迎えた日曜日の朝、提督は金剛を背中に乗せ、スキッパーで神戸港へ走っていた。スピードなら艦娘よりスキッパーの方が上だ。
「しっかり捕まってろよ」とカッコつけたのは良いが、
後ろで抱きついている金剛の力は案外強く、腹が締め付けられると同時に、
背中に当たる柔らかい感触が、彼を二重に苦しめる。
今日の金剛の装いは、白いワンピースに、紺色の麦わら帽子。
普段見慣れない私服に、提督はときめいていた。
やがて、船着場についた2人は、所定の位置にスキッパーを停め、
最初に降りた提督は桟橋から手を伸ばし、金剛を引っ張り上げた。
「テートク、今日はワタシのescort、よろしくお願いしますネ。」
「喜んで、お嬢様。」
この神戸という場所を訪れると、提督は様々な事を思い出す。といっても、良い思い出は少ない。家族と過ごした束の間の平和。
空を覆う、深海棲艦の爆撃機。燃え落ちる家。叫ぶ両親。先が無くなった自分の腕。
そんな記憶も、彼女を見ていると忘れていられる。
2人がやってきたのは〇〇百貨店。古くからここいらに建っている、歴史ある店だ。提督は金剛に引っ張られるようにして、服屋へと入っていった。
「まずテートクには、ここでワタシのAutumn wearを選んでもらいマス。
期待してるからネ!」
初っ端から重大な仕事を任されてしまった。
服のセンスという点において、瀬名聡一郎という男はまったくダメだった。
これが可愛いんじゃないか、と金剛に見せても
季節感がありまセン。だの、上下が合ってないデース。だの言われては
提督の心も折れるという物だ。
ふと店を見渡すと、マネキン達がポーズをとっている。その中の1人に金剛の姿を重ねてみる。そして彼はこう考えた。
どうせ彼女は何を着ても似合うのだから、少しぐらい自分の着て欲しい物を持っていっても良いんじゃないか、と。
明るいブラウンのスカート。グレーのロングシャツに、黒いジャケットと白いマフラーだ。
「やっとワタシの欲しかった物が分かったみたいデスね」
どうやら、満足してもらえた様だ。
「それじゃサッソク、Fitting roomへ行きまショウ。
…テイトク、覗いちゃ…だめデスよ?」
「当たり前だ、そんな事はしない」
そう言って金剛はカーテンの向こうへ消えてしまった。周りが静かなのもあってか、衣擦れの音が鮮明に聞こえてくる。
提督は両の頬をペチペチと叩き、煩悩を断ち切ろうと試みていた矢先、思わぬ事態が起こった。
「時雨、ここであってるのよね?」
「うん。昨日金剛さんが廊下で話してるのを聞いたからね?
間違い無いと思う。」
突然聞こえた馴染みある声に、提督は肝が冷えた。
(なんでアイツらがここにいるんだよ…!)
幸い、まだ此方には気付いていないが、きっと時間の問題だろう。ここで、彼がもう少し冷静だったなら、もっと良いやり方が出来たはずだ。
だが、知り合いにデート中を見られる事への羞恥心が、提督の思考を鈍らせた。
「すまん、金剛!」
「What」
提督は試着室のカーテンを開けると、素早くその中へ隠れた。
「テートクッ!何してるデスか!」
「シッ!静かに」
抗議のつもりか、背中を小突いてくる金剛を他所に、
カーテンの外へ耳を澄ます。そうでもしなければ理性が持たない。
「ここ居ないとなると…もう他の所へ行っちゃったんじゃないかな?」
「…ンッ…!?そ、そうみたいだね、白露。」
2人の会話は、金剛にも聞こえたらしい。状況を察した彼女はもういいでショ?、と言わんばかりに提督の背中をつつく。
極力金剛を見ないようにゆっくり試着室から出た。
時雨だけが、見覚えのあるヒールとスニーカーが、試着室の前に並んでいるのに気付いていた。
++++
「テートクー?大丈夫デスか?」
「ああ、問題ない」
試着室のカーテンが開かれると、提督は感嘆の声を漏らした。
その服は、まるで金剛の為だけに作られたかの様にピッタリだった。
「似合って、マスか…?」
「ああ、めちゃくちゃ可愛いし、とても似合ってる」
「フフン。テートクが選んでくれたんだから、当然デース!」
そう得意気に語った金剛は、その場でヒラリと回ってみたり、色々なポーズを取ってみたり。
こうして試着室という小さな空間で、ささやかなファッションショーが始まった。提督は自分が良いと思った服を選び、
金剛はそれを着こなして見せる。そんな幸せな午後が過ぎていった。
提督は金剛という女性の美しさを再認識したと同時に、
購入した服の値段に驚愕したという。