小説の林堂 二次創作 小説「ソードアート・オンライン この現実世界にて」 作:イバ・ヨシアキ
イバ・ヨシアキです。
やっと、投稿できました。
また月遅れで投稿になってしまいました。
……すいません。
「あ、この子達、お母さんのお腹を蹴っています♪ 今日も元気ですね♪」
腰元まで伸ばした黒髪に、全てを優しく受け入れ癒してくれそうな面持ちと眼差しを持つ少女──優衣が、母である明日奈の腹部に耳を当てながら、その小さな手で元気な損子達をめでるように撫でながら、とてもうれしそうにほほ笑む。
「本当に……すごく元気だよね、この子達」
明日奈のお腹には今、夫である和人の子どもが宿っていた。
二卵性双生児。
エコー検査でそう診断されたとき、双子がこの身体の内に宿っているんだと聴いたとき、和人と共に明日奈は泣いた。
この身体に愛しい人の命を宿せた事と、それを心から祝福してくれる夫の和人の愛おしさに、明日奈は心から感情のままに涙を流し、血のつながりは無くても二人の本当の娘である優衣も、その知らせを聴いたとき、満面の笑顔で涙を流しながら喜んでくれた。
悲しみなどではなく、喜びからあふれ出る涙に、家族として涙を流せたあの日は、一生の思い出だった。
男の子と女の子を宿し、今もなおも、その二人の命は明日奈の内の中で成長を続けてくれている。
そして今、二人の魂を宿し膨らんだお腹に耳を当て、子ども達の鼓動と息吹を聴き、嬉しそうに感じている優衣を見て、明日奈は母親として至福を感じていた。
──そう、この内に私と和人君の子どもがいる。
和人君の血と魂と私の血と魂を分け重ねた愛しい子供たちが、私の内に宿っているんだ。
妊娠を感じ、産婦人科で双子を宿していると聴いたときは、とてもうれしくて泣いてしまい、和人君も同じように涙を流して喜んでくれた。
そして、
『明日奈……ありがとう、俺の子どもを宿してくれて……』
と、言葉を紡いでくれた和人君の喜びは、私の身と宿った二つの命を祝福してくれた。
愛しい人の子どもを宿せる喜び。母親になれると、その感情を私は初めて知る事が出来た。
私と和人君の子ども……そう、優衣ちゃんが、この世界……現実世界に産まれて出てくれた時と同じ感情なのかもしれない。
身を触れ、温もりを感じ、存在を認め合う、弧を感じる心の温もり。
優衣ちゃんがこの現実世界に産まれ出てくれた時、私がこの身体内に宿すことはできずに、培養液に満たされた機械の中で優衣ちゃんの身体は生成され、半年をもの長い時間を懸けて、優衣ちゃんはこの現実世界に訪れることが出来た。
パパとママと、この世界で最初に紡いだ言葉。仮想世界とは違い、うまく言葉を紡げないで私と和人君を呼んでくれた時、培養液に濡れていた優衣ちゃんの身体を強く抱きしめ、和人君と一緒に涙を流した初めての感情と同じ感情を今、私はこのお腹に宿っている二人に抱いていた。
心が満たされるような暖かな温もりに、至福と幸福を確かに感じることのできるあの感覚は、間違いなく愛情なのだろうと思う。
優衣ちゃんは和人君が頑張ってくれたからこそ、この世界に産まれ出ることが出来た。
でも、今度は私が和人君の子どもを産むんだと、優衣ちゃんがこの世界に産まれ出てくれたこの愛情を、今この身に宿しているんだと思うと幸せを感じてしまう。
これがお母さんになる気持ちなのかなと、また私の内で静かに動く子ども達の事を想いながら、耳を当てて楽しそうに子どもたちの音を聴いている優衣ちゃんの髪を撫でながら、お母さんになるってこういうことなんだと、改めて感じてしまう──
「……お母さん、どうしました?」
「ううん、なんでもないよ。優衣ちゃん」
可愛らしくきょとんとした顔の優衣の髪を撫でながら、明日奈は娘を抱きしめ、
「優衣ちゃんも、ついにお姉ちゃんになるんだね」
「はい、私、お姉ちゃんになります。絶対に立派なお姉ちゃんになりますよ♪」
そう微笑む優衣の笑顔に、また胸を満たす様な幸せを感じる。
でも、
「……優衣ちゃん……」
「え、お母さん……!」
ぎゅっとお腹に耳を当てていた優衣を明日奈は抱きしめ、そっと髪を撫で、愛娘の温もりを直接に感じた。
幸せすぎて怖いと、これほど不安を感じたことはない。
愛娘の温もりがそれを和らげてくれる。
(……だめだよね……私お母さんなのに……)
──今、明日奈の心の内には幸せと不安が渦巻いていた。
愛しい人の命を宿せた安堵。妻から母親になれる変化の幸福。そしてそのことを祝福してくれる愛娘に、夫の愛情が、うれしく、あまりにも幸せに感じられるのに、時折、どうしてこんなにも怖く思えてしまい、心細くなってしまうのだろう。
夫の和人は今、次の学会に発表する論文の制作に忙しく、傍にはいない。
でも、毎日夕方や深夜には必ず訪れてくれる。そのままこの病室で一緒に時間を過ごし、朝まで傍にいてくれる夫と共に時間を過ごせている時には、この不安は感じられないのに、朝になってしまえば、彼は出かけ、残される時間のなかで、どうしても不安を感じてしまう。
彼はいったい今どうしているのかなと、研究所でじっと論文に打ち込んでいる彼の姿を不意に思い浮かべては、ずっと和人のことを考えている自分がいる。
眼鏡をかけて、コーヒーを飲みながら、キーボードを打ち込みながら、論文を仕上げている和人の姿。
いつもならその姿をじっと見つめて、その研究と論文を手伝う事のできる時間が、今、病院で横たわり、子どもの成長を身ごもっている時間へと変化し、その変化に戸惑いを抱いている自分がいる。
いつもとは違う、少しだけ変わってしまう環境に、明日奈はかすかな戸惑いを覚えていた。
学校の替えりにいつも寄ってくれる優衣の優しさにも救われているのに、扉を開けて去ってしまう夫に、娘が帰ってしまう喪失感と、この病室に残される不安はどうしても拭えなかった。
最初はずっと付き添うと、和人の申し出を拒否してしまい、今の大事な研究を完成させてほしいと、そう願って、なるだけ彼には迷惑をかけずに、頑張ろうとしているのに、子どもがこの身の内で大きくなり、出産していく過程が段々と近づく中で、不安が日増しに増していく。
和人君と、心の底でいてほしいと願っている自分がいる。
子どもを宿すことはこんなにも心を細くしてしまうものなのかと、日に日に弱くなる自分の心細さに、明日奈は感情を少しずつ乱していた。
妊娠は誰しもが不安になると、そのことは既に受け入れていたのに、この不安を抑え込み、耐えることを誓ったのに、今自分の心内は疲弊している。
無償のこの優しい笑顔をくれる愛娘を抱きしめたら、少しはこの不安を拭えそうな気がすると、思わずに優衣を抱きしめてしまった自分の感情的な軽率さを、恥ずかしく思う。
娘に、優衣に、こんな不安を抱いている自分を見せたくはない。でも、和人に知られたくないと誤魔化そうとする自分。
なんて矛盾何だろうと、おかしく思う。
彼を、和人を今誰よりも求めているのに、それを堪えようとする自分の矛盾。
「お母さん……どうしました? どこか苦しいんですか?」
心配する優衣の声に、明日奈は、
「ううん……そうじゃないよ。優衣ちゃんが喜んでくれたから……嬉しくて抱きしめちゃった」
本音なのに、どこか軽く思えてしまう声。
……私は、何をしているのかな。
日に日に不安になる心。この子達を無事に産めるのかと、そんな不安を抱いている。お医者さまだって大丈夫だって言ってくれているのに、怖くて仕方がない。
駄目だよね。
お母さんになるのに、こんな弱い気持ちのままで……和人君は今、一生懸命に頑張ってくれているのに。
優衣ちゃんだって、いつも来てくれるし、気を使わせてばかりだと、お母さん失格だよね。
和人君……
──今、一番合いたい人の名前を呟き、この不安を紛らわせようとするが、ここに居ない彼の名前を呟いてしまうと、余計に会いたいと焦がれてしまう。
今日、来てくれるのかなと、胸に急く思いが生まれようとしていた時──
「明日奈いる?」
と、扉を叩く声の後に、そっと扉が開く。
「お母さん……」
「あ、おばあちゃん♪」
「こんにちは、優衣ちゃん」
明日奈の母である結城京子が扉を開けて入ってくる。手には荷物を抱え、それを見て優衣は、
「おばあちゃんのお荷物お持ちいたします。あ、あと椅子もどうぞ」
と、病室に設けられていた来客用の椅子を用意し、京子の荷物を受け取る優衣に、
「ありがとう、本当に良い子ね」
「ありがとうございます。おばあちゃん」
笑顔で応える優衣は、荷物を近くのテーブルに置き、綺麗に折りたたまれた着替えなどを取り出し、タンスの中にしまっていく。
時折、明日奈の母親である京子は着替えを持って尋ねに来てくれている。明日奈の妊娠を知ったとき、桐ケ谷家と結城家では、週ごとに明日奈の身の回りの手伝いに行くとの取り決めがなされていた。
丁度この週は明日奈の母──京子が、下着などの着替えを持って尋ねに来てくれる日だったことをすっかりと忘れてしまっていた。
「お母さん。来てくれるなら連絡してくれたら……」
「妊娠中の娘に気軽に電話なんかできるわけないでしょ。貴女は身重な身体なんだから変に気を使ってはダメよ」
と、柔らかい声で言う母に、明日奈は奇妙な思いを抱いていた。こんなにも優しかったのかなと、明日奈は物腰が変わったなと改めて思う。
和人との結婚後、暇があれば京子は明日奈の家を訪ね、優衣に会いに行くなど、すっかりと優しい祖母になっていた。
桐ケ谷家のどこかさわやかな翠とは違い、自分が知る幼少の頃の母親と今とでは、あまりにも違いがあるような気がしてしまう。
「おばあちゃん、お茶飲みます? 私、買ってきますよ」
「あら、じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
「はい、まかせてください」
笑顔でそう答える愛娘を見送る母の姿に、どこか可笑しく思えてしまい、
「ふふ」
「あら、なあにどうしたの? いきなり笑い出して」
「ごめん……だって、お母さんが、すっかりおばあちゃんになっているから……ふふ」
笑い声を堪える明日奈に、
「あんな可愛い孫ができたら、誰だっておばあちゃんになるわよ……それで、お腹の具合はどう?」
「うん……今のところ順調かな。つわりもだいぶ落ち着いているし、普通にご飯も食べられるし、特に問題は──」
「──そうじゃなくて、貴女の事よ。明日奈」
「え? 私の事?」
自分の母親には珍しく、どこか心配してそうな眼差しを向け、
「……和人さんがいなくて、不安じゃないの?」
「え……」
自分の心内を察している母の問いに、
「……そ、そんなこと──」
「──ないって、貴女なら言うでしょうから、ありのままに言わせてもらうわ……明日奈、本当は寂しいんじゃなくて」
「……」
見透かされているなと、誤魔化せないと明日奈は、
「やっぱりわかるかな」
「ええ、私が解るくらいなら、優衣ちゃんも和人さんも、貴女の今の心内を察してしまうわね」
「……」
見れば解るんだと、今の自分の表情がどれだけ暗いものなのかと、心内の不安の深刻さを改めて理解してしまう。
やっぱり心細いんだと、自分の中で和人と会えない不安が日増しに大きくなっている。
研究が大切だからと、和人君に集中してほしい。
でも……心内は、
「……明日奈、無理に強がる事もないのよ」
と、母が紡いだ言葉がどこか温かく、
「和人さんは貴女の事が誰よりも大切なのよ。研究論文だって早めに完成させようと、今日も頑張っていたわ」
「え、和人君が」
「そうよ。貴女の出産日に間に合うために、和人さんは必死になっているわ。本当に素晴らしい旦那様ね、彼は……」
「和人君……」
嬉しかった。
母親からこうして和人君の努力を認めてもらい、賞賛されていることが。
「……涙を拭きなさい」
「ご、ごめんなさい……」
手渡されたハンカチで涙を拭いながら心を落ち着かせようとする中で、
「妊娠するとき、誰しも不安になるものなのよ。特に、新しい命を二つも宿しているのなら、その不安も大きいのだから、あまり無理はしてはダメよ」
「……う、うん……」
優しい母親の言葉に、少し乱れていた心内が落ち着いていく。
「ねえ、明日奈……少し、お腹触っていいかしら」
「え、いいけど」
そっと手を置く母の手が温かく、不思議な感覚があった。
「……貴女はあの世界から戻ってきてから、何かが変わったように思えたけど、ようやく分かった気がするわ」
「……変わった?」
「ええ、変わったわ。あのゲームに囚われる前の貴女は、わたしの言うことならちゃんと聞いて、それに逆らわないように生きていく素直な子だった……そう、まだ子どもだったのに、でも、戻ってきた貴女は、子どもから大人になっていたわね」
「……お母さん……」
「でも、ただ大人になったわけじゃなかった……貴女は、既に母親になっていたのね。優衣ちゃんを紹介してもらった時……だからかって思えたわ」
涙がポロポロと溢れ出てくる。母親の言葉があまりにも優しく、そして力強く聞こえる。
「だから、明日奈……貴女はもうお母さんなんだから……なんの心配もしなくてもいいの。旦那様に素直に甘えなさい。今日、和人さんが来たら……ね」
「……うん」
そう素直に返事をし、母親の手を握り締める。
「ありがとう……おかあさん」
無意識に紡いだ言葉を言う中、
「おかあさん、パパが来ましたよ♪」
と、扉を開けて優衣が部屋に戻ってくる。
「あ、お義母さん。お忙しい中、ありがとうございます」
と、和人が優衣に手を引っ張られながら入ってくる。
「か、和人君……論文は?」
驚いてしまい尋ねる明日奈の問いに、
「やっと出来ました。これから出産までは、ずっと傍にいれるよ」
「和人君……」
そんな二人を見て、
「優衣ちゃん……おばあちゃんとお茶を買いにいきましょうか?」
「はい♪」
孫と手を繋いで部屋を後にする京子と優衣。
扉が閉まる音の前に、優しい口付けの音が聞こえると、京子は幸せそうにほほ笑んだ。
「おばあちゃん? どうしたんですか?」
きょとんとした優衣の問いに、
「優衣ちゃん……ありがとうね」
「?」
「あの子をお母さんにしてくれて……本当にありがとう」
「? ?」
疑問符をいくつも浮かべる優衣に京子はさらに微笑み、廊下を歩んでいく。
この小さな命に END
明日奈さんご懐妊とお母さんに励ましてもらうと、そんな話展開で書かせていただきました。
小生は男性なので、出産の不安は解りませんが……やはり女性にとっては、いかほどのものなのでしょうね。
命を宿すと、考えたら尊い行為ですね。
それを作品に反映できたのか不安ですが、読んでいただけたなら幸いです。
今日は夜勤なので、とりあえずここで。
では、また。
※5月4日改稿させていただきました。