IS Inside/Saddo   作:真下屋

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ONION! / ONE OK ROCK


Inside/Saddo

 

 体温維持機能、起動。

 慣性制御機構、起動。

 火器管制機構、起動。

 補助動力機構、起動。

 観測機能、起動。

 皮膜保護、起動。

 絶対防御、起動。

 生体同期、起動。

 

 統合。

 

 全機構、起動完了。

 

 

 防寒着をゆっくり脱ぎ捨てる。

 その時こっそり胸元でプスッと注射器を刺し、いたずら兎印の薬品を流し込んでおいた。

 

 さあて、言いたい事は言ったし、そろそろ始めましょうか。

 

「ケリ付けようぜ。クソ詰まんねえアンタの物語に」

 とっとと始めようぜ。英雄譚(アンタ)の終わりを。

 織斑千冬(アンタ)の始まりを。

 

「いい加減始めようぜ。クソ面白いアンタの人生を」

 主役(オレ)の物語に始まりを。

 さっさと終わらせようぜ。舞台措置(オレ)の役割を。

 

 

 さあてお立ち会い。御用があっても急ぎであってもしっかり刻みやがれ。

 ここに取り出したるは始まりのアイエス、ただのISとは訳が違う世界を変えたモノホンのISでさぁ。 

 

「本日初御披露目だ。来い、―――白騎士!」

 

[ ……………………………………………… ]

 

 いや、反応しろよ。寒いじゃねえかここはドカンと来るとこだろ。

 

 不満気な雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 そうじゃない、か。

 分かりました。分かりましたよお嬢さま。俺が悪かったです。

 

 ちゃんと呼ぼう。

 俺の腕にあるブレスレットを見つめる。

 気に入らないと意を表明しているのだ。

 だから、ちゃんと呼ぼう。

 俺の傍に立ち、俺と駆けてくれる君を。

 

 君の名は(ユア・ネーム・イズ)

 

 

「最古にして最優。最終にして最秀。始祖にして完結。

 織斑一夏の唯一無二にして最高の相棒。

 俺のIS、俺のツルギ、来い―――白式・唯貴ィ!」

 

 瞬間、世界が反転する。

 顕現する白式は六枚羽と化したスラスターを大きく広げ、その全貌を露わにする。

 流線型だった装甲は攻撃的な意思を隠そうともせず尖鋭にして鮮烈。

 染まらぬ純白。揺るがぬ白銀。

 白を冠する者。

 はじまりのイチ。

 究極のIS。

 

【白騎士】。

 改め、白式・唯貴。

 

 修理とおざなりになっていた調整をメルヘン兎にお願いした結果、たまたま第3次移行(サードシフト)が発現し仕事がやり直しとなったため、誰かさんが発狂しかけたのはここだけの話。

 フィッティング、スラスターの増設、多機能武器腕の機能拡張。拡張領域の開放。

 そう、拡張領域が開放されたのだ。

 よくよく考えてみれば、どんな特殊機構にしろそれを積んだだけで武装がブレード一本っておかしいだろうが。

 何が発現するか分からない単一機能を有効にするために容量潰したって? 色々なデータをいっぱい取らなきゃいけない世界初の男性操縦者に対して? 冗談だろ。

 コアの格納領域の大半を費やして白騎士のフレームと装甲を格納し、劣化フレームである白式に無理矢理載せていたのだ。

 セカンドシフトで武装が増えたってのは、本来あるべき物が使えるようになっただけなんだよ。

 拡張領域が開放されたのだって形態移行(フォーム・シフト)によってフレームがコアとの親和性を増した結果、その分余裕が産まれただけだ。

 でなければ、セカンドシフトで武装が増える=容量に空きが出来る、なんて理屈が通らねえよ。

 一部をコアに適合した白騎士由来のフレームに変質だけだってなんで誰も突っ込まねえんだよ。

 

 

「さあて、挑むぜ? 世界最強の女と、世界最新のISに。

 世界唯一である『俺』と、世界最古のISで」

 

 織斑千冬。暮桜。

 篠ノ之箒。紅椿。

 

 織斑一夏。白式・唯貴。

 

 やっと同じステージに並び立った。

 どうよ束さん、アンタが望んだオールスターの揃い踏みだ。

 豪華過ぎてご褒美だけじゃ観戦料足りねーんじゃねーのか?

 アレだな。後で色々と無理難題を押し付けてしまおう。

 

 口の端は自然と釣り上がって、きっとケモノ地味た笑みを浮かべている。

 平和主義者? 事なかれ主義? 誰が? 俺が? くだらねえ戯言は投げ捨てろ。

 ずっと。ずっと。ずっとずっとずっと、今日を待っていた。この瞬間を待っていた。

 

 完全無欠のヒーローなんていない。奴らは、泣きもしなけりゃ、笑いもしない。

 

 だけど、ヒーローはいるんだ。

 誰かの篝火になれるような。

 誰かの指針になれるような。

 

 充分に憧れて、存分に焦がれた。

 いい加減出待ちも飽きたろ?

 ヒーローの時間だぜ、イッピー。

 

 

 予兆はなく、唐突に始まった。

 完全停止状態から瞬時にトップスピードへと至り、暮桜は俺に剣戟を見舞う。

 

「オイオイ、もう我慢出来ねぇってか! 欲求不満が過ぎんぞバトルジャンキー!」

 

 切り払い、力任せに押し返し、引き剥がしにかかるが離れない。

 余裕とまではいかないが、俺でも対等に打ち合えるのはISの差だ。

 白騎士のスペックデータは優に、暮桜の二倍を超える。

 単純な機体の戦闘能力だけを比較すれば、負ける要素などない。

 

「く、そ! ちょっ、オイ、待てよ!」

 

 但し、織斑千冬の身体能力は優に俺の三倍を超える。

 明らかに劣っているISで、こうして五分以上の戦闘が行えるのは搭乗者の差だ。

 

 暮桜の雪片に両手持ちした弐型を打ち付け、力任せに暮桜を蹴り飛ばす。

 実際はシールドに阻まれ、俺が吹っ飛んだんですけどね。

 これはあかんわ。ペースを持ってかれる前に立て直す。

 

 純粋なショートレンジの切り結びは、どうやったって勝ち目が無い。

 奴等は刀だ。刀にチャンバラで挑むのが間違っている。

 じゃあどうするかって? こうすんだよ!

 

 上昇し、無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)からの降下接近。

 天地を逆さまに、掬い上げる面を放つ。

 本来有り得ない角度から襲う奇を衒う一撃は難なく返された。

 雪片弐型の柄側を強打され、勢いを殺される。

 

 足を止めての斬り合い。

 上下逆さまだと言うのに、平然と対応してくる。

 然らば、力任せな一撃を。

 

「はいだらぁッ!」 

 

 強気に繰り出した突き。

 突きは捌くのは難しい。

 逸らされぬ様、狙いは正中線。

 

 当たれば腕ごともっていきそうな俺の突きは、弾くでも逸らすでもなく、余裕綽々の紙一重で躱される。

 そう、紙一重なんてのは見切っていて余裕があるから出来る芸当なのだ。

 その余裕が気に入らねえ。

 躱して、剣が俺に迫る。 

 その前に、一手。

 

 お前等は刀だ。刀剣を振らせれば俺に勝ち目は無い。

 でも、刀は所詮、刀でしかない。

 

「遠慮すんなよ処女」

 

 ノータイムで袖口に展開した砲門が、閃光を放つ。

 多機能武器腕である雪羅の荷電粒子砲。

 このタイミング、この距離、例えどれだけ反応が早くとも、避ける事は不可能だ。

 

「そろそろ穴ぐらい開けとけや!」

 

 発現させたソイツで、攻撃態勢に入った暮桜の鼻っ面に見舞ってやった。

 思わずの衝撃に頭部を揺らすが、まだ終わりじゃねえ。

 完全に脚を止めたその隙に、もう一撃―――、

 

 本来、死に体になっている筈の暮桜は止まっておらず、

 鋭さを失った破れかぶれの鈍い雪片は止まっておらず、

 頭へのショックで両手は流れのままに止まることなく白式へと。

 まるで、あたかも無視をして良い攻撃かの様に。

 

 首筋に降って湧いた悪寒は、押し当てられた刃の冷たさをしていた。 

 

 後方への加速用に割り振っていた二枚のスラスターを吹かし、海老のように離脱する。

 スレスレで俺の胴体をカスリもしなかった雪片は、一瞬だけ輝きを放ち通り過ぎていく。

 

 単一仕様能力の瞬間起動。

 それは雪片をシールドバリアに接触させてから零落白夜を発動し、絶対防御を緊急発動させる強ムーヴ。

 なんというか、非常にえぐい。汚いさすが世界最強汚い。

 

 雪羅によるクロスレンジの射撃は避けられなかったが、避けられないのであれば避けられないなりの対応がある。

 他の誰にも出来なくても、彼女にはそれが出来る。

 例え防御が間に合わなくても。攻撃の瞬間を察知し、ダメージを許容し、衝撃を覚悟し、老練な反撃を繰り出す。

 彼女だけは、それが出来る。

 

一秒の世界(リク)』から追われた『ゼロコンマ一秒の世界(ウミノソコ)』。

 彼女だけはずっと。ずっと。ずっと、そこに一人で生きているのだから。

 

 距離が離れた折を見て心臓がバクバクと大声で叫び出し、今更熱烈な存在アピールしてくる。

 あっぶねえなオイ。零落白夜の出力次第では絶対防御すら破られてしまう。下手するとランナーがお亡くなりなので、IS側も戦々恐々だ。

 

 俺が警戒しつつも息を整えていると、静観していた紅椿が暮桜に手を向ける。

 紅椿の全身が金色に光りだし、その光は拡大され暮桜をも包み込んだ。

 単一仕様能力、絢爛舞踏。

 敵に回すと、これ程やっかいな能力もないだろう。

 唯一救いなのは、紅椿に攻撃しない限り戦闘には参加しない点だろう。

 

 あくまで暮桜がエネルギー枯渇なんかで行動を制限されないようにする為の電池とのたば姉の言だが、紅椿を戦わせないのは不慮の事故で誰かを殺しちゃったりしないようにっていう箒ちゃんへの気遣いなんだろうけど方向性間違えてんだよ幼稚園からやり直せや。

 正直、紅椿が普通に敵機として立ち回っていたら勝ち目とか1ミクロンも存在しないので納得できかねるが善しとしましょう。

 

 無理ゲー且つクソゲーでも腐らず行きましょう。前向きなイッピーが好き。

 腐って状況が変わるのであれば、迷わず腐るんだけどな。

 

「ウォームアップは終わったか? そんじゃそろそろ、再開しますか」

 

 肩に担いだ雪片弐型を揺らし、戦意を滾らせているやっこさんを伺う。

 来るか、来るか、来るか? 来る。

 暮桜の初動に合わせ、上空へ飛ぶ。

 単純な速度で言えば、この白式はトップクラスの性能を誇り、暮桜のような型遅れ機は余裕でぶっちぎれる。

 距離を離し、上空で反転。

 重力加速度を利用し軽々と音速を突破、接敵。

 

 上を取るというのは、有利を取るということだ。

 位置エネルギーの優位はそのまま速度へと変換され、運動エネルギーへと変わる。

 上空から質量を上乗せし叩き込む剣戟は、圧倒的な破壊力として対象へ襲いかかる。

 

 速度はこちらに歩が有り、また質量に関してもこちらに旗が上がる。

 単純に考えると白式の方がとても有利な筈なのだが。

 

 地から弧を描いた剣戟が届く。

 回転、捻りを加えたソレは美しい軌跡を残し、白式の力任せな振り下ろしとかち合う。

 衝撃は腕にまでしびれを残し、交差する。

 これがランナーの、搭乗者の、仕手の差。

 たかだが2世代遅れた程度の機体性能差を物ともしない、世界を制したモンドグロッソ総合優勝者である。

 

 互いに円を残し、その軌跡は双輪懸(ふたわがかり)を描く。

 交差、交錯、交差、交錯。最大速度からの切り結びは優劣が付かず、その数を重ねていく。

 途中で射撃を混ぜてもみたがかるーく弾かれた。こっちのエネルギー消費のが多いじゃねえかオイ。

 

 五度目の接触は、すれ違わなかった。

 その勢いのまま衝突し、質量任せに押し込んだ。

 雪片弐型ではなく、大型のナイフの如く形成された雪羅を構え、ショートレンジのその先、クロスレンジまで押し入る。

 この間合いなら、俺の方が速い。

 

 距離は取らせない、逃さない。一合一合振り遅れていく雪片を抑え、切っ先は暮桜へ迫っていく。

 後2手で届くという状況で暮桜が動く。

 引かせまいと詰める俺の予想に反し、前へ。

 二機の距離はゼロとなり、組み合いとなる。

 

「ン、なろう、が!」

 

 頭を振りかぶりヘッドバッドをお見舞いする。

 思わず暮桜はたじろぐが、雪片のグリップエンドを腰の捻りで側頭部にジャストミートされた。

 

 視界がぶれ、意識に瞬断が起きる。

 俺は死に体、向こうも死に体。その上俺は視界が思考ごとホワイトアウトしちまってる。

 動き出しはおそらく、白式よりも暮桜が早い。

 この距離で無防備晒す? 冗談じゃない。

 だから。

 

「唯貴―――」

 

 俺の意識を置き去りに横隔膜あたりを中心にPICにて軸として空間固定、瞬時加速を実行。

 上半身に与えられた運動量に従い前方へ体が回転し、高速に回転する下半身から位置を微調整された踵が飛び出し、暮桜の肩部へぶち当たり。

 サーカス地味た蹴りに推力全部をぶち込んだ結果、暮桜を地表まで叩き落とした。

 

 ホワイトアウトしそうな所を更にブラックアウトしそうなGがかけられても、それでも笑う。笑え。

 見えなくていい、届かなくていい、虚勢でいい。胸を張って笑え。

 

「なあ、見下される気分はどうだよ『世界最強』」

 

[ Dear Brunhild.―――Welcome to the earth ]

 

 ISに搭乗時、機体のコントロールってのは本来100%搭乗者によって行われる。

 ISのパワーで操作をミスると、簡単に骨折脱臼、酷いときには四肢欠損が起こり得るからだ。あくまで搭乗者のアクションをベースにパワーアシストを行うのが一般的である。例えるならF1のレースにブレーキ無しのインディカ―を混ぜる様なものだ。恩恵がない訳ではないが、リスクが重すぎる。

 関節や靭帯の許容速度や可動域の閾値など、条件を設定し限定状況で、との試行錯誤を行う企業やランナーも少なくないが、そこまでするのであればアンチロックユニットに何らかの機能を持たせ制御を任せた方がマシである。だからこそゴーレムなどは無形関節で作成されているのだろうし。

 もし搭乗者の身体的制限を把握できる特殊なISがあって、搭乗者がある程度の急激な負荷に耐えうる頑強な肉体を所持していて、ISと搭乗者に命を預けるに足る信頼関係が結ばれている場合、有効な手であると云えるだろう。

 

 織斑一夏は武闘家に非ず。

 織斑一夏は剣術家に非ず。

 刀じゃない俺は、俺らしく戦おう。不格好でも弱くても綺麗じゃなくても情けなくても、俺は俺のまま、戦って。―――勝とう。

 

 めり込んだ氷山から飛翔し、暮桜は上昇する。

 その途中、紅椿が暮桜に対しエネルギーを供給しようと絢爛舞踏を発動した。

 

 指を鳴らす。

 暮桜が絢爛舞踏の範囲内に入り、エネルギーラインが確立し、いざエネルギーが譲渡されるその瞬間。

 レーザーが、エネルギーラインを撃ち抜いた。

 

「白と並び立つのが黒であれば、赤と並び立つのは青でしょう?」

 

 通信が届く。遠くから届く声には、自信と自負がありありと感じられる。

 好きな声だ。高貴なようで柔らかく、甘いようで芯がある。

 

「青と云えばわたくし。そうわたくしを置いて他におりませんでしょう?

 オルコット家当主にしてイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。参りましたわ」

 

 遠距離から狙撃し、接近してくるのは青を冠するもの。イギリスが誇る第三世代機、ブルー・ティアーズ。

 その走者、セシリア・オルコット。

 

「学園から消えたときはどうしてやりましょうかと思ってましたが、不問としましょう。

 一夏さん。この大舞台でわたくしを指名とは、見所がありますわね」

 

 隣に並びドヤ顔を決めているお嬢様は、どうにも出番を今か今かと待ち構えていたらしい。

 俺から連絡を受けた後、アイスランド辺りで待機していたのであろう。

 到着するまでがやけに早かった。

 

「えっ……、ああそうそう、やっぱここぞという時は一番頼りになるセシリアだよなぁ!」

 

「……どうも非常に引っかかる物言いですが、取り敢えず良しとしましょう」 

 

 こっそり連絡を取り助力を請うていたのは確かなのだが、個人の受け取り方は自由と言う所でひとつご了承頂けたらよろしいのですが……。

 これ絶対あとでバレて説教される案件ですが、全力で目をそらしましょう。

 大事の前の小事を気にしている状況ではないので、ええ。決して逃げている訳ではないのです、ええ。

 

「んじゃ、手筈通りに頼むぜ?」

「ええ、任されましたわ」

 

 俺は前へ、彼女は後ろへ。

 それに合わせて、暮桜も前進する。

 少しずつ、ゆっくりに感じる。ゆっくり、ゆっくり、集中力を高め、気鋭を高め、薬効を高め、整っていく。

 それはあちら様も同じ様で、存分に昂ぶっていらっしゃるご様子です。

 

「言葉を交わしたわけじゃねえし、もう声もずっと聞けてねえってのにな」

 

 なんで分かるんだろうな。

 アンタのこれまでの苦労なんて何にも分かんねえし、アンタが背負った重荷の重さだって分からねえ。

 泣き言の一つも、恨み言の一つも、俺には漏らさなかった。

 分からないのに、感情だけは分かってしまう。

 殺したいほど愛してるのか、愛してるから殺したいのか、どちらか判断はつかないけれど。

 

「剣で語り合うなんてキャラじゃねえけど、社会不適合者に付き合ってやるよ」

 

 雪片弐型と雪羅を構える。

 相対距離はとうに10メートルを切っている。

 それでも互いに勢いをつけることはなく。

 剣の間合いに届いた瞬間。

 ダンスが始まった。

 

 

 

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 織斑一夏は、織斑千冬に剣では勝てない。

 純然たる事実であり、覆しようのない現実である。

 されども、ソードダンスは続いている。

 

 黒の剣舞は美しく、白の剣闘は不細工だ。

 技術の差も、積み重ねた経験も、剣に関わる利の全てにおいて、黒は白に劣っている。

 然れども、ソードダンスは続いている。

 

 織斑一夏が織斑千冬に勝っている点は、一ツだけ。

 戦闘者として優れている点は、一ツだけ。

 剣士でない事。

 それだけだ。

 

 剣士である織斑千冬は、ISに乗ったとしても剣士でしかない。

 ISを装備としてしか認識していない。

 道具としてしか認識していない。

 

 イチカと呼ぶ声がする。

 

「おうよ」

 

 左腕のコントロールを任せる。

 雪片弐型は俺の制御を離れ、雪片を弾き返す。

 その間隙を縫う様に雪羅を走らせた。

 

 疾走する刃は弾き返した筈の雪片に防がれ、返す刀とばかりに襲いくる。

 刃と刃がぶつかり、何度となく火花が散る。

 型などあってないような我武者羅な二刀流は、なんとか一流の剣術に追い縋る。

 否、むしろ。

 

「遅れてんぞ、オイ!」

 

 生身(オレ)が動けなくても、機体(オレ)は動く。

 射出される俺の腕が、振りかぶられた俺の拳が、硬直を無視して暮桜へ刺さらんとする。

 知覚はしていても動かなかった身体が、知覚すら出来ておらず叶わなかった防御が、可能となっている。

 

 無理だわ、頼む。

 任せて。その隙を。

 おうとも。

 相談? 共通認識? 意思の疎通? すべて不要。思うだけで、俺達には充分だ。

 

 目指したのは、人機一体。

 自我を持ち、俺と意識を重ね、俺のことを大切に思ってくれる白式だからこそ。俺の身体を、俺の命運を、俺の生死を託せる。

 全ての制御を齟齬なく相違なく相反なく人とISで継続し続ける、生体同調と意識同調をクリアした唯一オレだけが可能なバトルスタイル。

 今まで重ねた時間が、修練が、収束していく。

 絶対に勝たなければならない今日、必ず勝利したい今日、これまで重ねたものが血肉となり成果となり、俺の気迫を後押しする。

 

 イメージ・インターフェイスにて描いたモーションは、白式が取る動きすらラグなく反映される。

 ああしてこうしてと頭で考えた動作は、俺と白式が一体となって完成させている。

 ブリュンヒルデにすら優る、理想の動きをオレはなぞっている。

 息をつく暇もない応酬は、少しずつされど確実に、暮桜を追い詰めている。

 

 獲ったぜ?

 やっとこさこじ開けてがら空きになった胸元に、積年の感情を乗せて雪羅を叩き込む。

 届いたぞ。やっと届いたぞ。見えてるか箒ちゃん。

 俺は、この人に、届いたぞ。

 たった一太刀。されど一太刀。俺達が負け続けた日々は、無駄なんかじゃなかった。

 涙が滲みそうになる気持ちを塗り潰すように、吠える。

 

「貫け、爆ぜろッッ!」

 

 雪羅の零落白夜を瞬間的に発動させる。

 アンタにゃ劣るが、俺だって出来るんだよこれぐらい。

 白式のシールドエネルギーを対価にシールドを切り裂く光刃が展開される。触れてはいけないその刃は、全IS武装において最高の瞬間火力を誇る必殺。

 暮桜の絶対防御を発動させ、一瞬一瞬にゴリゴリとエネルギーを削る。

 

 雪羅は、間髪いれず弾かれた。

 悔しいが、これが一流。ランナーがこの女性でなければきっと、これで決まっていた。だけど、ダメージは確実に残っている。白式の計算では4割はエネルギーを削れている。

 仕切り直しはさせねえ。今が好機とばかりに攻める。責める。酸素が枯れるほど責め立てる。

 

 

 暮桜のエネルギーの低下を察知し、紅椿が近づいて絢爛舞踏で回復させようとする。

 有効範囲内に入り絢爛舞踏は発動しているが、暮桜が停止することがないため、エネルギーラインが確立しない。

 暮桜が停止した瞬間、エネルギーは回復し元の木阿弥どころか白式のエネルギーだけが消費された不利な状況になってしまう。

 だからこそのセシリア・オルコット。お願いしたのは紅椿の対処、引いてはエネルギー回復の邪魔立てのみ。

 まさに暮桜が回復しようとしている。こいつは見逃せねえ、先生、やっちゃってください。

 

 が、中々構えて撃ち込まないオルコット嬢。

 いやエネルギーライン視えてるだろ? あれ撃ち抜きゃライン自体を再構築するのに時間はかかるからさっさとやっちまってくれ。

 足を止めさせないよう、位置のコントロールに意識を割くが限界がある。

 この状態であれば維持できてあと数秒、限界は遠くない。

 

「セシリア、何しに来てんだテメエ!」

 

「喧しいですわ! 紅椿が影に入って、射線が通らないんですの!」

 

「言い訳してんじゃねえ! 偏光制御射撃出来んだろうが!」

 

「簡単に言ってくれますわね! もし一夏さんに当たったらどうするんですの!」

 

「当てていいからさっさとやってくれ!」

 

 当たっていい。当ててくれていい。

 それぐらいとっくに覚悟している。

 

「もうっ! 好き勝手言ってくださりますわね! ―――往きます!」

 

 BT偏光射撃、それは狙ったポイントで直角に曲げるといった便利のいいものではない。

 システムとの同調率によってカーブの角度は変わるわそれを加味した上での相対速度の計算が必要だわと大変だったりする。

 理屈は知っている。だけど。

 

 光線は白式と暮桜を追い越し、紅椿との間を通り抜けていく。

 その過程で、当然とばかりにエネルギーラインをズタズタに引き裂いていった。

 

 やっぱ出来るじゃねえか! 余裕がなくて声には出さず、その腕前に舌を巻く。

 これがセシリア・オルコット。ノらせてくれるぜ。

 

「こっちがどれだけ苦労しているか知らず、抜け抜けと……!」

 

 聞こえてきた恨みごとにさえもにやけてしまう。

 いや真剣に尊敬してるんだぜお前のことマジでマジで。成すべき事に結果で答えるその姿勢。ノブレス・オブリージュじゃないけれど、相応の立場にある者は相応の結果を求められる。言われたことしかできない人間を三流、言われたことを上手にできて二流、必要なことを必要なタイミングでできて一流。口ではやいのやいの言いながら、魅せつけてくれるぜ。

 そんな姿をみせられちゃ、アガらねえわけねえよな!

 

「シィッ!」

 

 身をよじって躱した雪片を見送り、渾身を持って雪片弐型をアッパー気味にカチ上げる。

 暮桜が無理繰りガードを間に合わせるが、そこに技がないのであればそれはISの出力勝負となる。

 一歩、競り勝つ。

 

 一歩。たった一歩。ブリュンヒルデで近接脳筋ガチバトルしてたった一歩でも押し勝ったランナーがいただろうか。地につけたランナーがいたであろうか。

 初めてだらけだな。

 ついでにもう一つ。俺が今日、ブリュンヒルデに勝った初めてのランナーとなる。

 

「取っ」

 

 一歩の優勢を必殺の機会と捉え、踏み込んだ瞬間。

 悪寒すら置き去りに、斬撃を受けていた。

 

 受動的慣性停止を応用した疑似居合。

 人体の知覚速度を凌駕する、神速の抜刀術。

 それは正しく剣爛舞踏(ブレイドアーツ)、技術の粋にして一種の到達点。

 

 俺にはまったく見えず、白式が反応し間に合わせた。

 間に合わせた。間に合わせただけだ。ガードごとぶっ飛ばされた。

 

 

 暮桜は紅椿の単一仕様能力にて一拍でエネルギーを回復してしまった。

 これがあるので、暮桜は一撃でエネルギーを空にしなければならない。

 お誂え向きの、零落白夜。

 暮桜はぶっちゃけ、第一世代機のフレームに第三世代相当の出力をつっこんで、エネルギー保護やらバランサーやらでなんとか運用出来ている状態。

 無理矢理過ぎてガタがきている。

 エネルギーを空にしてダメージさえ通せば、おのずと自壊するだろうとのたば姉の言。

 

 色々試してみるも、やっぱ無理くさい。

 だから、賭けをする。

 

 織斑一夏が織斑千冬と篠ノ之箒に勝っている点は、一ツだけ。

 戦闘者として優れている点は、一ツだけ。

 剣士でない事。

 それだけだ。

 

 剣士である二人は、ISに乗ったとしても剣士でしかない。

 ISを装備としてしか認識していない。

 

 違うのだ。

 ISとは。

 インフィニット・ストラトスとは、篠ノ之束が作った発明品とは、その程度ではない。

 ツルギであり、銃であり、翼であり、盾であり、道具であり、―――オノレだ。

 己なのだ。何を云ってるかわからねーと思うが、そうなのだ。

 パートナーであり、半身である。

 その強さを、教えてやる。

 

 

「―――白式。コイツらに、『世界』に教えてやろうぜ?

 俺が世界最強の『男』であること。お前が世界最高の機体であること」

 

 死地に踏み入る。付き合えよ、白式。

[ As you say ]

 

 そうして、辿り着いてしまった。

 手を尽くし策を弄し、やれるだけはやってきた。

 そうなるだろうと思っていたけれど、そうならない為に気張ってきたイッピーとしては諾々とは頷けないわけで。

 手を真っ直ぐ上げて、下ろした。

 

 これから先は結末に向けて加速するだけのお話だ。

 これより死地。命をチップにしたオール・オア・ナッシング。

 その覚悟を、今決めた。

 空気が張り詰めて、凪いだ空を満たしていく。

 今のは合図だ。博打の合図。決着をつける為の、勝負の合図。

 

 セシリアは何も言わず俺の左後方へ待機するし、紅椿ですら距離を離した。

 チリチリと神経が焦げついていきそうな気配が蔓延し、静寂が場を支配する。

 

 そのソラの中心で、嗤っていた。

 俺の決意が、俺の覚悟が、俺の想いが、そんなに嬉しいのか。

 俺との命のやり取りが、俺との決着がそんなに愉しいのか。

 

 こんなに近くにいるのに、どうして俺の声は届かないのか。

 あんなに一緒だったのに、どうして俺の手は掬えなかったのか。

 ただただ、哀しかった。

 

 構えに入る。

 集中に入る。

 心中に入る。

 

 想いは殺さない。感情は止めない。隠すつもりがなければ抑えるつもりもない。

 俺は、俺の心のままに。

 成したいことを。成すべきことを。

 俺は云ったぞ。

 生きてていいから、一緒に死ね。

 

 鼓動は早鐘の如く。

 摂取した強心剤にして増強剤にして兎印のちょっと怪しいおクスリにブーステッドされて、集中からかトリップ一歩手前に陥りそうな精神状態から一転。

 

 ()()()

 

 織斑円夏との一幕にて足を踏み入れた『領域』。

 拡大する意識と、縮小する感覚。

 ゼロコンマ一秒の世界。織斑千冬の世界。

 

 準備は全て完了した。

 風は止み、精神は安定し、この土壇場で一生に何回入れるか定かでないゾーンすら掴んだ。

 手をおろしてからきっかり60秒。

 それが合図の役目である。

 そう、準備は全て完了した。

 後はこの引き伸ばされた体感時間のまま、残りの十数秒を待つだけである。

 

 胸に湧いては溢れていく感情は止めどなく。好きとか嫌いとか、そういう単純な感情ではない。

 ずっと傍にいた。家族だった。どれだけ仲睦まじく、喧嘩してすれ違っても一緒にいたのか。

 万難を排して挑むんだから、もうちょっと落ち着いた気持ちで望めると思っていたがさもありなん。

 整理もつかず、折り合いもつかず、そういう気持ちばかりだけど。

 どれだって嘘じゃないから。答えなんてなくていいから。それで良いんだって、胸を張ろう。

 

 

 背中に四枚、花弁のように繋げたスラスターがその瞬間を待ちわびる。

 数分に感じる残り数秒がもどかしい。 

 左手に雪片弐型を持ち、変形させる。

 展開装甲。雪片弐型は俺の意思を汲み、その形状を薄く薄く硬く重く変えていく。

 クロー型にした雪羅で雪片弐型の峰を握り込んだ。

 構えはさながら抜刀術。

 最後に一息吸い、呼吸を止め、ジャスト60秒。

 

 ブルー・ティアーズの射撃を背中に受け、そのエネルギーを利用した瞬時加速(イグニッション・ブースト)。

 潤沢なエネルギーを利用した加速は初速にして最高速、近接型として高水準を誇る白式のそれを軽々と上回る。

 

 弾丸の如く飛び出した白式は、真っ直ぐに暮桜へと飛翔する。

 いつも通りであれば瞬きに過ぎていく光景も、詳らかに観測できた。

 流れていく視界は相対的に敵機との距離を近づけていく。

  

 俺は今から、羅刹を崩さなければならない。 

 篠ノ之剣術、奥義が一、羅刹。

 物理法則を超越した二連撃にして同時攻撃、矛盾した属性を持つ篠ノ之流の秘中の秘。

 むしろそれを超える三連撃。

 

 問題となる三撃の攻撃ポイントについては、今回に限り問題とならない。

 何処を狙われるかについては考える必要はない。

 俺の攻撃を潰した上での一点突破、つまりは右腰から胴体にかけて。

 

 こっからタイミングをずらす為に、2発残したスラスターで個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)して更に急加速して。

 最大速力にて特攻をかける。

 と、思うじゃん?

 それ、何百回イメージしても暮桜に真っ二つにされてちゃんちゃんだったんだよ。

 

 だから俺は、別の策に走る。

 次の瞬間には遠間、剣の間合いに入るその手前にて。

 ハードエッジ・ブレーキングにて完全停止に至る。

 

 これはセシリアにすら伝えてない動きだ。

 折角の運動エネルギーを無駄にする動きだ。

 これから再加速するにしても2機のスラスターでは先程の加速に及ぶべくもなく。

 間を開ければ興醒めの仕切り直しである。

 だからこそ、理外の理。

 この瞬間を除いて虚をつけるタイミングはなく、また同等の速度を得ることでのみ活路がある。

 

 臨界点まで突破した加速状態からの急停止。直後その背中に突き刺さる射撃。

 タイミングは千載一遇に針を通す、みたいな日本語にならないレベルでジャストだ。

 ラファールリヴァイブ・カスタムの超遠距離狙撃型オートクチュールによる、地平線の向こう側から届けられた超超遠距離射撃。

 その射撃エネルギーを取り込み、花弁型に開いたままのスラスターを再点火した。

 

 瞬時加速・再点火(Re-Iginition)

 世界最強の想定を上回る速度を以て、暮桜に突き刺さる。

 

 それでも。

 どれだけ加速しようとも。それだけ速度を増そうとも。

 どれだけタイミングをずらされようとも。

 それでも、合わせてくるのが世界最強!

 

 合わされるのは、全てが必殺の一撃を誇る同時三撃。

 初戟、弐戟、参戟、その全撃を一点に集中する絶対破壊攻撃。

 まだ存在しない筈なのに、その軌跡は確実に存在する。もし瞬きの間に物事が完了していれば、それがどれだけの量を含んでいても一瞬でしかない。ハイパーセンサーを用いたとしても、ゼロコンマ一秒が理解できなければ完全同時でしかない。踏み込んだのはその世界だ。踏み入れたのはその世界だ。一度だけ辿り着いたその世界に、副作用なんて構わずしこたまオクスリぶちこんで辿り着くどころか突き抜けてやった。

 俺の全身から前頭葉に駆け巡る情報電気信号命令交感神経がスタンピードにビートを刻んで破裂しそうに心筋が血液酸素ブドウ糖を送り出してLive Like Rocketキメにキメて極めてされど、―――灯した篝火はだけは未だ揺るがず。

 

 心臓が動く。

 心臓が早く動く。

 心臓ってやつは融通が効かないらしく、例えばウサギとキリンで鼓動の回数は同じらしい。

 一生涯に刻める鼓動の回数ってのは、決まっているのだ。 

 時間ってのは何より平等で、何より残酷だ。

 小動物が早く動くってのは、心臓が早く動くからだ。

 早く動けるってのは、それだけ鼓動が早くカウントされている事に他ならない。

 

 もし。

 例えばもし、他人の十倍も早く動けるとんでもねえ美人で半端ねえ傑物でプライベートでは下着脱ぎ散らかして家庭的な弟さんに怒られる女性が居るとすれば。

 あと、なんねんいきられる?

 

 重荷を背負って、足手まといを抱えて、ずっとずっとずっと消費した時間はどれだけだ?

 『役割(カノジョ)』が『織斑千冬(カノジョ)』として自由に生きられるのはいつからだ?  

 答えろよ、俺。

 俺だけは、その義務がある。

 

 

「ヒカリになりたい」

 

 貴方の絶望(ヨル)を振り払う、光でありたい。

 逃れられぬ闇に囚われている貴女の、絶望を切り裂く光源でありたい。

 諦観、挫折、狂信、依存。貴女を取り巻く悪感情を遍く祓う存在でありたい。

 貴女に関わる全てに、潰されない自分でありたい。

 

 貴方の渇望(ヨル)を余さず満たす、光でありたい。

 凍える貴女を暖める太陽でありたい。

 餓える貴女を潤す恵みでありたい。

 暗いセカイを根底から塗り替える、炎の塊でありたい。

 

 貴方の祈望(ヨル)を斬り拓く、光でありたい。

 誰にも頼らず輝ける己でありたい。

 貴女に迷惑をかけずとも生きていける強い己でありたい。

 貴女の影に隠れてしまう己を、否定できる己でありたい。 

 

 白式が制御する雪片の零落白夜に、俺は雪羅の零落白夜を重ね合わせ―――

 互いが消し合うエネルギーのバイオリズムを、波の最大点で崩さ―――

 正の極限、負の極限を奔走する双曲線を支配し―――

 此処に、魔剣は完成し―――

 ない。

 

「ッッッ!」

 

 雪片弐型と雪片が互いの剣閃を重ね、その結果スポーンと雪片弐型は俺の手をすっぽ抜けていった。

 

 俺だけのオリジナルアーツである零落抜刀、それは零落白夜のエネルギーを反発させた殺し技である。

 だが、もし零落白夜を使えるランナーが居るとすれば、破るのは容易い。

 発動前に、白式に零落白夜を叩きつけてやれば勝手に自滅する。

 

 声のない驚愕に、俺はニヤケ面を隠せない。

 俺のとっておきを破らんと、それを最大威力で叩かんとする意をすっぱ抜いてやった。

 

 いらねえんだよ。流行んねえんだよ。

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 虚を突こうが呆気を取ろうが、迫りくるは必殺の弐戟目。

 雪片弐型を手放してフリーになった左手で雪片の柄あたりを抑えにいって見事に失敗してちょっと逸れた斬撃を絶対防御で受けた。

 暮桜の零落白夜は初撃から発動しており、シールドバリアは意味を成さずに刃筋が立ってない剣戟は本来切り裂かれるであろう絶対防御で受ける羽目になった。

 片手で捌ける筈だった。奇を衒い虚を突き裏をかいた。それでも、鎧袖一触と振り切ってしまうのが世界最強。

 この瀬戸際で、軌道を変えた。

 次があるからこそ絶対防御に助けられたが、故にこそ次こそ本命。

 

 参戟目。

 胸部で受けた。

 釈明の仕様もなく直撃だった。

 絶対防御は発動させず多重ナノ結合ハイブリッド・ハニカム装甲にて受けたこの装甲は優秀でこの必殺の剣戟をしてもナノレベルで反応装甲を反発させることで粉々に砕けてしまう代償にその斬撃を通さず突き抜けた衝撃で肋骨が2本程度折れる程度に被害が収まったいや収まってねえだろコレ。

 仕組みは分からないがダメージを分散させたのか手足の装甲すらもバラバラに砕けた。

 結果として、俺の体表に触れている全身の装甲は軒並み一秒後には遥か彼方へと消え生身のイッピーが爆誕することとなる。

 避けられぬ敗北。逃れられぬ死。

 1秒後には機体をバラバラにされた俺が2秒後に物理的にバラバラとなる。いんさいどさっど/イッピーパージ、始まります。

 今時の保護者様はうるせえんだよそんなスプラッター即放送禁止だっつーの。クッソつまんねえんだよ。

 なあ、アンタもそう思うだろ? 

 だから。

 

 来い。

 

 胸中で唱えた言葉に反応して、光が放たれ顕現する。

 ところで、覚えているだろうか。

 白式のコアの拡張領域についてだ。なにがその大半を占めていたのか? その答えが、ここにある。

 白式とは似て非なる、流線型のフルプレートに似たISが瞬時展開された。

 

 それは白騎士。世界を変えた始まりのISである。

 

 ゼロコンマ一秒の世界でフレームごとIS早着替えをトライして成功させた。

 俺が用意した数多の隠し玉の一つ、近所のお姉ちゃんが一晩でやってくれたメインフレームが白騎士で無理矢理白式を載せてるからこそ可能だった突貫工事の裏技。

 砕けた破片を煌めいた中、突如発現した原初の荘厳。

 

 暮桜は攻撃の全行程を終えた。

 全ての動作が完了し、奥義が故に絶対硬直に入る。

 一秒も存在しないその間隙、俺だけが動ける瞬間の刹那。

 ゼロコンマ一秒の向こう側、ブリュンヒルデすら置き去りにしたゼロコンマ0秒の世界。

 

 

 不意に、意識が落ちた。

 

 

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 其処は、満ち足りていた。

 

 其処には何もなかった。

 雲より高く高く、星の手招きが途切れかねない遠い遠い空。

 何も無いが故に完結しており、完成している。

 常人を一歩踏み越えた意識の先、領域の先。

 肉体を伴わない意識の飛翔。到達点。空の頂き。

 仙人が目指す悟りの境地、武人が求める天衣無縫の極み。

 其処は完全で、満ち足りており、最高で、最高に。

 

「くだらねえ」

 

 吐き捨てた。

 きっと幾人もが夢見る高みであり、文字通り人生をかけるに値する高みなのだとは思う。

 だけど此処は満ち足りているが故に、誰もいない。

 孤高の果て、独りの空。

 

 だって、寂しいじゃん。

 誰かと手を繋いだり、笑いあったり、喧嘩することもあるし離別することだってあるだろうけど。

 それでも俺は、人と繋がっていたい。

 それでも俺は、人と繋がっていて欲しい。

 

「だから、堕とすよ」

 

 きっと俺の半歩下にいるだろう女性へ。

 俺の覚悟と独善を以て、アンタを叩き落とす。

 孤空(ソラ)の果てへ往かせたくなければ、空の果てから叩き落とすしかないじゃねえか。

 これはきっと、それだけの簡単な話だった。

 

 何度も言わせんなよ?

 "孤空の果て(アイエス)"なんて、クソくらえだ。

 

 

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 現実世界に戻ってきた。

 窒息してしまいそうな『一秒の世界(リク)』とは未だにオサラバし、高い深みへとまだ潜っている。 

 時が止まった世界で、俺だけが動ける。動いている。

 

 白騎士―――白式の推進は止まらず、ゆっくりゆっくりと音速をオーバーした速度で進んでいる。

 まるで水中にいるかのように遅々として動かない俺の四肢は、緩緩でも位置を変えていく。

 目一杯全力でマッスルにお願いした結果、暮桜との衝突を直前に到達することが出来た。

 左腕は前に、右腕は後方に、クロー型の雪羅が装着されている右拳は硬く握り込まれ、引き絞る弓のごとく体躯は開放を待ちわびている。

 

 しかし、これが限界。

 これ以上1ミリだって身体は動かない。

 だから、唯貴。

[ Not Accept ] 

 なあ、唯貴。

[ Not Accept ]

 ワガママ言わないで、頼むよ。今しかないしもうコレしかないの分かってんだろ。

[ イチカの馬鹿! もう知らない! ]

 

 火が灯る。

 比喩表現ではなく、右背面にあるスラスターには指向性の爆薬が仕込まれており、物理的に火が灯った。

 IS学園には試供品のグレネードをバラまく謎の低身長成人女性がおり、その配られるグレネードはまた良質の爆薬だった。

 火が灯る。

 物理的に火が燃えて広がり爆発的というか爆発して右背面から右肩を強烈に押す運動エネルギーとして変化していく。

 

 後は、物理現象に従うだけだ。

 この速度超過状態で、その顔面に右拳ごと雪羅を突き立てるだけだ。

 勝つだけだ。

 

 刻めよ。俺の『衝撃』を。

 この衝撃こそが『織斑一夏』だ。

 貴女を越える、男の名だ。

 

「殺しちまったら、ゴメンな」

 

 死んじゃったら、ごめんなさい。

 貴女を殺すか、俺が死ぬか。

 そういう瀬戸際で、どっちも選びたくないから、こんな形になった。

 その結果、それでもどちらかに転ぶのではあれば、そりゃもう仕方ねえよな。

 笑って死ぬから、笑顔で殺されてくれ。

 

「ド派手に、いけや!」

 

 引き絞られた右腕を、音速に爆速を足し算した速度でぶち込んだ。

 零落白夜を発動した雪羅は絶対防御を接触し、その速度と質量を頭部装甲へ叩き込む。

 ギャリギャリと悲鳴染みた激しい衝突をして、名ばっかりの絶対防御を貫通する。

 

 突破した先には、暮桜の頭部装甲、フェイスガード。

 その鉄面皮に、迷い無く切っ先を突き立てる。

 雪羅は確かにダメージを通し、その影響で寄生コアであるフェイスガードが罅割れる。

 元々、ピーキーなバランスの上に成り立っていた物を、出力を上げ更にピーキーに仕上げたISだ。

 空中分解しなかったのは篠ノ之束が抱え込んだ技術を惜しみなく注ぎ込み、それこそギリギリのバランスで綱渡りしていただけに過ぎない。

 その上で寄生コアと呼ばれる不純物がバランスを乱し、俺はその不純物を破壊した上でバランスを破茶滅茶に崩した。

 それだけだ。

 それだけで、終わった。

 

 フェイスガードが砕け、そこに収まっていた女性の顔が顕になる。

 それが、結末だ。

 

「俺の勝ちだ。―――『元・世界最強(ねえさん)』」

「ああ、私の負けだ。―――強くなったな、お前」

 

 その顔は笑っていて、喜んでいて、悲しんでいて、泣いていた。

 そこにどんな感情があるのか。どんな想いでそれを口にするのか。

 それは誰も、知らなくていい。

 

「          、     」

 

 俺が彼女に何を伝えたのか。たった一言にどれだけ遠回りしたのか。これから死ぬこの想いに名前なんていらないから。

 それは誰も、知らなくていい。

 

 暮桜は自壊を続け散り散りに装甲がはげていき、するりとISから抜け落ちた姉を支えようとして、落とした。

 おい此処にきて姉殺すのかおおおおおおい俺ちょっ! 俺!

 全身に走る激痛と急激なGの負荷に一瞬意識を失いかけ、制御が手放れしてしまう。

 目の前がチカチカして、脳への血流が安定しなくて、何も見えないし聞こえない。

 胡乱な頭で復帰するのにあと何秒かと急いていると、やさしく受け止められていた。

 

「おいおい、この年でお姫様抱っこされる男児の身にもなってくれよ」

 

「情けない貴方が悪いんですのよ? 空から男の子が落ちてくるものですから、つい受け止めてしまいましたわ」

 

「なんだよその一流アニメ」

 

 同じく落下していった俺の姉は、ブルー・ティアーズのビットで腹ばいに拾われていた。

 その、助かるんだけど、もうちょっとこう、ない?

 俺の呆れた視線を感じたセシリアは、なんとも素敵な笑みで笑いかける。

 なにこの女ちょー美人。ゆるふわ愛されガール系天使か?

 

『一秒の世界(リク)』に戻ったのもあって、なんとも気は抜けるし張り詰めていた糸は切れたし全身は痛むし寒いしと泣き言のオンパレードだ。

 幕は引いた。もうとっとと帰ろうぜ。

 そう口に出すのを、白式のアラートが止める。

 

 自壊していた筈だ。

 フルフェイスの装甲だって、間違いなく砕いて。

 砕けて……砕けてるけど、そこにある。

 

 フレームから離れていく装甲を引き止め、剥がれた装甲を縛り付け、足りないパーツを拡張領域から呼び出して。 

 寄生コアが生きていて、暮桜の制御を奪う。

 自分を核として、自立を試みる。

 元より寄生コアは、セットされた行動を実行するプログラムだ。

 搭乗者を失ったとは云え、稼動が可能であるなら、動いてもおかしくはない。

 いや無理あるっておかしいだろ。

 

「少々お待ちくださいな。往生際の悪い役者に引導を渡してまいりますわ」

 

「いや、それには及ばねえ。それは俺の役だ。今回は最初から最後まで、俺がやらなきゃ意味がないんだ」

 

 お姫様だっこから抜け出そうとして、抜け出せなかった。

 あらやだ恥ずかしい。がっちりホールドされてます。

 モテる男は辛いよな。一夏、動きます。

 

「でも一夏さん! 貴方の腕は!」

 

「んだよ、腕ならちゃんとついてんだろうが」

 

 悲痛な顔をするセシリアの頬に触れる。

 じんわりと涙が滲むセシリアの涙を掬う。

 泣いてる女の涙を拭える、立派な腕がついてるっての。

 あんだこの天使。涙を流すとは高機能だな。

 オリエントから幾らで販売されんの?

 

「『右腕』の事です!」

 

 ああ、コレ?

 ちょっと肩が脱臼して肘関節から180度折り曲がって手首から骨が突き出してて指がポキポキなっただけじゃねえか。

 もう痛みすら感じねーよ。大丈夫大丈夫、うん、だいじょばん。

 

「一夏さん、たまには淑女のお願いを聞くのも紳士の嗜みでしてよ?」

 

「紳士である前に、俺は『男』だからさ。―――此処は譲れない」

 

「本っ当、憎たらしいぐらいに自分勝手な男性ですこと!」

 

「返す言葉もねえな。でも、そんな俺も好きだろう?」

 

「知りませんわ」

 

 それに。

 俺はこう見えて日本男子として教育を受けていてね。

 セシリアの捕縛をほどき、中空に立つ。

 無事なスラスターは一基のみ。もう戦闘機動は出来そうにもない。

 

「良い男ってのは不言実行、背中で語るもんなんだよ。良い女はどうすべきか、知ってるか?」

 

「『黙って、信じて待ってろ』とでも仰りたいのですか? お断りです。

 嘘吐きで、ひょうきんで、見栄っ張りで、格好付けな貴方なんて、信じられません」

 

 もうちょっと、こう、なんというか、手心というか。

 ボロクソ言う場面じゃなくない? 痛み以外で涙目なんですけどイッピー。

 だから、と。

 セシリアは口にした。

 

「だから、約束してくださいまし。無事に戻ると。無事に戻った暁には、このセシリア・オルコットのヒモにして差し上げますわ」

 

 え。

 え?

 え、あの最低な俺の宣言聞こえてたのやっべぇ殺されても文句いえねえんだけど。

 焦る俺を尻目に、セシリアは俺を下ろす。

 表情筋を取り繕いなんともないように強がっているが透けているだろうなぁ。

 

「楽勝で落としてくださいまし。お待ちしてますわ」

 

 柔らかい唇が、俺の頬を啄ばんだ。

 マジで、イイ女だよテメエ。

 そこまで言われたら、楽勝でこなさなきゃいけないよな。

 

「これが終わったら、皆で手を繋いでIS学園に帰ろうぜ」 

 

「お断りしますわ」

 

 ですよねー。ここで断られるとは。無性に泣きたくなってきた、どういうことだラフメイカー。

 

 寄生コアは崩壊しかけた機体を絡め、縛り、組み上げる。

 なんだよ、ISってデビル細胞使ってたのかよ知らなかったぜ。

 白式もあんな感じで変形しねーの? 無理? あっそう。

 馬鹿な妄想している間に準備できちゃったよ。

 

 あっこれ違うわ。

 相対して気付かされた。

 これ、白式と同じだ。

 

 無人機である暮桜から、明確な意思を感じる。

 寄生コアが乗っ取ったんじゃなくて、暮桜が寄生コアを喰ったんだ。

 暮桜のコアに、自我が目覚めている。

 シンクロシニティじゃねえんだから、大盤振る舞いすんなよ。

 そういうオンリーワンは俺の白式だけで良いんだっつーの。

 

 あー、その、なんだ。

 やっぱこれ、俺の仕事だわ。

 姉のクソデカ感情を一身に受けた暮桜は、世界を呪ってる。

 救われなかったあの人を、蔑ろにされたあの人を、役割を押し付けられたあの人を悼んでいる。

 怒っている、恨んでいる、世界を丸ごと呪っている。

 

 常人の数百倍強いあの人が噛み殺していた、常人の数十倍の悪感情が溢れている。

 きっと、表に出せないあの人に変わり背負っているのだ。

 そちら側に立つ味方なんて誰もいなくて、暮桜だけがそこにいた。

 

 あの人の"I/S"を、背負っている。

 人は誰しも、社会不適合な自身を内に秘める。

 それは秘めるべき理由があり、こちら側で生きるためには秘めなければならない。

 秘めて隠して折り合いつけて時には発散して、必要があれば殺して。

 そうしなきゃいけないんだよ。

 

 だからさ。

 俺が終わらせるよ。

 

 散歩に出るような足取りで暮桜まで近寄る。

 暮桜はまるでブリュンヒルデの如く、豪胆に雪片を振るう。

 迫りくる軌跡はお見事な物で、正に一流だ。

 

 けど、たかが一流。

 敵じゃねえんだよ。

 

 ぶっ飛んだ先から量子化して回収していた雪片弐型を左手に掲げ、

 折れた右腕を白式に操作してもらい、雪羅で握り込み、

 雪片弐型の零落白夜と雪羅の零落白夜を重ね合わせ、

 互いが消し合うエネルギーのバイオリズムを、波の最大点で崩す。

 正の極限、負の極限を奔走する双曲線を支配し、

 互いが互いのエネルギーを打ち消そうと反発しながらも対消滅を誘発し振幅を増しながらも加速的に収束する。

 俺と白式だけのとっておき。

 零落白夜の二重運用による一撃必断の光速斬撃。

 

「零落抜刀、―――白夜」

 

 極光が空を染め上げる。

 斬撃も装甲もフレームも飛行ユニットもシールドバリアも絶対防御も、一切の存在を抵抗すら許さず絶った。

 音すら置き去りに、始動と共に全てが完了していた。

 

 ランナーがいれば、零落白夜が使えれば、対抗策もあっただろうに。

 一流程度の剣士に負けるなどと、超一流のそれに勝とうとしていた俺への侮辱だろうに。

 敵じゃねえんだよ。楽勝だ。

 

 両断された暮桜が機体を維持できず今度こそバラバラと崩壊する。

 存在しない筈の暮桜の視線と交差した。

 お前が背負え、と。

 お断りだ。それは、俺の仕事じゃねえ。あの人が自分で向き合うしかねえんだよ。

 じゃあな。

 伝えるべき言葉は伝え、果たすべき義理は果たした。

 だから、"織斑千冬のI/S"(オマエ)"織斑一夏のI/S"(オレ)も、此処までだ。

 出番は終わりだ、とっととくたばれ。

 

 それにしても、遠くまで来たものだ。

 箒ちゃんに憧れて、千冬姉に勝つと決めて、IS学園に入学して、色んなことがあって。

 密度の濃い日常と、割と頻繁に訪れる非日常にてんやわんやのてんてこまいで。

 それでも、今日までやってきて。

 達成感はある。喜びもある。

 だけどさ、流石に一度、ゆっくり休みたい。

 いや絶対イッピー頑張り過ぎだってちょっとぐらいお休みしたいというかするべきだって絶対そうだって。

 なあ、アンタもそう思うだろ?

 

 精神への過負荷と、肉体の疲労と、骨折脱臼その他諸々と、おクスリの副作用。

 もう限界だしとっくに限界だし限界オーバーラップしちゃってる。

   

 暮桜が崩壊したことにより補給活動が行えなくなり、役目を失った寄生コアから紅椿は開放され、箒が飛んでくる。

 実はもう耳が聞こえてないし、身体の感覚もなかったりする。

 人ってガチで気力だけで立つこと出来るんだ、人体ってすげーな。実感したくなかった。

 

 白式、いつものごとく、後は任せた。

 俺は泣き笑いで寄って来る箒と、ムスッとしつつ笑顔を見せてくれるセシリアを確認しつつ、意識を手放すのであった。

 

 

 




次話、エピローグ。

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