IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] アンサイズニア /  ONE OK ROCK


(後)アンサイズニア

 変質が、始まる。

 ヴォーダン・オージェから過剰な輝きを発しながら、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンに呑み込まれた。

 それだけじゃない。

 それだけじゃ、ない。

 変質が始まる。

 

[VT-SYSTEM]

 白式が教えてくれる、その存在を。

 Valkyrie Trase System

 その名の通り、搭乗者にある搭乗者の戦闘方法・戦闘技術を模倣させるシステム。

 機体にセットされた/搭乗者が想い描く最強の姿を真似るシステム。

 

 俺は、その『世界最強』を模した姿に憤慨し/彼女の心情を思い悲哀する。

 

 力を求める時に聞こえた声。

 

 電撃を受けた際に、コア・ネットワークを通じて知ってしまったラウラの過去。

 ラウラの想い。

 ラウラの信仰。

 ラウラの、神。

 

 そう、織斑千冬は、ラウラ・ボーデヴィッヒにとっての神だったのだ。

 自分を救ってくれた唯一無二の人物で、自分の知る限り完全無欠の存在。

 その神が、人を、自分でない一個人を愛す。

 自分の神を、人に落とす汚点。

 消すべき、汚点。

 汚点の名は、織斑一夏。

 

 一年が過ぎ、神に置いていかれる空虚さ。

 求める心はより強く。

 いつか、その頂に届くように。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは、織斑千冬に成ろうと、した。

 それは、自殺となんの違いがある。

 求めて、求めて、狂おしい程、求めて。

 それでも満たされないから、満たされない存在を辞める。

 自分を、辞める。

 なんて、悲しい。

 ラウラは自分の不幸にすら気付かず、ただ満たされる時のみを求める。

 人工的に造られて、使い潰され、見下され、扱われてきた。

 そこに現れた救いに、神を見い出し、その存在に焦がれた。

 想い焦がれ。想い捩じれ、想い狂い。

 神を、夢見た。

 『織斑千冬』という人間となることを、望んだ。

 

 そんなの、間違っている。

 間違っているんだ。

 

 

「違う、違うよラウラ。そんな事に意味なんてない。人は、自分以外の誰かに成れないし、成っちゃいけないんだ。

 誰かに憧れても、想っても、目標にしても、拝んだって構わない。だけど、投影しちゃいけないんだ」

 

『お前だって、偉大な姉と同じ存在になろうとしている。

 何が違う。あの人と同じ機体に乗って、戦って、何が違う。

 縛られているではないか、お前だって。偉大なあの人の存在に』

 

 ラウラの思念がISのネットワークを通じ、敵意が奔流として溢れ出す。

 嘘偽りない彼女の感情。彼女がどれ程『あの人』を想っているのかすらも伝わって、泣きたくなってくる。

 

 

「だけど、それでも。お前は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ。

 ドイツ軍人少佐でもない、ドイツの代表候補生でもない。IS学園の生徒でもない。

 お前は、ラウラなんだ。ブリュンヒルデなんかじゃない。

 ラウラという存在を殺して、心すらも殺しても、彼女になんてなれない。なっちゃいけないんだ。

 辞めるんだ。こんな事を繰り返していたら、心が壊れて人間ではなくなってしまう!」

 

『姉と同じ立場に立とうとする貴様が、あの人の弟でしかない貴様が、其れを云うか!』

 

「確かに俺は『あの人』と同じ立場に立とうとしている。そして、『あの人』の弟だ。

 けれど、俺は『織斑一夏』だ! キミは『織斑千冬』じゃない、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ!

 俺達は立場に、境遇に、環境に縛られる存在だけど、一個の人間だ。

 縛られるだけの存在だなんて、そんなの間違っている。

 悲しすぎる。悲しすぎるよ、そんなの・・・・・・」

 

 

 胸を掻き毟る様に、強く握り締める。

 『いたみ』が確かにある。

 この身体の痛みも、この心の傷みも、全部俺のだ。

 抑え切れなかった涙が零れる。

 あの人ならきっと流さなかっただろう、弱さの証。

 でも、それでいい。俺は、これでいい。

 悲しいからって、悲しい事が多すぎるからって、感じる心を止めてはいけない

 

 変質は終わった。

 もう、ラウラに声は届かない。

 このままでは。

 止めなきゃ、ならない。

 止めなきゃ、いけない。

 涙を拭う。

 それは『誰か』の役目じゃない。

 俺は、『織斑一夏』だ。

 『俺』の役目だ。

 

 

「俺は、俺は彼女を止めたい。止めなきゃならないんだ! 白式ッ! ―――俺に力を貸せッ!」

 

 

 エネルギーの尽きかけた白式が、雪片弐型を顕現してくれた。

 己を縛るリミッターを振り切り、俺の為に武器を用意してくれた。

 そして今、俺の激情に動かされ、我が身を削り顕在しようとしてくれている。

 

「俺は、英雄の弟なんかじゃない。人間だ。そしてお前は、人の想いを増幅するマシーンなんだ。

 殺したいんじゃない、倒したいんじゃない。彼女を止めたいんだ。―――だから、怒りに呑まれるな」

 

 待機状態の白式を握り締め、伝える。

 白式が鈍く輝き、俺に腕だけ与えてくれた。

 武器と、膂力と、あと足りない物が一つ。

 威力。

 零落、白夜。

 俺も、お前も、完全なんかじゃない。『あの人』には成れない。

 だけど俺は、俺達は、独りじゃない。

 

「フォロー」

「アタック!」

 

 待機状態の白式へジャックを突き刺し、シャルロが応える。

 コアを同期させ、エネルギーバイパスを構築し、エネルギーを譲渡してくれた。

 言葉にしなくても伝わった俺の心情。

 言葉なんかなくても伝わってくる、シャルロの優しさ、暖かさ。

 俺達は、完全じゃなくていい。

 支えてくれる人が居る。守ってくれる人が居る。

 強く想える人が居る。守られてくれる人が居る。

 それは凄く嬉しくて、尊いことだ。

 

 俺は確かに、あの人の弟だ。

 何処にいこうが、何をしようが、その評価は付き纏う。

 だけど、それでも。

 俺を。あの人の弟、としてではなく織斑一夏として扱ってくれる人は、いる。

 

 俺を、心配してくれる人が居る。

 凰鈴音は、いつだって俺の心配をしてくれている。

 俺を、好いてくれる人が居る。

 五反田蘭は、こんな俺に惚れてくれている。

 俺を、想ってくれる人が居る。

 弾は、なんだかんだ俺の面倒を見てくれている。

 俺を、愛してくれる人が居る。

 千冬姉は、いつだって俺を愛してくれている。

 

 だから、織斑一夏なんだ。

 俺は、織斑一夏で良いんだ。

 

「一夏?」

 

「ありがとう、シャルロ」

 

「うん。―――負けちゃ駄目だよ?

 僕に、デュノア社の道具じゃないって、『シャルロット・デュノア』なんだって教えてくれたみたいに、ラウラにも教えてあげて。

 それはとっても、素敵なことなんだから」

 

「委細、承知」

 

 頷き、シャルロが笑顔を返してくれる。その笑顔が、俺に力をくれる。俺の背を押してくれる。

 

 傍に居た箒が何かを言いたそうにし、口を噤んだ。

 力になれず、有益な助言もなれないその身の至らなさを悔やんでいるのか。

 そんなもの、必要ないのに。

 俺は、そんなもの望んでいない。

 

「どうした、箒」

「・・・・・・勝てよ、一夏」

「任せろ!」

 

 大事な幼馴染が、一言背中を押してくれるだけでいい。

 シャルロに背中を押された俺が箒の背中を押し、箒がまた俺の背中を押してくれる。

 人はそれを茶番と呼ぶかもしれない。

 けれど、胸に抱いたこの熱が否定する。

 

 武器を持ったことで、英雄の幻影は俺を攻撃対象とした。

 数瞬と待たずに、襲い掛かってくるだろう。

 

 

「世界を変える力なんて、俺には無い」

 

 

 誰かを救う力なんて、俺には無い。

 

 

「だけど、間違っている事を間違っていると、声を大にして伝える事は出来る」

 

 

 人は皆、分かり合えるんだ。

 感じる心を、無くさなければ。

 

 

「だから、お前は此処にいちゃいけない」

 

 

お前は、英雄の残滓だ。織畑千冬と云う名の亡霊だ。

 

 

「亡霊は―――」

 

 

 千冬姉が最も得意とする業、篠ノ之流剣術、居合い。

 アイツを倒すには、うってつけの業だ。

 お前程度の偽物は、俺程度の偽者に討たれろ。

 

 雪片に鞘はない。ないのでPICで空間に固定した。

 ギチリと固定された俺の牙が、今か今かとその開放を待ち望んでいるようだ。

 俺の気迫を感じ取ってか、アイツは真っ直ぐに俺の元へ迫ってくる。

 なんて、不様さだ。

 ただ一直線に俺に向かってくる。

 そこには技術も戦略も駆け引きもない。

 ただただ、自分の獲物が届く間合いまで。

 だけど、テメエの間合いは俺の間合いだ。

 俺に剣を振り上げた所で、鬼札を切る。

 

[OneOffAbility ACTIVE]

 

 零落白夜がPICを切り裂き加速する。

 雪片弐型を縫い付けた空間=鞘の上で、斬戟を走らせるこの技術こそが居合い。

 奴の振り上げた腕より格段上の速度を以って、俺の牙が疾駆する。

 格好ばかり真似てるから、そう実が伴ってないんだよ!

 

「―――亡霊は暗黒に還れッ!!」

 

 疾走する斬戟は難なく、眼前の贋作を切り裂いた。

 両腕を切り落とし、首を切り落とし、その活動を殺した。

 VTシステムのコントロールを失ったコアが、ラウラを開放する。

 宙に投げ出されたラウラを抱き留め、薄い胸から鼓動を感じた所で、意識を失

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[お前は何故、強くあろうとする。どうして強い]

 

 誰だよダブルオー起動したの。なんだよこの空間どういうことだよせっちゃん。

 俺はお前の全裸なんか見たくなかったよ、ルイスの裸体だけでry

 全裸ですよ。全開ですよ。俺のライザーソードも全開になりました。

 だってラウラさん、全裸なんですもの。生えてないんですね、素敵です。

 これはこれで、美しい(性的な意味で)

 ラウラが恥ずかしそうに、胸と秘所を隠した、なんてことはなかった。

 羞恥心の重要性を説きたくなる場面だが、これはこれでry

 

 

「俺は、強くなんてない。ただ、正しくありたい。

 

 間違っている事を間違っていると言える、悲しい事を悲しいと感じ、それを変えられる人間でありたい。

 

 その為に、少しだけ『強さ』が必要だから、そう見えただけだ」

 

 

 けれど、正しい事なんて無い。生き方に間違いが無い様に、正解だって無い。

 ただ、自分が正しいって認められる、間違っていないと誇れる生き方はある。

 それは、誰かが決める事じゃない。自分が決める事だ。

 だから、その自分を亡くしてしまう『誰かに成る』っていう選択肢は、間違いであると断言できる。

 『自分』とは。『心』とは、自分で自分を決められる、たったひとつの部品なのだから。

 

 

[私も、そんな風に生きれるのか?]

[試験管ベイビーとして産まれ、遺伝子強化試験体であるこの私に、越界の瞳を移植され肉体すら純粋な人ではない私に]

[正しく生きるなんて、可能なのか?]

 

 

 出来るさ。

 

 

[どうやって]

 

 

 まずは起きろ、起きたら周りを見ろ。

 ラウラの眼に映る近しい人、大事な人を笑顔にしろ。

 そんな単純で、簡単なことなんだ。

 

 

[そのような任務に従事したことはない。私には無理難題だ]

 

 

 お前って、その眼帯の下そんな風になってたんだ。

 目茶苦茶キレイじゃん。

 普段から見せてくれればいいのに。

 

 

[なぜ笑う?]

 

 

 お前が可愛いからだよ。ほら、簡単なことだろう?

 もう起きろよ、きっとお前を待ってくれてる人が居るから、さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わたし、は。何が、起きた…?」

「VTシステムによる制御不可状態を、どっかの馬鹿野郎に叩きのめされて今まで寝ていた」

 

 間髪いれず返ってきた返答に、私は驚きを隠せなかった。

 親愛なる教官が、こんなに近くに。

 そこでやっと、自分が保健室のベッドで寝ていることに気がついた。

 

「私を待たせるとは良い身分だな、オマエは」

「失礼しまし―――ウグっ」

 

 体を起こし敬礼しようとした所で、痛みがぶり返す寸前で、私は教官に寝かしつけられた。

 

「構わん、そのままでいろ」

 

 あれだけのスピードなのに、私に衝撃を加えないで押し戻すなどと、やはり教官は人間離れしている。

 

 

「ラウラ・ボーデウィッヒ。―――オマエは誰だ?」

 

「わたし、は」

 

「誰でもないなら調度良い。駒が一人欲しいと思っていたところだ。

 私の下で、私の影として、『織斑千冬』として働かないか?

 将来的に私に成りたければ成ればいい、教導を望むのであれば存分に鍛えてやろう。

 どうだ? 今の立場を捨てさえすれば、いつでも受け入れてやるぞ?」

 

 振って沸いた最高の機会。

 私が最も敬愛し、崇拝する人間と一緒にいられる。一緒になれる。

 私は、私が求める最上の未来を掴むことが出来る。

 

 けれど、私は。

 

 皆の顔が浮かんだ、苦楽を共にし同じ戦場を駆けた部隊の部下、至らない部隊長である私を補佐してくれる副官。

 顔すら浮かばない、私の立場に成れずに処分された兄弟達。

 想いが、熱になった。

 胸元に手を添えると、そこには灼けるような熱さを感じた。

 私の、『私』を動かす原動力は、確かに此処にある。

 それを教えてくれた、彼の顔が浮かんだ。

 

 

「私は、―――『私』は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』です。

 

 ドイツ軍人であり、シュヴァルツェ・ハーゼ隊の部隊長であり、現在はIS学園の生徒です。

 

 教官の誘いは嬉しいですが、私は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』ですので」

 

 

 私は自身の一番の望みと、教官のありがたい誘い/好意に砂をかけた。

 嫌われるかもしれない。でも、嫌われてでも、それは―――

 

 

「誇らしいぞ、私は」

 

 

 チュッと、私の額にキスをした教官がそこにはいた。

 

「きょきょきょきょきょきょ教官どののののの?」

 

「嬉しいんだよ、私は。私が何より教えるべきだったことを、私が教えるまでもなく学んでくれて。

 オマエは、私の自慢の生徒だ」

 

 ドキリ、とした。

 あのいつでも仏頂面の教官が、その、華の様な、少女の様な可愛らしい笑顔を浮かべて、私を見つめている。

 そして私は、この胸に広がる充足感に気がついた。

 

「あれ?」

「おい。泣く奴があるか」

 

 ポツリ、ポツリと涙がこぼれる。仏頂面に戻った教官がハンカチで拭ってくれる。

 ああ、そっか。わたし、うれしいんだ。

 

「きょ、きょうかん、わたし、ずっとあなたにみとめられたくて」

「知っている」

「あなたがいなくなってから、ずっとあなたをおもっていて」

「嬉しい限りだ」

「どうすれば、そばにいれるかかんがえて、かんがえて、やっとこのがくえんにこれて」

「愛されているな、私は」

「誇りだなんていわれて、うれしくて、うれしくて、わけがわからなくなって、しまいました」

「自慢の生徒だよ、オマエは」

 

 またさっきのような笑顔をみせてくれる教官。

 『織斑千冬』が、初めて私を、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』を視てくれて、認めてくれた。

 なんと心強いことか。なんと強固なことか。『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は此処に居る。私は『私』として此処に在る。

 自分が感涙をする人間だなんて、そんな普通な『人』だったなんて、知らなかった。

 

「こんなに可愛く泣きやがって、部下が喜ぶぞ」

 

 いいんだ。私は人なのだから。こんな風に普通に泣いたっていいんだ。

 涙は滴となり、ぽろぽろと零れていく。

 教官はハンカチで優しく私の目元をなぞり、私の手にそれを握らせた。

 

「よし、それでは邪魔したな。これでも予定が詰まっている身だ、失礼するぞ」

 

「はい、教官。―――ありがとうございました!」

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシャリと閉じたドアの前で、愚弟が所在なさ気に立っていた。

 立ち聞きとは趣味の悪い、2回目? の注意をくれてやろうと考え、止めた。

 コイツはコイツで頑張ってくれたのだ。労をねぎらってやらねば。

 

「一夏」

「はい?」

 

 頭を良い子良い子と撫でつけ、そのまま前髪を掻きあげ、おでこにチューをした。

 

「ご褒美だ。『愚』かな姉の賢い『弟』へ、たまには飴もくれてやろう」

 

 そういって、口をポカンと空け阿呆のような顔をした愚弟を尻目に、職員室へ戻った。

 今日はめでたい。実にめでたい日だ。記念にギネス(一缶300円)を開けよう、なんて考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 俺は存外、一人で飯を食うのが好きだったりする。

 食い方を気にせず、時間を気にせず、会話を気にせず、ただ純粋に食事を楽しめるから。

 勿論、可憐な女性と食卓を共にするのは大好きだが、それとこれとは話は別で。

 例えば毎日セックスしたいかって聞かれたら、正直微妙だろ?

 疲れるんだよ。

 だから俺は、特に周囲が騒がしいであろう今日は一人で飯を食っている。

 

 食堂のカツ綴じは絶品でござる。

 絶品でござるから、俺は俺の正面に立つ影に気がついていない。いないのだ。

 

「ここ、いいか?」

 

 シャルロは空気が読める子なので、わりかし俺が一人になりたいであろうタイミングを外してくれる。

 その点、自分でいっぱいいっぱいな空気の読めないこのモッピーは俺の暗い雰囲気も感じず、より暗い雰囲気を抱えて現れた。

 話を聞いて欲しい、相談したい、落ち込んでいます、慰めて欲しい。

 そんな思惑がだだ漏れである。

 明らかにこっちの勝ちだったのに無効試合にされた俺の憤りも汲めよ。いいからそのおっぱry

 嫌な感じだ、あの人。自分の感情を振りかざすばかりで、人の話を聞こうともしない。

 

「良くない」

 

 食事再開。

 くそっ、この白身が。半熟の白身が俺を狂わせる。

 凝縮された旨みと、この白身。

 なんて魔的だ。

 

「なぜ、なぜそう私に冷たくするのだ、一夏……。

 傷付いている幼馴染が目の前にいるのだぞ? なぜ邪険に扱う」

 

「なら箒、オマエは、俺が傷付いているとき助けてくれたか?

 入学したての頃、『IS学園に無理矢理連れてこられても』前向きに頑張ろうとする俺を

 ぼっこぼこにしようとしたのは、どこのどなたでしたっけ?」

 

「アレは、その、恥ずかしさとか、テレ臭さとか、乙女のアレとか…とにかく色々あったのだ!」

 

「だから? 理由があったから許せ、そして構えと? 素晴らしい人格してんなぁ剣の巫女。

 唾を吐いた側はすぐ忘れるかもしれないが、吐かれた側はそう忘れねぇぞ。

 俺にだって機嫌が悪い時ぐらいある。それでも関わるなら自己責任だ」

 

「……どこまでいっても喧嘩腰だな。もういい、その歪んだ性根、私が叩き直してやる」

 

「何様だよ、オマエ」

 

俺の指が、拳を形作った瞬間、大量の冷水が顔面に降りかかった。

 

「うっわーごめんね一夏、冷たかったよね? ごめんね? すぐ拭くから。

 あーもうシャツまで濡れちゃってるね、寒くない? ごめんね、転んじゃって。

 どーしよう。そうだ。山田先生が男子の大浴場が解放されたって言ってたね風邪引くといけないからすぐいこう今いこう。

 ごめんね一夏、怒ってるよねホントごめんね」

 

 襲撃犯のサンスマ王子(サンシャインスマイルプリンス)がしきりに俺に謝りつつ、顔を拭いつつ、腕を引き大浴場へ誘導する。

 なんという気遣いキャラ、コイツは間違いなく腹黒策士タイプ。爽やかスマイリーには気を許すんじゃないぞ、みんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、気ぃつかわせたみたいで」

「いいよ、別に。おっきいお風呂に入りたいのも本心だし」

 

ここですっとぼけない所なんかも、くどくなくて好感が持てる(釣られ中

コイツはヤクい。重力の井戸みたいだ。

気がついたら抜け出せない、落ちるだけ。

必死で加速度をあげてなきゃ、コイツに落ちちまうな。

落ちたらアレだよ?

たぶん付き合って、器量のよさに離れられなくなって、子供ができて、結婚して、

「あれ? 俺の想像した未来とは違うけど幸せになってる、まあいいや」ってなっちゃう。

あれ、それでもいいやって思ってきちゃった(釣られ中

 

コイツはヤクいぜ。

とりあえず、距離を置く!

 

「んじゃー俺は一足先に大浴場へ行ってくんぜーっ!」

「一夏、そっちは食堂だよっ?!」

 

うっせ。

俺は俺のやりたい様にさせてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱衣所には、一夏の服が散らばっていた。

 大浴場の扉へ向けて散らかしてあった。一夏は案外、凄く子供っぽい。

 そこがカワイくて魅力的な所でもあるけれど。

 お母さんが言っていた「駄目な男ほどかわいい」と。

 一夏の服を拾い集めながら、母娘だなぁと、そんなことを思った。

 

「スー、ハー」

 

 体には一枚のバスタオルだけ。

 この扉の向こうには、全裸の一夏がいる。

 ―――間違いが起こっても、おかしくない。

 鏡の中には、女の子が映る。

 顔は中性的であまり自信がないけれど、スタイルは同年代と比べてもけっこう勝っている、筈。

 デリケートゾーンの手入れもしたし、滲まないメイクもしたし、歯も磨いたし、タオルにはコロンを一滴だけ垂らしておいた。

 覚悟、完了。

 

 

「お母さん、シャルロットは今宵、大人になるかも知れません」

 

 

 お母さんは、ぼくに女として生きる為の術を余すことなく教えてくれた。

 それでも、ぼくには実戦経験がない。

 それが何よりの武器であると母は言ったが、それでも不安は消えない。

 天国のお母さん、力を貸してください。

 

「お、御邪魔します!」

 

 意を決して、突撃! 女は度胸と愛嬌!

 

 湯気の先、ぼくの想い人の姿は。

 それはもう、もう、その、見たまんま。

 

「カッ、おう美人さん! こんなとこまで現れて、酌でもしてくれんのか?」

 

 ただの、酔っ払いの、姿だった。

 

「一夏、なにそれ……」

 

 浴槽のへりに寄りかかりながら、御猪口を口に運ぶ一夏。

 バケツに大量に入った氷と、そこに刺さっている一升瓶。

 大吟醸、にごり酒、名前は漢字が難しくて読めない。

 そりゃあもう、温泉番組並みに満喫してます! みたいな感じだった。

 

「いやなに、なんだかんだ俺の姉は有名人でね。酒が結構実家に届くわけさ。んで姉は専らビールと焼酎専門。

 日本酒スキーな俺としては見逃せなくてね。いや何それなりにいいモンが送られてくるから嬉しいね。

 この前実家帰ったのだって半分はコレが目的だったしね。いやーでも中々呑む機会がなくてさぁ。

 大浴場解禁と聞いてピンときたね。でも御風呂だと熱燗にしようか迷ったさ。迷ったけどあれは安い酒でやるもんだし。

 獺祭自体はそれ程高い酒でもないけど、磨いてあるとやっぱ違うねえ。いいねいいねぇ!」

 

 え、なにこの一夏。

 ぼくついていけてないよ。

 こんなお喋りキャラだっけ、一夏。

 

「姉もなんだかんだ甘いから酒は許してくれてるし、晩酌に付き合うと喜ぶしいいんだけどさ。

 俺としてはこうして伸び伸びと呑みたい時もあるわけよ。グラスを気にしない飲み会もしたいわけよ。

 一人酒ってのは正直寂しいとこでもあったけど、あんたみてぇな美人さんと混浴たぁ、これ以上望んじゃ贅沢ってもんよ。

 んで外人のお嬢ちゃん。―――注いでくんね?」

 

「は、はいっ」

 

 勢いで頷き、勢いでビンを持ち、勢いで注いだ。

 焦ってしまってタオルが落ちそうになった。危ない危ない。

 いや、きっと危なくない。それが非常に悔しい。

 

「サンキュー。違うな。ダンケ。違うな。メルシー。そうだメルシーだ。美人の嬢ちゃん、メルシー。

 注ぎ方はなっちゃあいねえが、そこまで望むのは酷ってもんだろ。その気遣いだけで旨く呑むのが大人ってもんだ。

 日本酒は手酌させると失礼にあたんだ。覚えとくといい。

 カカカ。嬢ちゃんも入りなよ。女があんま、体を冷やすもんじゃねえぜぇ?」

 

 それにしたって、一夏は堂々としすぎだ。

 見えてる、見えてるよ一夏。全く隠す気がないよ。レディの前だよ。

 たぶん、あんまり良くないんだろうけど、タオルを巻いたまま、体も流さず浸かった。

 これじゃあぼくまで温泉番組の出演者みたいだ。

 

「一夏、お礼に重要なのは言語じゃなくて気持ちだよ。例え言葉が伝わらなくったって、心は伝わるんだから」

 

「ああ、あんたの云う通りだ。『ありがとよ』。そのサービスにも、感謝しなきゃなあ」

 

 一夏の視線を追い、ぼくは自分の身体を見る。

 タオルが張り付いてラインを強調し、揺らめくタオルは扇情的に靡いている。

 これは、もしや全裸よりいかがわしいのではないだろうか。

 この、エロ親父…ッ。

 

「酒があって、ツマミがあって、女がいる。こりゃ極楽か?」

 

「天下泰平、酒池肉林ってやつ? 一夏はもうちょっと真面目な男かと思ったよ」

 

「いえいえ、あてくしはこれでも節制に勤める身分。たまには羽目外してもようござんしょ。

 煙草吸わないだけでも偉いと思ってくださいまし」

 

 ふだん一夏が粗衣粗食に努めているとは思えないんだけど。

 口調すら安定していない一夏。

 あれだろうか、一夏がたまにボソッと口にする「最高にハイってやつだ」って感じなのだろうか。

 にしても、レアだ。

 お酒って、人をこんな風にするんだ。

 これなら、本音もポロって出るかな?

 

「一夏は、誰の為に闘っているの?」

 

「自分の為でさぁ。何もかも、自分の為」

 

「今回は、ラウラの為じゃなかったの?」

 

 ラウラに伝える為。

 備わらんことを一人に求むるなかれ。

 顰みに倣う。

 迷える者は道を問わず。

 

「俺の考えってのは、俺が正しいと思うだけの考えだ。それを押し付けといて相手の為ってのはお門違いだろうさ。

 畢竟、俺が気に入らないから押し付ける。俺が相手と過ごしやすいように。俺が楽しく生きるために。

 結局、俺の為だ。その過程で、相手に影響を与えているかも知れないが、それは本人が変わろうと思ったからだ。

 俺が変えたんじゃない。相手が勝手に変わったんだ」

 

 そんな事は、ない。

 ぼくは、シャルロット(ぼく)を見つけられた。

 その切欠は、一夏だ。

 それは、ぼくの中の事実。

 だが、一夏に取っては違うのだろう。

 だから、言葉の感謝は必要ない。

 ただ、一夏が楽しく生きていくのに、ほんのちょっと力を貸せれば。

 それでいい。

 

「一夏、ぼくもちょっと貰っていい?」

 

「あんま未成年に呑ませるもんでもねえが、俺が云えた義理じゃねえな。呑みねえ呑みねえ美人さん」

 

 御猪口を空にして、ぼくに手渡す。

 手渡された御猪口に、一夏が注いでくれる。

 そう持って、そう注ぐんだね。覚えた。

 

「頂きます」

 

 はじめてのお酒の味は、

 

「甘くて、キュッて入ってきて、ブワってくる」

 

「なあに、初めてで味なんて分かるもんでもねえ。雰囲気を楽しみな」

 

「でも、美味しいよ、コレ?」

 

「のん兵衛かよ、あんた。美人さんは酒に弱い方が、嬉しいんだけどねえ」

 

 御猪口に注がれる、白く濁った液体。

 香りは甘く、紅茶なんかとは違った上品さを漂わせる。

 

「顔に紅が差して、一層魅力的なツラになってんぜ嬢ちゃん。得な女だ」

 

「あはは、褒められているんだよね?」

 

 一夏が箸を伸ばした先に、缶詰がある。

 鯖のトマト煮込み缶に、とろけるチーズの乗せてレンジでチンしたもの。

 これがかの有名な日本のOTUMAMI。ごくり、ちょっと食べてみたいかも。

 

「あんだ? 欲しいのか? ほら」

 

「一夏が、食べさせて」

 

「口移しとは、また高度な要求を。望むとこry」

 

「違うよ! 箸がまだ苦手だから『あーん』してって意味だよ!」

 

 一夏はごめんごめんと頭をかきながら、箸を口元に寄せる。

 あーん、とは言ってくれなかった。仕方ないからぼくが可愛くあーん、と言っておいた。

 ぽくり、もぐもぐ。―――うん。

 

「ぼく、これ、好きかも」

「そいつは重畳。実はこれ、俺のおススメでね」

 

 そうじゃないよ、一夏。いや、それもあるけど、そうじゃないんだよ。

 男の子は、鈍感だ。

 自分に都合のいい勘違いはする癖に、こっちが気付いて欲しい気持ちには、微塵も気付かないのだから。

 そんな所も、可愛く思えてしまうのだけど。

 

 天国のお母さん。

 シャルロットは大人にはならず、お酒の味を覚えた悪い子になってしまいました。

 それでもこの人の隣であれば、私はシャルロット・デュノアであると胸を張ることが出来ます。

 天国のお母さん。

 優しさの中に強さを感じるこの男性に、何処かお母さんの面影を感じます。

 安らげるのにドキドキして、傍に居たいのに照れてしまって。

 天国のお母さん。

 ぼくは、恋をしています。

 貴方の娘は、今日も一生懸命、生きてます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ん、んんん。……今日は皆に、転校生を紹介します。『シャルロット・デュノア』さんです。

 デュノア君は、デュノアさんということでした」

 

 なんだか疲れてらっしゃる山田先生。

 おおうあんまし屈みとその胸元が大変なことになっちまうぜ。

 主に大変なことになっているのは俺のデュック君ですが。

 貴方も私も○ッキー!

 

「皆さん、改めまして! 『シャルロット・デュノア』です。よろしくお願いします」

 

「えええええ~!」

「うそ、わたしの金髪王子様は何処にいったの!」

「あんなに可愛い子が男の子な筈がないよね、そうだよね、よかったー」

「女としての自信が保たれた? って感じ?」

「織斑くん、同部屋で気付いてないってことはないよね?!」

「というか昨日男子が大浴場使ったってまやちゃんが話してたよ!」

「イッピー死なないかな……」

 

 あの、相川さん。

 そんな黒い感情をたっぷりなお顔でダークな事呟かないでくんない?

 俺けっこうナイーブなんですよ?

 

「一夏、死ね!」

 

 だからってそんな直接的に行動に移らないでくださいませんか箒さん!

 木刀を全力で投げる箒。何故持っている。何故投げる。

 あ、やべぇ。

 避けれる気がしねぇ。

 当たり所に期待します!

 

「ふん」

 

 いつの間に現れたラウラが、飛来する木刀をAICで難なく止めてくれた。

 おおう、なんて便利なAIC。ただし腕部だけ部分展開しなきゃいけないのね。

 AICの発生装置腕についてたんだ。

 

 

「あんがとよ、ラウラ。ところで、傷の具アッ―――」

 

 ズキュゥゥゥン !

 流石ラウラ、俺たちの出来ない事を平然とやってのける。

 そこに痺れもしないし、憧れもしない。

 教室で、朝のSHRで唇を奪われるってどういう羞恥プレイ?

 なんでお前が頬染めてんの。可愛いじゃねえか。

 

「……お、お前は私の嫁にする。決定事項だ、異論は認めん」

 

 なんか色々間違ってますけどこのドイツ娘。

 おーい姉さん突っ込みまだ~? おい、ハニワみてぇな顔してんなよ。

 現場責任者が咎めないのであれば、気ままにやらせてもらうぜ。

 舐められっぱなしで終われるか。男の子ですよ、俺。

 立ち上がり、ラウラの腰を抱き寄せ、顎を上げさせ。

 いったれ。

 

 ぶちゅり。れろれろれろれろ。

 唇を交わせ、歯茎を磨く。

 腰を一層抱き寄せ、背筋に指を這わせ、口を開けさせる。

 舌をねじこみ、躍らせる。

 これでもかと唾液を啜り上げ、特大のアーチまで作って解放した。

 

 腰がくだけてへたり込むラウラ。

 その惚けた顔に、デコピン一発

 十年早いんだよ、小娘。

 

 

「やれるもんなら、やってみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスが怒号で支配され、近隣クラスから苦情が殺到したが俺の所為ではありません!

 だから姉よ、その怒りを収めて! ああ、窓に、窓に! 物理的に俺の体が! ああ!

 


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