IS Inside/Saddo   作:真下屋

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そういやお伝えしてませんでしたがタイトルは曲から取っており、宜しければ聴きながらでも読んで欲しかったり。



BLOOD on FIRE

「貴様は! いい加減にせんかァ!」

 

 寝ている俺のレバーを激情に任せて打ち抜く篠ノ之箒ちゃん。

 俺は死んだ、スイーツ。

 

「ふぁ~あああぁ。……おはよ、篠ノ之さん」

「凰! なぜお前が一夏と同じ床についてる!」

「朝から元気ねぇ、何かいいことでもあったの?」

「悪いことしかないわっ!」

 

 馬鹿野郎。悪いことがあったのは俺だ。

 死ぬ。いっそ殺して。苦しい苦しいくりしいいいい。

 

「篠ノ之さんは男女の友情はありえないとか言っちゃう系の人? あ、あたしは鈴でいいよ。

 凰って呼ばれるのあんま好きじゃないし、鈴音って呼びづらいでしょ?」

 

「そうか、では鈴。ん? お前、やけに今日は友好的ではないか? 昨日はあれ程好戦的だったのに」

 

「にゃはは。あたしはこれでいい。―――ううん、こうじゃなきゃね!」

 

 

 先輩、痛くて泣きそうです。泣いて、いいですか。

 固法先輩、最近会ってないな。

 結構あの人のフランクな性格好きだったりするんですよね。

 あとでメールしとこう。

 

 

「そいじゃあね、一夏、篠ノ之さん。来週のクラス代表戦、楽しみにしてるわ」

 

「おうよ。鈴、―――愛してるぜ」

 

あたしもよ(バーカ)

 

 舌を出してあかんべーして去っていく鈴。

 やだ可愛い。なぜ俺は今シャッターを切らなかった。ちくせう。

 

「一夏」

 

「お、おう」

 

「死ね」

 

「え?」

 

 なにそれこわい。

 散々空気だったモッピーに突然死ねと言われた。

 え、なにそれこわい。

 

 それきり肌襦袢から制服に着替えるためカーテンの向こうへ消えてしまった幼馴染。

 なにこのもやっと感。

 マジモヤッピー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「で、なんでこんな状況になってんだ?」

 

「わたくしも同感ですわ。篠ノ之さんはともかく、何故貴方まで居るのかしら」

 

「……セシリア・オルコット。お前が私を嫌っていることはよく分かった」

 

 ISを纏った俺と、箒と、セシリアと、鈴。

 わけがわからないよ。

 アイツ明らかにフェードアウトしてたじゃん。

 間違いなく大会当日まで出てこない雰囲気だったじゃん。

 

 

「1組とか2組とかまだ言ってるわけ? あんたら馬鹿じゃないの?

 学園が勝手に決めたクラスなんて枠組みで、敵とか味方とか定めてるの?

 だったら頭おかしいわよ。本気で通院することをお勧めするわ」

 

 いや、俺からするとお前が何言ってるの? って感じなんだけど。

 しかも、それもう俺が言った台詞だから。あとこの場面本来回想だから。

 お前を倒すために俺はこんな訓練を積んだんだ! って戦闘中に思い返す部分だから。

 

「あたしは凰鈴音で、そこに居る織斑一夏の味方よ。あんた等は1組だから一夏の味方なの?」

 

「そういう訳では、ありませんけど」

 

 なぜ右下に視線を逸らし頬を染めちょっとくねくねする。誘ってんのかセシリア・オルコット。

 箒もなぜ考え込む。納得する場面じゃないから。

 俺はクラスの代表で、俺の活躍でクラスの今後が決まるといっても過言じゃなかとですよ?

 敵だろうがそこのちみっ娘は。

 何その良い事言ったっぽい流れに押し流されそうになってんだよ。

 そうやって流されるんなら俺の時も流されてあげてよ。

 

「一夏。あたしも2組の代表だし、中国の代表候補生だから手は抜かない。

 けど、あたしは『凰鈴音』だから、あんたの応援をしてあげるわ」

 

 甲龍の機能/武装をオミットし、訓練機とさして変わらない性能/兵装でISに乗る鈴。

 手の内を晒す気は毛頭ないってか。けれど、俺に訓練をつけてくれる、と。

 泣かせるじゃねえか。男前すぎんだよお前。

 

「英国の第三世代機も中々のスペックだけど、今回の相手とは戦闘スタイルが似ても似つかないから、

 あんまし練習にならないでしょ。来なさい一夏、あんたの好敵手(ライバル)は此処にいるわ」

 

「わたくしの母国が誇るブルーティアーズを、『中々』なんて上から見た評価を下すなんて。

 頭に息をする穴をもうひとつ増やしたいとしか思えない発言ですわね」

 

「そういうセシリアもはじめは俺のこと猿だの日本のこと文化的後進国だと馬鹿にしてたけどな」

 

 オマエモナー、と。

 さすがの俺でもあのAAを顔真似できねーぜ。

 

「お願いですから忘れてください一夏さん後生ですから。本当にあの時のわたくしはどうかしていましたの」

 

 セシリアがなんか三白眼になってる。はわわってなってる。

 芸達者だな英国の代表候補生は。

 ええい、可愛いではないか。

 

 

「―――おい」

 

 

 あ、やっべぇ。

 話題選択ミスった。

 ジャパンジャンキーの存在を忘れていたぜ。

 

「おい、セシリア・オルコット。あたしさ、『日本』が大好きで、日本に戻ってくるために代表候補生目指した、

 みたいなもんなのよね。ぶっちゃけると本国じゃなくて日本で骨を埋めたいと思ってるくらいだし。

 そんなあたしの大事な国を侮辱したの、あんた? なら、後悔させてあげるわ。

 ―――構えなさい、セシリア・オルコット!」

 

 鈴ちゃん、瞳からハイライトが消えてるやめてー。

 セシリアはその明確な害意に怯え、構えてしまった。

 あーあー。やっちゃった。

 構えなきゃよかったのに。構えたからには襲ってくるぜ、そのタイガー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以降、音声のみをお楽しみください。

 

「小太刀二刀流とかマニい(一夏語:マニアックの意)な。

 お、イグニッションブースト弱、なんだかんだセシリア使えてるじゃん。

 でもスターライトなんちゃら全くあたらねぇな。あれって照準があった瞬間に意図的に軸ずらして外してんだろ。

 直感なのか反応なのか判断がつかないところ。反応だったら人間性能で勝ち目がねーや。

 遠隔操作のブルーティアーズもかすらないな。射撃つタイミング完璧に読まれてんだろ。

 位置取りもか。ブルティアーズの対角にブルーティアーズは存在しない。セシリアもだ。

 撃てないわけねー。あららー足が止まってんぞセシリー。ちなみに俺はF91が一番好きだったりする。

 あ、むしろ鈴が撃った。なにあのアサルトライフル。リヴァイブの武器持って来てたんだ。

 あーそう。拡張スロットとかあんのね。スタビライザー、っての? あんがと白式。

 おおう、回転剣舞六連。八連、十連、おい十二連越えたぞまだまわんのか。あいつ絶対強壮薬飲んでるよ。グレートだよ。

 鬼人化の乱舞だってあんな削らないだろうに。セシリア逃げてー超逃げてー。お、逃げれた。

 あ、捕まった。オワタ。……え、俺アレとやんの? 馬鹿なの? 死ぬの(俺が)?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってわけで、逃げてきた」

「イッピーまじでヘタレ」

 

 放課後の教室は帰宅部のガールズトークスポットと化していた。

 そんな中、虚ろな目をした青褪めた男が一人現れる。

 何を隠そう、俺だった。

 で、ガクガク自分の机で震えているところ相川さんに捕まり、現状をお伝えしたのであった。

 

「いやいや、ドヤ顔してる鈴を無視して、落とされたセシリアを見捨てて、

 セシリアに駆け寄った箒を見なかったことにしてバレずにここまで逃げ込んだ俺はたいしたもんよ」

 

「イッピーまじで人間の屑」

 

「君の言いたい事も分かる、分かるけど!」

 

「情けないなー。どうしちゃったよ男の子。中学時代、虎と恐れれた織斑イッピーはどこにいったのさ?」

 

「それ鈴だから。『春日西中の手乗りタイガー』だから。俺と弾は手下扱いだったから。

 地元じゃ勝ち知らずだから。どれだけ俺と弾があの獣の娘の躾に手を焼いたか知ってる癖に!」

 

 はははと笑う相川さん。くそう可愛いじゃないか。ずるいぞ可愛い女の子。

 そういやガッ君も言ってたもんね。『女性の武器は笑顔だよ』って。

 

「卑屈だなーイッピーは。あのイギリス代表候補生、セシリア・オルコットとの熱戦を繰り広げたあの日のキミはどこにいった?」

 

「んなもん年中有給だ。もう帰ってこねーよ」

 

「格好悪いなぁもう。……格好つけさせるのは女の役目か。―――良しっ! いっぴーいっぴーっ!」

 

 相川さんが俺の耳元に寄ってくる。なになに内緒話。いつも内緒話を遠巻きにされる側だから結構嬉しいよ俺。

 イッピー知ってるよ。未だにクラスの女の子達が俺をハブってるって、イッピー知ってるよ!

 泣いてねえよ。何も言うなよ。

 

「今日ね、相部屋の子居ないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 小声で、俺の耳元で、相川清香はそう囁いた。

 

「イヤイヤほら俺今アレ持ってないからこよなく一際めっぽうに極めて喜ばしいお誘いだけど」

 

「ああ、それなら大丈夫」

 

 おいおい大丈夫ってなんだ周期的なあれかそんなもん覆すぞきっと俺の遺伝子はそれともなんだ

 きゃべつ畑っても大丈夫って意味かそりゃ生命的には喜ばしいけどそこまで俺は覚悟ないぜっつーか

 箒と同部屋だし一人になれる時間なんて殆どないし滅法ご無沙汰だからこの距離まで寄られただけで

 「くそ、静まれ俺の右腕」状態だかんな分かってんのかこの女郎その辺よく考えて発言をしry

 

「ほら私、新体操やってるじゃん。クラブでやってる方の大会があの日と被りそうだったから、薬飲んでるんだ」

 

「お邪魔します。絶対にお邪魔します。ダイナミック入室します」

 

「えー、でもなあ、へたれで屑な織斑くんが遊びに来ても部屋には入れたくないなぁ」

 

「ハッ、俺ぐらい毅然として人の鑑となれる男も早々居ねぇぜお嬢さんよ?」

 

「私、強い男の人じゃないと部屋に入れたくない病気に先週から罹かっちゃってぇ~」

 

「なら余裕だな。初のIS公式戦にて国家代表候補生相手に白星をつけた男は、俺を除いていないだろうさ」

 

「へえ、じゃあ来週戦うかも知れない『中国の代表候補生』にも、余裕で勝てちゃうのかな?」

 

「……上等だッ!」

 

 強がれ、男の子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「清香ちゃん。まだイケる?」

 

「一夏くん。あんたはこんだけ人の中に放っておいて、まだ満足してないのかっ」

 

 もうとっくに溢れているのに、それでも注がれて。

 私の女は、満たされてしまった。

 と言うのに、この男は未だに満足していないらしい。

 

「そんなの俺が悪いんじゃない。清香ちゃんが可愛くて『良い』のが悪いんですー」

 

 一夏くんの手が、私の肩をなぞり、胸を伝って、腰へ触れる。

 こんなにシて貰えるのは、私が可愛いからか、彼が絶倫だからか。

 たぶん、悔しいけど後者だ。

 

 

「一夏くん」

 

「なんでしょ?」

 

「なんで、私じゃ駄目なの?」

 

 まさぐる指はそのままに。

 私は、ずっと聞けなかった質問を口にする。

 一夏くんと『こういう事』をするのは初めてじゃない。

 彼氏がいる時期を除いて、私はこうして一夏くんと極稀に『対話』をしてきた。

 もちろん、それだけで彼女面をするつもりはないが、私は彼の輪の中に入れて貰えなかった。

 間違いなく、互いに互いのことを好ましいと感じている筈なのに。

 私は、彼にとって輪の外の、仲が良い友人でしかなかった。

 

 

「恐らく、清香ちゃんと付き合うのは楽しいと思う。それなりに上手く付き合って、

 それなりにお互いのためになる関係を続けられて、それなりに幸せになって、

 それから、―――間違いなく別れるよ」

 

「なんでそうやって、決め付けるのさ」

 

「だって、俺たちの関係って代用が効くもん。特別じゃないからさ。

 惰性で付き合うことはあっても、妥協で付き合ったら人は駄目になる。

 だから、俺、相川さんのこと好きだけど、付き合えない」

 

「鈴ちゃんは、特別なの?」

 

「特別だ。例えば、明日神託があって世界中の人が鈴を殺そうとするなら。

 迷い無く俺は神を殺して鈴と二人で世界から逃げ回るだろうさ」

 

「世界と戦いもしなければ一緒に死んであげもしないんだ…」

 

「そりゃあそうでしょう。鈴が原因で死ぬことはあっても、鈴を理由に死ぬことはないね。

 ましてや後追い自殺なんてナンセンスだし、そんな間柄でもないし。

 例えどんな事が在ったとしても、俺はアイツ等と一緒に生きる事以外選びたくないね」

 

 きっと一夏くんは、鈴ちゃんの為に死ぬことを厭わない。

 そして一夏くんは、鈴ちゃんの所為で死んだと喚かない。

 たぶんそれは、鈴ちゃんも弾くんも同じで、輪の外からは歪に見える、愛の形。

 もし、それが私だったら。

 

 

「もし、それが私だったら」

 

「涙を流そう、香典を用意しよう。毎年御参りしたって構わない。だけど、相川さんに人生は賭けられないや」

 

「そう、だよね」

 

 困ったように笑う一夏君は、一欠けらの嘘もなくそう言い放つ。

 こんな時こそ嘘をつくべきだと思うんだけどなあ。一夏君は悪い男にはなれないね。

 泣いてない。泣いてないもん。

 別に、遊びだもん。

 織斑一夏が、私のものになるなんてはじめから思っちゃいない。

 私が、織斑一夏のものになるなんてはじめから思っちゃいない。

 思っちゃいないけど、私がどれだけ心を割いても一夏くんと深く重なることはないのだ。

 それが、切ない。

 

「それでも、今は清香ちゃんだけだ。俺の体も、俺の心も、俺の欲望も、

 全てキミにしか向かっていない。それじゃ、駄目かな」

 

 私の胸にある微かな恋心は、じくじくと鈍い痛みを発す。

 一夏くんと交際した未来を想像して、その情景は幸せだった。

 だけどその絵には、長続きしそうにもなければ、鈴ちゃんも弾くんもいない。

 つまりはそういうことだろう。

 

 だから、これでいいのだ。

 私は、私のやり方で彼を支え、彼の好意/行為を受ける。

 たぶんそれは、私にだけが許されている、彼への歪な、愛の形なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 クラス代表戦、第一回戦第一試合。

 一年一組、代表・織斑一夏。

 一年二組、代表・凰鈴音。

 

 当日に発表されたトーナメント表には、そう書かれていた。

 そんなもの見るまでもなく、そうだろうと思っていたけど。

 

 アリーナのフィールド中央で、腕を組み俺を待つ鈴。

 その身に纏ったIS【甲龍】は以前見た姿とは違い、その全機能/全武装を展開している。

 

「凰さんのISは甲龍<シェンロン>、織斑君のISと同じ近接格闘型です」

 

 知ってるよ山田先生。

 武装も、戦闘スタイルも、強みも、全部知っている。

 そして俺の白式は近接専用型だ。鈴のとは違う。

 

「言うまでもありませんが、わたくしの時とは勝手が違いましてよ。

 まああれだけ研究なされていたのなら、弱点も分かっているのでしょう?」

 

「無かった」

 

「―――え?」

 

「だから、弱点無かった」

 

 鈴の努力の程が窺える仕上がりだった。

 近、中距離における甲龍に欠点はない。

 格闘性能、射撃性能、迎撃性能、機動力、装甲、燃費。

 そのどれを取っても標準以上の性能を誇る、万能型のアッパークラス。

 

「一夏。何処までいっても、私達は剣士だ。―――近づいて、斬れ」

 

「これ以上ないアドバイスだ。ありがとうよ」

 

 箒さんマジ武士娘。

 歪みねぇな。

 あと俺、別に剣士じゃないんだけど。

 

「何あの肩の装甲。ISスーツの鈴も凛々しくて可愛いなぁ」

 

 あれで殴られたらすげぇ痛そうだなぁ。

 何故か、俺の頬にスターライトMkⅲが突きつけられていた。

 

「良く分かりませんが、僕が悪かったです許してください」

「一夏サン? 試合前にあまりおふざけに走らない方が身の為ですわよ」

 

馬鹿野郎、本心だ! と吐露する勇気は、僕にはありませんでした。

イッピー知らないよ。結構イッピーびびりだって、イッピー知らないよ!

 

「それでは両者、規定の位置まで移動してください」

 

「了解。織斑一夏、白式、未来を切り拓く!」

 

 アナウンスに従い、戦場に赴く。

 カタパルトから発進し、アリーナ中空に滞空した。

 それを見て、鈴も空へ上がってきた。

 

「あんたと本気で争うのって、いつぶりだっけ?」

 

「確かあれだ、中2の『チョコムース七日間戦争』がラストだ」

 

「あのときは、あたしの圧勝だったわね」

 

「喧嘩はな。俺がボッコされたけど、俺の勝利目標は達成されたから問題ない」

 

「あんたあんだけタコ殴りにされておきながら、まだ負けを認めてないの?」

 

「負けてねーよ! 試合には勝ってるから俺の勝ちだよ!」

 

 だがしかし、中学二年生の女の子に肉弾戦でフルボッコにされた当時の織斑一夏くんが、一晩中姉に慰められていたのは僕達だけの秘密だぞっ!

 

「試合を開始してください」

 

「それじゃあ、一夏、始め―――」

 

 俺は黙って、まっすぐ左拳を突き出した。

 鈴も、自分の左拳を、俺の左拳に軽く当てた。

 俺達の、仲間内だけに伝わるサイン。

 

「ぜえええええええいっ!」

「ふっ」

 

 拳を離し、記念すべき第一刀!

 俺の雪片と鈴の青龍刀が火花を散らす。

 分かっていたけど、やっぱりパワーは向こうが上だ。

 初撃の勢いのまま、お互い距離を取る。

 

「ギアを上げるわ。しっかり着いてきなさい」

 

 鈴は青龍刀をもう一本呼び出し、二刀流となる。

 双天牙月。

 鈴はクルクルと二本の刀を回し、パフォーマンス。

 いやいらんだろ、その動き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定調和のダンスのように、白式と甲龍が刃を合わせる。

 

 鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合い、鎬を削る。

 

 純粋な剣技ではこちらが勝っている(と思いたい)が、体術や身体能力に関してはあちらが数段上。

 

 切り結びの合間に鈴は双天牙月をくっつけたり外したり回してみたりとまだまた余裕のようである。

 

 あんだよあのパフォーマンス。ちょっとテクいとか思ってんのか? 俺もやりてぇ!

 

 初撃から数えて十合目で、鈴が話しかけてきた。

 

「ウォームアップは、もうお仕舞い?」

 

「悪いな、待たせた。もう充分だ」

 

「なら、沈みなさい」

 

 衝撃が、白式を穿った。

 甲龍が誇る第三世代兵器【龍咆】。

 空間を圧縮することで砲身、弾丸を形成し不可視に射出する兵装。

 単発の威力はそれほど高いわけではないが、連射が可能で非常にエネルギー効率が高い。

 物体的な砲身が存在しないため基本的には射角が無制限であり、また弾丸が不可視な為回避が困難であり非常に強力な武装である。

 凰鈴音@Wiki○diaより抜粋。

 

「今のはジャブ、ってなんでまともに喰らってんのよ?」

 

「初見だからさ、ほら喰らっとかないと盛り上がらないジャン?」

 

「弾見えないから、あんたが勝手に吹っ飛んだように見えてギャグだから」

 

 ですよねー!

 え、俺喰らい損?

 

「りゅうほう を やぶらぬかぎり おまえにかちめはない」

 

「大丈夫、もう覚えた」

 

「……へえ。その言動、妄言でないと証明してみなさいッ!」

 

 鈴が吠える。龍咆が咆える。

 俺は、少しだけ右にずれた。

 

「あんた、何を視てんの!」

 

「大気の流れ、空気の吸引、空間の歪曲、映像の屈折。―――甲龍のアンチロックユニット。

 そこに全てのモーションがある。それさえ見抜きゃ、幽霊見るより簡単だぜ?」

 

 そうだお前ら、山に篭れ。山はいいぞ山は、こっちじゃ見えないモノが見えてくる。

 山という存在の一部になった時、目で見なくても感じられる何かがあるって気付くから。

 

 鈴が立て続けに砲撃を撃ってくる。

 それに合わせて、ちょいちょい動いて避けしていく。

 

「そう。―――だからって、舐め過ぎよ!」

 

 右に三歩分ずれて避け、れてない!

 

「その辺に動くと思ったわ」

 

 にっしっしと笑う鈴。してやられたでござる。

 たぶん砲門をそれぞれ俺の両サイド狙って撃ちやがった。

 こっちが撃つ瞬間を察知して、俺が避けることを前提に。

 

「準備運動も手の内晒しも充分でしょう? そろそろ来なさいよ一夏。

 まだあんたは、切り札(エース)すら切ってないんだから」

 

「そうだな。―――雌雄を決するぞ、凰鈴音!」

 

「その刃、私に届かせてみなさい、織斑一夏!」

 

「応よッ!」

 

 こちとら近接専用型、寄らば斬れない寄らずんば斬れない、寄るしかねぇ!

 とにかく質量をぶつけるように雪平弐型を叩きつける。とりあえず力で押し切るしかねえ。

 なんで剣道で二刀が主流じゃないのか。

 そりゃ、一本の方が速くて重いからに決まってんだろうが!

 

 片手で受け止めさせない力を込め、下段から甲龍に打ち込む。素直に受けやがって間抜け。

 チャンスなう。

 上段、火の型、チェリオー!

 

「ぐっ!」

「喉元がお留守だぜ!」

 

 頭上で月牙をクロスさせて受けとめる鈴の、喉元は手刀突きを放つ。

 この爪、凶悪そうな外見だからいつか使おうと思っていたんだよね。

 

「あんたもね!」

 

 なんか警鐘がマッハで鳴ってたから、理解もせず飛び退いた。

 一瞬前に俺の居た空間を一蹴する鈴の蹴り。

 その脚先には、レーザーブレード?

 

「あらら、今の避ける普通。……ああコレ? 脚部型光線短刀、あたしは【咢】って呼んでるけど」

 

「リーチとか使い勝手の良さを犠牲に、甲龍コンセプトである『燃費の良さ』を度外視した高火力近接兵装かよ」

 

「けっこう手数だけで普通の相手なら圧殺できるんだけどさ、甲龍、火力足たんなかったから。

 兵器開発してつけてもらっちゃった♪」

 

 可愛く言っても誤魔化されねえぞ!

 えげつねぇ。

 しかも、あれ。

 

「それ、公式戦で使ったの初だろ?」

 

「そうよ。あんたの為に取って置いたに決まってるでしょ」

 

「愛されてんなあ、俺」

 

「まさか、冗談。あたしが強過ぎて、使う相手がいなかっただけの話よ!

 あんたは特別に、あたしの道、牙の道を刻んでやるわ!」

 

 龍咆と、双天月牙と、咢の波状攻撃。

 無理無理無理無理無理だって! 蝸牛だって! 殺す気か!

 近接格闘型? 近接格闘特化型かよ! なんで近接格闘専用型より近接格闘が強えんだよ!

 捌ききらない、何発かもらっちまってる。

 必死で、逃げた。

 近接格闘専用機が、近接格闘機から近接格闘を嫌がって、逃げた。

 な・さ・け・ねー!

 ランナーが俺じゃなかったら、腹抱えて笑ってんぞド畜生!

 視線から龍咆の着弾ポイントを盗み、シールドバリアを解除し、腕部と脚部装甲を前に出しわざと受けた。

 体育座りみたいなだっさいポーズで、その衝撃を利用し後方へ逃げる。

 か・っ・こ・わ・りー!

 

 必死だな、俺。

 つーか鈴、強すぎ。

 何あれ、お父さん泣いちゃいそうよ。

 

 でも、勝つって言っちゃったし。

 正直厳しいけど、前払いで御褒美もらっちゃったし。

 女の子に、格好つけさせてもらっちゃったし!

 

 なら、必要なのはハートだけ。

 無理無茶無謀は大親友だ。

 白式、オマエに魂があるのなら―――応えろッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「近距離だろうが中距離だろうが、死角はない。あたしと甲龍に、弱点なんかない」

 

「弱点がなきゃ、作りゃいいだけの話だろうが」

 

 甲龍の射程範囲外へ離脱。更に距離を離すが、鈴は俺の行動をいぶかしんで追ってこなかった。

 遠距離どころか、中距離武装すら持たない白式で距離を稼いで、何をするのかと。

 箒の言葉を思い出す。「近づいて、斬れ」と、彼女は助言した。

 

 たまには言いこと言うじゃねえかあの女。

 シンプルだ。実にシンプルだ。ごたごた悩むより好ましい。

 

 両手、片膝を地につき、尻をあげる。

 イメージしろ。

 ISの操縦は、ランナーのイメージに順期する。

 想い描く姿、それは―――

 

「Get Set」

[ON YOUR MARK]

 

 ラディカルにグッドなスピードの最速の男。

 あんた以上に速い存在なんて、俺は知らない。

 その速さを以って、己が身を弾丸にする。

 弱点らしい弱点を持たない甲龍のウィークポイント、遠距離武装で攻めてやるよ。

 

 俺の白式が、あいつの甲龍に勝っているのは火力と機動力のみ。

 だったら、ワンチャン勝負に出るっきゃねえだろ!

 貫け、奴よりも速く!

 

 

「GO!」

[IGNI][IGNI][IGNI][IGNI]

 

 弧を描くように、弱イグニッションを連続行使し加速する。

 鈴が反応し、龍咆を放つがランダムに加速していく俺に中てることが出来ない。

 加速して、加速して、加速して―――

 機体が軋む、空気がアスファルトと化す、視覚情報の処理に頭がおいつかない。だから。

 加速して、加速して、加速して―――

 この身は既に放たれた弾丸。あいつが避けようが逃げようが関係ない。

 俺が0秒であいつの位置まで到達すれば、外れる道理はない!

 

 

 

 

 

 

 

 加速して、加速して、加速して―――、得た慣性をそのままに、

 

連時、加速(Consecutive Ignition)!」

[Multipll Acceleration]

 

 瞬時加速を上乗せする。

 限界性能(カタログスペック)なんてとっくに突破したスピードの中、【零落白夜】発動。

 もう視界は鈴を捉えていない。

 ここまでくりゃ関係ない。振ればあたんだろ!

 シールドエネルギーの残量も、この一発の為の燃費も、知った事か!

 この一撃を通さなきゃ、負けるだけだ。

 だったら、全力でやるだけだろうがッ!

 受けろよ、俺の速さを!

 刃鳴散らせ!

 

「届けェェェェッ!」

 

 ダンプカーが衝突したかのような衝撃。

 天地が入れ替わりまくって自分の状況が分からない。

 そりゃあのスピードでぶつかりゃミキサーにかけられたみたくなるだろうさ。

 オートバランサーカット、機体慣性制御全開、シールドバリア解除。

 グラウンドにヤスリがけされながらも、なんとか態勢を立て直す。

 視認した鈴は、―――糞、まだ終わってねえじゃねえか!

 俺式覇翔斬りはかなりのダメージを与えた様だが、これで倒してなきゃいけなかったんだ。

 延長戦も泥試合も再試合も、どれをやってももう鈴には勝てない。

 一度復帰されてしまえばそれまでだ。

 なら、このまま押し切る!

 

「でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」

 

 スラスターを目一杯吹かす。

 甲龍が崩れている、今、今、今!

 もう一発、もう二発、何発だっていい、倒れるまで斬りつけてやる!

《試合中止、織斑、凰、直ちに退避しろ! おい織斑! 聞こえてないのか!》

 鈴が俺の接近に気付く。

 おい、なんで笑ってんだよテメエ。

 迫撃を今にも喰らいそうだってのに、なんで笑ってんだよ。

 狩りを楽しむ獣みたいた笑みしやがって、興奮しちまうだろうが!

 

[AdministratorAuthority Disentitle. I have Control]

 

 雪片弐型がぶつかる瞬間、白式が停まった。

 おい、動け、動けよ、今動かなきゃ、今やらなきゃ、俺が負けるんだ!

 そんなのお前だって嫌だろう! だから動けよ!

 

《一夏、返事をしろッ! 一夏、一夏!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 白式が、織斑千冬の声をブーストして俺の頭の中に流した。

 おおう、あまりのボリュームにぐわんぐわんするぜ。

 白式が操作を返してくれたので、ひとまず状況確認。

 アリーナ天井のバリアが破られてて、アグレッシブ入場をかましたらしいウルトラ馬鹿が一体。

 観客席の隔壁は降りてて、赤いパドライトが明らかに異常事態であることを伝えてくる。

 あれ、いつの間にやら緊急事態っぽい流れ。気付けよ、俺。

 

「あいよ姉さん、聞こえてる。ところで、アレはなんだ?」

 

 

 

《所属不明機だ。危険だからピットへ戻れ。教師陣を直ちに出撃させるから対応はこちらに任せろ》

 

「教師陣が出てくるまで、時間を稼ぎます。放置するにはヤバすぎるでしょ、アレ」

 

《無理はするなよ》

 

「勿論です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煙が晴れて、そのブサイク面を晒しやがった木偶。

 さあて、最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけられたちゃったよどうしよう。

 どっかの司教が言っていた、相手の注意をひく最高に腹立たしい方法。

 おいてめぇ、楽に死ねると思うなよ?

 

「こちらはIS学園生徒です。所属、姓名を述べてください。繰り返します、所属、姓名を述べてください。

 なお応答がない場合、こちらの安全の為攻撃を、―――おぅっ!」

 

 返事はビームでやってきた。

 OK、潰す。

 ぜってぇー潰す。

 俺と鈴の掛け替えのない時間を邪魔しやがって。

 鈴に蹴られて死ね。

 

「向こうはやる気満々みたいよ。あんたは下がってなさい」

「お前だってやる気満々じゃねえか。俺に任せて下がっとけよ」

 

「じゃあいつも通りで」

 

「そうだな」

 

「「せーのっ、じゃんけんぽん!」」

 

 俺がグーで、あっちがパー。

 

「そんじゃ、先行はもらうわよ!」

 

 鈴が飛び出していった。

 龍咆を撃ちつつ距離を詰め、双剣で襲い掛かる。

 あの攻め方ズルいよな。砲身が動きを阻害しないから、格闘と銃撃を同時に行えるんだもん。

 

「二番槍、行きまーす」

 

 背後をとるように接近して、真後ろから剣を振るう。

 おい腕が関節の動きを無視して曲がってんぞ。そんな腕でガードすんなホラーだよ。

 鈴と二人で攻撃を続けるが、たいしてダメージを与えられてない?

 

「ああもう、リミッターさえ外れればこんな奴!」

 

 試合の最中間違っても解除されないように、俺達のISには強固なリミッターがかけられている。

 そのせいで甲龍は出力が低下し、思うように決定打を与えられない。

 かくいう俺も、零落白夜を発動させると奴が全力で抑えにくる為、致命打となる一発が与えられない。

 ジリ貧。

 言わずもがな俺はシールドエネルギーもう尽きかけてるし、鈴も俺の一撃が通った所為でかなり持っていかれてる。

 正直、甲龍の燃費の良さと鈴の手数の多さでなんとか膠着状態を維持している状況だ。

 あれ、実は俺いらなくね?

 

「一夏、たぶん後三分も持たないけど、なんか策ある?」

「ちょっと今考えてる。十秒待って」

 

 あの腕がやっかいなんだよなぁ。俺が剣を振る前にアームが変則的に伸びてきて掴まれる。

 リーチも足りてない。

 射撃戦は俺が出来ないし、鈴も射撃がメインの機体じゃないし。

 

 白式が射撃武装を使えたらよかったのだが。

 鈴が抑えてくれてる状態でなら撃ち放題。

 

「鈴、銃持ってる?」

「スコーピオンが一丁、バススロットに格納してるけど、なんで?!」

 

 捌きながらも鈴が答える。

 サブマシンガンか。駄目じゃん火力足りない。

 そうだよ、遠距離武器だったとしても火力が足りなきゃ意味がないよ。

 

「一夏、とっくに十秒経ってるわよ!」

 

 アレ、白式の遠距離武装って、さっき、俺がでっちあげた―――

 

「鈴、十秒。―――頼めるか?」

 

「楽勝よっ!」

 

 返事一つとっても頼もしいぜこの子虎ちゃん。

 お前性別間違えてるんじゃねえの? とたまに思わなくもない。

 いや、すっっっっごい乙女な鈴音ちゃんも知ってるけどね。

 

「愛してるぜ、鈴!」

 

あたしもよ(さっさといけ)一夏(バカ)

 

白式を急上昇させる。

必要なのは高さだ。まず高さを稼ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの馬鹿は、こっちの気も知らないで、場所も選ばず好き勝手やってくれちゃって!」

 

 双天牙月による連続攻撃と、龍咆をそれぞれの砲門から交互撃ち。

 出来るだけ攻撃の間隙を無くすように意識する。

 何気にこの龍咆の交互撃ちって、すごく気を使うからあんまりしたくないんだけど。

 

「あの馬鹿は、こっちの気持ちを知ってくる癖に、いつでも好き勝手やってくれちゃって!」

 

 所属不明機のアームを牙月で弾き、空いた胴体に龍砲をぶち込む。

 確かにヒットしたのに、それでも効いてる様子は無い。

 これ何処の第三世代機よ。こっちにリミッターが掛かってることを差し引いても、性能が段違いだわ。

 

「あの馬鹿は、いつでも何処でも自由気ままでやりたい放題で、付いていくのも精一杯だってのに!」

 

 なんとか五秒、折り返しだと安心した所で、パンチを一発もらってしまった。

 不味い、距離を離される!

 まだ、まだ、―――まだ!

 代表候補生、舐めんな!

 ヒットバックに合わせて、ビームが撃ち込まれる。

 が、それがどうした。

 この程度じゃ、あたしは止められない。

 怯えてガードしそうな心を噛み殺し、意地で龍砲を撃ち返す。

 

「馬鹿みたいな夢追っかけてるから、無茶なことばっかして成長していくし!」

 

 双天牙月を両サイドへ投げる。

 所属不明機の意識を龍咆で正面へ惹きつける。

 

「いつか大怪我するんじゃないかって心配だし! 置いていかれそうで心配になるし!」

 

 挟み込め、双天牙月!

 両サイドに投げた牙月が、お互いの軌跡で円を描き引き寄せられるように奴に直撃した。

 左右からの同時攻撃に一瞬動きが止まる。

 逃さない!

 

「だから、だから、だから! (それでも、)」 

 

 突っ込んで、脚部ブレードによる跳び蹴りを見舞う。シールドを確かに切り裂いた筈だが、手ごたえはなかった。

 これでも駄目かぁ。結構今のは自信があったんだけどなぁ。

 返す刀で、殴られた。

 思いっきりノーガードの所を殴られて、踏ん張れない。

 だけど、後二秒は付き合ってもらうわよ。

 

「『凰鈴音(あたし)』は、『織斑一夏(あんた)』が、大好き(ダイキライ)だ!」

 

 吹っ飛びながら、腕を振るう。

 真下から当てることができた牙月が、しっかり奴の動きを止めてくれた。

 ワイヤーを巻きつけておいた牙月を、力任せに振り回してぶつけるだけの情けない足掻き。

 ごめんね、牙月。

 剣筋も立てられず、あんな堅い相手に峰の部分で思いっきり叩きつけたせいで、牙月は折れてしまった。

 もう甲龍は完全な死に体。

 龍咆も撃てる状態にない。

 だけど、的にぐらいはなれるだろう。

 それで、あいつの役に立てるのなら。

 それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風力、温度、湿度、一気に確認。ならば、やってやりますか!」

 

 高高度からの背面落ち(インメルマン・ターン)。

 もう連時加速するエネルギーは残っていない。残ってないので、エネルギーは別のとこから持ってきた。

 この潤沢な位置エネルギーを、使わざるを得ない。

 覇王翔吼拳が使えたらよかったんですけどねー。

 

 雪片弐型の切っ先を地面に向け、空気抵抗を減らし加速する。

 残っているエネルギーはわずか。

 だけど、瞬時加速一回と零落白夜一発分あれば事足りる。

 

「速さは質量に勝てないのか。いやいやそんな事はない速さを一点に集中させて突破すれば、

 どんな堅い装甲であろうと貫ける。―――ですよね、兄貴」

 

 轟々と風切り音が五月蝿い。

 鈴がなんか叫んでるみたいだけど、聞こえない。

 気になる。気にはなるが、それよりも俺には大事な仕事がある。

 女を働かせて作った時間を、無駄になんか出来ねえよ。

 一撃で、落とす。

 

「先に言っておこう。―――たった一つ、シンプルな答えだ」

 

 【零落白夜】、発動。雪片弐型、出力全開。

 バリアでも装甲でもサイサリスのシールドでも持ってこいや!

 その悉くを切り裂いてやるよ!

 

「テメーは! 俺を! 怒らせたァッ!」

[Ignition BOOST]

 

 瞬時加速の勢いのまま、奴の胸元に突撃する。

 右手で俺を捕まえようとするも、勢いがつきすぎて捕まえられない、止められない。

 即座にガードに回した左手は、容易く貫き、腹部に突き刺さり、それでも勢いは止まらない。

 このまま、逝けや!

 

 雪片弐型を突き刺したまま、その勢いのまま、地面に追突する。

 重閃爆剣に匹敵する手応えと共に、汚い標本の完成だ。

 

「一夏、まだ終わってないわよ!」

 

 鈴の声が響く。

 腹を完全に貫通しているというのに、それでもまだやれるらしい。

 装甲の堅さだけでなく、耐久値までこのレベルかよ。

 なんつー規格外だ。

 でも、

 

「いや、もう終わってるよ。なあ?」

 

「ええ、―――チェックですわ」

 

 ブルーティアーズとスターライトMk.Ⅲによるビーム一点斉射。

 圧倒的火力の飽和攻撃。

 あれ、瞬間的火力はともかくそれ以外ってセシリアってかなりの火力じゃない?

 もしかしてコレ、鈴とセシリアのタッグなら、楽勝、だった…?

 

「イッピー知ってるよ。真実はいつも人を傷付ける、イッピー、知ってるよ……」

 

「何小声でぼやいてんのよ。……やるじゃない、セシリア・オルコット!」

 

「当然ですわ。わたくしこそがイギリスの代表候補生、オルコット家当主、セシリア・オルコットなのですから」

 

 髪をかきあげ、ドヤ顔するオルコット嬢。

 イッピー知ってるよ。お前、ハンデつけた鈴にタイマンでぼっこぼこにされてたの。

 まあそんな相手の前で良い所をみせられたんだ。ドヤ顔もしたくなるわな。

 心なしか鼻が伸びてるようにも見えるぜ。

 

 何はともあれ、これにて

 

[ ALERT! Aircraft Reboot!]

 

 落着してねーじゃねえか! 何がチェックだクソ女!

 しっかり止め刺しとけよパツキン!

 そんなんだからお前はちょろいさんなんだよ!

 

 所属不明機の片腕がゆっくり上がる。

 その銃口の先には。

 

「嘘だろ丈太郎!」

「しのにょの逃げてッ!」

 

 われらが篠ノ之箒さんがいらっしゃるじゃないですかなんでいるんですかどうしているんですか。

 笑えねー冗談だよ。

 逃げてどうにかなるわきゃねえ!

 セシリアの攻撃も間に合わねえ!

 鈴も動ける感じじゃない!

 なら、俺が。

 

 とか考えるまでもなく箒さんを認識した途端に射線上に立っておりました。

 あっれーなんで俺こんな所にいるかなぁ。反射的に動いてしまったのかなぁ。

 実は束さんが変なシステム仕込んでて、白式は最優先で箒を守るような仕組みになってるのかなぁ。

 うっわー死にたくねぇー。

 でも。

 自分が死ぬもの、人が死ぬのも冗談じゃないって思えるから、やれる事をやらないとね!

 

 耐えろ、白式!

 

「セシリアてめえ後で尻叩きだかんなあぁぁぁー!!」

 

 俺の絶叫と意識は、赤色のビームに消し飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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チュっと、唇に柔らかい感触を覚え、胡乱気ながら目が覚めた。

 

「ルーク? おやつなら我慢しろよぅ」

 

「あのイタチ、まだ元気なんだ」

 

今度はパチリと目が覚めた。

 

「鈴だ」

 

「鈴よ」

 

 なんか照れりこ照れりこしている凰鈴音さんがいらっしゃいました。

 ベッドサイドに立っていらっしゃる鈴さん。

 ここは。

 

「保健室であって、間違いなく知っている天井です」

「シンジ君とは似ても似つかないからね、あんた」

 

 ですよねー。

 

「あのISはあんたが落ちた後、セシリアが穴だらけにしたわ」

 

「アイツ絶対今度スパンキングしてあのでかい尻を二倍の大きさにしてやる」

 

「けが人はあんた以外なし、それ以外の被害は特になし、すべて世は事もなし、ってね」

 

「御言葉ですが凰さん、俺という怪我人がいる時点でこともなしってのはあんまりじゃないかと……」

 

「―――そういや、あの約束をした日も、こんな夕焼けの日だったわね」

 

 いや、流すなよ!

 なんで当然の様に話進めてんだよ!

 しかもちょっと重い話持ってくるとか確信犯だよこの女!

 

「あたしが、日本に帰ってきたら一夏の淫乱肉奴隷になるって約そ―――」

「してませんよねっ! 一寸もしてませんよねそんな約束!

 夕焼けの学校で、別れを惜しむ少年少女になんつう約束させてんだよテメエの脳味噌は!

 少女の『あたしの料理が上手くなったら、毎日お味噌汁を―――』的な発言を遮って少年が、

 『大きい夢があって、それを叶える為に生きている。その夢が叶ったら、迎えに行くから』的な発言を

 した美しい思い出話だったっつーのプチ殺すぞこの野郎!」

 

 クールだ、クールになれ。分かっている、からかわれているのだ。

 間違っても海岸線をCOOLCOOLCOOLと叫びながらバイクで爆走してはならない。

 某有名漫画家学校で教材となってしまう。

 

「まだまだ、時間がかかりそうだ。あの人の背中は、遠い」

 

「でしょう、ね」

 

 だからこそ、その背を追わなければならない。

 遠ければ遠いほど、それは独りなんだってことなんだから。

 誰もいない、誰にも救えない立場にあるってことなんだから。

 

「知ってると思うけど、あたし、そんなに気の長い方じゃないんだからね」

「知ってる」

「映画関係で、けっこう周囲には良い男がいっぱいいるんだからね」

「知ってる」

「背は低いし、胸は小さいけど、モデルの仕事もしてるんだからね」

「知ってる」

「実はファンクラブあるらしいんだからね」

「俺『FAN FAN 凰』のシングルナンバー持ってる」

「けっこう、食事とか誘われるんだからね」

「誰ソイツ殺すわ」

「イケメンだけど三枚目で、妹思いのとっても素敵な幼馴染とかいるんだからね」

「知ってる」

「三年後には、また日本を離れなくちゃなるんだからね」

「知ってる」

「あたしは、あんたの事、待ってるんだからね」

「知って―――」

 

 ―――お互いの睫毛が触れ合う。

 何処で仕入れてきやがったバタフライキスなんて、お父さん許しませんよ!

 

「早く、あたしの事、迎えに来てね」

「一夏さ~ん、具合はいかがですか? わたくしが看護しに来ま。

 何をしてらっしゃいますの……。そしてなぜ、鈴さんがこちらにいらっしゃいますの……?」

 

 次いで唇にチューしようとしたタイミングで、セシリア・オルコットの登場でございますわー。

 ちょっとオルコット嬢、そのジト目やめて、癖になりそうだから。

 

「あたしは返事をした覚えはないけど」

 

「抜け抜けと申しますわね、この抜け駆け猫!」

 

「偶然だな、私も自分を棚に上げて抜け抜けと言い放つ抜け駆け猫かぶりを見つけた所だ」

 

「お、おほほほほほ」

 

「笑って誤魔化せると思うなよ……ッ!」

 

 仲いいな、キミら。

 最近、男友達の存在が恋しいです。

 

「なんなのよあんた達は出てってよ! 一夏の面倒はあたしが見るんだから」

「病室で騒がしくしないでくださいな。鈴さんだって激闘の後なんですからきちんと休まれてください」

「そういう事であれば、何もしていない私が看病するのが適任と云う訳だな」

 

 弾、今何してるかなぁ。

 数馬、元気にしてるかなぁ。

 たっちゃん、学校行ってるかなぁ。

 みんな、俺のこと忘れてないといいなあ(涙目

 

「いや、今回の騒動の責任者でありそこの愚弟の姉たる私が看病する。異論は認めん。全員、今すぐ退室しろ」

 

 織斑千冬、見参である。

 今日も今日とてスーツ姿がまぶしいぜ。

 

「はい、今すぐに」

「分かりましたわ」

「了解です」

「レッツゴーレッツゴーレッツエンゴー」

 

「待て、お前は残れ」

「はい」

 

 ナチュラルに退出しようとした俺を千冬姉さんはアイアンクローで引き止め、ベッドに放り投げた(俺を)。

 くそ、セレクトミスだった。チッピーは爆走兄弟世代ではないダッシュ四駆朗世代だった。

 イッピー痛恨のミスである。

 そして、無情にも保健室のドアが閉まる音が聞こえた。

 

「さて一夏。アタシが言いたい事、察しの良いお前の事だから、分かっているな?」

 

「イッピー知らないよっ!」

 

 イッピー知らないよ! 時間を稼ぐよう命令されていたにも関わらず、無茶して本気で命が危ない体験をしてしまったからチッピーが実はキレてらっしゃるなんて、イッピー知らないよ!

 ひいい千冬姉さんが近づいてくるごめんなさい助けて姉さーん。

 

 姉の説教が怖いばかりに、脳内の姉に助けを求める男子高校生の姿がそこにはあった。

 というか、俺だった。

 

 

 

「心配、したんだぞ」

 

ふわりと、柔らかい感触に包まれた。

 

「姉、さん」

 

「五月蝿い黙れ。―――無事で、良かった」

 

 千冬姉さんに抱き締められる。

 顔が御胸様に埋まる形となってしまい、息苦しい。

 なにこの天国と天国。

 

「ごめん。今回のは、軽率だった」

 

「全くだ。私を、一人にするつもりか?」

 

「だから、ごめんって」

 

「いいや、許さん」

 

 ギューっと強めに抱き締められる。ちょっと痛い位に。

 『織斑千冬』は、少し、俺に依存している。俺を失う事を、必要以上に恐れている。

 例えば、家事全般苦手だと自称しているが、実際は人並みにこなせるのだ。

 それはまるで―――俺がいないと生活が立ち行かない、とアピールしている様で。

 それはまるで―――そうする事で弱点を作り、何かとバランスを取っている様で。

 

「有象無象が心配してたなんて事は、覚えなくていい。

 ただ、お前の姉が心底お前の身を案じている事だけは、忘れないでくれ」

 

「愛されてるねえ、俺」

 

「そりゃ当たり前だ。この世の中に、弟を愛さない姉など存在しないのだから」

 

 ふふんと笑う織斑千冬。

 俺の姉は、可愛かった。可愛かったのだ。

 

 

 可愛かったから。

 いつか、可愛いアンタを普通の女に墜としてやると、再度強く決意した。

 


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