「──様、千香瑠様?」
「あっ……ごめんなさい、一葉ちゃん」
エレンスゲ女学園のトップレギオンとして知られるLGヘルヴォル、そのリーダーでありエレンスゲ序列一位の相澤一葉ちゃん。
そんな彼女にレギオンメンバーとして選ばれた私──芹沢千香瑠。
自分では頑張っているつもりなのだけど……最近どうも調子が。
ふとした瞬間にぼんやり、というか体の力が抜けてしまいます。
こんなんじゃ駄目ですよね?
「やはり連戦続きの負担が」
「いきなり後ろにケイブができた時は焦ったっけ」
「千香瑠が迅速に対処しなかったら危険だった」
「千香瑠疲れたの?」
「大丈夫よ、藍ちゃん」
優しく気遣ってくれる大切な仲間たち。
みんなも頑張っているのに弱音なんてはけないわね。
早くなんとかしないと……。
「あ、そう言えば休暇の申請が受理されたのですが……」
「そういう事は早く言いなよ一葉!」
「ですがヒュージの出現が多発している現状を鑑みて一人ずつということでして。それと遠出も禁止です」
「マジか……折角全員で何処か行こうと思ってたのに!」
一葉ちゃんの言葉に肩を落とす恋花さん。
本当は私も全員で遊びに行きたいと思ってました。
でも、このような現状では仕方ありませんね。
「最初は千香瑠が良いと思う」
「瑤さん!?」
「それは良い考えですね。恋花様のお世話も大変ですから」
「おい、一葉!」
「恋花、おとなになれ」
「藍が言うな!」
笑いの絶えない今のヘルヴォル。
こうして私が気兼ねなくお休みを取れるように振舞ってくれる仲間たちの為にもしっかりリフレッシュしないといけませんね。
「……ちょっと失敗したかな」
瑤さんの勧めで都内の歴史のある動物園に来てみたものの……当然ですが家族連れ、恋人連れの方が殆どでした。
私一人では少し居心地が悪いですね。
昔は親友と一緒に……あっ、いけないいけない、こんなところまで来て過去を思い出して憂鬱になるのは。
さあ早く最近公開が始まったというパンダさんを見に行かないと。
「あれ、千香瑠様?」
「えっ、鶴紗さん!?」
聞き覚えの声に振り向くとそこには百合ヶ丘に所属するリリィの安藤鶴紗さんと……どちら様でしょうか?
年齢的には私より年上に見えるのでもしかしたら百合ヶ丘の三年生?
そもそも何故百合ヶ丘から離れたこの場所に?
「鶴紗ちゃん、こちらの美少女とお知り合い?」
「またそういう……エレンスゲLGヘルヴォルの芹沢千香瑠様、前に一緒に戦った仲」
「へぇ、初めまして♪ 鶴紗ちゃんの専属メイドです」
「えっ、えっ!?」
「嘘言わないで。こちら百合ヶ丘の食堂のおばさんです」
「もう、お姉さんでしょ? よろしくね、千香瑠ちゃん」
「は、初めましてよろしくお願いします」
目の前の二人のやりとりに圧倒されてしまいましたが何とか言葉を返しました。
鶴紗さんの面倒くさそうでいてどこか楽しんでいる表情、少し意外でした。
「千香瑠ちゃんも動物好き?」
「ええ、まぁ……」
言葉を濁す私に何故か興味津々のお姉さん。
あまり真っ直ぐ見つめないで……。
「鶴紗ちゃん、折角だから千香瑠ちゃんも誘わない?」
「……まぁ構わないけど。千香瑠様、ご迷惑でなければご一緒しません?」
「えっと……お二人のデートの邪魔をするのはちょっと」
「デートじゃないです!」
「残念ながらそういうわけなのでどうぞお気遣いなく♪」
「ええっと……では不束者ですがお願いします」
ここまで請われて拒否するのも悪いので同行することにしました。
一人じゃなくなったので少しホッとしたかな?
「なるほど、保護したパンダさんの様子を見に」
「百合ヶ丘じゃ飼育できないので」
「鶴紗ちゃんが一番好かれてたから寂しくしてないといいね」
「別に……大丈夫だろ」
パンダさん待ちの列に並んでお二人と話しているうちに段々とお二人の関係性が見えてきました。
言葉少なめの鶴紗さんの言葉を補いつつ話を膨らませるお姉さん。
ヘルヴォルに当てはめると瑤さんと恋花様の関係に近いかな?
「ヘルヴォルだと動物好きな娘っているの?」
「一葉ちゃんは小動物は苦手って言ってますけど大きければ大丈夫でしょうか。瑤さんは可愛いものが大好きで抱きしめちゃいますね」
「なるほど~、鶴紗ちゃんも可愛いから抱きしめられるね」
「こっちに振るな! それと撫でるな!」
「ふふっ、可愛いですよ♪」
「千香瑠様まで……」
お姉さんに便乗して私も鶴紗さんの頭を撫でます。
自然と愛しさが溢れてきますね。
帰ったら藍ちゃんの頭も……。
「なるほど」
「っ、どうしましたか?」
「千香瑠ちゃんってお母さんみたいだなって」
「おい、年下に向かってその表現は失礼だぞ。……否定はしないけど」
「あらあら、そんな風に見えますか? でも、みんなを見守れる存在にはなりたいですね」
「……鶴紗ちゃん、慈愛の女神って現実にいるんだね」
「……ああ、楓の奴に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」
二人の尊敬の眼差しが少し痛いです。
でもそう感じてもらえると自分がちょっと誇らしく思えてきます。
「あ、ようやく見えますね」
「はい」
「鶴紗ちゃんが保護したのが鶴鶴<フゥーフゥー>で元からいた方が梨梨<リィーリィー>だね」
このご時世なので生でパンダさんを見る機会なんてあまりありませんし、瑤さんたちへの土産話の為にもしっかり目に焼き付けて──
「キュ、キュ♪」
「キュ~♪」
……ええっと、その、何と言うか。
「鶴鶴と梨梨が交尾してるね」
「おい、はっきり言うな! それに雌同士だぞ!」
「百合ヶ丘生が今更何を」
「わたしはまだそんなこと、いやそういう意味じゃ!」
「へぇ」
「そんな目で見るな!」
二人の口論を余所に私はパンダさんたちの行為から目が離せません。
野性的な激しさと相手を思いやる優しい動作が入り混じった光景に私は……。
「あー、後ろもまだ並んでるし進もうか。千香瑠ちゃんもそろそろ限界みたいだし」
「……そうだな」
二人に手を引かれ引き摺られるようにその場を後にする私。
脳裏に浮かぶのは恥ずかしくも懐かしい記憶。
それは──と呼ぶには稚拙すぎた行い。
そして…………今の私を縛る鎖、呪い。
「落ち着いた?」
「……はい、すみません」
「いいよ、美少女リリィを膝枕できるなんてご褒美だから」
「はぁ」
体の力が抜けてしまった私は人気の無い木陰のベンチでお姉さんに膝枕されています。
2年生にもなって恥ずかしいですが彼女に撫でられていると安心するのも事実です。
初対面なのに不思議な人……。
「千香瑠ちゃんは命の恩人だから気晴らしになったらと誘ったけどごめんね、逆効果だった」
「えっ……」
彼女の言葉の意味が分からず……確かに憂鬱な顔をしていたかもしれませんが。
それにしても命の恩人とはなんでしょう?
「お、不思議そうな顔。まあ私も今さっき思い出したんだけどね、御台場迎撃戦第3部隊」
「あっ」
「あの時は防衛軍で避難誘導やってたんだけど、千香瑠ちゃんたちが第5部隊の救援に間に合わなかったら突破したヒュージに避難民共々やられてたかな」
「そんな……あれは隊長たちが凄かっただけで……」
「依奈ちゃんも言ってたよ『そのまま百合ヶ丘に連れてくるべきだった』ってね。夢結ちゃんと梅ちゃんの二人がべた褒めっていうのも滅多に無いし」
手放しで褒められたのが恥ずかしくて思わず顔を両手で覆ってしまいました。
「だからさ、千香瑠ちゃんの悲しい顔は見たくないから。我儘な私でごめんね」
「……いいえ、心の弱い私が悪いんです」
そう、これは私の弱さが招いた罪。
周りの誰も悪くはありません。
私がもっと強かったら……。
「それでも戦い続けてるんだから千香瑠ちゃんは強いよ」
「えっ!?」
「いくらリリィが強くても戦えなくなっちゃった娘は何人も見てきたから」
「それって……」
「壊れちゃうくらいならさ、私が養うからリリィ辞めちゃわない?」
思いもよらない甘いお誘い……。
今は亡き親友への誓いやヘルヴォルの仲間たちとの絆を捨て去って逃げろということですか?
そんなこと……そんなこと……。
「……いや……そんなのいや……」
顔を覆った手のひらから零れる涙と漏れる嗚咽、ああ私にもまだリリィとしての誇りがあるみたいですね。
体を起こし立ち上がり涙をぬぐうと彼女に向き合います。
そして──
「わ、私は……ヘルヴォルの芹沢千香瑠です!」
声を震わせながらも何とか言い放つことができました。
その言葉に対して彼女は……満面の笑みで応えてくれました。
「……意地悪、私を試したんですよね?」
「別に嘘は言ってないよ。これでも女の子一人養うくらいは貰ってるから」
彼女の肩に頭を預け拗ねた振りをする私。
どうもうまく乗せられた気がして釈然としません。
「口説かれました?」
「えっ、これはその!」
「お、鶴紗ちゃんおかえり♪」
「売店混み過ぎ」
買い出しから戻ってきた鶴紗さんの呆れたような声に思わずベンチの端に飛び退くと、空いたスペースに山盛りの食料が置かれました。
ドリンク、ハンバーガー、オムライス、チュロス、ドーナツ、カレー、フライドポテト、おにぎり、たい焼き等々……凄い量ですね。
「ほら財布、文句はないよね?」
「ないよー、美少女たちの食事風景は絵になるからね♪」
「はぁ……そういうわけで千香瑠様も遠慮なく食べてください」
「えぇ、そうね。乙女の涙は安くないから♪」
「?」
不思議そうな顔をする鶴紗さん。
涙痕を上手く消せたみたいで良かったわ。
さて何から食べようかしら──そう思った瞬間少し離れた場所で爆発が起こりました。
「ちっ、わたしは百合ヶ丘!」
「じゃあ私は昔の職場に確認する」
「わ、私はエレンスゲに!」
急いで携帯で連絡を取る二人に負けじと私もエレンスゲに……そんな、繋がらないなんて。
「電波妨害か!?」
「あー、私の方も」
「私も……です」
これじゃあ三人とも状況が把握できません。
マギ濃度の高まりを感じるのでヒュージがいるのは確実……丸腰ですが逃げ遅れた人がいるかもしれないから何か手を打たないと。
その為にも安定剤を──
「え、そんな、安定剤が無いなんて!?」
ポーチをひっくり返してもある筈の安定剤は見当たりません。
そんなもしかして入れ忘れちゃったの!?
こんな大事な場面なのに!
「鶴紗ちゃん、一人で行ける?」
「任せろ、こういう時のアルケミートレースだ」
「ま、待って……」
私の制止も届かず駆けだす鶴紗さん。
彼女一人で行かすのは危険だと私の直感が告げます。
「千香瑠ちゃんはこっち」
「きゃっ!」
抱きしめられる私の頭を包む柔らかな感触、でも今はこんなことしてる場合じゃ!
「三十秒だけ私の心音だけ聞いて」
「あ……」
力強い彼女の言葉につい従ってしまいました。
一、二、三……
服越しとはいえしっかり伝わってくる鼓動、発狂しそうなほどの私の中の狂乱が収まっていくのを感じます。
ああ……こんな風に私も誰かを癒せたら……。
「ジャスト三十秒、さあスーパー千香瑠の出番だよ」
「……ふふっ、まるでおとぎ話の優しい魔女ですね」
「そこは魔法少女と言って欲しいな」
満面の笑みの彼女から少し離れ祈るように手を組みます。
もう恐れも迷いもありません。
周囲のマギも取り込んで術式を練り上げていきます。
さあ、この地を浄化する祝福の力を──『ヘリオスフィア』
「千香瑠様、遅れまし──え、大丈夫ですか!?」
「あ……一葉ちゃん、こんな姿でごめんね」
驚愕の表情を浮かべる一葉ちゃん、そんな顔も素敵よ。
まあ……私の今の姿を見たら……。
動物園のベンチで再びの膝枕、ヒュージ警報が解除された後とは言え少しはしたない姿ですね。
「あなたが一葉ちゃんね。ごめんね、千香瑠ちゃんに無理させちゃって」
「お姉さまが謝らないでください! 私が下手だっただけです!」
「お姉さま!?」
「でも焚きつけたのは私だし。そのお陰で素敵な世界が見れたのは良かったけど♪」
「ふふっ、こんなに出したの初めてなんですから」
「な、何を出したんですか!?」
「一葉、落ち着け。お前も食うか?」
何故か顔を赤くして狼狽している一葉ちゃんと戦闘で疲れたのか凄い食欲の鶴紗さん。
「えっと、あの遠くからでも見えた特盛ヘリオスフィアでマギを使い果たして横になってるって認識でいいんだよね?」
「ええ、恋花さんの言う通りですけど。それが何か?」
「いや、まあ……うん、みんな無事で良かった」
何故か呆れ顔の恋花さんと瑤さん、藍ちゃんは鶴紗さんからたい焼きを貰って美味しそうに食べてるわね。
やっぱり美味しいものを食べて笑顔になるって素敵だわ。
今度ガーデンの枠を超えてみんなでお食事会でも開いてみようかしら?
当然、お姉さまも招待して♪
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
<備考>
芹沢千香瑠:安定剤の量が減少。
安藤鶴紗:太らない。
相澤一葉:積極的にスキンシップを取るようになった千香瑠に戸惑う。
次は誰の話?
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一柳梨璃
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白井夢結
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楓・J・ヌーベル
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二川二水
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郭神琳
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王雨嘉
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ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス