病院から峰山の状態について連絡が来た。緊急手術が成功し、命の危機を脱することができたとのこと。後は彼が目を覚ますだけという僥倖な結果となった。
が、彼が目を覚まして自身を襲った犯人を名指しするのを待ってはられない。そろそろ慰労会もお開きになる時間である……そろそろ帰らせろと、参加者たちの中から声が上がった。
「毛利探偵、犯人は誰なんですか? やはり、麗さんを襲った犯人と同一人物なのでしょうか?」
「眠りの小五郎の推理ショー、するんですよね! わー! 楽しみです!」
「え、えーと……まだ、証拠が見つかっていないので」
「あら……蘭、またコナン君が消えているわ」
「えー、またどっか行っちゃった!」
小五郎が入野に質問攻めにされ、やっぱりめりいに黄色い声で付きまとわれている中、またコナンが消えた。ちょっと目を離せばすぐにどこかへ消えてしまう、あいつみたいだ。
帰ってくる気配のない誰かを思い出しながら、電話で呼び出そうと蘭は携帯電話を取り出した。すると、三階から何か音が聞こえてきたのだ。
バタバタという足音と、重量のある何かが倒れる音……それはまるで、峰山と麗が襲われた瞬間の様子に酷似していた。
「まさかまた……!」
「行くぞ、高木刑事!」
「は、はい!」
小五郎と高木が真っ先に音の発信源――麗の部屋へと駆け付けるが、鍵がかかっている。
警察が預かっていた鍵でドアを開けると、真っ先に目に飛び込んで来たのは部屋の中央で倒れている衛宮の姿だった。
「衛宮さん?!」
「衛宮!」
「探せ! 犯人が部屋の中にいるはずだ!」
部屋の中には、衛宮以外誰もいない。ベッドルームへのドアを開けて中を調べても、誰もいない。勿論、窓には鍵がかかっている。
「同じです! 密室の中で、被害者だけが倒れています」
「犯人は一体どこに……?」
「ここだよ」
「え?」
小五郎と高木が調べても誰もいない……と思ったら、ドアの向こうからコナンがひょっこりと姿を現したのである。
彼の登場に合わせるように倒れていた衛宮が起き上がり、乱れた髪を軽く整えて執事服の埃を払う。どういうことだと、駆け付けた人々が困惑したのを見計らい、種明かしが始まった。
「コナン君、一体どこから?」
「ボク、ずっと部屋の中にいたよ」
「でも、僕と毛利さんが部屋に入った時には、誰もいなかったはずじゃあ……」
「うん、だから隠れていたんだ。あの机の下に」
コナンが指差したのは、ミシンが乗る正方形のテーブルだ。彼の小さな身体なら余裕で下に収まるだろうが、ただテーブルの下に隠れただけでは誰もいないと錯覚させることなんてできない。
ドアを開けると、左側の視界にしっかりと入ってしまう。
「だから、この鏡を使ったんだ」
「鏡?」
「部屋にあった、この大きな鏡をね。凄いんだよ、この鏡。テーブルの脚の幅と
コナンはテーブルの下に移動させられていた鏡を手にして再び隠れた。脚と脚の間に鏡を立てて、少し角度を付けて鏡面に絨毯が映るようにする。この状態で再び部屋へ入ってみると……一見すると、テーブルの下に誰もいないように見えるのだ。
「鏡が絨毯を映して、中に誰もいないように見えるのか!」
「うん。鏡で姿を隠して、みんなが衛宮さんに視線が集中している間にテーブルの下から出て来て、ドアの陰に隠れたんだ」
「演目としての名は『スフィンクス』、テーブルの上の生首など、マジックショーでもよく使われるトリックです。峰山さんはマジックを趣味にしていた、だからこのトリックに気付いたのでしょう」
「ドアを開ければ真っ先に倒れている被害者が目につく。しかも、反対側にはこれ見よがしなベッドルームへのドア。このドアを開けて中を確認すれば、テーブルに背を向けて死角になるのか」
「更に、窓と被害者に視線が向けば、テーブルの下など気にしなくなる。我々が背を向けた隙に、鏡を捨てて部屋を出た。もしくは、駆け付けて来た人々の中に紛れ込んだ……そうだな。水沢優梨」
犯人を示した衛宮の声に、廊下で様子を窺っていた水沢は青褪めた。
「細身の君ならば、易々とテーブルの下に隠れられるだろう。2か月前に麗さんを襲い、隠れたトリックに勘付いた峰山さんをも襲った」
「証拠もあるよ。見て目暮警部、テーブルの脚に何か貼り付いているんだ」
「何か……ん、これは」
犯人が隠れていたテーブルの脚の内側に、何やら光る物が付着している。目暮が手袋をして剥がしてみれば、それはビニールの破片だった。
「これは、ビニール?」
「ビニールって、まさか……色紙の?」
「お姉さん、色紙が入っていたビニールを破いちゃってたよね」
「テーブルの下に隠れた拍子に、静電気でテーブルの脚に付着したのね」
「……な、何で! 何で私が、峰山さんを、麗さんを襲わなきゃならないんですか?!」
「新型エンジン部品のデータ」
「っ!」
「君は知っていた。麗さんの部屋にそれがあると」
「何ですって!? 何故麗の部屋に!」
全ては偶然だったのだ。隠した前社長も、麗の部屋に移動してしまうなんて予想していなかったのだろう。
衛宮は飾られていたテディベアたちの内、一匹を丁寧に選び取った。スタンダードな大きさの焦げ茶色のテディベアは、精密に手作りされたダッフルコートを着ている。
「テディベアたちの洋服、よくできているよね。洋服のポケットも帽子も、鞄も靴も」
「え、ええ。本物のように作りましたから」
「ちょっと苦労したけど、見付けたよ」
コナンがそう言うと、衛宮はテディベアが着ているダッフルコートのポケットの中からSDカードを取り出したのだ。
「ああ!」
「ま、まさかそのSDカードが!」
「そうか! このテディベアは、元は斧原社長のコレクションだった。だが、前社長が亡くなった後に、麗さんに譲られていたんだ!」
「新型エンジン部品のデータが入ったSDカードが、テディベアのポケットか小物の中に隠されていたのは知っていたが、どこにあるのかは分からなかったのだろう。麗さんの部屋に侵入して探している最中に、彼女と鉢合わせてしまい突き飛ばした。そうだな」
「……っ、何が悪いのよ!」
さきほどまで青褪めていたはずの水沢は、今度は顔を真っ赤にしてエプロンのポケットに入っていたビニールゴミを衛宮へと投げ付けた。このビニールとテーブルの脚に貼り付いていた破片を照合すれば、動かぬ証拠になる。
「お金がないから、儲け話に飛びつくしかないじゃない!」
「技術漏洩は、貴女の仕業だったのね」
「そうよ! だって、お金が欲しかったんだもん!」
「何で麗を!」
「社長!」
「斧原さん、落ち着いて!」
入野や英理の静止も聞かず、斧原は水沢に掴みかかった。
会社を窮地に陥らせたばかりか、夫や他の社員が亡くなった遠因にもなり、麗が傷付いた元凶を問い詰めると、水沢は肩を震わせながらこう吐き捨てたのだ。
「元々、ムカついてたのよ。私は誰にもどこにも引き取られず、自由がない施設で育って! 施設を出ても、お金がないから大学すらままならなかった……なのに! 何で、何であの子だけ、こんな大きなお金持ちの家に引き取られるのよ! 同じ孤児なのに!」
「そ、そんなことで麗を……!」
「アンタのせいだからね。熊をあの子にあげた、アンタのせいだから! バーーカ!!」
水沢が目暮によって手錠がかけられると、斧原は放心したようにズルズルと床へ座り込んでしまった。
確かに、彼女が麗にテディベアを譲らなければSDカードは麗の部屋へと移動しなかった。麗は家探しに来た水沢と鉢合わせて、嫉妬に駆られて突き飛ばされることもなかったのだ。
そんな斧原へ、衛宮はSDカードを差し出した。彼女にそれを受け取る気力はなかったが……入野のスマートフォンに入って来た連絡が、再びの希望を取り戻させたのだ。
「はい……っ! ほ、本当ですか!? 社長! 今、病院から。麗さんが、麗さんが……目を覚ましたそうです!」
「ほ、本当……?」
「はい!」
「麗……良かった、本当に、良かった……!」
「斧原社長。ほら、泣き顔では麗さんを心配させてしまいますよ」
「ええ、そうね。ありがとう、衛宮、さん……本当に、ありがとう」
「いや。貴女の役に立てて良かった」
麗が目を覚ましたという知らせに、社員たちも喜び、あまり興味はないという姿勢だっためりいさえも胸をなで下ろしている。嬉しさのあまり泣き崩れた斧原は、英理に支えられ彼女から差し出されたハンカチで涙を拭い、急ぎ病院へと向かう。
例え血が繋がらずとも、麗は彼女にとって大切な娘なのだ。これからもっと、たくさん、親子として歩んで行かなければならないのだ。
「衛宮さん。探偵じゃないって言っていたけど、さっきの推理、結構様になっていたよ」
「探偵の真似事をしたまでだ。君たちには劣るよ。しかし……
「局長?」
「っ、あーー! 思い出した! オルタちゃんのお弁当!」
衛宮の作った唐揚げが、どこかで食べた味だったがどこで食べたかは思い出せない。蘭の中でずっと引っ掛かっていた疑問の答えとは、友人のお弁当の唐揚げだった。
ジャンヌのお弁当に入っていた唐揚げと衛宮が作った唐揚げは、同じ味だったのだ。
後日、斧原麗と峰山聡太は、重篤な後遺症もなく無事に日常生活へと戻ることができた。斧原社長は、発見した新型エンジン部品の特許を申請し、社長として辣腕を振るいながら娘と暮らしている。
そしてこちら、『喫茶ポアロ』では、髪を下ろしてカジュアルな装いに着替えた衛宮がコナンたちと対面していた。衛宮の隣には、『カルデア探偵局』が局長、立香がいる。
「改めて自己紹介をしよう。捜査解明機関カルデア探偵局ロンドン本部所属、エミヤシロウだ」
「衛宮さん、カルデア探偵局の方だったんですね」
「やっぱり、ただの執事じゃなかったんだ」
「実は、斧原さんが個人的にカルデア探偵局へ依頼にいらっしゃったんです。麗さんの事件は身内の犯行の可能性が高いからと、斧原邸に潜入して調査をすることになりました。それで急遽、執事として潜入できるエミヤに来てもらったんです」
「執事役で指名が来たのには、些か困惑したがね」
「いやでも、エミヤは歴戦のバトラーだから!」
「しかし、ロンドン本部って……藤丸さんたち、もしかして結構大きな組織だったりします?」
「はい。実は、カルデア探偵局は世界各地に支部があって、仲間がいます」
口ではそう言っているが、立香に褒められた彼――エミヤは満更でもないようだ。
これにて、エミヤの仕事は終わり。お土産を手に帰るらしい
未だ謎を呼ぶ『捜査解明機関カルデア探偵局』。探偵譚を彩る彼らの物語は、続くったら続く。
便利機能:カルデア探偵局○○支部
本部はロンドンにあって、アイルランド支部とかアメリカ支部とか、中国支部とかある。という設定。
次はインド支部から徴兵するかな!
執事役として急遽徴兵されたエミヤさん。作り置きの昼食と学生組にはお弁当を作ってくれていた。
『カルデア探偵局』の冷蔵庫をピカピカに掃除して、作り置きの冷凍総菜をたくさん作って帰ったのでしばらく食卓が豊かになったらしい。