「峰山さん!」
「待て!」
頭から血を流す峰山の周囲には花瓶の欠片が散乱していた。どうやら、この花瓶で殴られたようである。
コナンが駆け寄ると、微かに息がある。しかし、頭を殴打された影響で意識が朦朧としていた。
衛宮はベッドルームに繋がるドアを開けて中を確認するが、そこには誰もいない。コナンは床に落ちるテディベアを飛び越えて窓に目をやると、こちらも施錠されている。麗の事件の時と同じだ、密室になっていたのだ。
「今、何か音が……! 峰山君?!」
「キャーー!?」
「入野弁護士、救急車を!」
斧原と入野も部屋へとやって来ると、峰山を目にした入野は悲鳴を上げた。彼女の悲鳴を聞いた小五郎も駆け付けるが、彼だけではなく慰労会に参加していた人々が次々と三階にやって来て峰山に駆け寄ってしまったのだ。
「みなさん、部屋に入らないで! 現場を保存します!」
「救急車が到着しました!」
「英理! 目暮警部に連絡してくれ!」
「ええ!」
『何があった? 犯人はどこに逃げたんだ……?!』
峰山は救急車で運ばれ、英理の連絡により所轄の警察ではなく目暮や高木を始めとした警視庁捜査一課が現場に臨場した。
「襲われたのは、峰山聡太さん。『風友製作所』の社員です。本日の慰労会に参加されていました」
「何故、峰山さんはこの部屋に?」
「私が峰山君に部屋の鍵を渡しました。麗の……娘の事件について、気になることがあるから確認したいと」
斧原が小さく手を挙げた。実は2か月前の事件の際、彼女と共に麗を発見した男性社員というのは峰山だったのだ。
彼の言っていた気になることが何かは分からないが、峰山は慰労会の合間にそのことを斧原へ相談に行き、斧原は所持している麗の部屋の鍵を貸した。本当は一緒に行きたかったが、慰労会のホストであったため会場を離れられなかったのだ。
斧原が貸した鍵は、峰山の側に落ちていた。犯人はこの鍵を奪って外側から鍵をかけて逃亡した訳ではないようだ。
「第一発見者はコナン君と、執事の貴方ですね」
「はい。
「この部屋の鍵は?」
「二本だけです。奥様が峰山さんに貸した一本と、私がお預かりしているスペアキーが一本です」
衛宮は執事服のポケットから鍵を取り出す。至って普通の鍵のため、型を取れば簡単に複製できそうな物だ。
峰山を殴打した花瓶は、三階の廊下に飾られていた陶器製のそれだ。犯人はこの花瓶が砕けるほど、執拗に峰山を殴打している。
「警部殿、犯人は恐らく2か月前に斧原麗さんを襲った者と同一人物です。事件当日、峰山さんは犯人の正体に繋がる何かを見てしまったのでしょう。犯人は口封じのために、峰山さんを襲ったのです……その犯人は、身内の中にいる可能性が高い」
「うーむ……1人1人、事情聴取する必要がありそうだ」
峰山が襲われた理由は、小五郎の推理で説明がつく。では、大本の、麗が襲われた理由は何だろうか?
考えられるとしたら、麗は現在消失中のエンジン部品のデータの隠し場所に何か心当たりがあり、犯人はそれを聞き出そうとでもしたのだろうか?
技術漏洩と麗の事件の関連性は不明だが、今回の事件と麗の事件は繋がっていることは間違いない。目暮たちは斧原邸の一室を借り、慰労会の参加者たち1人1人から話を聞き始めた。
【顧問弁護士・入野衣織】
「峰山さんが襲われた時、私はずっと社長と一緒にいました。アリバイがあります」
「麗さんの事件を毛利さんに調べてもらうよう、斧原社長へと進言したのは貴女らしいですね」
「はい。警察に訴えても埒が明かなかったので。奥様の妃先生とは親しくさせていただいていましたし。先週、毛利探偵へ調べてもらおうと、社長へ進言しました」
「なるほど。他に何か、気になることはありますか? 何でも良いですが」
「そう、ですね……」
高木の質問に入野は数秒黙り込むが、意を決して口を開いた。
「その……衛宮さんのことです」
「執事の方?」
「はい。彼は2週間前、社長が急に執事を雇うと言い出して招かれました。急に言い出したので、ちょっと困惑しまして」
「衛宮さんって、雇われたばっかりだったの?」
斧原の片腕のように振舞い、麗の部屋の合鍵も預けられていた執事がまさか新参者だったとは。斧原の信頼を得ていた姿を見て、てっきり昔から勤めていたと思っていたコナンは思わず声を上げてしまった。
「コラ坊主! また勝手に入って来て!」
「もしかして、今日の慰労会のために衛宮さんは雇われたとか?」
「さあ、そこまでは。本来の就職先の雇用開始日が先送りになってしまったので、その繋ぎのための短期雇用で契約しています。仕事も優秀で、イケメンでしょう。他の使用人の方々から評判は良いんですけど」
「つまり、衛宮さんは麗さんの事件の日にはまだ斧原社長に雇われていなかったのか」
「……正直言うと、技術漏洩の犯人は彼であって欲しいと思っています。会社の皆さんは、昔からの顔見知りでみんな家族のような存在です。身内を、疑いたくはないので」
【斧原の姪・島本めりい】
「めりい……わたしは、慰労会の会場でデザートを食べていました。そうしたら、何だかみんなザワザワし始めて。峰山さんとは、今までの慰労会でマジックを見せてもらったとか、それぐらいの繋がりしかありません」
「島本さんは、2か月前の法事にも参加されていましたね。麗さんの事件の時、何をしていましたか?」
「ええ、わたし疑われている? 刑事ドラマみたい! マジヤバい! 何していたって、フツーにおじ様の死を悲しんでいましたよ。そうしたら、あの子が頭をぶつけた~って大騒ぎになって」
「お姉さん、麗さんとあんまり仲が良くないの? 従妹でしょう」
「あの子は養子なの。緋紗子おば様って、若い頃に病気をしたらしくて子供を生めないんですって。それで、わたしの母にも祖父母にも、おじ様との結婚を大反対されたんだって」
親戚であるはずなのに随分と他人行儀だと思ったら、麗と斧原の間には血縁関係がなかったのだ。
めりいの話によると、麗は3年前に斧原夫妻に引き取られて養子縁組をしたとか。斧原が趣味にしていた手芸とテディベアが孤児の少女と子供のいない夫婦を繋ぎ、幸せな家庭を築いていた。それなのに……何でこんなことに?
「書類上は従妹ですけど、特にあの子とは関係とかありませーん。アイドルとか興味ないみたいだし。あ、刑事さんはめりいのこと知ってます? 実はこの間の、星野輝美さん主演のドラマにエキストラとして参加していて~」
「もう結構です」
【使用人・水沢優梨】
「私、今日はずっと仕事に忙殺されていました。色々動き回っていたので、峰山さんが襲われたことも後になって知りました。アリバイとかは、その……誰も、証言してくれる人はいません」
「水沢さん。確か、救急車が到着したのを知らせに来てくれましたよね?」
「はい。救急車のサイレンが聞こえたので、急いで知らせなきゃと思って」
「ねえ水沢さん、使用人さんたちから見て衛宮さんってどんな人?」
「衛宮さん?」
コナンの質問に、水沢は少し怯えるような表情をしてから衛宮について語り出した。
「急に現れてみんな困惑しましたけど、凄く仕事が早いし丁寧なんです。賄いも美味しいし。今日の慰労会も殆ど彼が計画と準備をしてくれました。短期雇用じゃなくて、ずっといてくれたらいいのにってみんな言っていましたけど……私は、ちょっと苦手です」
「何で苦手なの?」
「目が、怖いと言うか……何となく、見張られているような気がして」
【執事・衛宮士郎】
「衛宮さん。貴方、つい2週間前に雇われたそうですね。何故、斧原さんと短期雇用を? 聞けば、以前は海外でお仕事をされていたとか」
「はい。以前はイギリスの屋敷に勤めていましたが、そこから暇をいただき、執事学校の講師として招かれて帰国しました」
「ほう。執事の学校があるんですね」
「執事さんって、資格制なんだって。園子姉ちゃんの家にいる執事さんたちも、みんな資格を持っているって言っていたよ」
「しかし、あちらの手違いで雇用開始が3か月後になってしまい、途方に暮れていたところを奥様に拾われたのです。本日の慰労会は、楽しく仕事をさせていただきましたよ」
「峰山さんを発見当時、何か気付いたことはありますか?」
「……水沢さん」
目暮の質問を受け止めた衛宮は、ポツリと使用人の名前を口に出した。
「発見当時、水沢さんを探していました。まだ休憩時間ではなかったはずなのに姿が消えていて。彼女、峰山さんをよく目で追っていたので、よもやサボって逢引きでもしているのかと。もしそうなら、叱咤の一つでもしようかと」
「はあ」
「他人のロマンスを出歯亀する趣味はありませんが、勤務時間中は勘弁してもらいたいものです。もう、よろしいでしょうか? 仕事が残っているのですが」
「最後に、もう一つ! 現在、行方不明中のエンジン部品のデータの場所に心当たりはありますか?」
「……さあ。私は、探偵ではありませんので」
小五郎の質問に対し、はぐらかすようにそう答えた衛宮は執事の仕事へと戻ってしまう。即席の取調室を退去する際に見せた背中には、どこか哀愁と影を背負っているように見えて……広い背中を追いかけて、コナンも部屋から出て行った。
「待って、衛宮さん!」
「どうしましたか?」
「あのね……もしかして、水沢さんが犯人だと思っているの?」
「……何故、そう思うのかね?」
「さっきボクたちが麗さんの部屋を調べている時、ちょっと引っ掛かるって小五郎おじさんが言ってたんだ」
呼び寄せた探偵が調査中だというのに、案内人の都合で調査を切り上げた。その場を水沢に任せることなく、彼女に合鍵も預けなかった。
水沢は見張られているようだと感じていたこと、今日の慰労会の最中も姿が見えないと彼女を捜していたこと。これらを総合すると、衛宮は本当に水沢優梨を見張っていたのではないかと小五郎……もとい、コナンは考えたのだ。
では、何故見張っていたのか?
彼女が犯人である可能性が高いからである。
「つい2週間前に雇われたのに、斧原社長から絶大な信頼を得ている。そして、娘の麗さんを襲った犯人と思わしき人を見張っている。衛宮さんって、本当にただの執事なの?」
「あまり疑いの目を向けてくれるな。これでも心は硝子だぞ。
「違うよ」
「違う?」
「探偵は、真実の味方だよ」
衛宮はコナンの言葉に呆気にとられたように双眸を見開き、それからすぐにシニカルな笑みを浮かべた。その様子は、執事という偽りの仮面を完全に脱ぎ捨てたように見えた。
・斧原緋紗子(52)
『風友製作所』の代表取締役社長。元は彼女の夫が成長させた会社だが、事故死してしまい引き継いだ。趣味は手芸とテディベア集め。
娘の麗が襲われた事件と、行方不明になっている新型エンジン部品のデータの捜索を探偵に依頼する。
名前の由来は「スカーレット・オハラ」
・斧原麗(13)
斧原社長の娘……だが、実は養子で血の繋がりはない。
2か月前に自室で頭を強打して倒れているところを発見され、未だに意識不明。趣味は手芸とテディベア集めで、養母からテディベアコレクションを受け継いでいる。
名前の由来は「ボニー・ブルー・フラッグ(麗しき青旗)」
・入野衣織(30)
『風友製作所』の顧問弁護士。親も弁護士で、英理は駆け出し時代にお世話になっていた。
社員たちを家族のように思っており、技術漏洩は外部の犯行であって欲しいと思っている。
名前の由来は「イリノイ州」
・島本めりい(24)
斧原の義理の姪で地下アイドルをやっている。が、正直売れていないらしい。
麗とは法律上は従妹であるが、特に思い入れもなく自分がアイドルとして売れるために結構必死。
名前の由来は「メリーランド州」
・峰山聡太(32)
『風友製作所』の社員。マジックが趣味。
麗が襲われた事件で斧原と一緒にいたため、現場の第一発見者だった。斧原から麗の部屋の鍵を預かって調べていたら、何者かに花瓶で頭を殴打される重傷を負う。
名前の由来は「ミネソタ州」
・水沢優梨(26)
斧原邸に勤めるポニーテールの使用人。小五郎のファンだと蘭にサインのための色紙を預けた。
衛宮のことが苦手、見張られているような気がするから……犯人?
名前の由来は「ミズーリ州」