【完結】黄昏教室の最終制服機兵《カタストロフィ》   作:ジェネリック参勤交代

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8月21日はバニーの日。(一日遅れ)


01 夜を失った惑星(ほし)から──Bunny's_Hop

 四捨五入すれば西暦三〇〇〇年になってしまうような時代においても、浪漫というものは不変だ。

 地上のあらゆる秘境を踏破し、海底のあらゆる未知を調べ尽くし、星の奥の奥まで掘り尽くし、民間企業が気軽に他の惑星に開発の手を伸ばすような時代になったとしても、人類の大切な部分までは捻じ曲がらなかったらしい。

 

 たとえば、宵闇に浮かぶ月。

 たとえば、地平線から覗く朝日。

 ──たとえば、夕焼けに照らされる謎めいた美女。

 

 きっとそれは、この先の人類の脳が破滅的なまでに変化して、『風情』というものを感じる機能さえ失うまで、美しいものとして認め続けられることだろう。

 

 

「夕日ってさ、なんで赤いと思う?」

 

 

 西日に照らされた先輩の頬は、紅潮よりも寂し気に赤く染まっているような気がした。

 窓際の席に肘を突きながら言う先輩の口調は、質問というよりも謎かけのそれに近い。見とれていたことを悟られまいと、おれは肩を竦めながら、意図的に興味なさげな声色をつくる。

 

 

「光の屈折ッスよ。太陽が沈むとき、光は地表近くを通っておれ達の目に届く。すると不純物が多いから、赤い波長の光しかおれ達の目には届かないんス」

 

「そうじゃなくてね」

 

 

 先輩は愛おしげにおれの蘊蓄を笑う。

 まるでテレビの映像がブレるような、そんな儚い笑み。

 

 

「観念の話さ。なぜ私たちは、夕日を『赤』と感じるのか」

 

「…………」

 

「青でも、緑でもよかったじゃないか。なのになぜ、炎のような、血のような、怒りのような赤色だったんだろうね」

 

「……順序が逆転してます。夕日が赤いんじゃない。夕日の色が、おれ達が赤と定義したものに近かっただけッス。別に、炎や血が赤いのとは関係ない。そもそも、怒りの色なんて……」

 

「アハハ、確かに」

 

 

 先輩は、ただ笑う。おれの反駁などどうでもいいと言わんばかりに。

 確かに、先輩はおれがどう反論しようとどうでもいいのだろう。分かってる。先輩がそんな話をしたいわけじゃないということくらい。分かっていて、おれは()()から逃げる為に、必死に話をすり替えているにすぎない。

 

 

「夕日はね、映しているんだよ。あの日の赤を」

 

 

 窓の外から差し込む真っ赤な光の元を眺めながら、先輩は昔を懐かしむように言った。

 隣の席から見る先輩の横顔は、やはりどこか寂し気で。 印象が、掠れる。まるでラジオの音声にノイズがかかるように、先輩の感情が不確かになっていく。だからおれは、無性に遣る瀬無かった。

 

 

「あの日の炎を。あの日の血を。あの日の────怒りを」

 

 

 きっと、おれも同じことを思っていたから。

 だからおれは、こんな謎かけには答えたくなかったんだ。

 

 

 

 ──あの日、人類は夜を失った。

 

 

 いや。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 宇宙開発政策は人類にとっても有益だったと言えるだろう。

 

 他惑星での資源採掘は資源枯渇に悩まされていた人類にとってはひとつの大きなブレイクスルーとなった。『上限』を意識しなくてもいいということは、人類の科学技術の進化速度に有意な変化を齎した。

 それまでの一世紀と人類が宇宙に出てからの一〇年で比べても宇宙時代の一〇年の方が科学技術の発展度合いでは上というのだから、それがどれほどの変化だったかは誰の目にも明らかだ。

 

 ただ、新天地というものは常に素晴らしいものだけを齎してくれるとは限らない。

 

 未開のジャングルへ向かった探検隊が未知の伝染病を持ち込むように。

 遥かなる宇宙は、()()()()()()を人類に与えた。

 

 

「…………月の裏側からやってきた人類の敵対者、『クレーター』ね……」

 

 

 ()()()()()

 

 眼前に聳える巨大な化け物を見据えて、おれはうんざりしたように呟く。

 

 異形、と率直に表現するのが適切か。

 一言で表現するならば、『杵を持つ白兎』だった。ただし、サイズが桁違い。体高は四メートルにも及び、右腕が半ば杵と同化しているその容貌は、相対しているだけで観察者に生命の危機を感じさせるに十分だ。

 相対するおれがいかに身長一九〇を超える大柄な少年だったとしても、そんなことは関係ない。そもそも人類が向かい合っている時点で、『争いのジャンルが違う』ということをいやでも自覚させられるというものだ。

 

 しかし現実と言うのは非情なもので、おれはどうしてもコイツと戦わなくてはならない運命にあった。

 その運命を端的に示すように、懐の通信端末から楽し気な少女の声が聞こえてくる。

 

 

『稲羽クン。周辺に生命体は存在しないよ。……つまり、人目もない。思う存分やれるね?』

 

「はいはい。了解ッスよ。……ハァ、()()、あんま使いたくはないんだけど……」

 

 

 宇宙開発の副作用(デメリット)として現れた襲撃者、『クレーター』。

 とはいえ、人類に対抗手段が残されていなかったかというと、そういうわけでもない。

 ──そもそもなぜ人類が宇宙開発を本格化させられたのか。そこには、一つの発明があった。

 

 

「起動……っと」

 

 

 宇宙開発において、一番のネックとは何か?

 考えられる事柄は色々とあるはずだ。たとえば無重力環境が齎す人体への悪影響であったり、宇宙線であったり、真空の危険だったり。だが、それらはすべて一つの言葉で纏められる。

 

 『人間が生身であること』。これだ。

 

 要は、人間が生物であることが宇宙開発における最大のネックだった。だから人類は、それに対する極めてスマートな解決策を導き出したわけだ。

 即ち、機械の身体を手に入れる(サイボーグ)技術。

 

 イメージソースには、制服が使われた。

 そもそも制服っていうのは、『目的に適した機能を持つ服飾』から出発しているからな。好きに肉体をデザインできるとなったら、つまり機能レベルから『目的に適した機能』を付け加えることができるわけで──人類はついに、『目的に応じて肉体を作り変える』という境地にまで達したのだ。

 

 人呼んで、制服機兵(ユニボーグ)

 

 消防士の制服が防火性を持つように、普段遣いする学生服が汚れに強いように。

 それぞれの職種に応じた機能をさらに発展させた、新時代のサイボーグ技術。その()()()性能は、月の裏側からやってきた襲撃者『クレーター』に対しても有効だった。

 今となっては、おれを含めた制服機兵(ユニボーグ)の多くは対『クレーター』戦に駆り出されているといっても過言ではない。まぁ、お陰で『クレーター』との戦場じゃあ様々な職種の制服機兵(ユニボーグ)が入り乱れる一大コスプレ会場みたいになっちまうなんてある種の逆転が起こっちまっているんだけど。

 

 

職種:女性賭場進行者(ワーク=バニーガール)

 

 

 直後。

 肉体の変化があった。

 

 

 今時の制服機兵(ユニボーグ)ってのは、もう生身の肉体の割合なんてゼロに等しい。もちろん自分から生身の肉体を手放すような連中には相応の特異性があるわけだが、おれの場合はその中でもかなり特異と言っていいだろう。

 何せ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこにはもう、身長一九〇を超える巨躯などどこにも存在していなかった。

 いるのは、せいぜい今までの大男の胸ほどまでしかない小柄な少女。白く瑞々しい肌は黒のバニースーツと網タイツ、それからぴょこんと跳ねた真っ白いウサミミでのみ覆われ、金色の長髪は風に吹き流されるがまま。

 宇宙開発時代以前であれば、この姿を『サイボーグ』と表現することに困惑すら抱かれていただろう。明らかに質量保存の法則を無視した風な変形に唖然とされていたかもしれない。

 まぁ実際、おれも慣れないうちは同じことを思ったから、気持ちは分かるけどな。

 

 

「……BG-0178、作戦行動に入るッス」

 

『了解』

 

 

 そうして、戦闘が始まった。

 

 兎型『クレーター』の右手の杵による攻撃を飛び跳ねるようにして躱したおれは、その後ゆっくりと円を描くように『クレーター』から距離を取り、敵の様子を見る。

 『クレーター』の姿は千差万別だが、もっとも警戒すべきはその『秘めたる能力』だ。ヤツらの多くは知性を持たないが、それぞれが特殊な能力を持っているため、それが分からないうちから突撃するのは得策ではない。

 今回の『クレーター』の場合────

 

 ぐにぃん、と。

 

 『クレーター』の杵が突いたコンクリートの地面が、本来の硬度を無視しておもちのように持ち上がった。

 

 

『解析完了。「粘度及び柔軟性の改変」だね。典型的な環境侵略(テラフォーム)型だ』

 

「オーケー。とっとと始末するッスよ」

 

 

 つまり、あのコンクリートもちに振れれば行動が制限される。

 制服機兵(ユニボーグ)本来の身体能力で回り込みながら、おれはじっくりと『クレーター』を観察する。兎型──と表現したものの、四メートル台の巨躯を支える為、下半身はがっちりとしている。とてもじゃないが兎のように飛び跳ねたりできるような形にはなっていなかった。

 加えて、あの右手が変形した杵。べったりとコンクリートもちがついていることから、アレも『クレーター』の移動を制限しているように思われた。

 

 そうして導き出された攻略法は、ひとつ。

 

 『あのコンクリートもちで敵自身の動きを止め、その間に始末する』。

 

 作戦を決めた後は早かった。

 

 俺はまず、『クレーター』が作り出した変形地帯の外からジャンプして『クレーター』の眼前へと躍り出る。

 

 

『グオオオオッ…………』

 

 

 『クレーター』もそれに対して迎撃を行おうとするが、やはりその動きは緩慢だ。右手と同化した杵を振り下ろす前に、俺は足を高く上げ、その頭部目掛け勢いよく踵を振り下ろした。

 ゴォン!! と、鐘を鳴らしたような鈍い音が宵闇の空間に響き渡る。

 踵を落とした反動でそのまま跳躍したおれは、蹴りで随分屈んだ体勢になった『クレーター』を見据える。そして、一つの違和感に気付いた。

 

 

「…………なるほどな」

 

 

 空中では身動きがとれない。その保険として回収しておいた小石を、数個ほど『クレーター』へと投げつける。

 その次の瞬間のことだった。

 屈んでいた『クレーター』が、もちと化したコンクリートに息を吹き入れてちょうどゴム風船のように膨らませてこちらへ向けてきたのは。

 

 あのまま追撃をしかけていれば、俺はコンクリートもちに全身を絡めとられて身動きがとれなくなっていたことだろう。だが、膨らんだコンクリートもちはその前に小石に破かれ、ちょうど失敗して口元にはりついたガム風船の成れの果てのように『クレーター』の頭部にへばりつく。

 

 

「おれが並の制服機兵(ユニボーグ)だったら、お前が勝っていたかもしれねえ」

 

 

 多くの『クレーター』に知性はない。

 だから交渉などできないし、おれ達人類にできるのは連中の駆除のみ。だが──知性がないことは、知能の低さを必ずしも意味しない。

 『クレーター』は、その狂暴性はそのままに、人類にも比肩する狡猾さによって宇宙時代に猛威を振るった。だからこそ、人類は夜を失ったのだから。

 

 

「おれの職能は、女性賭場進行者(バニーガール)。知ってるか? ディーラーってのは、参加者の『悪巧み(イカサマ)』を見抜く技能がなきゃやっていけないんだぜ」

 

 

 スッ──と。

 胸の谷間から取り出したトランプを指で挟み、顔面を覆われて身動きがとれない『クレーター』の喉に差し入れる。

 それで、戦いは終了した。

 

 宵闇に相応しい静寂の中────

 

 『クレーター』は、静かに活動を停止した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 

 戦闘終了から五分後。

 あたりはすっかり黄昏時の赤い日差しを取り戻していた。

 

 いつの間に現れたのか、夕焼けの公園には真っ黒なセーラー服姿の先輩が佇んでいた。

 

 

「お疲れ、稲羽クン」

 

「いえいえ。このくらいの『クレーター』なら特に何も。精々、小遣い稼ぎ程度の苦労ッスね」

 

「フフフ、流石は『ランカー』。私も先輩として鼻が高いよ」

 

「まぁ、『この姿』はいつまで経っても慣れないッスけど」

 

 

 そう言いながら、お世辞にも清楚とはいえない煽情的な服装の端っこをつまんでぼやいてみる。

 本当ならすぐにでも戻りたいところなのだが、『クレーター』討伐の報酬を受け取るには、制服機兵(ユニボーグ)機能を稼働させたまましばらく待っていないといけない。おれの機体番号を衛星が検知して、それをスコアとして記録してもらわないといけないからだ。

 だから、一度稼働を開始するとだいたい最低でも一時間くらいはこの状態でい続けないといけなくなる。正直、お金と引き換えに人間性を売り渡している気分だ。

 

 

「…………すまないね」

 

「先輩が謝ることじゃないッス」

 

 

 ……もちろん、おれの他に稼働と同時に性別まで切り替わるような豪快な制服機兵(ユニボーグ)なんていない。

 おれがこんなふうになったのは、数ヶ月前。『クレーター』が初めて地球に襲来してきたという『歴史的大事件』が影響している。

 

 

「そもそも、先輩がいなければおれは死んでたわけッスし」

 

 

 端的に言って、おれは『クレーター』に襲われて死んだ。

 ごく普通の高校生だった。

 そのころから制服機兵(ユニボーグ)分野の権威であった天才美少女科学者の先輩とは交友があったけど、あくまでそれは同じ部活の先輩後輩という程度。こんなにいろいろな秘密を分かち合うような間柄ではなかったのだが……おれが死んだまさにその現場に、先輩がちょうど居合わせたのが全ての運命の歯車を狂わせた。

 たまたま先輩が所持していたという女性賭場進行者(バニーガール)制服機兵(ユニボーグ)を肉体とすることで命を繋いだ俺は、こうして先輩のナビで『クレーター』を破壊する日常を送っているというわけだ。

 もちろんこれだけで、命の恩人である先輩を責める気など一切湧かなくなるというものだが──

 

 

「それに……先輩は今も、一人で戦っているじゃないッスか」

 

「…………、」

 

 

 先輩の横顔に、静かにノイズが走った。

 

 月の裏側からやってきた襲撃者『クレーター』には、とある性質があった。

 それは、『暗闇でのみ活発に活動する』というもの。

 そもそも真っ暗な宇宙からやってきた生命体なのだ。暗闇で活発に活動するという性質は至極当たり前だが──そんな『クレーター』が地上にやってきたことで、人類の生活というものは一変した。

 つまり、夜を捨てるしかなかった。

 夜の暗闇は現代社会の明かりを以てしても『クレーター』の活動を抑えるには至らず、人類は夜の間、地球の陰に隠れてしまう太陽の代役を立てる必要が発生した。

 

 職種:天照大御神(ワーク=アマテラス)

 

 ──先輩は、人類の為に太陽となった。

 

 今ここにいる先輩は、『アマテラス』の職能による光学ヴィジョン。つまり、本物の先輩ではない。本物の先輩は、今も上空一〇万メートルの位置で太陽となって夜の闇色を黄昏の赤に塗り替えている。

 本人曰く、話し相手はいるから退屈はしないらしいけど。

 

 

「今は、届かないッスけど」

 

 

 虚ろな電影の先輩に、それでもおれは言う。

 

 

「お誂え向きに、おれはウサギっス。高く高く飛んで、いつか掴んでみせますよ。先輩の手を」

 

「……フフフ。嬉しいけど、できるかな? ウサギは月で、杵を持って餅を突くものと、相場は決まっているだろう」

 

 

 冗談めかして言う先輩の姿は、さらにノイズまみれのものへと変わっていく。

 そろそろ、先輩の方も時間切れということなのだろう。地球のとある一点に局地的な幻影を作り出すなんて、いくら『アマテラス』でもかなり厳しい芸当っぽいし。

 

 黄昏の中に消えてしまった先輩のいた場所を見つめながら、おれは小さく呟いた。

 

 

 

「お生憎さま。ウサギだって天高く飛び上がって、太陽の手をとることくらいできるんスよ。惚れた女の為ならば」




参加作者は以下の通りです(五十音順)
家葉テイク
潮井イタチ
たこふらい
弥宵
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