【完結】黄昏教室の最終制服機兵《カタストロフィ》 作:ジェネリック参勤交代
もう〝次〟は無い。
〝後の誰か〟なんてどこにもいない。
ここで終わる――いいや、終わらせる。
輝かしき世界のために、
どうしようもなく解決出来ないまま残ってしまった、太陽系最後の試練に挑むべく――、
――おれは全力で駆け出した。
「
キュッガァッッッッッッッ!!! と。
何よりも速く、
放出される莫大な電磁波に、全身のセンサーが
おれが取るであろう最適解を想定して先輩が取るであろう最適解を想定して回避する――なんて曲芸も許されない。
割り切りきれない先輩らしく、おれを致死に至らしめうるほどの威力は込められていない。
だが、それがどうしたという。当たってしまった時点で終わりだ。凄まじい熱によって外装が焼け落ち、駆動系を構築する部品のいくつかが溶け落ちる。
後にはただ、何も出来ず地面に転がり、毛皮を剥がれて地をのたうつ哀れな兎が残るのみ――
「
――
手のひらをかざす。
現れたのは、
『
光の波を防ぎきり、先輩の前へと躍り出る。
月面を跳ぶおれの姿はもう、従来の
その
兎の耳は今は無い。代わりに、追加された前開きのケープコート、そこに取り付けられた二本の
肩や四肢、胸元などの、これまで大きく肌を露出していた部位を重々しい装甲が
数秒おきに紫電を放っているのは、機体表面に浮かび上がった幾何学模様のプリント回路。
周囲に飛び散る放電光が、これまでとは体に走るエネルギー量の桁が違うことを告げている。
これこそ、他ならぬ『教室』の天才達によって生み出された
バニーガールと比べた際の身体能力や、各種センサー等の性能向上もさることながら、バニーガールの職能である『イカサマを見抜く目』に至ってはもはや未来予知の領域に達している。
この機体に配備された
一つ。元となったのは『
二つ。元となったのは『
三つ。元となったのは『
四つ。元となったのは『
これらを以て、おれは今まで戦いを共にしてきた三体の
『……何故、かばう』
それは、上位個体故に黄昏が展開されてもまだこの場に残り、おれが『
自身を月の王に『誤認』させていた
『偶然ではないだろう。自分を守るだけなら、防御範囲はもっと狭くて済んだはず』
「それは――」
――おれの頭上で、重力が渦を巻いた。
視線を上にやる。そこに居るのは、消防服を使って仕立てたような侍甲冑を身に纏う、黒髪女子の姿をした剣持つ
「生憎、俺はお前の先輩と違って手加減無しだ。防げるモンなら防いでみろ――
「ッ!」
樋野さんが持つ古風な剣から噴き出すのは、万物を呑み込む漆黒の奔流だ。
そしてこれは、三次元空間を歪める『
何故なら、この宇宙を形作る四つの力――強い力、弱い力、電磁気力、重力の内、
「くっ――
轟! という凄まじい唸り。その直後、センサーが壊れそうなほどの衝撃とともに巨大な
直撃を避けはしたが、余波だけで十分に再起不能となる威力。
だが、おれと
『
無論、万能ではない。選び取ろうとする可能性があまりに微小過ぎる場合や、おれの把握していないファクターがある場合はこの
しかし、大規模攻撃の余波をかわし切る程度ならば十分に可能範囲内だ。
「とはいえ、これは……」
『
凄まじい深さだった。今日は日食、すなわち新月の翌日であるために無理な話だが、あるいは、視力の良い人間なら地球からでも肉眼で観測出来るのではないかと思えるほどに巨大な月面傷。
この威力だけでも、容易に攻略できないことは瞭然。それに加え、時間をかけ過ぎれば
冷や汗を流しそうになるおれに、抱えられていた
『……今更、お前一人が心変わりしたところで、無意味だ』
「今更? 違うだろ、ここが最後のターニングポイントだろ?! ようやく相手の事情を知れて、本当の意思に気がついて! ここで引き返さなかったら、他のどこで引き返せって言うんだ!」
叫びとともに、『
「ッ!」
そこには、アマテラスによる光学迷彩で不可視となった先輩が、光の剣を持って隠れていた。
先輩の剣と、おれの杖が打ち合う。
響き渡るは形容しがたき剣戟音。光刃が次元歪曲に対応するように一瞬ごとに高速変形を遂げることで、奇跡的に超エネルギーの鍔迫り合いが発生する。
爆発的な紫電を上げながら交差する武器越しに、先輩と目と鼻の距離で睨み合った。
「……退いてくれ、稲葉クン」
「嫌ッス。絶対に」
「どうしてだ、だって、キミは――!」
「だってそうでしょう?! ここで! こいつらを見捨てたら!
「っ……!」
ギィン! と極光の火花を上げて、先輩と二人、同時に背後に飛び退いた。
「誰も犠牲にしたくないから、『先生』の計画も反故にしてここまでやって来たってのに! こいつらがただ人間を襲う化け物でも、意志の無いロボットでもないと知った上で『何人犠牲になろうが知ったことか』ッスか? そんな言い分、他でもない先輩が一番通したくないに決まってる!」
再度の交錯。白光と構造色がぶつかり合い、虹色の炸裂が月を抉る。
おれの言葉を聞いた先輩は、ほんのわずかに目を伏せてつぶやく。
「……どうして、こうなってしまったんだろう」
口惜しさに満ちた声音だった。
「だって……そうだろう? 資源不足にあえぐ人々を救うために必死になって、無茶に無茶を通してやっと希望が見えたと思ったら一瞬で滅茶苦茶になって! そこからキミが救ってくれて……その果てがっ、これだ! 私に……私は、どうすれば良かったって言うんだ?!」
「…………」
答えられない。
だって、先輩は何も悪くない。自分にできることを精一杯、出来うる限りやっただけだ。そして、
一人の少女にはあまりに重過ぎるリレーのバトンを握って、必死に走ってきた先がこんな
だが……実際問題、どうすればいい?
こんな、全てが完結してしまう直前、何もかもが終わる間際。
あらゆる問題を丸く収める、真の大団円にたどり着く方法なんて――本当に、あるのか?
『……巡り合わせが、悪過ぎた』
戦いを見ていた支援変異型が、悔やむように言った。
『もし、ヴァルゴと人類の出会いが穏やかなものであったなら……いいや、もっと早くに地球を省みていれば、いいや、いいや!』
本当は、もっと、望まれるべき選択が、あったはずなのだと。
『千年より以前、先代の王を無理に地球から連れ戻していなければ……もしかしたら、今頃は! ……今まで抱いていた我々の想いだって……ちゃんと……!』
最初に月の王を装って見せていた威厳などどこにもない。
彼女が語るのは有り得たのかもしれないIF。
だがもはや人類にとって『クレーター』が凶悪な侵略者でしかない以上、それはただの、夢想に、過ぎ、ず――
――――――。
「
気づいた。
先輩と同時に。
それは、あまりにも極小の可能性。
だが――、
「
「
「現在地は月の表。月面には
「だけど、アマテラスだけでは一時的なモノにしかならない。これじゃ――」
「いいや。違います先輩。
「でも、それこそ今更、こんな状況で――
「
既に、各々の武器を握る手に力は込められていない。
先輩は少し引きつったような、普段のこの人からはまず見れないような笑みを浮かべて言う。
「……許されないだろうね、こんな滅茶苦茶」
「ッスね。――だからこそ」
「許されないからこそ――今、ここで、やるしかない」
覚悟は決まった。
状況についていけていない
『な……何だ? お前達、一体、何を考えている?』
「決まってるだろ」
おれは、『クレーター』に向けて語る。
この場のあらゆる現状とあらゆる要素を使い倒し。
この
この
「先輩も、人類も、お前達も。丸ごと救えてしまうような――めちゃくちゃ楽しい結末だよ!」
「……お前の先輩が『私だけでやらせてくれ』なんて言うから、待ってたけどよ」
樋野さんは、自身が『
おれはそんな樋野さんに向けて跳躍のままに突き進み……背後では、莫大な光量を纏った先輩が、一気に上空に向けて飛んでいく気配を感じた。
「結局、その先輩が情に絆されたってんなら、もう言うこともねえだろ。八栗の
メギュァッッッ! と、空間の軋む音を立てて黒い奔流が噴き上がる。
つい今しがた出来た
『
まさしくあらゆる障害を草と薙ぎ払うように、重力場が横に振り払われる。
「な、ぁッ……?!」
剣を振り払う樋野さんの腕が、
剣筋がブレる。
それによってほんのわずかに発生した可能性へと『
奇跡的なギリギリで超重力場の一閃を潜り抜け、完全に無傷で回避した。
剣を振り切ってなお、自分の腕に「噛み付く」不可視の牙の感触に、樋野さんが驚愕を漏らす。
「これは、まさか――!」
「
おれは、月の王を偽っていた
「――北米実測、
透明化が解除され、樋野さんの腕に噛み付く無数のオオカミ型
精神掌握
『
「
『なるほど』
それに、とおれはヴァルゴへ問いかける。
「お前こそよかったのかよ。どちらにしろ、月が滅茶苦茶になることに変わりはないぜ」
『私たちが恐れるのはあくまで観測者の喪失だ。月面環境の変化自体は我々にとってさしたる問題にはならない』
「巻き込まれる『クレーター』達の被害は?」
『今はお前の『先輩』の光で『上位個体』以外は非実体化しているし、そもそも月面での戦闘で我らをいくら倒しても数が減らなかったのを忘れたか? アレらは私ではないもう一人の
種明かしに納得する。大規模掃討作戦での大勝には、そのような理由もあったらしい。
月面にのみ生息できる
ともあれ、そういう理屈なら気兼ねはいらない。
「なら、良い。やってくれ」
『……もう一度言葉を返すぞ。本当によかったのか。未来予知での成功率も、一パーセントと無いのだろう。それに、これが成功したところで、その後はお前たちの手の外だ。全て上手くいく保証など……』
「大丈夫だよ。分の悪い賭けなんて今までいくらでも通してきた。――頼む」
再度の確認はなかった。
ぶわり、と羽衣が揺らめき、
それを合図に、上空の先輩が更に強く光を増した。
照らすのは、地球の四分の一ほどの大きさしかない月。
今だけは、黄昏よりずっと明るく。
本物の太陽すらも超えた光が、月面を眩く照らしていく。
これまで黄昏の光を切り裂き、かろうじて残っていた『上位個体』達(正確にはその分身)が、次々と光に照らされて非実体化していった。
戦いは終わったのかと、月面の
だが、昼光の中に一箇所だけ、
おれだ。
『合わせるぞ、イナバ。
「ああ、いくぞヴァルゴ――
ヴァルゴの『誤認』と、おれの広域精神掌握
「『――来いよ、人類。ここから先はおれが相手だ』」
二つの精神操作により、人類が想像する『月の王』にふさわしいプレッシャーが、戦場全域に撒き散らされた。
「――――ッ!!」
おれの全身に突き刺さる無数の敵意。
これから始まるのは、
たった一人で相手取るのは絶望的な戦力差……いいや。
「援護は頼みます――先輩!」
『ああ。任せてくれ、私のバディ!』
いつも通り、愛する人が、おれを空で見守っていてくれる。
濁流のように襲いかかってくる、全
おれは一歩もひるまず、奇術杖を手に攻撃の波へと突っ込んだ。
「……えっと、あのマジで言ってます? 天原先輩」
『ああ。やってくれ、八栗』
その頃、月を『錬金』する準備を進めていた金髪研究者――
「いや通信で大体話の流れは知ってましたけども! 今!? 今そんな方向転換しろと!? この土壇場で!? 出来るわけないでしょ!?」
『何を言っているのかな、出来ると思ったから話しかけているんじゃないか。やりなさい』
「いやいやいやいや! ええ、まあ、確かに!
『安心してくれ、成功する。だって稲葉クンが頑張ってるし』
「科学的根拠ォ!」
愕然とする八栗。
金髪研究者は、いやいやと頭を振る。
「そもそもそれ以前に! ……ボクは、その案には反対です。だって、このまま月を資源化してしまう方が何倍も確実だ。先輩たちの作戦じゃ、この後どうなるか、全く保証が持てない」
『そうだね。その点キミたちの案には保証がある。これから先も、
「……あなたも、それを覚悟で月にやってきたんじゃないんですか。今更、本当はそんなのは嫌だったからと子供のように駄々をこねると?」
『言い訳はしないよ。実際個人的な感情で土壇場になって大人気なくヤダヤダと駄々をこねているわけだし。……でも、客観的な視点で言えば、
「だったら――」
『そう、どちらもあり方として間違っているとは言い切れない。客観的な視点で話す限り、私達は平行線だ。――だから、キミには個人的な感情で訴えかけよう』
そうして、放課後、夕日が差し込む教室にいるタイプの正体不明で謎めいた美人の先輩は、誘うような目でじっと八栗を見て、
『ぶっちゃけ、善悪とか人類とか全体利益とか抜きに――研究者として滅茶苦茶試してみたくならない?』
「うわぁマッドサイエンティスト相手には最高の口説き文句だぁー!」
「……本当に、それだけで良いの?」
「ああ。
地球では、本物の月の王カグヤヒメと、ダークスーツの『先生』が、夜に包まれた高天原学園の屋上に立っていた。
カグヤヒメは未だにぐずぐずと目元を赤くしながら、男に向かって問いかけている。
「あくまで聞くってだけで、蓬莱の玉の枝やら火鼠の皮衣やら探した五人の公達のみてえに、必死になって無理難題を成し遂げようとするってわけじゃねえがな。誰にでも出来るような、本当に簡単な『お願い』だけだ」
「だから、そんな簡単な『お願い』だけで本当に上手くいくのかって聞いてるの!」
「仕方ねえだろ。ただでさえ『愛嬌』自体に大した積極的強制力が無い上に、それを全世界に拡散してんだ。どんだけ
むきーっ、とカグヤヒメが手のひらから竹槍を突き出すが、『先生』はそれを軽くかわす。
「……そもそも、後はもうあいつら次第だ。成功するかどうかなんざ俺が知るかよ。他に出来ることがあるとしたら――」
乱暴に屋上のフェンスに手をやり、体重を預ける。
男は夜天を見上げる。
黄昏に霞まない、数ヶ月ぶりの夜の満月。
最終制服機兵が完成してしまえば、もう二度と見ることは無くなるだろうと思っていたそれを――
「ただ……月を見て、信じて祈るしかねえだろうよ」
男は、静かに見つめ続けた。
『稲葉クン! 『
「了、解! ――南米実測!」
迫りくるは
その軌道を
『前方から来る! 注意!』
「わかってます、すぐに回避し――」
『みんながキミの未来予知に対応し始めた!
「――ッ!」
まさしく隕石のような音とともに
だが、それに感嘆する暇もなく――
『来るぞ――『
ゴウッッッッッッアァァッッッッッッッ!! と、もはや果ての見えない――数十キロメートル近い大きさにまで膨れ上がった超重力場の黒剣が、おれに向けて振り下ろされる。
「くっ、そ……!」
防御手段はない。妨害手段はない。
あるのは『
「――――」
黒の暴虐が吹き荒れた。
一際大きい斬痕が、月面に深々と刻みつけられる。
攻撃の余波により、おれの
「が、ふ」
致命的な音を立てて、大地にぐしゃりと叩きつけられた。
『稲葉クン――稲葉クン!』
「だい……じょぶ、っすよ、先輩……」
ここが月で助かった。地球の重力ならば、完全に五体が四散していた。
右腕が吹き飛びはしたが、何のことはない。この程度ならばまだ
「ぐ……」
それよりも、まだ生身の部分が残っている頭……脳の部分が、戦闘開始時から続く凄まじい計算負荷に悲鳴を上げている。
神経が裂けそうな頭痛。焼け焦げてしまいそうな脳細胞。視覚がブロックノイズを出し始め、聴覚に高ヘルツの異音が交じっていく。
それでも――立ち上がる。
『……イナバ』
「安心、しろ。ヴァルゴ……。まだ、いける……」
搭載されているバランサーはもはや機能していない。
「お前は……この後のことは、もうおれたちの手の外で、どうなるか分からないって、そう言ったな……」
制御を手動に切り替え、ふらつきながら、
「……だけど、それは、今までのみんながそうだったと思うんだよ」
不可視のまま奇襲してくる
「あの『先生』は、『次の誰か』に全てを押し付けるみたいに言ってたけどさ……『前の誰か』だって、押し付けたくて押し付けたわけじゃないだろ? 必死に足掻いて、自分に出来る範囲で、世界を良くして……自分ではどうあがいても出来なかったことを、どうか成し遂げてほしいって、次の誰かに祈っただけだ」
「だったらおれだって信じるだけだ。足掻いて足掻いて、成し遂げて。その上で足りない部分は、きっと、また誰かがどうにかしてくれる。そんな善性をおれは信じる。ここまで続いたリレーは……そんな願いの連続だったと、思いたい」
『…………』
そうして、歩いた先。
目の前には、樋野さんが、剣を構えて立っていた。
「お前達が何か考えているのは、俺だってわかるさ」
だけど、と。
「ならせめて相談してくれればいいだろ……?! 何も言わずにこれ以上戦ってどうしろってんだよ!? これだけの
「いや樋野さんに相談しないのは樋野さんあんまり複雑な作戦とか向いてなさそうだし、内容話したら逆に作戦の成功率下がるって
「えっマジ?」
それはそれとして。
「おれたちの作戦の果てにあるのは、『クレーター』達と共生するものッス。
「……だから、戦うって? それじゃ結局――!」
「安心して欲しいッス、樋野さん――
「なんかラスボスみてえなこと言うなお前……」
「だから――こっちのことを思うなら、さっさとかかってきてください」
「……ったく。仕方、ねえな!」
三度激突。
この人の
『
杖と剣を捌きあいながら、凄まじい速度で月の表面を駆け抜ける。
静かの海から雲の海へ。
蒸気の海から豊穣の海へ。
危機の海からコペルニクス。
アリスタルコスからプラトン、氷の海からまた静かの海へ――。
樋野さんを中心とする様々な
そして、月での戦闘開始から二時間が経過しようとし――
「くっ……、
何千回目かの攻撃の受け流し。
既に次元歪曲の『
朦朧とした意識でどうしようもなくヴァルゴの能力に頼ろうとして……しかし。
「発動、しない……!」
為す術もなくふっ飛ばされた。
ゴロゴロと月面を転がる。
こんなことももう何百回目かわからないが……今度の今度こそは、もう、本当に無理らしい。
倒れ伏して動けないおれに対し、疲労困憊となって肩で息が上がったような動きをする樋野さんが、ゆっくりと近づいてくる。
「まぁ、そう、だろう、よ……。月を見ろよ、稲葉……」
目だけを動かし、月面を睥睨する。
月は、荒れ果てていた。
ここまでのおれと
「戦闘が始まった、かなり早い段階で……
「…………」
「模様が丸々変わった直後はまだ、既存のイメージも残ってただろうが、これだけ何度も何度も連続で模様がコロコロ変わっちまえば、もう既存のイメージなんてほとんど残らなかったんだろ。だから、その
まあ、だろうな、と。
今更のような気持ちで、樋野さんのその言葉を聞いていた。
「お前の負けだ、稲葉」
「いいえ。
そして。
「――最高の、
『本当に――本当に、それだけでいいの?』
月の王は、黒い男に問うていた。
『ただ、
『ああ、それだけで良い』
その日、全人類が、数ヶ月ぶりに、夜の月を見上げていた。
『……本当に、馬鹿じゃねえのか、あいつら……。
それは爆炎を散らし、新たな
次々と塗り変わる月面のキャンパス。それと同時に、カグヤヒメの『愛嬌』で月を見上げていた、あるいは月の映像を見ていた地球の
『お前たちは、人類の心の写し鏡たる精神生命体だ。……なら当然、月の民を構成する最大のイメージである月の模様を変えれば、人類のイメージもそれに合わせて変化する。人類のイメージが変われば、写し鏡であるお前たちの性質も変化する。八栗とそのバディがやったみてえに、『
本来、今は日食の翌日。
すなわち新月の次の日であり、月はほんのわずかにしか見えない。
だが、今、月には太陽の代理たる
その身を振り絞って月を照らし、擬似的な満月を作り出し続ける少女が、神のごとく宣言する。
「――作戦完遂だ。全『クレーター』に、
これによって、月は――地球のバディとして
先輩の声が、月面中に響き渡る。
樋野さんだけじゃない。月に来ていた百戦錬磨の『ランカー』達全員が、ぽかんと口を開けていた。
「とまあ、そういうことで」
「いや、おま、おま……はぁ!? マジでなんで相談してくれねえの?!」
「だって言ったら絶対反対する人出ますし、政治的な諸々も関わって邪魔されるだろうし……じゃあもうせっかく条件揃ってるしやっちまうかなって……」
「やっちまうかなって、って、お前――」
絶句、という感じだった。
そうしているおれたちの元に、
「ふ、ふふ……とは言え、流石に『クレーター』達の能力だけじゃ、ハード面が心許なかったからね……。『錬金』で色々と構造弄ってきたとも……うん……この土壇場で……」
バタリと倒れ込む。それを見て、慌てて樋野さんが八栗さんの元へ駆けていく。
宣言から、しばらくして……月を照らしていた先輩が、月面に降り立ってきた。
「先輩」
「お疲れ様。そして……ありがとう、稲葉クン」
ボロボロになったおれを、先輩が抱き上げる。
傍から見た様子を想像して、少し苦笑する。
「……やっぱ、こんな姿じゃ、締まらないッスね」
「知らない。どんな姿だって私が好きなんだから関係ないよ」
二人、笑い合う。
思わずそのまま気を失ってしまいそうになった時、ズン!!! と、凄まじい揺れが月に響き渡った。
「!? 何が……」
「いや、これは――竹だ」
先輩に肩を貸してもらって、揺れが響いてきた方角を見る。
そこには、青い地球から一直線に伸びてきた緑色の極太竹が、ザックリと月に突き刺さっていた。
おれ達が驚く中、地球側の竹の先端が輝いて……竹の光が、そのまま月に向かって移動していく。
月面に辿り着く光。
そして、竹の光っている部分にパカリと穴が空き……中から、ダークスーツの男と、着物姿の少女が顔を出した。
「『先生』!? それに、月の王も――」
「月の王は知らん。勝手に着いてきた」
「なにその言い方! 私がいなきゃこれ制御出来ないじゃない!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ少女を鬱陶しそうにしながら、月面に降り立つ『先生』。
「要は即席の月エレベーターってとこだ。最終制服機兵同士の連携も必要になるだろうし、早めに作っとくに越したことはねえだろ」
「それはそうですけど……何も、こんなに急がなくても……」
流石に
「ついでに、渡し物だ。卒業証書代わりに受け取っとけ、天原。つーかもう戻せねえ」
取り出されたのは、青白い輝きを放つ、正八面体のコアだった。
「これは――」
「見りゃ分かるだろ。
先輩が、それを神妙な表情で受け取る。
もはや新たな月でも何でもなくなった、ただの教師の男は、むしろ清々しいような顔で言う。
「まだお前の直接制御が必要にはなるだろうが……必要な資源は、これからの旅で集めていけばいいだろ。
「……ちなみに、『先生』的には、今回の回答は何点ぐらいなのかな?」
「あぁ? あんな答え、俺の解答集には載ってねえ。点数なんぞ付けられるか、バーカ」
先輩が、耐えきれなくなったようにクスクスと笑った。男も、ほんの少しだけ、口端を歪めているように見えた。
「乗れ、天原。それに……稲葉。カグヤヒメ直々に地球までの送り迎えをしてくれるとよ」
「はぁ!? 私そんなこと言ってないんですけど! ですけど!」
「うるせえな。怪我人も居やがるんだよさっさと地球まで案内しろボケ」
渋々とした様子のかぐや姫に連れられ、竹……もとい、月エレベーターに乗り込む。
「稲葉」
地球へと出発する直前、『先生』が、小さな声でこう言った。
「ありがとよ」
そうして、おれたちは、地球へと帰っていった。
月での戦いが終わり、地球に帰還して、数ヶ月が経った。
今では、『クレーター』との戦いは無い。
もう、おれが
元の男の姿のまま、
「……なんかすげえ久々に男の姿に戻ってる気がする……」
などと言いつつ、街を歩く。
日が昇る少し前。地球は、穏やかな夜の闇に覆われていた。
『クレーター』との戦いの間はひどくドタバタとしていて、戦いの爪痕がところどころに残っていたものだが……流石に、四捨五入すれば西暦三〇〇〇年になってしまうような、時代。
一度戦いが止めば、すっかり街は元の様子を取り戻しつつあった。
ただ――それでも、変わったところはいくつかある。
例えば、壊れた道路を、小さなうさぎが、ぺったんぺったん餅をつくように整えていたりだとか。
例えば、巨大な荷車を、小さなとかげが、動力もなくタイヤを回転させて動かしていたりだとか。
それぞれの『クレーター』に見張りとして
あの『クレーター』たちが随分と可愛らしくなってしまったものだが……元より、彼らはおれたちの心の映し鏡だ。ある程度イメージが平和的になってしまえば、その姿も平和的になってしまうのも道理だろう。
そんな、地上のあらゆる秘境を踏破し、海底のあらゆる未知を調べ尽くし、星の奥の奥まで掘り尽くし、民間企業が気軽に他の惑星に開発の手を伸ばし、月の住民とすれ違いの戦争の末に和解し共存し、地球が宇宙船となって星々の海を征くような時代。
そんな時代になったとしても、人類の大切な部分までは捻じ曲がらない。
この先の人類の脳が破滅的なまでに変化して、『風情』というものを感じる機能さえ失うまで、今、おれたちの頭上にある宵闇に浮かぶ月は、美しいものとして認められ続けるだろうし――
「……と、着いた」
今、高天原高校を照らそうとしている地平線から覗く朝日だってきっとそうで――
「やあ」
――暁に照らされる謎めいた彼女も、変わらず、美しいままだった。
「……久しぶりッス、先輩」
「うん、久しぶり。キミは……また背が伸びたかな?」
「このまま、先輩に手が届くぐらい伸びてくれたら良いんですけどね」
「どれだけ大きくなる気だい、稲葉クンは」
先輩がわずかに苦笑した。
「退院、おめでとう。結構、再会するのが遅くなっちゃったけど――」
「いいえ、まだッスよ」
きょとんとした先輩の顔に、ノイズが走る。
「……そっか。じゃあ、もう少し待ってようか」
「ええ。今はまだ届かないッスけど……地球と月と、全員で。どこまでも
虚ろな電影の先輩が、微笑みながら暁の先へと消えていく。
「――太陽の手を、掴んでみせるッスから」
その日は、近い。