ここは鎮守府の外れ。喧騒からは遠く、波の音が心地よい弓道場。集中力を鍛えるため、空母では無い艦娘も時折訪れるこの場所に、一航戦の2人は足を踏み入れた。戸を開けると翔鶴と瑞鶴___艦の時代から見れば後輩に当たる艦娘が弓を射っていた。
翔鶴から放たれた矢は綺麗な放物線を描き、的の中心から少しだけ右にズレて突き刺さる。
「…ふぅ。」
「さっすが翔鶴姉!」
「ありがとう♪____あら?あれは……」
それが誰なのかは、頭では無く心で理解できた。
「加賀……先輩?」
「
「今日から着任する事になったの。まだ艦娘に成り立てだから、今日は色々と教えてあげて頂戴ね」
「了解!」
「…きたわね、加賀ちゃん」
現れたのは空母達のまとめ役であり、かつては第一線で活躍した歴戦の艦娘、鳳翔だ。
「鳳翔さん…貴方も____」
「ええ。じゃあ早速訓練を始める…前に、まずは身体を慣らしていきましょうか。」
弓を受け取った加賀は射場に立ち、深呼吸をすると、矢をつがえ……放った。綺麗な放物線を描いて風を切ったソレは、的の中心から大きく外れた所に着地した。
「もう一度構えてちょうだい。」
言われた通り、先程と同じように構えた。鳳翔は加賀に寄り添い、細かい修正を加えていく。
「背筋を伸ばして…両肩を入れて……そう、その会を覚えておいてね。今度は、その状態で射ってみて。」
「…分かりました」
再び矢が放たれた。それは一射目とは違い、ド真ん中に限りなく近い場所に命中したのだった。
「すっご……」
それを見ていた瑞鶴から、そんな感嘆の声が漏れた。
「やっぱり、加賀ちゃんには才能があるわ。本格的な練習は明日から始めるとして、次はちゃんと海の上で立てるか、それを確かめるわよ。」
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鳳翔に連れられ、舞台は近くの演習場へと移る。
射撃訓練や演習をしている者など、様々な艦娘の視線が見慣れない顔に集まり、数秒間だけ静かになった。あらかじめ話が通されていたのか、付近には明石がスタンバイしていた。
「ここから先は、明石さんとみんなに任せるわ。私はもう少し射場にいるから、何かあれば連絡を寄越してね。」
「了解です。」
「ここからはこの明石が請け負います。さて加賀さん、早速艤装の接続に取り掛かりましょう。」
明石は加賀をTの字にさせると、慣れた手つきでシューズに矢筒、飛行甲板と艤装を取り付けて、工具で細かくサイズを調節していった。やがて全てのパーツの調整が終わると、カチリ、と小さく音が鳴った。
「コレで
そう告げた明石は、加賀の艤装を全て外してしまった。
「困惑するのは分かります。でも、これにはちゃんと意味があるんです。軽く解説すると_______」
艦娘と艤装は表裏一体の存在である。人の手が無ければ舟が動かないように、艦娘もまた、人間の作った艤装が無ければ戦えないのだ。
特別な例を除き、艦娘の艤装は専門の職人によって作られた後、神職者による祈祷を経て初めて機能するようになる。
神力を帯びた艤装は、艦霊の化身である艦娘の核たる部分ととても良く結合する…………と言う話を、加賀は聞かされた。
「_______要するに、一度身体に登録すれば、いつでも艤装を呼び出せるって事です!早速試してみましょう!」
「呼び出すって、一体どうすれば……」
「一言で言えば、イメージよ。」
2人の会話に、赤城が割って入った。
「まずは艤装があった時の感覚を思い出して、グッと身体に力を入れるの。」
「力を、入れる……ふっ_____」
「そう。次はそのまま、そうね…あの娘達みたいに、海の上を駆ける姿を想像してみて……」
その時、不思議な事が起こった。さっきまで足元にあった艤装が、光の粒子となって四散した。それは加賀の元へと集まり、各部位に集結……再び艤装となって顕現したのだ。
(さっきまでとは違う…力が湧いてくる……!)
「上手くいったわね!私が支えるから、そのまま海へ出てみましょうか」
初めてスケートリンクに立った初心者の様な、そんな恐々とした足取りで加賀と、それを軽く支える赤城。ゆっくりと、しかし確実に、彼女は動き方を覚えていった。
「進みたい方へ身体を倒して…そう、その調子!」
「……一度慣れれば、そこまで難しい事ではないわね。」
そんなこんなで2人が過ごす中、訓練場の上空では2機の零戦による激しいドッグファイトが繰り広げられていた。内容は、先に模擬弾を当てた方が勝ちというシンプルな物。
勝ってその日のおやつを独占するため、ぶつかり合っていた2匹。すると、一機が急降下を始めた。どうやらG耐性に自信のある妖精ーーー仮にSと呼ぼうーーーが、相手を消耗させる作戦に出たようだ。罠だと分かっていても、生まれたチャンスは逃せない。すかさずもう1匹の妖精も後を追う。
それを分かりきっていたSは、ダイブ先にあった
「「きゃあっ!」」
強い風は2人のスカートを巻き上げ、加賀のバランスを崩した。
「ぐっ……ひゃぁっ!?」
服を汚すことを恐れてか、模擬弾による追撃が入る事は無かったものの、彼女はその拍子でバシャン!と大きな音を立てて倒れてしまったのだった。
「あっちゃー……」
「…翔鶴姉!」
「ええ!」
それを見た翔鶴と瑞鶴は、慌てて現場へ向かう。明石はタオルを取りに工廠へ走るのだった。
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「先輩、大丈夫…ですか?」
びしょ濡れの身体を翔鶴に拭いてもらいながら、加賀は答える。
「少し冷えるけど……問題ないわ。赤城さんは無事かしら…」
「ええ。今は向こうで、無茶な飛行をした妖精さんを叱ってる所です。」
「それは良かったわ。_______でも、こんな調子で…提督の役に立てるのか不安ね。」
「そんな事はありません。この調子なら、1週間で自由に動けるようになる筈です!」
「……だと良いのだけれど」
一通り水気が払われた頃、瑞鶴がココアを持って現れた。マグカップを受け取って、そのまま口へ運ぶ。ほんのりとした甘さと苦さは、寒さと緊張を忘れさせてくれた。
「そういえば加賀さん、……何か覚えてる事は無いの?」
「ここに来るまでの記憶は……どうしても思い出せないの。ごめんなさい、貴方達の助けにはなれないわ」
「なんにせよ………これからよろしくね。」
「こちらこそ宜しく、瑞鶴。」
握手を交わした2人の間を、暖かい風が吹き抜ける。この新入りが鎮守府に何をもたらすのかは、まだ誰にも分からない。