き捨て、篠ノ之を見返す。

 言葉を交わして何になる?

 殊更、無意味。

 

「その余裕が気に入らない。いつも、いつもいつもいつも!

 勝つのも! 手に入れるのも! 一夏に一番愛されているのも自分に違いないって!

 迷わない、疑いすらしない貴方が! いつも気に入らなかった!」

 

 篠ノ之の言葉は、私の胸には届かない。

 今更、そんな昔の不満をぶつけられたところで何も感じない。

 

 いや、違うか。

 私はこれまで、コイツに対して人並み程度の興味すら持ってなかったんだ。

 束の妹で、一夏の幼馴染で、流派の後輩。

 その程度の存在でしかなかったんだ。

 だから、どうでもいい。

 今はただ、この刃を突き立てる価値が産まれているだけだ。

 

「だけどそれも今日までだ。貴方はもう終わっている。

 だって、貴方のツルギは―――」

 

 ピキピキと悲鳴が聞こえる。左手にある私の武器から嫌な音が漏れる。

 ピキピキ、ピキピキ、バキリと。 

 

「もう、折れている」

 

 バキリ、と。

 私の愛刀はへし折れてしまった。

 

 束も詰めが甘い。

 

 紅椿と打ち合うだけの強度を計算しきれていなかったのか。

 はたまた、可愛い妹へのアシストなのか。

 そんな強度の素材なんてないよ! と束の反論が聞こえた気がする。

 まあ、そうだな。

 第四世代機のトップスピードでぶつけあって、尚且つ折れず曲がらず相手にダメージを与えられる武器なんて早々無い。

 なぜならば、想定外だから。

 この『雪片』は束が造ったものではない。日本のIS企業が造ったものだ。

 第三世代のスペックすら知らない開発陣が、どうやって第四世代相当の戦闘に耐えうる強度を武器に与えるだろうか。

 それは雪片に限った話ではない。

 篠ノ之束を除いて、まだ誰も第四世代機での戦闘を想定していない。

 そう、有り得ないのだ。

 普通であれば。

 

「……よく頑張ってくれた。有り難う、雪片」

 

 その手に残る愛刀の柄をなぜる。思えば、付き合いの長い奴だったな、お前も。

 私はこの局面までもってくれた愛刀に礼を述べ、量子化し格納した。

 篠ノ之の表情は変わらない。先ほどと変わらず、勝ち誇ったままだ。

 そんな馬鹿面晒している暇があるのなら、攻め込んでくればいいのに。

 私が武器を持たない間に潰してしまえばいいのに。

 

 

 

「そして、―――来い、【雪片】」

 

 

  

 私は左腕のアンクレットから、とある刀を抜き取った。

 装甲が展開し、出力に応じて威力・強度を変えるその刀。

 第四世代機での戦闘を想定された、第四世代の技術を注ぎ込まれたその刀の銘は。

 

 

「……雪片、弐型」

 

 

 ポツリと、篠ノ之が告げる。

 凰鈴音が探していた復讐の切欠、怨讐の断片。

 逆襲の懐刀。

 『白式』をクラックして強奪した、世界に一本しかない『とっておき』のツルギだ。

 

 にしても、流石雪片の弟だけあって、実に私の手になじむ。

 ふむ。可愛い弟からのアシストだな、胸が高鳴る。

 

 一夏。

 お前は、きっと喜ばないだろう。

 もしお前の声が私に届くなら、恐らく私を怒鳴りつけているに違いない。

 

 それでも。

 それでも、だ。

 この暗い感情に身を任せなければ、もう一歩も前に進めそうにないのだ。

 

 私は、弱い。

 この女と同じ、弱い女だ。

 絶望に飲まれ、簡単に世界に仇なすことを選んでしまう様な女だ。

 笑えるポイントとしては、そんな弱い女が世界で一番強いことだろう。

 

 だから受け止めてくれ、篠ノ之箒。

 私の絶望を。

 私の絶叫を。

 お前の死を以って。 

 

 残エネルギーは2割を切った。

 打ち合いももう数をこなせない。

 なけなしのエネルギーを使用することで左腕の装甲が変形し、左手に菱形の筒を形成した。

 その筒へ、雪片弐型を通し構える。

 右半身を前に出し、その両手に雪片の柄と筒をそれぞれ握る。

 

 

「『織斑千冬』は『宵桜』。私怨の為、この刃を振るう。

 恨もうが呪おうが構わない。だから、―――黙って死ね」 

 

 

 抗えぬ憎悪に突き動かされ、この狂気/凶器は篠ノ之箒の絶殺に向け駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このサブタイを見たとき、君は、きっと暗い話はここで
「おしまい」みたいな予感を感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういうハッピーエンドを求める心を忘れないで欲しい
そう思って、このメモを書いたんだ。

じゃあ、文句を聞こうか。


終わらなかった。纏まらなかった。言わせんなよ恥ずかry
もうちょっとだけ蛇足があります。0.5話ぐらい。
それが終わったらちょっと気分転換に明るい話を。

何気に一言評価で「更新待ってます」の声が多く焦った俺が居たのは秘密。
べ、別に感想書いてってくれてもry


ISの何か を読んで ↓↓

かなりんも夜竹さんもナギちゃんも鷹月も可愛いじゃねえか。
だが谷本、てめーは駄目だ。


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