IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] 100% / ONE OK ROCK


(前)100%

 

「よう、箒」

 

「朝はおはようだ、一夏」

 

「そうっすねぇおはようございますシノノノホーキさん!」

 

「お前は、どうしてそうヒネているのか……」

 

 爽快な朝。カラリと晴れた空には太陽がこれでもかと自己主張している。

 ブツブツとぶーたれる箒ちゃんは、朝っぱらから寮の前でISスーツ姿だった。

 ほぼ水着、体のラインをこれでもかと誇示してらっしゃる。おなかのラインとか見てるだけで、なんでもない。

 痴女じゃん。ジャン!

 

「冗談だよ。おはよう、箒ちゃん」

 

「うむ」

 

 鷹揚に頷く箒は、素直に言う事を聞く俺にご満悦のようだ。

 しかし、ISスーツ姿。

 早朝の爽やかな空気には不似合いな、それはもう男子高校生の性欲を刺激してやまない露出度の高い服装。

 肢体にフィットしたアレはもうナンといいますか、実は大人なビデオコーナーで人気ジャンルとなっていたり。

 

 それにしても、コイツは一体何を考えているのやら。

 

 朝っぱらから外で腕を組み首を振るレオタード少女。

 痴女じゃん。かんっぺき痴女じゃん。

 

 イッピー知ってるよ。俺の幼馴染がこんなに痴女なわけがない。イッピー知ってるよ!

 

「それで、どうするのだ」

 

 問いかけに、ケータイを操作しながら答える。

 

「昨夜未明、オーストラリア海域を領空侵犯する謎のISが現れたらしい」

 

「疑いの余地はなく『アタリ』だろうな、それは」

 

「謎のISってなんなんだろうな。世界に存在するISコアの数は増えないことになってんだけど、設定どうなった? って感じだよな」 

 

「ISの開発者に常識を求めること自体が間違っている。あんな存在は即刻抹消すべきだ」

 

 冗談でもなく、気負いもなく。

 ただそうあるべきだと。

 それが真理であると。

 

「つってもよ篠ノ之さんチの箒さんよ。忘れてるかもしれねーけどソレ、お前の姉なんだけど?」

 

「血縁上はな。―――だからこそ、許せないこともある」

 

 世紀の大天才、天才変態少女、天災『篠ノ之束』。

 彼女が改変したマルチプラットフォームスーツ、インフィニット・ストラトス。

 元は宇宙空間での船外活動を目的とした、たかだか完全気密のパワードスーツ『だった』もの。 

 それが単機で無数の核ミサイルを無力化できる程の兵器となって世界に台頭したものだからさあ大変。

 戦闘機より速く、戦車より硬く、戦艦より激しく、戦隊より強い。

 その神掛かった頭脳は、机上の空論でしかなかった『人型決戦兵器』を現実に変えた。

 それぞれに特化した兵器としてのアドバンテージを総舐めし、原始のISに至っては限定状況に於いて第一宇宙速度に至る―――つまり、単独での大気圏突入すら可能とする。

 故に、誰ぞが呼んだ『Infinite Stratos』―――無窮の空へ、空の彼方へ至るモノ。

 

 ぶっちゃけ千機に満たないISが軍事力として最強を誇る理由はそこにある。

 大陸弾道間ミサイルってあるじゃん? もしアレが「戦闘機より速く、戦車より硬く、戦艦より激しく、戦隊より強いナニカ」を敵国に送りつけるとしたら? その上、無数の核ミサイルを無力化する実績、ひいては迎撃ミサイルを一切受け付けないとすれば? 火力が無い? んなもん侵略した後、バススロットに格納した核ミサイルを撃ち込んでオシマイだろう。

 ISでしか迎撃出来ない、ファンタジーも真っ青な対国兵器。

 ISによる軍事利用を禁止したワケってのは、つまりそういう事だ。

 

「頭脳もさることながら、世間一般の思想とは対極どころか次元が違う方向にぶっとんでるからな、あの人。

 もしかしたら世界平和とか本気で考えてるかもしれないぜ?」

 

「もしそうだとしたら、人類が滅亡していてもおかしくないな」

 

「言うねぇ」

 

 まあ、姉妹の問題だし俺が口を挟むものではない。

 箒ちゃんだってISが世に出る前は、たば姉のことを好いていた。

 当時から問題だらけの人だったが、誰しもが認めざるをえない頭脳を誇っており、何より箒ちゃんを可愛がっていた。

 たば姉はたば姉で未だに箒ちゃんLOVEだが、中々腹を割って話す勇気が出ないとか。

 なかなか厄介にこじれちゃってるけれども、口は挟まない。

 俺の問題じゃない。

 これは、彼女達が解決しなければならない問題なのだから。

 

「んで、なんで箒ちゃんISスーツなんか着てんのさ? 下に着込むならともかく」

  

 世間一般のランナーはISスーツをバススロットに格納しており、ISを装着する要領でISスーツも量子展開するものだ。

 そう、世間一般のISは俺の白式とは違い、おりこうさんなのだ……。

 

 

「ん? 戦地に向かうのであろう?」

 

「お、おう。向かうけどもさ……」

 

 あ、コイツ、もしかして、もしかすると。

 

「お前さ、こっから飛ぶつもりだった?」

 

「それが一番早いだろう?」

 

 何言ってんのコイツ、的な顔をされた。非常に腹立たしい。むしろ馬鹿じゃないのコイツと内心思ってるのはイッピー秘密です。

 ちょっと小首をかしげて俺を見詰める箒ちゃんにデコピン。

 

「ついこの前あんだけの事件があったIS学園から、わざわざISで飛び立つヤツがあるかバーカ!

 何人か国家代表が警護に就いてんだぞ? 不審行動で即刻捕縛されるわ!」

 

「何人も私の紅椿に追いつく事は出来ない……」

 

「なんでちょっとドヤ顔してんだよ! そういう問題じゃネーカラ! この脳筋! 似非巫女!

 スイカップ! おっぱい魔じ、」

 

 無言のまま放たれたパンチは俺のレバーを打ちぬいた。

 エターナルフォースレバーブロー。俺は死ぬ。

 

「あまり女性の身体的特徴をからかわない事だ。痛い目をみることになるぞ?」 

 

 今まさに見てますむしろ死にそうです。

 競り上がった横隔膜がなかなか降りてこず、呼吸ができなひ。

 

 篠ノ之さんは俺の苦悶の表情を「大げさだなぁ」と笑いやがりましたふぁっく。

 ゆっくりと呼吸を整える。

 あー、気絶するかと思ったぜ。

 なんとか帰ってきた俺に、箒は軽いノリで問いかけた。

 

「そういえば一夏、女の匂いがするが?」

 

「え、うそっ?」 

 

 復帰したばかりのイッピーは肩や袖口の臭いを確認しながら、自然に墓穴を掘ったことに気がついた。

 シャワー浴びて服変えて香水までつけてんのに女の匂いなんてする訳ないじゃんこの娘カマかけたよ確信犯だよハメられたよー。

 グルグル空回る脳内ワードとは無縁に、箒は無表情なまま俺に一言。

 

「大事な日の前日に。よもや私と戦地に赴く前の日に女を抱くとはいい身分だな一夏、―――歯を食い縛れ」

 

 エターナルフォースレバーブロー。俺は死んだ。

 篠ノ之さんの無慈悲な鉄槌が再度俺の肝臓を射貫き、アスファルトの上で泡吹いて悶えたイッピー。

 今度の復活には、先程の三倍の時間を要するのでした。

 

 

 

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 IS学園は、非常に特殊な立場にある機関だ。

 IS学園、『インフィニット・ストラトス操縦者育成特殊国立高等学校』は、協定参加国の賛同の基、日本国の自治にある。

 この協定参加国の賛同というのが七面倒なややこしい条件で、「日本が公正に対応しまーす。でもそれだけだと公正じゃない可能性があるので参加国が納得できるよう伺いも立てまーす」といった具合だ。

 日本の駄目な外交がモロに出てしまい、運営や資金は日本が義務を負う癖に外国が口出し可能だったりするのだ。

 推進国はこぞって協定に参加し、自国の年若い代表候補生を送り込み、日夜いろいろ裏工作をしているらしい。

 

 そんなバックグラウンドもありIS学園の領域、領空、海域はデリケートだ。

 国家としては自国の次に神経を研ぎ澄ませている場だ。

 未来ある自国の代表候補生に何かあったらと心配もあれば、敵対する他国の開発状況を逐一観察することもある。

 

 そんなIS学園だが、先日襲撃に遭い大損害を蒙った。

 各国から四方八方やいのやいの言われた上で、防衛の名目で精鋭が派遣されていたり。

 精鋭。そう、『国家代表』が。

 

 

「と言うわけで、今のIS学園は世界中の監視の目と世界有数の操者が集まるってるキューバよりホットなスポットなのだぜ」

 

「ふむ。なるほど」 

 

 モノレールでIS学園から本土に移動しながら、こそこそと話す。

 現在、連結部に滞在しており密航者気分です。

 

「臨海合宿の反省会も記憶に新しいだろうからわざわざ確認するまでもないだろうけど、基本的にISの起動ってのは国際条約で禁止されている。まして渦中のIS学園なんかで起動した日には問答無用で拘束されるのは目に視えてる。それが出来るだけの実力者が揃って居るだろうし」

 

 ふむ、と箒は理解を示した。

 理解を示した上でで、斜め上の回答を寄越してきた。

 

「お前が饒舌になるのは大体、自分の知識や考えをひけらかしているときだ。

 どんな気分だ? そうやって無自覚に人の見識の狭さを責めるのは」

 

 細まった目線を俺に向け、箒は淡々と口にする。

 一瞬息が詰まり、反射的に否定しそうになる舌を黙らせて、ちょっくら省みてみる。

 個人的には諭しているつもりだが、上から目線の説法は無かったか?

 自分的には説明しているつもりだが、納得させる為ではなく言い負かす為の言葉を選ばなかったか。

 

 俺のみみっちい自尊心を満足させることを目的としていなかったか。

 

 振り返ればそれなりに心当たりはある。

 視点を変え、「つもり」を捨て、出来る限り客観的に省みると思わずへこむほどに。

 というか、諭しているって態度が既に上からですわ。

 

「イヤなヤツだな、俺」

 

「無自覚な悪意は倍になって己に返ってくるぞ?」

 

 IS学園と本土を繋ぐモノレールは、そう長くはない海を渡る。

 本土側とIS学園側の中間、広がるパノラマの視界はそりゃあもう良い景色だ。

 日本国領土と、名目上の日本国領土の境界。

 権利と思惑が満載の物騒な境目に似つかわしくない、実にステキなスポットだったりする。

 

「箒ちゃん。俺、箒ちゃんのそのバッサリとした語り口、嫌いだ」

 

「そうか。そのバッサリに憧れた男の子が、大きくなったものだな」

 

 箒は朗らかに笑う。俺の反省を汲み、うむうむと偉そうに噛みしめてらっしゃる。

 うっせ。昔のこと持ち出してんじゃねーよ恥いんだよばーかばーか。

 箒ちゃんの後ろをついてまわったあの頃とは違うんだよばーかばーか。

 

 そう、幼い頃の織斑一夏は篠ノ之箒に惚れていた。

 崇拝していたと言っても過言ではない。

 

 箒ちゃんは、不安定だった俺に名前をくれた。

 『千冬の弟(オリムラ)』じゃない、ただの『一夏』に。

 

 箒ちゃんは、塞ぎこんでいた俺に元気をくれた。

 怖くて仕方がなかった外の世界へ、手を繋いで連れ出された。

 見るもの、触れるもの。怖いことは変わらず沢山あったが、それ以上に楽しいことがあるってことを教えてくれた。

 

 箒ちゃんは、諦めていた俺に未来をくれた。

 篠ノ之道場で心が折れることなく剣道を続けた若者は一人だけ。

 誰もが織斑千冬の才能を間近で見ると、剣を握ることの無意味さを知る。

 続々と剣を捨てる中、箒ちゃんだけは剣道を続けた。

 

 俺のファースト幼馴染・箒ちゃんは、すっげーいけてる女の子だったのだ。

 俺はそんな子に惚れてた。そして、今でも彼女のことを。

 

 テレ隠しを頬の裏に押し込んだまま、その代わりと言わんばかりの勢いで連結部に備えられている緊急時用の脱出口を開閉するレバーを引いた。

 大きな穴は吸い込んだ風を鳴らし、暴力的な恐怖を振り撒く。

 風にたなびく私服を脱ぎ捨て、ISスーツ姿となる。

 

「デリケートな境目に当たるから手も出せないし、露骨に監視してたら不穏になる国境だ。

 こっから飛び降り自殺して、着水と同時にISを展開。海中を南に進んで国を抜ける。

 何か質問はあるか!」

 

「ない!」

 

 普通の女だったら質問どころか止めに入る場面だろうに。

 やけに男らしい返事返しやがって。

 格好いいじゃねえか畜生。

 

 ISの展開は基本的に国際法で禁止されている。

 何せ世界を変革した兵器だ。特定の地域や、特別な事情でもなければ許可は降りない。

 例えば、インフィニット・ストラトス操縦者育成特殊国立高等学校の敷地内。

 例えば、暴走したISの停止任務。

 例えば、乗っている電車で偶然にも開いた非常口から転落、死亡の恐れがある事故に巻き込まれた場合。

 

「んじゃ、出発いたしましょうか! ―――よろしく勇気!」

 

 暴風に負けない声量で箒に促し、時速100km弱のモノレールから海面へ投身自殺を敢行。

 高所からの落下プラス恐怖により俺の大事な大事なゴールデンな玉がきゅっと競り上がる。

 かくして俺達は、日本国から飛び出すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 エネルギー温存を名目に途中からかったるくなって紅椿に引っ張ってもらうこと数時間。

 俺は、特に何も考えずぼんやりしたまま戦場に到着した。

 

 日本から遠い海域の空に佇む、所属不明機。

 黒い、黒い、漆黒のIS。

 全身を余すことなく包むフルプレートタイプの装甲は、獰猛な獣を髣髴させる。

 随所の尖り過ぎたフォルムと近接ブレードは高速近接戦闘への自信をありありと示している。

 目を閉じてイメージするまでもなく、アレだよアレ。虎だよコレ。

 

 なんで、とか。

 どうして、とか。

 そういった疑問は浮かばなかった。

 

 俺等の接近に気付き足を止め待っていた、この所属不明なISを俺は知っている。

 いや、正確には「中の人」を知っている。

 敵意アリアリで仁王立ちするこの立ち姿だけで、俺は『コレ』が誰だか理解してしまった。

 

 ちなみに虎とライオンの大きな違いってのは群れるか群れないかだとか。イッピー知ってるよ!

 

「どうした一夏、予想外か?」

 

 奇しくも、三機は全て近接型のISである。

 ひとつは俺の愛機である燃費に欠陥のある駄々っ子ちゃんな『白式』。

 ひとつは世界最良のEN回復チート装備で卑怯くさい『紅椿』。

 ひとつはその昔刀剣一本で最強の名を欲しいがままにした―――

 

「ならばお前は甘いな。私は予想していたぞ? 私とお前の前に立ち塞がる敵なぞ、この人とあの人以外に居るまいて」

 

 怯えるな。

 仕組まれただけだろう。

 

 明確な敵の存在に、絶対な壁の圧力に。

 負けない様に。

 心を強く。強く、強く。念じる。

 

 俺なら出来る。

 俺なら出来る。

 俺なら、

 

「こっちを見ろッ!」

 

 プライベートチャンネルで飛んできた怒声は、俺の鼓膜をこれでもかと震えさせた。

 

「何を怯えている。何度も繰り返したことではないか。私とお前で、この人に挑む。

 違うと言えば、―――今日は、私たちが勝つだけだ」

 

 凛々しくも力強い幼馴染の声は、ビビってたハートに活を入れてくれる。

 不敵なその笑みは、震えた体をシビれさせてくれる。

 

 こぶしを手のひらに打ちつけた。

 白式の装甲が甲高い喜音を鳴らす。

 

 負けられない戦いだからって、敵が強いからって、どうしたってんだ!

 んなの、いつものことじゃねえか!

 高すぎる壁なんて、ブチ壊してなんぼだろうが!

 

 出たトコ勝負に全身全霊! そうじゃなきゃ、俺じゃねえ!

 

「箒、これまでの戦績ってどうなってんだ?」

 

「123戦、123敗だ」

 

 推定じゃないんかい、なんで覚えてんだよ。

 いや、そんだけ悔しかったのか。

 負けることを悔しいと思えたから続いたんだ。

 

 諦めが人を殺す。

 いつだって、諦めない人が道を拓く。

 ヒーローには、一つだけ条件がある。

 最後まで、諦めないことだ。

 

 この人に勝つことは、奇跡かもしれない。

 でもさ。悲観はしなくていいんだ。

 奇跡なんて、星の数より起きるんだから。

 

「そっか。そんだけ負けてたのかよ。計った様に数字が並んでるし、そろそろ勝たなきゃな。

 この世の中に、弟より優れた姉なんかいねぇ!」

 

「うむ、なるほど。姉とは妹の踏み台でしかない、と。

 良い事を言うじゃないか一夏。

 この試合、あの人との前哨戦にさせて貰うぞ!」

 

 コイツ、本気で勝つ気でいるじゃんなにそれ頼もしい。

 お前、実は俺と立ち位置逆だった方が良かったんじゃね?

 なんか篠ノ之箒が世界最強の弟で、ISを動かせる唯一の男性だった! って話のが盛り上がる気がする。

 そして幼い恋心を抱いていた、数年ぶりに再会した少女(俺)は、ビッチになっていた!

 

 んー、ねーわ。

 くだらない事を考えている間に、所属不明機(笑)さんが戦闘態勢に入る。

 コイツが俺に剣を向ける理由は分からない。声が届いているのかすらも。せめて顔さえ見れれば反応を伺えるし、理由もアタリが付けられるのだけど。

 くそう、この人は一体なにヒルデさんなんだ。

 

 名前は口にしない。

 理由があるかも知れない。

 原因があるかも知れない。

 もしかしたら、凄く大事な人で、とても親しい人かも知れない。

 それでも、コイツは敵だから。

 

「一夏、私が前衛だ」

「箒、俺が攻撃な?」

 

 突き合わせたかの如く、俺と箒の声が被る。

 なんだってんだ、この安心感は。

 高圧的で暴力的、訳の分からない理論を振りかざしては人様むしろ俺だけに迷惑をかける。

 昔好きだっただけに、尚更気に入らねえ。

 嫌われそうなことを沢山言ったけど、拒絶しきれなかったのはこの安心感のせいだ。

 こんな場面だって箒が隣に居るなら、平時の気分でやれる。 

 

「お前は下がれ」

「テメーが受けろ」

 

 コイツと戦場に立つ。

 何度も繰り返した、敗北に敗北を重ねた絵面だ。

 小学生の俺達があの人に二人で挑む。

 一度だって勝てなかった。

 一度だって勝てると思わなかった。

 だけど。

 

 一度だって、負けると思って挑んだことはねぇ。

 

「おいそこの真性構ってちゃんなクソ女」

 

「貴女に敗北を、教えてやる」

 

 勝手に台詞を繋げやがった箒さんに、戦闘前から激オコなイッピーでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 変幻自在な一刀を、力強い二刀が弾き返す。

 黒いISは速度に特化した機体らしく、凡そ並び立つISのない紅椿に遅れながらも着いていけてる。

 但し、速度に性能を傾けた弊害か、俺なら打ち負けるであろう攻撃は紅椿の片手で抑えられている。

 

 速度は拮抗してもパワー差は歴然。

 それでも拮抗するのは、超絶的な剣の技巧。

 全国高校女子で優勝した篠ノ之箒すら凌駕する、至った者だけが織り成せる剣爛舞踏(ブレイドアーツ)。

 

 圧されている。剣の腕では完膚なきまでに負けている。

 それでも、箒は笑っている。

 

「鬱陶、シィッ!」

 

 苛立ち混じりの力任せな重ね切りが黒いISを大きく弾き飛ばす。

 箒は今のうちにと息を整え、俺は紅椿とラインを合わせた。

 

「どーよ、箒ちゃん」

 

「想像以上だ。あまりの鋭さに神経が削られるが、」

 

 箒は額といわず全身に汗を滲ませ、疲労を隠せないでいる。

 

「この人はISに乗ると―――想像以上に、弱い」

 

 それでも、絶対無敵で無敗の誰かを前に、笑う。

 

 例えば、織斑千冬と戦闘すると仮定しよう。

 生身では恐らく勝負にすらならない俺達だ。

 天井破りの身体能力は最初の一撃で箒を沈め、次いで俺が撃沈されてゲームセットだろう。

 だが、ISに乗ってしまえば。

 アドバンテージである「生身でISを翻弄する程の身体能力」はISの限界性能により頭打ちとなってしまう。

 

 だから、特定化の戦闘条件において。

 織斑千冬は、ISに乗った方が弱い。 

 

「箒」

 

「ああ、分かっているとも」

 

 黒いISが構える。

 空気が変質し、背中に氷柱をぶっさされたような気分になる。

 直感アラートがビンビン。

 MK5(マジで殺されそうな5秒前)ですよマジぱねーよっゃべーよ。

 

「我が身は既に鉄であり、我が心は既に空である。我、御剣と罷り成る」 

 

 目を閉じた箒が、空裂と雨月にエネルギーを流し込む。

 過剰に注がれたエネルギーは、装甲を変形させ大型のエネルギー刃を形成する。

 モード:オーバーエッジ。

 ただでさえ馬鹿みたいな火力を誇る二刀に、既定以上のエネルギーを供給し強化する力技。

 展開装甲と絢爛舞踏を合わせ持つ、紅椿の隠し技。

 

 箒は俺を庇う様に一歩前に進み、黒いISと相対する。

 ストレスと緊張で心臓が早鐘みたいだ。 

 出るぜ、必殺。

 

「任せるぜ?」

 

「任せたぞ!」

 

 互いが互いの役目を理解しているから、俺と箒の間に細かいやり取りは必要ない。

 だから、気持ちを伝えるだけでいい。

 託して、託された。

 

 黒いISは滑空し加速する。

 構えた一刀は神速を纏い、必殺を冠するに相応しい業と成る。

 篠ノ之剣術、羅刹。

 二つの剣閃を同時に放ち、相手の防御を容易く捻じ伏せ斬り捨てる。 

 なんか良くワカランが同時にいっぱい斬撃を繰り出すからガードが出来ないらしい。日本語でお願いします。

 更にISに乗ると回数が一回増えるオマケ付きだとか。いらねーよそんなサービス。

 

 黒いISは雫が落ちるが如く自然に空を泳ぐ。

 流れる体躯は瞬きの間に加速し、迫り来る凶刃を前に。

 

 箒はそれでも、笑った。

 

「篠ノ之流剣術『羅刹』が返し、―――我流『袖流し』」

 

 視認は出来なかった。ただ、結果だけは白式が伝えてくれる。

 命を刈り取らんとする三閃を、とある女性が世界を獲った誰にも破られた事がない奥義を、紅椿は打ち破った。

 長刀と化した二刀を逆手に持ち、交錯する剣の間合いで一歩踏み込み、頭上でクロスさせた腕を振り下ろした。

 

 『羅刹』の強みは時間における攻撃回数だ。その一瞬だけ、二対一ないし三対一の状況となり、一方的に蹂躙される。

 箒はそれに対し、空間を制圧することで対抗した。

 その一瞬を、自分が攻撃を受ける空間を、パワーに物を云わせまとめて振り払った。

 篠ノ之流では勝てないから、我流。篠ノ之流二刀術、―――篠ノ之箒流のやり方で。

 

 理屈は分かる。

 ブレードレンジ(剣の間合い)を狭める事により、剣戟は勢いを落とす。

 何処に来るか分からない三撃、分かっていても防げない三撃を空間ごと薙ぎ払う。

 三撃に圧し負けぬよう逆手に剣をロックし、最大出力で斬り払う。

 だけどさ。

 それ、俺じゃ真似出来ねーわ。 

 

 理屈を習って手本を覚えたからって、その日から使えるワケじゃない。

 技ってのは、強い人と本気で戦って追い詰められて、痛い目みて。

 何度も何度も考えて考えて、そしてようやく、生き残る力になる。

 

「お父様、ようやく追いつきました。貴方の最初の教えに。ありがとうございます。

 皆の。そして誰より―――貴女のお陰だ」

 

 朝顔が朝露に塗れ咲くように。

 染井吉野が春に咲き零れるように。

 篠ノ之箒は、戦場にて開花した。

 

「一夏ァ!」

 

「だいだらァっ!」

 

 戦闘の最中に、戦いで芽吹いた『篠ノ之箒』の横顔に見惚れていた間抜けな俺は、己の役目を取り戻す。

 必殺技には、硬直がつきものだ。

 その隙を、俺が刺す。

 

 箒が前衛で防御に徹し、俺が後衛で攻撃に専念する。

 紅椿のエネルギー回復、篠ノ之箒の第六感。

 白式のシールド無効化攻撃、俺の小細工。

 なんか一個しょっぱい物が混ざっているが、適材適所!

 

 箒は十全に己が役目を果たした。

 死に物狂いで作ってくれた好機を、無駄には出来ない。

 次は、俺の番だ。

 

「受けろよ。アンタが望んだ『刃』の味だ、存分に味わえ」

 

 渾身の業を放ち硬直状態にある敵機に接近する。

 篠ノ之流剣術、楔絡め。

 甲冑のまま体当たりし、密着状態のまま斬り伏せる合戦礼法。 

 白式を加速させ、その速力を攻撃に転化する。

 

「軽いな。女みてーじゃねーか」

 

 がっつりとぶつかった敵機を吹き飛ばし。いや、吹き飛ばして尚距離を取らせず。

 背中にピッタリと沿うように構えた雪片弐型を、肩を支点に全身ごと振り下ろした。

 

 否、振り下ろした剣は『剣』に弾かれる。

 

 体勢を崩しながらも。踏ん張りなんか効かないながらも。敵機の搭乗者はバックナックルの要領で『手刀』を放ち、雪片の峰を弾いたのだ。

 なんて出鱈目。

 手を抑えられるのであれば理解は出来る。如何に剣速が速かろうとも、剣を振るう手は一般的な運動の範疇から外れない。

 しかし、剣は違う。

 天と地ほどの腕の差がある。ならば避わす事は出来るだろう。

 だが、剣を無手にて押さえられたのであれば。

 そのレベル差はもう高さに収まらない。

 曰く、―――次元が違う。

   

 失敗したら腕ごと断ち切っていたであろう一撃を、迷いなく捌いてみせた。

 どんな読みで、どんな身体能力で、どんな判断分析からその行動を取るってんだ。

 刃筋をずらされた俺は、そのまま流されて行く。

 

 流された先で、迂回し先回りした箒に受け止められた。

 

「悪いな」

 

「構わん」

 

 受け止めてもらったことにではなく、一発で仕留められなかったことを謝罪したつもりだが伝わらなかったっぽい?

 ちゃっかり絢爛舞踏を発動させ、エネルギーを回復した紅椿は、仕切りなおしと言わんばかりに構えをとる。

 

「一夏、今のは上手くないぞ?」

 

「んー、だな。篠ノ之流じゃ駄目だわ。ぶっちゃけバレバレっつー感じ?」

 

「私達は自然と身体に染み付いた攻め手を選んでしまうが、それは相手も同じことだ。

 読めれていることを前提に、もう一手、技を超えて繰り出せば良いだけのハナシ。

 ―――あの手この手は、お前の『お手のもの』だろう?」

 

 簡単に言いやがって。

 簡単に言ってくれやがって。

 お前等みてーに俺は才能溢れてるワケじゃねーんだよ。

 んな簡単にポイポイ格ゲーみたく必殺技なんか出せるかってんだ。

 

「まあ良いさ。お前の事だ。タイミングって奴なのだろう?

 その機になるまで、何度でも機会を作ってやる」

 

 篠ノ之箒の視線に疑いは無い。

 全幅といっても良い程の信頼(ウタガイ)を、わたくしことイッピーに向けるのだ。

 とっとと隠し玉を切れと。

 さっさと魅せてみろと。

 まるでプレゼントの中身に期待するガキみたく、高揚した感じを隠せずにいる。

 

 あーやだやだまったくもうなんなのこの女。

 そういうのほんともーマジ重いんですけど。

 自分はたいしたコトないクセに勝手に期待して勝手に幻滅して暴言吐き捨ててく女と違って、自分の役目を完璧にこなしてこっちの失敗を責めもせずむしろ許した上で期待なんて告げてくる女とか、んもう!

 ソノ気になっちゃったじゃねえかよクソッたれ。

 

 あー、精々期待してろよ畜生。

 100%だ。

 その期待、100%―――応えてやる。

 

 





「おい木村(更新)あくしろよ」
「じゅ、11月は武蔵狙わないといけないから(震え声」
「お前さっき(早めに更新する)言ったよな。嘘だぞー絶対言ってたぞー」

二期、始まりましたね……。
多くは語らず。
誰もが文句あるだろうけど、語らず……ッ!

二期が終わった後学生の長期休暇が始まって
ISの「神様転生チーレム」が沸きませんように。

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