IS Inside/Saddo   作:真下屋

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 空っぽの空に潰される / amazarashi


OutLine-SSBS:空っぽの空に潰される

 桜が舞う。

 はらはらと。ちりちりと。

 こうして日本の大地を踏みしめ、満開の桜を目にするのは何年ぶりだろうか。

 年度の始めってのは非常勤サラリーマンである俺をしても忙しいものでここ数年、春はイギリスかフランスで過ごしていた。

 

「────、────」

 

 圧巻というか、圧倒というか。

 やはり桜ってのは、特別なのだ。

 その美しさもさることながら、その儚さには魂を惹かれる感覚すら覚える。

 脈絡もなく、俺は日本人だった、帰ってきたぞなどと、そんな感想が心をよぎった。

 国花。

 日本の国花はなんだ、と。そうした問いを投げかけられて、返答に窮する日本人などまずいないだろう。知識として知らずとも、正解として知らずとも。なんら一切の疑いすら抱かずに、おおよその確信をもって開口するに違いない。

 ──桜。

 日本の国花は桜だと。

 そうした結論をどんな賢人にも幼子にも即答させるほどに、桜は日本人の基幹に根を張っている。知識とか、根拠とかを過程として必須とせず、漠然に確然。確たるものを抱かせる。

 まぁでも実際、桜って正式な国花じゃあないんだけどね。少なくとも法定として決まってる花じゃない。至当は菊の花。もっとも菊なんてロイヤルな御仁方々の象徴としての趣が多分だけどさ。切手なんかで桜モチーフにするから余計に分かりにくいんだろうな。

 だが、しかしだ。

 それでも、桜とは日本人にとって、馴染み深く、心のすぐ側に咲いているのだ。

 桜の題名で歌うように。桜の印象で(ふみ)を綴るように。桜の眼前で描くように。桜の今際で感涙するように。桜の基幹で命を擲つように。桜の黄昏で世界を獲るように。桜の名前で生まれるように。

 そんなもんで、そんなことなのだ。

 恥ずかしいったらねえざんすなあ。

 

 ちょくちょく日本には帰ってきてはいたが、うん。なんか落ち着いた。ようやく落ち着けた。ようソメイヨシノちゃん、故郷に帰ってきたぜ?

 

 本日の出で立ちは、黒のスーツに黒のネクタイ。

 お気にのサングラスはお休みだ。

 なんでかって?

 だって失礼だろ、そんなの。

 

 ちゃらんぽらんに生きてると思われてるかも知れませんが、俺にだって礼を尽くしたい相手ぐらいいるんですよ。

 そんなにいっぱいいるわけじゃないですけどね。

 いっぱいいたら寂しいですしね。

 

 俺がいるのは奈良県の桜井市、そばで有名な笠地区だ。

 市の名前からして桜を冠しており、当然ながらそれを大々的にイメージフラワーにしている。市指定の天然記念物には名立たる桜たちが名を連ねているほどだ。日本で一番、とまではばかる無粋は持ち合わせていないが、これほど桜が文化に密接している土地も珍しい。

 奈良は中学の修学旅行できて以来なので、ここには一七年ぶりに訪れた計算になる。

 もう今年で三一歳。

 わりと自覚はないのだけれど、意外と歳くったな俺も。

 ノスタルジー? ノスタルジック? 歳を食うとすぐと感傷的になっていかんね、こりゃどうも。

 

 駅からレンタカーを借りて、観光がてらの買物兼ドライブ。最新のアクアすげーなオイ。

 町を走る。街を走る。道を走って路を行く。草木の緑と山の緑、桃の花弁を視界の隅に。

 花だったりバケツだったりその他もろもろ一式そろえて、山寄りにある寺の最寄駐車場へと辿り着いた。

 

 時刻は二時過ぎ。

 いまいち住所が分からず駐車場所に困ったわりには早く着けた。

 ここから寺までは少し距離があり歩く必要がある。

 その上、寺へは傾斜のキツイ階段を一〇〇段以上に登らなければならないので、ちょっぴり億劫でもある。ともすれば汗ばみそうな春の陽気、というよりまっくろクロスケな自分の格好が恨めしい。

 コンクリートで舗装された道に革靴の音を響かせ、ザ田舎の細道を進んでいく。

 

 少しだけ、昔のことを思い出した。

 こんな感じの細道を、フランスでも歩いた。

 あのときは確か、卒業してすぐだったな。

 両手の花を振り切って逃げ出し、とある民家のお嬢さんが匿ってくれたっけ。

 もう名前も覚えてないけど、素朴な感じのいい子だったのだけは覚えている。

 俺の片言フランス語が可笑しかったらしく、控えめに笑った後で色々教えてくれた。

 

 ああ懐かしい。目新しさしかなかったあの頃。

 未知で舗装された未踏の園。

 今では俺もそれなりに大人になっちまったからなぁ。

 もう戻らぬ我が青春の十代。弾けるパッション魅惑の十代。

 語らぬ二十代。

 その事実に、少しだけ寂しさを覚えた。

 時間は戻らない。日々は還らない。劣化は止まらず、進化は果てない。そして誰も世界を待たない。──ゆえに唯一無二の価値を知っている。今と称した瞬間の煌めきを覚えている。

 一瞬の和火(わび)の赤熱を。瞬く疾風の甘露を。閃く紫電の衝撃を。

 忘れるものか。忘れられるものか。忘れたいなどと思うものか。忘れてはいけないものだから。

 掛け替えのない日々だった。刺激的なおもしろおかしいことが目白押しで、とるに足らない飴玉だらけのカリカチュア。太陽の軌跡すら更新されてくような代謝がすこぶるいい日進月歩は、体当たりばかりで粉骨砕身。知らないことが煩わしかったのに、苛立ちは環境に押し付けて。誰よりも賢く立ちながらいびきをこくし、効率的に遠回った。痛みのぬるま湯、絆創膏の宇宙。過激に躍動する切なさの乱れ射ちを、深夜十一時前にコンビニの前でたむろして憂鬱になる程度の陶酔のボーナスタイムで不意にして、呼吸が嬉しいなどと朝日を浴びる。人生をかまととぶる暇はなく、生涯通して自身にソーラー。時に灼熱、時に白光、時に哀切、時に滅亡、されど至福。言葉にする手間すらもう返らない素晴らしさの残滓。

 ああ懐かしい。日本語にすらならねえ眩さを誇る、目新しさしかなかったあの頃。

 絶えずファウストの有名な文言が口を突きそうになる、あの、不理解と理不尽と不退転と大進展と不可思議と摩訶不思議に理路整然としていた、砕ける寸前のステンドグラス。刹那の輝き、青春の咆哮。疾走する思春期のパラベラム。

 青春期の、未知の刹那たち──。

 

 宝物の記憶だ。

 だが。

 

 だが。だが。だが。

 だが、しかし。

 その瞬間は宝物だけど。その日々は宝石だけど。その毎日は黄金だったけれど。

 間違いなく掛け替えのないもので、狂わしようもなく前衛的な、いつどんな時代のどのような生き方のどんな人間が見ても輝かしい以外の羨望を第一に抱いちゃうであろう光の庭の風景は、巡り巡る季節に寸断なく到来する一刹那ほどにも尊かったけれど。

 

 それが最高だったとは、言わせない。

 

 それがこの人生で最も素晴らしかったとは、賞賛させない。

 その刹那が世界中のどんな時代よりも価値があって、満ちていて、輝いていて美しかったなどと、お前たちに共感なんてさせねえよ。名言になんてさせねえよ。

 あの閃光こそが在りし日の最強だなどと、信奉なんて認められるか。

 

『僕は二十歳だった。それが人の一生で一番美しい年齢だなどと誰にも言わせまい』

 

 なあ、アンタもそう思うだろ?

 

「それで、私に何か御用でしょうか、少年」

 

 急なイッピーの敬語男子にときめいた女子、挙ー手!

 どこぞの世界最強の声が聞こえたのは気のせいだきっとおそらくたぶんメイビーイッピー。

 

 いるのは、人間大の壁だった。

 

 寺への階段の前に、佇む少年が一人。

 ヤケにガンを飛ばしてくる、なんだか癇に障る端正な顔をした少年が一人。

 春の陽光、白昼に累々。平和を砕く春風の突風を身に受けて、立ち続ける(ユウ)の勇は夥しく。不動不退の立ち姿は金剛の大木を想起させる。

 それでいて外装はしなやか。女性的で素直そうな、笑えば女性にモテそうな顔を──いまばかりは不満気にゆがめ、俺を睨みつけている。

 青春の弾丸が、睨めつける。

 

「我が方、本日は少々予定がございまして。お手数のこと痛み入りますが、後日諸手順をきちんと踏んでからの面会を望んでいただきたく存じます。暁に、必ずや予定を合わせると宣言いたしますゆえ、何卒いまばかりはご容赦のほどをお願い申し上げます」

 

 これで折れてくれる程度なら、こんなところで待ち伏せなんかしねーだろうけど、一応ね。

 俺も大人だからね。まずお願いして、ダメなら相談して、妥協点や折衷案を見つけていかないとね。畏まって、提案して、譲歩しないと、いけないこともあるんだよ。もっともそうやって振舞えば振舞う分、つけ上がられることもあるが。

 我も人、彼も人。ゆえに対等、基本だろう?

 子どもだからと見縊って、言葉遣いを乱す阿呆は、失礼ながら大爆笑ですよーっと。

 

「あんたにはこの先に行く資格がねえよ。ここで引き返せおっさん」

 

「『おっさん』……、いやおっさんだわ俺。よく二〇歳前半ぐらいに間違われるけど、三十路超えたおっさんだったわ」

 

 むしろこの年頃からすれば、二〇歳超えたらおっさんなんだろう。

 わからんでもないな。俺も、若く見られたいオヤジどもを煙たがった時期があったし。上見て噛み付いてりゃ満足できる外来を、一笑できない程度の茫漠は抱いていたし。

 けれどまったく、想像力足んねーのな。どうせお前も通る道だろうに──ってあーもうやだやだ。んなまさに私大人になりましたよ的なやつ! そんな人生の先輩風吹かせるやつが老害っつわれるんだよ。若さを羨むボンクラではないと自負しているし、未だ変わらぬ熱もあるが、感性が若い永遠の少年なんざ、思春期に引きこもってたネクラっ子どもの切望だ。青春に浪人した賢人からの冥々だ。熱があり、夢を抱き、駆け抜けてしまった後の人間で、──俺はもう大人なのだ。

 未だに青二才なんて言われる手前油断していたが、どうにも裡側に腐敗の瓦斯(ガス)が溜まり始めてやがらあよ。

 

 

「そう仰られても当方、恥ずかしながら自身の職務を放り投げて馳せ損じましたゆえ。『はいそうですね』と清々帰還すること罷りません。半刻ばかり憂慮頂ければ、本市から速やかに退出することをお約束しますので、何卒お願い申し上げます」

 

 俺の雇主はそりゃあもうお冠よ。

 鶏冠に怒髪天の有頂天よ。金ピカだけに。

 今だって『一夏さん貴方自分の立場分かってらっしゃるの今すぐ戻りなさい!』とかメッセージ届いてんだ。『しばらく かえれない しんぱいすれな』とでも返しておこう。

 引き返して説教されるのは確定なんだから、どうせならしっかりと自分の目的は果たして帰りたいのだ。

 

「……なんと言われても通すつもりはねえよ。何様だおっさん、そんな好き勝手できるほど偉いのか? 明らかに慣れねー敬語でオトナぶるなよ。気色悪いったらありゃしない。品のなさが浮き彫りだな、小賢しい。

 あんたには資格がないと云ったんだ。──まさか心当たりがないとかほざくなよ」

 

 …………あいたたた。

 実は心当たりならいっぱいある。

 今の雑言、まるっと見逃しちゃうくらい、しとど真っ黒にありありである。

 ガリガリと首のちょっと上を掻いて、ため息を吐き捨てた。

 ありありなのだが。

 だからってすごすご引き下がるほど、人間出来てねーんだよ。

 

「百万までならキャッシュで出してやるから、見逃してくれねーか。

 頼むよ、大事な用事なんだ。ちょっとばかし、遅くなっちまったけど」

 

「国家予算オーバーでも足りねーよ。『わずか』? わずかも少々もちょっとどころの話じゃないだろ。

 もう遅いんだよ。終わってんだよ。あんたはつまり、そういうやつなんだよ。

 だから、あんたには資格がないんだ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をして、少年は告げる。

 女みたいな顔をして、男みたいな理屈並べて、人間らしく心を軋ませる。

 俺もきっと、おんなじような顔をしていることだろう。

 話は平行線になりそうだ。

 俺も大人だから。まずお願いして、ダメなら相談して、妥協点や折衷案を見つけていこうとした。かしこまって、提案して、譲歩して、空ぶった。振舞えば振舞う分、付け上がられることになった。だけど、それでも舐められたことだけはない。

 なぜなら。

 

 

「分かった。分かったよ。おいクソガキ、―――無理やり通るぜ?」

 

 

 必ず、殴り返してきたのだから。

 なんら良心の呵責も抱かず左手に握ったのは紛うことなき強行突破の鉄意。

 一息で距離を詰め、腰の高さでスイングするボディ・ブロー。

 右足が石畳を蹴り、右手で視線を切り、右爪先から諸間接を経て中空から体重を駆動させて左足で再度石畳を噛む。体幹で打ち抜く外家の拳。サイバネってないから安心しろや。

 つーわけで怪我させることなく余裕でぶっ倒しましょう。

 お前のツラ、なんか気にいらねえけどなんとなく殴り辛えんだよ。

 

 少年のガードは追いつかず、衝撃は確かな手応えを俺の手に伝える。

『硬い腹筋で止められた確かな手応え』を、だけど。

 なにコイツ実は細マッチョなの着痩せするタイプなの?

 確かにちょっとだけ嘘嘘ガチで手を抜いたけど、この腹筋は全力でだってやすやすと抜けそうにない。

 つまり、それが意味する単純明快なる事実。

 

「それが素かよ、おっさん」

 

 ガードは間に合わなかったのではない。

 顔面でなければガードする必要はないから攻撃に入ったのだと気付いたのですやべぇ。

 イッピー知ってるよ。むしろガードが間に合わないのは俺じゃん。イッピー知ってるよ!

 俺のパンチなどものともせず、振り抜かれた右ストレートは俺の顎を的確に切り裂いていった。顎先薄皮一枚をギリギリで掠める剃刀酷似に思わず優しみスラッシュゲイザー。

 しまったと思っても時すでに遅し、抵抗むなしく、する間もなく、そもそもそのような身体駆動信号の入出力を度外視して、膝が落ちる。 ボクシングの世界での定説、ド正直に顔面を叩くよりも、クソ真面目に腹を打つよりも、顎先ギリギリを掠るような拳の一撃が、一番脳みそにはキくらしい。

 一撃必沈、されど二発目でウィリアム・テルって? そして連撃の次弾が、

 なかった。

 

 見ている。

 ただ、見ている。

 

 追撃をすることなく。

 それでこと足りたのだと。十二分で、おまえには不相応だと。

 一発ぶち込んで、構えを解いてやがった。まるで決着かのように。

 激しく敬意のない残心。だから、そもそも二の太刀の概念を持っていない。ゆえに。

 白熱ガラス玉の透徹なドライアイで、見る、見る、見下すだけ──見下す?

 視界が下がる。世界が(なな)める。地面が起き上がる、あの、馴染み深い地表面の甘露に行き着く三瞬前。膝が折れて、体が傾いで、つまりああクッソタレ、意識が断絶する今際の感覚! 約束された安眠の入り口だ。膝をつくだけに留まらず意識まで自由落下している! この野郎、体勢崩した輩に追撃すんのはセオリー中のセオリーだろうが!

 舐めてたけど。

 確かに舐めてたけど。

 こんなにあっさり負けるもんかよ?

 この俺が? 『織斑』が? イッピーが?

 

 冗ッ談じゃッ、ねぇぇええええええええ!

 

 切れそうな意志を気合いで繋ぎ止め、少年の顔を頭に焼き付ける。

 目に焼く。目蓋に焼く。眼球の毛細血管血流を一〇割増しで疾走させて全血中ヘモグロビンに命令して忌々しいオトコンナっ面を睨み付ける。

 キレっキレのやつでキレイに断たれた俺の意識を、たった数秒たかが数秒、プライドだけが持たせた。

 

「テメエ、なにもんだよ?」

 

 灼然の眼光。それは沈み逝く戦艦に類した勝利への飢え。

 

「笹目 大地」

 

 対する返答は。

 さながら、灼然(いやちこ)の寂光。

 聡い、聡い、聡い瞳の真実。

 

 

「────あんたが殺した女の、息子だよ」

 

 

 聞こえた言葉を理解する前に意識を手離せたことが、幸か不幸かの神のみぞ知る。

 左右で妙にバランスの取れた顔は、霞が如く意識と共に消えていった。

 

 

 

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「いやー、いっくんに子どもがいたなんて知らなかったよ。にしても今回は日本政府にやられちゃったね。

 まさかこのご時世に極秘情報をデータで一切残さず、紙でしか保存してないなんて。

 確かにその方法なら、人の口さえ塞いでしまえば私達に漏れる心配がない。

 束さんも久しぶりに一本取られちゃったよ。やるね凡人」

 

 見たかよ天才。

 

 朝、というよりもう昼前。

 適当に入った喫茶店で、クラブサンドとカプチーノを頼んだ。

 朝からエスプレッソは重くて苦手なのよね。

 

「ちょっといっくん? さっきからなに黙ってるの?

 ほらほら~いっくんの大好きな束お姉さんだよ~、って。もうそんな歳でもないんだけど。

 おーい、あんまし無視するとオルコット財閥に現在地ばらしちゃうぞ~」

 

 頭痛えし顎は痛えし、起きたらラブホで半裸だし、隣にはシーツに顔を半分隠しながら『昨日は……激しかったね……?』とかコッテコテのギャグかましてくる姉的存在はいるし、どうなってんだよおい。朝チュンとか数年前に卒業したっつーの。

 ……ギャグだよね? プリーズ記憶カムバック! リボーン! あやっぱ死ぬ気弾は勘弁!

 

 時系列を、整理しよう。

 ことのあらましは先ほどちょろっと脳内疾走させたが、イマイチ曖昧な部分がどうしても多い。冷静を極めるためにも雑意の冷却作業は必須と認める。

 まず一番新しい昨日の記憶、俺は負けああもうこりゃダメだわムカつくわむっきっきーだわオッペケテンムッキーだわ。剣はさほど詳しくないことが露呈したか……。

 ええいあらまし産業!

 朝チュン。

 たば姉。

 カプチーノ。

 語感がよろしいようで。

 

「君と飲みたい夜明けのロイヤルミルクティーだね」

 

 うるせえ何言ってるか分かんねーんだよ。

 

「いやいやちょっち、総統閣下に密告するのは勘弁してくれませんかね。

 さすがに黒尽くめのエクスペンタブルなガードマンに拉致られたくねえんですよ」

 

「いっくんがシュワちゃんポジとか……」

 

 うるせえ細マッチョなんだよ俺はマジレスすんなし。

 竹光の切り替えしでネバつく口腔を優しい味で洗い流す。

 イマイチ切れがない俺に合わせてんのかネタが古い。歳がばれるぞアラウンドフォーティー。シュワちゃんドストライク世代なんですかそーですか。──いや、歳がどうだなどと。

 世代がそうだと。年齢がどうだなんて。

 この人には、もはや関係ないことなんだろうが。

 『もうそんな歳でもないんだけど』──自らそうのたまった目の前の女性は相も変わらずうさ耳で、アリスマチックロリータで、メルヘンバンザイの瑞々しさで、ともすればからかわれている俺のほうがよっぽど年上に見えてしまうような。

 この場を第三者が見て、誰が一回りも年齢が違うなどと思い至ろうか。

 感性が若いとか、感覚が新しいとか、そういう人間的な新鮮味をいってるんじゃない。

 事実、生物として、この人は。

 

「ほらほら、もっと愛しのお姉ちゃんを楽しませたまえよ弟君。キレもサエもないままのいっくんだと若いツバメと今夜の算段話し合ってるようにしか誤解されないよ?

 あ、それ楽しそう。さすがにこの歳になって男の子飼ったりする趣味はないけど」

 

「むしろそんな歳にしか見えませんよ。姉さんもだけどタバ姉、なんかズルしてるんでしょ?

 誰が見ても三〇超えてるとは思わねーよ。アラフォーだってのに」

 

 ──高校を卒業以降、チッピーとタバタバの成長が止まった。

 この人達は、生物として永遠に若い。

 正確には『特定細胞の分裂が止まっていて老化しない』状態らしいが、難しいことはよくわからない。わからないし、わかれない。わからせない。

 なぜとか、どうしてとか、理屈だ理論だ摂理だか、そういった誰でも納得しうる要素など、ことこの二人の超常の前には虚しい響きだ。そんな凡百匹夫の塵芥がノーベル賞の二つや三つ独占できる程度の方程式で理解ができるなら、この偉大なる姉達は世界の頂で怒りの日をやってねえよ。

 少なくとも見た目は二〇歳後半なのなあ。人間辞めてねぇよな俺の姉ーズ。実年齢については具体的に触れてはならない。

 

 まあ。

 そういう俺も、とっくに内臓の半分は生身じゃないのだけれど。

 

 

「で、端的に負けたいっくんはどうすんのさ?

 送ってこうか? 慰めようか? それとも血の繋がらないお姉ちゃんととめくるめく熱海旅行(ハネムーン)にしますか?」

 

 ②の慰めでオプションはおっぱ(自主規制)

 サーカスの熊より素直に角砂糖を積み上げたコーヒーの向こうから覗き込まれる。ミルクチーでも飲んでろよ。今摂った糖がすぐさまエネルギーになるわけじゃないだぜ、とは言いきれねーんだよなこのねーちゃん。もう少し人間味出してくださいよああメンヘラは勘弁。傷心の熱海とか泥沼じゃねーかよ。

 端的に、織斑一夏は敗北した。

 笹目大地。

 あの人の息子。

 あの人に会いにきて、立ちはだかって、邪魔されて、ガンつけられたから譲歩して、決裂して、一発入れたら切り返されて、意識が飛んだ。

 目を覚ませばラブホ。場所はともあれタバ姉が運んでくれたらしい。そしてブランチ的な朝食タイム。あらあらまったく、優雅なひと時ですこと。まともに一発もらってたものなら少しは印象が強まるものなんだろうけどね、こうも優しくのされるといっそ夢かと見間違う。

 やはやまったく。

 敗北のあとの飯は旨いな。

 ゴム管食べんのは久しぶりだわ。

 

「今は良い時代だ。非常に良い時代だ。敗北しても死なない、朽ちない、滅びない。極め付け翌日にはシャレオツなカフェテラスでブランチときた」

 

 負けても死なないのが人の世界。

 それはきっと優しい構造。

 死に美徳なぞいらないゆえに。

 

「一席設けるならラブリーマイエンジェル箒ちゃん攫ってくるけど?」

 

 そこはせめて普通に呼べよっ。そして日本語しゃべって……。

 つーかモッピー介錯人かよ。苗字的にやまやだろ。

 ……おいおいまさか和製ライヒハート一族の末裔だったりしないよな? 巨乳で眼鏡で未貫通って三拍子そろったときから怪しいとは踏んでたんだ。マジかよやたらチョーカー似合うんじゃね? とか考えてたら首飾り探してたのかよ。おいおい、あの因果が集約した学園の美人教師だ……あり得るぞ……!

 あり得ねえよ馬鹿野郎。このネタは黄昏曼荼羅の住人にゲシュタポ呼ばれかねないから辞めろ。

 生きのいいこの首が悪い球磨川パイセンも俺は悪くないって言ってる。

 そんなこの首は今だって元気いっぱいだ。

 

「死んで良い日なんて、ないよ」

 

 そんな日はもうない。

 なんで腹なんぞかっ捌かなけりゃならんのだ。

 

 それは過ぎた話/これからだから語るまい。

 俺は読んだのだから/君はこれからだから語るまい。

 だから違う話をしよう。

 

 もしもの、話をしよう。

 

 もしも出来の悪いツンデレった世界最強最高峰の姉と愛すべき人間大の弟とが等しく一笑に伏せられない己の血族に、系譜に出会ってしまったならばどうなるか……その話をした。

 もしもの話をした。愛すべき人達の話をした。

 もしも、俺が姉の妹に会ったなら。

 もしも、俺の妹に姉が会ったなら。

 しかしそれは前代の話であり、絶えず頭痛にのたうつ世迷いごとである。

 弟妹の話をした。それではもしもの話をしよう。

 違う時代の話である。

 兄弟姉妹の当代なく。クローン同位体の世代でなく。親子祖先の神代ではなく。

 

 ただ簡潔に自分の子どもという、次代に出会ってしまったならば。

 

 どれだけ気に入らなくて、苛立たしくて、世間的に認められない私生児であろうとも。

 きっと彼女は。

 彼は。

 

 心底、くだらねえ。

 だから、これは愚痴だ。

 

「俺に息子なんて居ない。何を見て何を聞いたのか知らねーけど、間違ってるよタバ姉」

 

「これはまたまた。この私を前にして、この私を名指しにして、正誤を口にするとは、まったく面白い人間だね、君は」

 

 これだから頭のいい阿呆はいやなのだ。

 俺は俺だけで手一杯で、時に手を引き足を引っ張り後ろ髪を引きやがる。

 第一あなたにしたって、そのご自慢の頭を使って頭いいことしようなどとは微塵も考えちゃいないだろうに。ドコカノダレカの核心を突くばかりで、目の前の人間をこれっぽっちも見ていない。……それを意図的にやってんだから、質が悪いし正もない。正誤から一番遠い存在だろうにまったくさ。

 これだから頭のいいお馬鹿さんはいやなのだ。

 取り返しがついてほしいとは思わないが、間に合いたかったこの心も真実で。今すぐ不貞寝に洒落込みたい己もいれば、久々の芸妓遊びに興じたい俺もいる。毎朝コイントスて決める程度の気分と、一本の真金を恥ずかしげもなく握りこめる。だから今日はそんな気分。

 流星の本日はこんな気分。

 気づいてないふりは止めたんだ。クソったれな赤の他人に会って止めたんだ。

 未だに救いようのない偏執がここにある。

 

『負けることは恥じゃない。闘わぬことこそ恥である』

 

 だから、ね。

 つまりはそういうことなんだろ。

 

 

 

「アイツが誰かなんて知らないし、興味もねえよ。俺は、俺がお世話になった人に礼を尽くしたいだけだ」

 

「やあやあなんとも、無理くりな誤魔化しだね」

 

 

 己が裡の真実を。

 認められない醜悪を。

 語られるべきでない結末を。

 面白くもない不幸自慢を打ち切ったって、誰も咎めはしないだろうに。

 

 とはいうもののねえそんなあたかも『あたしわかってるぜ?』的な含み持たされても困るつーかなんでそんな笑顔なのさ。

 きっと9割見抜かれてるんだろうけど、今回みたく凡人に出し抜かれるのは分かったつもりで見落としたその一割だぜ?

 1%の閃きがなんとやらってね。しかもその十倍ですよ。

 

 閑話休題、そんなわけだ。

 

 クラブサンド最後の一口を食べきり、そのままカップも空にした。

 食事は重要だ。身体駆動のエネルギーは、人間である以上外部のなにがしかを摂取して賄わなければいけない。ともすれば思考だって糖が欠落していては正常を維持できず、つまるところ心底から湧き上がる熱意すらも薄ら暈けた大言壮語に零落するだろう。

 食事・睡眠・性交、どれか一つを蔑ろにして果たされる大望などあり得ない。

 だから半分が生肉でなくなっても。

 俺は織斑一夏なんだとも。

 そんなお食事タイムをスマートに決めたあとは聞くも無粋な腹ごなしが待っている。正味一発睡眠決めたい。食事のあとすぐに横になると牛になるってーのは何回使い古したかわからない古典表現はわけだが、実際のとこかえって消化にいいらしいぜ?

 しかし時は金なり。時間の浪費を楽しんでいいのは盛ったあとの酸化鉄だけだ。

 鉄は熱い内に叩かにゃな。おいちゃんまだまだ焼入れが遠いんだわ。

 だからそら、青春臭い青図が頭のなかで製図されてる。

 頭に描いている図は、万が一にも目撃者が居ちゃうと国際的レベルの問題だったり?

 

「たばねお姉ちゃん」

 

「なんだね、かわいい弟くん」

 

「ちょっとリベンジ行ってくる」

 

 

 

 まあ、だからどうしたって話ですけどね。

 さっきの話じゃないけれど、大事なのはそんな上っ面じゃねーのよ。

 一つは大前提である元々の目的。こちらは語るべくもない。

 新しく増えちゃった、大事なことがプラスで一つ。

 

 負けっぱなしで終われるか、クソったれ。

 

 





KiLa様より寄贈いただきました。
プロットと言うか私が書きたいシーンだけ書いて後は
概略だけ書いた8,000字の物を送ったんですよ。
間のシーンとかを埋めて大体10,000字強になる予定でした。

66,000字で帰ってきました。
意味が分かりませんでした。
世の中には不思議な事があるものです。
何はともあれありがとうございました。

諸兄方々もお楽しみ頂ければ幸いです。

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