淡路島鎮守府がヲ級を保護して1週間が過ぎた。
当初、提督がこの件を全体に伝えるとやはり、反発する者が少なからず出てきた。その結果、6駆の4人に加え、日替わりで重巡以上の艦娘が1人、監視役として常駐する事となった。
だが、担当した艦娘は口を揃えてこう言う。「アレは本当に深海棲艦なのか」と。無理もない。彼女の肌は自分達と同じように暖かく、赤い血が通っている。事前情報が無ければ、この眠り姫が死の世界からやって来たとは夢にも思わないだろう。
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「__ヲ級さん、点滴を替えに来たわよ!」
「暁ちゃん、お疲れ様。」
「古鷹さんもお疲れ様、なのです!」
___声が聞こえるわ。身体は動かないけれど、右の方に誰かが居るみたいね。
顔が見たいから、もう少し左にズレてくれると嬉しいのだけれど。声が出ないから、それを伝えるのは難しそう。あれはラジオ…だったかしら。中々良い曲ね。
あら、誰かさん。初めて目が合ったわね。
____ごきげんよう。
「…ッ! 明石さん!明石さーん!!!」
「ちょっと暁ちゃん!?」
……ラジオが倒れてしまったわ。
雑音…また意識、が______
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「もしもーし、聞こえますかー?」
明石がライトでヲ級の目を照らしながら声を掛ける。肩をポンポンと叩くと、やがて彼女は、瞬きと共に覚醒した。
「光を追って…上、下、左、右…目は大丈夫そうですね。」
明石が手で合図を出すと、待機していた響と雷が、ヲ級の背中を支えて起こした。少々ぼんやりとしているが、落ち着いた態度を見るに、心配すべき事は無さそうだ。提督はヲ級と目を合わせ、ゆっくりと話し始める。
「この、言葉が、
ヲ級は静かに頷く。
「話せるか?」
「え、ええ…ゴホン!……問題_無いわ。」
「君の名前は?」
「私の…ナマエ?」
「そうだ。艦娘なら、
初めはその意味が理解できなかった。だが、頭の中に「名前」という言葉を反復すると、その答えは自然と発せられた。
「かが…そう、加賀。私の名前は航空母艦『加賀』よ。」
「俺は瀬名 聡一郎。ここの司令官をやっている。鎮守府へようこそ、加賀」
「こちらこそ宜しくお願いします、瀬名提督。」
ぐぅ〜っ
と、気の抜けた音が医務室に響き渡る。静かな空間に、小さな笑いの花が咲いた。
「ハハ、何か食事を持って来るよ。何か好きな物はあるかい?」
「ごめんなさい。食事って…何かしら」
「うーん……一言で言えば、栄養補給かな。」
「ああ、補給の事だったのね。それなら、少し顔を貸してもらえるかしら」
「…?」
突然、加賀は提督の頭を引っ掴むみ、彼の口元へ吸い付いた。
「んぐっ…!?」
「хорошо。結構大胆だね」
「はわわわわ……」
「すご…これが、"でぃーぷきす"ってやつ?」
「みっ、皆見ちゃダメーッ!!!」
周りの反応も気にも留めず、加賀は久しぶりの
「んっ…れろ……じゅ…」
「ん!んーッ!んぅ………」
声を出せないなりに助けを呼んでみたが、古鷹は暁達の目を塞ぐので精一杯。頼みの綱の明石も、口を開けたままフリーズしてしまっていた。
「……ちゅぽっ♡」
窒息しそうになってきた頃、ようやく解放された。
「提督、大丈夫……ですか?」
「あ?……ああ。___明石、加賀を着替えさせたら、食堂へ連れて来てくれ。俺は急に腹が減って来たよ…」
「明石さん、私達はどうしましょうか」
「この件についてはまた調べるとして…暁ちゃん達は寮から予備の制服を取って来て貰えますか?」
「了かーい!第六駆逐隊、空母寮へ出発よ!!」
「はーい!」「Дха.了解。」「なのです!」
「古鷹さんは、私と一緒に加賀さんのサポートをお願いしますね」
「は、はい!」
「まずは点滴を外しますよ____」
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「__来たか。」
六駆の4人に連れられ、ゆっくりと歩く加賀を、食堂の入り口で待っていた提督が出迎えた。
「君に会わせたい人がいるんだ。こっちへ」
言われるままに連いて行くと、これでもかと料理の並んだテーブルがあり、黄金色の瞳でこちらを見つめる女が居た。
初対面である事に違いないが、何故か加賀はこの女が誰かを知っていた。
「赤城…さん?」
「やっと逢えたわね、加賀さん。」
恐る恐る隣へ座ると、彼女の髪が加賀をくすぐった。まるで数十年来の友人に再会した様な、妙に懐かしい気分になる。
「詳しい話は食べてからにしましょう。箸は持てるかしら?」
そこらの知識はあったらしく、難なく箸を持つ事が出来た。
赤城は小鉢に肉じゃがを、お椀に白米をよそって、加賀の前に置いた。
これまで嗅いだことが無いその香りは、今まで生魚位しか食べてこなかった加賀の食欲を、とても強く刺激した。
生唾を飲み込み小鉢を手に取ると、箸は勝手にじゃがいもを掴み、口の中へ運んでいた。
「美味しいですか?」
どうやら聞くまでもなかったらしい。加賀は目を輝かせ、一口一口をじっくり味わった。さらに、それと絶妙にマッチする炊き立ての白米。唐揚げや漬物が付いてくると、もう箸は止められない。
赤城もこれに加わり、20分もすると、あれだけあった料理は綺麗さっぱり無くなっていた。2人はご馳走様でした。と手を合わせて、食への感謝を表した。
「コレが食事なのね。とても気分が…高揚します。」
「まだ終わらないぞ。ほ〜ら」
2人が完食したタイミングを見計らい、提督が3人分のアイスを置いた。
この新たな資格に、加賀は興味津々のようだ。
「コレは何?」
「これはアイスクリーム。冷たくて甘くて…とにかく美味い物だ。」
スプーンでひと掬いし、口に入れると、またもや未体験の食感が舌の上で溶ける
今まで加賀にとって冷たい物と言うと、辛いだけで良いイメージなど無かったのだが、今日、ある種の革命が起きたのだった。
残りを一気に飲み込むと、さっきの幸せから一転、今度はひどい頭痛が襲いかかった。
「まさか、毒!?」
「フフ、そんな一気に食べたらダメですよ」
「赤城、既に完食したアンタが言えた事じゃないぞ」
「私は___お腹が丈夫ですから♪」
「ええ……」
「あーっ!司令と赤城さんと…誰かは知らないが、昼間っからアイス食ってやがる!ずりーぞ!」
「ちょっと嵐!司令に迷惑をかけては……」
「構わない。四駆の皆、哨戒ご苦労さま。」
「はい司令!今日も異常なしです!」
「これで報告書を出す必要が無くなったね〜!」
「ダメだ舞風。書類は出してもらう」
「そんなぁ…アレ書くの面倒臭いのにぃ〜」
「諦めましょう、舞風」
「野分まで…」
提督は懐から間宮券を4枚取り出すと、萩風に握らせた。
「…コレで期限を直してもらえるかな?」
「司令!?只の哨戒でこんな物を頂くわけには_____」
「偶には良いだろう。ここは貰っておけ」
「サンキュー司令!これでまた戦えるぜ!」
「司令ありがと〜!」
「ありがとうございます、司令。」
「提督、それはどうすれば貰えるのでしょうか。」
「特に決めては無いけど…出撃や遠征でMVPを取った娘には毎回あげてるよ」
「そう…では早速ですが、出撃の許可を下さい」
「待て待て待て…いきなり戦場には出せん。まずは艤装の使い方を学んで、十分に経験を積んでから____」
「なら訓練場に行きましょう。補給は完了しました」
「……赤城。加賀を'弓道場'に案内してやってくれ。」
「分かりました。加賀さん、こっちです♪」
「もしもし?今からそっちに新入りの空母が行くから……」
提督は2人を見送ると、ある人物に連絡を取った。