マジックは『TRICK』で登場していました。
衛宮が麗の部屋の鍵を開けると、蘭が驚きと喜びの声を上げた。中学生の少女に与えられるにしては広い十畳もの部屋の一角には、様々な服を着たたくさんのテディベアが飾られていたのである。
「可愛い! みんな違うお洋服を着ていますね」
「本当、可愛いわね。この子たちは麗さんの?」
「はい。元は奥様がご趣味で収集しておりましたが、今年に入ってからコレクションを全て麗さんにお譲りになられました。奥様も麗さんも手芸を趣味にしていまして、テディベアたちが着ている服のほとんどは奥様たちの手作りです」
ふわふわの毛並みにつぶらな黒い目、様々な素材がつぎはぎされた頭にボタンの目。掌サイズから女の子が抱き締める大きな子まで、数多のテディベアたちが手作りの衣装を着て可愛らしく座っていた。
麗の部屋は二部屋あり、テディベアたちが飾られている部屋とドアで繋がる隣の部屋にベッドと学習机が置かれている。現場となった部屋にはミシンが置かれた正方形のテーブルや椅子、鏡、裁縫用具が置かれたデスク。そして、パステルな色合いのチェスト……彼女は、このチェストの角に頭をぶつけて倒れていたのだ。
部屋に敷かれた温かい色合いの絨毯にはその時の血痕が未だ残されていて、テディベアたちが集まる光景とかけ離れたミスマッチを生んでいた。
「こっちのドアがベッドルームですか。内側から部屋の鍵をかけ、犯人はベッドルームに隠れていたということは?」
「事件当時、奥様と共に麗さんを発見した男性社員がベッドルームを確認しました。中には誰もおらず、救急車を呼び麗さんの応急処置をしている間に来客の皆さまが詰めかけてきました」
「それで、有耶無耶になってしまったんですね」
「勿論、ベッドルームのクローゼットから何者かが這い出てきたということもなかったそうです」
コナンは部屋の鍵を観察する。ごく普通の、つまみを横にして施錠するタイプのものだ。
ドアは内開き。開いたドアの死角に隠れることもできるが、寸前まで争うような音が聞こえていたため、男性社員はベッドルームだけではなく部屋全体を確認したが麗以外は誰もいなかったのである。
「麗さんを発見したのは、斧原さんと男性社員の2人でしたね。衛宮さんはその時、どこにいらっしゃったのかしら」
「……実は、私は」
「失礼します」
衛宮が英理の問いかけに答えようとしたタイミングで、ドアがノックされる。シンプルな白いエプロンを身に着けたポニーテールの若い女性が立っていた。斧原邸の使用人だ。
「慰労会の準備が整いました。衛宮さん、最終確認をお願いします」
「ああ、分かった。申し訳ありません毛利先生」
「いいえ。楽しみですな、確か立食パーティーとか」
「ええ。どうぞお楽しみ下さい」
テディベアたちのいる部屋は衛宮によってしっかりと施錠された。
さて、斧原邸の庭で行われる慰労会には、『風友製作所』の社員たちだけではなく近隣の住人や斧原の知人も招待されていた。夏場はBBQや流しそうめんなど、社員の家族も楽しめるように工夫される催しであるが、今回は立食パーティー形式だ。
糊の効いた真っ新なクロスがかけられたテーブル上には、思わず目移りしてしまう食事がズラリと並んでいる。匂いも芳しく色彩もいい。野菜に肉に魚、デザートとより取り見取りであった。
「いただきまーす……っ! 美味しいー!」
「こりゃ美味い!」
「美味しいわね、この唐揚げ」
社長の挨拶もそこそこに、ゲストとして招かれた小五郎の挨拶もそこそこで。招待客たちは豪華な料理に舌鼓を打ち、コナンたちも早速ご馳走を口にすれば鶏の唐揚げの美味しさに驚いてしまった。
外はカリっと、中は柔らかい。醤油の和風の味付けはシンプルながら舌に馴染み、ほのかな生姜とニンニクが心地良い。噛めば噛むほどジューシーな肉汁が溢れ出した。
「恐れ入ります」
「もしかして、この唐揚げは衛宮さんが作ったの?」
「僭越ながら、此度の慰労会の料理を手ずから用意させていただきました。ご夫人の手料理には劣るやもしれませんが」
「いやーこいつの料理は、何というか下手の横好きなもので……っ」
小五郎の背中に英理の殺気が飛ぶ。現在進行形で続く別居の原因である英理の料理下手であるが、そこは蘭もコナンもフォローできないのである。
配膳をしていた衛宮から飲み物を受け取った。唐揚げだけではなく、本日の料理はほとんどが手作りだ。それを彼がプロデュースして準備・調理まで行うとは、敏腕執事と言っても過言ではない。
唐揚げ以外の料理も非常に美味しい。が、何故か蘭だけが唐揚げを咀嚼しながら首を傾げていたのだ。
「蘭姉ちゃん、どうしたの?」
「う~ん……この唐揚げ、本当に美味しいんだけど。どっかで食べたことのある気がして」
「どっかって?」
「思い出せなくて。どこだったかな?」
「キャー毛利先生! 初めまして!」
記憶の捜索から抜け出せなかった蘭を引き戻したのは、甲高い猫撫で声だった。本物の猫ではない、若い女性の声だ。
いつの間にか、胸元の露出を強調したワンピースと流行りのメイクをした女性が小五郎に密着していたのである。
「大ファンなんです! お会いできて感激です!」
「いや~どうも!」
「お、お父さん……! あれ、あの人もどこかで見たことあるような」
「あの人は確か、斧原社長の姪っ子よ。アイドルをやっているとか」
「アイドル?」
「正確には、前社長の姪っ子さんです。地下劇場を中心に活動しているそうです」
つまりは、現斧原社長の義理の姪。そして地下アイドル。蘭もどこかで目にしたことがあったのだろう。黄色い声を出す
彼女の素性を教えてくれたのは、トランプカードを手にした男性だ。英理に名刺を差し出すと、『風友製作所』の肩書が。
「峰山です。名探偵の毛利さんからサインを頂きたかったんですが、まだしばらく解放されそうにないですね。どうですか、暇潰しにマジックでも?」
「マジックですか?」
「趣味なんですよ」
そう言って、峰山はファスナー付きのビニール袋に手にしたトランプの山を入れてよく振った。そのビニール袋を蘭に差し出して、トランプを一枚引いてその柄を覚えさせる。蘭が引いたのはスペードのジャックだった。
トランプを裏返しにしたまま峰山へ渡すと、彼はそれを袋の中に戻して他のトランプと一緒に再びよく振った。
「では、貴女の引いたカードは……これですね!」
峰山が見せたのは、蘭が引いたスペードのジャックだった。
「正解です! どうやったんですか?」
「そのマジック、ビニール袋に細工がしてあるんだよね。ビニール袋が二重になっていて、蘭姉ちゃんが引いたカードだけ別のポケットに入れておいたんでしょ」
「う……バレたか。そうだよ、凄いね君」
「テレビのマジック番組で観たことあったんだ」
峰山がビニール袋を見せると、コナンの言った通り中が二重になっていて、トランプは片方の袋にだけ入っていた。蘭が引いた一枚だけを別のポケットに入れておけば、いくらシャッフルしても混ざることはないのである。
峰山がマジックを見せてくれている間も、めりいは小五郎を解放してはくれなかった。あまりにもグイグイと迫る気迫に、最初は鼻の下を伸ばしていた小五郎も辟易し始める。
「毛利さんって、ヨーコちゃんとお知り合いなんですよね! めりいもヨーコちゃん大好きなんです! ねぇ~今度紹介してください。ヨーコちゃんのサイン欲しいんです!」
「えーと、その……」
「なるほど。あの人じゃなくて、人気アイドルとのパイプが目当てだったのね」
「めりいさん、あまり売れていないようですから」
「あ、あの!」
もう1人、小五郎にサインを強請るファンが現れた。
エプロンを着たポニーテールの女性は、先ほど麗の部屋で衛宮を呼びに来た使用人だ。胸には未使用の色紙を抱えている。
「毛利先生にサインを頂きたいのですが。あ、申し遅れました。私、斧原家に勤めています、水沢と申します」
「それでしたら、その色紙、お預かりします。後で父に書いてもらいますよ」
「ありがとうございます。それじゃあ……」
彼女、
水沢だけではなく、色々な人々が名探偵毛利小五郎を一目間近で見ようと集まり、島本はめげずに小五郎へ芸能界の知り合いを紹介して欲しいと迫る。慰労会が穏やかに進む中、衛宮は執事の仕事のため走り回っていた。
「ボク、トイレに行って来る」
「男子トイレはお家の二階だって」
「はーい」
こっそり事件を調査する際に使う常套句であるが、今回は本当にトイレである。
二階のトイレに入り手を洗っていると、そう言えばここの真上は麗の部屋の付近だと思い出した。トイレを出て階段を上り、廊下を歩いた先である。そんなことをぼんやり考えながら階段を眺めていると、三階から何かが衝突するような鈍い音が聞こえた。
「え……」
それと同時に、真上からはドスン!と、何かが倒れる音。バタバタという足音にガチャン!と何かが割れる音……それはまるで、人間が争うような騒音だったのだ。
「まさか……っ!」
まさかと思い、コナンは階段を駆け上って麗の部屋の前まで来る。鍵が閉まっている……合鍵を持っているのは、衛宮だ。
「君は……何かあったのか?!」
「衛宮さん! 麗さんの部屋の鍵を!」
衛宮も騒音を聞き付けたようで、コナンが彼を探しに階段を下りようとしたら既にこちらへ駆けつけていた。衛宮は所持していた鍵で麗の部屋を開けると……そこには、崩れたテディベアと部屋の中央で頭から血を流して倒れている峰山がいたのだ。
部屋は鍵がかかっており、中には被害者である彼しかいなかった。
冷めても美味しい唐揚げ。