小説の林堂 二次創作 小説「ソードアート・オンライン この現実世界にて」 作:イバ・ヨシアキ
……えー、御無沙汰過ぎました、イバ・ヨシアキです。
本当にお待たせしまして申し訳ありません!
沢山のお気に入り登録、本当に感謝いたします。
そして感想が遅れている事や色々な事が遅れている事、まことに申し訳ありません。
とりあえず最終話の一話を投稿いたします。
皆様に納得していただけるなら、幸いです。
では、どうぞ。
カタン……コトン……
泉が見えるテラスにて一人明日奈は、夫──和人の忘れ形見である椅子に座りながら、穏やかな日差しを浴びていた。
和人が死に、沢山の思い出が詰まったこの椅子に座りながら一緒の時間を過ごした思い出を思い出しながら、うたた寝をする事が、彼女の日課だった。
彼が死んでもう、1年が経とうとしていた。
彼の命日を明日に控え、和人との思い出を懐かしむように、時間を過ごしていた明日奈。
あの日……夕闇の中で眠るようにしてこの世を去った夫……和人を見送った明日奈は、彼のいない世界で、日々緩やかな時間を過ごしていた。
彼が旅立ち、居なくなった世界。
寂しくはないと言えば嘘になってしまう。
でもこの世界には和人が遺してくれたものが沢山ある。
だから寂しくはないと、彼女の心には、和人の与えてくれた沢山の思い出に満ち溢れていた。
それに家族に、彼が成した偉業に、そして共に暮らし死を看取るまでの思い出と、かけがいのないものが、この世界には沢山ある。
その遺された一つ一つの思い出を一日一日を記憶するかのように、そして彼がいたであろう残滓を懐かしむように、明日奈は和人に居ない世界に触れ、彼と共にいた世界を、彼が成した人生の結末を確かめるようにして、毎日を過ごしていた。
彼が死んだ日。
世間では彼の死は、世界中に訃報として報道された。
VR科学技術者のノーベル賞受賞者であり、世界的な科学者として人類の為に貢献した彼を惜しむ声は、連日連夜に報道され、知識人や科学者や政治家までもが、彼の死を悼んでくれた。
こと日本においては彼の死はこの国の損失だと嘆き、弔問に訪れる人が後を絶たない程に、和人の死を悼んでくれた。
でも中には、和人の遺体を後世に遺すべきだと、その遺体をしかるべき機関に提出すべきだと訴える、高名な科学者の心のない声もあった。
天才科学者として優秀な遺伝子と頭脳を調べる為に、死後、偉業を成した人物の遺体を保存したいと、世間の科学的好奇に晒されてしまう事に、思わず憤りを感じてしまった。
そしてその誘惑に負けてしまいそうになってしまう。
彼の遺体を遺す事が出来る──と、遺体となった彼の身体を、そのまま遺す事が出来ると聴かされた時、それはあまりにも誘惑に満ちた提案だった。
愛した彼が、愛おしい彼が、炎で燃やされ、灰と化していく事が恐ろしかった。
もしこのまま遺せるならと、例えそれが多くの研究者に晒される事になっても、彼を燃やさずに済むならと、迷いが生じてしまうが、彼は……人としての埋葬を望んでいたと、その誘惑を背けながら、和人の望むままに明日奈は彼の埋葬を決意した。
土に還り、この世界の一部に還る事を和人は望んでいたのだからと、明日奈は彼の遺言として、そして妻として、彼の望むままに家族だけの葬儀を行い、遺体を燃やし、灰となった遺骨を、彼の家族が眠る墓地へと埋葬し、桐ケ谷和人としての人生を終えさせたのだ。
それは妻として、彼の傍に居る事を受け入れてもらった自分にしかできない、最後の役目だった。
桐ケ谷和人としてこの世を去り、キリトとしてあの世界に産まれ変わり、再び出会う為に、そして和人の死を受け入れる為に埋葬した。
それが自分の役目なのだからと、自分が望んでいた思いなのだからと、和人の死を看取った自分。
でも彼が燃やされる時、胸が締め付けられる思いがあった。
棺に収まり、灰となり、遺骨となった彼の身体を見た時、思わず涙が溢れてしまう。
あの優しかった、そして誰よりも傷ついた彼が、こんなにも変わってしまったのだと、灰となり骨となった彼に、ポロポロと涙を流すと、孫や娘達が、家族が自分を支えてくれた。
あんなにも傍にいた筈の彼が、消えてしまったのだと、そしてこんなにも小さくなってしまったんだと、明日奈は彼の遺骨を拾い上げ、桐ケ谷の墓へと、その骨を埋葬した。
家族が和人の死を悼み、沈黙と瞑目の中で、明日奈は彼の死をようやくに受け入れる事が出来たのだと、彼の冥福を祈り、妻としての最後の役目を終えたのだ。
もう……この世界には、かつて共にあの世界で戦ってくれた仲間達はいない。
全員はもう、あの世界へと旅立ってしまった。
この世界に残されたのはもう、明日奈と優衣だけだった。
皆がそれぞれの寿命を終え、この世界から去り、あの空に浮かぶ城へと向かったのだと、あの世界に旅だったんだと、彼女は仲間達と和人の死を受け入れ、妻として見送りながら葬儀を終えてからの、和人の居ない世界を優衣と共に過ごしていく、この時間を大切にしていた。
時折、忙しい中でも家族が会いに来てくれる。
父と同じように科学者になってくれた木綿季ちゃん……今彼女も愛すべき人と出逢い母親となり、子育ての傍らで医療用機器の開発に携わっている。
優治緒ちゃんも同じようにメカトロニクスで権威となり、和人君の後継者として学会でその地位を高め、アリスさんと結婚し、幸せな家庭を築いてくれた。
沙知ちゃんも医療の道へと進み、幼馴染の慶太君と共に小さな病院を開業しながら沢山の人を救ってくれている。
母親として、こんなにうれしい事は無い。
息子や娘たちが多くの事を成し、和人君と共にそれを成し得たと思うと、誇り高く思える。
これからもその子達が、そしてその次の子達がどんな風に成長していくのだろうと考えると、幸せ過ぎて笑みが止まらなくなってしまう。
でも……それをこれから見ていく事は、もう出来ない。
そう、終えようとしていたのだ。
彼女もまた夢に見るようになっていた。
あの世界を。
浮遊城アインクラッドの夢を。
草原の中、遠くに見えるかつて沢山に人の運命を変えてしまったあの城が浮かぶ空を見上げている自分。
そこに行きたいと願うも、遠く浮かぶその城に手は届かない。
飛ぶ事も出来ずに、その城を眺めるだけの夢。
どこかへ流れていくその城を追いかけて、必死に走るも、その城は遠くへ、さらに遠くへと流れていく、やがて見えなくなってしまう。
まって!
まってよぉ!
私を置いていかないで!
和人君……キリト君……そこにいるんだよね……
私も、私も連れていって!
息が切れるまで走っても追いつけず、やがて足がもつれてしまい、地面に転がってしまう。
まって……まって!
手を伸ばしても、声を上げても、届かない世界。
消えてしまうアインクラッドの残滓を追いかけるようにして、明日奈はまた目を覚ましてしまう。
目覚めた時、この年老いた身体が、ここが現実だと教えてくれる。
まだこの世界にいるのだと、目覚める度にあの世界を望む自分と、今日一日を忘れることなくに、家族と共に過ごしていく事を大切にしながら、明日奈は生きていた。
そして明日……和人の命日を迎える前日に、その夢がより顕著になっていった。
そうきっともう……と、自分の命の終焉を感じはじめていた。
もう少しで、キリト君達がいるアインクラッドへ行けるんだと、自分の死を受け入れ、旅立つ事にさほど恐怖はなかった。
でも遺された時間がもう僅かだと思うと、どこか名残惜しかった。
そう……子供達の事や、その孫たちのこれからを、もう見る事が出来ないと思うと、すごく寂しかった。
そんな時、
「ねーね、明日奈おばあちゃん。昔話を聞かせて」
「うん、僕も聞きたい」
たたっとテラスを走り回りながら向かって来る二人の孫にせがまれて、
「ええ、何を話してあげましょうか?」
明日奈が訪ねると、
「えーとね、キリトとアスナのお話しが聴きたい」
「わたしもわたしも」
二人は同じように声を上げ、
「ええ……では、それは昔々のお話し……」
明日奈が語るかつての物語を楽しそうに聞き入れている二人の孫達。
この子達にもうお話しが出来ないと思うと、哀しくて仕方がなかったが、私と和人君の物語は沢山の人達が知ってくれている。
やがて物語は佳境へと進み、最後に二人は幸せになれましたと、最後の言葉を呟くと、二人は嬉しそうにはしゃぎながら、
「ねーばーば、キリトとアスナは幸せになれたの?」
「ふたりはいまどうしているのかな」
その問いに。
「二人ともとてもすごく幸せよ。そして今も、遠い世界で仲間達と一緒に……平和に過ごしているわ……」
頭を撫でながら語る明日奈の声に、幸せそうに微笑む孫を見つめ、陽が落ちようとしていた。
昔、もう遠い昔に和人と共に見たあの夕闇を懐かしむように、
「さあ二人とも……お夕食の時間よ」
と、食堂へと向かう。
家族との団欒を楽しみながら、二人の孫の床を見守り、明日奈は寝室へと戻る。
寝巻に着替え、今日の夢であの城にいけるのかと、不安に駆られてしまうが、もし明日も目覚める事が出来ればと、明日はあの子達に何を話してあげようかと考えている中で、
「お母さん……」
と、優衣が寝室のドアをノックする。
「……あらどうしたの? あの子達目を覚ましちゃったの」
「いいえ……あの子達はぐっすり眠っています……久しぶりにお母さんとお話しがしたくて……」
そっと明日奈の元へと歩んでくる優衣。
この世界で生きる事を選んだあの日から、今日まで人間として生きてきた彼女を優しく抱きしめながら明日奈は、
「優衣ちゃんには解るんだね……」
「はい……」
彼女もまた、あの世界に生きた一人。
私が旅立つ事を知っているんだと、明日奈は何も言わずにただ抱きしめた。
「もう、私しかいません……みんな、あの世界に行っちゃったんですね……私は、ママとパパたちの元に行けるんでしょうか? 私だけが、最初からいなかったように、消えてしまうんでしょうか……」
「……優衣ちゃん……」
不安な優衣の声に、
「……大丈夫……だよ……優衣ちゃんは、私達と同じ人間なんだから……同じ場所に行けるから……そんな心配しなくても……大丈夫だよ……」
「……ママ」
母親となり、子を成した優衣……この世界に生きる事を選んだあの日から、今日まで一緒に生きていたけど、もうお別れなのだと、娘の温もりを忘れないように明日奈は強く優衣を抱きしめ、
「ちゃんと和人君と迎えにくるから……最後まで……この世界を見てね……」
「……はい……」
涙を払いながら、明日奈を見つめ返す優衣に、
「あの子達の未来を教えてね……キリト君と楽しみに待っているから……」
「はい……ママ……」
優衣は返事を返し、明日奈が床に就くのを見守り、
「おやすみなさい、ママ」
「うん……おやすみ……またね」
と、明日奈は瞼を閉じた。
遠く長い夢を見るかのように、明日奈は眠りについた。
そしてあの草原に立っていた。
そこにいた自分の姿は、あの頃の姿。
年老いた身体ではなく、どんな困難も乗り越えてきた、あの剣士のアスナの身体になっていた。
そして、
「アスナ」
と、聴きなれた声が自分を呼ぶ。
その声に、今まで堪えていた涙が溢れてくる。
胸の奥から声を叫びたいほどの歓喜が沸く中で、
「……キ、キリト君……」
振り向くとそこには──
「お待たせ……アスナ、迎えに来たよ」
あの頃のままのキリトがいた。
夢なら覚めてほしくない。
目が覚めないでほしいと、一歩、一歩と近づいていくと、彼は消えることなく、そこにいてくれている。
両手を開いたまま、迎えてくれる彼の胸元に明日奈はそのまま、
「やっと……逢えた! 寂しかった……すごく、寂しかったよぉ!」
ギュッとしがみつく明日奈。
栗色の髪の匂いに心が弾み、細い明日奈の腕が自分を強く抱きしめてくれる、優し抱擁など、久しく忘れてしまった温もりを、キリトは懐かしむように明日奈を抱きしめた。
「ごめんな……沢山待させてごめん……俺も、君に会いたかった」
「うん……こうやってまた君を抱きしめるなんて……すごくうれしいよ」
夢ではなく、本当にここに居るんだと、温もりを確かめながら抱擁を交わすキリトとアスナは、そのまま口付けを交わす。
長く久しいキスの温もりを感じた後に、
「……やっと、キリト君の傍に来れた」
「俺もやっとアスナの事を抱きしめられたよ」
微笑む二人はそのまま、
「話したいことが沢山あるの、聴いてくれるかなキリト君」
「ああ、俺もアスナの話をたくさん聞きたいから、でもその前に皆が待っているから、行こうか」
「うん」
微笑みながら、固く手を繋ぎながら、二人は草原を歩みだす。
その先にはかつて二人が住んでいたログハウスと、仲間達の姿があった……
……明日奈の葬儀を終え、優衣がかつて家族と共に過ごしたテラスへと出て、椅子を見つめると、柔らかい風が椅子をカタンと揺らし始める。
カタン……コトン……揺れる椅子。
その椅子にまばゆい光が射し込み、空を見上げると、キリトとアスナの笑顔が見えたような気がした。
優衣は、
「パパ……ママ……優衣もそちらに行くまで、精一杯生きます……この世界の思い出を沢山詰めて、二人にお話ししますからね……それまで、待っていてくださいね」
その笑顔に微笑むように、優衣は子どものような笑みを浮かべると、陽の光はより優しく優衣を包みこんでくれた。
夢の始まりに end
えー、読んでいただきありがとうございます。
アスナさんの臨終を今回描かせていただきました。
キリトさんが死に、それから一年後のお話しとして書かせていただきました。
他のメンバー達は既に他界している設定で書かせていただいております。
シノンファンにリズファンの方々、本当に申し訳ありません。
アスナさんが死んだ後にどうなるのかと、自分なりの結末を書かせていただいたのですが、キリアスファンの方々が納得していただけるのかと、色々と不安が残りますが、それは自分の作品を読んでくださった皆様のご意見にお任せしたいと思います。
二人の幸せがこれからも続く事や、永遠であるとキリアス原理主義の妄想ですが、ぜひ楽しんでいただけたのなら、これに勝るものはありません。
ラスト1話
これにて原作を主体にしたキリアスの物語も終わりとなります。
頑張って書かせていただきますので、何卒に最後までお付き合いを。
ありがとうございました。