【完結】黄昏教室の最終制服機兵《カタストロフィ》   作:ジェネリック参勤交代

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06 夜を象った天蓋(ほし)を──Moon's_“Crater”

「さっきはあんな風に言ったけれど」

 

 それぞれの天職(クラス)のアップデートが完了し、いざ行動開始という段になって。

 唐突に、八栗さんはこんなことを言い出した。

 

「その天職:須佐之男(クラス=スサノオ)天職:天宇受売命(クラス=アメノウズメ)は、先生── 職種:月夜見尊(ワーク=ツクヨミ)を倒すためのものじゃあないんだよね」

 

「……はぁ?」

 

 樋野さんが気の抜けたような声を上げた。おれも一瞬面食らったが、その言葉の意味するところを理解して苦い顔になる。

 

「……そうか。『ツクヨミ』は新天地における月の代役。先輩の『アマテラス』と同じように……」

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あれは地球という星を過不足なく運営するために必要不可欠な機構だからね。再起不能なほどに損壊すれば、その時点で先生との勝ち負けなんて関係なくこの星ごと共倒れさ」

 

 潮の満ち引きが月の引力によるものだというのは有名な話だ。他にも自転速度を緩めたり、地軸の傾きを一定に保ったりなど、月という天体が地球に及ぼす影響は非常に大きい。

 基準点たる太陽(アマテラス)。支点たる(ツクヨミ)。どちらも地球にとって欠かすことのできない存在であり、だからこそ超抜級の規格の制服機兵(ユニボーグ)が作り出されたのだ。

 

「オイオイ……それじゃあ何だ。そいつはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()⁉︎」

 

 ある種の極論ではあるが、樋野さんの口にした通りだった。

 現状において月の代役を唯一担える男。そこに対して牙を剥くなど、バンジージャンプ中に自分で命綱を切りつけるようなものだ。ヤツが敵として立ちはだかっている限り、勝ちの目なんてどこにもない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、八栗さんは事もなげにそう言ってのけた。

 

「……なるほど。そういうことなら、確かに」

 

「おや、察したかい? つくづく反則極まりないよねその職能。絶対敵には回したくないや」

 

 呆れたようにゆるゆると首を振り、八栗さんは言葉を続ける。

 

「この状況において、およそボクたちに取れる手は二通りだ」

 

 傷つけることが許されない『ツクヨミ』との交戦を避けつつ、おれたちの目的を果たせる方法。

 研究者(リサーチャー)の頭脳が導き出した解答は、至って単純明快なものだった。

 

 ピン、と一本の指が立てられる。

 

「一つは隠密。先生に察知されないように立ち回って、リミットまでに事を済ませてしまう。……ただまあ、こっちの手を通すのはまず不可能と考えるべきだね」

 

 おれたち三人の中で、唯一あの男を知る八栗さんはあっさりとそう結論づけた。

 

「単純にあの『アマテラス』と同格の『ツクヨミ』の使い手だから、というのもあるけれど……それ以前に、先生はボクの思考パターンを嫌というほど知悉している。そこから完全に外れた行動でなければあの人の目は掻い潜れない」

 

「……つまり、作戦立案に八栗さんの手を一切借りられないってことッスか」

 

「それだけじゃない。作戦の中にボクを組み込んだ時点で恐らくアウトだ。それが単なる足止め役だったとしても、先生はそこから策の全貌を正確に暴いてくる」

 

 未来予知に等しい精度での行動予測。言葉にすると夢物語のようにも思えてくるが、現に『アマテラス』を操る先輩はやっていることなのだ。同等の規格を誇る『ツクヨミ』の主に不可能だとは決して言い切れない。

 

「他の制服機兵(ユニボーグ)、例えばメイドさんなんかに協力を仰ぐのも避けるべきだね。渡りをつけようとする動きを先生にキャッチされるかもしれないし──そもそも本来の役目である『クレーター』討伐の方にも人手は必要なんだ。先生の負荷実験(抜き打ちテスト)で地表の連中はひとまず一掃されたとはいえ、すぐに宇宙から新手がやってくるだろうし」

 

「なら、完全に俺と稲羽の二人だけでやる必要があるってのか? そりゃ確かに無茶だな……職種:女性賭場進行者(ワーク=バニーガール)のサポート性能は折り紙つきだが、それでもナビもなしに急造の連携で出し抜けるような相手じゃねえ」

 

 もっともな意見におれも頷きを返す。皆既日食の共闘でおおよその特徴は掴めているし、並の『クレーター』相手なら十全のコンビネーションを発揮できる自信はあるが、あの男に通用するレベルかと問われればやはり不安は残る。

 

「そもそも一足跳びに天職(クラス)なんてもん貰っちまったけどよ、こいつが隠密作戦に向いてるかっつったら話は別だろ。機能はあくまで元の制服機兵(ユニボーグ)の延長線上なんだから」

 

「そうなんだよね。そもそもが突貫工事の代物だから安定性も心許ないし……だから、ボクたちが取るべきはもう一つの方」

 

 二本目の指が立つ。

 その答えは意外性なんて何もない、至極真っ当なもので。けれど、一度は真っ先に除外していた選択肢だった。

 

「すなわち対話。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 そして。

 

「話にならねえな」

 

 高天原高校。その中でも、先輩や八栗さんといった飛び抜けて優秀な異才の集う場だったという『教室』。

 まるでその一室こそが自らの城だと主張するかのように、ごく自然体で坐す黒い男と。

 

「せっかくだ、『レポート』の採点はしてやるよ。()()()。もちろん一〇〇点満点でだ落第生ども」

 

「……、」

 

 そこで、一つの対話があった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『大規模掃討作戦を決行します』

 

 メイドさんの通信によって齎されたのは、次なる決戦の報せだった。

 

『ええ、ええ、長い長い皆既日食から昨日の今日ですものね。皆様さぞお疲れのことでしょうが……()()()()()()()()()()()()()()。地上の半面から「クレーター」が一掃されている今でなければ、浮いた戦力をこちらに回すことはできませんもの』

 

 それは今までの防衛戦とは根本的に毛色の異なる、こちら側から宇宙へと打って出る強襲戦。

 月面で観測された規格外の反応の件もある。どのみち『クレーター』討伐に戦力を割かなければならないのなら、せめて今度はこちらが主導権を握りたいという思いもあるのだろう。

 

『目的地は月。この呼びかけに応じる意思のある「ランカー」各位は、準備が済み次第最寄りの「カタパルト」にて待機をお願いしますわ。本日の日本標準時一八時を以て、全機一斉射出を行います』

 

 反撃の狼煙。あるいは、()()()()()()()()

 見る者によってその意味を変える一大作戦が、もうじき幕を上げる。

 

 

「……おれたちにとってヤツらは侵略者。同時に、向こうにとってもそれは同じ、か」

 

 『カタパルト』は、世界各地に計五〇本ほど聳え立っている塔のような建物だ。

 全長は二〇メートル。内装はまさしく塔そのものだ。普通の塔と違うのは、先端が空気抵抗を受けにくそうな感じに鋭く尖っていたり、窓が特殊強化ガラスで固められていたり、外壁がやけに分厚い合金製だったりすることくらいだろうか。

 端的に言うならロケットそのものである。傍目にも用途がわかりやすすぎて、逆に別の使用法があるんじゃないかと勘繰りたくなるレベルだった。

 そのくせ『カタパルト』なんて名前で呼ばれているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかいうぶっ飛んだ二重推進式のせいらしいが。

 

 そんな技術者の悪ふざけみたいな塔の一本に、おれは足を踏み入れていた。

 樋野さんと八栗さんはここにはいない。お互いに必要な準備のため、二人とは一時別行動中だ。

 向こうから最寄りの『カタパルト』は別の塔だから、合流するのは()()()になるだろう。

 

 既に集っている『ランカー』の中には、皆既日食防衛戦で共闘した人たちもいくらかいるようだった。篠尾さんに建築トリオ、パンダの人なんかの姿もちらりと視界の端に映っている。

 明らかに日本人ではない人たちがそれなりの割合で見受けられるのは、『ツクヨミ』後の掃討戦を終えてからまだ帰国していないクチだろうか。

 

「……それにしたって結構な人数だな?」

 

 そういった一時的な滞在者の分を差し引いても、思いのほか人の集まりが良いように見える。

世界の半面を総動員した日食防衛戦とは流石に比べるべくもないが、『ランカー』限定の臨時招集にしては随分と多い。

 

「メイドさん、ちょっと良いッスか」

 

『はいはーい、呼ばれて飛び出たメイドさんですわよー。ご用件は何でしょう稲羽くん?』

 

 モニターに対して呼びかけてみると、直後に半透明の立体映像が目の前に現れる。……めちゃくちゃ反応が速かったが、もしかして話し相手が欲しかったりしたんだろうか。

 

「世界各地の『カタパルト』全体での集まり具合ってどんな感じッスか? こっちだけ見た分だと、どうも思ったより人が多い気がするんスけど」

 

『そうですわね。単純な数で言うなら、先日の日食防衛戦の半分といったところでしょうか』

 

 中々に予想外の数字だ。この短時間で、よくもまあそんなに揃ったものだと感心する。

 

「……あれだけ前々から準備を進めてた皆既日食の半分ッスか、それも精鋭の『ランカー』だけで。こんな突然の招集、せいぜい三割もいけば御の字だと思ってたんスけど」

 

『皆様、それだけフラストレーションが溜まっていたということなのでしょう。日食防衛戦の……いいえ。この数ヶ月間全ての、ですわね』

 

 フラストレーション。敢えて言い換えるなら、恨み辛みといったところか。

 おれ自身、『クレーター』に一度は殺された身だ。あそこで先輩に救われたからこそさほど悪い思い出でもなくなっているが、そんな奇跡に恵まれた人間なんてほんの一握りだ。

 挙句に先日の皆既日食では、あの男の『ツクヨミ』が強引に全てを吹き飛ばして幕引きとしてしまった。被害こそ軽微だったものの、何だかよくわからないうちに終わってしまったというのが大多数の感想だろう。

 

 そこへきての、史上初となる月面強襲戦だ。

 待ちに待った積極的な攻勢の機会。気合の入りすぎた面々がこうして集まってしまうのも、無理からぬことなのかもしれない。

 

『ほらほら、お仕事ですわよ稲羽くん。今回もまた女性賭場進行者(バニーガール)的にパーっと盛り上げて、いい感じに皆様をガス抜きしてあげてくださいな』

 

「う……了解ッス。確かにこのままじゃまずいッスから、やるだけやってきますよ」

 

 そんなこんなで、またしても一芸披露する羽目になってしまったおれである。

 何か大切なものが削れたような気もするが、気にするとさらにガリガリいきそうなので考えるのはやめることにした。

 

『さて、と。一息ついたところで、そろそろ時間ですわね』

 

 塔の人たちと一緒になって普通におれの芸を鑑賞していたメイドさんが、その声音をキリッとしたお仕事モードに切り替える。

 

『ではでは、世界各地の「カタパルト」にお集まりいただいた「ランカー」各位へいくつか通達をば。これより皆様は、「クレーター」掃討のため宇宙へと打って出ることになる訳ですが……作戦行動時間はおよそ二時間。それ以上の戦闘は、消耗に対して得るものが少なすぎると判断いたしました』

 

 二時間。それは、城攻めをするにはあまりに短い時間だ。

 この場に集った精鋭たちでも、二時間で全ての『クレーター』を殲滅するのは不可能に近い。

 もしも方法があるとするなら。それは、あの強大な反応の主を仕留めることくらいだろうか。

 

『この「カタパルト」は現地到達後、皆様を降ろすとともに再び宇宙空間へと飛び立ちます。戦闘に巻き込まれての損傷を避けるためですわね。燃料は余分に消費することになりますが、ここは必要経費と割り切りましょう』

 

 資源不足に喘ぐ中で耳の痛い話だが、確かに『カタパルト』が丸ごとスペースデブリになるよりはマシだ。それに、帰りの足を気にして満足に戦えないようでは本末転倒だというのもある。

 

『作戦終了時には再度呼び寄せる必要がありますから、こちらで発行する帰還パスを各自の制服機兵(ユニボーグ)を通じて発信していただければ。およそ五分以内には対応する「カタパルト」が到着するはずですわ。派遣する数については、パスの打ち込まれた地点と数からこちらで算出いたします』

 

 五分のラグ。宇宙空間として見るならば破格の速さだが、戦闘においては長すぎる断絶。

 兎にも角にも、あらゆる面でこの作戦は時間との勝負になる。

 

『きっかり八時間後、日本標準時二時を回った時点で全員分の帰還パスを強制有効化(アクティベート)します。それ以前の緊急離脱については個々人の判断で行っていただいて構いませんが、可能であれば具体的な状況説明をご一報いただきたいですわね』

 

 助け舟が宇宙の塵になってしまっては救助のしようがありませんもの、と冗談にしては怖すぎる一言を添えて。

 

 必須事項の通達を終え。

 メイドさんは、朗らかな笑みを浮かべて最後にこう言い残した。

 

『──こほん。それでは皆様、良き宇宙(そら)の旅を!』

 

 直後、世界各地に点在する五〇の『カタパルト』が一斉に起動した。

 円筒形の建物それ自体が轟音とともに射出され、成層圏を越えた辺りでロケットエンジンが点火。その噴射によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうして空中で衝突した『カタパルト』どうしは──破損することもなく、まるで溶け合うように『連結』を果たす。

 最終的に、そこには一隻の巨大な宇宙船が組み上がっていた。

 

 

 群船アルゴー。数多の英雄を乗せて未知なる星海を征く、世界最大の宇宙船の姿だった。

 

 

「……軌道が安定してきたな。しばらくは気を張る必要もない、か」

 

 船の構造は、至って普通の艦船のようになっている。制服機兵(ユニボーグ)に似た技術を用いているのか、全ての塔の合計よりも明らかに内部容積が大きいが。

 広大な艦内をしばし歩き回っているうち、ここ数日で見慣れた顔を視界の端に捉えた。

 

「お、いたいた稲羽。ひとまず無事に合流できたな」

 

「樋野さん。そっちも無事みたいで何よりッス」

 

 こちらを見つけて、パタパタと小走りで近寄ってきた樋野さんに挨拶を返す。八栗さんの姿は見当たらないが、この分だとそう遠くないところにいるだろう。

 

「八栗さんの調子はどうッスか?」

 

「あー……流石に神経すり減らしてるみたいだが、まあアイツなら問題ねえよ。本番までには何とかするさ、そういうところで心配が必要なやつじゃねえ」

 

 微妙な表情で頬を掻いている樋野さんだが、その言葉に嘘はない。誰よりも八栗さんを知っている相方(バディ)が信頼しているのなら、おれもそれに倣うだけだ。

 

「準備の方はきっちりやってきたしな。天職:須佐之男(クラス=スサノオ)の慣らしも済んだし──()()()()()()も、向こうに着く頃には問題なく使えるようになってるはずだぜ」

 

「それは良かった。おれの方も、準備は問題なしッス」

 

 高度一〇万メートルに浮かぶ『アマテラス』は、とっくに後方へと過ぎ去ってしまった。五〇万メートルの外気圏もすぐに越え、今は宇宙空間を突き進んでいる最中だ。

 地上から月までの距離は三八万キロメートル。人類が初めて降り立った際には三日を費したその道程を、この群船アルゴーは僅か六時間で踏破する。

 

「この大規模掃討作戦に乗じて『本命』を果たす。この場の大多数は『クレーター』を倒して帰還することが勝利条件ッスけど、おれたちはそれだけじゃだめッスからね」

 

「ああ、わかってるよ。つっても、アイツらだって最終的に目指すところは同じだろ。俺たちは見えてるもんが少しだけ多くなっちまっただけだ」

 

「そうッスね。でも、見えちまった以上はやるしかないッスから」

 

 仮にこの遠征で『クレーター』を絶滅させたとしても、それは地球の安寧を意味するとは限らない。

 むしろその存在は、この宇宙には『人類の脅威』が確実にあるということの証明に他ならない。最も身近な星でさえこれなのだから、これから旅立つ新天地でなどなおのことだ。

 

「『クレーター』がいなくなったとしても、根本的な問題である資源不足が解決する訳じゃない。だからやっぱり、『最終制服機兵』の完成は必要になってくる」

 

「だな。まあ要は、俺たちが上手くやれば丸く収まるって話だろ? なら、迷う必要も理由もねえわな」

 

「……ッスね。ありがとうございます」

 

「ん? どういたしまして」

 

 樋野さんは、まあ端的に言ってそこまで頭はよろしくない。たまに脳筋バカなんて揶揄されているけど、まあちょっと否定しがたいくらいには。

 それでも、この明け透けな物言いは相手の心を軽くしてくれる。良い人だ、と素直に思う。

 

「おー……やあやあ稲羽クン。四半日ぶりだけど元気そうで何よりだよ。ボクの方も、ようやく一段落ついたところさ」

 

「八栗さん……おれが言うのも何ですけど、ちょっと休んどいた方が良いんじゃないッスか?」

 

 そんなやりとりをしているうちに、通路の奥から八栗さんも姿を現した。

 一歩進むごとにその身体は明らかにふらついているが、両の目だけが爛々と輝いていて中々に迫力がある。

 

「大丈夫大丈夫、むしろ目は冴え(キマっ)てきたから。何ならこれからもう一段階先を目指して検証を──むぐっ」

 

「良いから寝ろバカ」

 

「むぐぐ、役得……ぐぅ……」

 

 樋野さんが抱え込むようにして近くのベンチに運ぶと、その膝に頭を預けたまま八栗さんは眠りについてしまった。

 この人はこの人で、若干怖い面もあるがそれ以上に真面目な人だ。突然だったおれのオーダーに対して、ここまで真摯に向き合ってくれる人もそうはいないだろう。

 

「……すみません、そちらのバディを酷使させちゃって」

 

「こいつが勝手にマッド気質で追い込みかけてるだけだから気にすんな」

 

 言って、樋野さんもその場で静かに目を閉じた。

 

「俺もちょっと寝るわ……お前もちゃんと休んどけよ、稲羽」

 

「……はい」

 

 仲の良い人たちだ。何だかんだ言っても、お互いを誰よりも信頼し合っているのがわかる。

 こんな二人をおれの無茶に付き合わせてしまっていることに、一抹の罪悪感はある。それでもおれを信じてくれている以上は、こっちも責任を果たすのが筋ってものだ。

 

 そして──おれにもそんな相手ができるとしたら、と考えて。

 一つの顔が自ずと浮かんで。

 いつかそうなりたいな、と小さく笑って。

 おれもまた、ベンチに腰掛けてそっと目を瞑る。

 

 モラトリアムの六時間は、驚くほどあっという間に過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 いっそ不気味なほど順調だった航路の果てに。

 おれたちは、とうとう月面へと降り立った。

 

「──()()

 

()()()()

 

()()()()()

 

 何が、などと考えるまでもない。

 『クレーター』。月の裏側にいた人類の敵対者。

 その総数は、果たして一〇万や一〇〇万で済むかどうか。派遣尖兵(ミニオン)型と見紛うほどの大軍勢だが、そのほとんどは並以上の力を有した個体だろう。

 これまでの統計的には『上位個体』は全体の一万分の一ほどの割合だが、そんな『地球の常識』が通用する場所であるとも思えない。

 

 いくら主導権をこちらが握ったつもりでいても。

 ここは、紛れもなく敵の本拠地(テリトリー)だ。

 

「かかれ──ッ‼︎」

 

 職種:軍師(ワーク=タクティシャン)の号令とともに、戦争が始まった。

 

『Go■ogoooo──‼︎』

 

 対する『クレーター』もまた、『上位個体』の咆哮に急き立てられるようにして進軍を開始する。

 

 最初の衝突があった。『クレーター』側が一方的に屠られた。

 同じように二度、三度、何度も何度も繰り返した。そのたびに、より大きな被害を受けたのは『クレーター』の側だった。

 

 だが──()()()()()()()()()()()()()()()

 無尽蔵の軍勢。数が多すぎて減り幅がわからないのではなく、()()()()()()()()()

 

「ああクソ、まともにやり合ってちゃキリがねえ! やっぱり俺たちがどうにかするしかなさそうだぞ!」

 

「……ッスね。ここからは予定通りにいきましょう」

 

 恐らくは支援変異(ターミナル)型。皆既日食の折にあの黒い男が偽装していた、味方のサポートに特化した種の仕業だ。

 だが、この大混戦の只中で元凶の一体を探し当てるのは困難極まる。それよりも、()()()()()()()()()()おれたちの策を通した方が有効に働くはずだ。

 

 戦闘の合間、二人の方に向き直る。その目を見て、心配は無用だと悟った。

 樋野さんは、いつも通りまっすぐな目を。

 八栗さんは、多少の緊張を滲ませながらも自信と覚悟に満ちた目を。

 

 確信が持てたのなら、すぐにでも動くべきだ。

 最後の確認を手早く済ませる。ここからたった二時間で、全てに片をつけなければならない。

 

「今回の作戦、一番の鍵を握ってるのは八栗さんッス。樋野さんには全面的にそっちのフォローに回ってもらうんで、八栗さんはとにかく自分の仕事だけに集中してください」

 

「大丈夫、わかってる。覚悟ならとっくに決めたさ。ほら樋野(脳筋)、前に言ったみたいに颯爽とボクを守ってよね?」

 

「格好つけてる余裕があればな! 良いから早く始めろ八栗(メガネ)!」

 

「ああもちろん! さあボクたちの大一番だ、ばっちり決めてやろうじゃないか‼︎」

 

「ははっ──じゃあ、お互い武運を祈るッス」

 

 二人の軽快なやりとりを背に受けながら、月面を大きく蹴った。

 あの二人なら上手くやってくれるだろう。そう信じて、おれはおれの役目を果たさなければ。

 

 当然、道中にも大勢の『クレーター』が蔓延っている。ときに一人で、ときに近くの『ランカー』と協力してそいつらを打ち倒しながら、一直線に目的地へと跳ねていく。

 拡張装飾(アクセサリ)天職:天宇受売命(クラス=アメノウズメ)といった手札はまだ使わない。ここで主力を担うのは、事前の役割分担で決められた取り巻き担当の『ランカー』たちだ。

 職種:野球選手(ワーク=ベースボーラー)が、職種:蛇使い(ワーク=スネークチャーマー)が、職種:指揮者(ワーク=コンダクター)が、職種:道化師(ワーク=クラウン)が、己の職分を以て道を拓いてくれている。

 

 散見される『上位個体』への対処は、一対一や多対一に秀でた特に戦闘向きの制服機兵(ユニボーグ)が。

 職種:力士(ワーク=スモウレスラー)が、職種:保安官(ワーク=シェリフ)が、職種:騎士(ワーク=ナイト)が、職種:軍人(ワーク=ソルジャー)が、強大な敵を相手取って大立ち回りを繰り広げている。

 

 おれもまた、自分の担当する役割を果たすべく駆ける。

 あれだけ大量にいた『クレーター』たちは軒並み足止めを食らい、徐々に視界に映る数が減っていく。同時に、そうして対処にあたった分だけ仲間の姿もまた消える。

 それでも足を緩めずひた走る。複数人割り当てられた担当者たちの中でも一人突出してしまっているが、どのみち初見殺しの効かないおれが最初に接敵するのが順当だ。

 

 駆けて、駆けて、駆けて。

 一心不乱に突き進んで。

 何かに惹かれるように、ただ一点を目指して。

 

 

 そして。

 おれはいち早く、『それ』の下へと辿り着いた。

 

『──────────』

 

「……は、はは」

 

 自分を奮い立たせようとして、失敗して乾いた笑いが零れた。

 知らず、冷や汗が頬を伝う。

 この機械化された身体にそんな現象は起こり得ないのに、まるで錯覚を与えられた脳が強引に命令を実行させてしまったとでもいうかのように。

 

 小さい。一目見て抱いた感想はそんなところだ。ここまできてそんな陳腐な感想が浮かんでしまうことが、逆に堪らなく恐ろしい。

 地上からでさえ察知できるほどの莫大な存在規模に反して、その全長は二メートルにも満たない。透き通ったシルエットは存外ヒトに近く、やや女性的な流線を描く肢体を二本の足で支えている。しかし頭部に相当する部分には、明らかに人ならざるモノの証として円環を築く一〇の突起が生えていた。

 鬼や悪魔の角、というよりはむしろ──まるで、冠でも被っているかのように。

 

「……ああ、そうか」

 

 今更ながらに理解した。

 『クレーター』は、相対した者の『見え方』をその身に反映しているのだ。月の模様が国によってその意味を変えるように、ヤツらはその在り方を観測者に委ねている。

 

 あるときは、もちをつく兎。

 あるときは、鋏を振りかざす蟹。

 あるときは、鎌首をもたげる鰐。

 またあるときは──人の横顔。

 

 その在り方は生物というより、精神的生命体とでも呼ぶべきだろうか。

 心の写し鏡たる『クレーター』は、あるいはその身に宿した固有能力でさえ、こちらの観測に合わせて後天的に得たものに過ぎないのかもしれない。

 

 ヤツらが太陽を嫌うのは、あまりに強い極光の下ではその姿を見られる者がいないから。

 そして職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)が『クレーター』にとって脅威となるのは、地球が消えることで月の環境が激変するからではなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そして。お前が、おれたちに『そう』見えているってことはだ」

 

 まっすぐ、射抜くような視線を向ける。

 仮称(コードネーム)は『アリストテレス』か『コペルニクス』、あるいは『ヘルツシュプルング』──どれも否。

 この存在に、人の定めた呼称など似合わない。

 

「今のお前は、『そう』定義されたってことなんだろ。()()()()()()()()()()。『()()()()()()()()()()()()

 

 

 その虚像が象る記号を、告げる。

 『王』。この上なく明瞭な、頂点たる証。

 

 

『──()()()()()()()()()()()

 

 当然のように。

 『月の王』は、その口から人の言語を発した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なるほどな。こっちの『本命』もとっくにお見通しか」

 

 正直、このままでは勝算は極めて薄いと言わざるを得ない。

 だがこっちも止まってやる訳にはいかない。どうあっても互いに相容れない以上、やるべきことは決まっている。

 

「倒させてもらうぞ、『月の王』」

 

 どうにか冷静さを取り繕って、宣言する。

 眼前の敵に、自分自身に、戦友たちに、そしてどこかで見守ってくれている誰かに向けて。

 

「おれは女性賭場進行者(バニーガール)。分の悪い賭けなんて、これまでいくらでも通してきた」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 決戦の幕が上がる、その半日前のこと。

 『教室』。先輩が、八栗さんが、そして『先生』が根城としていた機密の空間。

 

「せっかくだ、『レポート』の採点はしてやるよ。()()()。もちろん一〇〇点満点でだ落第生ども」

 

「……、」

 

 そこで、一つの対話があった。

 

「意気はあるんだろうよ。努力賞くらいはくれてやっても良いかもな。……()()()()? 肝心な部分がまだ何も解決してねえだろうが」

 

 ばっさりと、であった。

 二の句を継げないほどの酷評。赤点を食らって突き返された『レポート』。誤解や曲解の余地もない、完全な決裂の宣告。

 

 けれど、この場の誰の顔にも剣呑な色はない。

 今まさにおれたちに対して赤点を言い渡した、あの黒い男でさえも。

 

「ああ全く、相変わらず先生は手厳しいなあ。『教室』でさえ、先輩以外の生徒をまともに褒めてるところとか一回も見たことなかったし」

 

 八栗さんがおどけたように苦笑してみせる。

 その態度は、敗北を突きつけられた者のそれではなく。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あしからず」

 

 ここまでの全てが予定調和だと勝ち誇る、策謀家のそれだった。

 

「……ったく、あーあーやってられねえぜクソが。おい八栗、テメェ性癖だけじゃなく頭の方まで随分と捻くれてきてんじゃねえかよ?」

 

「それはもう、ご指導の賜物ってヤツですよ。ボクははっきりと覚えてますから。これまでだって先生は、先生であることを捨てたことだけはなかった」

 

「……、」

 

 一瞬、黒い男は押し黙った。

 虚を突かれたというよりは、呆れ返っているように見えはしたが。

 

「はァ──……で、だ」

 

 一つ長い溜息をつき、気を取り直すように男は話の軌道を戻す。

 

「テメェらの考えてることは大体わかった。その上で敢えて訊いてやる──()()()()()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()()()()()

 

 先輩さえ差し置いて、世界で最もおれが求める答えに近い位置にいる人物。

 実質的に、今の地球の全権を握っているのがこの男だ。

 

天之逆鉾(アメノサカホコ)の大規模サーバーに潜ってきた。そこで職能使って引っこ抜いた情報を基にしたのがその『レポート』だ」

 

 二〇点。今のおれたちに、この評価を覆す術はない。これは紛れもなく、手持ちの情報から組み立てられる範囲で全力を尽くした結果だからだ。

 けれど──そのための材料を、今から集めることはできる。

 

「まだ足りないピースがある。電子の海に沈めることすら躊躇うような、それこそ先輩とアンタの頭の中だけに詰め込んでいるような、本当の意味で鍵になる情報が」

 

 まずは概形がなければ話にならない。だから、穴抜けに気づきながらもそのまま『レポート』を作り上げた。

 言うなれば、これから修正を加えることを前提とした草案。こうして対話という形に持ち込むための交渉材料の一つ。

 

 そして、いちいち添削なんてしてもらう必要はない。

 女性賭場進行者(バニーガール)の職能の前では、こちらが問いかけた時点で答えを得たも同然だ。

 

「さあ、質疑応答の時間だ。とは言っても、アンタは答えても答えなくても構わないけど」

 

「……チッ、教師相手にふざけた真似しやがって。テメェみたいな『優等生』が一番タチが悪ぃんだよ。一人いるだけで関わった教師の質が軒並み下がっちまう」

 

 悪態をつく黒い男は、それでも『ツクヨミ』の暴威を振るって話を打ち切ろうとする気配はない。

 これもまた、交渉材料。天職:須佐之男(クラス=スサノオ)天職:天宇受売命(クラス=アメノウズメ)という純粋な戦力の賜物だ。

 『ツクヨミ』が傷ついて困るのは向こうだって同じこと。だというのに皆既日食の決戦でああも気軽にその機体を晒してみせたのは、こちらがどう足掻いても(ツクヨミ)を破壊できないとわかっていたからだ。役割としての必要性がどうとか以前に、単純なスペックの問題として。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……もっともおれとしては、そんな保険をかけるまでもなく『レポート』一つでこの男は教師として対話に応じたかもしれない、とも思ったのだが。八栗さん曰く、目に見えた欠陥を希望的観測で放置するのはこの男が何より嫌うことらしい。

 

 

 ともあれ、ようやく舞台は整った。

 ここからはもう、おれの独壇場だ。

 

「一つ目だ」

 

 黒い男をまっすぐ見据えて、最初の問いを発した。

 

「あの天之岩戸(アメノイワト)の役割は何なんだ? 『アマテラス』を引き寄せて掴み取る──それだけのはずがない。太陽を地表に引き込んだりしたら莫大な熱量が地球を灼き尽くす。職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)には耐熱機能くらいあるだろうけど、それにも限度ってものがある」

 

 目の前の相手が何か口を開くより先に、おれはその全貌を直感的に理解する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。マントルの熱にも容易に耐える職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)のナノマシンで『アマテラス』を包み込み、先輩が自発的に変形を解くまで閉じ込め続ける鋼の檻。

 そしてあの人に限って、意固地になって檻の中に閉じこもり続けるなんて真似はしないだろう。そんなことをしても状況を悪化させるだけだということを、この星の誰よりも理解しているのだから。

 

 読み取った答えを八栗さんに伝え、即座に『レポート』を修正していく。

 後はこれをひたすらに繰り返す。おれたちの手で実現可能なライン、及第点に到達するまで何度でも。

 まだ勝ちは半分だけ。もう半分を掴むには、埋めたピースの中から答えを見つけ出さなくてはならない。

 

「次の質問。皆既日食のとき、アンタが『ファフロッキーズ』と職種:月夜見尊(ワーク=ツクヨミ)で偽装していた支援変異(ターミナル)型。あれは実在する種別なのか?」

 

 これも即座に理解する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『上位個体』をも束ねる軍団の統率者がいることはほぼ確実で、月面に現れたという巨大な反応はその最たるものだろうと推測されている。

 王、あるいはその側近。そういった立場の『クレーター』が、支援変異(ターミナル)型に類似した能力を有している可能性が高い。

 

「次だ。先輩やアンタと同等の演算能力、つまり職種:天照大御神(ワーク=アマテラス)職種:月夜見尊(ワーク=ツクヨミ)を十全に運用可能な人物に心当たりは?」

 

 理解する。

 ()()()()()()()()()。あの銀髪メイドさんでさえ、この二人の領域に手を届かせるには現行の一〇倍以上ものスペックを要求される。

 『教室』の中でも圧倒的に突き抜けた頭脳。そこに並び立てる者は、少なくとも現時点では誰一人として存在しない。

 

「次」

 

 理解する。

 

「次」

 

 理解する。

 

「次──」

 

 理解する。

 

 理解する。理解する。理解する。理解する。

 足りないピースを補っていく。抜け落ちていた穴を塞いでいく。『レポート』が適宜修正され、その内容が徐々に現実味を帯びていく。

 

 それでも、依然として『レポート』は及第点に届かず。

 そうしてとうとう、残された謎は一つだけになった。

 

「──そもそも。地球が太陽系を脱出して新天地へと向かおうっていうのなら、絶対に無視できない問題があったはずだ」

 

 これだけ質問を重ねれば、自ずと行き着く最大の疑問。

 恐らくここが、抜け落ちた穴のうち最も重要な部分。逆に言えば、ここさえ埋めることができれば『レポート』は飛躍的に改良される。

 それをわざわざ最後に回したのは──おれ自身、ここで『絶対的な不可能』を目の当たりにする可能性を恐れていたからだろうか。

 

「それは、()()()()。地球の半面をどうにか黄昏で覆える程度の職種:天照大御神(ワーク=アマテラス)じゃ、太陽の補佐はできても成り代わるなんて不可能だ」

 

 拡張装飾(アクセサリ)を利用した均等な光の配分? 正確な位置取りを行える音速超えの神業機動? そんなものでは到底足りない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一〇万メートル先の衛星軌道上ではなく、一億四九六〇万キロメートル先に君臨するだけで地上を照らせるほどの絶対的な光でなければ。

 

月の代役(ツクヨミ)が必要ってことは、自転速度や地軸の問題は職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)頼みじゃ解決しきれないってことだろ。だったら太陽絡みの公転軌道や光量なんてなおのことだ。都合良く代用できる別の恒星が見つかるとも限らない」

 

 それでも、先輩やこの男は太陽系からの脱出を実行に移そうとしていたのだ。

 それらの問題点を全て理解した上で。さらには、突発的な脅威である『クレーター』までもが現れようとも。

 

 ならば、『それ』は確実に存在する。

 これらの問題を根本的に解決するための手段。たとえ規格が違おうと──否、制服機兵(ユニボーグ)として最高のスペックを誇る二機だからこそ、当然のように備えているべき機能の一つ。

 

「あるんだろ、『上』が。職種:天照大御神(ワーク=アマテラス)職種:月夜見尊(ワーク=ツクヨミ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、この『レポート』における最大の欠落。

 職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)のナノマシンは、通常の職種:天照大御神(ワーク=アマテラス)を動かすことはできても──その上級職(ジョブ)天職(クラス)、本来の天体そのものに匹敵する最高規格を動かすには、まるで量が足りていないという話だった。

 

()()()

 

 ここにきて。

 おれの質問を無言で聞くばかりだった『先生』は、初めて自分の口で答えを言い放った。

 

「太陽の質量は地球の三三万倍。体積に至っては一三〇万倍にも及んでやがる。一見すると質量保存の法則を無視したような変形が可能な制服機兵(ユニボーグ)でさえ、そう易々と覆せるような差じゃねえんだよ」

 

「そ、れは、つまり……」

 

 八栗さんが小さく呻く。その深刻な表情を見て、樋野さんも背筋を正した。

 

()()()()……? ここまできて、それを解決するためにこそこれだけ手を尽くしてきて、最後に立ちはだかる壁がまたそれなのか……⁉︎」

 

「おい、八栗……」

 

「それが現実だ」

 

 堰を切ったように、黒い男は滔々と語り出す。

 

「どこまで行っても資源不足。負のサイクルから抜け出すために新たな悪循環を作り上げる。世界を食い潰しながら問題を後の時代に丸投げし続けてきた人間って害獣は、とうとう今の時代を生きることすらも満足にできなくなっちまってんのさ」

 

「……、」

 

職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)による『アマテラス』の代理運用? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当然の話だった。

 おれでさえ思い至るような方法に、あの先輩が辿り着けないはずがないのだから。

 

()()()()()()()! 天職:大国主大神(クラス=オオクニヌシ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎ 世界最高の頭脳が揃って下したこの結論がテメェに覆せると思うか、あァ⁉︎」

 

 怒りがあった。

 嘆きがあった。

 諦観があった。

 そして、何より覚悟があった。

 

 もはや犠牲は避けられない。ならば今を生きる人類の九割を滅ぼしてでも、決定的な破滅(カタストロフィ)だけは迎えさせまいと。

 黒い男の咆哮を、おれはただ真正面から受け止めて。

 

 

 けれど。

 それでも。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 光明は見えた。

 ほんの微かな、それでも確かに存在する勝ち筋が。

 

「……何だと?」

 

()()

 

 最後のピースを、埋める。

 

 

「『クレーター』の発生源にして、他ならぬアンタが代役を務める星。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「は──」

 

 その場の全員が、息を呑む気配があった。

 

「……全質量、だと? 自分が何言ってるかわかってんのかテメェ。錬金術師(アルケミスト)程度じゃ根本的に規格が足りてねえぞ。万一そこを解決できたとしても、本拠地を根こそぎ奪われるのを『クレーター』どもが黙って見てる訳がねえだろうが。地球の改変なんぞより遥かにダイレクトな脅威だ、普段以上に死に物狂いで阻止しようとしてきやがるぞ」

 

 当然、そんなことは言われるまでもなく理解している。

 だが月以外の星では距離が遠すぎる。火星でさえ、大接近時でもおよそ五八〇〇万キロメートル。さらにはそこに『クレーター』とはまた別の脅威がいないという保証もない。

 『えっそれもしかしてボク一人でやるの? マジで言ってる?』という視線を受け止めつつ、『先生』に向かって解答を告げる。

 

「『クレーター』の親玉が、ちょうど月の表に姿を現してる。あれを倒せばヤツらは壊滅……そこまで上手くいかなくても、統率を失わせるくらいの効果は期待できる。そして都合の良いことに、アンタがやった負荷実験のおかげで地上の『クレーター』は大きく数を減らしてる。今なら戦力を月に向かわせることだってできるはずだ」

 

「……大規模掃討作戦とでも銘打ちゃ、確かに『ランカー』どもを動員することはできるだろうな。わかりやすい派手な名目を隠れ蓑に、その裏じゃ月そのものを奪い取ろうって算段か。しかも上手く決まれば、直接倒すまでもなく『クレーター』全体を滅ぼせる、と」

 

 吟味するように呟いていた黒い男は、ふいに八栗さんへと視線をやった。

 

「で、テメェはどうなんだよ? 戦力の問題が解決しても、錬金術師(アルケミスト)の方がどうにもならなきゃ企画倒れだぞ」

 

「……ボク自身の天職(クラス)を確立させることができれば、見込みはあります。幸い『スサノオ』と『アメノウズメ』を錬成したときの感覚を応用できそうなので、半日──いえ、その半分あれば、何とか形にできるかと」

 

 謝意を込めて八栗さんに目礼を向けると、小さな溜息とともに頷いてくれた。

 ここばかりはどうしても無理を強いることになってしまうが、そこさえ解決できるのなら賭けは成立させられる。

 

「つまり、前提条件はクリアしちまってるって訳だ──ハッ、人間ってのはつくづく救えねえ生き物だな! 自分の星だけじゃ飽き足らず、他所の星の生命までテメェのエゴで根こそぎ毟り取ろうってんだからよ!」

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 声音の冷徹さは微塵も薄れぬままに。

 それでも、男はニヤリと笑みを浮かべて。

 

期限(リミット)は延ばさねえぞ」

 

 その手に、『レポート』を受け取った。

 

天之岩戸(アメノイワト)の準備が整い次第、俺は太陽(アマテラス)を失墜させる。それまでに本当に成し遂げられるってんなら──やってみやがれクソガキども。それができれば、晴れて『合格』をくれてやる」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 そして。

 決戦の時は訪れた。

 

「やってやるさ、全てこの掌に収めてやる──限定昇華(リミットブレイク)天職:八意思金神(クラス=オモイカネ)‼︎」

 

「ああ存分にやりやがれ、そっちには一匹たりとも通しゃしねえ──限定昇華(リミットブレイク)天職:須佐之男(クラス=スサノオ)‼︎」

 

 勝利条件は、『月の簒奪』。

 

「さあ、始めるぞ『月の王』。人類と『クレーター』、地球と月の生存競争を」

 

『否──()()()()()()()()()()

 

 敵を食い物にする己のエゴを、それでも押し通そうというのなら。

 今こそ夜の天蓋を打ち砕き、たった一つの活路を切り拓け。

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