【完結】黄昏教室の最終制服機兵《カタストロフィ》   作:ジェネリック参勤交代

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08 そしてまた、夜を巡り行く我らの星々(ほし)──Daybreak_Classroom

 もう〝次〟は無い。

 〝後の誰か〟なんてどこにもいない。

 

 ここで終わる――いいや、終わらせる。

 

 輝かしき世界のために、人類(だれも)が必死になって存続させてきた文明のリレー。

 どうしようもなく解決出来ないまま残ってしまった、太陽系最後の試練に挑むべく――、

 

 ――おれは全力で駆け出した。

 

 


 

 

拡張装飾(アクセサリ)八咫鏡(ヤタノカガミ)』」

 

 キュッガァッッッッッッッ!!! と。

 何よりも速く、天照大御神(アマテラス)の極光がおれの身体を呑み込んだ。

 

 放出される莫大な電磁波に、全身のセンサーが悲鳴(アラート)を上げる。電脳空間での拷問光線とは違う、物理的損傷を与える現実の破壊光。

 

 おれが取るであろう最適解を想定して先輩が取るであろう最適解を想定して回避する――なんて曲芸も許されない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まさしく太陽のような回避不能全体範囲攻撃。

 

 割り切りきれない先輩らしく、おれを致死に至らしめうるほどの威力は込められていない。

 だが、それがどうしたという。当たってしまった時点で終わりだ。凄まじい熱によって外装が焼け落ち、駆動系を構築する部品のいくつかが溶け落ちる。

 

 後にはただ、何も出来ず地面に転がり、毛皮を剥がれて地をのたうつ哀れな兎が残るのみ――

 

 

拡張装飾(アクセサリ)八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』」

 

 

 ――職種:女性賭場進行者(ワーク=バニーガール)のままなら、間違いなくそうなっていただろう。

 

 手のひらをかざす。

 現れたのは、構造色(たまむしいろ)に彩られた握り拳サイズの虚空。

 『脱出劇(エスケープ)』を素材にして作られた次元歪曲の拡張装飾(アクセサリ)が、放たれた陽光を捻じ曲げ、おれの周囲に安全圏を生み出していく。

 

 光の波を防ぎきり、先輩の前へと躍り出る。

 月面を跳ぶおれの姿はもう、従来の女性賭場進行者(バニーガール)のそれではない。

 

 その制服機兵(ユニボーグ)は、今までのバニーの少女を数歳ほど成長させた姿だった。

 兎の耳は今は無い。代わりに、追加された前開きのケープコート、そこに取り付けられた二本の(おび)が、デフォルメ的に兎耳のシルエットを(かたど)っている。

 

 肩や四肢、胸元などの、これまで大きく肌を露出していた部位を重々しい装甲が(よろ)う。その逆に、これまで身体を覆っていたバニー衣装はわずかに透けるタイツのような漆黒の伸縮素材に置き換えられていた。

 

 数秒おきに紫電を放っているのは、機体表面に浮かび上がった幾何学模様のプリント回路。

 周囲に飛び散る放電光が、これまでとは体に走るエネルギー量の桁が違うことを告げている。

 

 これこそ、他ならぬ『教室』の天才達によって生み出された制服機兵(ユニボーグ)、その極限たる天職(クラス)が一機――天宇受売命(アメノウズメ)

 

 バニーガールと比べた際の身体能力や、各種センサー等の性能向上もさることながら、バニーガールの職能である『イカサマを見抜く目』に至ってはもはや未来予知の領域に達している。

 

 この機体に配備された拡張装飾(アクセサリ)は、全部で四つ。

 

 一つ。元となったのは『脱出劇(エスケープ)』。用途は次元歪曲制御。

 拡張装飾(アクセサリ)、『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』。

 

 二つ。元となったのは『魅惑香水(フェロモンパフューム)』。用途は広域精神掌握。

 拡張装飾(アクセサリ)、『傾国の女王(アメノコヤネ)』。

 

 三つ。元となったのは『給仕用盆(サーブトレイ)』および『注目照明(スポットライト)』。用途は限定的確率干渉。

 拡張装飾(アクセサリ)、『不敗の帝王(アメノクシタマ)』。

 

 四つ。元となったのは『奇術用杖(イリュージョンステッキ)』および『鳩入帽子(ピジョンハット)』。用途は汎用的変形武装。

 拡張装飾(アクセサリ)、『奇術の魔王(イシコリドメ)』。

 

 これらを以て、おれは今まで戦いを共にしてきた三体の制服機兵(ユニボーグ)を相手取る。

 

『……何故、かばう』

 

 限定昇華(リミットブレイク)した姿を晒すおれの背後で、小さな声があった。

 それは、上位個体故に黄昏が展開されてもまだこの場に残り、おれが『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』の安全圏に含んだがために生き延びた『クレーター』。

 自身を月の王に『誤認』させていた支援変異(ターミナル)型が、困惑混じりの呟きを漏らしていた。

 

『偶然ではないだろう。自分を守るだけなら、防御範囲はもっと狭くて済んだはず』

「それは――」

 

 支援変異(ターミナル)の問いに答えるより早く。

 

 ――おれの頭上で、重力が渦を巻いた。

 視線を上にやる。そこに居るのは、消防服を使って仕立てたような侍甲冑を身に纏う、黒髪女子の姿をした剣持つ須佐之男(スサノオ)

 

「生憎、俺はお前の先輩と違って手加減無しだ。防げるモンなら防いでみろ――拡張装飾(アクセサリ)、『草薙神剣(クサナギノツルギ)』!」

「ッ!」

 

 樋野さんが持つ古風な剣から噴き出すのは、万物を呑み込む漆黒の奔流だ。

 拡張装飾(アクセサリ)草薙神剣(クサナギノツルギ)』。その能力は、『超重力場の発生』。

 

 そしてこれは、三次元空間を歪める『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』では絶対に防げない。

 何故なら、この宇宙を形作る四つの力――強い力、弱い力、電磁気力、重力の内、()()()()()()()()()()()()()。いかに次元歪曲による防御でも、この一撃だけは逸らすことが出来ない!

 

「くっ――拡張装飾(アクセサリ)不敗の帝王(アメノクシタマ)』!」

 

 拡張装飾(アクセサリ)を使いながら、背後の支援変異(ターミナル)型を抱え一気に飛び退いた。

 

 轟! という凄まじい唸り。その直後、センサーが壊れそうなほどの衝撃とともに巨大な破壊痕(クレーター)が月面に出来上がる。

 直撃を避けはしたが、余波だけで十分に再起不能となる威力。

 

 だが、おれと支援変異(ターミナル)型は無傷だった。

 『不敗の帝王(アメノクシタマ)』による限定的な確率干渉。天職:天宇受売命(クラス=アメノウズメ)の未来予知との連携を前提とした、『確率の低い可能性を選び取る』力。

 

 無論、万能ではない。選び取ろうとする可能性があまりに微小過ぎる場合や、おれの把握していないファクターがある場合はこの拡張装飾(アクセサリ)は機能しなくなる。

 しかし、大規模攻撃の余波をかわし切る程度ならば十分に可能範囲内だ。

 

「とはいえ、これは……」

 

 『草薙神剣(クサナギノツルギ)』によって出来上がった破壊痕(クレーター)の底から、樋野さんを見上げる。

 凄まじい深さだった。今日は日食、すなわち新月の翌日であるために無理な話だが、あるいは、視力の良い人間なら地球からでも肉眼で観測出来るのではないかと思えるほどに巨大な月面傷。

 

 この威力だけでも、容易に攻略できないことは瞭然。それに加え、時間をかけ過ぎれば天職:八意思金神(クラス=オモイカネ)による月球の資源化が始まってしまう。

 

 冷や汗を流しそうになるおれに、抱えられていた支援変異(ターミナル)型が、自棄になったような口振りで語りかける。

 

『……今更、お前一人が心変わりしたところで、無意味だ』

「今更? 違うだろ、ここが最後のターニングポイントだろ?! ようやく相手の事情を知れて、本当の意思に気がついて! ここで引き返さなかったら、他のどこで引き返せって言うんだ!」

 

 叫びとともに、『奇術用杖(イリュージョンステッキ)』を元にした自在に変形可能な仕込み杖、『奇術の魔王(イシコリドメ)』を抜刀。そして、自在変形機能を応用して杖に次元歪曲フィールドを纏わせ、何も無い虚空に向かって振り下ろす。

 

「ッ!」

 

 そこには、アマテラスによる光学迷彩で不可視となった先輩が、光の剣を持って隠れていた。

 先輩の剣と、おれの杖が打ち合う。

 響き渡るは形容しがたき剣戟音。光刃が次元歪曲に対応するように一瞬ごとに高速変形を遂げることで、奇跡的に超エネルギーの鍔迫り合いが発生する。

 

 爆発的な紫電を上げながら交差する武器越しに、先輩と目と鼻の距離で睨み合った。

 

「……退いてくれ、稲葉クン」

「嫌ッス。絶対に」

「どうしてだ、だって、キミは――!」

「だってそうでしょう?! ここで! こいつらを見捨てたら! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「っ……!」

 

 ギィン! と極光の火花を上げて、先輩と二人、同時に背後に飛び退いた。

 

「誰も犠牲にしたくないから、『先生』の計画も反故にしてここまでやって来たってのに! こいつらがただ人間を襲う化け物でも、意志の無いロボットでもないと知った上で『何人犠牲になろうが知ったことか』ッスか? そんな言い分、他でもない先輩が一番通したくないに決まってる!」

 

 再度の交錯。白光と構造色がぶつかり合い、虹色の炸裂が月を抉る。

 

 おれの言葉を聞いた先輩は、ほんのわずかに目を伏せてつぶやく。

 

「……どうして、こうなってしまったんだろう」

 

 口惜しさに満ちた声音だった。

 

「だって……そうだろう? 資源不足にあえぐ人々を救うために必死になって、無茶に無茶を通してやっと希望が見えたと思ったら一瞬で滅茶苦茶になって! そこからキミが救ってくれて……その果てがっ、これだ! 私に……私は、どうすれば良かったって言うんだ?!」

「…………」

 

 答えられない。

 だって、先輩は何も悪くない。自分にできることを精一杯、出来うる限りやっただけだ。そして、()()()()()()()()、おれはここで絶対に立ち向かわなければならない。

 一人の少女にはあまりに重過ぎるリレーのバトンを握って、必死に走ってきた先がこんな結末(カタストロフィ)だなんて……そんなの、あまりに悲し過ぎる。あらゆる因果が肯定したっておれには絶対に許せない。

 

 だが……実際問題、どうすればいい?

 

 こんな、全てが完結してしまう直前、何もかもが終わる間際。

 あらゆる問題を丸く収める、真の大団円にたどり着く方法なんて――本当に、あるのか?

 

『……巡り合わせが、悪過ぎた』

 

 戦いを見ていた支援変異型が、悔やむように言った。

 

『もし、ヴァルゴと人類の出会いが穏やかなものであったなら……いいや、もっと早くに地球を省みていれば、いいや、いいや!』

 

 本当は、もっと、望まれるべき選択が、あったはずなのだと。

 

『千年より以前、先代の王を無理に地球から連れ戻していなければ……もしかしたら、今頃は! ……今まで抱いていた我々の想いだって……ちゃんと……!』

 

 最初に月の王を装って見せていた威厳などどこにもない。

 

 彼女が語るのは有り得たのかもしれないIF。

 だがもはや人類にとって『クレーター』が凶悪な侵略者でしかない以上、それはただの、夢想に、過ぎ、ず――

 

 

 

 ――――――。

 

 

 

()()()()()」「()()()()()

 

 

 気づいた。

 

 

 先輩と同時に。

 

 

 それは、あまりにも極小の可能性。

 天宇受売命(アメノウズメ)の未来予知を使っても〇・〇〇一パーセントの成功率さえ出てこない、淡すぎる希望。

 

 

 だが――、

 

 

()()()()()? ()()()()()()()()――」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「現在地は月の表。月面には天照大御神(アマテラス)八意思金神(オモイカネ)。地球には月の王。『先生』のサポートがつくことも考えれば、()()()()()()()()()()

「だけど、アマテラスだけでは一時的なモノにしかならない。これじゃ――」

「いいや。違います先輩。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「でも、それこそ今更、こんな状況で――()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 既に、各々の武器を握る手に力は込められていない。

 先輩は少し引きつったような、普段のこの人からはまず見れないような笑みを浮かべて言う。

 

「……許されないだろうね、こんな滅茶苦茶」

「ッスね。――だからこそ」

「許されないからこそ――今、ここで、やるしかない」

 

 覚悟は決まった。

 

 状況についていけていない支援変異(ターミナル)型が、おれたちに向けて困惑の声を投げかける。

 

『な……何だ? お前達、一体、何を考えている?』

「決まってるだろ」

 

 おれは、『クレーター』に向けて語る。

 

 この場のあらゆる現状とあらゆる要素を使い倒し。

 

 この月の滅亡(カタストロフィ)に抗い。

 この分かり切った結末(カタストロフィ)を覆す――

 

「先輩も、人類も、お前達も。丸ごと救えてしまうような――めちゃくちゃ楽しい結末だよ!」

 

 


 

 

「……お前の先輩が『私だけでやらせてくれ』なんて言うから、待ってたけどよ」

 

 樋野さんは、自身が『草薙神剣(クサナギノツルギ)』で作った破壊痕(クレーター)の淵、崖のようになった場所に立っていた。

 

 おれはそんな樋野さんに向けて跳躍のままに突き進み……背後では、莫大な光量を纏った先輩が、一気に上空に向けて飛んでいく気配を感じた。

 

「結局、その先輩が情に絆されたってんなら、もう言うこともねえだろ。八栗の八意思金神(オモイカネ)は止めさせねえ。ここで潰させてもらうぜ、稲葉――!」

 

 メギュァッッッ! と、空間の軋む音を立てて黒い奔流が噴き上がる。

 

 つい今しがた出来た破壊痕(クレーター)には、おれ以外に何もなく、身を隠せるような物も無い。

 『不敗の帝王(アメノクシタマ)』をもってしても回避は不能。『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』を用いたとしても防御は不可能。必殺の布陣は完成しており、須佐之男(スサノオ)消防士(ファイアファイター)の性能を引き継ぐが故、その優れた耐熱性で先輩のレーザーを使ってさえこれから放たれる攻撃を妨げることは出来ない。

 

 まさしくあらゆる障害を草と薙ぎ払うように、重力場が横に振り払われる。

 

 ()

 

「な、ぁッ……?!」

 

 剣を振り払う樋野さんの腕が、()()()()()()に妨害された。

 

 剣筋がブレる。

 それによってほんのわずかに発生した可能性へと『不敗の帝王(アメノクシタマ)』の確率制御を叩き込む。

 奇跡的なギリギリで超重力場の一閃を潜り抜け、完全に無傷で回避した。

 

 剣を振り切ってなお、自分の腕に「噛み付く」不可視の牙の感触に、樋野さんが驚愕を漏らす。

 

「これは、まさか――!」

()()()()透明化能力(ファフロッキーズ)。そして――」

 

 おれは、月の王を偽っていた支援変異(ターミナル)型もといヴァルゴに合図を下す。

 

「――北米実測、尖兵発生光線(ワーウルフ)!」

 

 透明化が解除され、樋野さんの腕に噛み付く無数のオオカミ型派遣尖兵(ミニオン)の姿が(あらわ)になる。

 

 破壊痕(クレーター)から跳び上がり、樋野さんの頭上を通過して月面へと降り立つ。

 

 天宇受売命(アメノウズメ)が新たに身に纏うは、重さの無い純白の羽衣。

 精神掌握拡張装飾(アクセサリ)傾国の女王(アメノコヤネ)』によっておれ自身を『誤認』させたことにより、月の羽衣へと変化したヴァルゴが言う。

 

須佐之男(スサノオ)は妨害するだけで良かったのか?』

尖兵発生光線(ワーウルフ)を直接当てたら樋野さんが死んじまうし、それ以前に直接狙ったら光線そのものが『草薙神剣(クサナギノツルギ)』の重力に吸い込まれて終わりだろ? そもそも、この後の作戦には樋野さんの破壊力が不可欠だ」

『なるほど』

 

 それに、とおれはヴァルゴへ問いかける。

 

「お前こそよかったのかよ。どちらにしろ、月が滅茶苦茶になることに変わりはないぜ」

『私たちが恐れるのはあくまで観測者の喪失だ。月面環境の変化自体は我々にとってさしたる問題にはならない』

「巻き込まれる『クレーター』達の被害は?」

『今はお前の『先輩』の光で『上位個体』以外は非実体化しているし、そもそも月面での戦闘で我らをいくら倒しても数が減らなかったのを忘れたか? アレらは私ではないもう一人の支援変異(ターミナル)、ディオスクロイの能力で作られた分身(アバター)だ。本物の『クレーター』を模して作った派遣尖兵(ミニオン)だと思えばいい。無論、ディオスクロイが作り出せる分身の数に限度はあるし、生体駆逐(スラッガー)型の進化能力までは再現出来ない等、制限はあるが』

 

 種明かしに納得する。大規模掃討作戦での大勝には、そのような理由もあったらしい。

 月面にのみ生息できる生体駆逐(スラッガー)型たちの本体が大挙して攻め込んでくれば、あれほど簡単に蹴散らすことは出来なかっただろう。

 

 ともあれ、そういう理屈なら気兼ねはいらない。

 

「なら、良い。やってくれ」

『……もう一度言葉を返すぞ。本当によかったのか。未来予知での成功率も、一パーセントと無いのだろう。それに、これが成功したところで、その後はお前たちの手の外だ。全て上手くいく保証など……』

「大丈夫だよ。分の悪い賭けなんて今までいくらでも通してきた。――頼む」

 

 再度の確認はなかった。

 ぶわり、と羽衣が揺らめき、天宇受売命(アメノウズメ)が青褪めた月光を纏う。

 

 それを合図に、上空の先輩が更に強く光を増した。

 照らすのは、地球の四分の一ほどの大きさしかない月。

 

 今だけは、黄昏よりずっと明るく。

 本物の太陽すらも超えた光が、月面を眩く照らしていく。

 

 これまで黄昏の光を切り裂き、かろうじて残っていた『上位個体』達(正確にはその分身)が、次々と光に照らされて非実体化していった。

 

 戦いは終わったのかと、月面の制服機兵(ユニボーグ)たちがあたりを見渡す。

 

 

 だが、昼光の中に一箇所だけ、天照大御神(アマテラス)が光に照らさない、深淵の闇を纏う存在があった。

 

 

 おれだ。

 

 

『合わせるぞ、イナバ。()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、いくぞヴァルゴ――拡張装飾(アクセサリ)、『傾国の女王(アメノコヤネ)』!」

 

 ヴァルゴの『誤認』と、おれの広域精神掌握拡張装飾(アクセサリ)傾国の女王(アメノコヤネ)』。

 

「『――来いよ、人類。ここから先はおれが相手だ』」

 

 二つの精神操作により、人類が想像する『月の王』にふさわしいプレッシャーが、戦場全域に撒き散らされた。

 

「――――ッ!!」

 

 おれの全身に突き刺さる無数の敵意。

 これから始まるのは、()()v()s()()()()()()()()()

 

 たった一人で相手取るのは絶望的な戦力差……いいや。

 

「援護は頼みます――先輩!」

『ああ。任せてくれ、私のバディ!』

 

 いつも通り、愛する人が、おれを空で見守っていてくれる。 

 

 濁流のように襲いかかってくる、全制服機兵(ユニボーグ)による地形を変えるほどの一斉攻撃。

 おれは一歩もひるまず、奇術杖を手に攻撃の波へと突っ込んだ。

 

 


 

 

「……えっと、あのマジで言ってます? 天原先輩」

『ああ。やってくれ、八栗』

 

 その頃、月を『錬金』する準備を進めていた金髪研究者――八意思金神(オモイカネ)の八栗に、天照大御神(アマテラス)は電影で連絡を取っていた。

 

「いや通信で大体話の流れは知ってましたけども! 今!? 今そんな方向転換しろと!? この土壇場で!? 出来るわけないでしょ!?」

『何を言っているのかな、出来ると思ったから話しかけているんじゃないか。やりなさい』

「いやいやいやいや! ええ、まあ、確かに! ()()なら月を資源化する必要はなくなりますけども、前提として成功すると思いますそんな作戦!?」

『安心してくれ、成功する。だって稲葉クンが頑張ってるし』

「科学的根拠ォ!」

 

 愕然とする八栗。

 金髪研究者は、いやいやと頭を振る。

 

「そもそもそれ以前に! ……ボクは、その案には反対です。だって、このまま月を資源化してしまう方が何倍も確実だ。先輩たちの作戦じゃ、この後どうなるか、全く保証が持てない」

『そうだね。その点キミたちの案には保証がある。これから先も、職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)が行く先々で様々な惑星・衛星を資源化し、恐らくはその度にキミたち制服機兵(ユニボーグ)がその星の原住民と血みどろの戦いを繰り広げ、戦乱の旅が続くであろう保証が、ね』

「……あなたも、それを覚悟で月にやってきたんじゃないんですか。今更、本当はそんなのは嫌だったからと子供のように駄々をこねると?」

『言い訳はしないよ。実際個人的な感情で土壇場になって大人気なくヤダヤダと駄々をこねているわけだし。……でも、客観的な視点で言えば、侵略(そっち)の方針もアリだとは思っているよ。他者を害してでも進化する。それは地球の生物として正しいあり方であり、人類の文明としても間違ってなんかいない。これだけが正解だとも言わないけどね』

「だったら――」

『そう、どちらもあり方として間違っているとは言い切れない。客観的な視点で話す限り、私達は平行線だ。――だから、キミには個人的な感情で訴えかけよう』

 

 そうして、放課後、夕日が差し込む教室にいるタイプの正体不明で謎めいた美人の先輩は、誘うような目でじっと八栗を見て、

 

『ぶっちゃけ、善悪とか人類とか全体利益とか抜きに――研究者として滅茶苦茶試してみたくならない?』

「うわぁマッドサイエンティスト相手には最高の口説き文句だぁー!」

 

 


 

 

「……本当に、それだけで良いの?」

「ああ。職種:宇宙飛行士(ワーク=アストロノーツ)の一部を使って、一時的にオマエの『愛嬌』が全世界に届く状況を作った。後はただ『お願い』するだけで、全人類が頼みを聞いてくれる」

 

 地球では、本物の月の王カグヤヒメと、ダークスーツの『先生』が、夜に包まれた高天原学園の屋上に立っていた。

 

 カグヤヒメは未だにぐずぐずと目元を赤くしながら、男に向かって問いかけている。

 

「あくまで聞くってだけで、蓬莱の玉の枝やら火鼠の皮衣やら探した五人の公達のみてえに、必死になって無理難題を成し遂げようとするってわけじゃねえがな。誰にでも出来るような、本当に簡単な『お願い』だけだ」

「だから、そんな簡単な『お願い』だけで本当に上手くいくのかって聞いてるの!」

「仕方ねえだろ。ただでさえ『愛嬌』自体に大した積極的強制力が無い上に、それを全世界に拡散してんだ。どんだけ増幅(アンプリファイド)しても限度があって当然だろうが劣等生が」

 

 むきーっ、とカグヤヒメが手のひらから竹槍を突き出すが、『先生』はそれを軽くかわす。

 

「……そもそも、後はもうあいつら次第だ。成功するかどうかなんざ俺が知るかよ。他に出来ることがあるとしたら――」

 

 乱暴に屋上のフェンスに手をやり、体重を預ける。

 

 男は夜天を見上げる。

 黄昏に霞まない、数ヶ月ぶりの夜の満月。

 

 最終制服機兵が完成してしまえば、もう二度と見ることは無くなるだろうと思っていたそれを――

 

「ただ……月を見て、信じて祈るしかねえだろうよ」

 

 男は、静かに見つめ続けた。

 

 


 

 

『稲葉クン! 『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』のエネルギー残量が五パーセントを割った! これ以上は頼れない!』

「了、解! ――南米実測!」

 

 迫りくるは職種:野球選手(ワーク=ベースボーラー)によるスペースデブリの百本ノック。

 その軌道を回転増幅能力(ラセルタ)によって乱し、本来なら当たったらそのまますり潰されるしかなかった必殺の乱れ打ちから脱出する。

 

 回転増幅能力(ラセルタ)によってむしろ威力を上げられた流れ弾はそのまま地面を砕き、斑模様の破壊痕(クレーター)を月面に残していく。

 

『前方から来る! 注意!』

「わかってます、すぐに回避し――」

『みんながキミの未来予知に対応し始めた! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

「――ッ!」

 

 職種:騎士(ワーク=ナイト)による突撃槍の一撃を杖で下にいなして大地を爆散させながら、爆風に合わせて跳び上がり、先輩の警告通り、その回避に合わせて上空から強襲してくる職種:力士(ワーク=スモウレスラー)の飛び蹴りを、粘着質化(クニークルス)で弾力を与えた羽衣で受け流し、地面に落とした。

 

 まさしく隕石のような音とともに職種:力士(ワーク=スモウレスラー)の衝突で月面に大きな破壊痕(クレーター)が出来上がる。

 

 だが、それに感嘆する暇もなく――

 

『来るぞ――『草薙神剣(クサナギ)』だ!』

 

 ゴウッッッッッッアァァッッッッッッッ!! と、もはや果ての見えない――数十キロメートル近い大きさにまで膨れ上がった超重力場の黒剣が、おれに向けて振り下ろされる。

 

「くっ、そ……!」

 

 防御手段はない。妨害手段はない。

 あるのは『不敗の帝王(アメノクシタマ)』による回避のみだが――

 

「――――」

 

 黒の暴虐が吹き荒れた。

 一際大きい斬痕が、月面に深々と刻みつけられる。

 

 攻撃の余波により、おれの機体(からだ)は軽々と、第一宇宙速度を突破しそうな速度で吹き飛び、

 

「が、ふ」

 

 致命的な音を立てて、大地にぐしゃりと叩きつけられた。

 

『稲葉クン――稲葉クン!』

「だい……じょぶ、っすよ、先輩……」

 

 ここが月で助かった。地球の重力ならば、完全に五体が四散していた。

 右腕が吹き飛びはしたが、何のことはない。この程度ならばまだ制服機兵(ユニボーグ)にとってはかすり傷。

 

「ぐ……」

 

 それよりも、まだ生身の部分が残っている頭……脳の部分が、戦闘開始時から続く凄まじい計算負荷に悲鳴を上げている。

 

 神経が裂けそうな頭痛。焼け焦げてしまいそうな脳細胞。視覚がブロックノイズを出し始め、聴覚に高ヘルツの異音が交じっていく。

 

 それでも――立ち上がる。

 

『……イナバ』

「安心、しろ。ヴァルゴ……。まだ、いける……」

 

 搭載されているバランサーはもはや機能していない。

 

「お前は……この後のことは、もうおれたちの手の外で、どうなるか分からないって、そう言ったな……」

 

 制御を手動に切り替え、ふらつきながら、制服機兵(ユニボーグ)たちに向けて歩いていく。

 

「……だけど、それは、今までのみんながそうだったと思うんだよ」

 

 不可視のまま奇襲してくる忍者(ニンジャ)の攻撃を片手で弾き、パンダのパンチをキックで弾く。

 

「あの『先生』は、『次の誰か』に全てを押し付けるみたいに言ってたけどさ……『前の誰か』だって、押し付けたくて押し付けたわけじゃないだろ? 必死に足掻いて、自分に出来る範囲で、世界を良くして……自分ではどうあがいても出来なかったことを、どうか成し遂げてほしいって、次の誰かに祈っただけだ」

 

 木こり(ランバージャック)が生み出す木の一撃を、生み出した木を加工して生み出される大工(カーペンター)の一撃を、未来を読んで、先輩のサポートを頼りに回避する。

 

「だったらおれだって信じるだけだ。足掻いて足掻いて、成し遂げて。その上で足りない部分は、きっと、また誰かがどうにかしてくれる。そんな善性をおれは信じる。ここまで続いたリレーは……そんな願いの連続だったと、思いたい」

『…………』

 

 そうして、歩いた先。

 目の前には、樋野さんが、剣を構えて立っていた。

 

「お前達が何か考えているのは、俺だってわかるさ」

 

 だけど、と。

 

「ならせめて相談してくれればいいだろ……?! 何も言わずにこれ以上戦ってどうしろってんだよ!? これだけの制服機兵(ユニボーグ)がいるんだ、考えがあるなら、みんなで相談して、全員でやり遂げればいいだろうが! お前ら二人だけで何か出来るなんて思わなくてもいいだろうよ!」

「いや樋野さんに相談しないのは樋野さんあんまり複雑な作戦とか向いてなさそうだし、内容話したら逆に作戦の成功率下がるって天宇受売命(アメノウズメ)の予測が出たから仕方ないけど何も言わないでおこう、みたいな判断の結果ってだけッスけど……」

「えっマジ?」

 

 それはそれとして。

 

「おれたちの作戦の果てにあるのは、『クレーター』達と共生するものッス。制服機兵(ユニボーグ)の中には、おれみたいに『クレーター』によって被害を受けた人間も多くいる。いくら説得したところで、そう簡単にこの恨みは解けるものじゃない」

「……だから、戦うって? それじゃ結局――!」

「安心して欲しいッス、樋野さん――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なんかラスボスみてえなこと言うなお前……」

「だから――こっちのことを思うなら、さっさとかかってきてください」

「……ったく。仕方、ねえな!」

 

 三度激突。

 

 この人の天職(クラス)相手に、出し惜しみは出来ない。

 『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』をフル稼働し、ヴァルゴの『誤認』による『クレーター』の能力もまた全開。

 

 杖と剣を捌きあいながら、凄まじい速度で月の表面を駆け抜ける。

 

 静かの海から雲の海へ。

 蒸気の海から豊穣の海へ。

 危機の海からコペルニクス。

 アリスタルコスからプラトン、氷の海からまた静かの海へ――。

 

 樋野さんを中心とする様々な制服機兵(ユニボーグ)達とぶつかりあいながら、戦いは続く。

 

 そして、月での戦闘開始から二時間が経過しようとし――

 

「くっ……、回転増幅能力(ラセルタ)――ッ!?」

 

 何千回目かの攻撃の受け流し。

 既に次元歪曲の『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)』はエネルギー切れ。

 

 朦朧とした意識でどうしようもなくヴァルゴの能力に頼ろうとして……しかし。

 

「発動、しない……!」

 

 為す術もなくふっ飛ばされた。

 

 ゴロゴロと月面を転がる。

 こんなことももう何百回目かわからないが……今度の今度こそは、もう、本当に無理らしい。

 

 倒れ伏して動けないおれに対し、疲労困憊となって肩で息が上がったような動きをする樋野さんが、ゆっくりと近づいてくる。

 

「まぁ、そう、だろう、よ……。月を見ろよ、稲葉……」

 

 目だけを動かし、月面を睥睨する。

 

 月は、荒れ果てていた。

 ここまでのおれと制服機兵(ユニボーグ)達による戦いで、無数に作られた破壊痕(クレーター)。それによって、もう……()()()()()()()()()()()()()

 

「戦闘が始まった、かなり早い段階で……()()()()()()()()()()()()()()()。日本実測だか、欧州実測だか知らねえが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「模様が丸々変わった直後はまだ、既存のイメージも残ってただろうが、これだけ何度も何度も連続で模様がコロコロ変わっちまえば、もう既存のイメージなんてほとんど残らなかったんだろ。だから、その支援変異(ターミナル)の能力も無効化された」

 

 まあ、だろうな、と。

 今更のような気持ちで、樋野さんのその言葉を聞いていた。

 

「お前の負けだ、稲葉」

「いいえ。()()()()()()()()()()()。これが、おれに先輩に樋野さんに八栗さんにここにいる制服機兵(ユニボーグ)のみんなに『先生』に月の王にヴァルゴに『クレーター』達に、全員にとって――」

 

 そして。

 

「――最高の、大団円(カタストロフィ)だ」

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 


 

 

『本当に――本当に、それだけでいいの?』

 

 月の王は、黒い男に問うていた。

 

『ただ、()()()()()()()って――『お願い』するだけで?』

『ああ、それだけで良い』

 

 その日、全人類が、数ヶ月ぶりに、夜の月を見上げていた。

 

『……本当に、馬鹿じゃねえのか、あいつら……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと? ……誰が予想出来るかよ、そんな回答』

 

 それは爆炎を散らし、新たな破壊痕(クレーター)を刻みながら、月の(おもて)面を使って描いた砂絵の連続。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 次々と塗り変わる月面のキャンパス。それと同時に、カグヤヒメの『愛嬌』で月を見上げていた、あるいは月の映像を見ていた地球の(うら)側の人々のイメージも変化する。

 

『お前たちは、人類の心の写し鏡たる精神生命体だ。……なら当然、月の民を構成する最大のイメージである月の模様を変えれば、人類のイメージもそれに合わせて変化する。人類のイメージが変われば、写し鏡であるお前たちの性質も変化する。八栗とそのバディがやったみてえに、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本来、今は日食の翌日。

 すなわち新月の次の日であり、月はほんのわずかにしか見えない。

 

 だが、今、月には太陽の代理たる天照大御神(アマテラス)が煌々と輝いている。

 

 その身を振り絞って月を照らし、擬似的な満月を作り出し続ける少女が、神のごとく宣言する。

 

 


 

 

 

「――作戦完遂だ。全『クレーター』に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これによって、月は――地球のバディとして宇宙(そら)を行く、新たな宇宙飛行士(アストロノーツ)となる!」

 

 

 


 

 

 先輩の声が、月面中に響き渡る。

 

 樋野さんだけじゃない。月に来ていた百戦錬磨の『ランカー』達全員が、ぽかんと口を開けていた。

 

「とまあ、そういうことで」

「いや、おま、おま……はぁ!? マジでなんで相談してくれねえの?!」

「だって言ったら絶対反対する人出ますし、政治的な諸々も関わって邪魔されるだろうし……じゃあもうせっかく条件揃ってるしやっちまうかなって……」

「やっちまうかなって、って、お前――」

 

 絶句、という感じだった。

 

 そうしているおれたちの元に、制服機兵(ユニボーグ)なのにやつれきった様子の八栗さんがやってくる。

 

「ふ、ふふ……とは言え、流石に『クレーター』達の能力だけじゃ、ハード面が心許なかったからね……。『錬金』で色々と構造弄ってきたとも……うん……この土壇場で……」

 

 バタリと倒れ込む。それを見て、慌てて樋野さんが八栗さんの元へ駆けていく。

 

 宣言から、しばらくして……月を照らしていた先輩が、月面に降り立ってきた。

 

「先輩」

「お疲れ様。そして……ありがとう、稲葉クン」

 

 ボロボロになったおれを、先輩が抱き上げる。

 傍から見た様子を想像して、少し苦笑する。

 

「……やっぱ、こんな姿じゃ、締まらないッスね」

「知らない。どんな姿だって私が好きなんだから関係ないよ」

 

 二人、笑い合う。

 

 思わずそのまま気を失ってしまいそうになった時、ズン!!! と、凄まじい揺れが月に響き渡った。

 

「!? 何が……」

「いや、これは――竹だ」

 

 先輩に肩を貸してもらって、揺れが響いてきた方角を見る。

 そこには、青い地球から一直線に伸びてきた緑色の極太竹が、ザックリと月に突き刺さっていた。

 

 おれ達が驚く中、地球側の竹の先端が輝いて……竹の光が、そのまま月に向かって移動していく。

 

 月面に辿り着く光。

 そして、竹の光っている部分にパカリと穴が空き……中から、ダークスーツの男と、着物姿の少女が顔を出した。

 

「『先生』!? それに、月の王も――」

「月の王は知らん。勝手に着いてきた」

「なにその言い方! 私がいなきゃこれ制御出来ないじゃない!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ少女を鬱陶しそうにしながら、月面に降り立つ『先生』。

 

「要は即席の月エレベーターってとこだ。最終制服機兵同士の連携も必要になるだろうし、早めに作っとくに越したことはねえだろ」

「それはそうですけど……何も、こんなに急がなくても……」

 

 流石に(おのの)いた様子の先輩を見向きもせず、『先生』がダークスーツの懐に手を入れる。

 

「ついでに、渡し物だ。卒業証書代わりに受け取っとけ、天原。つーかもう戻せねえ」

 

 取り出されたのは、青白い輝きを放つ、正八面体のコアだった。

 

「これは――」

「見りゃ分かるだろ。職種:月夜見尊(ワーク=ツクヨミ)のコアだ。月がこれからも地球と共に有り続ける以上、そいつはもう要らねえ。天照大御神(アマテラス)の資源にしちまえば――天職(クラス)の完全自動運行とまではいかなくても、太陽の代わりを果たせるだけの仮想上級職(ジョブ)には余裕で成れるはずだ」

 

 先輩が、それを神妙な表情で受け取る。

 もはや新たな月でも何でもなくなった、ただの教師の男は、むしろ清々しいような顔で言う。

 

「まだお前の直接制御が必要にはなるだろうが……必要な資源は、これからの旅で集めていけばいいだろ。『クレーター』(こいつら)みてえなののヘイト買わないように、友好的取り引きとかそういう奴でな。今回も出来たんだから、次もやれるだろ」

「……ちなみに、『先生』的には、今回の回答は何点ぐらいなのかな?」

「あぁ? あんな答え、俺の解答集には載ってねえ。点数なんぞ付けられるか、バーカ」

 

 先輩が、耐えきれなくなったようにクスクスと笑った。男も、ほんの少しだけ、口端を歪めているように見えた。

 

「乗れ、天原。それに……稲葉。カグヤヒメ直々に地球までの送り迎えをしてくれるとよ」

「はぁ!? 私そんなこと言ってないんですけど! ですけど!」

「うるせえな。怪我人も居やがるんだよさっさと地球まで案内しろボケ」

 

 渋々とした様子のかぐや姫に連れられ、竹……もとい、月エレベーターに乗り込む。

 

「稲葉」

 

 地球へと出発する直前、『先生』が、小さな声でこう言った。

 

「ありがとよ」

 

 そうして、おれたちは、地球へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月での戦いが終わり、地球に帰還して、数ヶ月が経った。

 

 今では、『クレーター』との戦いは無い。

 もう、おれが職種:女性賭場進行者(ワーク=バニーガール)となることもない。

 元の男の姿のまま、制服機兵(ユニボーグ)としての職分を離れ……今日からまた、ただの学生として、高天原高校に通うことになっていた。

 

「……なんかすげえ久々に男の姿に戻ってる気がする……」

 

 などと言いつつ、街を歩く。

 

 日が昇る少し前。地球は、穏やかな夜の闇に覆われていた。

 

 『クレーター』との戦いの間はひどくドタバタとしていて、戦いの爪痕がところどころに残っていたものだが……流石に、四捨五入すれば西暦三〇〇〇年になってしまうような、時代。

 

 一度戦いが止めば、すっかり街は元の様子を取り戻しつつあった。

 

 ただ――それでも、変わったところはいくつかある。

 

 例えば、壊れた道路を、小さなうさぎが、ぺったんぺったん餅をつくように整えていたりだとか。

 例えば、巨大な荷車を、小さなとかげが、動力もなくタイヤを回転させて動かしていたりだとか。

 

 それぞれの『クレーター』に見張りとして制服機兵(ユニボーグ)がついてはいるものの、皆ある程度こんな光景に慣れてしまったのか、剣呑な気配はあまり無い。

 

 あの『クレーター』たちが随分と可愛らしくなってしまったものだが……元より、彼らはおれたちの心の映し鏡だ。ある程度イメージが平和的になってしまえば、その姿も平和的になってしまうのも道理だろう。

 

 そんな、地上のあらゆる秘境を踏破し、海底のあらゆる未知を調べ尽くし、星の奥の奥まで掘り尽くし、民間企業が気軽に他の惑星に開発の手を伸ばし、月の住民とすれ違いの戦争の末に和解し共存し、地球が宇宙船となって星々の海を征くような時代。

 

 そんな時代になったとしても、人類の大切な部分までは捻じ曲がらない。

 

 この先の人類の脳が破滅的なまでに変化して、『風情』というものを感じる機能さえ失うまで、今、おれたちの頭上にある宵闇に浮かぶ月は、美しいものとして認められ続けるだろうし――

 

「……と、着いた」

 

 今、高天原高校を照らそうとしている地平線から覗く朝日だってきっとそうで――

 

「やあ」

 

 ――暁に照らされる謎めいた彼女も、変わらず、美しいままだった。

 

「……久しぶりッス、先輩」

「うん、久しぶり。キミは……また背が伸びたかな?」

「このまま、先輩に手が届くぐらい伸びてくれたら良いんですけどね」

「どれだけ大きくなる気だい、稲葉クンは」

 

 先輩がわずかに苦笑した。

 

「退院、おめでとう。結構、再会するのが遅くなっちゃったけど――」

「いいえ、まだッスよ」

 

 きょとんとした先輩の顔に、ノイズが走る。

 

「……そっか。じゃあ、もう少し待ってようか」

「ええ。今はまだ届かないッスけど……地球と月と、全員で。どこまでも宇宙(そら)を高く高く飛んでいって――」

 

 虚ろな電影の先輩が、微笑みながら暁の先へと消えていく。

 

「――太陽の手を、掴んでみせるッスから」

 

 その日は、近い。

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