【完結】黄昏教室の最終制服機兵《カタストロフィ》 作:ジェネリック参勤交代
「───ねぇ、何か面白いこと言ってよ」
「いきなりボケ潰ししてくるのやめねぇか!?」
宵闇の中で。
隣を歩く黒髪少女に向かって俺は叫び返す。
『面白いこと話して』、なんて言葉は男女間でいえば、ある意味で
普段ならウケるであろう渾身のギャグも、この言葉を枕詞にするだけで失笑で終わるという破壊力抜群の一言である。コミュニケーションにおいて早く禁句にしたほうがいい。
「それで? 早くしてよあと三秒でね、はい。いーち、にーぃ───、」
「わかったわかった今言うって! はい!」
おほん、とわざとらしく咳払いをして少女に向き直る。俺の渾身の一撃、受け取れ。
「───前髪切った?」
「えっ……気持ち悪い……」
「んなこと言うだろうと思ったよチクショウが!! そーですよ俺にこんなセリフなんて似合いませんよ!!」
ドスドスッ! と胸を射抜いた少女の冷たい視線に膝をつきそうになる。確かに俺のチョイスもアレだったかもしれないが、唐突な無茶ぶりに対する対応としては50点くらいは貰ってもいいんじゃないだろうか!?
───んでもって。
「どうするよ、これ」
呟いて、ぐるりと薄墨色に染まった周囲を見渡す。
『グル、グワオ───』
影から染み出すように現れたのは体長1mほどの異形の存在。鋭い牙が覗く口、太い腕、金属のような質感で全身を覆ううろこ状の何か。敢えて例えるならば『金属のワニ』と表すのがふさわしいだろうか。
「
「しかも報告と全然形状が違うね。蟹っぽい見た目って話だったけどワニだよこれ」
仮称『カルキノス』討伐のための
普段ならともかく、既に本命のサポートという任務がある以上、正直対応に困る相手だった。
「……今のところ新たな『上位個体』の反応は無し、と。『アマテラス』に暗くしてもらったのはいいけど、この程度なら放置して早めに
「『上位個体』は『アマテラス』の黄昏を食い破る。それだけならまだマシだけど問題はその周囲。もし『カルキノス』がこっちに来て、黄昏を破壊した拍子にここに放置したこの数の
「言われてみりゃ……確かに。賛成だ。そうと決まれば、」
「当然殲滅。いつも通り、さっさと済ませようか」
彼女がそう告げるのに合わせ、魑魅魍魎の軍勢へと足を進める。こうしている間にも鰐型『クレーター』は数を増やし続け、上空からここを見たら足の踏み場もないと感じるくらいだろう。
もっとも、『ランカー』とまで上り詰めた
「起動。
「起動。
そして。
同時に二人の肉体が変貌する。
地毛を金に染めた学生服の男は、分厚い消火服を身にまとった小柄な黒髪少女へと。
セーラー服を着た黒髪の少女は、白衣を着こなしメガネを掛けた、研究者然とした金髪の男へと。
鏡で写したように、見た目や性別をちょうど入れ替えたような二人の
瞬間、戦闘が始まった。
「おらよ!」
『グギャ───!?』
右手で取り出したるは大口径の銃にも見える散水ノズル。そいつの銃口を『クレーター』へと向けトリガーを引く。限界まで細く薄く圧縮された水が流星のように飛び出し、射線上の標的を吹き飛ばしていく。
が、その様子を見ても戦闘前から感じていた懸念は晴れない。
「硬いな」
30㎝の鉄板でさえ易々と切断する水の刃。それをまともに食らって吹き飛んだやつらだが、不思議なほど行動不能に陥った個体の数は少ない。大きな傷を作ったものも見えるが、多くはその硬い外殻で水を弾き致命傷を防いだように見える。
「
「今やってるよ
「はいよ」
言葉を交わしながら次々と飛びかかってくる『クレーター』を水圧カッタ―でまとめて吹き飛ばし、懐に入り込んだものは左手で持った消火斧で地面へと叩きつけ、白衣の男を守るように布陣を固めていく。
水圧カッターは言わずもがな、分厚い斧による一撃でさえ耐える耐久力、そして圧倒的な数。並の制服機兵であれば苦戦は免れないような相手だ。
「もっとも、俺たちにゃ通じないけどな。いけるか?」
「あぁもちろん、このボクの手に掛かれば朝飯前───おっと、
そして白衣の男が取り出したのは極彩色の液体が入った幾本かのフラスコ。それを無造作に、飼い犬にボールでも投げるかのような気軽さで『クレーター』の集団へと放る。
当然、受け取り手がいないフラスコは重力に従い地面に落ち、割れて。中の液体は地面にぶちまけられ、少しずつ気化しながら空気の流れに従い辺りへ広がっていく。
『ギャ───?』
訝しげに唸り声を上げた『クレーター』の一団に異変が起こったのはその時だった。
シュワシュワと。
まるで炭酸が弾けるような音が聞こえた気がした。
『グギャ!? ギャギャギャギャ!!!??』
見ると、鰐型『クレーター』の全身からボタボタとどろりとした物が垂れ始める。一拍遅れて周囲の一団すべてが苦悶の声で満たされる。
「
『クレーター』が上げる悲鳴の中、唄うように白衣の男は告げる。
「強大で強固な壁があったとしよう。ボクたちは何もそれに馬鹿正直にぶつかる必要はない。材質と特性を分析し、そこからほんの少しの穴を空けて。あとはそれに対する
宵闇の中から響いていたおぞましいほどの大合唱は一分も経たずに途絶えた。『クレーター』は文字通り、戦闘の残滓さえ残さず消滅した。
やがて、暗闇を塗りつぶすように赤色の光が降り注ぎいつもの黄昏が戻ってくる。
ヒュウ、と軽く口笛を鳴らす。
「相変わらず凄まじいな」
そんな俺の反応を見てインテリメガネは得意げに頷き、現場に背を向ける。
「体内までガッチガチだったし、手っ取り早く
「うっせぇメガネ。行動不能直前になっても使わなかったところを見るに『元々能力を持たないタイプ』だったってことなんだろ。……?」
「ま、しょうがないからそーいうことにしといてあげるよ。……さて、これにて一件落着。あとは『上位個体』の探知を『アマテラス』にお願いしてさっさと援護に───、」
ふと感じた違和感。
それを頭の中で言葉にする前に、状況は動き始めた。
「マズ……ッ!?」
「うわっ!?」
咄嗟に彼女を突き飛ばす。それと同時に、上下から右腕を挟み込む押しつぶすような強い圧迫感。ミシミシと軋む音が体の中に響く。ぐうん、と体が勝手に宙へと持ち上げられていく。
一瞬遅れて、周囲の黄昏がガラスのように砕け散り闇が溢れ出す。
視界に映ったのは巨大なアギト。
今まで気づかなかったことが不自然なほどの巨体が、平穏に見える水面から突如獲物へと食らいつくワニのように、そのアギトで俺の右腕に食らいついていた。
「こいつ……ッ!?」
(さっきの
ガギィィン!! と。
脱出するため、アギトへと振り下ろした消火斧が甲高い音を上げる。不安定な姿勢だったとはいえ、振り下ろした場所にはほんのかすり傷程度しかつけられていない。
ニンマリと。
下方に見える『上位個体』の目が細められる。
そして、目の前に『嵐』が現れた。
「ごっ、ああああぁぁ!!?」
それは回転だった。一時停止したビデオを再生したかのような唐突さで現れたその力場は『上位個体』の体ごと、食らいついたアギトを強烈に回転させ、一瞬で腕を根元から食いちぎっていった。
(
右腕という支えを失い、巻き起こされた突風で枯葉のように吹き飛び10mほどの高さから地面へと叩きつけ───られない。すんでのところでアイツに抱えられる。
「───解析完了。ヤツの能力は『回転力の操作』だ。しかし───」
ズゥン、と重い音が響く。『上位個体』が着地した音だ。
この場に居るだけで存在するすべてのものを押しつぶすような存在強度。その巨体に正しく、あるいはそれ以上に感じられる圧迫感に息が詰まりそうになる。
「
だが事実、ヤツは今ここに居る。頭の中でいくら行儀の良い否定材料を綺麗に並べ立てようと、目の前にいる現実は少しも揺らがない。
戦わなければ生き残れないと、運命が告げていた。
バリバリと、せんべいでもかじるかのように俺の腕を咀嚼しながら悪意に満ちた瞳が地を見下ろす。
『■■■───、■■■■■■───!!!』
『上位個体』、
鋼鉄の鎧を纏った埒外の巨獣が、鏖殺の意志を持って高らかに吼えた。
そして。
轟! と。
爆発するように、幾本もの竜巻が地面から立ち上がる。
巻き込まれた街路樹や建築物は一瞬でバラバラに引きちぎられ、自らをも暴風の刃へと変えていく。
おそらくは奴が能力で作り出した代物。巻き込まれたら
幸運なのは、巻き込まれて飛ばされた粉塵で今はそれが辛うじて目くらましになっていることだろうか。僅かでもこの状況に対して考える時間が与えられていることに感謝した。
「ヤバいな、これ」
「うん、めちゃくちゃヤバイ。───よし、逃げよう!」
「あっこんにゃろう逃げんなバカ!! ここで俺らが逃げたら大惨事だろうが!!」
くるりと背を向けようとしたバカの襟首をつかみ引き止める。ここで逃げられたらマジで笑えねぇ!
「チッ。───んで、どうすんの? 具体的なプランは? 右腕を失ったキミに何ができる? 言っておくけど、突発的な『上位個体』との戦闘で生き残れた
「あぁ。奴さんの方から出てきてくれたし、探す手間が省けてむしろ願ったり叶ったりってやつだぜ。それによ───」
引き攣りそうになる口元を無理やり笑みの形に押し込め、残った左手で掴んだ斧の先を暴風の向こうにいる上位者へと突きつける。
「ここでコイツを討伐したら、報酬だってきっと大盤振る舞いだぜ。ランクの変動だって夢じゃねぇ。どうだ。伸るか? 反るか?」
呟いた俺に彼女は呆れたようにため息をつく。
「ホントにキミはしょうがない奴だな。そんな見え見えの透け透けの文句にこのボクが引っかかるとでも思ったのかい? ───伸った。いつも通りプランも任せてくれたまえよ。その代わり馬車馬の如く肉盾として働いてもらおうかにゃーん?」
「それこそいつものことじゃねぇか! 上等だぜやってやるよ!」
「その意気やよし。まずは『プランA』といこうか──────」
「───おい! こっち見ろデカブツ野郎!」
粉塵を巻き上げ視界を遮る暴風の中を、爆発するような勢いで『ラセルタ』のほうへと突き進む。千切れた右腕のせいで重心が左に偏って、あるいは転倒しそうになるがこの際四の五の言ってる場合ではない。
こちらに気づいた『ラセルタ』が嘲るような声を上げる。
地響きを上げながらこちらに向き直った鉄壁の怪物が新たな竜巻を作り出す前に、残った左腕でバックパックに格納していたボンベをヤツの鼻先へと投げつける。
ドパン!! と。
まさに命中するその直前、ボンベが爆発し白い粉が撒き散らされる。
『■■■───!?』
唸り声を上げた『ラセルタ』にしてやったりと笑みを浮かべる。
「驚いたかよワニ野郎! 油断してっからそうなるんだぜ!」
撒き散らされた白い粉は空気中の水分を吸収し、お互いで結びつき薄く伸ばした布のように変化する。そして風に飛ばされる前にそのまま顔面へとへばりつき、視界を完全にシャットアウトしていく。
「消火剤も進化してるんだぜ。もっとも、本来の使い方じゃないけどな……っと!」
混乱するヤツの頭を足蹴にし、一気に巨体の上を駆け上がる。
「───やっぱり、思った通りだぜ」
視界を奪われ、闇雲に手足や尻尾を振り回す『ラセルタ』の様子に一つの確信を得る。
「テメェの能力、自分自身に使うにはリスクが高いんだろ!」
回転力の操作。先ほど食らったように、今も周囲を破壊している竜巻のように、その力は強力だ。強力な分、鋼鉄を纏ったヤツ自身にさえ牙を剝くということだろう。
体の一部だけ回転させれば千切れるし、かと言って全身ごと回せば地面に何度も叩きつけられてダメージを負う。ここが地球より重力が弱い月であれば宙に浮いたままで何の制限もなく自身に能力を使っていたのだろうが、生憎ここは地球だ。
だからこそ、ヤツはリスクを避けるために能力を『空中に自分の全身があるとき』、あるいは『自分の体から離れた地点』でしか行使できないのだろう。
だからこそ、それが俺たちの勝ち筋になる。
インテリメガネから受け取った極彩色のフラスコをちょうど散らばるように投げつける。
破裂したフラスコから零れた液体は『ラセルタ』の背中を覆い、飛び散り、気化しながらやつの全身を覆っていく。
「テメェの
一拍置いて、爆発したかと思うほどの絶叫が『ラセルタ』の喉から吹き上がる。
「やったか……!?」
離れた場所に着地し、固唾を飲んで見守る。
耳を覆いたくなるほどの悲鳴の嵐の中、ボタボタとヤツの身体が溶けていく。
『■■■───、■■■■■■───』
ビシリ、と。
音を立てて『ラセルタ』の背中が裂ける。
ベリベリと鋼鉄の鎧が剥げていき───、
進化。そんな言葉が脳裏を過った。
溶けかけ、古くなった身体を脱ぎ捨て、より強靭な身体になるための進化。
驚くと同時に一つの確信を得る。
周囲の環境を浸食する
『■■■■■■ォ──────!!!』
そこに居たのはもはやワニではなく。
輝く鱗を持った地を這う
遠吠えと共にその全身からブワッと蒸気が吹き上がる。少し離れた場所に居るはずの自分のところでさえ、感じられる熱風が黄金の竜を中心に吹き荒れる。
『───、自分の体温を高熱にすることで毒を分解してるんだ』
違う地点からこの様子を見ているだろう彼女から通信が入る。
『溶解液は事実効果を示したが、こうなってはいいと言っていいのか悪いのか……想像するに、奴の外皮は薬剤耐性を獲得した。もはやすべての毒物は通じない。おそらくは人類の叡智の炎でさえ』
感情の動きを感じられない平坦な声色で、絶望に値する事実が耳に届く。
力が抜けそうになる膝に激を入れ、残った左手で真っ赤な斧を握りしめる。
「ヘッ、金ぴかギラギラで見やすくしてくれて逆に助かったよ」
自分に言い聞かせるように呟いて『ラセルタ』を睨みつける。
ぎょろりと、縦に裂けた瞳孔が
『■■■───』
『よく言うよ。こっちとしてはあとそっちがやるべきことやってくれないと動けないワケよ。あともうちょっと頑張ってよ。ほらほら早くしないとボクの出番来る前に終わっちゃうんじゃないの? ───ってあっ、ヤバ、』
ボグァン! と。
破裂するような勢いで炎の竜巻が離れた場所に吹き荒れる。
それと同時に、アイツから届いた音声が途切れる。
「───えっ、おいウソだろお前、はぁ!? クッソふざけんなあんのクソメガネ何真っ先に死んでやがる!?」
ギャルギャルと火の粉を散らしながら収束し始めた周囲の空気からバックステップで距離を取り、舌打ちをする。
「一人でやるしかねぇってことかよ……!」
歯噛みをしながら、先ほどの焼き直しのように『ラセルタ』に向かって突撃する。
能力による竜巻。発生までに若干のタイムラグがあるため今は辛うじて避けられるがいつまでもこの状況が続くとは限らない。決定打が無くてもここは攻めに出なくてはならない。
アギトによる食らい付き、空気の流れを操作して作り出した螺旋を描く灼熱の空気弾。
一種の戦術兵器をも上回るそれらを、ジェットパックのようにホースから水を噴き上げながら躱す。そしてもはや活火山の火口と見まがうほどの高温と化した黄金の鎧へと消火斧を振り上げる。
「もう俺の攻撃なんて屁でもない、なんて思っちゃいない───よなぁ!」
手に持った斧をくるりと半回転。平たい斧部分の反対側に取り付けられた鋭い切っ先───つるはしの刃を、水圧で加速させて振り下ろす。
バキメギ! と、音を立てて鱗へ沈み込む刃先。しかしこれだけでは到底致命傷になりえない。
転げ落ちるように『ラセルタ』の攻撃を回避しながら、何度も、何度も、軋むつるはしを振り下ろしていく。
散水ホース。消火剤。消火斧。
この3つが今ある俺の武器だ。もっとも、水圧カッターは効きそうにもないし、消火剤は初手で使い切った。右腕も失った。唯一のダメージソースである消火斧に関しては今の戦闘でだいぶガタが来て今にも壊れそうだ。
今回の戦闘なんて『上位個体』が現れてからは最悪だ。
限られている手札は最初から露見してたし、腕は食われるし。
「それでもよ───『限られた手札で一定以上の成果を出す』、これくらいできなきゃ『
傷とも言えない物にしろ、いたるところに穴を空けられて限界を迎えたのか、ついに『ラセルタ』が大きく動く。
ズン! と。
地響きが上がり、浮遊感と共に風景が遠ざかる。
(コイツ───飛びやがった!?)
そして、再び
「ごっ──────、」
全身を高速で回転させた竜の体から大きく弾き飛ばされ、身動きの取れないところを太く発達した腕で鷲掴みにされ、地面へと投げつけられる。
落下点に辛うじて残っていたコンクリートの建物が、自分の体とぶつかった衝撃で紙細工のように砕け散る。
それでも殺し切れなかった勢いが、体を卸し金に押し当てるかのように地面へとこすりつけ、数十mほど転がってようやく止まる。
「───がっああああぁぁぁぁぁ!!!!」
今度は俺が叫ぶ番だった。
圧倒的なまでの暴力に為すすべもなかった。
体が原型を留めていることさえ奇跡に思えた。
『■■■■■■───』
着地した『ラセルタ』が、ボロ雑巾のようになった俺を嘲笑いながらトドメを刺す手筈を整える。
ガバリ、と。
大きく開いた口の中で大気が圧縮されていく。
ヤツ自身の体温と圧縮される過程で加熱された空気が強大な
おそらくはヤツの最大火力。
もはや打つ手はない。
消火斧はさっきの衝撃でへし折れた挙句、刃の部分がどこかへ飛んで行った。ホースは断裂したし、そもそも元手の水も尽きている。
もはや、打つ手はない。
「あぁ、俺一人ならな」
ボロボロの体で、にやりと笑みを浮かべる。
「生憎、俺たちゃ『バディ』なんでな───、クソメガネ!」
ガクンと、大きく『ラセルタ』の巨体が崩れる。
瓦礫を踏む足音が背後から聞こえる。
「
空中に放り投げられたいくつもの金属の輪。それがピタリと空中で制止し、瞬きほどの速さで空気中の水蒸気をかき集め、氷の槍が生成される。
巨大な水色の扇を広げたように背後へ立ち並んだ槍の一本が、くるりと身を翻してその穂先を竜へと向ける。
そして。
ズバッ! と。
空を裂き、今まさに発射されんとしたブレスの中心を正確に穿った。
『■■■■■■───!!!』
収束しつつあった空気の爆弾は外部の衝撃により制御を失い、蓄えられたエネルギーごと『ラセルタ』の口の中で爆散する。
ヤツ自身の命さえも奪いかねないほどの力だ、無事ではいられないだろう。
振り返って笑う。そこにはアイツが立っていた。白衣が煤けて所々破けていたり、メガネにヒビが入ったりしているが、どうやら無事ではあるらしい。
「おせーよ、バカ」
「無茶言わないで欲しいな。ボクだってこれでも急いだ方なんだから。それに妨害されても間に合わせたんだからもっとボクの仕事ぶりを褒めるべきじゃなーい? ホラホラ、褒めてよホラ」
「俺の見た目で女子みたいな仕草するんじゃねぇ絵面がヤバいわ! ───おえっ、気持ち悪くなってきた」
「ちょっとそれはないんじゃないかな!? だいたいキミだっ、て───、」
アイツの目が見開かれる。思わず振り向く。
もうもうと立ち昇る黒煙。その隙間から殺意に染まった黄金色の視線が降り注ぐ。
ヤツは生きている。
「マジか、アンタ」
心からの驚きを込めたつぶやきだった。
まさに大地すら引き裂きかねない威力のブレス、その暴発。それをまともに喰らったはずなのにヤツは生きている。身体にはいくつもの切り傷や、焼け焦げが付いていたが致命傷となるものは見当たらない。
しかし、アレをどうやって?
その答えはすぐに見つかった。
『■■■■■■───』
殺意の中に、嘲笑と勝利の確信を滲ませた唸り声が低く響く。
敵ながら恐ろしい相手だった。まさかこの土壇場で
展開中はその場からは動けないようだが、それでも余りあるほどの防御力。こちらの物理的な最大火力である氷の槍でさえ、あれを突破することはできないだろう。風に当たった端から削られて終わりだ。
ハハッ、と。
思わず乾いた笑いが零れる。まさか、まさかだ。
「
瞬間。ズガガガッ! と。
『■■■───?』
理解の範疇を超え、動きが止まった巨獣に対し語り掛けるように白衣の男が告げる。
「『風で防御してるのになぜ』───、アンタがそう思うのも無理はない」
多数のものを距離制限無しに同時に転移させることができるという代物だが、大きさに関わらず物質は生き物の中には直接転移できない、複雑な演算が必要なため照準に時間がかかるなどといった欠点がある。
「動いてる相手に使っても座標がズレて意味がない───本来の性能の百万分の一も発揮できないのさ。ちょうど今みたいにアンタが立ち止まって防御してくれなきゃ、使えなかったよ」
『■■■───!』
それがどうかしたか、とでも言うように『ラセルタ』が吼える。
「あぁ、ごもっともだ。いくら氷の槍を打ちこんだところで、
パチン、と。
白衣の男が指を鳴らす。
次の瞬間、ヤツが体から噴き出していた水蒸気ごと、音を立てて凍り始める。
『■■■■■■───■■■!!?』
「ようやく気付いたかよトカゲ野郎。
苦し紛れに放とうとした空気の収束が、白衣の男の指笛一つでかき消される。
壊れかけたメガネをくるくると指先で弄び、髪を掻き上げて笑う。
「
勝負は決した。
バキバキと、音を立てながら沈黙した『ラセルタ』へと軽い蹴りを入れる。たったそれだけで全身びっしりと霜に覆われたその体はバラバラと崩れ落ち、完全に活動を停止した。
今度こそ、静けさを取り戻した黄昏の中でほっと一息を吐く。
正直なところ、かなり際どいラインだったのだが終わりよければ総てよし、だ。生き残れた喜びを嚙み締めよう。
「はぁーーーーー……っ、スッキリした!! ねぇねぇボクかっこよかったでしょ? 褒めろ」
「わかったわかったわぁかったっての!! だから俺の姿で女子みたいな動きするんじゃねぇ頼むから!!」
一息つく間もなくしがみついてくる俺の姿をした幼馴染を残った左腕で引き剥がす。この姿になると体格で負けるから引き剥がすのにも一苦労だ。
なんで俺とコイツがこんな───
それには山よりも深く海よりも高い理由があるのだ。
今どき、
その隙を、マッドでサイエンティストな
想像できるだろうか。朝目が覚めたら体の半分以上が機械に置き換わり、幼馴染の見た目に変貌していたという衝撃を。
理解できるだろうか。それを行ってた実行犯兼主犯である幼馴染が、俺の姿でその様子を笑って見てたという衝撃を……!
端的に言おう。俺は
そういうこともあり、このことを隠し通すために普段はコイツとバディを組んで『クレーター』討伐任務に勤しんでいるというわけだ。
「それにしてもさぁ、さっき助けてくれたのうれしかったけどちょぉーっと乱暴なんじゃなーい? もっと乙女心っていうのを理解してほしいんだけどー」
「今の見た目は男だろうが……しかも俺」
「見た目は関係ないんじゃないかな! 中身は女の子だし!」
「はいはいわかったって。どうせ明日にでも理想のシチュエーションが起こってくれるだろうよ、死ななければ」
そう。何はともあれ全ては明日だ。明日起こりうることを考えれば、今の『上位個体』戦も、ただの前哨戦に過ぎない。
明日の昼───
地球上の全生命の生存か。あるいは滅亡か。たった数分間の戦いでそれが決まる、運命の分かれ道がやってくる。