これは提督がある日の仕事終わり、風呂上がりの事だった。
「こんばんは〜ていとくぅ〜」
そう言って声をかけて来たのは隼鷹。軽空母ながら多数の艦載機を搭載でき、頼りになるお姉さんである。隣にいるのは足柄と…那智か。
ちょっと待て、何か嫌な予感がして来たぞ
「これから『鳳翔』へ行くのだが、どうだろう。一杯奢らせてくれないか」
「嫌だ。あそこは志鳳さんがいるからちょっと苦手なんだよな…」
「やはりダメか…実の所、鳳翔さんから貴様を連れてくる様に頼まれてな。ここはなんとか…」
「提督、那智姉さんが人に頼み事をするなんて滅多に無いのよ。それに貴方、女性からのお誘いを断る気じゃ無いわよね?」
「そうだぞぉ〜ていとく。ここは両手に華抱えてパーっと行こうぜ〜。パーっとな!」
ここまで言われては仕方がない。提督は渋々隼鷹達の提案を受け入れた。
「鳳翔」は鎮守府の外れ、戦艦寮と空母寮の近くにポツンと建っている。瀬名は志鳳がよく「潤さんと2人でお店を開きたい」と言っていたのを覚えている。もっとも、その夢はもう叶わなくなってしまったが。
「あらいらっしゃい。聡ちゃんも。」
「志鳳さん。その呼び方はやめてくれって前から言ってるじゃないか」
「ふふ♪そうでしたね。聡ちゃんもすっかり大きくなっちゃって…」
彼が鳳翔と会いたくない理由はこれだ。実の所、「聡ちゃん」呼びは嫌いではない。家族の間だけだったなら。しかしここは居酒屋。それにお客は知り合いばかり。提督はそれが途轍もなく恥ずかしかったのだ。
「鳳翔さん、いつものを」
「わかりました。聡ちゃんはぶどうジュースで良いかしら」
「アタシは生で!」
「提督もほら、掛けてくれ。」
「…わかった」
提督は那智と足柄の間に挟まる形で座らされた。もうしばらくは席を離れられないだろう。足柄の隣には隼鷹。
「ところで志鳳さん、話って何?」
「何のことかしら?私は何も言っていないけれど」
「すまないな、提督。一芝居打たせてもらったぞ」
「最近の鳳翔さん、どこか悲しそうな顔をしてたから、那智姉さんと相談して提督を連れて行けば何か変わるかもって話になったのよ。」
「フフ、そういう事だったのね。2人ともありがとう。」
するとカウンター裏から何人かの妖精さんが酒瓶やら焼き鳥の入った器やらを抱えて走って来た。彼らは元烹炊兵であり、今は食堂や「鳳翔」で働いてくれている。
「「乾杯!」」
提督はとり皮をツマミにぶどうジュースを飲み始めた。
「ところで聡ちゃん、金剛ちゃんとは最近どうなの?」
「別に。なんともない。」
「嘘はダメだよ提督ぅ〜。この前手ェ繋いで歩いてた癖にぃ〜このこの〜」
「私も見たわ〜」
「何でそれを知ってんだ隼鷹!皆もそれ以上喋るんじゃあないッ!」
「しかも一昨日なんて一緒に…」
「やめてくれぇッ!」
店中からドッと笑いが起こる。テーブルの上で呑んでいる妖精さんや二航戦まで釣られて笑い出した。もう死にたい。
一方、志鳳はカウンターの上に飾られている写真を見た。笑顔の潤と志鳳、不機嫌そうな顔をした瀬名が写っている。志鳳は写真の潤の頬に優しく触れ、
「貴方、私達の息子は元気にやっていますよ。」
そう静かに語りかけた。
今日も鎮守府の週末はゆったりと過ぎて行く…