IS Inside/Saddo   作:真下屋

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ドラマツルギー / Eve


OutLine:ドラマツルギー

 

 

「お姉さん今日ヒマ? ヒマじゃない? ヒマにならない?」

 

 めちゃくちゃ美人のバーテンさんに声をかけるが、軽くかわされなぜかもう一杯おかわりしていた。

 何を言ってるか分からないと思うが、俺にだって分からなかった。

 フランスを超えてイタリアで適当に逃げ込んだバーで出会ったこの女性が美人だったのが悪い。俺は悪くない。

 

 呑んだくれたていた、一人で。

 ぐでんぐでんになっていた、異国の地で。

 

 ワインはあんまり得意ではないのですが、なんともまあ珍しく楽しく酔っ払っていた。

 というか、ハメを外していた。

 IS学園を卒業した俺は、就職もせず進学もせず海外を回っていた。貯金はわりとあったので、趣味でバイトっぽいことをすることはあれどしたくない労働は一切する必要はなかった。

 フランスに一ヶ月ほど滞在しそれから訪れたイタリアはこれまた刺激的で、勢い余って同行者をちぎってはこんなひっそりと地下にあるショットバーに走り着いてしまった。

 

 俺はしているのか、何を言っているのか。

 かなり前後が不覚っぽいことだけはたしかだった。

 

 冷製と情熱の間で有名なイタリアのフィレンツェは、なんとも美しい街並みで。夕焼けの世界観があんまりにも違ったから、俺は駆け出してしまった。

 走って走ってただ走って、全部置き去りにして走って、その辺を歩いていたおばちゃんにオススメのパニーノが売ってる店を薦められて、食べ歩いてまた走って。今どこに居るのかすら分からない場所に着いたのだった。

 

 本当、何やってんだろうな俺。

 でも仕方ねえじゃん。あんまりにもキレイだったから独りになりたかったんだ。

 なあ、アンタだってそう思うだろ?

 

「おねーさん、おかわり」

 

「ハイハイ」

 

「チップはその素敵なうなじに挟んでも」

 

「面白い子ね」

 

 オイタは駄目よとばかりに指先のチップだけが抜き取られていった。

 かわし方も様になってるねぇ。

 美人は何をやっても絵になる、うん。 

 

 絵になるといえば、さっきまで夕焼けに照らされたレンガ並木は、筆舌に尽くし難いほどの美しさだった。

 心を奪われるというのは、ああいう情景に向けて言うのだろう。

 嗚呼、心に焼き付いてしまった輝きよ。

 輝かしいままに、ずっとありますように。

 

 店内はお店の雰囲気に似つかわしくなく騒がしいけど、悪くない感じだ。

 俺は一人でロンリーだが、楽しそうな雰囲気だけで悪くはないと思ってしまう。バーテンさんも美人だし。

 

 この人達にとっての日常はここにあって、今日という日は日々の暮らしのワンシーンでしかなくて。

 俺という異分子が混ざってもそれは変わらなくて、俺の非日常と交わってそうあってくれて。

 なんでだろうな。それがとても、嬉しく感じた。

 

 ワインを開けると、別のお酒が出てきた。

 ロックで出されたリキュールを舐めながら、そんなことを取り留めもなく考えた。

 氷が溶けて、グラスの音を鳴らす。

 雰囲気に飲まれて飲んでしまうと、すぐ酔っ払ってしまうからと少しペースを落として。

 今日という日の非日常と、これまで俺が過ごした非日常じみた日常。

 思い返すのは通り過ぎた日々、共に過ごした女性達。

 皆が真面目に進路を選び、その道へ進む中、俺だけはそこから外れた。

 輝かしい未来へ続くであろう道、先人が努め築き作ってくれたレールから、俺だけはドロップアウトした。

 

「就職もせず進学もせず、大義名分のない放浪生活。そりゃ姉も怒るわ」

 

 本当に怒った。本気で怒られた。

 なんだかんだ姉さんは俺に甘いし、俺の意思を尊重してくれる。

 だけでこれに関しては一歩も譲らず、はじめは感情的に、次いで常識的に、さいごには切切と俺に説いてきた。

 俺の将来を考えた際に、この空白の期間が足を引っ張る可能性を延々と説明された。

 

 それでも譲らなかったし、殴られもしたし、殴り返しもしたし、殴り返したのを握り潰されてまた殴られたし、あれつまり俺だけしか殴られないのでは?

 手加減されたけどそこそこ痛かった。いやむしろ手加減されてなかったら首から上が存在しなくなってたかもしれない。あれ実は俺の姉はゴリラなのでは?

 

「つっても、ずっと望まれた形でイイ子ちゃんしてたんだ。長めの義務教育だったけど、もういいだろ」

 

 氷を強めに弾くとクルクルとグラスの中で回転し、すぐに止まった。国だろうが家族だろうが、義理は十分に果たしただろう。他所から見ればそうは思えないかも知れないが、俺は青春の3年間に自由を奪われ、抑圧された生活を送ってきた。

 通う高校を強制された。生活を監視された。行動を制限された。―――付き合う女性にすら、口を出された。

 

「さあ性交渉しましょう。つきましては性病、伝染病のキャリアではないか病院に行って検査願います。ご心配は無用です無料で確実な検査をしてくれる病院がありますので。ちなみに俺と一度するといっときの間色んな国の諜報機関が付きまといますけど特に害はありません妊娠さえしていなければ」

 

 学園外の女性と俺が関係しようとするのであれば、これが前口上になるのだろうか。

 こんな事をそれほど付き合いもない女性に告げて、口説ける自信は欠片もない。

 

「希少価値、絶滅寸前の動物みたいなもんだもんな。理屈は分かるけど、納得なんて一切できねーだろ」

 

 少し薄くなったリキュールを流し込み、傾けていたグラスは机に叩きつけた。

 きっと俺が望むのであれば、政府が喜んで特上の女性を送ってくれるだろう。俺の遺伝子にはその価値がある。

 火星でゴキブリ退治する漫画に登場するセカンドくんみたいなもんだもんな。

 男性にとっての希望であり、可能性であり、科学者からすりゃ涎が出るような研究対象だ。

 

「この中にハニートラップが居るとか、今時流行んねーんだよ」

 

 男子高校生としては垂涎が出そうな展開だが、それは自身にリスクを伴わない場合だけだろう。

 そういうの好きだけど、メチャクチャ好きだけど、俺以外の誰かがやってくれ。

 

 そして、なにより。

 それが、なにより。

 許せないのは。

 

「どれだけご立派な建前を並べられても、進路(ミライ)さえってのは、流石に頷けない。頷いちゃいけない」

 

 卒業前から、俺の将来は幾つも並べられた。

 男性唯一のISランナーとして、企業のテストパイロット、武器武装開発のテスターから代表候補性まで 種々に。

 サンプルケースとして、研究対象として、実験動物として区々に。

 おおよそISに関連する職種なら、そこそこの立場で定職にありつけただろう。

 

 だが、そこには俺を求めているものも、それには俺が成りたいものも、何一つなかった。

 何一つとして、俺個人である必要はなかった。

 そんなもんに、俺の未来は託せないだろ。

 

「だから、飛び出したのか。それで、逃げ出したのか」

 

 何度も繰り返した自問自答は、今日も今日とて答えは出ず。

 どれだけ違うと息巻いても、ふとした瞬間に鎌首をもたげ俺を問い質す。

 俺の未来はそれでいいのか。これからどうするのか。こうしている内に、仕事に勤しみ己を高める中、勉学に励み自分を磨く中、俺は何をしているのか。

 俺の過去はこれでいいのか。積み重ねた日々は、輝かしい俺の学生時代は、そこから連続しない今の俺を認めてくれるのか。

 

「―――ごちゃごちゃ五月蝿えんだよ、クソったれ」

 

 そうして俺はいつの間にか注いでもらったお代わりを、苛立ちのまま流し込む。

 答えは出ない。きっとずっと出ない。

 それでも、俺は。

 自分が納得していない道にだけは、進みたくなかった。

 

 

 

 

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「こんな所に居た!」

 

 怒り肩でバーのドアを開けた彼女は、真っ直ぐに俺を見つける。

 息を切らせて入店したのはフランス代表候補生、デュノア社所属にしてこの放蕩イッピーの護衛役であるシャルロット・デュノア嬢、その人だった。

 肩で風を切り店の一番奥にいる俺を睨みつけながら接近するその目には、分かりやすく怒ってますと書いてある。

 

「……見つかっちまった」

「見つかったじゃないよ! どれだけ探し回ったと思ってるの! あーもう取り敢えずラウラに連絡しなきゃ、キャッ」

 

 良い声がした。俺が出させたのであれば、だが。

 

「イイ女じゃねえか。ジャップには勿体ねえ」

 

 ユーモアセンスのないウェイド・ウィルソンみたいなゴリゴリのバッドボーイが、シャルロットの腰を力任せに抱き寄せている。抱き寄せているどころか、抱きかかえている。

 シャルロットが暴れるも、抵抗虚しくびくともしない。

 浮いてる体では力も入らないだろうし、よしんだ足が着いててもあの筋肉の前にはどれだけ意味があるのやら。

 もう片方の手が尻を掴み、シャルロットが本気で抵抗しようとしたそのタイミングで。

 

「そいつは俺んだよ、不細工」

 

 大して大きくない声は、それでも場をしんとするには充分な敵意だった。

 青筋を浮かべてシャルロットを離し、きっとこれから俺を殴りつけようとするタイミングで。

 

「遊んでやるよ、筋肉ゴリラ。オラ猿に負けるのが怖くなきゃ、握れや」 

 

 テーブルに左手をつき、セットしたのは自慢の右腕。

 誰だって知ってる、誰だってやったことがある、ただただシンプルな力比べ。

 アームレスリング。

 かたや日本人の平均から大きく外れない俺と、まるで絵に書いたようなイタリアンマッチョ。

 勝負になる筈がねえが、だからこそ逃げねえだろ。逃げれねえだろ。

 

「相手になると思ってんのか? 目が腐ってんのか?」

 

「そういうアンタはブルってんのか?」

 

「Fanculo!!」

 

 がっぷりと組んだ細くないマッチョの筋肉はすでに力が込められており、実はちょっと痛かったり。

 視線でシャルロットちゃんに合図を送る。さっさと始めるぜよ。

 

「Ready、GO!」

 

 俺は東京生まれでもなければヒップホップ育ちでもないので、悪そうなやつは大体友達ではない。

 なので、瞬間だった。

 轟音、然るにゼロコンマ2秒の決着。

 テーブルを割らんかの勢いで叩きつけられた掌は骨を軋ませ、その顔を痛みに歪ませていた

 織斑の筋肉は白筋で構成されている。ゼロから100への加速度勝負であれば、相手の加速途中にこっちはとっくにトップスピードだ。

 絶対的に筋力量が劣っていたとしても瞬発力に物を言わせたのであれば、俺に勝てる奴なんて両手の指と足の指足してプラス50したぐらいしかいねーよ!

 

「ズルだ! まだ始まっていなかった! じゃなきゃオレが負けるハズがない!」

 

 思いっきり力任せに叩きつけられた手が痛むのだろう、しかめっ面で周囲に吠える。

 必死だねぇ。

 いきり立って怒髪天で、ブチ切れてるんだよねぇ。

 俺の手でテーブルにコップが叩きつけられ、破片が散らばる。

 一つ、二つ、お隣から拝借して三つ。

 

「がなり立ててんじゃねえよ醜男」

 

 テーブル上には大量のガラス片。

 そこに立てられた俺の腕の意味。

 ステージの準備は整いました、っと。

 

「文句があんならもっぺん遊んでやるから、かかって来いやクソ野郎」

 

 負け犬の結末は、病院直行の血まみれだ。

 俺ももうとっくに、キレてんだよ。

 

 

「……………はい、そこまで」

 

 

 本当にブルッてしまったのか、何もリアクションをしないマッスルを差し置いて仕切る声。

 硬直した場を破ったのは、シャルロットだ。

 いつの間にやら入ってきた2人の黒服が、シャルロットに目配せしてバッドマッチョを有無を言わさず店外へ引きずり出す。

 こっわ。こんな時間も張り付いてたのセキュリティー。ご苦労さまです。

 国家代表候補生サマはやっぱ違うねえ。

  

「いや、あれは一夏のボディーガードだからね? あの人達、一夏が逃げ出した後かわいそうなぐらい怒られてたからね?」

 

「それもあの人達のお仕事なんだろ。頭下げるのも仕事だって、姉さんが言ってたわ」

 

「下げさせた本人が言って良いことではないと思うなぁ!」

 

 いつも大人というか、緩衝材的な立場を率先してくれる彼女も、俺と二人の時には素直に怒るし、怒っている姿も可愛いから困る。

 まあ、その、なんだ。

 俺は悪くねえんだ。きっと、たぶん。

 

「大人は大変だねぇ」

 

「だから一夏が言っちゃダメだよ! これ以上は怒るよ!」

 

 多目にお金をおいて会計し、店を出る。

 お店の前でいろいろしていた黒服さん達の横をこっそりすり抜け、忍び足で遠ざかっていく。

 今にも怒鳴りそうなシャルロットには、唇の前の人差し指とウインクを。

 いつも彼女には甘えている、いつも彼女には頼っている。

 おそらく俺が、柄にもなく凹んで沈んで落ちちゃってるのに気付いてるから、なんだかんだ従って付き添ってくれている。

 組んだ腕は逃してくれそうにはないが、伝わる温もりには俺を心配する気遣いが感じられた。

 

 

「珍しく二人きりだし、大人な夜でも過ごす?」

 

「……検討する」

 

 

 子供みたいに感情任せに片田舎を駆け回った俺を見つけてくれたシャルロットちゃんは、叱って怒鳴ってむくれて黙った。

 こんなイタリアの辺境で、こんな場末のショットバーで、俺達は今日を生きている。

 昨日と違う日常でも、日常と違う非日常でも、明日の予定すら決まってない海外旅行中でも。

 未だにあの答えは出ていないけど。俺の後ろも俺の先も、五里霧中で何も是とは言えないけれど。

 過去も未来もこの手にはないけど。今日だけは。今だけは。俺達の物だ。俺だけの物だ。

 それでいいし、それがいい。

 

 なあ、アンタもそう思うだろ?

 




リハビリ。

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