クラウンがトレセンを卒業して、しばらくの月日が経つ。
彼女は今、とある一室にて、運命の時を迎えている。
「クラウンさん!頑張って!もう少しだから..。」
猛烈な激痛が彼女を襲う。
..太刀打ちできないほどのその痛みに、彼女は耐えるしかなかった。
その耐えるという行為こそが、彼女が母となる第一歩なのだから。
「クラウン!..頑張って!!」
傍らにいる男は、涙をこらえながら妻のその様子に祈りをささげる。
そして..一人の天使の産声が..分娩室に響き渡る。
「...クラウンさん...おめでとう!..元気なウマ娘ちゃんですよ!」
助産師がそっとその娘を抱き上げて、彼女のもとへ。
初めての我が子の姿を見た彼女は..感極まる。
「..ああ...はじめまして..赤ちゃん!」
「クラウン!!...よく..頑張った..ね!。」
夫は妻の手を握って、その運命の時間を体全体で享受した。
――――――――――――
「アレ、清水センセ。今日も早上がりですか?修論みてもらおうと思ったんですけど。」
「ああ..ごめんね。増田先生にお願いできるかな?」
紙の束を持った学生は口をヘの字にする。
「まーた娘さん絡み?ねぇねぇ!写真見せてくださいよ!」
そういって別の女子学生が彼にせがむ。
「しょ..しょうがないなぁ。」
そういって清水はまんざらでもなさそうに携帯を開く。待ち受け画面は妻が娘を抱き上げているその写真だった。
「わぁ!可愛い!!..ウマ娘ちゃんなんだ!奥さんもすっごい美人さん..。」
「あれ?早坂知らないんだっけ?清水先生の奥さん。GⅠウマ娘なんだよ。」
「え!?」
そういって写真をまじまじ..。
「あ!..レッドクラウン!!知ってる!天皇賞とったヒトだ!」
「..まぁ、そういうことだよ。」
そういって、清水は照れ隠すように携帯をしまう。
「ええ!そんな凄いウマ娘さんが先生の奥さんだなんて!」
早坂は信じられなさそうに驚く。
「まったく、どうやってオトしたんですか?俺にも教えてくださいよ!」
そういってくるのは金髪イケイケの学生。井辻。
「まぁ..愛情..かな。」
「うわあ!!勝者の余裕!!」
そういって学生たちは清水を囃し立てる。
「じゃあ..この娘もきっと..いずれは..GⅠウマ娘ですか?」
「うん..きっと。」
そういって清水は『増田研究室』と書かれた部屋を後にする。
―――――――――――
「ただいま!」
そういって、アパートの扉を開ける。
築は少し古く、部屋もちょっと狭いが..何物にも代えられない幸せがそこにはある。
「あ!おとーしゃ!!」
そういって小さなウマ娘がトタトタ..。
「ただいまぁ!マーシャルぅ!!」
そういって寄ってきた愛しの娘を抱きかかえる。
娘は尻尾をフリフリ..耳をピコピコさせながら、父の帰りを喜んだ。
「おかえんなさい。」
そして、部屋の奥から妻の姿が。
優しく夫を出迎える。
「ただいま!..今日も、大丈夫だったかい?」
「うん!今日は二人で図書館に行ったの。この娘、ちゃんと大人しくできたのよ!」
「それはすごい!..さすが君の娘だ!」
「..二人の娘よ!」
エプロン姿が様になっている元GⅠウマ娘は、夫の荷物を受け取る。
「マーシャルをお風呂に入れてくれる?」
「お安い御用さ!」
―――――――――――
「ふぃ~、上がったよぉ!」
「ったよぉ!」
そういって夫は娘を抱えたまま、浴槽から出る。
「はぁい!ご苦労様!」
妻はバスタオルで娘を夫から受け取る。
それは少し値が張るが、肌に優しいタオルだった。
「ほーらおとなしくしなさい!図書館でできたでしょ?」
そういいながら娘を優しく拭く。
「あのボディーソープ使ってくれた?」
「弱酸性のやつだろ?もちろんさ。」
夫は小さなタオルで自分を拭く。
―――――――――
体も拭き終えて、適当なシャツを着た清水はソファにどんと腰を据える。
狭いアパートだけど、ソファはどうしても欲しかったんだそう。
彼の膝の上には、マーシャル。
「おとーしゃ!おとーしゃ!..しゅき!」
と娘にせがまれるその瞬間は、涙をこらえてしまうほど。
(..結婚して..よかった..。)
「あら、お父さんったら、モテモテね。」
そういって、クラウンは食卓に料理を並べ始める。
そのテーブルの上には、晩酌用のビールの姿も。
「お..食前酒ってのもアリかな..。」
そういって清水は娘を抱えたまま、食卓へ着く。
「あ!お父さん!フライングよ!」
「ははは!まぁいいじゃないか!」
プンプンと怒る妻をよそ眼に、清水はビールをグラスへ。
「まーしゃも!まーしゃも!」
娘が急にあばれだす。
「え?マーシャルも?..ビールのこと言ってるのかい?」
「まーしゃも!」
「ダメだよ!..これは、大人の飲み物なんだから。」
「..おとーしゃ、おとななの?」
「え?」
娘のその一言に..清水はうーんと頭を抱える。
「確かに僕は成人ではあるけど..大人..かぁ。..何を以てして大人というのか...かなぁ。」
「もう!また始まった!哲学先生!」
夫のその姿に、妻は笑って呆れる。
「ほーら!マーシャル、お父さんのビールの邪魔しちゃだーめ。」
「やー!」
ぷいっとそっぽを向く。
「じゃあ..こっちはどう?」
そういってマーシャルに幼児用の人参ジュースをちらりと見せつける。
「...のむー!」
マーシャルの興味は一気にジュースへ。
「..助かったよ。さすがお母さん。」
―――――――――
そして夜は..親子川の字で布団へ。
「おかーしゃ!絵本よんで!」
「マーシャルったら、よっぽどこれが気に入ったのね。」
「それ、なんだい?」
夫は見慣れない絵本をのぞき込む。
「今日図書館で見つけたの。『にっぽんいちのうまむすめ』っていう絵本。マーシャルくらいの年の娘たちに人気なんですって。」
「へぇ..。」
それは..努力を積み重ねて、勝利をつかみ取るとあるウマ娘のストーリー。
やわらかいタッチで描かれる絵だが、レースシーンになると、おっと目を見張るほどの迫力があったりするものだから侮れない。
最後のページには、ちゃんとウイニングライブのシーンも用意されている。
「..おしまい。」
ページを閉じるころには、すでにマーシャルは夢の世界へ。
きっと夢のなかで、絵本のようなスターウマ娘になっているに違いない。
「..君を思い出すな。」
「そうかしら?」
「ああ..君も、こんな努力を積み重ねて、あの日勝利をつかんだんだ。..君は輝かしい日本一のウマ娘だって僕は思うよ。」
「..うれしはずかし。」
そういってすでに眠った娘を横目に、そっと二人は唇を合わせた。
「次の日本一のウマ娘は..きっとこの娘。」
「..間違いないよ。」
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「..今日はゼミと、修論の中間報告会の打ち合わせがあるから、遅くなるよ。」
清水の顔は浮かない。
遅く帰ると、娘の寝顔しか拝めないから。
「無理はしないでね。」
「..君も。」
「おとーしゃ!いってらっしゃ!」
娘は父に手を振る。
その姿を見て、父は俄然やる気を出す。
..そうだ、この娘の為にも、自分は頑張らなくては。と自分を奮い立たせる。
「行ってきます!!」
そういって清水は職場へと向かっていった。
「..井辻ぃ、おまえどうしたんだそのデッカイ痣?」
「..ウマ娘ナンパしてみたら..思いっきり蹴られた。」
「バ鹿じゃないの?」
「..愛情じゃなかったのかよ...。」
「アンタのは愛情じゃないから..100%下心だから。」