IS Inside/Saddo   作:真下屋

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歌 / Surface




 ふらつきながら、不思議な光沢を放つ通路を歩く。

 その姿は海の底に沈められた鯱か、浜に打ち上げられた鯨か。

 壁に手をつきながら、よろめきながら、歩く。

 織斑マドカを余裕で下した筈の俺は、愚痴を零す余裕もなかった。

 

 ゼロコンマ一秒の世界。

 いつか箒ちゃんが言っていた、達人の域。織斑千冬の世界。

 踏み入れてしまったその代償は想定外のダメージとして俺を苦しめる。 

 心臓は破れそうなほど痛み、心音は未だ収まることはない。

 

 それは残酷な答えだ。考えたくない。

 有頂天のテンションと、最高潮のコンセントレーション、最上級のストレス。

 考え得る限り最低の状態が、俺の世界を早くした。

 

 それは残酷な答えだ。考えたこともない。

 何故小さい動物は早く、大きい動物は遅いのか。 

 難しい話ではない。心拍が早く血液の循環が早いから、小さい動物は早いのだ。

 

 早鐘どころの騒ぎではないまるでビートマニアの連弾張りの心臓のリズムは痛みと不安を俺にプレゼントするのだ。

 血を吐いたり鼻血出したら恥も外聞もなく救急車呼ぼうマジでマジで。

 

 身動きの取れない不自由さが体を苛む。

 それでも足だけは進む。重くとも、辛くとも、道はいつだって前にしかない。 

 どんだけコンディションが悪くても、足さえ動けば前には進める。

 

 俺は俺の姉にそう教えられた。 

 その教えはずっと俺の根っこに残っておりこんな状態であっても従うべき指針だ。

 トータルの心拍回数は動物のサイズでそう大差はない。

 むしろこんな状態だからこそ、そういった間違いでないと信じされるものに縋るのであろう。

 つまり人間でも人間より大きな動物でも小さい生物であっても心臓の動く回数に違いはないのだ。

 

 そうつまり、床は冷たい。

 

 床は、冷たかった。

 

 

 遅れてやってきたのは痛み。

 受け身も取れずに地面へとずっこけたらしく、ベッタリと不思議な質感の床と仲良くしていた。

 意識が混濁していたことを自覚する。

 目が覚めた自信はないが、それでもさっきよりはマシだろう。

 

「あぁ、つめてえ。ひやっこい。ずっとこうしていてぇ」

 

 火照っていた頬が熱を奪われている。

 ばっちぃかと心配になったが、ルンバでもあるのか床には埃ひとつ見当たらない。 

 

 まるで、篠ノ之道場で叩き伏せられてた時みたいだ。

 ぶっ倒れてから自覚する自分の限界。

 顔を起こすと、超えられない壁と、未だ折れていない幼馴染。

 自然と頬が緩む。

 幼いながらに挑み続けたその姿は、誰よりも鮮烈に俺の記憶に焼き付いている。

 

 産まれたての小鹿ばりに膝をプルプルさせながら立ち上がり、やっぱり辛いと壁に手をついた。

 頭を振って意識のもやを振り払う。

 

 状況はとても悪い。

 俺の踏み入れた世界は頑丈で有名なイッピーボディを持ってさえもこんなフラフラになってしまう諸刃ソードでした。

 心臓と血管、意識が朦朧とするから脳もちょっと心配ですなにそれめっちゃ怖い。

 ISは無く、心の支え的な箒ちゃんもいないし、その上たぶん時間もない。

 

 ゼロコンマ一秒の世界。

 小さな動物の動的反応が鋭いのは、文字通り生きてる時間が異なるのだ。

 鼓動が早く、血の巡りが早く、一秒の体感時間が長い。

 細かい理屈は違うかも知れないが、確信だけはある。

 織斑千冬は、その世界で生きている。

 

 あの人は、家事が苦手だ。

 家事ってのは並行して物事を進める能力が求められる。

 あの人は、一つの物事に集中し過ぎてしまう。 

 先天性集中力過剰。何かに没頭すると、それだけに集中してしまう一種の病気だ。

 

 生来の心臓の頑強さと、先天性の特出した疾患。

 自動的に発動してしまう、体感時間の延長。

 それが、あの人を最強足らしめる正体だ。

 

 類としては、走馬灯とかその辺と同じだろう。

 生死にかかわる緊張状態ストレス集中力もろもろを起因とする、スローモーションの世界。

 

 いやはやまいったね全く。 

 あの加速状態が終わった後ですら心臓のケイデンスが30は増えてた。

 んで、心臓がどんだけ頑強であろうと生涯の総運動回数は決まっている。

 つまりそれは、使えば使うほど寿命が減るんじゃねえか馬鹿野郎。

 

 笑えるほどに問題だらけだ。

 敵しかいねえし、目下の中ボスはさっき倒したけど。

 姉も女もISもなくし失意のまま死ね! 的な事を言われた気がする。

 正直頭痛がひどくてあんまり覚えてないけれど、うんまあ確かにキツい。

 精神的な支柱も無ければバックアップも望めない孤立無援な一夏くんは、もう足を止めても許されるんだと思うんだよ個人的には。

 

 ゆっくりとだが、足が進む。

 ノロノロとノロノロと、普段とはうって変わった鈍重さで足は進む。

 遅くて、とても遅くて。それでも、着実に。

 

 そう思うんだよ。

 だけど、俺の足は止まらない。

 着実に一歩一歩進んでる。

 

「負け犬か。んなもん、産まれた時から負け犬だったっつーの」

 

 敗北しかない人生だ。

 俺の人生は、敗北しかない歴史であり、それ故に劣等感で塗り固められている。

「一夏くんは、きっと他所の子なのよ」

 うるせえ。

「あの織斑千冬の弟が、こんな」

 黙れ。

「お姉さんはあんなに」

 喋んな。

 

 気が付いたら、また転んでいた。

 今度は受け身くらいは取れた様で、体はどこも痛くはない。

 手をつき、膝を立て、身体を起こす。

 なんて言われてたか、どう思われいたか。

 知らないわけがない、聞こえないわけがない。

 俺を否定する言葉の数々、俺を侮辱する累々の視線。

 侮辱、憐れみ、失望。

 そして何より、俺自身の諦め。

 

「うるせえんだよ、クソッタレ」

 

 俺が誰かさんに劣ってるなんて、誰より俺が理解しているんだ。

 云われるまでもねえことをわざわざ口にしてんじゃねえよ。

 大体、あんなんと比べたら誰だって劣るだろうが。

 

 足は、前に進む。

 

 負け犬だからと、足を止める理由にはならない。

 負けるからと、戦わない道理はない。

 

 負けると分かっていても戦い、負けても立ち上がっていた少女。

 誰より、俺の姉より輝いてみえた少女。

 連れ出された影の外の景色は、そんな悪感情を吹き飛ばす楽しさだった。

 

 俯いたって、下向いたっていいさ。

 だけど、俯いて下向いたままじゃ何も変わらない。

 自分が嫌いで、自分を否定して、自分から逃げて、俺は何も云えないガキだった。

 名前を呼んでくれた人がいた。

 手を引っ張ってくれた人がいた。

 俺が変わるきっかけをくれた人達がいた。

 だから、俺は変われた。

 

 きっかけはきっかけでしかない。

 俺が変われたのは俺の努力でしかない。

 しかし、その努力に繋がる気付きがなければ、俺は一生あのままだったかも知れない。

 

 足は止まらない。

 止まってもいいと思っているのは飾らない本心だ。

 けど、それ以上に止まりたくないと思っている俺が居るんだ。

 

 俺は変われた。だけど、あの人はどうだ?

 ずっと俺というお荷物を抱えて、誰かの理想のヒーローであり続けている。

 そんなもん必要ないって、誰かが気付かせないといけない。

 でないと、あの人はいつまでもあのままだ。

 きっとこれは俺の独善で、ただの自分勝手。

 それでも、俺は。

 

 あの人に普通の幸せを、自分の人生を大事にして欲しいと思っている。

 なあ、アンタもそう思うだろ?

 

 

 

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 息を吸ったら、後は前だけ見て走る。

 とある女性の祖父が言った言葉だ。

 そうすりゃどっかには辿り着けるらしい。

 そのどっかが、俺にとってはこの部屋だった。

 

「知りたい事には全て答えよう。ちーちゃんの状態は脳の一部機能を抑制していていうなれば理性による押さえが効かないまさに欲望を抑えられないハイパーモードでこれはISコアをほぼ丸一個使ってるけどちーちゃんの抵抗力が伺えるねまっさきにオーストラリアにカンガルー見に行ったのには引いたけどああ生命維持については心配いらないよ世界を10回滅ぼしてもお釣りがくるよ。箒ちゃんは純粋に燃料パックさ流石にちーちゃんといえど動かないISを装備したまま戦えないからねちなみに箒ちゃんは意志を奪ってないよたまに抵抗なのか紅椿の動きが止まるのがびっくりだけどなので燃料切れを狙っても無駄だから。今はあまりの強さに各国が情報規制してるけど最終的にはちーちゃんブイエス世界が始まるから見物だねぇあー誰かが止めないとちーちゃんが世界の敵になっちゃうなー大変だな困ったなー理性による抑制が効かないだけで私のコントロールからはもう離れちゃってるから私には止められないんだよねーでもちーちゃんに勝てる人なんて、いない」

 

 突き当たったドアはノックもなしに開いて俺を招き入れ、無言で入室する。

 扉の向こうは殺風景な部屋で、どまんなかに球状型全方位モニタと投影型キーボードをカタカタしている女性の背中があった。

 

「それで、キミは誰だい?」

 

「誰だって? アンタが俺を呼んだンだろーが。俺だよオレオレ。純度100%『いっぴー』ですよ」

「ふうん、全然違うね、キミ。お姉さん興味湧いてきちゃった」

「そういうお姉さんは誰なんだ。俺もお姉さんに興味身心だよ? 主に服の下とかに」

 

 カタカタとキーボードを打っていた手を止め、クルリと椅子を回し俺を覗き込む。

 この人が何を考えているかは、いつにもまして分からない。

 この人、篠ノ之束の考えていることはいつだって分からない。

 

「それで、知りたい事はあるかい? この天才がなんでも教えてあげよう」

 

「いっぱいあるんで、おいおいじっくり教えてください。それよりも」

 

 椅子から立ち上がりずいっと俺に近付くこの人は、俺の心を見透かそうと覗き込んでくる。

 美人にそんな真剣な眼で見つめられるとちょっと照れちゃう。

 

「それよりも? わたしを犯す? それとも殺す? 欲張って両方?

 いいよ、キミにはその権利がある。そうするに足る『怒り』がある」

 

 美人ではあるしお世話になっているお姉さんなので寝所へお供するのも正直やぶさかではないのですが、姉の親友とってのは展開が読めないってかその後の俺の生死が読めないのでちょっと……。

 

「怒っちゃいねーよ。どっちかってーと叱らなきゃいけなかったんだけど、その必要もないみたいだし」

「? 何を言ってるの、キミ?」

 

 心底分からない、といった響きを隠そうともしない。

 あーもう。

 

「だから、叱るの。俺が、あんたを」

「なんで?」

 

 頭が良くても一緒だよな。

 自分のことってのは案外、分かんないもんなんだよ。

 

「悪い事をしたから。人に迷惑をかけたから。俺はあんたが繰り返さないようにあんたを叱るべきだと思ったんだよ。

 けど、あんたの顔を見るにその必要性は全くないって気付いた」

 

 目を閉じて、この人を視る。

 かわいらしい大きな兎が、服の切れ端が集まった所からふたつだけ咥えて自分の寝床へ持ち込んでる。

 これは、イメージというよりたぶん俺の願望だろうな。

 言う前から恥ずかしくて、頭をかいた。

 よーしイッピーちょっと恥ずかしいことを言うぞー。

 

「あんた、笑ってねえんだよ。たぶん、ちっとも楽しくねえんだよ。面白くはあったかも知れないけどさ。

 こんだけ好き勝手やらかしたのに、あんたは微塵も満たされてない。

 あんたが愉しんでいるんだったら、俺は二度と繰り返さないように説教しようと考えてたんだ。

 けどこんなこと、恐らく二度としないだろうから、叱る必要なんてねえや」

 

「私、楽しかったよ?」

 

 ずっと悩んでいた親友を解き放って、自分と同じ存在に堕として。

 退屈していた日常をぶっ壊して、世界に対して指さして笑ってやって。

 そりゃあ、うん、まあ。楽しそうだわ。

 

「ああそうかい。まあ人には破滅願望とか破壊願望が少なからずあるからその回答もありだろうさ。

 なあ、知りたいことがあるから答えてくれ。『また』やりたいか?」

 

「―――ううん、ちっとも」

 

「だろうさ。それが答えだ」

 

 俺を覗き込んだままの女性は、どんな思考回路をしているのだろう。

 天災だのなんだの言われてるけど、たしかに俺なんか比較するのもおこがましい頭の良い人だけど。

 分かんないことぐらいあんのさ。

 

「なんでだろう。たとえ、もう一回出来たとしても、かけらの魅力も感じないや」

「そういうもんなのさ。そういうものだった、でいいんだよ。人はやらなきゃ学ばないんだから」

 

 今はきっと答えは出ないし、後になってもこうだったんだろうってこじ付けの答えでしかない。

 それでも、そういった経験を何度も繰り返して大人になるんだって、俺は姉に教わったよ。 

 

「キミは、『誰』なの?」

 

 瞳の色が変わり、俺は女性と改めて顔をつき合わせた。

 俺が誰か、ってのはどうでもいいことで。

 あんたに取っての俺が誰だってことは大切だけど。

 それは、俺が決めることじゃない。

 ただ、

 

「今この瞬間に名乗るのであれば、『織斑いっぴー』だ。あんたの大事な妹がつけてくれた、俺だけの名前だ。

 『織斑千冬の弟(オレ)』の事を知らない女の子が、俺にくれた、俺の宝物だよ」

 

 名前にずっと、コレじゃない感を感じてきた。

 呼ばれるオリムライチカという名前が、自分を指しているとは思えなかった。

 俺はずっと、偶像(ヒーロー)の影に怯えていた。

 ずっと、タグを付けられていた。

 俺を通して姉を視るその名前を、ただただ嫌悪していた。

 俺はずっと、姉の威光に晒されてきた。

 

 だけど俺は救われたんだ。

 そう、たとえ後で自分がモッピーって馬鹿にされたから同じ様な名前を俺につけて弄ってやろうなんて魂胆をのちに見破ってしまったとしても。

 謎の救世主です。

 空はまだ飛べないけど、人一人を笑顔にするぐらいなら出来るよ存外に、ってな。

 

「そんじゃ、俺も答えあわせしとこうかな。ほら、たばねえ」

 

 目の前の女性。

 俺の姉的存在である美人で天才で自由奔放な脳味噌アリスマティックなタバ姉に向かって両手を広げる。

 

「え?」

「ハイ」

 

 束姉の手は自然と俺に伸び、それに驚いている。

 

「え? え?」

 

 体は自然と俺に引き寄せられ、俺に組みした。

 頭だけが、理解だけが、彼女に追いついてはいなかった。

 

「聞こえたから、たばねえの声。『寂しい』って、『構え』って。ごめんね、ほったらかしにしちゃって」

 

 俺も、姉も、箒も。

 自分の生活が忙しくて。

 目まぐるしい日常にいっぱいいっぱいで。

 この兎さんに淋しい思いをさせてしまったのだ。

 

「なんだ。結局、『織斑いっぴー』は『いっくん』なんだね?」

 

「ええ、そうですよ。なに俺の顔忘れたの? タバ姉ひっでぇなぁおい」

 

 俺の背中に回された両腕は静かに締り。

 ぎゅーっと、女性にしては強い力で抱きしめてくる。

 

「……ヒーローが来ると思ってたから。私の知ってる誰かが、私の知らない顔をして」

 

「夢見てんなよ。ヒーローなんて居ないし、要らないよ」

 

「だって、この退屈をぶち破るヒーローが欲しかっひゃんひゃもん」

 

 途中でほっぺをツマみ引っ張った。

 やだ、面白い顔してる……!

 

「寂しいのは分かったよ。だからって、やって良い事と悪い事がある。

 色んな人が傷付いてる。色んな人に迷惑かけてる。俺の親友も、いま病院にいるよ」

 

「それはまーちゃんの組織が原因で、私が直接的にいひゃいいひゃい!」

 

 おもっくそ捻った。

 叱るんじゃない。俺は俺の都合で怒る。怒っている

 

「ファントムタスクとかだっせぇ名前の組織とかどうでもいいの。たば姉が一枚も二枚も噛んだせいで、とんでもない規模の被害が出てんの」

 

 頬を離す。

 

「俺の大事な人が、大怪我を負ったよ」

 

「…………ごめん」

 

 珍しくしおらしく項垂れる兎さんは新鮮だ。あたまに着いたウサ耳まで折れている。

 

「でもでもー束さんがリムーバー拡散したおかげでゴーレムに便乗して侵入してた亡国機業のメンバーも殆ど行動不能に追い込んだしむしろ被害少なくなったんじゃないと思って待って! 抓らないでいっくん!」

 

 俺の無言の折檻をイヤイヤと手を突き出し避けて距離を取られる。

 うん、まあこんな所だろう。

 それじゃ、用事を済ませよう。

 

「たばねえ。コイツの身体、返して」

 

「世界に467個しかない貴重品をどっから出してんのさいっくん!」

 

「聞かないでよ、タバ姉のエッチ!」

 

「むしろ君たち織斑兄弟はもうちょっと人の話を聞きなよ!」

 

 ちょっと離れたテーブルにゴトリと重たげな音を立てて置かれたISコア。

 もちろん、俺の相棒である。

 

「装甲どころかフレームまでバラバラにされてるんだよ? これの修理は流石に束さんでも二日はかかるよ」

 

「半日でやって?」

 

「だからさあ! 少しは人の話しを聞こうよいっくん! そんなとこばっかちーちゃんに似てどうすんだよ!」

 

「俺の束お姉ちゃんが三日もかかるなんてそんな無能な訳がない」

 

「それでお願いしてるつもりなのかキミは! 立場考えなよちょっとは!」

 

 と、云われてましても。

 この織斑一夏、頭と付くものは上腕二頭筋から亀頭の先まで下げたことはねえ!

 

「よろしくお願いしまああああああああああっす!」

 

 ゲザだった。

 見事なまでに土下座だった。

 姉の親友である近所の美人で聡明なお姉さんに土下座して無理をお願いする男子高校生がいた。

 むしろ俺だった。

 

「そんな鼻血出しながら世界救うボタンを押すみたいなテンションで頼まれても困るよ! もっと普通に頼めないのかよ!」

 

 我がままだなあもう……。

 

「そんなあたかもコッチが変なこと言ってるみたいな雰囲気作るなよ! なんで一歩引いてるのさ! ああもうっ!」

 

 肩を怒らせて息をするタバ姉、どこか冷めた感じのする俺。

 うん、まあそんな所だろう。

 

「修理じゃないよ。俺は返してって言ったんだ」

 

「……いつから気付いてたの?」

 

「気付いたってか、本人から直接聞いたんだ」

 

 テーブルの上に置いた球体をなぜる。

 あんな化け物相手に、余計な荷物背負わされたままじゃ堪らないってな。

 

「確かにあるよ。だからって、勝てる見込みがないのはいっくんが一番良く分かってるんじゃない?」

 

 くだらねえ質問だ。

 つまらねえ質問だ。

 俺が望んでいる。あの人が望んでいる。たぶんおそらく、世界もそれを望んでいる。

 だって。

 

 

「『世界最強』の女と『世界最新』の機体のタッグに、『世界最古』の機体で『世界最強の弟』が挑むんだ。

 そんなん、勝負にならなきゃ嘘だろうが!」

 

 

 くすりと、タバ姉は笑う。

 純粋に、ただ無鉄砲な馬鹿を笑ってくれる。

 

「本当に、どこまでもいっくんはいっくんだね? あと何気なくキメポーズ取ったフリしてオッパイ掴んでるんだけど?」

 

「ですとも。俺以外の俺なんて、いないんですから。つーか元々タバ姉が描いた絵でしょコレ?

 こんなチンケなストーリーに参加させるんだ。前払いの駄賃としては安いもんでしょ」

 

 いや、その、本当に狙ってなかったんだけどジャストで掴んじゃったんだよマジで。

 本当は胸倉掴んで引き寄せてキスするつもりだったんだよ。

『勝利の女神様は微笑んでくれなくても、タバ姉がいれば』的なヨイショして頑張ってもらおうと思ったんだよ。

 

「うん、そんないっくんなら、いいかな? 全部が終わったら、お詫びに私を好きにしてもいいよ。

 ちーちゃんとのコドモは作れないけど、『世界最強(いっくん)』との子供なら、わたし、欲しいな?」

 

 胸を掴んでいる俺の手を、さらに胸に押し付けるように両手で包み込む。

 このお姉ちゃん逆セクハラ仕掛けてくる位には強いから困るぜ。

 

「勝ってね、いっくん」

 

「応ともさ。―――ちょっくらチッピーぼこってくるわ」

 

 

 


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