小説の林堂 二次創作 小説「ソードアート・オンライン この現実世界にて」 作:イバ・ヨシアキ
イバ・ヨシアキでございます。月3の掲載を目指していたのに、途中で月2となりましたが、現在長編ものを書いていますので、月一になる可能性が……でも、長編物もキリアス風味のソードアートなので、がんばって生きたいと思います。
そう、生きていくことが大事なんですよね。
では、どうぞ……
家を出て電車に乗り、私は高校へと向かう。
私は2年と2ヵ月ほど仮想世界SAOと……ある男の陰謀によりALOの二つの仮想世界に囚われていた。
でも、私の愛する恋人であるキリト君こと桐ケ谷和人君に助けてもらい、今、こうして、この現実世界に帰還し、彼と共に通う高校へと通学できるようになった。
そして入学式を終えてから1週間。
本当ならまだリハビリの途中で登校は危ないと、お医者様から強くお叱りは受けていたけど、どうしてもと、私の無理を通してもらい高校へと通っている。
お医者様からは、もっと時間をかけて、身体を馴らしていくことが大切ですよと、ご指導を受けたけど、キリト君に比べたら、私のリハビリなんて生ぬるいと思う。
彼は、あのゲームを終えた後、わずか1カ月で杖や支えなしで歩くまでに回復し、私の身元を調べ、お見舞いを毎日欠かさずに来てくれていた。
それに担当の看護士さんから、私は訊いた。
キリト君はいつも自転車で遠くからお見舞いに来てくれていたと、花瓶の花を取り換えては私の容体をいつも気にかけてくれていたこと、その話を聞いた時、あまりの彼の底しれない優しさと労わってもらった嬉しさに、思わず涙を流してしまった。
それと、彼を苦しませていたんだと、深い申し訳なさも感じていた。
私が目覚めなかった間、キリト君はどんな思いで毎日を過ごしていたんだろう。
それが怖くて、いまだに聴けないでいた。
リハビリの合間に彼と語らう時間や、空いてしまった時間をなるだけキリト君との喜びで埋めたく、SAOやALOの辛い事の全てを拭いたく、私は結局、彼には謝れなかった。
……心配かけて、ごめんなさい……
……と、私は彼に謝れないでいた。
彼が毎日を不安に過ごし、どれだけ苦しい思いをさせてしまっていたんだろう。
キリト君が絶対に助けにきてくれる、あの時ずっと、世界樹の上に設けられた鳥駕籠の中で自分を支えてくれていた希望をずっと抱くだけで、結局、私は何も出来ないでいた。
鳥駕籠からも逃げ出すことも出来ずに、彼が訪れることをただ待っていた、力無き私。
一度、鳥駕籠から逃げ出す事に成功はするも途中で捕まってしまい、抵抗すらできなかった無力な私は、あの剣士のアスナではなかった事に痛感してしまう。
最近、力無き鳥籠に囚われた妖精のティター二アの私が、本当の私に思えて仕方が無い。
キリト君とは違い、いまだにこの片手式の松葉杖がなければ満足に歩くこともできないでいる、今の結城明日奈の私と、あの飾りの寵愛を受けるだけの囚われた存在のティター二アの私は同じで、キリト君が愛してくれた閃光のアスナと呼ばれた私とは別物のように思えてしまう。
弱く何も出来ない、彼にすがるだけの甘えた娘だと、私は自己嫌悪に落ちている。
はやくこんな松葉杖が無くても歩けるようになりたいと、心の底から、必死にリハビリに励んでいたのに、結果はいまだ満足に歩けないでいる私。
キリト君に、
──時間をかけて歩いて行こうよ。これから、たくさん居られるんだからさ。
優しく説かれるも、私はどこか悔しくて仕方が無かった。
彼に甘えれる心地良さを受け入れ難く、でも、その言葉を受け入れるしかない、この結城明日奈の身体は、本当に私の身体なのかと、奇妙な違和感がある。
あの仮想世界の身体とは違いどこか重く、動きづらいなと変な錯覚を抱いてしまう程、この弱々しい身体に、私は違和感を抱いてしまう。
実質、私は2年間。
私は昏睡状態だったのだから、この違和感は仕方がないのだろうけど、仮想世界に囚われる前の私の身体は、こんなにも、か弱かったのかな。
身体の重さがあるのは当然にしても、この身体の重さはどこかにわかに信じられない。
あの剣を振るっていた剣士のアスナは私だったのかなと、疑問を持ってしまう。
キリト君とは違い、一ヶ月以上も経つのに、満足に歩くこともできない現実。
松葉杖が無くても早く歩けるようになりたい。
その一身で、リハビリをがんばっていたのに、結果として、いまだに完治にいたれない私。
何で、私はこんなにも弱いんだろう。
本当に、この結城明日奈の身体は、私の身体なのかと、奇妙な違和感がまるで拭えない。
あの仮想世界の身体とは違いどこか重く、動きづらいなと変な錯覚が私をさいなむ。
仮想世界の私──アスナはもっと動きが早く、こんな杖を必要としなかったのにと、片手に松葉杖を使い、空いた片手で手すりなどを使いながら、頑張って改札口へと向かう。
改札を抜けると大勢の人々が会社や職場へと向かう流れから、
「おはよう、明日奈」
聞きなれた、優しく力強い声が私を呼びかけてくる。
「おはようキリト君……あ、ごめん」
……しまった。
うっかりまた、SAOの頃の呼び名で呼んじゃった。
「まだ、なれない」
「……うう、ごめん……キリ……じゃなくて、和人君」
「ゆっくりなれてくれたら良いよ。さ、行こうかカバンを持つよ」
すっと、キリト君が私のカバンをひょいっと手に取り、カバンを持ってくれる。
「いいよ。そんな……自分で持つから」
持ち直そうとするも、
「まだ松葉杖を使わなきゃいけないんだろう。遠慮するなって」
彼は頑なに鞄を返してくれない。
もう、気を使わなくても良いのに。
でも正直言えば少しだけうれしいかな。松葉杖を使いながら、カバンを持って歩くのは少しきつかったから。
でも、こうやってキリト君に甘えるのは心苦しいものがある。
この現実世界に戻ってきてから、私は彼に甘えすぎているような気がする。
入学式の日には、キリト君が家まで迎えに来てもらい、一緒に登校してもらったけど、彼の家は私の住まいからは遠く、毎朝早く起きては始発に乗り、私の住まいまで来てくれていた。
2週間も経ち、今は改札口で待ちあわせにしてもらったけど、こうやって鞄を持ってくれたりと、彼の優しさにいまだにすがっている。
自分で持つよと言っても、本当は持ってもらってうれしい私がいる。
その優しさを抗うこともせずに、あっさりと受け入れてしまう。
もし拒否をしたら、拒絶をしてしまったら、私は、彼からの愛を失ってしまう事に恐怖を抱いていた。
彼を失いたくない。
あの鳥駕籠から現実へと解放される間、病室の窓の外に見える、降り落ちる雪と、生まれてからいつも見慣れていた世界を象徴する無機質な建物をじっと見つめながら、本当に私は現実に戻れたんだとの安堵と、キリト君は本当にこの世界に居てくれているのかと、どうしようのない不安がどこかにあった。
そして君が病室に訪れた時、私はすごく嬉しかった。
それと同時に、私のこの衰弱した身体を見て幻滅させていないかとの不安があった。
彼が愛してくれた、命がけで私の事を救ってくれたキリト君が、現実の私を見て失望しないか、不安がある。
そして、今に至るまで歩くこともままならない、私──結城明日奈は、やはり、あのアインクラッドのアスナではなく、か弱くひ弱な結城明日奈なのかもしれない。
それに引き換え、桐ヶ谷和人君はキリト君のまま。
あの世界と何も変わらない強さと優しさを持っている彼はここにいるのに、私は、もうあのアスナじゃない。
……しっかりしなきゃ。
あの世界のアスナを求めても、私は結城明日奈なんだから、あの世界のアスナよりも強く、彼のことを支えれなきゃ。
あの世界と変わらない姿のキリト君に安心もあるけれど、どこか不安を抱いてしまっている自分の、この気持ちを抑えなきゃ。
彼の事だから、また心配をかけちゃうし、彼に頼りっきりなのはだめだ。
それにキリト君はもう、あの世界の剣士だったキリト君ではないのだから。ここにいるのは、桐ヶ谷和人君だから、ちゃんと区別つけなきゃ。
「ねえ和人……くん」
SAO帰還者を救済するための支援高校の制服を着たキリト君の姿を見て、思わずドキッとしてしまう。
キリト君の見慣れた格好は黒いコートを着ていた剣士の姿が私の印象に深く、 お見舞いに来てくれた時も、黒のジャケットに黒のズボンと服装も黒一色だったから、今日みたく青色を基調としたスーツみたいな学生服で、ネクタイもつけている姿は、まじめな優等生に見える。
こんなキリト君も良いなと、1週間も経つけど、いまだどこか新鮮な気持ちで彼の姿を見ていると、
「……やっぱり、変かな」
いまだ自分の制服姿にどこか恥ずかしそうにキリト君が尋ねてくる。
「そ、そんなことないよ。す、すごく似合っているよ」
「そうかな? ネクタイは初めてだから、なんか苦しい気がするし、正直緩めたいかな」
指を入れてネクタイを緩めようとしているキリト君に、
「だめだよ。ちゃんとしなきゃ」
校則違反だよと注意しながら、私は緩めたネクタイをしっかりと締めなおし、元の優等生のキリト君に戻す。
ネクタイを緩めて着崩しているキリト君も捨てがたいけど、校則はちゃんと守らなきゃ。
一応ネクタイの締め方は知っている、もとい、ちゃんとこの日の為に予習はしてあるから、直してあげることに問題はない。
SAOの支援校の男性の制服はブレザーと知ったとき、キリト君のネクタイを直すことを考慮して、私なりに学習し予習していたりする。
練習台になってくれた兄に心から感謝しながら、キリト君のネクタイを結んでいく。
あ、なんか新婚夫婦みたい……やだ、変な事考えずに、集中。
集中しなきゃ。
ワイシャツの隙間から彼の白い首筋が見えてしまう。その首に、こうやってネクタイをしているなんてと、やはりどこか気恥ずかしさが抜けないでいる。
指が緊張でたどたどしく、うまく結べるか不安になってしまう。時々キリト君が気恥ずかしそうに動いてしまうので、
「動いちゃだめだよキリト君」
と、窘めるも。
「……ごめん……くすぐったくって……」
「がまんしなさい」
「はい」
「素直な返事でよろしい」
と、私はネクタイを通し、結い、結んでいく。
その際も、やはりキリト君はくすぐったいのか少しびくっと動いてしまう。
そんなにくすぐったいのかな?
あ、そう言えば……キリト君は首筋が弱かったよね……って、なに、変な事を思い出してるの私!
朝から変な事を思い出さない。
集中。
集中すれば大丈夫なんだから。
ネクタイを一通りに結わえ、最後にきゅっと結ぶ。
良し、優等生のキリト君になった。
「ありがとう明日奈」
「うん、じゃあ行こう和人君」
私達は通学路を歩いて行く。
松葉杖でうまく歩けないけど、キリト君はそんな私に合わせて隣を歩いてくれている。
今、私達が歩いている通学路は歩行者優先の歩道で車が来る心配はしなくても良いから、こうやって一緒に学校に通学している今が、一番うれしく思える。
彼と一緒に歩いた記憶は、アインクラッドの中でしかなかったから。
こうやって普通に学校に通えるようになったのは、やっぱり嬉しい。
でも、出来れば彼と、ぎゅっと手を繋いで歩きたいけど、松葉杖で歩いている今の私には無理かな。
……早く普通に歩きたいなぁ……
もし歩けるようになったら、彼の為にお弁当を作ってあげられるのに。
今のこの身体だと、台所に立つのも難しいから、彼のご飯を作れないでいる。お昼ごはんはカフェテリアで互いに過ごせるけど、人目もあるし、キリト君と二人だけで過ごしたいな。
そう言えば中庭なら二人でご飯を食べられるよね。
身体が治ったら、一緒に……え、きゃあ!
「アスナ、危ない!」
道に転がっていた空き缶を松葉杖で踏みつけてしまい、私は身体のバランスを崩してしまう。あわやこけてしまいそうになるも、隣のキリト君が身体を受け止めてくれたおかげで、大事には至らなかった。
「アスナ、大丈夫?」
「……うん、ありがとう 痛っ!」
転んだ拍子に膝を擦りむいたらしく、じわっと血がにじみ出てくる。白のタイツに血がじわっと滲み、痛みがチクリと私を刺す。
「怪我してるじゃないか」
「だいじょうぶだよ……ん」
立とうと思って力を入れてみるも、立てなかった。
「ほら、無理しない」
「いいよ、自分で立てるから……きゃ!」
断ろうとするもキリト君に抱きかかえられるように、ひょいっと持ち上げられてしまう。
えっ! ちょ、ちょっと、こんなのだめだよ。
恥ずかしいよ。
みんな見てるってばぁ。
「ちょっと、キリト君! 早くおろして。みんなが見ているよぉ」
「じゃあ、無理はしない?」
「しないから、早くおろしてって」
すとっと、私はキリト君の肩を借りたまま松葉杖を持ち直し、何とか立ち直す。
うう、周りの視線が恥ずかしい。
「ちょっと目立ちゃったかな?」
「ちょっとじゃないよ……もうっ!」
松葉杖を持ち直し歩こうとするも、ちくりと擦り剥いた膝の痛みが歩行を邪魔する。
……痛い。
でもこれくらい我慢しなきゃ。
早く学校に行って保健室で──
「明日奈、やっぱり痛いんじゃ」
キリト君に尋ねられ、
「ううん。そ、そんなこと」
「ほら、肩貸すから、無理をしない」
「い、いいよ。ちゃんと歩けるから」
「……じゃあ、また担ごうかな?」
「……借ります。だから、もう担がないで」
もう……キリト君ってば、こういうときは大胆なんだから。
「ほら、無理しないで」
「むう……」
キリト君の肩を借りながら私は学校へと向かう。
怪我した片足をなるだけ負担をかけさずに、松葉杖を使いながら歩いていくと、思いのほか早くに学校へとたどり着いた。
他の生徒の視線もあって少し恥ずかしいけど、キリト君に連れられて、ようやくに保健室へと到着する。
先生はおらず、
「まだ来ていないみたいだね」
「とりあえずそこに座って」
私はキリト君に言われ、近くの椅子に腰を下ろす。膝のかすり傷もだいぶ落ち着いたのか、にじんでいた出血は止まっていたが、タイツには血がにじんで小さなシミをつくっていた。
「タイツの変えは持っている?」
「え、うん……伝線したときの予備はあるけど」
「じゃあ、脱いで」
「え?」
「だから脱いで、今から消毒するからさ」
ちょ、ちょっと。
キリト君。
脱いでって……そんな……恥ずかしいよ……
「だ、だいじょうぶだよ……その先生が来るまで待っているから」
「先生がいつ来るかなんて解らないだろ? はやく消毒したほうがいいから」
「……じゃあ、後ろ向いてて、こっち見ちゃだめだよ」
「心配しなくても覗かないよ」
キリト君が背を向け、私は立ち上がり、タイツを脱いでいく。まるで彼の前で下着を脱いでいるような、変な羞恥心が私の感情を高ぶらせていく。
別にへんなことするわけじゃないのに……なんで、こんなにドキドキするのかな。
片方の足からタイツを抜き、擦り剥いた膝の部分をゆっくりと脱ぎながら、タイツをたたみかばんの中にしまいこむと、新しいタイツを取り出し、
「和人君、こっち向いていいよ」
「脱ぎおわった?」
「うん」
「じゃあ、消毒するから足をこっちに向けて」
移動台に置いてあった消毒液とガーゼと包帯を手に持ち、手馴れた様子で私の擦り剥いた膝を消毒してくれる。途中、ぴり。ぴりっと少しばかり変な痛みは刺すけど、我慢できない痛みじゃなかった。
むしろ、キリト君が私の足を持っているほうが……その、ドキドキしてしまい、そんな痛みなんか気にならないくらいに、私の意識はキリト君のほうに向いてしまっている。
ここまで肩を貸してくれたキリト君の力強ささっきまで密着していたことを思い出し、余計にドキドキしてしまう。
そんな気持ちを紛らわすかのように、
「和人君……手当てうまいね」
「ああ、スグの手当てとかで慣れているから」
「直葉ちゃん、よく怪我をするの?」
「ああ、あいつ剣道とかやっているからな。あれは手とか足を痛めやすいし、テーピングとかシップとか貼ってあげたりするから──はい、おわり」
包帯をくるくると巻き、ぱちんと手慣れたハサミで包帯を切り、きゅっと結んで包帯を固定してくれた。
「……ありがとう……」
すごくうれしかったから、私は素直にお礼を言った。
そして、
「……あの時も、心配かけてごめんね……」
今までいえなかった、言いそびれていたお礼を、私はキリト君に告げた。
何で言ってしまったんだろうと、少し後悔してしまう。
「あの時って?」
でも、もう無かった事には出来ない。
私は、
「私が……ALOに囚われていた2ヶ月の間……ずっと、キリト君は心配してくれていたんでしょ? そのときのことまだ謝れていなかったから……いい機会だし、謝ろうと思って……」
「……明日奈……」
「なんかキリト君には助けてもらってばかりだよね……SAOも2ヶ月前も、リハビリのときも、私たくさんキリト君に助けてもらっているのに、君に甘えてばかりで……」
甘えてばかり。
そう、私はこの世界に戻ってから、ずっと君に甘えている。
君がそばにいないと不安で、君と登校したいと思う気持ちも、結局は私のわがままで、そのすべてを君は受け入れてくれている。
「……その、ごめんなさい……いつも助けてくれて……」
謝ってしまう。
別に謝ることなんてないのに……なんで謝っちゃんだろう……ううん、謝ってしまうのはたぶん、君を引きとめようとする私の狡猾さとだと思う。
君を独占したい気持ちで、君に独占されたいと思う気持ちで、今の私は満たされている。
……君に謝りたかったこの気持ちも、君に嫌われたくないから……
……剣士ではない、結城明日奈の狡さ……
……優しい君を引き止めておくための、私の狡猾さ……
その為に君に謝っているように思えて仕方がない。
君の優しさ、君の心強さ、愛情や、力強さも知っている私だからこそ、この弱くなった明日奈を見捨ててほしくはない、その思いで、精一杯にこの狡猾さを演じ、君に振り向いてもらおうとしているように思えて仕方がない。
……わたし、最低だなぁ……
彼が好きになってくれたアスナではなく、結城明日奈として必死に引きとめようとしている自分が恥ずかしい。
君は、こんなにもあの世界のキリト君のままなのに、私は、君が好きになってくれたアスナではなくなっているのに……いま、必死に君に嫌われまいと、ずるいことをしている。
……こうすれば君は私のことを気にかけてくれる。
……こうすれば君の気を引くことができる。
……こうすれば君を独占できる。
そんなずるい気持ちで君に好かれようとしている。
薄暗い思いが私の中にずっと渦巻いている。キリト君が私を嫌いになるわけがないのに、そんな心配をしなくてもいいのにと、安心がもてない。
そんな私の中の不安を見据えてか、
「……俺だって、アスナに謝んなきゃいけないことがたくさんあるよ」
ぽすんと私の頭に手を置き、キリト君がなでてくれる。
「君があの世界に囚われていることに早く気付けれなかったし、なにより一緒に死ぬまでいようって言ったのは俺だったのに、君を死ねないように茅場に頼んだこととか、まあ、へたすりゃこっちがアスナより謝らなきゃいけないことがあるかも」
やさしく微笑みながらキリト君は、
「……だから俺からも謝らせて……心配かけてごめん、アスナ……」
「そ、そんな……べつに、キリト君が謝ることなんてないのに……」
「だったらアスナも謝る必要なんかないんだよ……この世界に戻って、これから色々とあると思うし、それに……その分、君に心配かけてしまうことのほうが多いと思うし……そのつど、謝って、許していこうよ」
「……わかった……」
……やっぱりキリト君はやさしい。
このやさしさを貰えたら、私は満足できるんだ。
別に気にする必要なんてないんだね。
だって君のことを好きになれたんだから、きっとこれからも色々な君の側面を知って、君のことに怒って、すねて、許して、仲直りしていくんだよね。
君が好きだったアスナに負けないくらいに、私──結城明日奈を好きになってもらうために、これからも君の事を好きになっていく。
絶対に。
「じゃあ、これで仲直りって事で」
そっとキリト君が顔を近づけてくる。
この動作はと、私はこの後、彼がしてくれる行為に戸惑ってしまう。
……仲直り?
え、キリト君!
「……え、ちょ、ちょっと別に、喧嘩なんてしてないよ……それにここ、保健室だし……」
「でも、キスをするきっかけは、ほしいかな」
「……そんなストレートに……言っちゃやだぁ」
「せっかくアスナとキスできそうだし、だめかな……」
「だめじゃないけど……ん」
朝から保健室でキスをするなんてと、とても恥ずかしいけど、これでまたキリト君と一歩近づけたような気がする。
触れるようにそっと口づけるキリト君──和人君の唇に触れ、私は想いを込めた。
……大好きだよ、キリト君──和人君……
せめて今はまだ、保健室の先生が来てくれない事を祈って、このキスを受け入れよう……
end
お読みくださりありがとうございました。
今回はキリトとアスナが登校をはじめてから2週間ぐらいの、まだアスナが松葉杖をついていたであろうと、想像しながら書かせていただきました。
キリトとアスナは、互いのことを常に気にかけ、その奥には多分、悲しませたくはないという想いがあると思い、そんな心境をかけてみたらなと、思い書かせていただきました。
小生は、書いてから読み直し、いくつも修正していく身であり、あとで大きな脱字や誤字などを見つけては一人頭を悩ませております。
しかし、かつてある小説家は言ったもとい開き直った。
『誤字と脱字は小説にはつきものである』
と。
ただ小生はそんな開き直りは難しいので、見つけては修正していく日々を過ごすよりは、作品をひとつ書き上げて、次に移ることを目標といたしております。
こんな小生にこれからもよろしくお願い、いたします。
では、また次の作品で。