「――ありがとうございました」
最後の曲を歌い終え、路上で足を止めてくれていたまばらな聴衆に向かって深々と頭を下げた。
今日は……二桁にはいかないか。
こんなんじゃ郭神琳さんに匹敵するアイドルリリィなんて夢のまた夢。
このままじゃ駄目、早くなんとかしないと……。
「お疲れ様です、姫歌ちゃん」
「紅巴!?」
予想もしていなかった相手の登場に慌ててしまう。
だっていつもは自信満々にアイドルリリィ面して振舞っているのに実力はこの程度。
多くの人の足を止めることはできていない。
もし最初から見られていたとしたら――
「いやー、どの曲も素敵だったよね、紅巴ちゃん、二水師匠?」
「はい、姫歌ちゃんですから!」
「今度インタビューさせてくださいね」
ばっちり見られてたし!
というか百合ヶ丘の二川二水さんはともかくはしゃいでるその女性は誰!?
何となく嫌な予感がするんだけど!
「この後時間ある? 素敵な歌のお礼にファミレスかどこかでご馳走したいな♪」
「素敵……し、仕方ないですね。ファンサービスもアイドルリリィの務めですから!」
ちょっと軽率だったかもしれないけど二人の知り合いなら大丈夫、よね?
褒められた嬉しさ半分、言いようのない不安半分であたしは急いで音響機材をバッグに詰め始めた。
「なるほど、百合ヶ丘の職員さんでしたか」
「うん、今度来ることがあったら食堂に寄ってね。腕を振るうから」
「その時は是非」
話してみると最初の不安は何のその、とても感じの良い人だった。
年上なのに気さくで料理の追加注文やドリンクバーもあたしが疲れているだろうからって率先してやってくれている。
ちょっと申し訳ない気もするけどメモを取りながらチーズ牛丼を食べている二水さんを見たら気にしないことにした。
「私ばっかり姫歌ちゃんと話しちゃってごめんね、紅巴ちゃん」
「いいえ、姫歌ちゃんが楽しそうでわたしも嬉しいです。特に最近は……その……」
悲しげな表情で言葉を濁す土岐紅巴……あたしが焦って藻掻いているのはバレバレだったみたい。
レギオンとかヒュージとかとは無関係な個人的な問題だから出来れば自分の力だけで解決したいけど――
「人を頼るのもイイ女の条件だよ? それにアイドルリリィたるもの先ずは周りの人から笑顔にしなきゃ」
百合ヶ丘のお姉さんに痛い所をつかれ我を通す気持ちがしぼんでいく。
そうよね、大事な仲間で歌のライバルでもある紅巴にこんな表情をさせてるようじゃアイドルリリィ失格だ。
「…………分かりました。ごめん紅巴、少し頼らせてもらってもいい?」
「も、勿論です!」
途端に表情がぱぁっと明るくなった紅巴。
全くお人好しにも程があるわよ?
そんなところは嫌いじゃないけど。
「つまり路上ライブもSNSのフォロワー数も伸び悩んでると?」
「……うん、神琳さんとの差が開く一方で」
相手はワールドリリィグラフィック表紙を飾ったほどの超有名人。
並大抵のことでは太刀打ちできないのは分かっている。
それでもひめかにだって意地はある。
「そう言えば二水師匠もSNSやってたよね?」
「はい、もうちょっとでフォロワー数が三万人を超えますね」
「ひめかより多い!?」
「ひぃ!?」
衝撃の事実に思わずテーブルを叩いてしまった。
驚かせてごめん、紅巴。
「リリィオタクのSNS利用率は高いですからね」
「二水師匠はたまに新事実を書き込むから」
恐るべしリリィオタク。
ひめかも映えを意識して流行りのスイーツやスポットを頻繁に投稿してるけど全然伸びない。
……五桁フォロワー羨ましい。
「もう各校に有名なアイドルリリィがいるしね」
「ですよねー。この前チャリティライブでルド女と御台場が歌とダンスを披露していたので生半可な実力じゃ勝てませんし」
お姉さんと二水さんの正論にぐうの音も出ない。
確かにルド女には「ラ・ピュセル」福山・ジャンヌ・幸恵様、御台場には「セインツの宝石」川村楪様というレジェンドがいる。
郭神琳に勝つということはそういったレジェンドに挑むことに等しい。
多分ね。
「って、現状手詰まりじゃないですか!」
「まあまあ、無名は無名なりにやり方はあるって」
「無名って言わないでください! ……でやり方というのは?」
「そのツッコミと切り替えの早さ好きだよ。うちの梨璃ちゃん知ってるよね?」
「勿論です。一緒に強敵に立ち向かった仲ですから」
個性的な面々が揃った一柳隊の中では一見地味な存在。
だけどひめかの眼は誤魔化せない。
あえて控えることによってレギオン全体としての調和を図りアイドル力を高めるという高度な戦術。
同じ一年生なのに中々の実力、アイドルリリィ云々は抜きにしてマークしている。
「梨璃ちゃんって入学するまでリリィとして教育を受けていたわけじゃないから無名だったでしょ?」
「それが今では特型を何匹も倒した新進気鋭レギオンのリーダー……つまり短期間で目立つ実績をあげれば一気に注目の的!?」
「先ずはリリィとしての優秀さをアピール、そこからさっきの素晴らしい歌声を披露すれば――」
「ギャップ萌えですね! ひめか全力で行きます!」
「姫歌ちゃんファイトです」
「それなら丁度良いイベントがありますよ」
見えるわビッグウェーブが。
絶対に有名になって見せるんだから!
「ぎゃー!」
「そんな鈍間では轢いてしまいますわよ?」
第4世代と思われる遠隔操作された複数のCHARMから雨のように降り注ぐ光弾と迫りくる船田純様の四輪駆動車。
此処は地獄の一丁目、普通のリリィだったらもう戦死判定を受けているだろう。
だけどひめかは違う。
あえて情けない悲鳴をあげつつチャンスを狙う。
わざとよわざと!
『この世の理』
ギリギリまで誘い込みレアスキルを発動させ周囲のベクトルを把握、そして車を回避しつつ遠隔操作のCHARMへ向けて反撃の射撃。
四機、そして隠れていてこちらの隙を窺っていた最後の一機に模擬弾を命中させ撃墜判定を得る。
よしミッションクリア!
「あら、子兎かと思ったら子狐でしたのね。次は狐狩りかしら?」
「の、望むところです!」
純様の獲物を見るような目、正直足が震えそうだけど虚勢を張って言い返した。
ここで怯んでいるようじゃ神琳さんに一生勝てない。
「嫌いじゃないですわ、そのしごき甲斐のありそうな顔」
……あれ、なんか変なスイッチ入っちゃったかも。
走り去る純様の車を眺めながらちょっと後悔していた。
御台場女学校の主催の一校一人一年生のみ参加可能な特別競技会。
実力の向上と他校のリリィとの力比べ、そしてひめかにとってはアピールチャンスの場。
叶星様にお願いして参加した甲斐があったわね。
あの場の三人にお願いして色々と内容について情報を集めたお陰でここまでは順調に成績上位をキープ。
問題は他の参加者が予想以上に精鋭揃いだってことだけど。
「流石ですね、姫歌さん。見事な『オペレーションスカンクさん』でした!」
エレンスゲ女学園序列一位にしてヘルヴォルのリーダー相澤一葉さん、実力もさることながら声が大きい。
「最近二水さんとお姉さんが色々と競技会について情報を集めていると思ったらそういうことでしたの。その姿勢嫌いではありませんわ」
一柳隊の司令塔にして「百合ヶ丘の至宝」楓・J・ヌーベルさん、応援席の梨璃さんと距離が離れているのですごくまとも。
「オレも負けてられないな」
ルド女アイアンサイド所属でひめかと同じ「この世の理」持ちの天宮・ソフィア・聖恋さん、紅巴と同じCHARMね。
他にも関東一円のガーデンから名のあるリリィがたくさん……。
ま、まあそれなりの相手に勝たないとアピールにならないから仕方ないわね。
後半戦も張り切っていくわよ!
「……駄目でした、ごめんなさい」
特別競技会から数日後、前回と同じファミレスであたしは頭を下げていた。
「ぼくに相談しない定盛が悪いんだからね!」
「ひめひめよ! あと何で普通にいるのよ!?」
何故か同じレギオンでルームメイトの丹羽灯莉が加わっていた。
勝手に人のショートケーキを食べるんじゃないわよ!
「だっておねーさんとは友達だし」
「この前のユニコーン定盛のイラストだけどみんなの評判良かったよ」
「やったぁ♪ あのモリコーンは自信作だからね。次はフルアーマーにしちゃおうかな?」
「何よモリコーンって! ……部屋に戻ったら詳しく聞かせてもらうわよ」
多分内容を知ったら激怒すると思うのでここでは聞かないでおく。
ひめかは空気の読める女だから。
「話を戻すけど流石にラストが御台場と都庁を直線かつ完全武装で往復っていうのは予想できないよ。しかも途中でヒュージが出てくるし」
「でも、もっとひめかに体力とマギが残っていれば……」
前半飛ばし過ぎたせいで後半失速、最後の走破タイムとヒュージ撃破数は下位という情けない結果。
他の有名なリリィ達は最後まで安定して戦い抜いたというのに。
「姫歌さんもそうですけど今回は特にレベルが高かったですからね」
「楓さんと石川葵さんの元メルクリウス中等部レギオン予備隊メンバー対決……思い出しただけで鼻血がっ!」
「はーい、紅巴ちゃんお鼻拭くよ」
はぁ……三人に協力してもらってこの様だからもっと厳しい言葉をぶつけられてもいいのに。
でも今回の競技会はとても勉強になった。
リリィは十人十色、それぞれ違う輝きを放っていたことを改めて認識。
ひめかもひめかにしか出せない輝きを――
「で、次に姫歌ちゃんに参加してもらうのはこれ」
「えっ……えーっ!」
あたしの思考を遮ってお姉さんが差し出したチラシには予想外の内容が書かれていた。
「郭家二千年の味をご賞味ください」
媽祖聖札を中華鍋に持ち替えて炒飯を豪快に作る一柳隊の神琳さん、雑誌の表紙より生き生きとしている感じがする。
「ねぎだく牛丼大盛り一丁です!」
寸胴鍋から白米の上に具材を丁寧に盛り付ける同じく一柳隊の二水さん、手慣れてる感が凄い。
「焼きあがりました」
天使の様な軽やかな所作で餃子を焼き上げるアールヴヘイムの江川樟美さん、フェアリーステップ恐るべしね。
「お好きな味をどうぞ」
専門的な器具で次々に様々な中身のたい焼きをこんがりと焼き上げていくヘルヴォルの芹沢千香瑠様、あの料理スキルもヘルヴォルの強さを支えているに違いない。
で、ひめかはと言うと――
「こちら郭炒飯の最後尾です! 慌てなくてもまだまだあるのでペンギンみたいに一列でお願いします!」
最後尾のプラカードを持って声を張り上げていた。
私立ルドビコ女学院主催で百合ヶ丘・エレンスゲ協賛の炊き出し会場。
ヒュージにより大きな被害を受けた新宿御苑周辺の民間人に定期的に振舞われているらしい。
本日も大盛況でお姉さんの口利きで参加したひめかもこうして列整理を手伝っている。
今は帰れないけど故郷の新潟もこんな状態なのかしら?
七大アルトラ「ファーブニル」が討伐されたとはいえその爪痕は簡単には……。
新潟で戦う道を選ばずに東京でアイドルリリィを目指しているっていうのに未練がましくて駄目ね。
今は自分の仕事に集中しないと。
「お疲れ様、はい麦茶」
「あ、ありがとうございます」
お姉さんから渡された紙コップの麦茶を一気に飲み干す、疲れた体に沁みわたって思わず顔が緩む。
……アイドルらしくゆっくり上品に飲むべきだったかしら?
でも声の出し過ぎで喉が渇いてたし……うん、ノーカウント。
「定盛、この炒飯美味しいよ♪」
「ひめひめって呼びなさい。何で灯莉まで食べてるのよ!」
炒飯を頬張る灯莉にイラっとする。
神琳さんの手料理はひめかも早く食べたいのに!
「灯莉ちゃんには雨嘉ちゃんと子供達と一緒にお絵描きしてもらったから特別にね」
「ねー♪」
灯莉がスプーンで指した瓦礫の壁には花やら動物やらが塗料で描かれていて……あっ、ユニコーン。
その周りにいる子供たちはみんな笑顔で、その笑顔は大人達にも伝播している。
完全には復興していない地域だけど確かにこの場はほんのりと温かくて――
「灯莉もたまにはやるじゃない」
「もっと褒めていいよ♪ まあ定盛も良い声で叫んでたけどね」
「うるさいわよ!」
折角褒めてあげたのに一言多い!
いいわよ、次の機会にはライブでもして灯莉よりもみんなを笑顔にしてあげるんだから!
最初の目論見は外れた気がするけど何だか霧が晴れた気がする。
さあ次のステージ目指して頑張るわよ!
炊き出し終了後、満足げに鼻血を流しながら気絶していた紅巴を回収してガーデンに戻った。
いつの間にかフォロワー数が四桁になっていたので良しとしよう。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
<備考>
定盛姫歌:「ひめひめ」より「定盛」の認知度が高いのが悩み。
丹羽灯莉:ひめあか漫才で増えるフォロワー。
土岐紅巴:匿名で書く小説はそこそこ人気。
二川二水:投稿内容のせいでたまに部屋を襲撃される。
郭神琳:故郷で料理屋「神雨」を開店予定。
好きなレギオンは?
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LGラーズグリーズ(一柳隊)
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LGヘルヴォル
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LGグラン・エプレ
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LGアールヴヘイム(第2代)
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LGロネスネス
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LGヘオロットセインツ
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LGアイアンサイド