【完結】黄昏教室の最終制服機兵《カタストロフィ》   作:ジェネリック参勤交代

4 / 8
04 夜を落とす(ほし)より──Eclipse

 既に、日付は変わっている。

 現在午前零時半。あと十五時間後。本日の日本時間、十五時二十一分――おれたちがいる東京は、月から落ちる闇に沈む。

 

 永遠にも続く数分間――なんて言いはしたが、惑星のスケールで見た場合、日食現象自体は日の出から日没までの半日間続く。

 

 そもそも、日食とは「地球に落ちた月の影」だ。

 月の影が落ちたエリアでは日食が起こり、影が西から東へ通り過ぎるまでの数分間、日食が続く。

 

 今回の皆既日食で言えば、まず現地時間で午前六時前のインド西部に、半径二五〇キロメートルほどの月の影が落ちる。

 月の影はそのままインドの東、ネパールを経て、ミャンマーをかすめながら中国へと移動。朝鮮半島を横切って日本海を経た後、石川県から日本に上陸する。

 そのまま、影は富山、第四東京(ニイガタ)、長野、群馬、第二東京(サイタマ)第一東京(トウキョウ)へと過ぎていき、最後に千葉から太平洋へと出る。

 その後は太平洋を横断し、日が沈む海原の真ん中で、月の影は先輩が放つ黄昏の光へと消えていくのだ。

 

 それまでの間、おれたち制服機兵(ユニボーグ)は、月の影に現れる『クレーター』から、人類を守り続けなければならない。

 だが、幸運なのは守る対象があくまで()()()()であることだ。

 

 皆既日食はおおよそ数分程度の時間で終わる。

 これほどの短時間では、環境侵略(テラフォーム)型の『上位個体』でも、自然環境や生態系に回復不能なダメージを与えるほどの活動はできない。

 月の影の移動に合わせて高速で移動できる『クレーター』がいればその限りではないが、影が移動する速度はおおよそ秒速一キロ――時速三六〇〇キロだ。音速の三倍近い。それほどの速度で長時間移動できる『クレーター』はほとんどいない。

 つまり、日食帯全域をカバーする必要は無い。人々を防衛拠点に避難誘導し、そこに戦力を集中すれば、少なくとも人的被害だけは最小限に抑えることが出来るだろうという算用なわけだ。

 

 それでも、どれだけ人々とその営みを守りきれるかどうかは……まだ、誰にもわからないが。

 

『本日はついに皆既日食です――』

『完全に太陽が隠れる中心食帯および、日中の光度が黄昏を下回ってしまう食分〇・八九以上の部分食が起こる日食帯では、既に避難が――』

『また天候によっては、それら以外で光度が黄昏を下回る地域も――』

『現地の避難所には大勢の人々が集まって――』

『避難所には専用のシェルターが設けられていますが、不安は大きく――』

 

 少し耳をすませば、そこら中からそんなニュースと、それに関する話し声、噂話が聞こえてくる。

 

 おれは今、自分が担当する避難所――日本国内のあらゆる地下道、地下施設、地下開発拠点を中継・統括する、地下五千メートルを直下に貫く世界最大の地底管理HUB『天之逆鉾』の上層を利用して急遽作られた、超大型シェルターに訪れていた。

 

 シェルターの中は異様なほど明るい。当然、暗闇の中から現れる『クレーター』対策なわけだが、それが分かっていても逆に不気味なぐらいシェルターの中は明るい。避難者たちの表情がこれほど明るくてもなお暗いものだから、ことさらにそう思う。

 シェルターの照明自体は『クレーター』を出現させないために必要十分な程度なのだが、避難者が不安感から持ち込んだ多数のライトやランプ、それらが爛々と輝き、病的なほど暗がりを消しているのだ。

 

 照らし出された彼らの不安、焦燥。

 雰囲気にあてられつつもどうにか振り払って、防衛担当制服機兵(ユニボーグ)に用意された控室へと入る。

 

 中には、地毛を金髪に染めた学生服の男に、セーラー服の小柄な黒髪少女。

 その他、何度かお世話になったことのある数人の係員や、整備士さんたちが待機している。

 控室の中は機械工場と手術室が合体したような制服機兵(ユニボーグ)用の整備室となっており、準備は万端、と言った佇まいである。

 

 学生服の男と、黒髪少女については初対面だったが、しかしデータ上では知っていた。ランクはともかく、年齢的には上の相手。それに、前回の『カルキノス』相手の戦闘でも裏で援護……どころか、別の『上位個体』、それも生体駆逐(スラッガー)型の突発遭遇からの撃破まで行った実力者だ。

 

職種:研究者(ワーク=リサーチャー)の『ランカー』、八栗さんッスね。今日はよろしく頼むッス」

「おう、よろし……って、いや俺は八栗じゃなくて樋野――」

「えっ、でも消防士(ファイアファイター)の樋野さんは女子だったと思うんスけど、黒髪で小柄の」

「いやそうです俺が研究者(リサーチャー)の八栗サンですっっ!! いやぁ俺たちのバディも有名になっちゃってて嬉しい限りだなあチクショウ!」

 

 やたらテンパった返事におれは「はあ」と曖昧な声を返す。どうにもテンションの高い人だった。

 これで、おれの女性賭場進行者(バニーガール)と同じ、第三世代の制服機兵(ユニボーグ)である研究者(リサーチャー)、そしてその仮想上級職(ジョブ)である錬金術師(アルケミスト)を独自開発した天才(もちろん先輩には及ばないが)であるというのだから、人は見かけによらないものだ。

 

「あ、樋野さんもどうぞよろしくッス。相方の八栗さん、なんか緊張してるみたいで大変ッスね」

「だろう? 彼は昔っからどうにも落ち着きがなくってね。もう少しボクのように冷静な振る舞いというのを覚えて欲しいものだよ全く」

「おいコラ」

 

 仲良さげな様子でじゃれ合う二人。その身近な距離感は、慕う相手が上空一〇万メートルにいる身としては何とも羨ましい限りだ。

 

「それで、キミは何の制服機兵(ユニボーグ)なのかな? 第一世代、それとも第二世代? 第三世代は『先輩』の開発した女性賭場進行者(バニーガール)や、ボクの研究者(リサーチャー)の他にはまだ数えるほどにしか作られてないけれど、もしかしてキミが魅惑の新型機だったりしちゃうのかなー?」

「あー、いや、それなんスけど……」

「そういやその女性賭場進行者(バニーガール)の稲葉だけどよ、まだ来ねーのか? 何回か戦闘でバックアップしたことはあるが直接話したことはねえし、この機会に少しはコミュれたら良いんだが。あんな小さい娘と話合うかはわかんねーけど」

「あー……」

 

 ……言い出しづらい。

 以前にも言った通り、おれが女性賭場進行者(バニーガール)制服機兵(ユニボーグ)と化すことになった件については納得しているが、それはそれとしてあの格好に羞恥心があるのも事実だ。

 

 しかし、これから始まる皆既日食に際し、制服機兵(ユニボーグ)同士でお互いの性能把握は必須である。

 観念して口を開こうとしたその時だった。

 

第一東京(トウキョウ)中央大避難所の皆様ごきげんよう! みんな大好きメイドさんですわよー! はい拍手ー! いえーい!』

 

 部屋の片隅に置かれたモニター画面に、一人の女性の姿が半透明に輝いて表示されていた。思わず控室の全員がピタリと静止する。

 

 おれたちの様子に、メイド服なんてまるで似合わない、というか雑用なんて生まれてから一度もしたこともなさそうな豪華絢爛銀髪美女が、はて、と小首を傾げる。

 

『あら、どうされました? もっと盛り上がってくださって結構ですわよ、何せこのわたくしが直々に連絡を入れているのですから――と言っても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()I()o()T()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 平然とした顔で告げる絢爛メイド。女性賭場進行者(バニーガール)を稼働させるまでもなく、その言葉に一切の嘘がないことが分かってしまう。

 

「……相変わらずとんでもないッスね、メイドさん」

『あら稲葉くん。いえいえ大したことではございませんわ。メイドたるもの、家事は並列に効率よくこなして当然です。『アマテラス』様には及びませんが、マルチタスクならお任せあれ、ですわ!』

 

 おれの言葉に、モニターに映ったメイドさんが屈託のない顔で笑う。

 

 彼女もまた『ランカー』。それも、まだ制服機兵(ユニボーグ)が純粋な宇宙開発目的で使われていた、第一世代の制服機兵(ユニボーグ)

 その名も、職種:家庭侍女(ワーク=ハウスメイド)

 現在の太陽系に唯一存在する小国規模の超巨大(メガクラス)宇宙ステーション・カンヤライと、そこに存在する無数の設備。それら全てをたった一人で管理・運営出来る、並列処理に極限まで特化した機体。それこそが彼女だ。

 

『通常の『クレーター』相手では難しいですが、派遣尖兵(ミニオン)程度ならどうとでもなるはずです。細かいホコリはこちらで掃除しますので、稲葉くん達は粗大ゴミを片付けてくださいな。もっともー、『ランカー』が三人も、それも内二人は拡張装飾(アクセサリ)モリモリの第三世代なのですからー、わたくしの援護も必要ない気はしておりますけれど!』

「いえ、助かりました。了解ッス」

 

 実際、おれの女性賭場進行者(バニーガール)はジャイアントキリングに長けた首刈り兎だ。拡張装飾(アクセサリ)があるので不可能ではないが、広域制圧にはあまり向いていない。

 

 そんな風にメイドさんと話すおれに対し、金髪学生と黒髪女子がぱちくりと目を瞬かせているのに気がついた。

 

「稲葉? 第三世代?」

「キミが先輩お気に入りの女性賭場進行者(バニーガール)……ってコトでいいのかい?」

「……ッス。正直、不本意ではあるんスけど、『クレーター』に殺されかけた時に止むを得ず」

 

 言って、おれは女性賭場進行者(バニーガール)を稼働させる。

 

 そこにはもう、身長一九〇を超える巨躯などどこにもない。

 今までの大男の胸ほどまでしかない小柄な少女。白い肌は黒のバニースーツと網タイツ、それからぴょこんと跳ねた真っ白いウサミミでのみ覆われ、金色の長髪が室内空調の風に軽く揺れる。

 

 未だに慣れない身体の感覚。わずかに表情をしかめつつ、高くなった声で二人に言った。

 

「でも、これがなければ死んでたんで、先輩には感謝してるッスよ。あの人はおれの命の恩人ッス」

 

 ほほー、と興味深げにしげしげとこちらを覗き込む黒髪女子と、「……大変だったな……」と強く強く同情した顔の金髪学生。……なんだろう、やたら共感されている気がするのは気のせいだろうか。

 

『さてさて、連絡事項の残りを言ってよろしいかしら? もっとも、わたくしが少々作業が面倒になって半ば息抜きに通信しているだけなので、聞き流していただいてもよろしくはあるのですけどね? ……ですけどね?』

「聞くッスよ。まだ時間もあるんで」

『では慎んで。まずは先程言った通り、派遣尖兵(ミニオン)型についてはわたくしの方で処理するということ。ただし、通常の『クレーター』や『上位個体』については対処不能なので、確実に仕留めて欲しいこと。これが一つ目』

 

 指を一本立てた半透明のメイドさんは、続けてもう一本の指を立てる。

 

『次に、今回のナビについて。今回、『アマテラス』様は地球の裏側です。当然ながらガイドは受けられません。ある程度はわたくしが代行いたしますが、黄昏の全域を探知出来るあの方と違い、わたくしが視れるのは監視カメラやセンサー等の「機械の眼」がある範囲に限ります。当然ながら分析・解析も期待なさらず。まあそちらについては研究者(リサーチャー)さんがいるので問題はないかと思いますが。わたくしのナビについては、他の制服機兵(ユニボーグ)との連携強化用、ぐらいに思っていただければよいかと。これが二つ目』

 

 そして最後に、と言いながら、メイドさんが三本目の指を立てる。

 

『そちらの避難所ですが……雰囲気についてはどういった具合でしょう?』

「……正直、良くないッスね。どこもかしこも不安か焦りかって感じで」

『やはり。では提案を一つ』

 

 そう言って、一度握った手から伸ばした人差し指を軽く振り、メイドさんはウィンクを決めて告げた。

 

『避難者の皆様を安心させるためにも、その姿で顔を出して上げなさいな、稲葉くん☆ 接待(ホステス)演出(ショーアシスタント)、どちらも女性賭場進行者(バニーガール)の職掌でしょう?』

 

 


 

 

 避難者の不安はもうほとんど払拭できた。

 ただし、全く慣れない『愛らしい笑顔』なんてものを振りまいたおれの人間性はもうボロボロだった。

 

「いやいや流石は先輩謹製の女性賭場進行者(バニーガール)、戦闘以外も珠玉の出来栄えだねぇ素晴らしい。全く見事なものだったよ稲葉クン! まさか元が一九〇センチの大男が、あれほど可愛らしく振る舞えるとは! ううんまったく、本当に趣味が良いなぁ、あの人は!」

「テメェもう黙っとけ」

「んむぐ」

 

 金髪学生が黒髪女子の口を塞ぐ。正直ありがたかった。

 

「あー、ちょっと休憩するか、稲葉? まだ休める程度の時間は全然あるぞ」

「いえ、いいッス……。もう日食自体は始まるところだし、いつ非常事態が起きてもおかしくないんで」

「まぁ、それもそうだが。確か、インドの西の方から始まってるんだよな?」

「ラジャスタン州だね。昔は採掘業が盛んだったそうだよ。今では鉱石なんてとっくに彫り尽くされて、火星や小惑星から採るようになったけど、ジュエリー細工についてはまだかなりのシェアを誇ってるね。ま、火星や小惑星の鉱石もいい加減底が見え始めてはいるのだけど。人類の大量消費も極まれりだ」

 

 さらりと黒髪女子が博識ぶりを披露する。流石に第三世代の開発者、相方の方も知識量は十分であるらしい。

 

「もうじき現地の情報も届いてくる頃と思うが、日食の到達までに送られてきた情報を分析して対処のノウハウをまとめなきゃならないわけだろ? かなり忙しくなるぜ。日本は最後だから他の国に比べればまだ余裕はあるが、それでも逐次更新されていく対処法の有効性を検証するのは現地の人間だ。たった数分、検証しながら対処するほどの余裕があるとも思えねえ。何の進捗もない状態で皆既日食を迎えることになってもおかしくねえぞ」

「ま、そこは研究者(リサーチャー)の面目躍如ってところかな。『解析』と『活用』、情報をまとめて使い物にすることにかけては正に職分だ。ある程度有効な対処法を精査するぐらいはこぎ着けてみせるさ」

「ッスね。任せました、八栗さん」

「ん、お、おお。そうだな、八栗サンに任せとけ」

 

 金髪学生が曖昧な表情で頷く。

 

「じゃ、そろそろ俺達も制服機兵(ユニボーグ)を稼働するか。稲葉は一旦席外してくれ」

「えっ、なんでッスか?」

 

 有無を言わさぬ金髪学生に押され、一旦席を外す。

 戻ってくると、そこには消防服姿になった黒髪女子と、研究者姿になった金髪青年の姿があった。

 

「似合ってるッスね、八栗さん」

「ふふ、だろう? 存分に褒めてくれたまえ」

「なんかキャラ変わりました?」

 

 消防女子が金髪研究者の頭をベシィとはたくのを横目に見ながら、ラジャスタンから送られてくる情報を待つ。

 

 数人の係員とともに、八栗が情報機器の前に立った。

 ざぁ、と、情報処理系の制服機兵(ユニボーグ)に対応した圧縮コードの羅列がモニターに表示される。機器と直接接続している八栗は、モニターに表示されている物を万倍する情報を脳内で処理しているのだろう。恐らくは、世界中の制服機兵(ユニボーグ)がこのように現地以外でも遠隔で支援を行っているのだ。

 

 日食開始から数分経過――専門機器を使った情報転送から少し遅れて、映像でも現地の状況が送られてくる。

 ラジャスタンにはまだ黄昏の赤い光が残っていた。先輩(アマテラス)の反対側、既に皆既日食してわずかな光のみを覗かせる、ダイヤモンドリングの黒い太陽が地平線から昇ってくる。

 

 『クレーター』はほとんど現れることなく、さらに数分経過――カメラが切り替わる。もはや黄昏の光は地球の陰に隠れて彼方だ。ポツポツと通常の『クレーター』や派遣尖兵(ミニオン)型が影の中に現れ出し――あまり苦戦することもなく、現地の制服機兵(ユニボーグ)に討伐される。

 

 映像の先では、インドの『ランカー』、職種・蛇使い(ワーク=スネークチャーマー)の踊り子美女が、肩透かししたような表情を浮かべていた。

 

「……少なく、ないッスか?」

「……少ねーな。いつもの『クレーター』の感じからしたら、もっとこう、バーッと出るもんだと思ってたんだが……あくまで俺らからしたらそう思うだけで、実際は真っ暗闇でもこんなもんなのか?」

 

 カメラが切り替わる。影は東へ。

 ダイヤモンドリングの日が昇った朝の中、暗闇の中で『クレーター』が湧き出す。

 先程よりは多い。いや、徐々に増えている。

 しかしその大半がオタマジャクシに似た派遣尖兵(ミニオン)型ばかりで、『上位個体』など一切いない。

 平時なら間違いなく脅威的な量であるものの、万全に体制を整えた各国の防備を貫くことが出来ていない――

 

「……ッ!」

 

 ――ぞくり、と。

 何か、背筋に悪寒が走る。

 確証など何も無い。だがおれは女性賭場進行者(バニーガール)としての職能で直感した。ヤツらは、『悪巧み(イカサマ)』をしている。それも、このまま放置すれば絶対に対処できなくなる、悪辣な仕掛けを。

 

「……上ッス」

「何?」

「そうだ、地上を映していても意味がない……ああ、クソ、だけど分かったところでどうする……!?」

「八栗!」

「今やってる! クッソ、またステルスしてやがった! 舐めやがって、ヤツら――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 カメラが切り替わる。

 ステルスを看破する特殊カメラ。それが、地上ではなく、ダイヤモンドリングを纏った太陽に向けられる。そこで――

 

 

【挿絵表示】

 

画:丸焼きどらごんさん(@maruyakidragon

 

 

 ――『上位個体』の群れが、黒い陽の下を飛んでいた。

 

 

 兎、蟹、トカゲ、ワニ。数十メートル近いとりどりの『上位個体』が征く様は、まるで極彩色の雲霞だった。既に数十を超える数の『上位個体』が、戦闘機並の速度で悠々とダイヤモンドリングの内側を翔んでいる。

 

 百鬼夜行の先頭を、ムササビに似たシルエットで飛行するアレは、ヒキガエルだろうか。

 恐らくは月の影が移動する速度と同じ、時速三六〇〇キロ。それが、日食の闇の中に現れた『クレーター』を次々と謎の引力で空に引き上げ回収・牽引し、ひたすらに勢力を拡大しながら東へと飛翔していく。

 

「おかしいと思った……! 上位個体もいないのに、あれだけ派遣尖兵(ミニオン)型ばかり湧いてくるはずもなかった!」

 

 『上位個体』の群れがポトポトと鳥の糞のように無数の派遣尖兵(ミニオン)型を地表に降下する。その悪夢的な降水量も秒毎に増加しており、少しずつ地表の被害も増していく。

 

 情報機器の前に経っていた研究者姿の八栗が、やや引きつった笑みを浮かべて言う。

 

「いやいや参ったにゃあ、これは……。ただ数分耐えれば良い、なんて甘い話があるはずもないとは思ってたけど、とんでもない。これじゃ日本に到達する頃には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 控室内に戦慄が走る。おれもまた、制服機兵(ユニボーグ)が流すはずのない冷や汗をかいた気がした。

 

「……あんな、運搬――牽引? 能力に特化した『クレーター』なんて今まで見たことないッスけど……変種、ってことでいいんスかね」

「うん――仮に、支援変異(ターミナル)型とでも名付けようか。せめて戦闘能力が低いことを願いたいけれど、まあ対空砲や弾道ミサイル程度じゃ倒せないだろうね――おっと、つい今しがた、被射撃攻撃の軌道歪曲能力が確認された。ま、周囲の『クレーター』も護衛につくだろうし、何しろ『上位個体』の量が違う。生半な戦力じゃ規模を削ぐことも難しいだろう」

 

 モニターにヒキガエルの『上位個体』のデータが表示される。

 まだほとんどが詳細不明だが、上位個体にふさわしい大きさ(サイズ)、高速飛翔能力、被射撃攻撃の軌道歪曲能力、他の『クレーター』を影の中から集め群れに加える引力、オタマジャクシの派遣尖兵(ミニオン)型を生み出す能力などが示されていく。

 

仮称(コードネーム)、『ファフロッキーズ』。間違いなく、今回の日食現象における最優先討伐目標ですわね。可及的速やかに、これを討伐しなければなりません』

 

 ヒキガエルのシルエットの横から、ひょいと半透明の絢爛メイドが顔を出す。

 

『今、非常時に日食帯外で控えていた世界中の『ランカー』が急いで超音速航空機に乗り込んでいます。あなた達もご準備を』

「……来ると思うッスか」

『間違いなく』

 

 確信に満ちた断言だった。

 

『何せ、この地こそはアレらの怨敵。夜を照らす『アマテラス』様の出づる、世界で最も制服機兵(ユニボーグ)技術の発展した国なのですから』

 

 今度こそ。

 本当の意味で、無限にも感じるだろう数分間がやってくる。

 

 


 

 

 無論、狙いが日本であるという予想が外れ、『ファフロッキーズ』が中国や朝鮮半島に『上位個体』の群れを投下してくる可能性もある。

 

 そのため、日食対処の終わった『ランカー』や、各地の防備をギリギリまで削って捻り出した予備要員の制服機兵(ユニボーグ)が超音速航空機で『ファフロッキーズ』を追尾するなどの対処も行った。

 が、標的は以前として勢力を拡大したまま、ついに日本海上空へと躍り出てきていた。

 

 日本到来前に戦力を削ぐことや敵陣を分断しての各個撃破等も提案されたが、相手は狡猾にして進化する『クレーター』。下手にちょっかいをかければそれこそ対処不可能になる。

 

 加えて、今の時代、アレだけの群れ相手との大規模戦闘が行えるエリアなど、陸地にはない。いくら避難誘導を行っているとはいえ、人類史上初の『上位個体』の〝群れ〟を相手にした戦闘だ。どれだけ戦いの余波が肥大化するか予測がつかない。都市圏に『上位個体』を落とすわけには行かない以上、決戦地が日本海になるのは半ば必然だった。

 

 何せ、ヒマラヤ山脈の頂上付近まで開発が進んでいるような昨今だ。二、三世紀前ならタクラマカン砂漠あたりで『ランカー』勢が待ち構える態勢をとっていたのかもしれないが、今はもう砂漠の緑地化も完了し、到底戦場にはできないような大都市が出来上がってしまっている。

 

 ともあれ、あと十分余り。月の影は日本海から石川県へと上陸する。

 それまでに、あの群れを日が差すまでの数分間抑え込む。あるいは、数千の群れの中をかいくぐって、『上位個体』を牽引する『ファフロッキーズ』を撃破する。これを遂行しなくてはならない。

 

 当然、後者の方が容易ではあるだろうが、『上位個体』の群れを放置すれば数分で日本全土に匹敵する面積の環境が塗り替えられる。ある程度の抑え込みは必須だ。

 

 石川県白山市松任海浜公園の遥か沖合いでは、集合した『ランカー』達の防衛拠点となる浮島(フロート)が急ピッチで建設されていた。

 

「建材追加入りまーす。よいしょー」

 

 オーバーオールにジーンズ、麦わら帽子を身につけた職種:木こり(ワーク=ランバージャック)の少女が、砂浜に苗木を植える。

 植えた苗木は恐るべき速度で大きくなり、即座に五十メートル近い大樹へと生長。少女は手に持った巨大な斧を小枝のように振るい、木を伐り倒してそのままスパスパと木材に成形していく。ここまで十秒足らず。

 

「建材運搬入りまーす。よいしょー」

 

 白を基調とするセーラー襟のついた水兵服を纏った職種:乗組員(ワーク=セイラー)の少年が、一人用の小さな船に乗り、そのまま波を操って山のような建材を高速で沖合いへと運んでいく。ここまで二十秒足らず。

 

「建材建築入りまーす。よいしょー」

 

 ツナギの作業服にタオルハチマキ、耳に短い鉛筆をかけた職種:大工(ワーク=カーペンター)の少女が、手に持つ大きな金槌――からガシャガシャと変形して飛び出した無数の工作機械を用いて、運び込まれた木材を加工し浮島を広げ、防衛拠点へと拡張していく。ここまで三十秒足らず。

 

 制服機兵(ユニボーグ)が元々宇宙開発目的で作られたということが一目で理解出来る光景だった。

 その他にも様々な職種の制服機兵(ユニボーグ)が協力し、おれと樋野さん八栗さんの三人が到着する頃には、日本海のど真ん中に見事な水上要塞が建造されていた。

 

 ふと、空を見上げる。飛んでいたのは、月の影を先回りするべく極超音速で浮島へとやってきた航空機。そこから、何人もの制服機兵(ユニボーグ)が浮島へと降り立っていく。

 

 これらはほとんどが『ランカー』――単騎で『上位個体』を撃退しうる戦闘力の持ち主だ。

 おれもそれなりに『クレーター』と戦ってきたが、これほどの数の『ランカー』が揃った光景は今まで見たことがない。そしてそれはそのまま今回のミッションの難易度および危険度を表している。

 

『稲葉くん、樋野くん、八栗さんの三人には、最重要目標である『ファフロッキーズ』の相手を担当していただきますわ』

 

 メイドさんから通信が入る。彼女の方も今回の対処にあたり相当なマルチタスクを熟しているはずなのだが、その負担を感じさせない涼やかな声だ。

 

「おれたちじゃ空中戦は分が悪いと思うんスけど」

『逆ですわ。空中戦に持ち込まれた時点で任務失敗です。イカサマを見抜く女性賭場進行者(バニーガール)、解析・活用の研究者(リサーチャー)、第二世代屈指のバランス型である消防士(ファイアファイター)、こと「対応力」の一点で見ればこれ以上の布陣はありません。一度落とした後は、絶対に飛び立たせないように立ち回ってくださいな。困難なオーダーですが……』

「いえ、わかりました。そこまで期待されて、応えないようじゃ男じゃねえッスから」

 

 そう言って通信を切る直前、メイドさんから少し微笑んだ気配を感じた。

 

 空を見上げる。太陽は既に半分以上が欠けて、周囲の光量が徐々に徐々に下がっていく。

 陽の内側へと侵入(はい)っていく暗い月。白い光炎が少しずつ侵食されていくその様は、過去の人々がこの現象に『蝕』の字を当てた理由をつぶさに実感させる。

 

 徐々に、徐々に。

 食分〇・五。食分〇・六。食分〇・七。食分〇・八。食分〇・九。

 

 そして、ついに――世界が黄昏より暗くなる。

 

 黒い陽の中。

 西の空から、堂々と。

 月の軍勢が、ダイヤモンドリングの内を飛んでいる――

 

『■■■■■■───』

 

 相手はカモフラージュを解いていた。

 「もうどうでも出来ぬだろう」と、人類をあざ笑うかのように。

 

 だが――

 

 


 

 

「えー、今回の仮称(コードネーム)『ファフロッキーズ』は、かなり高度な擬態(カモフラージュ)能力および、音速の三倍近い速度での飛行能力と、謎の力学的作用による他『クレーター』の牽引能力、そしてそれを応用したと思われる被射撃攻撃の軌道歪曲能力を持ちます」

 

 『ランカー』達を移送してきた極超音速航空機。そこに、スーツ姿の男が一人残っていた。

 

「他の『クレーター』が『ファフロッキーズ』に飛行を依存している以上、『ファフロッキーズ』さえ落とせば他の『クレーター』も一緒に落ちていくわけですが、これがまー難しいんですね。なんせ周りにめちゃくちゃ護衛いますし」

 

 くたびれた日本人の男だった。制服機兵(ユニボーグ)とは思えない、没個性的な格好。目立ちようのない存在感。

 

「億が一、護衛達のディフェンスをすり抜けられたとしても、当の『ファフロッキーズ』自体が攻撃の軌道歪曲を持ってるんで狙撃(スナイピング)も無理ときた。精密誘導ミサイルでもあればいいのかもしれませんが、そんな大がかりな物使っちゃあ絶対に迎撃されます」

 

 誰に言うでもなく、淡々とした口調で男は語る。

 

「いや、隠密性に特化した職種:潜入工作員(ワーク=スパイ)の自分なら近づけないこともないですが、自分、隠密特化なんで。近づけても相手を落とす火力が無いんすわ。――ならどうするか」

 

 男の雰囲気が変わる。

 

 ガシャコン! と暴力的な作動音が響いた。

 男の身につけていた黒のネクタイが変形する。拡大し伸長しながら彼の頭部を蛇のようにグルグルと覆う。首まで覆ったネクタイがさらに伸び上がり、マフラーのように、風に流れる!

 変化はそれに留まらない! 黒のスーツさえ既に元の形ではない――服の内部に空気を送り込んだかのように、ぶわりと膨れ上がって変形! 手、足、首元! それまで見えていた肌の一切覆い尽くさんと、黒い布が纏わりつく!

 

 没個性的なスーツ姿の男など、既に残っていない!

 そこに居るのは、古式ゆかしい和風戦闘装束を纏った一人の影法師!

 懸命なる読者の皆々様ならとうにお分かりのことだろう! これこそ! まさしく! 世界に誇る日本の三大文化、その一角――!

 

限定解放(リミットオーバー)仮想上級職:忍者(ジョブ=ニンジャ)。答えを教えてやろう、『ファフロッキーズ』――」

 

 ぐっ、と、日食に溶け込むような影色の人型が、正眼の構えを取った。

 

「――これより我が身は飛び道具(スリケン)となる」

 

 ガッッシャキィィイイイン!! と、凄まじい作動音。

 忍者が、さらなる変形を遂げる。

 

 変形は一瞬。

 もはや人型さえ残らない。

 つや消しの黒で出来た金属製の星。

 

 

 そう、それは手裏剣。

 

 

 ここまで来れば説明不要。

 手裏剣に変形した忍者が、超音速航空機から射出された。

 

 速い。それは音速の何十倍であっただろうか。分からない。何せ、()()()()()()()

 

 完全なる無音、無影。

 手裏剣に変形しながらも職種:潜入工作員(ワーク=スパイ)の特化した隠密性をそのままに、まさしく影のように。

 目標である『ファフロッキーズ』、およびその周囲の『クレーター』に一切悟られぬまま。

 光学迷彩、電磁遮断、空力制御、音響制御、熱測欺瞞。ありとあらゆる擬態機能を用いて、手裏剣は空を飛んでいく。

 

 果たして軌道歪曲能力は働いていたのだろうか。

 働いていたとして、彼を捕捉出来たのだろうか。

 どちらであろうとも構わない。捕捉出来たところで、意思ある手裏剣は軌道を修正して目標を確実絶対に追尾する。

 

「――()ったぞ」

『────。■、Co?』

 

 『ファフロッキーズ』は、攻撃を受けてなお三秒間、その事実に気づけなかった。

 ムササビのようなシルエットを構成する、飛膜のついた前足。

 それが完全に切断されていた。

 

『GE■ooooォォオオオ――――!?!?!?』

 

 墜ちていくヒキガエル。

 

「周囲の『クレーター』を牽引する謎の力学的作用とは違い、貴様の飛行能力についてはあくまで空力によるものであると調べはついている。すぐに再生なり何なりするのだろうが、少なくとも地上まではこのまま真っ逆さまだろう。我が任務、これにて完遂である」

 

 ガシャン、と変形音を立てて忍者は再度人型に戻る。

 

 もはや周囲の『クレーター』を浮遊させる要因は無い。

 『ファフロッキーズ』に続くように、他の『クレーター』も次々と海面に落ちていく。

 この空域に残る物は何も無い。

 

 だが。

 

「…………」

 

 忍者は無言でクナイを構えた。

 

()()()()()

 

 響いた。声が。何も無い虚空から。

 

「……何者だ、貴様」

『だーからやめとけって。仮想上級職だかなんだか知らねーが、俺とオマエじゃ規格からして既に違ェ。見なかったことにしろよ忍者、それがお互いに取って最善ってやつだ』

「――――」

 

 ガシャコン! と音を立てて忍者が再度手裏剣に変形する。

 

『あーあーあーマジかよクソが。そりゃ見つかった俺にも責任の一端はあるけどよぉ、先生が見逃してやるっつってんのになんで素直に応じてくれねえかなぁ、これじゃテストにならねぇだろうが』

「ぬかせ。憶測だが、あの『牽引』も貴様の仕業なのだろうが。何せ――『ファフロッキーズ』の能力は自分と同種だ。対象範囲の違いはあるようだがな」

 

 手裏剣がギュルギュルと回転し、加速し、無音になり、無影となる。

 

『――ヘェ。大したもんだあの一瞬でそこまで見抜いたか。だがな』

 

 もはや誰にも忍者の姿は探知出来ない。音速の壁を静寂のままぶち破り、見えない相手に向かって金属製の星が放たれる――

 

『力量差が見抜けてない時点で赤点だ。――職種:月夜見尊(ワーク=ツクヨミ)、起動』

 

 


 

 

 職種:潜入工作員(ワーク=スパイ)もとい仮想上級職:忍者(ジョブ=ニンジャ)である『ランカー』、篠尾(しのび)さんによる『ファフロッキーズ』撃墜作戦は、見事成功した。

 

 だが――

 

「なのに、反応が途絶したってどういうことッスか?! 一体、空で何が……!」

『調べています! 今はこちらに任せて、あなた達は警戒を! 来ますわよ!』

 

 メイドさんからの通信音声を遮るように、轟! と大量の『クレーター』達の風切り音が上空から響く。

 

『■■――、■■■■!!!』

 

 連中の初手は、豪雨のような派遣尖兵(ミニオン)型の投下だった。

 通常の『クレーター』に比べれば矮小・小型とはいえ、五〇センチは下らない質量弾の礫。制服機兵(ユニボーグ)であろうとも、まともに受ければミンチ混じりのスクラップになることは間違いない。

 

 しかし、それに対し悠々と、一人の男が浮島の中心に立つ。

 これぞスーパーマンと言った面立ちの、筋骨隆々のアメリカ人だった。

 彼が手に持つは金属バット。まるでバッターボックスに立つかのように、ゆらりとバッティングの構えを取る。

 

職種:野球選手(ワーク=ベースボーラー)

 

 そして、彼の身体が野球選手のユニフォームに包まれた。

 迫りくる派遣尖兵(ミニオン)の雨の、先頭の一体。それが。

 

 カキィィィイイイイイン!! と甲高い音を立てて、本塁打(ホームラン)になった。

 

『■■――――!!』

 

 バットに打たれた派遣尖兵(ミニオン)が断末魔を上げながら飛んでいく。

 当然、ただのホームランではない。打ち返された派遣尖兵(ミニオン)はそのまま別の派遣尖兵(ミニオン)に衝突。ぶつかった別の派遣尖兵(ミニオン)も、また別の派遣尖兵(ミニオン)に衝突。

 

 そこから先はビリヤードだった。衝突は次から次へと連鎖し、派遣尖兵(ミニオン)達の勢いを殺し、雨そのものをまとめて闇に消し飛ばしていく。

 

野球選手(ベースボーラー)はスペースデブリを低コストで除去するために作られた制服機兵(ユニボーグ)だ。小さなネジから宇宙船の装甲まで、あらゆるデブリを一振りで的確・精密に弾き飛ばす。私のバッターボックスを抜きたいのなら、小惑星にでもなって出直して来い」

『■■■■――――』

 

 続く通常の『クレーター』達は、浮島を避けた。

 まずは海面へ。馬鹿正直に制服機兵(ユニボーグ)へ向けて落ちていく必要はない。まずは浮島を取り囲み、飽和攻撃によって一掃を試みようとする。

 

 だが。

 

「『クレーター』さん達が渦潮入りまーす。よいしょー」

『■■■■■■■■――――――!?!?!?』

 

 白を基調とするセーラー襟のついた水兵服を纏った職種:乗組員(ワーク=セイラー)の少年が、一人用の小さな船に乗り、そのまま波を操り渦潮を作って『クレーター』達を飲み込んでいく。

 

 現在の火星には二つの人工海洋が存在する。

 これらの海では地球から持ち込まれた様々な水生生物が育成されているが、地球と全く環境の違う火星では、すぐに海流が偏り、生物の棲めない濁った水域が生まれてしまう。

 そのようになった水域をかき混ぜ、水を濁らせないような新たな海流を作成する。このために作られたのが、海洋撹拌・海流作成目的制服機兵(ユニボーグ)職種:乗組員(ワーク=セイラー)である。

 

『グ、■オォオオオオオ!!!』

「わぁ」

 

 とはいえ、大人しく渦潮に飲まれるばかりの『クレーター』ではない。

 乗組員(セイラー)の少年の船に向けて、ワニ型の『クレーター』が大口を開ける。大口はそのまま拡大し、船ごと丸呑みに出来るほど膨れ上がる。

 

「所詮は数分、出し惜しみは無しだ。限定解放(リミットオーバー)仮想上級職:錬金術師(ジョブ=アルケミスト)。そして拡張装飾(アクセサリ)凝結装置(クーラーボックス)』」

 

 ガキィン! と、ワニ型『クレーター』を巻き込んで、水面が凍る。

 そのまま、身動きの取れなくなったワニを、消防士(ファイアファイター)の黒髪女子が消火斧で叩き割った。

 

「たすかりましたー」

「気にすんな坊主」

「おーい今の九割私の手柄じゃないかなー?」

「黙れメガネ。それに、こっからは他人を気遣う余裕もなくなるぞ!」

 

 空を見上げる。ヒキガエルの『ファフロッキーズ』を守るように先んじて落ちてきた(飛び出した)のは、三十メートル近いサイズのオオカミ型『上位個体』だった。

 

『wereeeeee……WooooooLLLLLLL!!!!』

 

 巨大狼の口元に集まったのは、まるで月光のような青白い光。

 

「ビームッス、回避! 受けたら即死!」

「マジかよ……っとぉ!」

 

 女性賭場進行者(バニーガール)で先読みしたおれの叫びに合わせて、乗組員(セイラー)の少年が船を退避させ、消防女子が金髪研究者を抱えて飛び上がる。

 

 月光のビームが海面に着弾する。

 着弾箇所から湧き出したのは、無数のオオカミ型派遣尖兵(ミニオン)だった。

 

「オオカミ型『上位個体』、仮称(コードネーム)『ワーウルフ』! 環境改変(テラフォーム)型! 口からビームを放ち、着弾した固体・液体をオオカミに変換する能力を確認! 気体を武器にする気流操作系か、炎熱・電撃系の制服機兵(ユニボーグ)に連絡を! ビームは光波・電磁波の類じゃなく、高圧で噴射された輝く粒子っぽいモノなので、あまり本体性能の高くない制服機兵(ユニボーグ)でも回避は出来るはずッス!」

『了解いたしましたわ、っと……! おや、もしかしてこれって思ったより遥かに重労働なのではありませんこと?』

 

 先輩のサポートの有り難さと、それが無い現状の厳しさを実感する。『アマテラス』の強みは、探知・解析・ナビゲート以外にも、制服機兵(ユニボーグ)の連携と指揮にあった。メイドさんも頑張ってくれてはいるが、先輩ほどの采配には及んでいない。

 

「右だ、稲葉!」

「っ――」

 

 勘を頼りに後方へ飛び退る。

 おれの鼻先を何か緑色の物が高速で掠めていった。

 

「竹、だと!?」

 

 ギャリギャリギャリギャリ!! と植物とは思えない音を立てて、緑色の竹型『クレーター』が伸長する。無数に枝分かれし、先端を尖らせ、手当たり次第に襲いかかり、幾人もの制服機兵(ユニボーグ)が貫かれていく。

 

「こんにちはパンダです」

 

 そしてその竹にパンダの着ぐるみを着た女性が齧りつき、圧し折った。

 

 今の時代、宇宙ステーション内で飼育される動植物も珍しくない。

 しかし、宇宙という特殊な環境下で生育される彼らは、様々な要因でストレスを貯めてしまう。

 それを解決するのが、動植物の診断・解析および限定的な意思疎通を行える職種:自然保護官(ワーク=パークレンジャー)。宇宙で育てられる動植物は遺伝子改造を受けているため地球の動植物とは比べ物にならないほど強靭であり、それらを管理するためには専用の制服機兵(ユニボーグ)が必要なのである。

 

「しかし相手はどうぶつしょくぶつ。時にはこちらも獣とならねば真のフレンズになれぬ日もある。(ゆえ)にこその限定解放(リミットオーバー)仮想上級職:獣戦士(ジョブ=ベルセルク)。キュートな外見に反して信じられないぐらいにフィジカルお高めなパンダのパワー、見るがよい」

 

 次々と竹を圧し折っていくパンダウーマン。

 しかし、竹はまるでダメージを受けた様子もなく爆発的な伸長を続けている。

 

「パンダさん! 竹を攻撃してもダメージは無い! 本体は竹の中に入った小さな『上位個体』で、内部を高速移動してるッス! わずかに光ってるんで、探知系の制服機兵(ユニボーグ)と組んで撃破を!」

「なんと。感謝するぜバニーちゃん」

 

 竹型の『上位個体』、仮称(コードネーム)『カグヤヒメ』と戦うパンダウーマンを後目に、おれたちは水面を蹴って『ファフロッキーズ』の元へと駆ける。

 

「ジャスト! ちょうどここが墜落予想地点だ! 軌道歪曲が機能しているだろうが、落下中ならワンチャンあるかもしれない!」

「了解ッ! (ここ)なら、出し渋る必要もねーな!」

 

 消防女子が大口径の銃にも見える散水ノズルを、落ちてくる『ファフロッキーズ』へと向ける。

 

「間違っても弾き飛ばすな、これ以上アレの落下時間が伸びれば前足が再生、その後飛行で逃げられる!」

「わぁってる、っつの!」

 

 ノズルの手元のダイヤルが捻られる。

 ドゥッッッ!! と。消防士(ファイアファイター)に許された限界出力で、一条のウォーターカッターが遡る流星のように天を衝く。

 

『――――』

 

 そして、ヒキガエルはろくな抵抗も出来ぬまま、その身体を撃ち抜かれた。

 

「軌道歪曲が機能してない! やったか!?」

「やってねえッス! ほら!」

 

 おれたちが見上げる中、『ファフロッキーズ』――が囮として作った、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ、なら、どこに――」

「迷彩能力だ! アイツ、カエルというよりはカメレオンに近い!」

 

 金髪研究者が叫ぶ。

 唐突に大きな水飛沫が上がった。まるで、見えない巨大な何かが水面に落下したように。

 

「『凝結装置(クーラーボックス)』……!」

 

 水飛沫が凍りつく。だが遅い。『ファフロッキーズ』はカエルめいた跳躍力で大きく跳び上がり、再度飛行の態勢に入っている。姿は見えないが、おれは女性賭場進行者(バニーガール)の機能でそれを直感的に理解する。いや、理解していた。

 

「逃がすかよ」

 

 理解していたから、ウサギ(おれ)はカエルより更に高く飛んでいた。

 取り出したるは紳士が持つような一本のステッキ。それを、わずかに姿を現した、おれの下にいるヒキガエルへと突きつける。

 

拡張装飾(アクセサリ)奇術用杖(イリュージョンステッキ)』。さあさご覧あれ、()()()()()()()()()()()

『■E■o――』

 

 ステッキから飛び出した無数の蔦が、カエルの身体に絡みつく。

 

「せぇ――――のぉッ!」

 

 続いて噴き出す高圧水流。おれはそれを、ステッキを振り回すためのスラスターとして利用した。

 蔦が絡んだままのステッキを、水流噴射の反動を利用して一回転。海面へ、再度『ファフロッキーズ』を投げ飛ばす。

 

『■■■Cooo――』

 

 投げ飛ばされた『ファフロッキーズ』は、追撃を受ける前に再度カモフラージュを発動した。カエルの姿が薄れていく。

 また透明化される前に、おれはステッキを照準する。

 機関砲に匹敵する威力を保ちつつ、立射で撃てるほどに反動を軽減させたとっておきの隠し弾――最高火力たる対物ライフル。

 

「あいにく短期決戦だ。ろくな演出も無くて悪いが、これにて閉幕だ、お客様!」

 

 蔦が命中した以上、軌道歪曲が機能していない可能性は高い。加えて、女性賭場進行者(バニーガール)の直感も、軌道歪曲が無いことを告げている。

 一切の容赦なく、引き金を引いた。

 

『――Ge■o』

「なッ」

 

 ぞぱんっっ!! と。

 何かにぶつかるような音がして、隠し弾が弾かれた。

 

「クソ、やっぱり軌道歪曲が機能して――、いや、違う」

 

 今のは確実に、見えない何かに弾丸が弾かれていた。

 おそらくはカモフラージュ能力によって迷彩化した〝何か〟による防御。派遣尖兵(ミニオン)型を盾にした程度ではこの対物ライフルは弾けない。あちらも弾丸のようなものを飛ばしたか、『ファフロッキーズ』にはまだおれたちには見えていない部位があるか。

 

「かかり過ぎるな稲葉! 女性賭場進行者(バニーガール)の強みを活かせ、お前はコイツを逃さないことだけ考えろ! 援護と看破、頼んだぞ!」

「っ、了解ッス……!」

 

 そうだ。視野を狭くしていては見抜ける策も見抜けない。

 より広く――大局的に盤面を把握する。これまでの違和感を元に、戦略を構築する。先輩が作った女性賭場進行者(バニーガール)は、それが出来る機体だ。

 

「行くぜ、カエル野郎――ッ!」

 

 消防女子がヒキガエルへと躍りかかる。

 

『GeC■G■CoGe■oG■CoGeC■Ge■o』

 

 振りかざされた消防斧に対して『ファフロッキーズ』が応じるは、カエルの舌だった。

 まるで触手のように伸びるピンク色の一撃。消防斧はその切れ味をぶにょんと殺され、舌にあえなく弾かれる。

 

「っと――! ふざけんなよ、俺の触手プレイとか誰得だっての! 舌なんて所詮は一本だ、いくらでも躱しようが――」

「あっ、クソ、しまった! 樋野さん、そいつ()()()()()()()()!」

「は? っひ、んにゃぁああああ――っ!?!?」

 

 何か、粘性の液体に塗れるような音をさせながら、消防女子が見えない触手に吊り上げられた。

 

「八栗さん!」

「このままながめているのもいいか」

「八栗さんッ!!」

「冗談だよ。五秒前に『迷彩』の解析完了。既に対処した」

 

 金髪研究者が軽く海面を足で叩く。

 それと同時に、いつの間にか水面下に散布されていたのだろう極彩色の液体が、波となってヒキガエルを飲み込んだ。

 

 液体には粘性を中和する効果もあったのだろう。消防女子が舌から解放され、水面にぼちゃんと落ちる。

 

 同時に、液体に塗れたカエルが、その全身を顕にしていた。

 

「……なるほど、まるでタコだ。一本は先の対物ライフルで吹き飛んでいるが、それ含めて八本も舌がある。完全に異形だな」

 

 左右それぞれの前足と後足の間に皮膜をつけた、ムササビのようなシルエット。そして、ベロベロと不気味に伸びる八本の舌。もう、これをヒキガエルと呼ぶのは地上のあらゆるヒキガエルに失礼だった。

 

「……というか、こいつ本当に『牽引』や『軌道歪曲』なんて持ってるんスかね。明らかに『迷彩』に特化している上に、『高速飛行』『特殊器官』。いくら『上位個体』とはいえ、一個体がこれほどの能力を持つのは無理があるッスよ」

「はぁ、はぁッ……! わ、わからねーが、あるならもっと使ってくるはずってのは、同意、だ……!」

 

 息を切らしながら消防女子が水面に顔を出す。流石に本体性能の高い第二世代、さほどのダメージは受けていない。

 

「おれも樋野さんに同意ッス。……となると、少し作戦を変える必要があるか。八栗さん、何か相手の身体に貼り付けるような拡張装飾(アクセサリ)とかないッスかね」

「ただの強力接着剤ならすぐにでも。拡張装飾(アクセサリ)としては周囲の物質の磁化が行える強力磁石『磁場掌握(マグネット)』があるけど、『磁場掌握(マグネット)』自体をどうにかして相手に触れさせないと、相手の磁化は出来ないかな」

「オーケー。賭けに出るには十分なカードッス」

 

 この先の戦略(プレイング)を脳内で描いた。女性賭場進行者(バニーガール)で相手の策を見抜きつつ、それを自らの策の中に取り込んでいく。

 

「さて、この薬液もそう長く保ちそうに無いな。次が来るぞ――」

「なら安心してください」

『Ge■o』

「――次で決めるッス」

 

 とっさに二人の手を引いて空中に跳び上がった。

 そのまま胸元から取り出したトランプを投げて、水面下から忍び寄っていたオタマジャクシ型派遣尖兵(ミニオン)を撃破する。

 

 そして、それはミスディレクション。ヤツは自分の派遣尖兵(ミニオン)を囮に透明化し、今まさに空中へと飛び立つ寸前。

 

「樋野さん、スラスター!」

 

 ドウッッッ!! と、散水ノズルから拡散して噴き出す水が、反作用となっておれたち三人をジェット噴射させる。突貫する先は当然、逃げ出そうとする『ファフロッキーズ』。

 腕を思いっきり引っ張られた金髪研究者が、慌てたように叫んだ。

 

「ちょ、これ、手握ったままで行くのかい!?」

「まだ相手の奥の手が残ってるんスよ! おれが読んだヤツの本命は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! でも、こうして一塊になってれば問題はない!」

 

 おれの言葉を聞いたヒキガエルが慌てたように加速するが、もはや遅い。

 

拡張装飾(アクセサリ)注目照明(スポットライト)』!」

 

 場面に応じて最適なシチュエーションを整える演出補佐(ショーアシスタント)の技量。

 既に相手の透明化は完遂しているが、透明な〝何か〟をスポットライトの光が照らしている。

 

「八栗さん! ――を、――で、――!」

「それは――、ええい、どうとでもなれッ!」

 

 アンダースローで軽く投じられた、薬液の中に金属のリングを浮かばせる八つのフラスコ。

 それが、おれの照らしたスポットライトの光に向かって勢いよく殺到する。

 

 ヒキガエルが舌でフラスコを叩き落とそうにも、ヤツの舌は現在七本。八つのフラスコを撃ち落とすには一手足らない。

 最後の八本目が飛んでいく。

 このまま的中すれば、アレは――

 

『――G■Co』

 

 ――直前、薬液そのものが透明化された。

 

 フラスコの砕ける音が聞こえる。

 確かに、薬液はヒキガエルの身体に的中しただろう。だが、いくら相手を彩る薬液が入っていたとしても、薬液そのものが透明になってしまってはどうしようもない。

 

『■■■■cococoo!!』

「ぐぁっ!?」「がっ……!」「くぅっ……!?」

 

 あざ笑うような『ファフロッキーズ』の声。

 追撃とばかりに不可視の舌が俺たちを打ち据え、手を離させる。同時に、先程言った言葉通り、おれたちの方も透明化させられ、ろくな連携もできなくなった。

 

 手元を見ても、自分の手すら見えないという凄まじい違和感。平衡感覚さえ、あやふやになりそうだ。

 

 もはや自分たちの姿も、相手の姿も何も見えない。

 

 不可視になった『ファフロッキーズ』はそのまま音速の三倍まで加速し、東の空へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「いや速い速い! このカエル速すぎる! 何、生身での――生身じゃねえけど、マッハ三ってこんな世界なの!? 制服機兵(ユニボーグ)じゃなきゃ絶対眼ェ開けてらんねーんだけど!」

「(声でけえッス樋野さん! 気づかれるから小声で! つーか通信でやり取りしましょう、もう!)」

 

 そしておれたちは、その『ファフロッキーズ』の身体にピッタリと張り付いてきていた。

 なぜ一度は引き離されていたはずのおれたちが、ヒキガエルの身体に張り付いているのか。

 

 その原因は、ヒキガエルの身体に貼り付いた金属のリングにあった。

 今は透明化しているために見えないが、先ほど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、金属のリングである。

 

「(拡張装飾(アクセサリ)磁場掌握(マグネット)』。フラスコの中に入れておいた『磁場掌握(マグネット)』を相手の能力でフラスコごと透明化させて、加えて元の薬液の代わりに入れておいた接着剤で相手の身体に『磁場掌握(マグネット)』を貼り付ける。そして、磁力でボクたち制服機兵(ユニボーグ)に含まれる鉄製部品を引っ張り、相手の身体にくっつく。……稲葉クン、この作戦、だいぶ綱渡りじゃなかった?)」

「(だよな……。いやなんで成功してんだ? 『ファフロッキーズ』が透明化した物を、『ファフロッキーズ』自身が見れないなんて保証もないわけだし)」

「(相手を透明化出来て、自分だけがそれを可視出来るなら初手でやってきてるッスよ。そうじゃない時点で『ファフロッキーズ』に透明視能力がないことはほぼ確定ッス)」

 

 小声で喋りながら、マッハ三で飛ぶ『ファフロッキーズ』の体表を慎重によじ登る。幾度か攻撃した時の反応で分かっていたが、やはりこのヒキガエルは体表感覚に鈍い。

 

「(仮にそれで『磁場掌握(マグネット)』の透明化までは通ったとしても、おれたちまでついでに透明化していくかはほとんど賭けじゃねーか?)」

「(拡張装飾(アクセサリ)魅惑香水(フェロモンパフューム)』……思考誘導の成果ッスね。精神操作を使いながら、相手の狙いをこちらから口に出すことで、その狙いを達成させることに執着させる)」

「(……なんつーか、賭けは賭けなんだけど賭けにありえないほど強くなれるっつうか……いや、なるほど、だから女性賭場進行者(バニーガール)か。なんか納得したわ)」

「(でも、俺の策のせいで二人が余計なダメージ負ったのは謝罪するッス。すいません)」

 

 ぺこりと頭を下げる。頭部のウサミミが揺れた。

 

「(まぁそこは気にしてねえよ。ここまでして『ファフロッキーズ』を追跡したからには、ちゃんと狙いがあるんだろ)」

「(はい。さっきも言ったッスけど、ほぼ間違いなく『牽引』と『軌道歪曲』は『ファフロッキーズ』の能力じゃない。実際、こうして飛んでる今も、他の『クレーター』はコイツに引っ張られてねえッスし。つまり、『牽引』はヒキガエルの『迷彩』で透明化していた〝何か〟の能力によるものッス)」

 

 そう。あくまでおれたちの最優先目標は「『上位個体』たちを牽引していた『クレーター』」だ。『ファフロッキーズ』がそうでなかった以上、コイツを倒すより先にそちらを見つけ出す必要がある。

 

「(きっと、『ファフロッキーズ』はそいつのところに戻っていくッス。今回初めて確認された支援変異(ターミナル)型。その正体が、きっとその〝何か〟で――)」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 虚空から声があった。乱暴な、男の声。

 

「――――」

『あぁ? なんだよわざわざ〝何か〟っつってんだからただの『クレーター』じゃねえのは直感してたんじゃねえのかよ。それともまさか話しかけてくるとは思わなかったってか?』

 

 少しずつ、見えない何者かの『迷彩』が解けていく。

 

 黒。

 黒い、男だった。光を飲み込むようなダークスーツの。

 声音通りの粗暴な印象。しかし底冷えするような鋭く暗い瞳。ただの暴漢には出せないものだ。

 長身だが痩躯であり、鍛えているようには見えない。が、油断が出来る要素も無い。同じ大気を吸っただけで、総身が侵されそうな近寄りがたさ。

 

 男の透明度がゼロになる。気づけば、おれたちと『ファフロッキーズ』の透明化も、いつの間にか解かれていた。

 

「――誰ッスか、アンタ」

「誰、ねえ? よく漫画だの映画だので怪しい相手に誰何するシーンあるけどよぉ、怪しい相手に自己紹介されたところで信じられんのオマエ? 知りたきゃ俺じゃなくてそこの変態に解説してもらえよ」

 

 そう言って、男は金髪研究者の方を見た。

 

「っ……」

「久しぶりだな八栗。つーか何だその格好。アレか? オマエは俺をツッコミキャラにしてぇのか? 殺すぞボケ。俺はテメェの異常性癖を満たすために制服機兵(ユニボーグ)技術を教授したワケじゃねえぞ」

「……お久しぶりです、()()もお変わりないようで」

 

 冷や汗をかきながら、金髪研究者が声を返した。

 

「先、生?」

「……稲葉クンは知らなかったかな。ボクと『先輩』が所属していた、高天原高校内に存在する世界最先端の制服機兵(ユニボーグ)研究・開発クラス。――通称、『()()』。あの人はそこの研究主任だ。ボクや先輩は彼の生徒と言ってもいい」

「な――」

 

 思わず口を開ける。

 八栗さんが先輩と同級生だったというのも初耳だし驚きだが、先輩が、あの男の生徒だった? いや――いやそれ以前に、あの人に何かを教えられるような人間がいたということが信じられなかった。

 

 そばで聞いていた消防女子が消化斧を担いで男を警戒する。

 

「で、そのお偉い先生がこんなところで何やってやがんだ? まるで、アンタがあの『クレーター』の群れを『牽引』していたみてーな話し口だったが」

「あぁ? 教師がやることなんて一つだろうが。試験(テスト)だよ、テスト。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みてーな?」

 

 平然とした顔で男は語る。緊張を走らせるおれたちの顔を見ながら、黒い男はクツクツと笑って、眼下で戦場となっている日本海へと視線を移らせた。

 

「まあ、あの分ならひとまず及第点だろ。見事だぜ『ランカー』諸君、キミたちがいる限り人類もまた安泰ってな。いやぁ『カルキノス』やら『ラセルタ』やら、あの辺の特殊個体をわざわざ月の裏側から持ってきた甲斐があったもんだ! 進捗はギリギリになったが、テメェらのおかげで日食の前日中に特殊個体の対処ノウハウも確立出来たしよ!」

 

 『カルキノス』。『ラセルタ』。先日のあの戦いさえ、この男は自分の差し金だと言うのか。

 

「何を……、何が目的だ、アンタ」

「目的か。目的ね。逆に聞くが、()()()()()()()()()()()()()()()()。このままグダグダ場当たり的に『クレーター』と戦って、真っ当な大団円(カタストロフィ)が訪れると思ってんのか? 訪れるワケねえだろうが! 前を見て、先を見据えて、完ッ全に事態を解決しなきゃならねえだろうが!!」

 

 語る男の口調には徐々に怒りが滲んでいく。

 言葉を聞くだけならば『クレーター』との戦いを終わらせたいという意思であるように思える。いや、そうしたいのだろう。なのに、そこに含まれる感情が黒過ぎる。

 激憤に憎悪、そして呪詛。希望や平和を望む意思がまるで感じられない。

 

「俺の目的は()()だ! 『クレーター』共が二度と地球を襲わないように、やるべきことをやる! ああ、人類として当然の責務だ! そうだ、同志なんだよ俺たちは! お前らという頼れる仲間がいる限り、人間は絶対に滅びねえ!! 黄昏を突っ切って、真の夜明けを手にする日が必ず来る!!」

「……聞き方を変えるッス。()()()()()()()()()()()

「『()()()()()()()()()()()

 

 一瞬の迷いもなく、男は言い切った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。テメェら『ランカー』さえいれば、文明維持に必要なだけの人口を保持できる防衛戦力があることは今回の日食で確認が取れた。最低でも日本列島程度はどうにか守りきれるだろ。いつまでもアイツを『アマテラス』なんて無駄な職種に従事させる余裕はねえ。アイツなら、確実に『最終制服機兵』を完成させ――」

 

 男の言葉を遮って、放水砲とトランプとフラスコが飛んだ。

 ゴパッッッ!! と、轟音が響く。並の制服機兵(ユニボーグ)なら一撃で機能停止に追い込める一撃。

 

 だが。

 

「軌道歪曲……!」

 

 攻撃が逸れる。水の流星は曲げられ、トランプは逸らされ、フラスコはあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「おいおい、講釈をせびったのはテメェらだろうが。先生の言うことが気に入らねえからって駄々こねてんじゃねえよジャリどもが」

「黙れオッサン! 最終制服機兵だか何だか知らねえが、完成させてえんなら一人でやりやがれ! 自分じゃ出来ねえからって先輩に頼ってんじゃねえよ!」

 

 胸元からカードを大量に取り出し、男の周囲を埋め尽くすように勢いよくぶちまけた。

 そして、拡張装飾(アクセサリ)注目照明(スポットライト)』。男に向けて、全方位からトランプが殺到する。いくら軌道を逸らされても、これなら命中するまでトランプは飛び続ける。

 

「頼る? 頼るか。その表現は正しくねえなウサギちゃん。これは元々アイツが始めたことだ」

 

 男がカードの一枚に指を向けた。その軌道がわずかに逸れ、別のカードの軌道を変え、軌道を変えられたカードがまた別のカードの軌道を変え、まるで野球選手(ベースボーラー)のように全てのカードが撃墜される。

 

「重力操作――いや、引力操作か。凄まじい精度だが、しかし、これは……」

 

 金髪研究者が冷や汗を流ししつつも興味深げに呟いた。

 それが聞こえているのか聞こえていないのか、黒い男は訥々と、諭すようにおれに向けて語り続ける。

 

「他惑星での資源採掘は資源枯渇に悩まされていた人類にとって、宇宙開発政策は大きなブレイクスルーになった。今の時代誰でも知っていることだ。だが、それは根本的な解決だったか? 宇宙時代、なんて呼ばれてからどれだけの時間が経ったと思ってる。制服機兵(ユニボーグ)一体作るだけでどれだけの資源が消し飛ぶ。火星の資源が既に底を見せ始めてるってニュースは聞いたことはあるか?」

「何の、話だ……!」

「結論を急ぐなよ。珍しく俺が授業をしようって気分になってんだからよ」

 

 消防女子が消化斧を持って躍りかかる。

 斧の軌道も逸らされ、おれたちの足場となっている『ファフロッキーズ』の背中に深々と刃が突き刺さった。

 

『■eco――!!!』

「うるせえな」

「ッ!!」

 

 男が軽く手を振り下ろす。それまで飛行していた『ファフロッキーズ』が、地表に向けて謎の力で引き寄せられていく。

 

 高速で落下していくおれたち。

 激突する前に飛び降り、樋野さんの噴水ジェットで勢いを殺して軟着陸した。

 

「結局、変わらねえんだよ。宇宙時代の前も後も。誰かが世界の資源を食い潰し、次の誰かが必死になって資源を掘り当てる。後のことは後の誰かがどうにかするの繰り返し。そして、現代の『後の誰か』になったのがアイツだった。いつか資源の尽きる太陽系から、どうにか資源を引っ張ってこようと名乗り出た」

 

 男は海面に立っている。樋野さんが曲芸じみた放水で男の足元から水を噴き出させ、八栗さんがそれを凍らせるが、もはや防御もされない。男はいつの間にか俺たちの背後に回っている。

 

「地面を引力で掴んで加速したか! 射程距離が、長い……!」

「つーかそもそもだ。テメェら全く疑問に思わなかったのか? 地球の環境を改変させる『クレーター』がテラフォーム型、なんて呼ばれていることに」

「だから、お前はさっきから何を……!」

「おっかしぃよなぁ? なんで地球を地球化(テラフォーム)すんだよ。それを言うなら異地球化(パラフォーム)だろうが。あの『アマテラス』と言えど、英語は少々苦手分野かぁ? ンなわけがねえ。アイツはもはや、今のこの世界を作り上げたと言っていいほどの天才だ。そんなヤツがこんな簡単なミスをするはずがねえ。意味があるんだよ、当然にな」

 

 男がこちらに向き直る。この世界全体を示すように大仰に手を広げ、そして言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。『クレーター』共はそれを元の地球に直そうとしてやがるわけだ」

「は、あ――? 地球が改変されてるって、そんなの、どこの誰がどうやって……!」

「決まってんだろ。ウサギちゃんが先輩先輩って懐いてるアイツだよ。地球の表面を全て覆うような無限の都市圏も、第一東京(トウキョウ)に作られた惑星にぶっ刺すような地底管理HUB「天之逆鉾」も、全ては地球そのものを改造するためにアイツが作ったデバイスに過ぎねえ」

 

 目を見開く。思わず、身体が止まった。八栗さんと樋野さんも、いつの間にか、黙って男の話を聞いていた。

 

「つまりは地球(ほし)制服機兵(ユニボーグ)化。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それこそが職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)

 

 全ての制服機兵(ユニボーグ)技術の集大成(カタストロフィ)となる、『()()()()()()』だ」

「――――――」

 

 もう、言葉なんて出なかった。

 

「まずもって、『クレーター』の出現が最初から分かってたわけでもねえのに、都合よく人工太陽制服機兵(ユニボーグ)が用意されてるわけねえだろ。『アマテラス』は、太陽から離れていく宇宙船地球号の新たな太陽となるために作られた制服機兵(ユニボーグ)なんだよ」

「な、ん……」

「そして、太陽を置いていくのと同様に、月もまた地球から置いていかれる。『クレーター』共の生態がどういうもんかはまだ分かってねえ部分が多いが、まあ地球がなくなっちゃあ環境が激変するのは間違いねえよなぁ? 絶滅しても全くおかしくないほどにはよ。アレに生存本能、なんてのがあるのかはしらねえが、あるとするなら人類なんてブッ殺して地球を元に戻そうとしても何も不思議じゃねえわな?」

「…………」

 

 機械化された心臓が、壊れたように心拍数を上げている。

 聞いてはいけないことを知ったような、世界の真実を知ったような、全ての真相を知ったような、何も知らなかったことを知ったような、恐ろしさ。

 

「そして、太陽の代わりを用意している以上は、月の代わりだって当然用意されているわけだ」

「ッ、稲葉、八栗! すぐに伏せ――!」

 

「――職種:月夜見尊(ワーク=ツクヨミ)、起動」

 

 月の暴虐が吹き荒れた。

 

 地球の潮汐力が操作された。高波に飲まれ、凄まじい水の衝撃に遥か彼方へと吹き飛ばされた。

 地球の大気圏流が操作された。スーパーセルが日本海を覆い、M7クラスの暴風が俺たちを蹂躙した。

 地球の自転が操作された。大地が衝撃に揺れる。何かが起きて、俺たちのパーツの大部分が吹っ飛んだ。

 

 規格が、違う。

 

「――いずれ、職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)仮想上級職:大穴牟遅神(ジョブ=オオナムヂ)を経て、天職:大国主大神(クラス=オオクニヌシ)へと至る」

 

 凄惨たる有様を晒す日本海で、新たな月となる黒い男が一人、立っていた。

 

「日和見は終わりだ、『アマテラス』。全てを終わらせる研究所・天之岩戸(アメノイワト)が完成した時、日は沈む。黄昏は終わり、夜を耐え――人類は新たな夜明けを迎える」

 

 月の影が、日本海を過ぎていく。

 日食の終わりとともに、男は何処かへと消えていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。