まさか、亡霊の祟りとでも言いたいのか。
恐怖に染まった形相で亡くなっていた竹内の遺体――カーテンで隠されたそれを前にして、コナンは考え込んだ。
立香とジャンヌに二階の捜索を任せ、コナン……と言うより、世良は現場となった体育用具庫付近を調べていた。コナンは彼女のオマケとしてついて来ただけ、ということになっている。
竹内は西棟の二階から階段を下り、この体育用具庫へとやって来た。体育用具庫の鍵は壊れており、ドアノブを回すだけで中に入ることができる。体育用具庫に入ったところで、犯人に襲われた。
ならば、コナンたちと行動を共にしていた湯浅は犯人から外れることとなる。残る容疑者は、鍬形、鈴山、垣谷の3人である。
「おかしい。現場にも遺体にも、被害者の抵抗の痕がない。被害者を拘束して殺害したならともかく、その形跡もないなんて……」
『そもそも、被害者を殺害した凶器すらも発見されていない。毒殺か? いや、違う……』
「コナン君は、どう考える?」
「え……ボク、子供だからよく分かんないや。世良の姉ちゃんは、どう思う? 竹内さんはどうやって殺されたんだろう」
「そうだね……毒殺、いや違うな。昔、一度だけ見たことのある現場に似ているな」
「似ている?」
「直接じゃなくて、その事件の情報を目にしたことがある。
「圧死?」
「あまりの混雑で人々に揉まれ、圧されて死亡した事件だ」
圧死、もしくはそれによる呼吸困難の窒息死。
しかし、体育用具庫は狭いとは言え、人間を圧迫することができる用具はおいていない。唯一使えそうなマットの類はここには収納されていないし、短時間で移動することは不可能だ。
「う~ん……」
「オルタちゃんたちは、何かあったかな」
コナンと世良が考え込むと、立香とジャンヌが一階に下りて来る足音が聞えて来た。
「世良ちゃん。二階には、おかしな点はなかったわ」
「っ!」
「これ……立香さん、そのままライトを!」
「え?」
立香が持つスマートフォンのライトが体育用具庫の内部を照らす。その瞬間に顔を出した微かな異変をコナンと世良は見逃さなかった。
立香の持つライトが照らす先。竹内の遺体にかけられたカーテンが、ライトに照らされてキラキラと微かに光っているのだ。
『そうか、そういうことだったのか!』
「分ったぜ。犯人が、どうやって竹内さんを殺害したのか。凶器は既に、ボクたちの手の中にあったんだ」
4人は急ぎ玄関ロビーに戻ると、その場には蘭と園子、蘭に抱かれたプルートーと、顔色の悪い湯浅しかいない。鍬形と鈴山はどこに行ったのかと尋ねれば、前者はトイレに、後者はメイクのために鏡を見に行ったと園子が答えた。
「まさか……! 探すよ! 竹内さん殺害の犯人は、鈴山さんだ!」
「いや、違う。鈴山さんと、垣谷さんだ」
垣谷が引き籠っているはずの管理人室。鍵のかかったその部屋を唯一覗ける欄間窓から、内部の様子をスマートフォンで撮影すれば、中に垣谷はいなかった。鍵がかかった部屋の窓が開け放たれ、垣谷は忽然と姿をしていたのである。
と、ここで気づいた。玄関ホールの壁に貼られている『しおさい館』の内部地図によると、事件現場となった階段下の体育用具だけではなく、体育館にも体育用具庫があることを。
「何だよ鈴山。こんなとこに呼び出して」
「スリルがあると思ってさ。もう沙羅はいないしさ……どう? 私?」
薄暗い体育用具庫で鈴山が鍬形に抱き着いた。汗と皮脂でメイクが崩れた顔は俯いたまま、されど身体を密着させて柔らかく拘束する。
そう、竹内の時も同じだった……こうして、柔らかい腕で抱き締めて、その気になったところでその顔を見せて、
「そこまでだ!」
「やめるんだ! 鈴山さん、垣谷さん!」
コナンが持つ腕時計のライトに照らされたのは、鍬形の背後に近付く垣谷の姿。その手には、体育用具庫の窓にかけられたカーテンが握られていたのだ。
***
犯人は、垣谷と鈴山の2人。沙羅と竹内を殺害した彼らの次の標的は鍬形だった。
殺人の動機は、復讐。何故、彼らが復讐に奔ってしまったのか……マシュから伝えられた、7年前に亡くなった女子生徒の名前と写真を目にして、気づいてしまった。
「竹内さんを殺害したのは、アンタたちだ。そして、次は鍬形さんを殺害しようとした」
「な、何だって! お前ら、何で俺を!」
「気づかない? そうよね、気づきもしないわよね! その程度だったんでしょ!」
「何を言って……っ、え……!! うわぁぁぁ!?」
突然、鍬形が悲鳴を上げた。鈴山の顔を見た刹那、亡霊でも見たかのように恐怖に染まった顔で脚を縺れさせ、その場に座り込んでしまったのだ。
「う、嘘だろ……お前は、
「苦労したわよ、別人メイクは。私たち、
「す、砂川……!」
「そうよ。お前たちに殺された
メイクが崩れてしまったため、鈴山の顔は最初の彼女とはまるきり印象が変わっていた。つけ睫毛が外れ、アイメイクは殆ど落ちてしまっていて、どこか素朴な少女の素顔をライトで照らされている。鍬形も竹内も、彼女を見て亡霊と見誤った。
鈴山風果と、7年前に亡くなった砂川唯果は、あまりにも似ていたのだ。
「唯果は俺の幼馴染でもあった。俺たち3人は、兄弟のように育った親友だったんだ!」
「両親が離婚して、母に引き取られた唯果はお前たちの中学校に転校した。その先で、お前たちは唯果をイジメの標的にした! 唯果は全部話してくれたのよ! 鍬形、お前が最初にイジメを始めたって! それに沙羅が乗って、2人を中心にクラス全体で唯果をイジメ始めた。竹内はお前たち2人の腰巾着で実行犯だった」
「俺たちは何度も唯果に言ったよ。学校に相談しろ、学校が駄目なら警察に行けって。それなのに……!」
ジャンヌが推理した動機には、一部誤りがあった。イジメの主犯は沙羅ではなく、鍬形だったのだ。
彼が最初に始めて、沙羅が面白がって加わり、彼らに逆らえない竹内が実行犯となっていた。口に出すのも悍ましいイジメを嬉々として行っていたのだ。
そして、最終的には真夏の体育用具庫に閉じ込めた。企てた者たちは、熱中症で死亡するという危機感もなく……結果は、鈴山と垣谷を復讐に奔らせたのだ。
「唯果の死は、沙羅の父親が学校に圧力をかけて事故として処理された。当然、自分の娘がイジメに加担していたことも、揉み消されたよ」
「沙羅さんを崖下に突き落としたのも、あなたたちですね」
「そうだ。俺が沙羅を突き落とした。アイツ、俺に気があったみたいで一足先にこの町に呼び出されたんだよ。俺は、唯果の復讐じゃなきゃ、アイツなんかと連んだりしねーのに」
鈴山と垣谷は、唯果の復讐のために沙羅に近付き、沙羅の紹介で鍬形と竹内と接触することができた。そして、沙羅の父親が新しく町長になった町にある『しおさい館』の話を聞き、今回の殺人計画を実行したのである。
垣谷は沙羅を崖下に突き落として殺害し、彼女のスマートフォンで『しおさい館』へは行けなくなった旨のメールを送り、奪った『しおさい館』の鍵束を宿泊するホテルへと預けた。
「イジメによって閉じ込められた少女」、その亡霊という共通点から、メイクで顔を隠していた鈴山の顔を使い恐怖の渦中で殺害しようとしたのだ。
蘭たちを巻き込んだのは、幽霊を怖がる彼女を見たから。湯浅と共に大袈裟に騒いでくれれば、鍬形と竹内の恐怖心を煽ることができると考えたのだ。
「お前らには、できるだけ苦しんで死んで欲しかったからな……!」
「で、でも。どうやって竹内さんを殺したの?」
「そうよ。竹内君、血も出ていなかったし、首も絞められていなかったのに」
「それなら、もう謎は解けているよ。そのカーテンだ。園子ちゃん、ちょっとモデルになってくれるかな?」
「え……うん」
凶器は、垣谷が手にしているカーテンだ。竹内の殺害には、あの体育用具庫にあった薄汚れたカーテンを使用したのである。
世良は園子をカーテンの側に立たせると、垣谷が手にしていた薄汚れたカーテンを彼女の身体に巻きつけた。慌てる園子の身体をぐるぐるとカーテンで巻きつけると、布地が絞られて園子の身体は締め付けられて身動きが取れなくなる。そう、こうして被害者の身体を拘束したのだ。
「ぷはっ!」
「園子! 大丈夫?」
「ミャー?」
「昔、こんな風にふざけていた男子がいたことを思い出したわ」
「まさか、遺体にかけたカーテンが凶器だったなんて、考えもしなかったよ」
「ボクの学校でも、先生が注意していたよ。ふざけてカーテンを身体に巻きつけたら、大変なことになるって。息ができなくなって、死んじゃった事故もあったんだって」
「垣谷さんが背後からカーテンを巻きつけて拘束し、そのまま2人がかりで被害者を押し付けて窒息死させたんだ。横隔膜を押さえでもしたのかな。竹内さんは、唯果さんに似た鈴山さんという亡霊を見て、恐怖の断末魔を上げながら殺された」
「その証拠に、あっちの体育用具庫のカーテンにキラキラした物が付いていたよ。お姉さんがメイクに使っている化粧品だよね。竹内さんの身体を押さえつけるためにカーテンに顔をくっつけたから、付いちゃったんだ」
ライトに照らされたカーテンがキラキラ光っていたのは、鈴山が付けていたラメ入りのファンデーションだった。警察が詳しく調べれば、他にも皮脂や指紋も発見されるだろう。救助はもうすぐ来る……言い逃れはできない。
世良の推理を突き付けられた垣谷と鈴山は、素直に頷いた。抵抗もなく、自らの罪を認めたのだ。
「まさか、探偵を引き込んじゃうなんてね」
「良いさ。裁判になれば、こいつらがやったことを公にすることができる。唯果のために、ここまで来れたんだ」
「……違います」
蘭が毅然と、垣谷へそう言い放った。
大切な存在のために、人殺しをした……それは違う。違うのだ。
「殺人が、誰かの
「……分かっていたわよ、頭では。唯果は、あなたみたいに優しい子だったから」
「俺たちは、俺たちのために復讐したんだ。よく考えたら、俺たちの生活も
「……ふざけんなよ」
「く、鍬形君?!」
素直に罪を認めた犯人たちの背後で、腰を抜かしていた鍬形が立ち上がった。その手には、いつの間に取り出したのか折り畳みナイフが握られている。
「ど、どうしたの!?」
「裁判なんて、冗談じゃねェ! こっちは、一流企業の内定が決まってンだよ! 俺の人生を滅茶苦茶にされてたまるか!」
「よく言うな! その口で!」
「ホント、憎悪しか抱けないような奴ね!」
「うるせェ! こうなりゃ、お前ら全員皆殺しだ。俺は平気さ、
鍬形のナイフの切っ先は、真っ先に蘭へと向かって行った。亡霊に怖がってプルートーを抱く彼女が、一番弱いと判断したのだろう……。
「ミャ?」
その後、『カルデア探偵局』によってチャーターされた漁船が『しおさい館』が建つ小島へと到着した。
「立香! 無事か?」
「エリス! 皆も無事か?」
「エドモン! 救急車と警察を!」
「立香さん、どこか怪我でも?」
「いや、俺じゃなくて……」
玄関ホールには、鼻と前歯が数本折れた鍬形が気絶していた。真っ先に蘭を狙ったため、彼女によって退治されたのである。
「この人、ナイフを持って蘭に襲い掛かってきたら……掌底からの踵落としが、炸裂しちゃって」
「……」
「……」
「……」
「ニャーーン」
『しおさい館』に乗り込んで来たエドモン、サリエリ、家茂の3人は、プルートーを抱く蘭を前にして何も告げることができなかった。
テンプレ落ちなんてサイテー!
まさかね。まさか夏イベで、元ネタの「ミツバチがスズメバチを圧死させる」が出て来るとは、思わないじゃん。